現在のJR五日市線は,青梅線拝島駅から西へ分岐して武蔵五日市まで達しているが,元来は五日市鉄道という会社が甲武鉄道の立川駅を経由して大久野の石灰石を運搬することを主目的に,立川−拝島−武蔵五日市−大久野−武蔵岩井に建設した旧五日市鉄道である.
青梅鉄道の拝島から,武蔵五日市までが大正14年開通,同じ年だがやや遅れて武蔵五日市−武蔵岩井が開通したあと,立川−拝島間は昭和5年に開通したという.その後,南武鉄道への合併,戦争中の国有化を経たが,立川−拝島間は同じく国有化されていた青梅線立川−拝島間と平行するため不用路線として営業停止となり,戦後も復活することなくそのまま廃止された.武蔵五日市−武蔵岩井間は,貨物輸送がトラックに移行する状況になり,国鉄の経営状態が厳しくなったため,昭和57年に廃止された.この区間は,五日市線の電化からも外され,旅客営業も行われたが短期間で廃止ということになってしまった.構造上,武蔵五日市駅手前から北へ分岐しているため,五日市経由の旅客車両はスイッチバック方式で大久野方面へ上っていっていたという.
この立川−拝島間の旧五日市鉄道の跡は,生活道路等になっている部分があり,かなり辿ることができる.
地図を作成して詳しく述べるまでには時間がかかるので,さしあたり写真と簡単な説明を挙げておくことにする.(1998年12月取材分を追加/1999.2.8)
拝島駅から立川方面に向かって進む.
1.拝島駅南西の保育園前から,五日市鉄道の線路跡が青梅線から大きく分岐するあたりは,自転車置場となっている.
かつては両側が少し低くなっている鉄道用の築堤らしい風景だったが,現在はすっかり整備されて,道路のカーブ以外は廃線跡という雰囲気は薄い.
2.その先は生活道路となっているが,土手や歩道が整備されている.この写真のあたりは切り通しになっている.
3.前と同じ道を進む.このあたりは両側が低くなっていて道路は鉄道用の築堤の跡を示す.
4.道路が築堤をなしているのを何とか表そうとした写真その1.道だけ写していると非常に怪しいので,ときどき,こどもをだしに使っています.あしからず.
5.その2.ここにはいかにも以前に踏み切りがありましたという感じ.

6.さらに進んでいくと,これ.このカーブをご覧ください.廃線跡ですねえ.
7.ここから先は十分整備されていない.前方は新奥多摩街道.