機動戦士ガンダムセンチネル外伝

SORA

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――(前略)

 

長々とすいません、諄いと思われているかもしれませんがもう少しだけ。

 

遠野さま。

 

 いきなりこのような手紙が送られてきたことに、驚かれていることでしょう。

 

 ひょっとしたら、身に覚えのない手紙だと、不思議に思われているかもしれません。

 

 みちるがいなくなって、あなたと別れてから今まで、こちらでは色々なことがありました。

 

辛いことや悲しいこと、そして、嬉しいこと。

 

本当に、色々なことが一杯。

 

 そう、嬉しいことといえば一つ報告します。

 

 私、大好きな人と結婚しました。

 

 報告が遅れて、ごめんなさい。

 

 あなたが何処にいるのか、今までわからなかったので、報告するのが遅れちゃいました。

 

 本当なら直接、報告したかったけれど、訳あって今、私はそちらへ伺うことができません。

 

 だから。

 

 手前勝手なことだと、わかっています。

 

 この手紙の主に、覚えがないかも知れないことも、わかっています。

 

 でも、もし、差出人に覚えがあったなら。会いに、来てくれると嬉しいです。

 

 あなたと会って、直接、伝えたいことがあります――(以後、略)。

 

 

“とある女性に向けられた、とある主婦からの手紙”より、一部抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Epilogue episode final [

幸せのカタチ

−遠野美凪 編−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UC0092年8月12日

 サイド5 3Xバンチ 西部居住区画・某所

 

 

 コロニー内の人工的な陽光が穏やかに降り注ぐ、ある朝の風景。 

 堅苦しい地球連邦軍の士官服に身を包み、出勤の準備を整えた往人が玄関口でブーツを履いていると、

 

「あなた、忘れ物です」

 

 女性の声と共にすっと差し出されたのは、片手に持てるようなちょうどいい大きさの白い包みだった。

 毎日持って出ているそれは、いわゆる『お弁当』の入った包みである。 

 

「テーブルの上に置いたままでしたよ」

 

「サンキュー、いつも悪いな」

 

 言われてテーブルの上に包みが置きっぱなしだったことを思い出し、小さな失敗に往人は照れ笑いを浮かべながら、その包みを彼女の手から受け取る。

 無論“男は黙って堂々と構えていればいい”が信条な往人が毎朝、弁当を作るはずなどない。

 白い大きめの布で覆われているが、その中身は軍人らしい日の丸弁当などではなく、彼の妻が心を込めて作った具タップリ愛情タップリの愛妻弁当だ。

 

「お互い様」

 

 愛らしいエクボを見せながら、妻は微笑みながら言う。

 

「夫婦なんですから、悪いなんて思わないで下さい。それに、私の方が助けてもらっていますから」

 

「そんなもんか?」

 

「そんなものです」 

 

 言い切る妻だったが、往人は助けられているのは自分の方が圧倒的に多いのではないかと思った。

 美人で気だてが良いと御近所からも評判の妻と往人が結婚してから、早三年目。

 彼女との付き合いは長いものだが、一緒に生活するようになると、他人だった頃とは異なり様々なことが見えてくる。

好き合っている者同士でも、異なる考えを持つ生き物である以上、小さいながらも諍いは起こるものだ。全部が実に他愛のないことで、火付け役のほとんどが往人だったりしたが、喧嘩も当然した。

 だが、そんなものは揉め事のうちにも入るものではなく日常の一環であり、夫婦が更に仲良くなるためのステップでしかないのだとでもいうように、二人は結婚二年半の間で絆を確実に深めていったのである。

 妻と寄り添うように玄関を出て、往人は家の外へ出た。

 

「ん? あいつは?」

 

 ふと、いつも来る衝撃が来ないのを訝しみ妻に聞く。

 結婚後、少しして妻との間に生まれた幼い娘は、一体誰に似たのか幼いパワーをわんぱく面に遺憾なく発揮し、元気に育っていたのだが、最近では毎朝出かける父親にタックルをくらわすのが日課だった。

 小さな体で突進されても痛くも痒くも無いので、むしろ往人も娘との他愛のないふれ合いを楽しんでいたりする。

 

「あの娘とは朝から公園で遊ぶ約束をしていたので、たった今先に出かけました」

 

 私もすぐに行きますからと言いながら、妻が家の扉を施錠した。

 区画ごとに敷き詰められたような、よく見るタイプの家屋。

 簡素な郊外居住区画にある連邦政府からの二階建ての支給住宅は、小さいながらも彼らにとっての大事な城だ。

 

「裏の公園だろ? 保安部も見ているだろうし、慌てるなよ。おまえは、何もないところで転ぶようなヤツだからな」

 

「くすん……酷いです」

 

 ちょっと拗ねてみせる妻に、やれやれとため息をつきながら、往人は言った。

 

「心配しているんだ。前みたいに派手に転ばれると、生きた心地がしない。……もう、一人の身体じゃないんだからな」

 

「……はい」

 

 夫の言葉に素直に頷き、妻は蒼いワンピースの上から少し膨らみ始めた腹部に手を当てた。

 まるで、その中に息づく生命をいたわるように。

 夫婦にとって二人目になる子供がお腹にいるのだ。

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

「あなた」

 

 呼び止める妻の声に往人が振り返った。

 和やかな空気の中、一瞬、二人の影が重なる。

 

「忘れ物、もう一つありましたから……進呈しちゃいました」

 

 唇に暖かく柔らかな感触がしたと思った時には、貌を赤らめた笑顔の妻が、往人の瞬く瞳を見つめていた。

 

 

 

 

 ――数分後。

 往人は仕事上の仲間と合流を果たしていた。

 というより、自宅までエレカを乗り付けてきた仲間に拾われたといった方が正しいだろうか。

 まだ、エレカには乗り込んでいなかったが。

 

「あ〜あ、暑い暑い。まったく、地球の何処かで夏だからってこの地区、局地的に暑すぎっ! コロニーの空調はばっちりだっていうのに、何考えてるんだか!」

 

 会って早々、その女はひどくご立腹だった。

 明るめの長い髪を赤いリボンで留めているその髪型は、同じような髪型で黒髪を青いリボンでまとめている妻の姿を往人に連想させたが、性格は貞淑で比較的物静かな妻とは正反対で実に活発、攻撃的である。同性がうらやむスレンダーな体型。童顔だが、年齢は自分と同じぐらいだったと往人は記憶していた。

 女性の名は沢渡真琴。仕事の仲間といっても、彼女は軍人というわけではない。

 コロニー駐在任務における、地元協力組織のメンバーなのだ。

 

「……」

 

「迎えに来るのわかっているのに、わざわざラブラブラブラブ!?!? それも朝っぱらから! 毎日っ! 新婚気分もいいけど、それを見せつけられる一般人の身にもなって欲しいわよ!」

 

 小柄なせいで上目遣いに往人を睨む真琴の勢いに付け入るかどうかは、非常に判断に迷うところだ。前にも何度か、それで要らぬとばっちりを受けたことがある往人は、慎重にならざるをえない。

 

「……」

 

「だいたい、今日これから出撃有りの仕事やる人間だったら、それなりの気構えってものがあるもんじゃない? そりゃ、あなたの機体はこっちのとは比べものにならないだろうけど、今日の仕事はあなた一人でやるものじゃないでしょ!? ちょっとは緊張感てものを――」

 

「なあ、沢渡」

 

 だが、待ち合わせに遅れると普段は非常に良識のある真琴の相方が般若と化し、更に酷い責苦を与えてくる可能性もあった。第一、まだ二人はエレカにすら乗り込んでいない。

 

「何よ!?」

 

 覚悟を決めて、とりあえず軽めのツッコミを一つ。

 

「妬いてるのか? そんなに妬くなよ。あ、それとも僻み――」

 

 

 ドゴッ!!

 

 

「ぐはっ!?」

 

 元上司のボディブローに匹敵する一撃を腹へ叩き込まれ、往人は堪らず体をくの字に折って悶絶した。

 

「だ、れ、が、妬くって!? 誰が僻むっていうのよぅっ!? 冗談はあのMSだけにしてよねっ!」

 

 上から降ってきた真琴の声を聞きながら、何に付けても『自分は学習能力が低いのだな』という前々から感じていた事に確信を深める往人だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国崎家の玄関先で起こった朝の出来事。

 そんな日常の一コマを、百メートルほど離れた三階ビルの屋上から監視していた者達がいた。

 

「国崎中尉……自宅を出て予定通り出務。沢渡主任と合流の後に、指定場所へと移動……と。……兄さん?」

 

 監視者二人のうち一人、巳間晴香はレコーダーへの吹き込みを止め、隣で遠視スコープを覗いたままの兄に訝しげな視線を送った。

 妹の声にまるで気づかないかのように、一心不乱に目標を見つめる良祐。

 最優先監視対象の国崎往人は今、真琴と共にエレカで走り去ったばかり……いや、彼は最初から往人など見てすらいなかった。

 

「相も変わらず美しい……」

 

 良祐は恍惚し、吐息を漏らした。

 そのスコープに捉えられているのは、監視対象者の一人である往人の妻、国崎美凪だ。  

 

「全ての女は母性をその本質に秘めるものだ。あの人の姿こそ、女性の理想像だと思わないか?」

 

 決して疚しい視線ではなかったが、心から美凪に惚れ込んでいるらしい良祐の姿は端から見ればストーカーである。

 兄命な晴香にしてみれば、彼が他の女(それも人妻)に気を許すのは面白いことではない。

 

「知らないわよ! だいたい、あたしは母親になったことなんてないんだからっ!」

 

「なら母親になれ。好きな男をみつけて、さっさと結婚しろ」

 

 一年戦争で両親を失ってから、二人は手を取り合ってここまで生きてきた。

兄妹といっても、共に両親が再婚した時の連れ子であり、良祐と晴香に血の繋がりはない。

 それでも二人は互いを信頼している……少なくとも、晴香は兄にただの信頼以上の感情を持っていた。生真面目すぎるストレートな言動は、妹を思いやってのものだったのだろう。

 だが、いかに兄の言葉でも兄以外の者と添い遂げるなどということは、容認できるわけがなかった。

 

「それを言うなら兄さんこそ、いい人みつけて早く結婚すればいいじゃない! ……もっとも、あたしより美人で性格が良くなきゃ、絶対に認めないけどっ!」

 

 キツ目の性格はともかく、容姿的には他人が羨むほどのものを持つと自負しているので、ひとまず牽制する晴香だったが、

 

「それは無理だな。おまえよりいい女など、そうそういるはずがない」

 

「っ!? ま、真顔で馬鹿じゃないのっ!」

 

 ただの反発的憎まれ口を素で反撃され、ボンと顔が真っ赤に染まった。

 仕事している最中だというのに、実に心地よい空気が流れる。

 それも、第三者の介入があるまでではあったが……。

 

「……仲が良いのは結構なことですね」

 

 いつの間に来たのか、屋上に兄妹以外の人間が姿を見せていた。

 抑揚のない声。柔らかいウェーブの掛かったショートボブ。顔立ちは整っているのだが目元は鋭く、貌に感情の起伏を感じさせない。

 民間組織ブライツ・モノミ支部の副統轄・天野美汐という名のこの女性は、隙のない物腰とポーカーフェイスから鉄面皮の異名を誇るモノミ支部きっての才媛である。 

 

「天野女史、何故ここへ? これから国崎往人との打ち合わせではなかったのか」

 

「同郷のよしみで、あなた方に一つだけ、忠告しておかなければならない事があったのを思い出したので」

 

 二人の上役でもある美汐は一旦言葉を切り、二人を……特に良祐を見据えて口を開いた。

 

「国崎中尉を狙うのは、もうおやめなさい」

 

「……」

 

 美汐から全てを見透かすような視線を向けられながらも顔色一つ変えない兄を、晴香は無言で見つめた。

 

「迷走するテロリスト達の勢力は強大で、我々の力だけでは抵抗することすら難しい。悔しいことですが、今のモノミには連邦の協力が必要なのですよ。生活の場を無法地帯に変えるつもりは我々には無いのですから」

 

 戦いの後、巳間兄妹は苦渋を舐めさせられたガンダムのパイロットについて調べだした。

 報復するためではない。第三艦隊が事実上消滅し生きる目標が無くなった二人は、戦いの最中に対峙し自分達が負けた敵を純粋に知りたいと感じたのである。

 調査は困難を極めたが、モノミの民間組織に潜り込み、半ば偶然探し当てた目的のパイロットを監視する役となった彼らは、半年以上の張り込みの甲斐あって国崎往人という男を必要以上に知ることができた。モノミが複合工業系コロニーであることもあって、在住する地球連邦軍の駐在任官は、合計で数十人と非常に少ない。その数十人の中でたった一名、組織が監視をつけているのが往人であった(ただの一士官の監視に人員を割くのは普通ではないが、更に謎なのはそれが組織の重要な後ろ盾となっているKURATAからの依頼だというのだから、ますます意味不明だった)。

 

「心配は無用だ。ジオンの名に誓って言おう。もうヤツをどうこうしようというつもりは無い」

 

 美汐が先程、同郷といったことを踏まえてジオンの名を良祐は口にした。

 誇りを重んじる彼がそう口にした以上、その言葉は絶対であることを晴香は知っている。

 おそらく、美汐もそれを肌で感じたのだろう。

 横で二人を見守る晴香には、彼女の視線が少し和らいだように感じられた。

 

「……」

 

「辺境コロニーで勘の鈍ったあの男を貶めるのは簡単だ。だが、それでは国崎往人だけではなく、周りの平穏を壊すことに繋がる……すなわち、テロリスト共と同じに成り下がってしまうのと同義。ゆえに、くだらない考えを起こすつもりは無い。……だが」

 

 威圧感を振りまく上司に対し、まったく物怖じすることもなく啖呵を切る兄に惚れ直した晴香。

 だが、妹が想い人兼頼れる兄に高揚感にも似た胸の高鳴りを感じたのはここまでだった。

 遠く、国崎邸の裏手にある公園を遠目に見ながら、良祐は力強く締め括る。

 

「もし、あの男が妄りに美凪殿を哀しませることがあったその時は、絶対に容赦しない」

 

 余談だが、先に戦いにおいてハンマ・ハンマ改にとどめを刺したZUのパイロットが何者であるのか……巳間兄妹は、未だ知らない――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分達の生活が人知れず守られていることに気づくこともないまま、美凪は娘の待つ自宅側の公園へ急いだ。

 近所の目もあり、比較的治安の良い環境ではあったが、最近は何かと物騒な話を聞く。

 もうすぐ三歳になる大事な娘をすぐ近所とはいえ、一人で行かせてしまったことが少し不安だった。

 本来なら、往人を見送りすぐに娘の後を追うはずだったのだが、今回の仕事の内容次第では夫の帰りが数日後になるということを知っていたので、いつもなら軽めに済ませるはずの朝の見送りも濃厚なものになってしまったのだ。

 結婚して三年目だというのに、新婚の頃の調子が継続しているのは夫婦生活が円満な証拠である。美凪が愛して止まない往人も彼女自身もまだまだ若いのだから、それは誰も責められないだろう。

 少し急ぎ足だが、一歩一歩確実に踏みしめ、公園の入り口に美凪が差し掛かったとき、砂場で遊んでいた娘の姿が目に飛び込んできた。

 

「みちる」

 

 元気な様に安堵し、歩調を緩めて娘の名を呼ぶ。

 みちる。

 往人と美凪は生まれた女の子に、今は亡き少女と同じ名前を付けた。

 明るく元気だった妹のような子に育って欲しい、美凪のそんな願いが込められた名だ。

 

「うに……? ママ〜!」

 

 母の呼び声にみちるが砂を盛る手を止め、顔を上げて元気よく応える。

 美凪もまた笑顔のまま、砂場へと近づいた。

 

「……美凪?」

 

 みちるの傍らに寄り添うようにしゃがんでいた女性が立ち上がり、美凪の名を呼んだ。

 娘の姿に気をやっていたせいか、近づくまで美凪はその老婦人に気づかなかった。

 

「おかあ、さん」

 

 それは、美凪にとって四年ぶりとなる母との、突然の再会だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  UC0092年8月12日 PM3:11   

  サイド5コロニー群某宙域

 

 

 モノミからそう遠くない場所にある、廃棄されたコロニーの残骸が浮遊する宙域。

 一年戦争やグリプス戦争の爪痕は、再開発計画が実施された今も地球圏に深く残っており、決して珍しいものではない。巨大なスペースデブリや、それなりに形を残した無人コロニーを生活可能な環境に整え、地球連邦政府に反意を持つテロリスト達が温床とするケースもある。

 浮遊するデブリを縫うように暗い宇宙の海を、二機のMSが進んでいく。

 

『ふむ……敵は四、五機といったところか。大した数ではないな。これならば、我らだけでも十二分事足りると思うぞ』

 

 二機のうち一機、漆黒のMS“Ex―SガンダムSORA”の中で、大志に『SORAのもう一人の支配者』と言わしめた神奈がそう漏らした。

 半月ほど前に再換装したばかりのSORAの形状は、以前のEx―Sとは若干違いのある仕様へと変化している。

 腰部に、用途に応じて専用プロペラントタンクが装着可能なバインダーが追加され、Gクルーザー及びMS形態での機動性、加速性が飛躍的に増した。白衣の麗人が「気にいらん」とKURATA研総括主任の反対を押し切って案を通した結果、頭部のメガ粒子砲が取り除かれ、代わりに背部ビームキャノンが排熱を考慮した仕様になり、肩部のインコムもジェネレーター直結型のより高出力なものへ変更となった。そして、一番の変更点は、腰部にインコムorMPM一発分が搭載できるバリアブルコンテナが追加されたことだろう(現在はまだ何も搭載されていない)。

 より化け物じみた機体に進化を遂げたSORAならば、相手に第四世代クラスのMSさえ無ければ単機で複数を相手どることが可能だった。

 

「そう言うなって。今回の主役はおれ達じゃないんだ」

 

 SORAの力を一番良く知る往人は神奈の自信の源を良く知っていたが、今回はそういうわけにもいかないとパートナーを諫める。

 他の宙域にて、ネオジオンの残党とテロリスト達の接触の現場を押さえた地球連邦の偵察部隊が返り討ちにあう事件が起こり、テロリスト達の一部が往人達の管轄する宙域へと入ったという情報を受けて、往人は地元組織の協力の下、敵を殲滅するべく出撃したのである。

 ただし、組織の手前、往人達はあくまでサポートを行なうのみで、メインで戦うのは組織の人間という取り決めの上ではあったが……。

 

『むぅ、柵というものはなかなかに不便なものよの』

 

「組織同士、体裁があるからな。たまには楽でもしておこうぜ」

 

『なるほど、一理ある。それに危険は少ないに越したことはない。万が一そなたに害あらば、美凪どのが哀しむからの。ところで、美凪どのは息災か? 無理はさせておらぬだろうな――』

 

 

 

 

 専用回線がオープンになっているため、SORAでの会話は僚機に筒抜けだった。

 

(また、独り言ですか。……あまり良い癖とは思えませんが)

 

 美汐はスピーカーから飛び込んでくる往人の声を聞きながら、ため息をついた。

 当然だが、神奈の声は一般人には聞こえない。

 力のあるニュータイプであっても、神奈がそれなりの方法をとらなければ、その声が他の機体に届くことは無いのだ。神奈の存在を知っていれば少しは話が変わるかも知れないが、基本的にSORAの詳細など、一介の組織の人間が知るはずもない。

 結果、寒い話ではあったが、美汐には往人がコクピットで一人寂しく喋っている……電波のように聞こえるのである。

 

「真琴、そろそろ予測遭遇地点です。情報を送って下さい」

 

 往人の独り言(ではない)はひとまず置いておくことにして、美汐はEWAC機で後方に控えている真琴に通信を送った。

 

「ガザC改二機にダインが一機、あとこの間のドーガタイプと似た奴が一機よ」

 

 妹分の声に合わせて、ディスプレイに敵機の情報が表示されていく。

 

「計四機ですか……意外に少ないですね」

 

「油断はしない方がいいぞ。ひとまず、おれが先行して様子をみようか?」

 

 往人の申し出に、美汐は首を横に振って答える。

 

「いいえ、予定通り国崎中尉は援護をお願いします。貴方に行かせたら、それで全部終わってしまいますから。真琴は合流ポイントで待機。くれぐれも守るように」

 

 一見嫌みのように聞こえるそれは、事実をありのままに述べただけにすぎない。

 最初に共闘した時、ガンダムというMSに対する畏怖を与えるつもりでSORAの先行を許したのだが、往人は数分のうちにたった一機で七機の敵MSを撃破して見せたのである。 

 パイロットの技量もさることながら、機体はもっとデタラメだと美汐は感じた。

 安全で効率よく終わるのだから、本来なら往人に任せた方が良いと思う。

 しかし、世の中は上手く廻らない。

 ティターンズの台頭や、エアーズ市民を巻き込んだニューディサイズの行動、第一次ネオジオン抗争終結後のおざなりな救済措置、コロニー自治権を無視した数々の規制など、地球連邦に対する反感はスペースノイド全体に敷衍し、今も静かなる高まりをみせつづけている。

 往人個人がまともであっても、彼は地球連邦軍の軍人である。

 地球連邦側から差し伸べられる手を握るだけでは、地元組織であっても反感の対象となりうるのだ。

 手を借りるのは構わないが、それは対等でなければならない。

 

「わかった。美汐、気を付けて。ついでにそっちの男もせいぜい気を付けた方がいいわよ」

 

「……おれはついでか」

 

 項垂れる往人の顔が目に浮かび思わず緩んだ頬を即座に引き締めると、美汐は戦闘開始の号を発した。

 

「正面から仕掛けます。中尉、援護よろしく」

 

「――って、おいっ!?」

 

 往人の返事など待たず、美汐はフットペダルを一気に全開まで押し込んだ。

 それに呼応し、凄まじい速度でセンサーにようやく捉えた目標へと蒼のMSが疾走していく。

 角を生やしたその雄々しき姿は、鬼神を思わせるものだ。

 

 MS―18EC“ケンプァー・カスタム”

 

 この機体は、ドイツ語で「闘士」の意味を持つ一年戦争の終盤に開発された強襲用MSのカスタム機である。

 装甲材の換装と姿勢制御バーニアの追加によって、すでに時代遅れのMSであるにも関わらず、現行の高機動型MSに引けを取らない高運動性を実現している。燃費が悪いのが難点だったが、今回のような短時間の戦闘には非常に適した機体だ。

 正面の空間に密集しているエグムの小隊。エグムとは、旧エゥーゴから離反した半地球連邦組織の一つであり、その規模は大きい。

 現在のエゥーゴに対する不満は理解できたが、コロニーにおけるテロ行為等の破壊活動は許せるものではない。

 突然の敵襲来に僅かな逡巡がみられたが、四機のMSはすぐさま散開行動に移った。

 

「そこですっ!」

 

 背中に背負った二本のGバズーカを両腕に構え、実弾を発射しながら突進するケンプファーに反撃しようとしたガザC改が、射撃モーションに移る直前の静止状態を狙い撃たれ、直撃弾の餌食となって消えた。

 美汐は、続いて狙いをもう一機のガザC改に絞る。

 バーニアとスラスターを巧みに扱い縦横無尽に動き回る敵を墜とさんと、ナックルバスターから次々にビームが吐き出されるが、それら全てが宙を焦がすだけで終わり、ケンプファーを捉えることはできない。

 そんな中、ケンプファーが弾切れを起こした両腕のGバズーカを投げ捨てた。

 攻撃が止むのを期待したのだろう。

 ガザC改のパイロットがチャンスとばかりに間合いを計ろうとした瞬間、彼の瞳に映ったのは自機目掛けて飛んでくる悪魔の砲弾だった。

 

 

 ドォッ!!!!!

 

 

 腰部ラッチから放たれたシュツルムファウストが狙い違わずガザC改の上半身を粉々にしたことを目視するまでもなく、美汐は接近してきたオレンジカラーの重MSを迎え撃つ。

 ズサ・ダインという名のそれは、ズサ系設計グループによって従来のズサの格闘性能を強化し汎用MSとして再開発された機体である。

出力面のみではなく兵装も一新されており、複数のビーム砲に加え両肩のスパイクアーマー内にミサイルランチャーを内蔵しており、近接戦、遠距離戦共に従来のズサタイプよりも格段に進化しているため、その戦闘能力は極めて高い。

 

「なかなかのブルジョワMSぶり、まさにイヤミですね。……しかしっ!」

 

 二機の性能差は大きく単純な出力勝負ではお話にならないが、機動力においてはケンプファーに分があった。

 打ち掛かってくるズサ・ダインに応えるように、ケンプファーがビームサーベルを引き抜いた。

 横薙ぎに襲い掛かってきた銃剣のビーム刃に対し、上半身を沈み込ませるように回避、ケンプファーがズサ・ダインの間合いの内側に潜り込む。

 滑るように自然な動作だが、装甲のほとんどをガンダリウム合金に換装しているとはいえ、装甲強度が紙のようなケンプファーにとってはサーベル以外の部分が直撃しただけで十分致命傷となる。

 実弾兵装を湯水のように惜しげもなく使い、弾切れを起こした武器はデッドウェイトとなるためさっさと捨てて機体の軽量化を図る。

 これによって、ケンプファーは現行のMSを上回る機動力を発揮するのである。

 アクアマリンカラーのMSによるズサ・ダインへの攻撃は続く。

 近づきすぎたためにサーベルを振るうスペースさえ存在しないそこで、ケンプファーはサーベルのビームを一時消し、端末を持ったまま、上から胸部装甲を殴りつけるように腕部を振り下ろした。 

 すると、打ち下ろしに合わせて端末の上部ではなく横正面へ向けて瞬時にビームが形成された。

 その形状は、まるでロックアイスを砕く時に使用するピックだ。

 ケンプファーの持つそれは通常のビームサーベルではなく、敵機との距離に応じて三種類に収束帯の形状が変化するビームソードアックスなのだ。

 ビームピックを受け動きの止まったズサ・ダインに向かって、近距離からケンプファーのショットガンが火を吹き、散弾が重MSの分厚い装甲を打ち砕く。

 そして、連続して放たれた二射目が、ズタズタになり見る影もなくなった装甲の上から、コクピットを蜂の巣に変えた。

 三機のMSが美汐の手によって葬られ、戦闘開始から数分の間に残るはドーガタイプ一機を残すのみとなった。

 そんな時、美汐は視界の隅に何かが光ったのを感じた。

 神経は張り詰めており、彼女に油断はないはずだった。

 

「ファンネル!?」

 

 その兵器は、熟練者の経験を一瞬にして無に変えてしまう悪魔のような力を持っていた。

 咄嗟にコクピットの上を庇うように、ショットガンを構える。

 その直後、ケンプファー本体の身代わりにファンネルからのビーム照射を受け、ショットガンが融解した。

 

「なっ!? ショットガンがっ!」

 

 美汐は愕然となった。

 本来、弾切れを起こせば使い捨てる兵装だったが、それは戦闘中の話であり、全てが終われば例外なく、捨てた武器を拾って再利用するのが彼女にとっての通例だった。

 連邦軍の施設のように、備品にゆとりがあるわけではないのだ。

 ことさら、MSの兵装ともなれば金銭的に馬鹿にならない。

 光熱費に換算すると、一体何ヶ月分になるだろう……そう考えただけで、彼女のボルテージが上がっていく。

 

「フ……そこですか」

 

 朱色をしたギラ・ドーガと呼ばれるMSが、自機からそう遠くない位置にいるのをセンサーで確認する。

 サイコミュ試験機だろうか……そんな思考に移る前に、美汐は先の考えを断ち切った。

 雑念は無用と判断したためだ。

 考える間もなく、最大加速で憎むべき敵へと突進を仕掛ける彼女の頭に、もはや回避の文字は無かった。

 いかに美汐の腕を持ってしても、ケンプファーに乗っている以上はファンネルに対し勘に頼った不確かな方法でしか回避行動をとることができないのだ。

 ならば、ゼロコンマ一秒も早くサイコミュを操る敵を仕留める以外に道はない。

 しかしそれ以降、ファンネルの攻撃がケンプファーに届くことはなかった。

 死角から放たれたビームは直撃寸前で何かに散らされ、ファンネルの幾つかはセンサー範囲外から放たれた正確なビーム攻撃の洗礼を受け破壊された。

 考えるまでもなくそれらは全て、往人の乗るSORAからの支援攻撃だった。

 ファンネルを砕き、その攻撃を防御してみせる……まさに、デタラメ以外のなにものでもない。 

 

(ガンダム、ですか。元ジオンの私が、まさかガンダムと共闘することになるとは……夢にも思いませんでした)

 

 現在はコロニーにおける生活の場を守るため、地球連邦と協力する立場にある美汐だが、彼女はジオンの軍人としてガンダムタイプのMSと戦ったこともあった。知りうる限り例外など無く、地球連邦軍高性能MSの代名詞であるガンダムタイプのMSに感じた畏怖の念を、美汐は一生忘れないだろう。

 急速に接近するケンプファーに焦りを感じたのか、迎撃するためビームマシンガンを構えたギラ・ドーガが、その直後に背後から放たれたビーム攻撃によって、目に見えて体勢を崩した。

 

「ふふっ」

 

 口元に浮かぶ笑みを抑えられない。

 確かにガンダムは恐ろしいMSだ。

 だが、それはあくまで敵対した場合においてである。

 味方にいれば、これほど頼りになる存在は無い。

 

「ショットガン一つ、幾らすると思ってるんですかっ!」

 

 崩れた一瞬の隙は、絶対に見逃さない。

美汐の怒りを受け、ケンプファーがチェーン上に何かが連結された鞭のようなものを振るった。それは狙い違わずギラ・ドーガに巻き付き、その動きを封じ込める。

 

「任務、完了」

 

 全体を巻き付ければ巡洋艦の艦首をも粉砕するチェーンマインがギラ・ドーガを巻き込んで爆発したのと、美汐がそう呟いたのはほぼ同時だった。

 

 

 

「戦いの最中に金の心配か? 所帯じみているというか、ずいぶん年寄り臭いんだな」

 

 戦闘終了後、往人から入った第一声に、美汐は普段崩さないポーカーフェイスではなく、苦笑して答えた。

 

「……貴方も存外、酷いことを言いますね。せめて、物腰が優雅とでも言ってほしいところです」

 

 当分の間は、黒いガンダムに乗った風変わりな地球連邦の士官と付き合っていくことになるだろう……根拠は無かったが、美汐はそんな予感を感じていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  UC0092年8月12日 AM某時刻

 サイド5 3Xバンチ 西部居住区画・某公園

 

 

 美凪は冷静だった。

 突然の再会に驚きはしたものの、それは予想の範疇だったからだ。

 自分に抱き付いて、見慣れない婦人と自分を交互に見つめている娘の頭に優しく手を置き、美凪は言った。

 

「おかあさんに紹介しますね。この子はみちる。私の娘です。……みちる、おばあちゃんですよ」

 

「んに……ばぁ?」

 

 促され、みつるは紹介された祖母を見ながら目をくりくりさせた。

 

「美凪……わたしのことを、母親だと思ってくれるの?」

 

 先程から何か言いたそうに、だが何も言わなかった母。

 心労のためだろうか、美凪の目には別れてからこの数年の間にめっきり老け込んだように映った。

 

「わたしは、あなたに恨まれても……憎まれても当然の仕打ちをしてきたのよ? ごめんなさい……。謝って簡単にすむ問題じゃないけど――」

 

 その顔には、長年の間に積もり積もった後悔の念が見え隠れしている。

 全てを思い出し、受け入れたのだろう。

 でなければ、彼女が美凪に会いに来るはずなど無いのだから。

 

「謝らなくてもいいですよ。私は、おかあさんのこと……恨んでなんていませんから。それよりも、感謝の気持ちで一杯なんです」

 

 今にも泣き崩れそうな母に、美凪はみちるを抱き上げながらそう口にした。

 全て本音だ。

 彼女は母のことを恨んだことなど、一度も無い。

 ただ、自分を避ける母の対応を哀しいと感じた。

 そして、ことある事にそれは自分のせいだと己を卑下し貶め、それをバネにして頑張ってきたのだ。

 ――夫に励まされるまでは。

 

「え……?」

 

 信じられないというような表情を浮かべる母に構わず、美凪は言葉を続けた。

 

「あなたが私を生んでくれなかったら、往人さんに出逢うことも……みちるをこうして抱くこともなかったでしょう。おかあさん……ずっと伝えたかったこと、聞いて下さい」

 

 美凪は想いを馳せる。

 悠久の緩やかに流れる刻の中で、人は子を産み育て、未来へ命の火を繋いでいく。

 暗黒の海にたゆたう、全ての生命の母なる蒼……地球。

 海辺の故郷のことを懐かしむように、夫は美凪に語ったことがあった。

 古き良き時代を思わせる、片田舎の小さな町。

 そこでは、山の緑がうねり小川が流れ、夏の終わりには夕焼けを浴びた野原が金色に染まるという。

 世の中が移ろっていっても、彼の中の故郷は変わらないのだと、その事を話す夫を見て思った。

 そして彼は、いつか必ず連れて行くと美凪に約束してくれたのだ。

 

 

「この世に送り出してくれて、本当にありがとう」

 

 

 満面の笑顔で、美凪は言う。

 母は美凪の命を育み、繋いでくれた。

 今度は自分の番だ。

 みちる、そしてこれから生まれてくる命を往人と育み、命の光を未来へと繋いでいくのだと。

 

 

「私は、幸せです」

 

 

 美凪の物語は常夏を迎えたばかりだった。

 

 

 彼女の夢は、まだ終わらない――。

 

 

 

 

 

 

FIN

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


後書き

 

 

 三剣です。

 既に時期ハズレ、今更ながらですがSORAのエピソードF美凪編をお届けします。

 ご存じの方もいるかと思われますが、この話は同人文庫小説版のSORA本編最終巻で既に公開済のものになります。

 文庫の方はwebよりも美凪が贔屓された構成で話が進んでおり、このエピローグは神奈のエピソードと双璧を為す三剣的真ED仕様という位置づけかもしれません(ソンナゴタイソウジャネェ)

肝心の文庫版がとっくの昔にsold outして再版の目処も立たないということで、当時要望の多かったコレを今回ようやく一般公開に踏み切りました。

SORAなど既に忘却の彼方という方が大半を占めているか、読まれること無く終わる可能性も否定できませんが、待っていた方などいましたら楽しんで下されば幸いです。