宇宙の神秘


星座の宇宙 恒星の宇宙 宇宙の果て(相対宇宙論) 恒星の生涯

われわれが生を受けた、この宇宙とは如何なる世界であろうか?宇宙には果てが有るのだろうか?宇宙空間の遥か彼方を探ってみよう。空間的広がりだけでなく、宇宙の過去と未来、時間的な広がりも、誠に茫漠たるもので夢を膨らませる。宇宙の住民である恒星と、その母体である巨大な宇宙雲、星の誕生なども紹介したい。しかし、宇宙の全てを1ページで紹介するなどという、大それた事を申上げる積りは更々無く、ここでは、私が持っている宇宙のイメージの中から、大海の中の一滴をご紹介するので、興味とご関心の有る方は、山ほど出ている本を読んでいただきたい。

星座の宇宙(古代の宇宙観)

世界をおおう丸天井
高い尖塔と巨大なドームを持つ教会堂は、信仰の象徴である。祭壇をおおう丸天井は、聖なる天空をあらわしたものだと言われる。祭壇は彫刻で飾られ、天井には神の国の物語が描かれている。ヴァチカンにあるシスチナ礼拝堂の壁画が最も有名であろう。ミケランジェロは天地創造の物語を神と人間の群像でもって天井いっぱいに描いている。遠近法がうまく使ってあり、礼拝堂の中に立って見上げると、創世記の物語が天空にのびのびと描かれているような錯覚におそわれる。

古い時代の人々は天空というものが、この世界をおおう丸天井であると考えていたらしい。その天井には一面に、神が、天井の火であり宝石である星をもって、天と地の物語を描いている。われわれが子供のころから描いてきた星座とその伝説は、ギリシャのものが多いのであるが、星座の歴史はもっともっと古いものであるらしい。

最初の星座・・・黄道12星座 
最初に出来た最も古い星座は、黄道に沿った12の星座であろう。黄道は天球上で太陽が通る道である。春分点から始まって、太陽は一年、すなわち12ヶ月で天を一回りし、また春分点へ戻って来る。そこで、黄道を12の区域にわけておくと、太陽は一ヶ月たつごとに或る区域から、次の区域へ移ってゆく事になり、太陽の居る場所を言い表わすのに大変便利である。太陽の運行につれ、移り変わってゆく地上の季節をすぐ知る事も出来る。

十二の区画はそれぞれ、星座と呼ばれ、人々に親しみの深い動物によって現されたので、獣帯とも呼ばれる。最も古い時代には、春分点のある星座は、神聖な動物である「牡牛」座であった。そこから太陽は次々に「羊」「魚」「水瓶」・・・の星座へと運行した。時代が下って、ギリシャ時代になると、春分点は羊座に移り、現在ではその隣の魚座にある。黄道12星座もただ単に星々の配列から、これを物のかたちに見立てたというのではなく、生活上の必要や、宗教上の理由から来ている面もあったわけである。

これに似た話は、わが東洋にもある。物を数えるのに古来から十二支というものが使われてきた。「ね」「うし」「とら」・・・というのは、「鼠」とか「牛」を意味するのではなく、民衆に親しみのある動物の名を借りてきた一種の絵文字で、1,2,3・・・という数字の数え方の方便にすぎないのだ。

ともかく、このようにして黄道に沿った12の星座がまず作られ、次第に他の区域にも、新しい星座が新設されていった。ヨーロッパ人が遠洋航海をはじめてから、メソポタミア、ギリシャの人たちの知らなかった南の天も分ってきた。十七世紀には、天球全体が星座でうずめられ、星座は天の区画法になってしまった。

恒星の宇宙(銀河系宇宙)

太陽と地球・惑星
わが地球は広い宇宙空間を、あてもなく放浪する孤独な天体ではない。両隣には火星と金星という、地球によく似た惑星があり、全部で大小九つの惑星が共に太陽のまわりを回っている。

地球から太陽までの距離は、ざっと1億5千万Km。太陽は地球の109倍もある大きな天体であるから、これだけの距離を隔てて眺めても、角度にして1度の半分くらいに見えている。

もし、太陽から地球を眺めたとしたら、肉眼では大きさのない点としてしか見えないであろう。太陽系の一番外側を回っている冥王星ともなると、太陽からの距離は太陽・地球間の距離のざっと40倍(おおよそ60億Km)もあり、ここまで遠くなると、さすがの太陽も、よく輝いてはいるが、肉眼では大きさの無い点にしか見えなくなってしまう。

彗星の浮ぶ太陽系の涯
冥王星の外側には、暗い宇宙空間が広がっているわけであるが、ここが太陽系の外側の境界という事ではない。ずっと、ずっと遠くの方まで、宇宙の塵のようなもの、氷のフレークのよなものが、小さな塊となって浮んでいるらしい。それらは、おそらく数十億年の昔からあるもので、太陽や惑星の生まれたときの、原物質の残りなのであろう。この氷のフレークは、たまに太陽の近くまでやって来ることがある。すると、太陽の光と熱のために、氷はとけてガス状になり、長いガスの尾を曳きながら通りすぎて行く。これが彗星(ほうき星)である。ほうき星の浮んでいる範囲は相当広いらしい。

太陽系の外の話をする時には、「キロメートル」という距離の単位は小さすぎるので、光が1年かかって走る距離を単位にしている。光は1秒間に300,000Km、1年で 9兆五千億Km走る。これを長さの単位として「光年」とよんでいるが、ほうき星は太陽を中心にして、3光年くらいの範囲にひろがり、その総数は2,000億個くらいと推定されている。

太陽を出た光は、約8分後に地球に到達する。そして、約5時間30分後には冥王星までたどり着く。これが、太陽系の半径であるが、ほうき星が分布している宇宙空間は3光年であるから、その広がりの大きさが分る。そして太陽から、隣の太陽までの距離の、半ばあたりまで広がっている事になる。

 

宇宙の果て(相対宇宙論)

隣の宇宙アンドロメダ星雲
昔の人は、千里眼とかいって、超自然的な魔法の力を羨んだものだが、人間の目もそう馬鹿にしたものではない。夜空に見えている星は近いものでも数光年、マゼラン雲に至っては18万光年のかなたなのだ。大銀河系を後にして、190万光年進んだところに、お隣の恒星宇宙がある。秋の夜空に現れるアンドロメダ星座の大星雲といわれるものがそれで、微かながら肉眼で見えている。わが銀河系から見たアンドロメダ星雲は斜めに傾いて明るい中心核と、よく発達した渦巻構造が見事である。この恒星集団は銀河系の三倍くらいの星を抱えているらしい。恒星の集団を「星雲」と呼ぶのは、言葉が適当でないが、昔はぼんやりした天体で、ガスの塊りなのか、恒星の集団であるのか判別が出来なかったのである。

ウィルソン天文台の大望遠鏡を使って、この「星雲」を「星」に分解したのはハッブルである。星に分解したと言っても、星雲に含まれる特別明るい星だけであって、太陽のような普通の星は、沢山あっても見分けることは出来なかった。

アンドロメダ座のすぐ隣の「三角座」には、アンドロメダ大星雲と同じくらいに近い別の星雲がある。この距離は200万光年。小さい中心核から逞しい腕がのびている、やや小ぶりの星の集団で、恒星の数はわが銀河系の八分の一くらいとされている。

銀河系やアンドロメダ大星雲のような恒星の集団は幾つもあるらしい。銀河系を中心とした330万光年の範囲に、わが銀河系を含めて少なくとも16個、おそらく22個あって、星雲のちょっとした群落を作っているらしい。最も尨大な星雲の群れは、春の星座である乙女座にあり、満月の24倍くらいの区域に2,500個の星雲がむらがっている。この星雲までの距離はおよそ3,400万光年という。

果てしなく存在する星雲
銀河系のような星雲は大宇宙の住民である。ゆけどもゆけども、このような星雲が果てしなく続いているのが宇宙であるらしい。星雲にも明るいもの暗いもの、星の数の多いもの少ないもの、と色々であるが、平均してその明るさは太陽の1,000億倍、星の数は1,000億個くらいである。

このように大きく明るい星の大集団でも、宇宙空間のはるかかなたにあると、大望遠鏡をもってしても、長時間の露出をしないと撮影出来ない。米国のパロマー山天文台にある、世界最大の反射望遠鏡(当時・200インチ)で撮影出来る限界は、40億光年であった。

2000年から稼動をはじめた、光学系の直径8メートルを誇る、光学赤外線望遠鏡「すばる」は150億光年の彼方まで観る事が出来る。

光速度で遠ざかる星雲
遠方にある星雲が、誠に奇妙な運動をしている事が昔から知られている。星雲は、全てわが銀河系から遠ざかってゆくように見えるのだ。しかも、その速度はわれわれからの距離に比例して大きくなる。これを発見者の名にちなんで「ハッブルの法則」といっている。星雲が遠ざかっているという事は、その星団から出る光の波長を観測する事によって分る。ドップラー効果を調べるのだ。この方法で観測してみると、これまでに発見された』最も遠い「疑似星」(極めて遠くにある星雲は、写真撮影すると星のような点像として写るので「疑似星」と呼ばれる。これまでに発見された、最も遠い疑似星は 3C9 と呼ばれ、その距離はおよそ80億光年と推定されている)である 3C9 という星雲は、われわれから毎秒24万Kmという大速度で遠ざかっている。この速度は光速の80%にも相当する驚くべき速度である。

秒速30万Kmはすでに述べた通り、特別な意味を持っており、何物もこれを超える事は出来ない。故に、星雲の速度が光速に近ずくにつれ、どんな現象が起こるのか、非常に興味のある問題である。ハッブルの法則がどこまでも正しく、距離に比例して速度が増すものならば、100億光年かなたにある星雲は光速度で遠ざかっている事になる。

宇宙膨張の意味
ハッブルの法則自体も、考えてみれば奇怪な現象である。全ての星雲が、わが銀河系を中心にして遠ざかってゆく。といって、銀河系が他の星雲とは異なる特殊な星雲であるとか、宇宙の中心にあるとか・・・考えてよい根拠は何一つないのだから。もし、どの星雲にいる観測者から見ても、他の星雲が遠ざかってゆくものと仮定すると、星雲を載せている宇宙空間自体が、膨張しているとしなければならない。これが、膨張宇宙説である。空虚な空間が膨張するというのは、どうゆう事なのであろうか?相対論をもってしても、その深い意味ずけは出来そうにない。ただ「空間というものが、時間とともに伸びる」と仮定すれば、星雲の後退現象は説明出来る。

宇宙は有限か無限か?
われわれは、望遠鏡で観測出来るかぎりの、宇宙の深淵を探ってきた。しかし、その先がどうなっているのか、宇宙は有限なのか、無限にひらいたものなのか?という永遠の謎に、亦々直面してしまうのだ。この問題は、理論的に考えてゆく以外に、残された方法はない。時間と空間を扱う、最もすぐれた理論は相対論である。ところが、相対論によって計算してみると、宇宙は有限で閉じているという答えとともに、宇宙は無限に開いているという答えも出てくる。これでは現実の宇宙がどうなのか、謎が解けたとはいえない。宇宙の問題を取扱うには、相対論も力不足なのか?

ギリシャ人にとって、ジブラルタルからスキチアの砂漠までが無限の広さであったように、現代の、われわれの知力から見れば、星雲の宇宙は無限である。われわれの知性は闇夜の提灯のようなもので、暗く広い宇宙を照らし出すだけの力は無さそうである。宇宙の探求も、所詮はバベルの塔であるのかも知れない。しかし、石を一つ一つ積重ねてゆく事は楽しみであり、決して無意味な事ではない。

恒星の生涯

恒星の誕生
一角獣座にあるロゼッタ(バラ)星雲は、われわれからの距離 4,600光年、80光年の広がりをもつ大型の星雲である。そして、その質量は太陽の9,000倍と推定される。明暗の雲の混じりあった中に、小さな黒い雲塊があちこちに点在している。小さいようでも、その大きさは1光年前後と考えられる。これは、雲の塊が次第に収縮して、ついには星になってゆく過程を示している。星が誕生する前の姿である。宇宙雲の中で、何らかの原因で、太陽くらいの質量の小さい塊が出来ると、自己の重力によって収縮をはじめ、100万年くらいの間に内部の温度が上がり、輝きはじめるのだ。そして、中心部で原子核反応が起こるようになると、恒星としての長い生涯がはじまるのである。生まれたばかりの星は、まだ不安定で、明るくなったり暗くなったりする。明滅しながら、次第に安定した星になって行くのである。

星の寿命
星の寿命は、おそろしくまちまちである。太陽のような、どちらかと言えば軽量の星は、数百億年間にわたって輝きつずけ、その光も安定しているが、大質量の星になると、その寿命はわずか100万年ばかりと推定されるものもある。大質量の星では、中心部の温度と圧力が高くなり、原子力核反応が異常に進行する。100万年という時間の長さは、星の世界ではただの一瞬であり、そのような星は生まれたと思ったら、すぐ爆発してしまうと言っても過言ではない。

恒星の質量と寿命
太陽に限らず、恒星はすべて水素の塊である。この水素が燃料となって、核反応によってヘリウムに転換し、エネルギーを出している間、太陽は輝きつずけるであろう。しかし、いつかは水素の尽きる時がやてくる。それでは光を出さない太陽というものが有ったら、それは不死であるかというと、そんな星は考えられない。巨大なガス球は自己の重力のため、限りなく収縮しようとする。それにつれ、どうしても内部温度が上昇する。そうして、核反応が起こるようになる。高温によるガス圧の上昇しようとする力と、収縮しようとする重力が釣合ったところで、太陽は安定した現在の形を保っている。

太陽の中心部の温度は2,000万度、核反応によって涌き出るエネルギーが、ちょうど太陽表面から漏れる光のエネルギーの損失とバランスしいる。

星は潰れてしまわないためには、内部温度を高温に保ち、耀かざるを得ないわけであるが、これはエネルギーの消耗であって、やがては最後がやってくる。大質量の星ほど重力は強く、これえに対抗するために温度が高くなり、核反応による燃料の消費が早くなる。白鳥座の P星 がそれである。大量の質量の40倍の星はまだ知られていないが、これくらいの所が、星として存在し得る質量の限界であろう。

質量の小さい方にも限界がある。小さい星は重力も弱く、したがって内部の温度も低くてよい。暗い星として、長い寿命を持つ事が出来るわけである。しかし、質量の小さい塊は、せっかく出来かかっても収縮して星にならず、また元の宇宙雲にかえってしまう。光を放つ星としては、太陽の質量の十分の一くらいが、小さい方の限界らしい。

星の最後
おそかれ早かれ、寿命のつきる時がやってくる。星はどのような最後を遂げるのであろうか?水瓶座のNGC7923は、秒速数キロメートルで広がりつつあるガスの殻で、その中心に明るさが太陽の千分の一くらいの暗い星がある。半径は太陽の六十分の一、つまり地球の倍くらいの小さい星が中心に見えている。太陽のような星は水素が燃え尽きる寸前、急に膨れはじめ、半径が100〜200倍と大きくなる。つまり、地球のあたりまで、膨れて大きくなった太陽のために、地球は呑み込まれてしまうか、それは免れたとしても、焼き尽くされてしまう。そしてついに太陽は収縮をはじめ、地球くらいの大きさの暗い星になってしまう。

大きな赤い太陽の表面から流れ出したガスは拡散していって、やがて宇宙空間に消えてゆく。これが、太陽の最後の姿である。重く、やせ細った太陽の残骸は、もはやそれ以上進化しない。地球上の常識では、ガス体の温度が下がると圧力も下がるが、圧力は温度とともにゼロになるのではなく、最小限の圧力を保つ。この最小限の圧力と重力が釣合った時、地球くらいの大きさの太陽になる。ガス球とはいえ、その密度は水の10万倍もあり、実験室では経験できない、奇妙で、想像できない気体である。

超新星・・・巨星の最後
太陽よりもずっと質量の大きい星は、もっと凄まじい最後をとげる。超新星と言われる現象がそれである。普通の新星現象というのは、暗く見えている星が、急に明るく輝き、やがてまた元の暗い星にかえる現象である。おそらく何かの原因で、小柄で不安定な星が、時々ヒステリックに小爆発を起す現象で、星そのものが吹っ飛んでしまうほどの事件ではない。ところが、超新星の場合は全くちがっていて、巨星らしい最後をとげる事になるのだ。

牡牛座にあるカニ星雲と呼ばれているガス体は、われわれからの距離約3,400光年。直径が5光年もあるガスの塊である。このガスの塊は秒速500Kmという高速度で広がり続けている。この速度で広がり続けて、現在の大きさになったとすると、約900年を要した事になる。古い記録を調べてみると、この位置に西暦1054年、明るい新星が出現したことが、日本と中国の記録に残っている。この星雲は目に見える光のほかに、強い電波および X線 を出すので有名である。爆発を起した星の本体は確認する事が出来ないが、太陽の残骸よりもっと小さく、密度の高い星になるらしい。爆発の際に遊離するエネルギーも桁違いに大きい。銀河系外の渦巻星雲にも時々超新星が発見されるが、その輝きは、千億個の太陽の集まりである星雲自身に負けないくらいの光を、ただ一個の超新星が出すのである。