
2馬力物語
それは庶民の為に作られた生活の車
発表の時、そのみにくい姿に多くの仏蘭西人は嘆き、車の将来を哀れんだ
しかし
その不安とは裏腹に、いつしか仏蘭西中を埋め尽くす程 庶民の支持を受け
仏蘭西の風景にとけ込んでいった
けっして奇抜を狙った訳では無く、合理性の塊がそのスタイルであった。

<コンセプト>
設計者のピエール・ブーランジュは長い休暇を仏蘭西の田舎で過ごした
自動車が発明されて40年以上も経っているにもかかわらず
多くの農民は農作業や生活の中で荷車や馬による「交通」を送っていたのを見て
「この人達の車を創ろう、生きた仏蘭西の為の車を創ろう」
と思った。休暇を終えたブーランジュは早速この事を
アンドレ・シトロエンに伝えた。これが2馬力誕生の瞬間であった。
庶民の為の車は沢山の課題を抱えていた。
それは
こうもり傘に4つの車輪を付けたもの
2人の大人と50キロのジャガイモを積んで60キロの最高速度
5リットルの燃料で100キロの距離を走れること
農道などの悪路でも籠に積んだ卵が割れない乗り心地
等である

2CVはどうして「醜いアヒルの子」なのか、、、
世界中でダックまたはその各国語で親しまれている2CV オランダのEendなどは
有名ですねどうして、いつから、、アヒルなのでしょう。
CITROEN社は古くから優雅なスタイルと乗り心地の良さから水に浮かぶ白鳥を
イメージした戦略で広報活動をしていました、車の販売に自社のロゴとは別にイメ
ージキャラクターを与えたのは目新しい手法と思えます。この頃のカタログの多くには
白鳥の絵が使われていました。
そこへ登場した世にもヘンテコな車ですから「これは白鳥じゃない!」と大騒ぎ、
いつしかアヒルのイメージが定着し「みにくいアヒルの子」となったようです。
Deux Chevaux
一般には「ツーシーブイ・ドゥーシーボー・2馬力」などと呼ばれているようです
フランスでは<Deux Chevaux>フランスの課税馬力という税制のカテゴリーですが2CV
は一番下のレベル2です、それをそのまま車名にするのですから凄いですね、フォルクス
ワーゲン=国民車なども有名な車名ですが、602ccは3CVに値します
2CVは1948年から1990年まで42年の間生産され 当初の開発コードはTPV(Toute
Petite Voiture)とても小さな車という意味でした、小さい事=軽量化、簡素、低価格、低燃
費というコンセプトは50年以上過ぎた現代の自動車メーカーの車作りにも当てはまりますね。
2CVが現代にも通用し世界中で愛されているという事を当時の開発者達は見越していたの
でしょうか?
プロトタイプ
1937年 アルミボディーの第一号が創られました試作車にはBMW製の空冷フラットツイン
(2輪用)のエンジンを搭載、2年後にはCITROEN製の375ccエンジンを載せた250台のプロ
トタイプが生産された
しかし1941年のナチスドイツの占領下に、開発の秘密を守るために1台を除いて全て壊され
たと伝えられていました。ところが最近CITROEN工場のレンガの壁の中から3台のプロトタイ
プが発見され、1998年フランスにて行われた「生誕50周年記念のイベント」に展示され大きな
話題となりました。

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