私を縄文の海に連れていって!



1 ビッグ・バンから最終氷期(ウルム氷期)まで


 150〜130億年前、ビッグ・バンから宇宙が始まったと言う地球は46億年前に誕生し、地球上に生命が発生したのは36億年前、日本列島の基盤岩類のうち最古の地質体が形成されたのは5.8億年前らしい。全てが想像さえできない時間である。

150億〜130億年前    ビック・バン

46億年前         地球誕生

36億年前           生命誕生

5.8億年前           日本列島の基盤岩類形成

2.5億〜1.5億年前     丹波層群形成

1.4億〜0.65億年前    花崗岩類形成

0.8億〜0.65億年前    和泉層群形成

1300万〜1000万年前   神戸層群、二上層群形成

350万年       
200万年          古大阪層群   人類誕生?
130万年

               大阪層群
40万年       

               満地谷累層   マチカネワニ 出土

15万年               
             上町層 非海成 ナウマンゾウ

5万年               海成  貝類

 大阪府の基盤岩類は3種類から成る、1つは北摂山地の丹波層群で古生代終わりから中正代中項(25億〜1.5億年前)海底にて堆積したもので大阪最古の岩石、1つは生駒山地の中生代白亜紀(1億4000万〜6500まん年前)の花崗岩、1つは和泉山地の砂・泥互層の和泉層群で中世代・白亜紀の終わり頃(8000万〜6500万年前)に形成されたもの。
 今日、沖積層(最終氷期以降の堆積地層)に覆われ岩盤の見えない大阪平野の地下のも花崗岩の岩盤は存在して、生駒山地六甲山地へ続いている。その深さは都島区にて地下656
m布施付近で500m以下、港区では地表下907m以下1500mと推定されている。その基盤岩の上位に1300万〜1000万年前の神戸層群・二上層群等という地層がある。
 基盤岩類・神戸層群・二上層群を覆って、いわゆる洪積層(最終氷期以前の第四紀の地層)が厚く堆積している。それは下位から古大阪層群・大阪層群・満地谷累層等である。古大阪層群は300万年前大阪盆地が沈降開始して湖のような状態で堆積した地層で、砂礫主体の青緑灰色のよく締った淡水成粘土層及びシルト層を含む土層である。その後130万年〜120万年前に海が進入して、砂層と海成粘土層の互層で一部火山灰層を含む10数枚の地層から成る大阪層群が堆積する。この間200万年位前にやっと人類が誕生したとも言われる。その上に不整合を介して40万年前位からの礫層と海成粘土層の互層から成る満地谷累層が存在している。この累層の最下部に位置する淡水成粘土層からマチカネワニの化石が出土している。
 そして15万年〜5万年前の堆積層である上町層は下部の非海成砂礫・粗砂層、中部の海成粘土層、上部の海成砂層から成る。上町層からは、ナウマンゾウや絶滅貝種を含んで、アサリ、カキ、ビョウブガイ、ハイガイ等200種以上の貝化石が出土している。堆積時は海であったのが、断層活動により、今日、上町台地にて検出される。なお東大阪平野では地下深くにもぐってしまっている。
 

30.000年前   伊丹粘土層   伊丹海進           

24.000年前   平安神宮火山灰層(姶良カルデラ起源)       
           鬼虎川火山灰層        

20.000年前   伊丹礫層、天満礫層、富田礫層  最終氷期(ウルム氷期)最終冷期
                                海面100m低下

          新大阪駅地下22mの泥炭層C14 12730±340          
(縄文時代)   阪手火山灰層                 
10.000年前   大阪駅地下26.9mの海成粘土層C14 9360±190       
            港(鳥浜)火山灰層                

6.300年前   アカホヤ火山灰層(横大路火山灰層)(鬼界カルデラ起源)   
         門真屎尿処理場地下7mの海成火山灰層C14 6110±160      
6.000年前   縄文海進最高潮                
         海面3〜5m高上               

5.000年前   東大阪市布市町のクジラの骨 C14 5000            
         大阪市扇町地下の砂州堆積物 C14 4870±150         

         穂積の海 マテガイの時代               
4.500年前     〃   オオノガイの時代              
         〃  チリメンユキガイの時代             
         服部の地下3〜4mの砂層 C14 4450±140

3.000年前     難波累層最上位火山灰層            

         穂積の海 徐々に隆化                    

 (弥生時代)  東淀川区淡路新町地下7.5mの粘土質細砂層 C14 2260±90    
2.000年前    穂積遺跡の弥生土器(前期・後期の壷)           

 (室町時代)  穂積遺跡 洪水発生                

 (江戸時代〜近代) 穂積遺跡 水田 (溜め池)           


 3万年前位には伊丹海進という海進があり、伊丹粘土層という海棲の貝の化石を含む青色粘土層を堆積させている。この土層は伊丹段丘の礫層の下位に位置し、尼崎市の地下から大阪湾の海底へ続く。
 2万年前位前の最終氷期(ウルム氷期)で海退が起こり、その当時の土層は河川による堆積土層で伊丹礫層、天満礫層、富田礫層等と呼ばれている。伊丹礫層、天満礫層も、伊丹粘土層のように大阪湾の海底へ続き、海底面下50〜65mに分布する。富田礫層でのC14
測定結果は2万6000年前位。

      

       (大阪府史より)


この海退で海水面は100m位低下して海岸線は紀伊水道付近にあり、現大阪湾の海底には古
代大阪川という川が流れていました。なお天満礫層はN値(地層の締まり具合度を表わす)50以上で、建築物の基礎を支えるのに利用され、「百尺層」といわれる土層です。この最終氷期も1万8000年前に終わりをむかえ、以後、温暖化していきます。                
 大阪府下に人の痕跡が見られ始めるのは、伊丹海進時の3万年前からで、後期旧石器時代にあたります。府下にこの時代の遺跡はなんと100ヶ所以上あり、5つ位の地域性があります。それは二上山域、羽曳野台地域、生駒山西麓域、富田台地域、大阪湾東岸域(上町台地群、大阪市東南群)の5つです。最終氷期には大阪湾は陸化していて、大阪市域でも海抜100mを超える丘陵地です。鳴門海峡の橋梁工事で海面下40mの地層で石器が出土していますから、大阪湾の海底にも多くの当時の人々の生活痕跡が眠っていることでしょう。       
                

2 縄文海進
                      

      

  約7.000〜6.000年前の大阪湾・河内湾 (「続大阪平野発達史」梶山・市原 1985より

 

最終氷期も1万8000年前位から徐々に温暖化してきて、再び海進状況になり、紀伊水道付近にあった海岸線が上昇して、大阪湾で海成粘土層の堆積が始まる1万年前位でも海面はまだ31m低いようです。そして海進が最盛期を迎えるのは7000〜5000年前で海面が現在の海面より3〜5m上昇していたと言われています。
この海進の時期が縄文時代に重なりますので「縄文海進」と言われます。梅田粘土層は縄文海進時の堆積物でN値5以下で非常に軟弱な海成の粘土及びシルト層です。6.500〜5.500年前、南西諸島の鬼界カルデラから噴出されたアカホヤ火山灰もはさみます。そして縄文海進後の海退期の堆積物が難波貝層で貝化石を含む細砂層です。
 それでは、今回の舞台である縄文海進の堆積物をもう少し詳しく見てみましょう。
 中川要之助氏著「人と暮らしと大地の科学」法政出版社から中川氏が大阪駅前第三ビル建築工事の際、地下を観察された記述を表にしてみました。


大阪駅前第三ビルの地下の地質

地下  土質               注記
   砂礫層         礫はφ2〜3cmのチャートの円礫   淀川の堆積物   
  (斜層理)        砂は花崗岩質の粗砂                 

3m  細砂層         砂とともに流されてきた        潮流の比較的速い 
   薄いシルト層を     チヨノハナガイ、スダレハマグリ   浅い海底に堆積  
   1〜2cmごとにはさむ  の貝殻含む                    

5m  灰色シルト層      砂が詰まったサンドパイプ      潮流の影響を受け 
              (φ1〜2cm長さ数10cm)が        る浅い海底に堆積 
               上面より下がる                  

8m  暗灰色粘土層      ムシロガイ,ウラカガミ,        水深20m位で堆積か。
   (非常に軟弱)      サルボウガイの貝化石含む     堆積環境は現大阪湾と
   15m地点にアカホヤ                       同じよう。     
    火山灰層                                 

17m 粘土層に薄い砂層が                           
   挟まれるようになる                            
                                       海面付近で三角州を 
20m 砂層                                 構成する地層    
              
23m 砂層                                  
   薄いシルト層を    サンドパイプあり                  
   数cmごとにはさむ                            
   (斜層理)      25mまで粘土層はN値5以下            

25m 礫層         φ数cmのチャートの円礫主体      流れの速い川の   
              φ10cm以上の流紋岩,砂岩伴う      中流域(扇状地)   
               N値50以上                    

35m 粘土層        N値10前後                    


         ※サンドパイプ〓貝、カニ等、海浜の生物の巣穴の痕跡                                 

35〜25mの礫層は天満礫層。25〜17mの粘土層、砂層は海進時の海岸、17〜8mの粘土層は(縄文の)海底で、15m地点の海底時が6.500〜5.500年前、8〜5mのシルト層は海退期での浅い海底。5〜3mの細砂層はより海退が進んだより浅い海底。3m以降の砂礫層は陸化しています。そして23m付近と5m付近の海面付近は、浅い海底時にサンドパイプが明瞭です。すぐ近くの大阪駅の地表下26.9mの海成粘土下直下の粘土質砂層でのC14測定結果は9360±190年前です。
大阪駅の地下
 地表下   土質
               河成      
 −9m    砂層      三角州域    
                        
 −14m   海成シルト層           梅田層
                
       海成粘土層    梅田粘土層
                         C14 9360±190
−27m   粘土質砂層   河川堆積層(クヌギ材)

 −28m   砂礫層     天満層 

もう少し北方の新大阪駅の地下22m地点の泥炭層のC14結果は12730±340年前です。

新大阪駅の地下
 河成三角州層
 汽水成砂層  ハマグリ・マテガイ含む
 海成粘土層  ヒメカノコアサリ・シズクガイ含む
 海成シルト層(厚さ2m) ヒメヌマコダキガイ多産
 淡水性シルト層(厚さ2m)
 泥炭層(厚さ0.2m)  アシャ藍 鉄鉱含む  C14 12730±340
 砂層(厚さ1m)
 砂礫層(天満層)

門真の屎尿処理場の地下7mのオオノガイ・カガミガイ等を含む海成砂層でのC14結果は6110±160年前。

門真屎尿処理場地下
 淡水性粘土  藍 鉄鉱 草の根含む
 砂層
 シルト層
 粘土層    サンドパイプあり
 海成粘土層  シズクガイ・ウラカガミ・イヨスダレ含む
 海成砂層   オオノガイ・カガミガイ・オキシジミ含む  C14 6110±160
 海成粘土層

大阪市北区扇町の地下の砂州堆積物のマツヤマワスレ、アサリ、サルボウ、ソメタガイ、バイ、ウミニラ、カガミガイ等を含む砂層(地表下7〜10m)のC14結果は4870±150年前。
東淀川区淡路新町の地表下7.5mのチリメンユキガイ、ハマグリ、マツヤマワスレを含む粘土質細砂層のC14結果は2260±90年前。縄文の海の堆積物からは貝だけでなく、クジラやイルカ、サメ、エイ等も出土します。東大阪市布市町の標高−2mの粘土層から体長10数mのマッコウクジラの骨が出土しています。C14結果は5.000年前です。河内の海を泳いでいたのが座礁したのか、遺体が漂着したのかは不明とのことです。東大阪市鬼虎川遺跡では約5.000年前であろう海食崖を検出しています。満潮時には水没する崖下の標高は1.6mです。大阪市長原遺跡北部標高3m付近で、カニの巣穴も検出されています。


 縄文海進時の海は、海面は今日より3m位高く、今の大阪湾より深く浸入し、八尾〜生駒山の麗〜高槻辺りが海岸線で千里丘陵と上町台地が、大阪湾の奥にさらにもうひとつの湾(河内湾)を形づくるように突き出ていたのでしょう。(図1)
 
 そして海退し始めて1000〜2000年経た3000〜4000年前には河内湾は汽水域の河内潟になっています。布施駅前の約3000年前の干潟の地層で、水鳥やシカの足跡、貝やカ二の巣穴が検出されています。2800〜2300年前には河内潟の広い範囲でヨシ原が発達していたのが、当時の地層から判っています。河内潟は河内湖へ、そしてついに河川による堆積物等で埋められ、陸地となっていきました。(図2)
                    
        
図 1                          図 2
     
約5000〜4000年前の大阪湾・河内湾           約3000〜2000年前の大阪湾・河内湾
「続大阪平野発達史」梶山,市原1985より         「続大阪平野発達史」梶山,市原1985より