通称「ウォズの魔法使い」と呼ばれた天才エンジニア。

hp(ヒューレットパッカード)のエンジニアをしていたが、当時ハッカー達が作っていた「ホームブリューコンピュータクラブ」で当時「アタリ」で働くスティーブ・ジョブス(21歳、ウォズは26歳だった)に誘われ電話タダがけ装置「ブルーボックス」やゲームメーカー「 アタリ」で大ヒットしたブロック崩しゲーム「ブレイクアウト」を作った。その縁で今度はウォズが造ったワンボードのマイクロプロセッサコンピュータ(Apple I)を新たに設立した「Apple Computer Co.」で販売することになる。

初のパーソナルコンピュータ(Apple II)、初のパーソナルコンピュータ用フロッピーディスクドライブ(DiskII)と数々の現在に続くパソコンの基盤を作るが Macintosh の開発が始まってすぐ自家用飛行機の事故で一時的に記憶喪失になるなどのアクシデントに見舞われる。その後もうAppleでやることは無いとしてドロップアウト。

その後も「Appleフェロー」として一応Appleには在席していたがまったくAppleの為の仕事はせず小学校でコンピュータなどを教えていた。

しかし1997年、会長兼CEOのギルバート・アメリオの要請で再びAppleと関係を持ったスティーブ・ジョブスと共に相談役としてAppleにカムバックし現在に至る。

'97年10月1日 Breakthrough Softwareは、Appleの創始者の一人であるSteve Wozniak氏が、同社の取締役会に加わったと発表した。
 Appleの相談役をやめたという話は聞いていないので、兼任だろうか?

●コンピュータに関わる技術者たちはジョブスよりウォズを高く評価し今回のカムバックを喜んでいる。
Steve Wozniak's Home Page 

【参考文献】
☆「エデンの西」
☆「林檎の樹の下で」