ダイハツ用語集 A〜M

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このコーナーでは、ダイハツ車に関する用語の解説をしています。

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ダイハツ用語集N〜Z

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A

Altis(アルティス)

 アプローズの後継車として2000年に発売された、ダイハツ初の3ナンバーセダン。写真を見てもわかる通り、カムリセダンのOEM供給車である。この車の登場の背景には、自社開発のアプローズの販売が低迷しており、ダイハツ独自の小型車を新規に開発するよりは、OEM供給を受けたほうが利益につながる、と判断してのことである。
 エンジンは2500ccV6搭載車のあるカムリに対して、こちらは2200cc直4のみである。FFと4WDが用意されるのはカムリと共通。一般ユーザーにも販売はするが、基本的にはダイハツ関係者向けの車、と考えたほうがいいだろう。
 2001年にベース車であるカムリのフルモデルチェンジに伴い、アルティスもモデルチェンジ。排気量が2400ccに増え、超-低排出ガス適合車に指定された。初代モデルはわずか1年半の短いモデルサイクルだった。
 なお、車名のアルティスは、英語Altitudeからの造語で、ダイハツ最上級車に相応しい「高い地位」という意味を表す。


アルティスSXパッケージ(2000)
Altis SX-package(2000)

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Applause(アプローズ)

 英語で「喝采、賞賛」の意味。1989年にシャルマンの後継機種としてデビューした。ルックスこそ何の変哲もない4ドアセダンだが、リヤウィンドゥごと開閉する「スーパーリッド」と呼ばれるテールゲートを特徴とした。このため、このクラスでは珍しいリヤシートリクライニングとダブルフォールディングも採用し、居住性の良さを売りにした。1990年にはθ(シータ)のサブネームが付いたが、1992年には再びアプローズに戻している。1997年にはビッグマイナーチェンジを行い、高級感あふれるグリルが与えられた。
 エンジンも含めてダイハツが独力で開発した大衆車として、内外の期待も高かったが、発売直後の欠陥車騒動で大幅にイメージがダウンしてしまい、販売台数は大幅に低迷、アルティスの発売に伴い、2000年に生産を中止した。


アプローズSX(1997)
Applause SX(1997)

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ASB

 Anti Spin Blake systemの略。1990年のミラに投入された。通常のABSが4輪を制御するのに対し、こちらは後輪のブレーキロックを制御する簡易型タイプである。過度的な技術であったため、1994年のフルモデルチェンジで本格的な4輪ABSに進化して消滅した。  

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Atrai(アトレー)

 軽1BOX車ハイゼットの豪華機種として1981年にデビュー。当初はハイゼット・アトレーといった。スポーツ1BOXの先駆けであるXXターボ、右サイドドアを廃止したリバーノ、アメリカンミニバンを意識したカスタムなど、ユニークなラインナップが特徴でもある。現在は軽キャブワゴンおよび上級商用車のペットネームとなっている。2000年には1300ccエンジンを搭載した7人乗りのアトレー7が登場している。車名の由来は、フランス語でAttrait「魅力」「愛着」からの造語。  

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B

Bee(ビィー)

 1951年にデビューした、ダイハツ初の小型乗用車であり、日本で唯一量産された3輪セダンでもある。英語で「みつばち」の意味。750ccの空冷水平対向2気筒エンジンをリヤに搭載していた。関西圏でタクシー等に少数使用されたが、この車を受け止めるマーケットが当時の日本にはなかったため、すぐに生産を中止、以後コンパーノが発売されるまで商用車に専念することになる。


ビィー(1951)

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Boon(ブーン)

 2004年に発売された、ダイハツのコンパクトカー。ストーリアの後継モデルとしての位置づけを担っており、エンジンも従来通りの1000と1300の2種を搭載している。但し、1000は新開発の3気筒とした。トヨタと共同開発された車というアナウンスの通り、トヨタ版がパッソとして同時発表された。商品企画はトヨタが担当し、技術開発と生産はダイハツが担当するという分業体制で開発された。ストーリアの後継ではあるが、位置づけとしてはむしろかつてのコンソルテに近く、トヨタ臭の強い車ではある。
 軽自動車の顧客を上級移行するため、軽自動車並みの価格と取り回しを実現している。車名は自動車のエンジン音から取っている。


ブーン1000CL(2004)

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C

Cami(キャミ)

 英語の「Casual Mini」を結合させた造語。1999年にトヨタから販売された。ベースはテリオス。デビューして2年しか経っていないにもかかわらず、すでに人気薄となっていたテリオスの生産性を上げるために登場したもの。発売されるやいきなりテリオスの20倍以上の販売台数を達成した。
 グレードはCLに相当するPとCXに相当するQの2種のみで、カスタムは設定されなかった。また、ボディカラーも、テリオスに設定のある2トーンカラーが用意されないのも大きな違いである。デビュー当時は「ダンシング・ベイビー」をフィーチャーした奇妙なCMで話題をまいた。
 

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Charade(シャレード)

 英語で「謎解き」。実質上コンソルテの後継機種として1977年に発表された。省資源・合理性がもてはやされたこの時代、ダイハツ独自の理論による3気筒1000ccエンジン、FF機構、2BOXスタイルなど、パブリカ/コンソルテやチェリーなど従来の1000cc車とは明らかに違うコンセプトで開発された。「リッターカー」というジャンルを創造し、その年の「カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。1978年には東京モーターショーにシャレードEVとして電気自動車を試作発表した。
 1983年に発売された2代目では乗用車では世界最小である1000ccのディーゼルエンジンを開発・搭載して世間を驚かせた。また、イタリアのデ・トマソ社とタイアップしたデ・トマソターボを追加し、若者の支持を集めた。
 1987年にフルモデルチェンジし、DOHCターボのGT-ti(後にGT-XXに名称変更)を登場させ、今までの経済大衆車からパーソナルイメージの2BOX車へと変貌を遂げた。1988年にシャレード初の1300ccと4WDを、1989年には4ドアセダンのソシアルを追加している。
 1993年には"ハーモニック・バランス"をコンセプトにした4代目が登場。ダイハツとしては初の電子制御ATであるESATを採用する一方、遂に伝統の1000ccとディーゼル車がカタログ落ちし、1300ccと1500ccをメインにモデル展開していた。また、2代目で好評を博したデ・トマソがアプローズ用1600ccエンジンを搭載して復活した。
 しかし、相次ぐライバルの参入や自らクラスアップしてしまったことなどから、人気は徐々にダウン。その地位をストーリアに譲るも2年ほどストーリアと併売されていた。しかし、アルティスの登場によって、2000年にアプローズと共に生産を終了した。
 海外では、中国で3代目が、台湾で2代目、3代目が生産されている。


シャレードクーペ(1978)


シャレードEV(1978)


シャレードTX(1983)


シャレードウィル4WD(1989)


シャレードデ・トマソ(1996)

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Charmant(シャルマン)

 1974年にカローラをベースに自社開発のボディ・内装を与えて発売された大衆車。カローラやサニーといった大衆車を越えた高級感を売りにしていた。当初はトヨタ製1400cc/1200ccエンジンの2機種が用意されたが、1978年には1600/1300ccエンジンに換装、53年排出ガス規制をクリアした。
 1981年には70カローラをベースに登場し、このクラスでは他車に先駆けて4速ATが1983年に追加されている。また、1981のモーターショーではパラレル方式のハイブリッド車を試作発表した。1989年にアプローズが登場したため、同時に生産を中止した。車名はフランス語で「魅力的な」から。初代では少数ながらライトバンが販売されている。


シャルマン1400ハイカスタム(1974)

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Compagno(コンパーノ)

 ダイハツ初の4輪乗用車。1963年に800ccのワゴン/バンが発売、翌1964年にセダンのベルリーナ800、1965年にはコンバーチブルであるスパイダーとベルリーナ4ドア、さらにニューライン生産中止に伴って1966年にはトラックが発売された。デザイナーはイタリアのビニヤーレが担当し、車名もイタリア語の「仲間・同僚」からとっている。発売時点ですでに少数派となっていたフレーム付ボディを採用するなど、手堅い設計が特徴だったが、1966年には国産初の機械式フューエルインジェクションを採用した「ベルリーナ1000GTインジェクション」を追加設定するなど、革新的なメカニズムも積極的に取り入れていた。1969年には後継のコンソルテベルリーナが発売されたが、4ドアスーパーデラックスのみ1970年まで併売されている。


コンパーノベルリーナ800デラックス(1964)


コンパーノワゴン(1963)


コンパーノスパイダー(1968)

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Consorte(コンソルテ)

 1969年にコンパーノの後継機種として発売された1000ccセダン。当初はコンソルテベルリーナといった。
 前車コンパーノとの最大の違いは業務提携先のトヨタパブリカの姉妹車となった点である。同時に、コンパーノに設定されていた4ドアやスパイダー、ワゴンは消滅し、2ドアセダンのベルリーナだけとなった。ただし、エンジンはダイハツ内製のFE型を搭載し、パブリカと性格を分けた。1971年にはトヨタ製3Kエンジンを搭載した1200Sが発売され、パブリカとの血縁を濃くしている。
 1972年にビッグマイナーチェンジを行い、1973年にはパブリカスターレットをベースにしたクーペ、さらに4ドアセダンを追加し、バリエーションを広げるものの、4ドアセダンはシャルマンの登場によって消滅、約1年という短い期間の存在だった。1975年に50年排出ガス規制をクリア、1000cc車の排出ガス規制対策車はコンソルテのみとなり、ダイハツの小型車に賭ける意気込みを示した。1976年には1000がカタログから落とされたため、この時点でパブリカ/スターレットと完全な双子車となる。翌1977年にはシャレードにその後を譲り、消滅した。ちなみに、車名はイタリア語の「伴侶・提携」から採っている。


コンソルテベルリーナ1000デラックス(1969)


コンソルテクーペ1000HL(1973)

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Copen(コペン)

 2002年に発売されたオープン2シータースポーツカー。ダイハツとしてはリーザスパイダー以来10年目のオープンモデルの復活である。初代オプティを思わせる丸みを帯びたエクステリアには、軽自動車唯一の電動開閉式であるアクティブトップ仕様と脱着式FRPルーフで軽量化が図られたディチャッタブルトップ仕様の2種が用意されている。
 エンジンはムーヴやマックスで実績のあるJB-DETを搭載。最高出力は自主規制枠いっぱいの64psと共通なものの、インタークーラー前置き、ストレート構造のマフラーなどの採用により11.2kg-mとクラス最強のスペックを搾り出している。
 駆動方式はFFのみの設定となり、一応ベースモデルはミラとなるが、ホイールベースを130mm短縮、さらにアクティブトップのスポーツパックとディチャッタブルトップにはスペシャルチューンドサスが装備される。ミッションはストーリアX4を参考にギヤレシオ設定された5MTとマックスに採用しているスーパーアクティブシフト4AT(ESAT付)の2種。また、スーパーLSDをオプション設定。FFながら走りを意識した仕様となっている。
 アクティブトップ仕様にはオプションで真っ赤な本革シートとMOMO製本革巻ステアリングを採用したレザーパッケージを設定。これを選択するとシートヒーターが追加装備される。
 車名は「Compact OPEN」の略である。

コペンアクティブトップ仕様(2002)

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Cuore(クオーレ)

 1977年に登場したフェローMAXの新規格版より付けられたネーミングで、イタリア語で「ハート」の意味である。当初はMAXクオーレといった。360cc時代に存在したハードトップは消滅し、2ドアと4ドアのセダン、ライトバンが用意されていた。また、この車に搭載されていた550ccエンジンは、スズキにOEM供給され、ダイハツ製エンジンを搭載した4サイクルフロンテ7-Sが少数ながら生産された。
 1980年のフルモデルチェンジからMAXが取れて単にクオーレと呼ばれることになる。同時にそれまでのバンからミラクオーレが独立し、クオーレは乗用車専用機種となった。3ドアと5ドアのハッチバック(ダイハツでは5ドア車を4ドアと呼んだ)が用意されたが、5ドアはテールゲートにグラスハッチを採用し、乗用車らしさを表現していた。
 1985年にミラと同時にモデルチェンジするが、ミラの知名度がクオーレのそれを上回り、1989年のマイナーチェンジにはミラに統合された。
 ただ、ヨーロッパ輸出用やアジア地区では今もこのネーミングが使用されている。ヨーロッパ向けはストーリア用1000ccを搭載している。1999年にはパキスタンで850ccエンジンを搭載したモデルの現地生産が開始された。


クオーレ4ドアMGX(1980)


クオーレ1000(ヨーロッパ輸出用 1999)

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D

DECS(デックス)

 Daihatsu Economical Clean-up System(ダイハツ排気ガス浄化システム)の略称。ダイハツの排ガス対策システム。基本技術は業務提携しているトヨタのものを使用していた。触媒を使用したDECS-C、希薄燃焼のDECS-Lの2種類が存在する。前者は軽自動車、シャルマンに、後者はデルタワイド1600、シャレードに採用された。  

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Delta(デルタ)

 ダイハツの1.5〜3t積み小型トラックのペットネーム。車名はダイハツの頭文字である「D」をギリシャ語読みしたもの。
 それまで存在したダイハツオリジナルモデルであるベスタ(Vシリーズ)の後継モデルという位置付けのまま、トヨタダイナのOEM車として1970年にデビューした。初代の初期モデルはボディシェルをダイナと共用したものの、エンジンはベスタに搭載されたダイハツ独自設計のFA(1500cc)・FB(1900cc)・DG(2500ccディーゼル)型をそのまま搭載し、ダイハツの独自性をアピールしていた。ただ、ガソリンモデルはすぐにトヨタ製に換装されている。1977年に登場した2代目でもDG型ディーゼルエンジンをそのまま搭載し、自社開発エンジンに対するダイハツのこだわりを見せた。このときに日野からレンジャー2が登場して3姉妹に、さらに1984年に登場した4代目ではトヨタトヨエースが加わり、4姉妹となった。1995年登場の5代目からはダイハツでの国内向け生産を終了し、トヨタ/日野からOEM供給を受けている。
 日本では地味な存在であるデルタだが、海外では積極的に販売されており、アジア・中近東・中南米などでは3代目が販売されている。これに伴い、ダイハツでは3代目が依然として生産されている。
 なお、初代デルタには15人乗りのマイクロバスも設定されていた。


デルタトラック木製ダンプ(マレーシア輸出用 1999)


デルタトラックファームダンプ(1979)


ダイハツマイクロバス(1971)


デルタトラック2tローデッキ標準キャブ(1999)

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Delta Wide(デルタワイド)

 タウンエース/ライトエースのダイハツ版として登場した小型ワゴン/バン/トラック。シェアが圧倒的に低いにもかかわらず販売されつづけたのは、ダイハツがトヨタ車の受託生産を担当しているからである。
 まず1971年にライトエーストラックのOEMとしてデルタ750(セブンハーフ)が発売された。このモデルは1968年に生産中止されたニューラインキャブの後継モデルという位置付けで、ニューラインよりもはるかに近代的になっていた。1979年に2代目にモデルチェンジ、1982年まで販売された。
 続いて1976年にタウンエースのOEM車としてデルタワイドが発売され、1982年にタウンエースと同時にフルモデルチェンジを受けた。1985年に登場したグラスルーフは、トヨタが「スカイライトルーフ」と呼んだのに対してダイハツでは「ラウンジルーフ」としていた。
 1996年のモデルチェンジでフルキャブオーバーからセミキャブオーバーに変更された際、トヨタからのOEM供給という立場から共同開発へと一歩先を進めたが、このときにダイハツは、内装と後部デザインを担当している。現在はトヨタのノアシリーズの一員である。同時に、このモデルチェンジでネーミングから「ワイド」の文字が取れた。なお、ノアで人気となっているRV志向グレード「フィールドアラー」に対応したグレードとして「トランスフィールド」が、ノアのエアロパーツ装着グレード「エアロツアラー」のダイハツ版である「カスタム」がしっかりラインアップされているのは面白い。
 2001年にベースモデルであるノアがモデルチェンジしたのに伴い、ワゴンはカタログから落とされた。バンもハイゼットグランカーゴの登場に伴い、2002年に生産を終了している。
 車名は、「デルタシリーズで広いキャビン、余裕のエンジン、豪華な仕様など全てにワイド」という意味である。

デルタ750(1980)
画像提供 うにさん


デルタワイドバン(1994)


デルタワゴン2000ガソリンカスタム(1998)

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Duet(デュエット)

 1998年にトヨタから登場した、ストーリアの姉妹車。ダイハツの工場稼働率を上げる目的でトヨタが販売することになった。今まで1000ccクラスの車を販売していなかったカローラ店に投入され、その年には早くもストーリアの10倍もの数を売った。
 ストーリアのX4やCXリミテッドに相当するグレードは設定されなかったが、ABSは全車に標準装備される。車名は、英語で「二重奏」の意味。


デュエットV(1998)

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DVS

 Daihatsu Vehicle Stability control system(ダイハツ車体制御システム)の略。1998年にムーヴターボに搭載されてデビューした。横すべり制御・TCS・ABSの統合システムである。走行中に車両が横すべりしそうになったときに、自動的に各輪のブレーキやエンジン出力を制御することにより、車両安定性を確保する。特に、コーナーリング中のアクセル・ブレーキの踏みすぎ、障害物を避けるための急旋回、低μ路面での横すべりに効果を発揮する。  

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DVVT

 Dynamic Variable Valve Timing(連続可変バルブタイミング機構)の略。1998年に登場したミラ/ムーヴのEF-VE型エンジンより採用された。やはり基本技術はトヨタからの流用である。コンピューターがエンジン回転数、アクセル開度などを感知し、バルブタイミングを最適制御、高トルク・低燃費・クリーンといった、現在求められる性能を獲得している。  

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E

ecoCVT

 1998年にミラに搭載されて登場した、ダイハツ初の無段変速機の名称。元々は日産系のサプライヤーである愛知機械とスズキが共同開発していたものをダイハツも採用したという経緯がある。
 CVTで先行したスバルのECVTとの最大の相違点は、スバルがスチールベルトを使ったのに対し、ecoCVTでは、アラミド繊維で強化したゴムベルトに、表面をフェノール樹脂でコーティングしたアルミ製ブロックを多数取り付けた乾式の樹脂ベルトを採用しているのが最大の特徴。現在実用化されている、鋼製のコマを多数結合したベルトに比べ、潤滑が不要のためプーリとの摩擦係数が大きいのが特徴。その分、プーリーを押す力が低くて済む。金属ベルトタイプのCVTではプーリー比変化装置に油圧を使っていたが、ecoCVTはモータ駆動。 油圧が不要な分、動力のロスが少なく、燃費は金属ベルト式CVTに比べて10%は高いという。
 クラッチはECVT同様の電磁式を採用しているが、この形式だと大排気量車やターボエンジン搭載車に対応できないというのが欠点であろう。ローレンジを「Ds」レンジとして採用しているのもスバルと同じで、スバルユーザーを取りこもうとしているようで面白い。
 当初はミラのみの搭載だったが、後にムーヴとオプティに搭載車種を拡大、4WDにも対応して現在に至っている。


ecoCVT(カットモデル)

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ESAT(イーサット)

 Electoronic System Automatic TransmissionまたはElectoronic&Smooth Automatic Transmission(電子制御オートマチックシステム)の略。1993年の4代目シャレードとともに登場した。燃費を重視した「AUTO」モード、高回転域を保つ「POWER」モード、渋滞時や雪道発進用に2速以上での自動変速を行う「EASY」モードの3つを任意選択できるのが特徴である。また、「AUTO」モードでは、アクセルペダルの踏み込み速度に応じて自動的に「POWER」モードに切り替える機能を持つ。なお、YRV登場時には学習機能を加えたものに進化した。  

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EV Taxi(EVタクシー)

 1970年の大阪万博のために、ダイハツが開発した電気自動車。写真を見てもわかる通り、ゴルフカートであるマスターズライナーに近い内容を持つ。コンパーノやフェローの電気自動車の試作を経験したダイハツが、その技術を生かして開発した車であり、一般市民にとっては初めて目にする電気自動車でもあった。そのため、現代の目からすればたいしたことのない車ではあったが、その当時は電気で走るというだけで近未来を予感させたものである。
 275台が生産され、文字通り会場内のタクシーとして利用された。


EVタクシー(1970)

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F

F-series・Hiline(Fシリーズ・ハイライン)

 1960年より発売された、ダイハツのボンネットトラックシリーズ。まず、1960年に3輪車BMシリーズや4輪トラックV200にも搭載されたFA型1500ccエンジンを搭載する1.75t積のF175が発売された。ほどなくクラス初となる1500ccディーゼルを搭載したD150を追加している。どちらも縦目4灯のヘッドランプを採用し、他車にはない高級感を売りにしていた。1963年にF175/D150は生産中止され、新たにFB型1900ccエンジンに換装された2t積みのF200が登場する。しかし、このモデルも約1年で終了し、1964年にはダイハツ大型ボンネットトラックは消滅した。
 その一方で、1962年には1t積ボンネットトラックとしてF100ことハイラインがデビューする。デザインに国産車初のフラットデッキを採用したが、この採用はプリンスの2代目グロリアよりも2ヶ月早かった。当時のトラックとしてはかなり乗用車的雰囲気を持った車といえる。室内も当時唯一のベンチシート3人乗りを売りにしていた。エンジンはF175同様FA型で、後に2ドア・6人乗りのバンも追加されている。1965年に丸目4灯にマイナーチェンジされている。
 1969年にはフルモデルチェンジを受けて角目2灯に変更された。フラットデッキスタイルからフラッシュサイドのスマートなデザインはライバルと比較してもとてもスタイリッシュで、当時から田舎臭いデザインが身上だったダイハツ車にとっては異色のモデルといえる。この代から積載量が1.25tに増えている。しかし、販売競争が激化するライトトラッククラスで販売力の弱いハイラインは脱落し、1971年に生産中止となった。
 車名はハイゼットのHiに「路線」を意味するLineを組み合わせ、「上級路線」という意味を持たせている。

F175(1962)


ハイライン標準ボディ(1967)


ハイラインロングボディ(1969)

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Ferrow(フェロー)

 英語で「仲間・同僚」の意味。1966年に発売された、ダイハツ初の軽乗用車。シャープな「プリズムカット」スタイルと角型ヘッドランプを特徴とし、オーソドックスなFR駆動を採用しながらも、後輪にダイヤゴナルリンク式独立懸架を採用するなど、当時のトップセラー、スバル360を意識した設計になっている。当初はセダンのみの発売だったが、すぐにバンとピックアップを追加している。さらにホンダN360を意識したSS、ピックアップをベースにしたRVであるバギィなどの派生車を生み出した。
 1970年にフルモデルチェンジされ、車名も「フェローMAX」となる。駆動方式はフロンテ、N360に続いて遂にFF方式を採用。スタイルも「ロングノーズ・カムテール」と称する、若々しいデザインとなった。クラス最強の40psを発生するSSやクラス初のハードトップを追加し、ヤング路線を追求する一方、4ドアセダンも設定するなど、軽自動車本来のファミリー路線も忘れていなかった。1976年に軽自動車の規格が改正されるのと同時に、ナローボディに550ccエンジンを搭載したフェローMAX550を発売、さらに翌年には新規格ワイドボディとなってMAXクオーレに移行する。


フェロースーパーデラックス(1966)


フェローMAXハイカスタム(1971)

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Feroza(フェローザ)

 ダイハツのライトクロカン・ロッキーの輸出仕様名。主にヨーロッパで使われている。基本構造はロッキーとまったく共通で、エンジンもアプローズ用1600ccを搭載する。日本では今ひとつ人気が盛り上がらなかったが、ヨーロッパでは手ごろなサイズとして人気車種となった。
 なお、ロッキーの国内販売はすでに終了しているが、輸出仕様であるフェローザは依然として生産が続行されている。

フェローザ(199X)
画像提供:りあっちさん

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Free Crimer(フリークライマー)

 イタリアのカロッツェリア・ベルトーネが、ラガーレジントップをベースにBMW製6気筒ガソリン(2000ccと2700cc)とディーゼル(2500cc)エンジンを搭載した、日独伊合作のクロカン。本革シートを中心とした上質な内外装を持ち、ヨーロッパではプレミアムモデルとして人気があった。総生産台数2,795台。日本にも少数が輸入された。


フリークライマー(1990)
画像提供:りあっちさん

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G

H

Hello(ハロー)

 1974年に発売した3輪原付で、ホンダの3輪原付スクーター、ストリームに6年先駆けた登場である。スーパーカブに似たレッグカウルが付いているが、タイヤはスクーター用8インチを装着する。かつてミゼットが持っていた顧客(酒屋などの個人商店)をターゲットにしていたが、新聞配達などにも使われた。1975年には電気自動車の技術を利用したハローBCが少数発売されている。
 ダイハツが原付市場に参入したということで、発表当初は話題をまいたが、バイクメーカーの壁は厚く、1976年には生産を中止してしまった。


ハローBC(1975)

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Hijet(ハイゼット)

 1960年にデビューした、ダイハツ初の軽4輪車。発売当初はピックアップのみだったが、翌年にライトバンを追加した。ライトバンにはカーテン、ホワイトリボンタイヤ、メッキモールなどを装備したデラックスが用意されたが、折からのデラックスブームに乗って、生産が追いつかないほどの大ヒット作となった。1963年には800ccエンジンを搭載したロングボディのニューラインが登場している。
 1964年に先行するサンバーの対抗馬としてハイゼットキャブを追加、さらに1966年には800cc・ロングボディのニューラインキャブも登場した。1967年にフェロー商用車シリーズの発売に伴い、ボンネットシリーズを生産中止するとともにキャブのエンジンをフェローの水冷に換装、1968年に角型2灯ヘッドランプを採用してフルモデルチェンジした。
 1972年のフルモデルチェンジでは、シリーズ初のサイドスライドドアを採用した。1977年には新規格550ccへ移行するフルモデルチェンジを行い、1981年のフルモデルチェンジで4WDとワゴン的性格を持たせたハイゼットアトレーが登場している。
 1999年のフルモデルチェンジでは、バン/トラックの同一シェルをやめ、バンはセミキャブオーバーのカーゴに、トラックは積載性を考慮したフルキャブオーバーとなり、別の路線を歩んでいる。2001年にアトレー7をベースにしたグランカーゴを追加している。車名は、「ミゼットに比べより高い性能を備えるクルマ」という意味の造語である。
 なお、イタリア、韓国、中国、マレーシア、ベトナムなど、主にアジア地域でライセンス生産が行われている。


ハイゼットバンスタンダード(1962)


ハイゼットキャブトラック低床1方開(1964)

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I

J

K

Kelisa(クリサ)

 カンチルの上級モデルとして2001年に発売した小型大衆車。ベースモデルはL700ミラ輸出仕様(クオーレ)。カンチルからの上級移行やセカンドカー需要を見越して開発された。日本仕様にはないサイドモールを装備、フロントマスクもクンバラやケナリに共通の2分割メッキグリルを採用している。車名はマレーシア語で「アロワナ(熱帯原産の高級観賞魚)」の意味で、カンチルの上級車としての上質感を表現している。


クリサ(2001)

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Kembara(クンバラ)

 テリオスをベースにマレーシアで生産されるSUV。マレーシアではSUV国民車として位置付けられる。1998年にダイハツとの合弁企業、プロデュア社の手によってデビューした。エンジンはテリオスと共通の1300ccを搭載している。最上級グレードににはATも用意されている。車名はマレーシア語で「冒険」を意味し、四輪駆動車の活動的なイメージを表現している。


クンバラ(1998)

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Kenari(ケナリ)

 マレーシアのプロデュア社で現地生産されているムーヴ。カスタムをベースにし、高級感を演出するためにオリジナルの2分割メッキグリル・前後バンパー等を装着している。エンジンはヨーロッパ向け同様、ストーリア用3気筒1000ccを搭載する。現時点では唯一のカスタムベースの海外モデルである。


ケナリ(2000)

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L

Leeza(リーザ)

 車名は、「多くの人々に愛される魅力的な車」モナ・リザのようにと願いを込めた造語である。1986年にミラの上級車種として発売された。当時、スズキセルボが好評を博していたこと、軽自動車にも高品質・上級感が求められる時代に突入し、それに対応したモデルとなった。ボンバンが軽自動車の主流となっていたため、ボンバンをメインとしたラインナップとなってといたが、セダンも2グレード用意していた。デザインは卵をイメージさせるもので、スタイリッシュではあったが、バン本来の「積む」機能はまったく無視したデザインでもあった。1989年にはバンにミラTR-XXに相当TR-ZZを追加、1990年にバンの廃止と新規格660ccへの移行を実施、さらに翌1991年にはモーターショーに参考出品されて好評だった2シーターのスパイダーを追加している。1992年には後継機種のオプティが発売されたが、スパイダーを中心にしばらく併売されていた。


リーザZ(1986)


リーザスパイダー(1991)

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M

Masters Series(マスターズシリーズ)

 電気自動車に力を入れているダイハツが市販している電気自動車で、いわゆるゴルフカートである。初代は1970年に登場した。2人乗り、4人乗りの近距離用カートであるマスターズグリーン、8人乗りの中・近距離用カートのマスターズライナーの2シリーズが用意される。マスターズグリーンは移動用としての機能しか持たないが、マスターズライナーにはヘッドランプ、ワイパーが装備されるなど、より自動車に近い内容である。なお、マスターズライナーは大阪万博や沖縄海洋博で受注したEVタクシーの経験を生かして設計された。


マスターズグリーン4人乗り(1998)

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MAX(マックス)

 2001年にダイハツ軽自動車の第4の柱として発売されたセミトールセダン。昔懐かしい"MAX"のネーミングを復活させ、NAのカジュアルラインとターボのスポーツラインというグレード構成は、かつてのフェローMAXハードトップを意識したものである。ベースモデルはムーヴで、タワーパーキングに入庫できる1,550mmの車高にしているのが特徴。上級グレードにはインパネシフトとベンチシートを採用した。エンジンバリエーションは3気筒のNAとターボ、4気筒ターボの3種を用意している。4気筒ターボのRS-4WDにはアクティブトルクスプリッド機構付パートタイム4WDである"サイバー4WD"を採用している。また、ターボ車にはカーブドオフセットスプリングを、RS-4WDにはトーコントロールリンク付リヤサスペンションを用いるなど、走りを重視した設計になっている。また、排ガス対策にも積極的で、NAのFF車は超-低排出ガス適合車に認定されている。
MAX-R(2001)

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Midget(ミゼット)

 1957年に登場した、ダイハツの軽3輪車。車名の『「超小型のもの」の意味』が示すように、軽自動車の規格ではあったがそれよりもはるかに小さいボディとエンジンを持っていた。当初はバーハンドルのDKシリーズだけだったが、輸出を考慮した丸ハンドルのMPシリーズが1959年に追加された。
 DKシリーズは1人乗り、ドアなしを基本ボディとしていたが、補助席装着車、パネルバン、さらには構内専用トレーラーなどの変わり形を持っていた。一方、MPシリーズは当初は対米輸出専用車だったが、すぐに日本にも投入された。
 どちらもダイハツにとって初めてのヒット作となり、マツダと共に3輪車メーカーのトップブランドとして君臨したが、このヒットは当時家庭に普及し始めたTVCMを効果的に利用したこと、そして「ダイハツが造った3輪車」という信用があってのことである。
 ミゼットは1972年にハイゼットにその役目を譲って生産を終了したが、1996年にはミゼットUとして復活した。今度は安全性を考えて4輪としているのが特徴で、エンジンもハイゼットの660ccをデチューンして床下に搭載していた。4輪にはなったものの、3輪時代の特徴である、軽自動車規格よりもコンパクトなボディサイズ、そして脅威的な小回り性能などはそのまま引き継いだ。当初は1人乗り・MTだったが、すぐにコラムATの2人乗りを追加、さらに1997年にはバンボディのカーゴを登場させている。そして1999年に新衝突安全基準に対応したボディへと進化して現在に至っている。


ミゼット(1957)


ミゼットUDタイプ(1996)

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Mira(ミラ)

 1980年にクオーレのライトバンとしてデビューした。車名はイタリア語で「羨望」の意味から。当初はミラクオーレと呼んだ。ボンバン市場で先行したアルトやレックスと比較してミニバンコンセプトに近い「1.5BOXデザイン」を標榜し、ファッショナブルなイメージで売った。1982年のマイナーチェンジからクオーレの名が取れ、独立した車種となった。
 1985年にクオーレと同時にフルモデルチェンジを受け、ターボエンジンとエアロパーツで武装したTR-XXは若者層を中心に大ヒット、ミラにスポーティなイメージを与えることに成功した。その一方でサイドウォークスルーが可能なコラムシフトAT車もラインアップされ、本来のユーザー層である女性への配慮も忘れていなかった。1989年のマイナーチェンジではクオーレを統合し、ミラにもセダンがラインナップされた。
 1990年の規格改正と同時にフルモデルチェンジ、機械式4WSのTR-4や2輪ABSのASB装着車、さらに女性仕様のパディSにはメーカーオプションで内蔵式助手席チャイルドシートが用意されるなど、クラス初のハイテク装備をふんだんに投入した。また、1992年のマイナーチェンジ時にはVW社のゴルフカントリーを彷彿させるRV-4を、1993年に豪華シリーズのモデルノを追加した。
 1994年のフルモデルチェンジでは4気筒エンジンを投入、4WS装着車が廃止され、ASBは4輪ABSに進化するなど、目先のハイテク装備よりも内容の充実に重点を置いたものとなる。従来の標準シリーズ、モデルノシリーズに加え、1997年にはレトロ調デザインのクラシックシリーズが用意されている。
 1998年には規格改正に対応したフルモデルチェンジを行い、ecoCVTやDVVTエンジンなど、ハイテク装備を多く盛り込んだ。しかし、今までミラのイメージリーディンググレードであったTR-XXは廃止された。翌年にはクラシックの後継グレードであるジーノを追加、ムーヴに設定されていたDVSをミラにも拡大設定されるなど高性能化、2001年に軽自動車初の超-低排出ガス車に認定された。
 2002年にはシリーズ初の登録車仕様であるジーノ1000が追加された。このモデルは輸出仕様クオーレのエンジンをジーノに搭載したモデルである。
 また、同年末にミラはフルモデルチェンジ。同時にモデルノの後継モデルとしてアヴィを新たに設定した。今までのミラと違い、5ドアをメインに据えた展開となっており、特にアヴィは5ドアのみのラインナップとした。ミラ3ドアには、ダイハツ初の直噴ガソリンエンジンを搭載したVタイプが用意された。このモデルは従来の直噴ガソリンエンジンの主流だった、リーン領域での燃焼という理論を捨て、理論空燃比での安定燃焼に主眼を置いた設計がなされている。これにアイドリングストップ機能を組み合わせてガソリン単体車両では世界最高の低燃費、30.5lm/lを達成した。

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ミラCタイプ(1982)


ミラRV-4(1992)


ミラウォークスルーバン(1987)

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Move(ムーヴ)

 1995年にミラをベースとして開発された軽ミニバン。このクラスで先行していたワゴンRやミニカトッポに対して、多彩なシートアレンジ、ハイパワーエンジンやスタイリッシュなデザインを売り物にしていた。しかし、そのアクの強いデザインのせいでワゴンRを追い抜くことはできず、1997年には保守的なメッキグリルを装着したカスタムを追加する。特に、同時設定されたエアロダウンカスタムが大ブレイクし、メーカーメイドのカスタムモデルとして人気が高かった。
 1998年に規格改正と同時にモデルチェンジを受け、クラス初のDVSをメーカーオプション設定した。また、サンリオとタイアップしたハローキティバージョンを標準車に用意したが、人気の中心はカスタムに移っている。1999年に標準車の名称をカジュアルシリーズとしている。2000年のマイナーチェンジではハローキティバージョンをカスタムベースに変更、2001年に第3のシリーズとしてRSを追加、さらに同年11月のマイナーチェンジでノンターボのFF車は軽自動車初の超-低排出ガス車に認定された。
 2002年に3代目へとモデルチェンジ。シャーシーを再び一新し、クラス最大級の室内空間を実現。ラインナップは標準車とカスタムの2種になり、RSがカスタムの1グレードに編入された。トップモデルのカスタムRSにはクラス初となるレーダークルーズコントロールをオプション設定した。
 2004年には派生車種としてムーヴラテを追加。女性向けに柔らかなラインでデザインされていた。そのため、それまでのカスタム/RSの前後部分モディファイから1歩進めて内外装すべてを専用部品にしていた。
 車名は英語で「動かす」「感動させる」という意味。乗る人に新たな感動を与え、クルマの価値をちょっぴり動かせるクルマでありたいという思いを込めたネームである。
 ヨーロッパ向けは、初代は850ccエンジンを搭載していたが、2代目からはストーリア用1000ccエンジンに換装されている。また、中国で現地生産される幸福使者にはシャレードに搭載されていたCB型を搭載している。


ムーヴ850(ヨーロッパ輸出用 1997)


ムーヴ1000(ヨーロッパ輸出用 1999)


ムーヴラテRS(2004)

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