遊びと文化・山川学而
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《論語》孔子とエピクロス
楽しく生きるという価値観
1
人生は楽しく生きるべきだという価値観は、日本では長い間忘れられていた。明治維新後、第一次大戦後まで、特にひどかった。その間日本人はただまじめに厳粛に生きるのが善だと教えられていた。そしてそのお手本が論語や二宮金次郎だとされていた。だが、その論語の精神はそれと違うことは前の章で述べた。
近代日本の教育は、遊ぶことや楽しむことを悪いことであるかのように教えてきた。その結果、日本人には正しい遊び方も正しい楽しみ方も知らない人が多くなった。人間は遊びなくして生きることはできない動物である。特に子供は遊びによって成長する。われわれに必要なことは、遊びや楽しみを否定することでも、遊びに溺れることでもなく、むしろ正しい遊び方、正しい人生の楽しみ方を学ぶことである。遊びや楽しみを悪とする思想はそうすることを阻害する。その結果は、却ってよくない遊びに溺れるという結果になり、逆効果になる。謹厳実直な親に育てられた子が、却って悪くなることがあるのもそのためである。大事なことは、遊びや楽しみを、人生のなかで正しく位置づけることである。そのように「楽しく生きる」ことに最高の価値を見いだそうとする思想は歴史上しばしば現れる。問題はどのような楽しさを追及するかである。
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2
古代ギリシャの哲学者エピクロス(前341 ごろ-270ごろ)
は、世界の根源は原子(アトム)であると主張したことで知られるが、その一方で彼は「快楽主義」を唱え、彼の思想はエピキュリアニズムと呼ばれることがある。
彼は、人間は死ねば原子にもどるだけだから、何もなくなるから、生きているうちは安心して快楽を追求すべきだと考えた。死を恐れたり、死後のことを思い悩むのは無駄であるとして、「われわれが存在するかぎり、死は存在しない。死が現に存在するときは、われわれはいない」と言った。
そのように考えれば死への恐れから解放され、「(
心の) 平静不動の境地に入れる」と言って、それが本当の快楽だと考えた。したがって、彼はこの世の栄耀栄華や、贅沢な生活を求めず、逆に「パンと水だけの」隠遁生活のなかに喜びを感じると言った。日本風に言えば「味噌汁一杯の幸福」である。
しかし、彼は決して人間ぎらいではなく、心を許せる友人との静かな交わりをこの上なく楽しんだ。そういう友人たちと共同生活をし、学園を作ったが、そこにはいつも笑いと楽しい会話があったという。
孔子とエピクロスの思想が同じだと言うつもりはないが、何らかの意味で楽しく生きることが最高の価値だと考える思想家は、古来すくなくないことが分かると思う。そして、その楽しみは、肉欲的な快楽ではなく、精神的なものである。本当によい生き方をするものは、楽しいのだ、と彼らは言っているのである。
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3
イギリスの哲学者ベーコンは「仮面劇と祝賀行列」という文章の中でこんなことを言っている。
「歌にあわせて踊ることはとても豪華で楽しいことである。・・・場面の転換は・・・大変美しく楽しいものである」
哲学者ベーコンといえばいかにも暗い、くそまじめな人かと思うが、「楽しい」ということをその価値観の中で正当に位置づけしていたことが分かる。
近代日本の思想家にはそれが欠けていた。戦後アメリカの影響を受けてようやく楽しむことを大事にしようという考え方が広がってきたが、まだまだ歴史が浅い。
終戦後アメリカ人がどっと日本にはいってきて、それまで日本人が持っていた価値観を根底からゆるがすようなことが多かった。その頃、ある人がしんみりと言ったのを覚えている。
「アメリカ人は生活を楽しむ、という考え方をするんだね」。
今では当然のようなことだが、その頃はそれが一つの「発見」だった。
「幸せな」というのを英語ではhappy というが、これは「うれしい」「たのしい」という意味である。生活が楽しいことが幸せなのである。日本人には「暇のないのがが幸せ」だとか、苦労して、苦労して、何もかも犠牲にしてある目標を達成したりすることに幸せを感じるというような考え方がある。欧米人は単純明快に楽しいのがハッピーと考えるのとは大きな違いがある。
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4
しかし、これは前にものべたように、近代日本という一時的な現象であって、古い日本にはきわめて豊かな遊び心があった。そもそも、人生を楽しく過ごしたい欲求は人間が人間らしく生きたいという欲求であって、それがない方がおかしいのである。日本人がはたらき蜂になったのはここ百年ほどのことであって、それ以前の日本人はもっと遊び好きだった。かならずしも、最善の遊びを追求したとは言いがたいが、とにかく人間性を忘れなかった。
とりわけ中世の日本人は遊び好きだったし、またよく遊んだ。そして、その豊富な遊びが江戸時代に開花する独特の日本文化の母胎になり、土壌になった。遊びのないところに豊かな文化は生まれない。遊びがどのように扱われているかによって、その国の文化の質を知ることもできる。
end
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