山川学而『西欧絵画を斬る』(その1)

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ピカソの秘密≪芸術は爆発か≫


まえがき

  文学といわず、絵画といわず、あらゆる芸術ジャンルの中で、私の生涯を通じて変わらずに私の心を捉えてはなさなかった作家はピカソである。ピカソの何がそのように心を捉えるのかということが、長いあいだの謎だった。それも解けそうでなかなか解けない謎だった。この数十年間私はその謎を解きたいと願い、またその謎解きにこだわりつづけることが楽しみでもあった。それが今ようやく分かりかけてきたような気がしている。未知の扉が開きかっているというと思い上がりだとそしられるかもしれないが、私の中でなにかが氷解しかかっているという感じがある。
 私が美術のことを語ろうとするとき、まずピカソから始めたくなるのはそのためである。

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 ピカソの道化師ずきは有名である。ななかでも菱形模様の衣装を着たアルルンカンはピカソのお気に入りで、しばし」ば絵にも描いているし、別荘の壁画に人かきこんだり、その衣装をみずから着て友達の家にあらわれたり、自分の子描供にアルルカンの衣装を着せて喜んでくいたというエピソードもある。
アルルカンはいうまでもなく、英語は読みではハーレクィンで、もともとはイタリアの有名な喜劇劇団コメディアの・デラルテの登場人物の名前だった。
 人はしばしば道化師という役と生身の人間とのギャップや仮面性──つらいことや悲しいことも仮面の下に隠し、人を笑わせることに専念していることにドラマを感じる。そこに悲劇性を見ようとする人もいる。しかし、ピカソの道化師はあまり悲劇的に描かれて いるとは思えない。悲劇を描くことが彼の意図でなかったことはあきらかである。彼の描いた道化師はむしろ、役を果たしおわってホッとしているようにさえ見える。さわやかささえ感じさせるものもある。仮面性より何より、ピカソは道化師、特にアルルカンが好きだったのてある。そうでなければ別荘の壁にまで描いてよろこぶようなことはしないだろう。

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 私が指摘したいのは、あのアルルカンの菱形模様が、キュービズムの誕生と深いところでつながっているのではないかということである。
 いうまでもなく、キュービズムの誕生にはアフリカの仮面や原始人形が深く関係していた。しかし、あの独特の手法を思いつくヒントになったのはむしろ、アルカンの菱形模様だったのではないか。少なくともとあの模様はキュービズム的な考え方とつながりがある考える方が自然であるように思われる。

 キュービスムの誕生に大きな役割を果たしたといわれる『アビニオンの娘たち』という作品がある。数人の裸婦を描いたもので、ピカソ自身のアトリエに長い間おかれていて、訪れる画家たちに大きな影響を与えたと言われる。その絵をよく見ていると、何となく菱形の図形で構成されているような気がするのである。 はっきりした菱形ではないが、斜めの線が多く、顔も体も細長く、部分部分がたくさんの菱形で構成されているような印象がある。
 そのように見ると、ピカソが物を立体的に描こうとしたという常識に疑問が生じる。確かにピカソらがキュビズム運動のようなものを起こしたのは、セザンヌの「対象を球や円錐や三角錐のように描かなければならない」と言った言葉の影響があったことはまぎれもない事実であるが、ピカソはその言葉から、単なる立体描写法だけを学んだのではなく、彼が学んだのは対象を分節化し、幾何図形的なものの集まりとして描くということだったのであって、それが必ずしも立体でなくともよかったのではないかと思われるのである。
 ピカソのキュービズム初期の作品には紙やスレートを張りつけたような印象を与えるものが多く、中には実際に紙切れを画面に張りつけたものもいくつかある。それらは立体的というよりはむしろ幾何図形的で、むしろ平板な感じがする。私の考えではピカソが発見したのは対象を立体的に描く手法ではなく、対象を切れ切れの図形の集まりに分解するということだった。                        
「対象を研究する方法は、外科医が肢体を解剖するのと同じだ」とピカソは言っている。彼にとって重要だったことは、対象を立体的に描くことよりも、分割することが重要だったのである。われわれはキュービズム=立体主義という言葉に惑わされ、ピカソが対象をつねに立体的にとらえようとしたと思い込みがちであるが、よくよく見ればピカソの作品の多くはそれほど立体的ではなく、平板なものも少なくない。勿論物体は立体であるから、それを描く作品も立体的になるのは自然なことであるが、それだけのことなら、何もキュービスムの出現を待つまでもなく、昔から多くの画家がやってきたことだ。

 私はあえて断言したいのである。ピカソがやったことはことさらに対象を立体的に捉えようということではなく、そうではなくて、対象を分割することだった。そうだったという確実な証拠を見つけることはむずかしいが、作品をよく見ていけば、有力な傍証や状況証拠や証言はたくさんある。そして、そのことの意味を掘り下げていくと、ピカソの、ひいては印象派以来の近代絵画の深層に、分節という観念があったことが分かる。
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 結論を先に言えば、『美は分節にあり』ということであるが、それはまだ遠い、遠い先のことである。
                 
※そう考えることによって、印象派以来の絵画のさまざまの運動に共通するものを見いだすことができ、ひいては、モネやスーラやゴッホなど、点描や斑描などとキュビスムを結ぶ共通項を見いだすことができると思う。それができれば、現代絵画の本質に迫ることもできる。