ペルー日本大使館人質事件

 昨年12月17日に起きたペルー日本大使公邸人質事件は、126日後の4月22日での特殊部隊による強行突入をもって解決した。本稿で扱う議題はペルー及び日本政府が平和的解決あるいは実力排除に揺れた、今回のテロ事件に対する解決方法に関して意見を述べたい。

実力行使か平和解決か 
 事件は終始、「テロに妥協しない」という国際世論と、人命尊重というモラルの狭間で揺られ、多くの議論が交わされた。事件発生当初、テロ活動に喘ぐ主要各国で実力行使を求める声が多かった。12月25日にロシアのエリツィン大統領は主要7カ国(G7)の首脳たちに送った親書の中で「リマ事件は、その危険性に於いて前例がない。全世界への挑戦だ。テロの犠牲者を助ける行動を実践で示さねばならない」と述べ、具体策として「G7とロシアが協調し、テロ対策部隊を派遣する」「治安・情報機関の代表で特別合同本部を作り、人質救出作戦を実施する」を提案した。また、エリツィン大統領は、フジモリ大統領への書簡で「ロシアが独自に対テロ特殊部隊をリマに送る用意がある」とも伝えた。
 ロシア案に大慌てた日本政府は「とんでもない。ロシアが特殊部隊を出したときは、人質も殺してしまっている」と反対した。各国の首脳もロシアが1995年夏と96年冬の二回に渡り、チェチェン共和国に起きた強引な人質救出作戦で多数の犠牲者を出したことで、ロシアの提案に乗る気があまりなかった。そのロシアの提案に対抗する意味で、日本政府は翌日の26日にリマのフランス大使館でG7とロシアの大使たちを集まり、「テロリストに譲歩しない」「人質の即時解放を求める」「人命救助を優先目的とし、平和的方法で解決するためのペルー政府の努力を支持する」という日本案をパリで発表した。ここで実力行使をしたがるフジモリ大統領とあくまでもことを穏便に済ましたい日本政府という対立の図式がすでにできあがった。

実力行使の背景
 実力行使を支持する背景の中に、「テロ活動に断固たる姿勢で臨まなければ、再発する」という論点がある。ペルー政府の最高指導者であるフジモリ大統領がこの言葉を一番心がけた人物ではなかろうか。大統領就任以来、強力なテロ対策を進めてきたおかげで、国内のテログループがほぼ一掃され、国内秩序が日を追おうごとに安定してきた。ここで日本政府の要請を受け入れ、ゲリラと妥協をするようなことがあれば、自分のテロ政策や成果を否定することになる。事件発生直後、陸・海軍及び警察から精鋭部隊を作り、秘密裏に訓練を続けたことからもフジモリ大統領はかなり早い時期から突入を計画していたことを証明した。
 国内でも、長年にテロ活動に悩まされてきた国民たちはMRTAを誘拐や殺人をするテロリストとして見る傾向があり、妥協を反対してきた。議会では占拠グループが出国しやすいように法的環境を整備する提案に対し、「どんてもない」と反発する声が支配的だった。また、4月に入ってから軍に関わるスキャンダルが明るみに出て、政権を揺るがしかねない「暗部」から国民の目を逸らすために実力行使に踏み切ったのだという意見もある。
 長年の間にテロ活動に悩まされてきた英、仏、米などもフジモリ大統領の姿勢を支持し、テロリストと安易に妥協することを暗に反対した。諸国は軍事顧問を送り込むなど、積極的に援助を行ってきた。このように実力行使は上述した諸原因に支持され、ペルーの特殊部隊が4ヶ月の準備期間を経て着実に救出作戦のノウハウを把握していき、十分な情報収集で確認した後に実行されたのである。

日本政府の平和的解決及び狙われた理由
 日本は事件発生当初から、一貫して実力行使を反対してきた。実力行使の成功を受け、日本政府の対応をテロ活動に対する意識上の「温度差」および弱腰ぶりで批判する声が目立った。日本政府はダッカ事件で日本赤軍と妥協した過去があり、セルパ容疑者もこれを知っていると指摘する証言があった。加えて、日本企業を標的にした過去のテロ事件で、いずれも金銭的な解決で決着をついたことからも、テロ活動を助長しているとの批判は昔から強かった。それに緊張感の欠如からか、事件当日の警備がずさんであったことからも、事件は起こるべくして起こったという感じがしないこともない。フジモリ大統領のテロ対策で行く場を失いつつあるゲリラは新たな資金源を獲得するため、格好な標的である日本大使公邸をねらったという指摘も頷ける。加えて、日本政府はこうしたテロ危機に対するノウハウや特殊部隊を所有しておらず、官僚的な責任転嫁が目立った日本政府の対応は、一番無難な平和的解決を望む姿勢を貫いたのも無理ではなかろうか。日本の姿勢を支持するのは概ね当事者以外の国々がほとんどで、テロ活動に絶えず悩まされてきたイスラエルなどは実力行使を強く支持しており、特殊部隊の訓練を積極的に援助してきたことも視野におかなければならない。ペルーでは過去17年間にテロ活動で2万5千人の犠牲者を出した経緯があり、民衆の間ではゲリラへの譲歩を快く思わない意見がほとんどである。そのため、人質事件を長期化した日本政府の平和交渉を「内政干渉」と敵視する意見も次第に広まる傾向を見せ始めた。テロ活動に対する認識の違いを無視し、平和活動を押し進める日本政府に対する批判はこうして生まれたのである。

感想
 今回の人質事件は結局のところ、フジモリ大統領の執着により、実力行使の方法で解決した。犠牲者は3人だけにとどまったのは周到な準備及び綿密な情報収集によるものだとされ、日本政府の慎重な態度がこれに貢献したのだという意見が多かった。しかしながら、後の人質たちの証言(一旦銃に突けられたが、ゲリラは引き返してドアから出ていった・・・)からも察知できるように、ゲリラ成員たちの手加減がなければ、犠牲者はこれよりずっと多くなる可能性が十分にあった。この点から考えれば、作戦は成功しただとは言えにくく、むしろ幸運だったとしかいいようがなかった。  事件発生当初に軍部が実力行使を求める声が強く、フジモリ大統領もそれに支持する動きがあると見られた。ペルーの特殊部隊はこれまでテロ活動の抑制に大きな功績を挙げてきたが、救出作戦が要求される緻密さとは無縁なもので、そのノウハウも持ち合わせなかった。日本政府の姿勢は弱腰に見えたかもしれないが、平和交渉がフジモリ政権の暴走を止め、救出作戦をより確実にしたという評価は積極的に表賛すべきだと考えている。  今回の事件での反省点が多く、日本政府は阪神大震災と今回のペルー人質事件で批判されてきた危機管理に対する意識の欠如をどう生かすのかをこれから注目していきたい。また、今回の人質事件で明るみに出たフジモリ政権の暗部(刑務所の待遇、軍部の暴走など)に対する関心が高まり、ペルーにODAを通して支援してきた日本政府にはその監督責任があるのではなかろうか。


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