『遊びと文化』山川学而


第一回 おもしろさの秘密(その2)

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能の秘伝「おもしろきこと」
世阿弥とアリストテレスのミメーシス論


「おもしろさ」の秘密は何か───それを一生考えつづけた人物が数百年前の日本にいた。能の世阿弥がそれである。
 彼が書き残した能の秘伝ともいうべき「風姿花伝」は演劇論としても非常にすぐれたものである。彼が一生かかって考えた、どうしたらおもしろい舞台を作ることができるか、どうしたら観客をたのしませることができるか、観客がこれこれのところで拍手喝采したのはなぜなのか、などの理論や経験が語られている。
 その頃の能はまだ職業として安定するにはほど遠いもので、競争相手も多く、おもしろいものを見せなければすぐつぶれてしまう、きびしい社会だった。人をおもしろがらせるのも命がけだった。おもしろさの秘密を競争相手の座に知られれば、自分の座がつぶれてしまうかもしれない。だから秘伝である。人に絶対に見せてはならぬと書いてある。
 世阿弥はその「おもしろきこと」というものの中で「まね」をもっとも重要視している。古い日本の芸能の中で「まね」と言えばいわゆる「物まね」を意味したようだが、世阿弥のいう「まね」は、劇中で老人なら老人らしさを、女なら女らしさを出すなど、「らしさ」をまねる演技をも含め、さらには演技の連鎖から生まれるドラマまで含めているように思われる。英語で言えば劇の「アクション」にあたる。そしてアクションがそれほど観客にうけるということが、当時においては発見だったのである。
 古来の芸能「さるがく」には歌舞音曲などいろいろの要素を含んでいたが、世阿弥はその中の演劇的要素を「まね」と言っているように思う。したがって、世阿弥は演劇のおもしろさを発見した人だと言ってもいいのではないかと思う。そこに彼の偉大さがある。
 そして、あとでのべるように世阿弥のいう「まね」がアリストテレスのいう「模倣」(ミメーシス)と非常によく似ているところが重要だと思う。
   
「遊楽の道は一切物まねなりといへども、申楽(さるがく)とは神楽(かぐら)なれば、舞歌二曲をもって本風となすべし。」                (申楽談儀)    
 遊楽の一番おもしろい部分は「まね」だけれども、申楽(能楽の母体となったもの)はもともと神楽であるから、歌や舞という基本の芸を忘れるなという意味。
 古代の芸能のもとは神前でする神楽のたぐいだったが、その中にいろいろの芸能的要素が取り入れられ、特に演劇的な要素が発達したものが現代に伝わる能楽だと言ってもいい。それはいろんな芸の中で人間の動きを模倣する芸のおもしろさの発見の過程であった。   
 「まね」とは人がやったことを別の人が同じようにやってみせることである。これは別の言い方をすれば人の動作やしぐさなどを別の人が「再現」することである。
 「まね」「再現」をもう一つ別の言い方をすると「うつす」ことである。ある人のやったことが、別の人の動作の中に、鏡にうつし出されるように見えるということである。
 日本語の「うつす」という言葉は「移す」「映す」「写す」など、いろいろの漢字をあてがわれているが、もともとは同じ意味である。鏡にうつるというのも、こちらにある物の姿が向こうに「移る」という意であるし、写真の「写す」は物の形をフィルムの上に「移す」ことである。したがって「移す」「映す」「写す」はもともと同じことである。
 だから「まね」は移すことであり、写すことであり、それはまた再現することでもある。それはまた詩や小説の描写にも通じる。

──「まね」とはそのもとになった実体からイメージや観念だけを取り出して別のところに「転写」することを意味する。
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 西欧の文学で「模倣」という語をしばしば「描写」と同じ意味に使うことがあるのもそういう理由からである。
 この言葉を文学や演劇の用語として最初に使ったのはプラトンだが、アリストテレスがそれを受け継ぎ、発展させてから、今日に至るまで、西洋ではこの「模倣」が文学や演劇を論ずる時の重要な観念として定着している。
 アリストテレスは詩が生まれるのは模倣と再現という二つの原因からだという。また人間には模倣し、再現した結果をよろこぶという生まれつきの性質があると言っている。その上、それを「学ぶよろこび」と結びつけて考えている。その点も日本語の「学ぶ」が「まねぶ」「まねる」からきていることと符号している。
 何かを模倣し、再現したものをみて楽しいと思うのは、それによってその物についての知識をえられるからである。知識をえたいというのは生まれつきのものであり、知を愛する哲学者には特に強い要求であるというのがアリストテレスの模倣論の骨子である。
 私はそこに遊びと学びとが深く結びついた接点があると考える。
 大人が犬の絵をみせて「これなーに?」と子供にきき、「わんわん」と答えると「ああ、よくできた、よくできた」と言って手をたたいてよろこぶ。あれは物の認知の学習である。大人になるにしたがって自然に形成される犬の観念と目の前の絵との同一性の確認の練習である。それが子供にとっては辛い勉強ではなく、かなり楽しい遊びになっている。そのように描かれたもの、模倣されたものを見てよろこぶ行為の中には遊びと学びとがほとんど同じ原理にしたがって行われていると言えるだろう。

 しかし、「まね」という言葉には「猿まね」というような、いささか軽べつ的なイメージがつきまとう。事実プラトンは詩人や芸術家の価値を認めていない。
 近代では、まねは創造ではないという理由から「模倣論」に反対する人もいる。ロマン派の人たちである。彼らは、まねして作ったものでは「独創性がない」「詩は想像力によるもの」、心の奥底から自然に流れ出るものという考え方からミメーシス論に強く反対した。しかし、私はこの「模倣説」とロマン派の想像力論とは矛盾せずに両立させることができると考えている。

 人が美空ひばりのまねをして、それを聞いた人が「似ている」と思うのはどういうことか。聞いている人の心にも美空ひばりの歌のイメージがあるから「似ている」と感じるのである。つまり「まね」とは人の心の中に共有されているイメージを表現してみせることである。見たものを一旦頭の中にイメージや観念として取込み、それを自分の動作や声で映し出すのだから、まねとは「うつす」ことである。
 目の前のものを見て写すという場合も同じである。一旦頭の中に取り込まなければ絵も描けなければ「物まね」もできない。
 「まねる」「うつす」「描写する」というのは物そのものを物理的に移すのではなく、一旦人間の心に写し取ったものを、さらに目に見える形で他に転写するのである。人間の心を経由して可能になるのであって、そこに想像力が入り込み余地がある。
 詩人が想像によって生み出したものでも、もとはと言えば現実の中から取り込んだものであり、それが久しく心の中に眠っている間に変化したり、取捨選択されたりするが、もともとは現実の経験から取り込んだものが基礎になっている。
 したがって、眼前のものを「まね」したり「描写」したりする場合も、詩人が想像力で生み出す場合も、もとには現実の経験があり、それが一旦心の中に写し取られたものが表現されるのである。
 一方では、現実から写し取ったものをすぐその場で再現するのに対して、もう一方では、心に写しとってから表現までに長い時間がある。その違いがあるだけで、両者は本質的には同じである。
 写し取ってから長い時間たつ場合は、そのイメージも変化し、心の中で独立した観念として生き続ける。それが詩に表現される時はもう元の現実経験とまったく無縁なもののように見えてくる。それだけの違いである。

 ここでは文学論をやっているのではないので、これ以上深入りはしないが、広い意味での「模倣」がいいろいろの芸能や演劇や文学の中で「おもしろさ」の要素として重要な役割を果たしていることは間違いない。
 そして私がここで非常に興味を感じるのは数百年前の日本の一人の能役者と二千年あまり前のギリシャの哲学者の言っていることが実によく符号することである。
 この両者の主張を結びつけて考えていけば、文学、芸術、演劇あるいはもろもろの芸能のおもしろさの秘密に迫ることができると思う。
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