連載ノンフィクション ミニカの時代


第5回 友達と道東旅行へ行く

 

 大学2年の9月に、僕を含めた6人で、道東旅行へ行った。足は、僕のミニカと、友達Mのセルボモードの2台である。今思えば、よくもこんな小さな車で行ったものだと感心してしまうが、僕はたびたびそういうのをするのが好きなので、別に苦痛とは思わなかった。友達連中はどうかはわからないが。とにかく、3人ずつ分乗していくこととなった。当然、荷物は満載状態である。

 ルートは、江別市を出発し、国道274号線を通って友達Kの実家のある新得に入り、それから帯広へ。その後、三国峠を越える手前にある幌加内という町の一軒宿で宿泊。2日目は幌加内からいったん帯広に戻って足寄を通り、摩周湖へ行く。さらにそこから阿寒湖へ行って北見で宿泊。3日目は北見を出発して旭川へ行き、江別へ戻るというルートを通った。正味、2泊3日の小旅行である。

 まず、江別を出発して最初の難関が日勝峠の通過であった。ここは、北海道有数のキツイ峠として有名で、特に日高町から帯広へ抜けるルートのほうがツライ。しかも、北海道の9月とはいえ、残暑は厳しい。ミニカにはエアコンがなかったから、常に窓を全開にして走っていた。すると、風切り音がうるさく、ステレオの音声はおろか、会話すらままならない。さらに追い討ちをかけるように、エンジンを超高回転でぶん回していたから、エンジン音がやかましくて耐えられなかった。セルボのほうはどうなのかはわからない。ただ、あちらは660ccのEPIエンジンだから、ミニカよりはずいぶんゆとりがあったはずだ。とにかく、ミニカに乗っていた友達2人は、セルボに乗りたがっていた。それにしても、ずいぶん失礼な連中である。確かに、あちらのほうがエアコンもあるし、エンジンも静かだから、当然といえば当然だ。とにかく、やっとの思いで峠を登りきり、途中、山頂で休憩を入れ、新得へと向かう。後は下りだから、あっという間である。ミニカはこの当時からブレーキがすでにディスクになっていたから、安心して踏むことが出来た。

 新得では、町の公園で焼肉を食べた。Kの父親が農業試験場で働いていたので、彼の家から肉の差し入れがあったのだ。確か牛肉だと思ったが、とてもおいしかったと記憶している。ここの公園でミニカの写真を撮った。左の写真がそれである。公園は車の乗り入れができたので、芝生の上で撮影することが出来たのだ。我ながらきれいに撮れたと自負している、お気に入りの写真である。新得を出て、帯広へ向かう途中に芽室という町があって、そこの大きな公園でかけっこをした。なぜかけっこをしたのかは覚えていないが、それだけ体力が有り余っていたのか?ただ、僕は走らなかったと思う。車の運転でヘトヘトになっていたのだ。こんなところで遊んでいたため、帯広に着いたのは午後6時前。帯広では「インデアンカレー」というカレー屋でカレーを食べた。僕はカツカレーを食べたのだが、とてもおいしかった。かつて帯広にすんでいたというMの話では、インデアンカレーは帯広では豚丼と並んで有名らしい。食べ終わって、車を走らせるが、旅館まで2時間近くまでかかりそうだったので、あらかじめ電話を入れておき、旅館へと急ぐ。そして旅館に着いたのは午後8時過ぎ。

 旅館は「幌加温泉」というところで、周りは何もなく、街灯すらないというへんぴな場所にあった。旅館に着くなり飼い犬に吠えられるという、手荒い歓迎を受け、部屋に入る。テレビはあったが、電波環境がとても悪く、とてもじゃないが見る気も起きなかった。仕方がないので、とりあえず温泉につかる。共用の台所があったので、湯治場としても利用できるらしい。温泉は、なんと混浴だった。ただ、女性は入っていなかった。う〜ん、残念!!露天風呂は照明もなく、足を滑らせそうになったが、照明がないというだけのことがあって、星空がとてもきれいだった。それこそ、手に届きそうな感じ。とても気分がいい。これなら、もう一度来てもいいと思った。もっとも、それ以来行ったことはないが。

 2日目は阿寒湖方面へ。1年のほとんどが霧で覆われている摩周湖に行ったが、ちょうどそのときは霧がかかっておらず、運良く全景を見渡すことができた。とても神秘的で、手付かずの大自然には感動した。たまたま皇太子夫妻が「お忍び」で北海道旅行に来ていたのに遭遇したが、お忍びという割にはパトカーなどがびったりと張りついており、さぞかし不自由な旅行だったに違いないと思った。阿寒湖にも行ったが、そのときの出来事は残念ながら、何も覚えていない。ここで昼食を採ったと思うが、食べたものも覚えていない。屈斜路湖では「砂湯」があり、砂が温泉の熱で熱くなっていた。伝説の恐竜「クッシー」が住んでいるといわれ、そのオブジェが湖畔にたたずんでいた。そこから美幌峠を越えて北見に入る。北見では安いビジネスホテルに泊まり、なぜか中華料理を食べた。

 3日目。北見からはただ帰るだけである。Kにミニカの運転を任せたのだが、あまりにも危険だったので運転を止めさせた。北見からは石北峠を越えて旭川へ行くのだが、ここの峠が日勝峠と並ぶ難所で、ミニカはか細いパワーでイニイニと登っていった。途中、鈍足のトラックに追いつくことがよくあったが、こちらもパワーが無いので追い越すことができない。仕方なく、トラックについていくしかなかった。やっとの思いで峠を越え、層雲峡で休憩。ここではロープウェーに乗ったはずである。それから旭川を通って江別に戻ってきた。

 今思えば、ただ疲れに行っただけのように思うのだが、それでもいい想い出がたくさんできた。


ミニカの時代 第6回へ

ミニカの時代 目次に戻る

My Driving Carに戻る