★シリーズ 西欧美術を斬る 9
フランス印象派篇
山 川 学 而
contents
1 「ウツス」ということ−「写」「映」「移」の意味 click here
2 ナルシサス神話 click here
3 写像 click here
4 絵画の起源に関連して click here
5 ミメーシス(模倣) click here
6 芸術は美術か模倣か click here
7 プラトンが見たもの click here
8 模倣とウツス click here
9 もう一つの模倣 click here
10 模倣の本質、同一性の認知 click here
「鏡よ、鏡よ、この世で一番うつくしい人はだーれ?
」 《白雪姫より》
1 「ウツス」ということ
「写」「映」「移」の意味
日本語の「映す(る)」「写す(る)」という語は、「移す(る)」とは別の語であるかのように使われているが、実は起源は同じである。現代人の感覚では、「写す」と「映す」はある程度関連があることが分かるが、「移す」はまったく無関係の語のように感じるのが普通だと思う。だが、この三語はもともと同じ語だった。
水や鏡に顔が「映る」ということは顔のイメージが顔から離れて別のところに再現されるという現象で、それを日本人の祖先は「移った」と感じたのである。写真に写るのも、人や物のイメージがもとあった場所から離れて、印画紙の上に「移る」のである。
これについて少しばかり気になる点が一つある。物が移る時には、その物は元の場所からは消えてなくなってしまうが、「映る」という時は物は元の場所にあって移動はしない。イメージだけが物から離れて別のところにウツル。
それでも太古の日本人の祖先はその程度の違いは気にしないで、どちらも同じ言葉で表したのかもしれない。
この解釈はほぼ定説になっているが、もう一つやや異なる解釈がある。
古い日本語にはウツシ(顕)、ウツツ(現)、ウツセミなど、「顕、現」の意味のウツのつく語がある。それがウツルと同源だとする説である。
ウツのつく語には次のようなものがある。
ウツシ(顕し) 現実にある、生きてある、の意
ウツシヨ(現世) この世
ウツシビト(現人)(死者に対して)この世に生きている人。
ウツシオミ(現人) 神に対して、この世の人。目に見える姿を持って生きている人。
△ウツソミ(現人) ウツシオミがなまったもの
△ウツセミ ウツソミからさらになまったもの
※空蝉(ウツセミ)は、上のウツセミに、平安以後空蝉の字を当てた結果できた語で、意味は別。
ウツシ心(現心) 明らかに目が覚めている心、正気
ウツツ(現) ウツシと同根のウツを重ねた「ウツウツ」の略、目に見えて存在する様
または、(夢心地に対して)気の確かな状態、正気
(※「夢うつつ」という語は「夢か現実かさだかならぬ状態」を言うのに使われているが、これは誤用である。くわしい説明は省くが)
このような例から分かるように、ウツには「あらわれている」「顕現している」などの意味があり、「映る」はそれにルがついて動詞化したというのであるという。その説によれば、水や鏡に物が映るということは、物のイメージがそこに「顕れる」というのでウツルと言ったことになる。この説にしたがうと、「移動」という意味は無関係になる。
しかし、もう少し勘繰って考えてみると、ウツ(顕、現)と移(ウツ)ルも同系語かもしれないのである。というのは、「移る」ということは、物が元あった場所から消えて、別のところに「顕れる」ことだからである。
たとえば、一つの部屋にいた人が隣の部屋に現れたとすれば、「移った」ことになる。そこでは「現れた」と「移った」が同じことになる。この解釈では「現れる」「移る」「写る」の三語を同源と見ることができる。裏付ける資料はないので、この解釈は推測でしかないが、その可能性は否定しがたい。
その真偽のほどは確認できないとしても、古代人にとって、音が同じである語はみな同じように聞こえたはずである。ヴォキャブラリーが極端に少ない時代には、同音異義語というものは少なかった。ウツ(顕、現)、移ル、映ルなどの語は少なくとも相互に関連しているように感じられたであろう。
そして水にウツル影を見る以外には、「映った」物のイメージを目にする機会がほとんどなかった古代人類にとっては不思議な現象だったはずである。
現代人が鏡を見ても、それは単に反射という物理現象でしかない。不思議でも、神秘的でもない。しかし、古代人は、水に映る顔を見て、「自分の顔が水に「移って見える」あるいは「水の中に自分の顔が現れた」という感じ方をしたということがことを、言葉の分析から伺い知ることができる。
このように、言葉は忘れられてしまった古い時代の人間の感じ方や考え方の痕跡をとどめている「化石」なのである。
2 ナルシサス神話 topへ
英語のミラーという語は奇跡(ミラクル)という語と起源が同じだった。そのことは、古代人の目に鏡は神秘性をもったものとして映ったしるしと見てよいと思う。「映る」ということが不思議だったのである。
ギリシア神話のナルシサスは、泉に映った自分があまりに美しいのに見とれて動けなくなり、水仙に化した。この話は単に美しすぎた少年の物語と考えるのは不十分な理解と言わなければならない。自分の姿が水にウツルことの神秘という感覚がなかったなら、こういう神話は容易に生まれなかったのではないだろうか。
人類が鏡を手に入れるまで、水に映る影を除いては人間の顔の色や形がその人から離れてイメージだけが見えるということはほとんど不可能であった。
鏡を手に入れてから、本当の自分の顔とは別に、もう一人の自分が鏡の中にウツル。自分はここにいるのに、自分のイメージだけが遊離して現れる。原始人類にとってそれは夢と同じことであった。物のイメージは本来実体と不即不離なのであって、実体から離れて一人歩きするなどということは夢と同じだった。それがウツルだったのである。
「鏡よ、鏡よ、この世で一番美しい人はだれ?」というと、もう死んでしまったはずの姫の顔が映るという話は、鏡の魔力を連想させる。日本神話のヤタノカガミの話も、日本の皇室に伝わる「三種の神器」の一つが鏡であることも、鏡の神秘性なしには生まれなかったと言っていいのではないだろうか。科学を知らない時代の人類にとって、鏡はそういうものだった。
弥生時代の古墳などから数多く出土する青銅鏡も、本当の意味は謎に包まれているが、単なる装飾用でも実用品でもなく、なんらかの呪術的、ないし宗教的な意味を持っていたからこそ、首長の象徴にもなった。天皇家の三種の神器に鏡があるのもそれと関係がある。鏡とはそういう神秘的なものだった。その理由は実体を持たないイメージが映るところにある。
猫に鏡を見せると、鏡の中の自分の姿に向かって手を出し、ガラスに遮られると不思議そうに鏡の裏をのぞき込んだりする。イメージだけがあって実体がないということが猫には容易にに理解できない。猫もやはり実体のない虚像の不思議さを体験しているのである。最近ではチンパンジーにも鏡を見せる実験をした結果、猫と同じような反応を示すことが分かったという。人類からそういう不思議という感覚を奪ったのは科学である。
3 写像・映像 topへ
写真の「写る」という語も同様。物や人間の姿形を紙やスクリーンに再現する。イメージが本体からはなれて他の場所に移る。あるいはアラワレル。
そういう意味を考えれば、「鏡にウツル」も「写真にウツル」も「映画にウツル」もすべて「移る」という漢字を当ててもよかったのである。ただ、漢語の方で映、写、移、を区別していたから、その影響で日本語も区別するようになっただけのことである。
現代では、イメージの本体からの遊離は日常茶飯事である。テレビ、写真、映画、パソコンの画像など、われわれはほとんど実体から離れたイメージによって生活していると言っても間違いではない。その結果現代人の精神の中で、イメージと実体の結びつきが弱くなり、人間はしだいに仮想現実のような環境の中で生きるという状況が生まれている。
写真やテレビ、映画など、ウツスということは、人類に大きな利益をもたらすことも事実である。単に遊び道具としてでなく、自分をウツスことによって自分を客観化し、自己を超えた目で見直すということもできるし、実体は一つきりないのに、写真や映像は無数に作れるし、実物は地球の裏側にあってもイメージだけは見えるなど、情報としての利用価値もがある。
しかし、実体から遊離したイメージによって生活するということが極端になれば、ついには人間や現実世界の実体感が薄くなり、単なる記号にすぎないイメージだけによって生きるという事態も想像できる。そうなると、人間は自分自身の存在でさえ現実感が失われ、バーチャルなものに思われてきて、社会的な責任や倫理までもが単なるゲームのルールにすぎないものに思われ、道徳観や倫理感覚が消えてしまうかもしれない。
現に最近の青少年犯罪を見れば、ゲームとビデオに没頭して育った青少年の中に、その予兆は現れている。理由もなく人を殺してみたくなったり、バスを乗っ取り、平気で人を殺したりするのは、世界と自分の存在に現実感覚が失われている証拠である。ゲーム感覚で人を殺している。それが社会全般に広まるとき、人類は重大な 「精神の危機」に直面することになる。そういう状況は意外に近い将来にやってくるかもしれない。かつて二十世紀のはじめに西欧では「精神の危機」ということがしきりに言われたが、私は本当の精神の危機はこれからやってくる可能性があると思っている。
それに対して、原始社会においては、それと反対の状況があった。イメージの遊離はきわめて稀であって、神秘的だった。
文明の発達に比例して、本来実体と不即不離であったイメージが遊離して、一人歩きすることが多くなる。そのような現象がどのくらい多いかは、文明の発達度を測る一つの指標として見ることもできる。
現代はそういう像が爆発的に増えつつある時代、イメージ・エクスプロージョンの時代と呼ぶことができる。
われわれは今「ウツス」ということ、イメージとは何かという問題を真剣に考えなければならないところに来ている。にもかかわらず、まだその問題を直視する人は少ない。そう考えると、絵画における「どのように描くか」という手法の問題も、単なる芸術問題ではなくなって、文明的な深刻な問題につながる可能性があることが分かる。
4 絵画の起源に関連して topへ
太古の時代、洞窟の岩肌にはじめて絵を描いた人類は自分達が見慣れている動物の姿が岩の表面に「移って」見えることに意外性を感じたにちがいない。
岩に落書きをしていた人は、たまたま人や動物に似た形ができたのを見て、人や動物が岩の表面に「現れた」という感じを持ったかもしれない。縄文土器や弥生時代の青銅器に刻まれた人や動物を見た時も同じ感覚を持ったであろう。
今でこそ人類はそういうものに慣れっこになりすぎてしまい、何の不思議も感動もなく、当然のようにそれを見るが、太古の人類は、簡単な素朴な絵を見ただけでもおどろき、感動したにちがいない。それが物を描くということの始まりにあったことである。
音声についてもそれと似た現象がある。人間の声は本来、出した人がいないところで聞こえることはないはずであるが、山の中で聞くコダマは、声を出した人からはなれて聞こえる。それがその人の発した声の反響だということは分かっているが、本来の声は発している間だけ聞こえて、やめれば聞こえないものである。自分が声を発したあと、時間をおいてその声が戻ってくるというのは、現代人には物理学的に説明できるが、古代人はとってはそこに目に見えない魂のようなものが存在するかのように感じられたから、多くの民話や伝説にコダマが出てくるのである。
神秘さ、不思議さは不気味さにも通じる。人間が死んでいなくなったはずなのに、その人の姿を見たり、声を聞いたりしたと思った時、人は恐怖におそわれる。幽霊とはまさに実体を失った存在だからである。
一言でまとめるなら、イメージにせよ声にせよ、その本体または発信元があって、それと不即不離に存在するものであったものが、その元から離れて一人歩きする。現代文明は、その実体遊離のイメージや声になれすぎて、その不思議さを感じる心がマヒしてしまったいるから、絵画や彫刻を感じる心もマヒしかかっている。
5 ミメーシス(模倣) topへ
ヨーロッパ系の言語で芸術を語る時、ミメーシス(模倣)という語が描写とほぼ同じ意味で使われる。描写といえばすむところをなぜ模倣というのか、われわれ日本人は抵抗を感じる。その反面、彼らの言語には「描く」「描写する」に当たる適当な用語がない。ペイントは本来色を塗ること、ドゥローは線を引くことであって、物を描写するという意味はなかった。描写という語を英語に訳そうとする時、いい語がなくて不自由な思いをすることがある。
ミメーシスを模倣と訳したことにも多少問題がある。ミメーシスは英語のイミテーションの意味なので、「模像」と訳せば、日本人にももう少し分かりやすかったのではないかと思う。
二千年以上前、ギリシアの哲学者プラトンは、現実にある個々のものはイデア(理念、観念)というものの模倣であり、それをまた芸術が模倣するとして、芸術は模倣の模倣であるから、一番真理から遠いという理由で、一番劣ったものだと言った。これがミメーシスという語が芸術の用語として定着したはじまりだった。それ以来ずっとヨーロッパ人はこの用語を引きずっている。
この模倣を「模像」と訳したなら、日本人にもいくらか抵抗が少なかったのではないかと思う。模倣という語から、われわれは真似する動作を思い浮かべてしまい、何かを模して作った物というイメージが湧いて来ない。これは日本の明治期の哲学者の責任である。
それにしてもプラトンはなぜ芸術を自然の模倣などと言ったのだろうか。現代のわれわれにとって、絵画や彫刻は「美術」である。美しいものを創造するのが芸術である。プラトンは美術という語を使わないところを見ると、芸術が美を創造する術だという観念は持っていなかったように見える。第一そのころ美術という語があったかどうか、私は知らない。
6 芸術は「美術」か模倣か topへ
われわれ日本人の芸術という観念とヨーロッパのアートという観念との間にも多少のずれがある。
芸術は、英語ではart 、フランス語ではart(アール)
。この語の起源はギリシャ語のテクネー(techne)で、テクノロジーの語根
techn- と同じで、物を制作する技術のことである。美的なものとは限らない。ローマ人がこのギリシア語をラテン語に訳す時、たまたまars
という語が同じ意味だったので、それを訳語として使った。それがフランス語のアール、英語のアートの起源である。
一方、ドイツ語では芸術の意味のKunst(クンスト)
は「できる」という意味の語から来ている。いずれも、物を作る技術の意である。日本語では「飛騨の匠」などという時の「たくみ」という語がこれに近い。
英語のart も古くは職人的な技術の意味で、芸術や美術だけを特別に呼ぶ名称ではなく、「たくみ」というような意味の語だったのである。特別に芸術や美術のことを指して言う時はfine
arts というのが普通だった。これはフランス語のボーザール(beaux-arts
=美の技術) という語に当たる。
fineを取ってしまってart だけで芸術という意味に使うようになったのは19世紀になってからと言っていい。それまでは我々の言う芸術と職人的な芸や技術を区別することなく、その境界があいまいなまま、アートと言っていた。実際近代の初期まで、画家は職人的だった。たとえば師匠が一つの絵を完成するのに助手に手伝わせるというのは普通のことだった。作品の隅々まで一人の芸術家の感性が行きわたった芸術作品という観念はなかった。
そして現代でもなお、art
はしばしば職人的な技術の意味にも使われる。たとえば、マジシャンがうまい手品を見せると、「君はアーティストだ」と言って褒める。
日本語には、西欧文化が入ってくるまでは、美術や芸術という語はなかったから、art
を日本語に訳すのに新しい語を作らなければならなかった。そこで、ヨーロッパ語の長い歴史を無視して芸術、美術という語を作った。「芸の術」というのをそのとおり読めば、ヨーロッパのアートの古くからの意味とほぼ一致するし、「美の術」はフランス語の「ボー・ザール」にぴったりなのだが、この語は一般には、なぜか職人的な技術と区別して絵画や彫刻や音楽などに使われることになった。
7 プラトンが見たもの topへ
プラトンは二千数百年前の人なので、彼らの頭にあった芸術と現代人のそれとはかなり違うと思っていい。
その時代には、まだルネサンス以後の偉大な芸術作品群は存在しなかった。プラトンが目にすることができたのは、当時のギリシャ芸術と、いくらかのエジプトや地中海沿岸地方のそれがあっただけであろう。彼の言う芸術には、おそらく建築のレリーフや、各種モニュメンドや、壺や瓶に描かれた装飾のようなものなどが含まれていた。そういうものもすばらしいことには違いないが、それらは美的鑑賞よりも機能や目的が強く意識されていたと思う。もし彼がルネサンスやその後の西欧近代の美術などを数多く見ていたなら、あのような言い方をしたかどうか疑問である。
アリストテレスは、プラトンと同じ模倣という語を用いたが、芸術を劣ったものとは見ていない。彼は模倣は人間の本性から生じると考え、詩は行動の模倣であると言っている。『ポエティカ(詩学)』の中で彼は、悲劇はすぐれた人間の行動の模倣であり、喜劇は劣った人間の行動の模倣であると言っている。
プラトンもアリストテレスも、芸術を美とうい用語で語っていないという点では共通している。そしてアリストテレスの芸術論は『詩学(ポエティカ)』と名づけられている。彼の頭の中にあった芸術には、絵画や彫刻より詩や劇の方が大きくあったのかもしれない。また古代の詩(たとえばホーマーのような)は、文字に書いて読まれるよりも、歌われる詩であった。現代のように詩と歌との別が明確でなかったのである。
古代ギリシア人は、美を主要な目的にした芸術という観念を持たなかったと考えられる。
ギリシャ美術の写真集を見れば分かるように、美しい花や風景を描くということも少なかった。神殿などの建物は華麗な壁画で飾られていたと言われるし、花の絵もあったというが、現在残っている古代のギリシャ美術のなかで花が描かれたものはすくない。壺やレリーフなどに図案化された模様として花が描かれているが、写実的な花の絵を見つけるのがむずかしい。それは彼らは美しいものを作ろうとするよりは、偉大な人物や先祖のモニュメントや、歴史上の人物の事跡の記録や神話伝説などに関心があったからだと思う。
もちろんその中でも、描こうとする人物はできるだけよく見せようという意思がはたらくだろうし、神話や伝説のなかでは、理想化された神や人間が現れる傾向があるだろう。しかし、主要な関心事はやはり人々の心に残るものを形にしてとどめようということであった。アリストテレスがミメーシスという語を用いたのも、そのあとに続いた人々がその言葉を芸術を語るキーワードにしたのも、そういう背景があったからではないかと思う。
ヨーロッパで花を主題にした絵、静物画がしきりに描かれるようになったのは近代になってからで、その後もしばらくは静物画は絵画の中で低い地位を与えられていたのもそういうことから来ると思われる。
芸術は模倣だという言い方から読み取れることは、ギリシャ人は美よりも物を制作する技のほうに着目して芸術を定義していたということであった。そして、それをミメーシスという用語で表し、その言葉がその後のヨーロッパ二千余年の間、芸術を論じる人のキーワードとして受け継がれ、しばしば芸術とはミメーシスであるという誤った観念さえも生むもとになったと思われるのである。
8 模倣とウツス topへ
日本語で描写と模倣と言うとあまりに違いすぎるような印象を受けるが、西欧では伝統になっている。彼らの頭の中では現実にある事物を写すことを「自然を模倣する」という言い方がごく自然にできる。そのことを理解しないならば、ヨーロッパ人の考え方は永久に理解できないと言ってもいい。にもかかわらず、日本では、明治以来百二十年にもなるというのに、十分に理解されていない。
模倣と描写がどこでどのようにつながるのか…
たとえばひとつの物真似を例にとってみる。人間がたとえばサルの真似をしたとすると、実体としてはサルはそこにいないのに、サルのイメージが浮かんで見える。人間の上に、サルのイメージが重なってみえる。サルのイメージが不意に現れる。そのイメージは実体としてのサルから遊離し、人間の上にウツッテ(移って=映って)見えているのである。実体からの遊離と移動という意味で水や鏡に映るのと同じである。
逆にサルが人間の真似をした場合−たとえば反省猿。サルがテーブルに手をかけてうなだれて見せると、そこに人間の反省している姿が浮かんで見え、人間の心さえ見える。実体としてそこにあるのはただのサルでしかないのに、その上に反省する人間がウツッ見える。
絵や彫刻では、描かれたものが本体から遊離して画面や金属や石の塊の上に移っているという点が物真似と共通している。
そのように、ウツルというキーワードを媒介にして見ると、模倣と描写とが結びつくことが容易に理解できるはずである。
9 もう一つの模倣 topへ
イメージという語の起源もまた、模倣を意味するラテン語にある。それはイミテーションなどという語と同起源である。
何かの姿や形を心のなかに思い浮かべるのがイメージである。そこから「想像する」=イマジン、「想像」=イマジネーションなどの語も生まれる。実際にあるものを心に写し取ったものがイメージである。場合によっては、それをまた絵や写真や彫刻などの形で外にだすこともある。その場合は内面にあったものを外にウツシ出すことになる。
日本語で言うイメージは、心の中に思い浮かべるものであるが、ヨーロッパの言語では、それを描いた絵や彫刻もイメージと言うことがある。
たとえばキリスト教徒に取って聖母マリアは長く心の中にある。それを教会の壁などに描いたり、イコンにしたりするが、それを「聖母マリアのイメージ」ということがある。そのイコンという語がまた「似ている」という意味から来ている。コンピューターの「アイコン」というのは、イコンの英語読みであるが、元の意味の「何かに似ているもの」「何かのイメージ」という意味からは離れてしまった。
聖母マリアに限らず、宗教的な絵画や彫刻には、だれも見たことがない神や教祖や聖人のイメージを描くことが多い。見たことがなくても心の中になんとなくあるイメージ、あるいは潜在的なイメージのようなものを、芸術家が具体的な像として描いて見せる。そういう肖像も英語では「イメージ」という。たとえば、マリアの像は「マリアのイメージ」、仏像は「ブッダのイメージ」である。
だれも会ったことがないか、あるいはお釈迦さまのようなケースでは、その容貌などはまったく伝えられていないか、少し伝えられているだけということが多い。それらは心の中に理想化されたイメージが自然に浮かんでくるが、実物をウツシタというのには当たらない。それでも心の中にある像を描き、外に出す時はまさにウツスという行為が介在する。
このように言葉の歴史を見れば、人々の心のなかで「似ている」「模倣」「描写」などの語がいかに深くかかわり合っているかが分かる。
10 模倣の本質 同一性の認知 topへ
三つか四つの子供がクッキーを食べていた。五百円玉ほどの大きさの輪の形をしたコーンのお菓子を親に見せて「ドーナッツだ!ドーナッツだ!」と言った。形がドーナッツに似ていることを発見して興味を持ったのである。前に言ったように、小さなクッキーの上にドーナッツのイメージが「現れた」ことをその子は自分で「発見」したのである。そのように似ている二つの物の類似を発見しておどろくということは、子供の知能の発達を示す重要な指標である。
その時大人がどのように反応するかは、子供の発育に大きな影響を持つ。つまり、大人がそんなことにまったく無関心でいるのと、「ほんとだね、よく似ているね」と言ってやるのとでは、子供の知能の発達に及ぼす影響が大きく異なると思う。
子供をよく注意して見ていると、そういうことによく出会う。ただ大人が気づかないだけである。
私が子供たちに折り紙を教えた時、やはり四、五歳の男の子が「お山だ。お山だ」と言って見せに来た。彼は折り紙を三角に折ろうとして、頂点をうまく合わせることができなかったので、尖った先端がずれて、山の頂きが二つ並んでいるように見えたのである。それだけのことだったが、その子にとっては一つの発見だった。そして興奮した口調で「お山、お山」と言いながら私に見せに来たのである。
その子が特別頭がいいとは思わない。見たところ普通の子である。だが、一枚の紙切れをもてあそんでいる時に、彼の目に不意に山が現れたのである。それに感動する心が大事なのである。
(子供だけではない。大人でも紙を折った形がツルや舟や花などに似ているとよろこぶのは、小さな紙の中に物の形を発見する妙味を楽しんでいるのである。)
そういう時、子供は目の前の物体の形を的確に捉えていると同時に、そこに存在してない物の形が頭の中に浮かんでいる。見えているものと見えていないものと、両方を同時に意識し、重ね合わせるという知的作業を行っている。それもまったく同じ物ではなく、色、形、大きさなど違う二つの物に、ある一つの共通点を発見するという高度の知的な行為をしている。
紙と実際の山とでは、大人の感覚では似ても似つかない。大きさもまったく違うし、物質としても違うし。色や形も大いに異なる。そういう二つの物の中からある一点の共通要素を取り出すのであるから、それは「抽象」というはたらきである。それは抽象的思考のはじまりであり、あらゆる思考の基礎である。たった三つか四つの幼児がそれだけの知的作業をやって、その発見に感動している。それは「天才的な」ことであると私は思っている。だが、多くの大人はそれに気づかない。
私に言わせれば、子供はみな天才である。おとなの硬直した頭でできないことができる。多くの大人はその天才をのばしてやるどころか、その芽をつんでしまう。よく子供のすることを観察していれば、子供は教えられたことだけを機械的に繰り返すオウムではなく、創造の能力を持ち、それを行使することを楽しんでいることが分かる。
私の子供が四、五歳で、ひらがなを覚えたばかりのころ、片足を横にあげ、ひざを少し曲げ、「へだ。」と言った。それから足をもっと高くあげて、やはりひざを曲げたままで「くだ。」と言った。それから「へが寝っころがるとくだ。くが寝っころがるとへだ」と言った。
注意して見ていると、子供はいろいろのところで大人が考え及ばないような能力を示すことがある。(ついでに言うと、動物もまた「天才的な」能力を示すことがある。)
そのなかで二つの物が同じか違うかという異同判断、あるいは何かが前に見たものと同一物であるかないかという同一性(=アイデンティティー)の認知、ないしは相似性の認知能力は、人間の知能の基本であると言ってもいい。
そしてそれが模倣する能力の中心にある。たとえば前にあげた反省猿について考えると、観客はサルの動作のなかに、自分が経験的に知っている人間の反省の動作や姿勢のイメージを見る。サルの仕草が、自分がイメージとして持っている反省の動作との一致する。それをみとめるのは同一性の認知である。しかし、目の前にある生き物は人間ではなく、まぎれもないサルである。こちらは違いの認知である。そのような同一性と異質性とが同居しているのを発見した時、人は笑う。
× × × ×
ヨーロッパで二千年以上も使いつづけているこの模倣という語は日本人には分かりにくいから、改めてその意味を深部から捉え直すことによって、芸術における描写の意味をよりよく理解し、合わせて西欧の芸術をより身近なものとして感じられるようになると思う。その一つの方法は認知という観点からのアプローチである。芸術は感性によるもの、感じるものであって、頭で理解するものというのはその通りであるが、感性と知性とを分けて、二元論的に考えることにも問題がある。むしろ、知性による誤った芸術観が、感性によるアプローチを阻害していることが多いのではないかと思う。
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