寄稿いただきました。感謝感激ですぅ〜


遠い空の向こうに  

Written by Mumuriku 様


(全2ページの1)

 

 

 

プロローグ

「かおり、学校がおわったら、ものみの丘にいこうよ!」
「どうしたの?じゅんくん」
「へへー、ひみつだよ」
「おしえてくれてもいいじゃない」
「しょうがないな〜、これだ!」

 自信満々に小学生の北川が差し出したのは、手作りのロケットだった。
 それっぽい尾翼がついているのでそんな感じもするが、
 やはり、10歳の子供の工作の枠を出ていない。

「じゅんくん、それって本当にとぶの?」
「あったりまえだ、ロケットはなび20コ分のかやくをいれたんだ」
「あぶなくない?」
「だいじょうぶだよ。行こうよ、かおり」

 ペンライトの筒に火薬を詰めただけのロケットは、
 点火すると、いきなり爆発した。
 物凄い音に泣き出してしまった香里を連れて帰った北川は、
 両親からこっぴどく叱られた。

 

 ・・・・・

 

「香里、打ち上げを見に来ないか?」
 中学生になった北川が香里を誘う。
「別に良いけど、一回も成功しないわね、北川君」
「今度は大丈夫だって、本も買って研究したんだ」

 ボール紙で出来たロケットには、硝酸カリウム・硫黄・木炭の混合物が詰められており、
 斜めに飛び出して、空中で大爆発した。
 落っこってきた残骸を拾いながら、
 北川は1ヶ月の苦心を振り返り、一体何が悪かったんだろうと落胆した。

「うーん、やっぱ燃焼ノズルが悪かったのかなあ」
「北川君、ちゃんと本の通りに作ったの?」
「いや、実は俺にはちょっと難しすぎてあんまり理解できなかったんだ」
「はあ・・・仕方の無い人ね。じゃあ、ちょっとその本を見せてみて」

 

 ・・・・・

 

 高校生の夏。
「美坂ーっ、今日の3時に打ち上げだ!」
「ようやく完成したの?」
「おう、アメリカ製の上級キットモデルだぞ〜。バイト代全部つぎ込んだ」
「本当に好きねえ」
「栞ちゃんも連れて来いよ」
「そうね、体の具合さえ良ければ一緒に見に行くわ」
「相沢や水瀬さんたちも来るからな」

 

「あはははー、凄いですね〜」
「飛ぶの?・・・」
「北川さん、格好良いですっ」
「え、俺が?」
「ロケットがですう〜」
「はははっ。酷いな、栞ちゃん」
「二人とも何馬鹿なこと言ってるのよ、準備はいいの?」
「北川、早く始めろよ」
「相変わらずせっかちな奴だな、相沢」
「名雪が待ちきれないで寝ちまうぞ」
「くー・・・」
「って、名雪もう寝てるわよ!」
 真琴が呆れる。
「よーし準備完了だ。カウントダウン開始!」

 発射主任をまかされた栞が、楽しそうにカウントダウンを始める。
「5.4.3.2.1・・・」
「発射ですうー」
『どしゅーーーーーーーーー』

 薄い煙を吐きながら、ロケットは一気に空へ吸い込まれていった。
「すげえ・・・」
「わ、びっくり」
 のんびりと、それでも目を見開いて名雪が言う。
「うぐっ!」
 あゆは、驚いてタイヤキを喉に詰まらせたようだ。
「凄いですっ。何キロも飛んで行きますっ!」
 栞は無邪気に大喜びしている。

「大成功だな、美坂!」
「北川君、少しだけど姿勢にブレがあったわね。重量バランスが今一だわ」
「はははっ。美坂には敵わないな」
「でも、結構上手く行った方よ」
「ああ、いつかあそこまでぶっ飛ばして見たいな」

 ものみの丘で北川が見上げる先には、午後の青空にぽっかりと浮かぶ月があった。

 

「北川さん、よく許可が下りましたね」
「へ?」
「これほど大規模なロケットの打ち上げには、市町村の許可が必要なはずですけど」
「そうなのか、天野さん?」
「常識だろ」
 祐一が言う。
「捕まっちゃうんだおー」

「あはははー、逃げましょうか〜」
「ずらかる・・・」
「あうー、真琴は何にも悪いことしてないもん!」
「いいから、さっさと逃げるぞ」
「行きましょう、栞」
「はい、お姉ちゃんっ」
「うぐう、待ってよ祐一君!」

 名雪を先頭に、歓声を上げながらものみの丘を後にする高校生たち。
 北の、短い夏の日差しが降り注いでいた。 

 

 

 

「遠い空の向こうに」
 作:Mumuriku

 

 

1.種子島宇宙センター

  
『ギア・ダウン』

『大気速度210ノット』

『ランディング』

「成功。全く完璧だ」
 コンピュータのモニターの中で「HOPE」は滑走路のど真ん中を捉えた。
「さすが美坂は優秀だな」
 後ろでシュミレーションの様子を見ていた北川が声をかける。
「あら、ありがとう北川君」
 ふーっと、ため息を漏らしながら香里がヘッドセットを外す。
 日本版スペースシャトルとも言える「HOPE」。
 その初打ち上げが来月に予定されており、北川と香里は操縦担当として訓練を行っていた。
 あの、高校時代の打ち上げに参加した全員が、
 遠い空の向こうを目指し、宇宙飛行士としてそれぞれ専門分野の訓練を行っている。
 H2Aロケットの成功から10年。
 日本も本格的な宇宙ステーション建設の為、再利用可能型のシャトルを保有するに至った。

「よーし、午後からは俺の番だな」
「北川君、一昨日みたいに墜落させないでね」
「あの時は、シュミレーションの設定が厳し過ぎたぞ」
「でも、実際故障することもあるし、悪天候だって考えられるわよ」
 北川は前回の訓練で再突入に失敗し、想定上では機を黒焦げにしていた。
「アメリカじゃ、シャトルを『空飛ぶレンガ』って言うそうよ。
 コンピューターの指示どおりやらなきゃダメよ」
「戦闘機の操縦なら自信あるんだけどなあ」
 負け惜しみを言う北川から見ても、香里の技術は一流だった。

「ところで美坂、この後なんか予定はあるのか」
「え?次の訓練まで3時間くらいあるけど」
「だったら・・・えーと、俺と一緒に昼めしどうだ?」
「北川君の奢りで?」
「おう、ハリセンボンでも海蛇でも豚の耳でも、何でも好きなものを奢るぞ」
「普通の定食屋でいいわよ」
「でも、せっかくこんな南の島に来てるんだからさ」
「そうね、栞もブルースターアイスを買い込んでたわ」
「ははっ、栞ちゃんらしいな」
「でしょう?」
 香里が嬉しそうに笑う。

 

 

2.宴

  
「だからさ、日本人初の宇宙飛行士はそいつじゃないんだ」
「じゃあ誰なんだよ、北川」
「日系人のな、チャレンジャーの事故で亡くなっちゃった奴なんだ」
「ふえ〜北川さんって物知りなんですね〜」
「・・・マニア?」
「知ってて当たり前だと思うけどなあ」
「お前って、ロケットのことになると異常に詳しいよな」
「ああ、子供の頃からロケットを手作りしてたからな!」
 自慢げに北川が胸を張る。
「でも、成功したことなんて無かったわよね」
「え?いや・・・まあ、そうだったったか?美坂」
「いっつも大爆発させてたじゃないの」
 祐一が大笑いしながら言う。
「まったく北川らしいな。
 でも、ペンシルロケットだって最初っから上手くいった訳じゃない」
「相沢・・・日本初の打ち上げはな、
 戦時中に戦艦の40センチ砲の火薬を手掛けた人が1934年に打ち上げた手製のロケットだぞ、
 お前は基本がなってない!」
 北川は、肉を焼きながら不満を言う。
 厳しい訓練を共に受けてきた宇宙飛行士たちは、正式な搭乗員の発表を受け、
 決まった者への壮行と、残される者への励ましのために、野外でバーベキューを催していた。

 実際に宇宙に飛び出す正規チームは、相沢祐一をリーダーとして、

  水 瀬 名 雪
  美 坂 香 里
  天 野 美 汐
  月 宮 あ ゆ

 そして、バックアップチームには北川を始め、

  倉田 佐祐理
  川 澄  舞
  美 坂  栞
  沢 渡 真 琴

「北川、残念だろうがそんなに落胆するな」
 祐一が北川にビールを注ぐ。
「相沢、土産は月の石で良いからな」
「おいおい、俺達が行くのは宇宙ステーションだぞ」
「資材の運搬屋だよな」
「嫌な言い方をするな、北川」
「はははっ、まあ頑張ってきてくれ。次は絶対に俺の番だ」

「佐祐理・・・どうして行けないの?・・・」
 初の有人飛行の選にもれた者は、やはり悔しさを隠せない。
「あはははー、舞、まだ決まっちゃった訳じゃないですよ〜
 正規チームの方に何かあれば、私たちが代わりに行けるんですよ〜」
「祐一に、もっと酷いいたずらしてやるんだからっ!」
「お姉ちゃんは、私を独り残して先に行っちゃうんです。そんな酷な事はありませんっ」
「栞さん、それは私の台詞です。もしかして酔ってますか?」
「むー、これしきのお酒で酔うはず有りませんっ!」
「栞、飛行ミッションは何回も計画されてるんだから、直ぐにあなた達も行けるわよ」
 香里は、絡む栞を宥めようとするが、
「祐一さんまで私を置いてけぼりですっ。えうえう」
 栞は泣き上戸だった。

「栞、飲みすぎだぞ」
「私は・・・一番最初にお姉ちゃんと宇宙に行きたかったんですっ」
 栞はふらふらと立ち上がると、
 同じ航法士のあゆに、ろれつの回らない口調で言った。
「むー、月宮しゃん!」
 いきなり大声で呼ばれて、あゆが狼狽する。
「うぐっ?」
「私の替わりに、お姉ちゃんをお願いしましゅ・・・」
「わ、わかったよ栞ちゃん。ボク頑張るよ」
 栞は一升瓶を2本引きずりながら、よろよろと宿舎に戻っていった。

 

 短い宴の後、独りぼんやりと空を見上げている北川が居た。 

「北川君、何を見てるの?」
「月」
「きれいね」
「行きたいなあ、あそこに」

 

 

3.飛行プラン

  
「なんだって」
 祐一が不機嫌に訊く。
「いや、僕も反対したんだけどさ」
 飛行管理である久瀬の部屋に、正・副チームのリーダーである祐一と北川が呼び出されていた。
 技術屋の斉藤が説明を続ける。
「あの、旧式の情報収集衛星には小型の原子炉が搭載されてるんだ」
「だから?」
「2ヶ月前から調子が悪くなって、軌道を外れて降下してるんだよ」
「このままでは、数週間で地上に落下してしまうのだ」
「久瀬、だからって、なんでこの期に及んで飛行プランを変更させるんだ?
 小型の衛星なら大気圏で燃え尽きちまうはずじゃないか」
 北川にも、打ち上げ直前の計画変更は疑問だった。
「そんなことも想定して設計されてるんだろ、斉藤?」
「もちろんだよ相沢。再突入して地表に激突したって、原子炉は絶対に放射能漏れなんか起こさないよ」
「だったら、被害の無いとこを選んで落としちまよ」
 宇宙飛行士の二人は、老朽化した衛星などに興味は無い。

「僕からも説明はしたんだがね、お偉いさんはどうしてもあの衛星を修理したいとのことだ」
「久瀬から話してもらっても、全然耳を貸してくれないんだよ」
 斉藤が情けない顔で訴える。
「衛星の制御が出来ないから、何処に落ちちゃうかわからないんだ」
「だけど陸地に落ちる可能性なんか低いだろ?」
「確かにそのとおりだが、万が一北朝鮮に落ちでもしたら大事ではないかね?」
「で、俺達に修理しろと言うわけか」
「仕方あるまい。君たちが宇宙ステーションに運ぶ予定だった荷は、NASAに頼むことにした。
 1週間ほど遅れるだけで特に問題は生じない」
「相沢、どっちみち宇宙に行けるんだから良いじゃないか。お前が嫌なら俺が行くぜ」
「いや、待ってくれ北川。解ったよ、俺たちにやらせてくれ」
「ははは、最初っから素直になれよ」
「それじゃあこの件はもういいね。後で詳しい資料を届けさせるよ」
「ああ」

 祐一と北川が席を立とうとするのを、久瀬が引き留めた。
「それと、もう一つあるのだがね」
「なんだよ、久瀬」
「栞君が、はしかに罹ったそうなのだ」
「子供の病気だな」
 今ごろ栞は、麻疹だらけでアイスでも食ってるんだろうと祐一は思った。
「いや、高熱が出て、人によってはかなり重い症状が出る」
「そうなのか?」
「大人のはしかは結構辛いらしいぞ、相沢」
「でも、栞はバックアップチームじゃないか。なにが問題なんだ?」
「念のために一緒に暮らしている香里さんを検査したんだけど、陽性反応が出ちゃったんだよ」
「じゃあ、美坂は飛行停止になっちまうのか?」
「うむ、直前になって変更はしたくないのだが、搭乗員を交代させる」
「誰とだ?」
「北川、君だ」
「はえ?」

 

 

4.美坂

  
「お姉ちゃんごめんなさい」
「いいのよ栞。悪いのはあなたじゃなくて、融通の利かない馬鹿な医官たちよ」
「怒ってないですか?」
「そんな訳ないじゃないの。さあ、病人は暖かくして寝てなさい」
「えう・・・」
「後で、アイスでも買ってきてあげるわ」
 香里はそう言ってリビングに戻った。

  はあ・・・
  本当は私だって悔しいわよ

『ぴんぽーん』

「誰?」
「俺だ、北川だ」
「こんな時間に・・・どうしたの?」
「いや、ちょっと気になったもんだからさ」
 北川はドアを開けようとしたが、香里がそれを止めた。
「北川君にまでうつしちゃ悪いわ」
「おっと、そうだったな」
 二人はインターホンで話している。
「なあ、今回のことは残念だけど、栞ちゃんを責めちゃ駄目だぞ」
「わかってるわよ、私だって7年前とは違うわ」
「そうだよな」
「あの子は私の妹よ」
「それを聞いて安心した」
「北川君、あの時のことは本当に感謝してるわ」
「いや、大した事じゃないって」
「北川君らしいわよね」
 香里がクスッと笑う。
「おっ、もう行かなきゃダメだったんだ。
 俺の腕じゃあ美坂に到底かなわないけど、ちゃんと仕事は果たしてみせるから安心してくれ」
「あなたなら大丈夫よ、頑張ってね」
「ああ」

 香里が振り返ると、ぶつぶつだらけでニヤニヤ笑う栞が居た。
「お姉ちゃん、7年前って何のことですか〜」
「え、栞?聞いてたの?」
「私の目を盗んで、夜中に密会とはお姉ちゃんもやりますねえ〜」
「そんなんじゃないわよ、あれは北川君よ」
「前々から怪しいとは思ってましたが・・・北川さんと何があったんです?」
「私の事じゃないわ」
「え?」
「あなたが気を使うといけないから、今まで黙ってたんだけど・・・
 7年前の冬、あなたが酷い発作を起こしたことを覚えてる?」
「そんなことありましたっけ」
「そのときにね、北川君が・・・奇跡を起こしてくれたのよ」
「えう?」
「いい機会だから話してあげるわ。栞、紅茶でも淹れてくれないかしら」

 

 

5.7年前の冬

  
「先生、何とかしてくださいっ」
「いつもの薬が効かないんです。私としてもこれ以上は・・・」
「あんたは医者だろう!」
 祐一が怒鳴る。
「医者も全能ではないんです」
「なにか方法は無いんですか」
 すがるように香里が聞く。
「無いわけでは有りませんが・・・」
「先生!お願いします」
「アメリカで、栞さんの病気に対する新薬が開発されたそうです」
「じ、じゃあ直ぐにそれを使ってください!費用がかかったって構いません!」
「残念ですが、まだ治験中で日本には入ってきていないんです。これから取り寄せるにも一週間はかかります」
「それまで栞は?」
「非常に厳しい状態です」
 医者は目線を合わそうとしない。

  どうしてあの子は、そんな辛い思いをしなければならないの?
  何年もこんなことの繰り返し
  もう疲れたわ
  妹なんて
  そう、私に妹なんて

「相沢君、あの子は何のために生まれてきたの?」
「香里・・・」
「奇跡は、起こらないから奇跡って言うのよね」
「まだわからないじゃないか・・・そうだろ北川!」
「ああ」
「何を根拠にそんな事を言うの?」
 私はもう嫌よ、妹なんて・・・最初から居なければ良かったのよ・・・
「なあ美坂、人間ってのはみんなが平等に生まれてくる訳じゃないんだ。
 だけど栞ちゃんはお前を頼りにして、一生懸命頑張ってるんだぞ」
「わかってるわ、だから辛いのよ!」
「俺はさ、奇跡っていうのは可能性のことだと思ってる。
 少しでも希望があるんなら、出来ることをやるだけやってみるべきじゃないか?」
「もう、私には祈るくらいしかできないわ」
「なら、祈ればいい」

 

「相沢、ちょっと外に出よう」
 北川が、病室から祐一を連れ出す。
「どうした、北川?」
「ちょっと相談がある」

 

 ・・・・・

 

 深夜、新千歳空港。
「ん?なんだあの機は」
「空自の給油機ですね。滑走路に進入しようとしてます」
「そんな飛行プランが出てたか?」
「いいえ、該当ありません」
「そこの機、所属と識別を明らかにしろ」
「管制塔、こちら航空自衛隊相沢大尉。これからファイナルアプローチに移る」
「なんだと、そんな飛行計画は承認されていない!」
「おう、そんなもん貰ってないからな〜」
「もう1機。F−15です」
「航空自衛隊の北川大尉だ、ちょっとアメリカまで行ってくる」
「貴様ら、何を考えてるんだ!」

 

 ・・・・・

 

6.姉妹

  
「そんな事があったのよ」
「むう・・・」
「北川君たちはね、NASDAに入る前は航空自衛隊にいたのよ。
 当時は宇宙計画なんて夢のような話だったから、ジェット機のパイロットが理想に一番近い仕事だったの」
「全然知りませんでした」
「半日も掛からないで薬を届けてくれたわ。
 奇跡なんて言う無責任な物じゃないわね、北川君は自分がやろうとしてる事を解ってたんだもの。
 結局、そのせいで二人とも自衛隊を首になっちゃったけど、
 NASDAが本格的な宇宙開発計画を発表したときに、私達と一緒に一期生として参加したってわけ」
「すごい人です」
「それがね、北川君はそんなに凄く見えないのよ。
 いつも飄々としてるし、こないだだって誘われて一緒にお昼を食べにいったんだけど、
 変な魚や見た事ない料理が出るたびに、
 『なんだこりゃあ〜』とか『美坂、これって食いもんなのか?』って大声で訊いてくるのよ。
 一緒にいる私のほうが恥ずかしかったわ」

 やれやれといった表情の香里に、 
 椅子にちょこんと座っていた栞が、くわえていたスプーンをテーブルに置いた。
「どうしたの、栞?」
「お姉ちゃん、ちょっとそこに座ってくださいっ!」
「さっきから座ってるじゃない」
「むー、話の腰を折らないでください!」
「な、なによ栞」
「お姉ちゃんは、そんな北川さんをどう思ってるんですかっ」
「はあ?」
「可愛い妹を助けてくれた、白馬に乗った王子様のような人じゃないですか」
「栞、いいかげん大人になりなさい」
「信じられません。だからお姉ちゃんは鈍感でなんです。北川さんが可愛そうですっ」
「確かに北川君は良い人よ。でもそれは、あなたのためにしてくれたことじゃないの」
「お姉ちゃんは全然解ってないです。北川さんはお姉ちゃんのことが好きなんですっ。恋に落ちるのが当然です!」
「私も北川君のことは好きよ」
「え、えう〜?お姉ちゃん、今度は大胆発言ですう」
「あなたの思ってる恋とか愛とかとは、ちょっと違うわよ」
「お姉ちゃん、言ってることがよくわかんないです」
「本当に信頼できる仲間。どんな状況でもお互いのことを思いやれる・・・そんな関係かしら」
「?」
「まあ、栞にはまだ理解できないでしょうね」
「また私を子ども扱いですか?
 お姉ちゃんは、いつもそうやって大人ぶってるんです。だから年増とか言われちゃうんですっ」
「しーおーりー、そんな事を言うのはこの口かしら?」
「いひゃい、おねーはんやめてくだひゃい〜」

 真夜中の住宅街に、仲の良い姉妹の笑い声が響いていた。

 

 

7.打ち上げ

  
 種子島の大崎射場に現れたHOPEは、その雄姿で見るものを圧倒していた。
 日本による初の有人飛行。その打ち上げを一目見ようと多くの人々が島を訪れており、
 多数の報道陣も詰め掛けていた。
 全長53メートル、直径4メートルのH2Aロケットは、最大限の補助ブースターを装着しており、
 中央に配置されたLE−7Aと、それを取り巻くように取りつけられたSRB−A。
 また、推力増強のためLE−7Aを2機搭載したLRBまで加わっている。

「久瀬、足並み揃ったよ」
「よしっ、諸君。打ち上げシーケンス開始だ」

 

  『打ち上げ30秒前』

 スピーカーからの放送に、外の観衆がざわめく。

「北川、どうだ?」
「全て異常なしだ」
「あゆ?」
「問題ないよっ、祐一君」
「名雪?」
「ゴーだおー」

  『20秒前』

「天野?」
「準備完了しました」
「天野さん・・・ベルトを着用してるとはいっても、正座は危ないと思うぞ」
 北川が真面目に心配する。
「そうですか?この方が落ち着くんですが」
「ははは、天野らしいな」
 祐一の言葉に、ちょっとむっとした美汐が不燃材で作られた巾着をごそごそと探る。
「なんだ、天野?」
「皆さんに、これをお持ちしました」
「ほう、お守りか」
「霊験あらたかな神社から貰ってきました」
「ありがとう。うん?」
「天野さん、安産って書いてあるよ」
 名雪が不思議そうに聞く。
「案ずるより、生むがやすしです」

  『10秒前』

「はははっ、そうだな。それじゃあ出発前の祈りを捧げよう、相沢頼む」
「わかった・・・A.シェパードの祈りを」

  『神よ、ドジらせたもうな!』

「いよいよだな、相沢」
「ああ」
「うぐう、緊張するよ」
「こちらHOPEの相沢だ。久瀬、準備は良いぞ。早いところ火をつけてくれ!」
「心配するな相沢、僕はドジなど踏まない」

  『5』

  『4』

  『メインブースター作動!』

  『2』

  『1』

  『イグニッション!』

 轟音を響かせながら、シャトルがゆっくりと発射塔を離れ、加速していく。

  『STS−1「HOPE」発進!』

 

「相沢、速度・高度とも順調だ!」
「姿勢軸、正常だよっ」
「推力、問題ありません」
「ロール制御開始だおー」
「よーし、スロットル上昇に移るぞ」

  『どんっ!』

 推力を増したシャトルは、光の点となって空に吸い込まれていった。

 

 

 発射塔からかなり離れたところ。
 フェンスにもたれながら、打ち上げを見守る香里がいた。

「行ってらっしゃい・・・潤」

 

 

 −− 続 く −−

 

<SS目次へ戻る<   >次ページへ進む>