機動戦士ガンダムセンチネル外伝

SORA

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去

 

UC0085年11月1日 地球標準時刻18:51 

フォン・ブラウン市近郊・アナハイム・エレクトロニクス某研究施設某所

 

 

「大志君……ふぁいと、でございますよ」

 

 大志を見送った裏葉は、弟子の出て行った扉をじっと見つめながら、先程までのやり取りを思い起こし、微笑を浮かべた。

 久しぶりに再会した愛弟子に、最後に別れた時には持っていなかったある種の「貫禄」のようなものを感じたのは、彼が以前より豪語してやまない「全てを手中にする」という漠然な野望ではなく、もっと近くわかりやすい目標を持ったからだと彼女は思う。

 抜き身の名刀が鞘を得たようなものだろう。

 その目標がS.O.R.A.への意気込みなのか、それとも他のものなのかはわからないが、弟子の躍進は裏葉にとっても喜ばしいことだった。

 大志は既に一流のエンジニア達と肩を並べられる程の能力を有している。

 

(あの子はとっくに一人前ですけど……)

 

 弟子とはいえ、未だ彼のことを子供扱いしている節がある自分の態度に、大志が不満を持っていることは知っているのだが、その懸命な様子を見ると自然にそうなってしまう。

 もっとも、大志がそのような一面を見せるのは師に対してのみなのだが、そのことを知らない裏葉は、戒めるように軽く自分の眉間を叩いた。

 その時。

 

「……?」

 

 背後に人の気配を感じ、裏葉は後ろを振り向いた。

 ラボ内を見回すが、誰かがいる様子は感じられない。

 

(気のせいみたいですね……)

 

 そう思いデスクにつこうと、椅子に手を伸ばした瞬間、裏葉を幾度かの衝撃が襲った。

 

「……!?」

 

 鈍い痛みが身体の中心から広がっていき、不自然な形で体の力が抜けたために裏葉は身体をデスクに預けるように突っ伏す。

 

「か、は……っ?」

 

 喋ることもできない口からは、呻くような音と共に赤い血が溢れ出てくる。

 痛みに胸を抑えた手、その指先にねっとりとした鮮血の感触を覚えた時、裏葉はようやく自分が撃たれたことに気付いた。

 

「Dr.裏葉」

 

 自分のすぐ横で声がした。聞き覚えの無い声だ。

 

「聴こえますね? すぐには殺すなという命令なので、致命傷は避けました。残念だけど貴女はまだ死ねない。……これは橘敬介からの伝言です」

 

「……ぅっ…ぁ……!?」

 

 侵入者の口から出た男の名に声を上げようとするも、口から出る言葉は意味を成さない。

 力を振り絞って顔を横に向ける。掠れ逝く裏葉の瞳に映ったのは、自分と同じような研究員用の白衣に身を包んだ少年の姿だった。

 

「――」

 

 自分を見下ろす少年が「敬介の言葉」を語り終えたのと同時に、裏葉の身体から力が抜けた。

 

(……そう。敬介どのは、やはり私を許してくれなかったのですね)

 

 敬介の元から逃げた時、ひょっとしたら自らの過ちに気付き、考え直してくれるかもしれない……そんな甘い期待も確かにあった。表向きには、観鈴を連れて逃げた自分を、敬介が許すことはないとわかってはいたはずだ。それでも、裏葉は心のどこかで友人だった男の最後の良心に縋っていたのである。

 そして今、裏葉は自分の死を持って現実というものを突きつけられようとしている。

 

「放っておいてもその出血では助からないけど、これも仕事ですから、悪く思わないでくださいよ」

 

 少年の手が動き、裏葉の頭に銃口が突きつけられた。

 

(これから……なのに、私はっ……)

 

 AIRシステムは完成し先日、観鈴から神奈の精神を切り離すことには成功していた。

 これで観鈴は救われるが、神奈を救う段階にはまったく達していない。

 このままの状態では、AIRはただの戦闘の道具でしかない。

 主君である神奈が戦闘の道具となることは、裏葉の思うところではないのだから。 

  全てはこれからなのだ。AIRの全てを知るのは裏葉のみ、彼女の古い友人や晴子も、全てを知っているわけではない。AIRに直接関わることは難しいだろう。自分の知識の全てを託そうと思っていた少年も、まだプロジェクトに関わってすらいない段階だ。それに、長年研究に没頭していたためにできた息子の誤解も、解けているとは言いがたかった。

 まだ、やり残したことは山ほどあるのだ。

 だがその命はすでに裏葉自身の意志を離れていた。 

 

(往人…神奈さま……たい――)

 

 侵入者の少年が最後に言葉を発してから、僅か数秒後。

 頭部を貫いた重い衝撃が裏葉の意識を完全に断ち切り、彼女の時間を永遠に停止させた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UC0085年11月1日 同時刻 

 フォン・ブラウン市内某高級ホテル・最上階某ルーム

 

 

「貴方は、この私に何を望むのかしら?」

 

 フォン・ブラウン市某高級ホテルの最上階、VIP室ともいえる豪奢な造りの部屋の中央で、大志にその言葉を投げかけたのは一人の女性だった。

 何処となく優しげな、だが凛とした声を発したその女性から、柔らかい物腰とは裏腹にまるで不動の巨木を思わせる佇まいを感じた大志は、思わず言葉に詰まった。

 

(くっ……只者ではないとは思っていたが、まさかこれほどとは)

 

 ある種の実力ある者同士が感じる覇気とでも言おうか。

 今までに出会った者達の中では、トップクラスの気質だ。

 

(まさか、この我輩が気おされているとでもいうのか? ……いや、そんな馬鹿なことなどあるはずがない!)

 

 だが、気圧されたのは一瞬のこと、すぐに頭を切り替えるようにサングラスの位置を直すそぶりを見せた後、改めてテーブルを挟んで向い側に座るその女性に目を向ける。

 女性の名は水瀬秋子。

 微笑を絶やさない優しげな面差は確かに彼女の一面だろうが、それを真に受けて接するほど、大志はお人好しではない。

 元連邦軍中将・水瀬。地球連邦軍きっての名将と謳われたその実力、工学系にも秀でた非凡なまでの才、様々な方面への豊富な人脈……とても一般人には持ちようのないものだ。

 大志が彼女の噂を聞いたのは士官学校でのほんの些細な出来事がきっかけだったが、彼が噂の人物に興味を持つには十分だった。

 噂の一人歩きなど、日常的に起こりうることではあったが、ひょんなことからフォン・ブラウン市内に潜伏している秋子とコンタクトをとるきっかけを得た大志は、噂の真偽を確かめるべく、相手が自分の野望にプラスとなる者ならば、あわよくば己を売り込もうと彼女との会談に臨んだのである。

 

「貴方は、この私に何を望むのかしら?」

 

 やんわりとした口調で、秋子が再び同じ台詞を口にした。

 今度は自分を見失ったりはしない。

 すでに普段の調子を取り戻した大志が口元に笑みを浮かべながら自信たっぷりに言う。

 

「全てを」

 

「全て?」

 

「そう、全てをだ。貴女の持つ力、コネクション、知識、持ちうる全てを我輩は欲している」

 

 あまりにもストレート過ぎる少年の言葉だったが、秋子は特に癇に障ったという様子は無く、頬に手を当てて大志と同じように微笑する。

 

「あらあら、買い被ってもらえて嬉しいですけれど、あいにく私は貴方が思っているほど大した人間ではありませんよ」

 

 本気で言っているのか、それともポーズか……それは秋子本人にしかわからないが、大志は後者と判断し鼻で笑って捨てる。

 

「ふっ、買い被っているつもりは無い。実際に会い確信した。それに、現在の政府高官達の中で元地球連邦軍中将・水瀬の名を知らない者はおそらくいまい。エゥーゴ、ティターンズもまた然り……そのネームバリューからみても、只者ではないと思うのだが?」

 

 今現在、秋子がティターンズの要注意人物リストに名を列ねていることは、すでに確認隅だ。

 退役した軍人、その者が何の実力も伴わない者ならば、ティターンズが危険視するはずかない。

 ある程度の実力を有しているからこそ、組織は個人に注目するのである。

 

「……」

 

「女性という不利な立場であるにも関わらず、上級将官の地位にまで上り詰めたその実力、アナハイムやKURATAにも太いパイプを持つと噂されているが、その噂が眉唾かどうかなど、相手の人と成りを見れば自ずとわかるものだ。これでも人を見る目はあるつもりなのでな」

 

「それで、私は貴方の御眼鏡にかなったというわけですか」

 

「その透りっ! 以前の我輩ならその容姿、物腰に騙されただろうが、あいにくと貴女に似た気質を持つ人間が身近にいるのでな。その人物も食えない御人だ」

 

 言いながら、大志の脳裏に浮かんだのは、敬愛する師の笑顔だった。

 裏葉の顔が浮かぶ時点で「毒されているな」と重いながら心の中で苦笑する。

 

「ふふっ、そうですか。それでは――」

 

 本格的な大志と秋子の会談が始った。

 会食の席ということで、二人の目の前にはすでに暖かいスープが出されていたが、もはや二の次扱い、大志の眼中には無い。

  大志の実力は彼が自分自身を誇大評価している点を除いても、一般で言うところの研究者と同じかそれ以上なのは間違い無い。ここ数年、裏葉という生涯の師と慕う人物とめぐり逢ってから、天才は更なる高みへと昇華していた。

 しかし、如何せん彼の個性的な性格と、未だ実績もなく研究生に甘んじているという現状が、大志という少年の躍進を阻んでいたのである。無論、表の面においての人脈など決まった方面にしか無かった(裏の人脈はそれなりにあった)。

  利用できるものは利用する、それが大志の流儀であり、豊富な人脈……特にアナハイムやKURATA等、大企業に幅広いパイプを持つ秋子の存在は、渡りに船というわけだ。

 

「それで、私が貴方に力を貸すと仮定しましょう。九品仏大志君、貴方は私に何を与えてくれるのですか?」

 

「見返り、か」

 

  知りもしない相手に協力するほどのお人好しは少ないだろうが、秋子が見返りを望むようなそぶりを見せたことは、願っても無いことだった。

 一度言葉を切った後、大志は自信たっぷりに言う。

 

「ふっ、そうだな。水瀬秋子、貴女が我輩に力を貸してくれるのならば……我輩もまた、我輩の力を貴女に貸し与えてやるとしよう」 

 

「……」

 

 秋子は、笑顔のまま沈黙で返した。

 この二人のやりとりを傍から見た者がいたとしたら、誰もが口を揃えて大志の無謀さを上げたことだろう。

 相手はただの実力者ではない。筋金入りの実力者なのである。正式な会談の席ではないことを差し置いても、大志の言葉は無謀以外の何ものでもないと考えるのが普通だ。

 だが、大志はあくまで自分を前面に押し出してアピールを実行した。

 彼自身、自分の実力を信じて疑わず、本気で自分の実力が交渉の材料になると思ったのだ。

 無論、大志の言葉の裏付などこの時点では皆無、それにも関わらずこの行動を実行したのは、己を武器に生きてきた彼だからこそできた博打なのかもしれない。

 

「未来の支配者たる我輩の力を貸し与えるというのだ。これ以上の見返りなどあるまい? ……嘘偽りない。この九品仏大志、我が師に誓って約束しよう……む?」

 

 あくまで尊大な態度で話を推し進める大志は、秋子の肩が震えていることに気付いた。

 

「……ふふっ」

 

 どうやら笑いを堪え切れなかったらしい。

 

「何がおかしいのだ?」

 

「気を悪くしたようなら、ごめんなさい。あんまり聞いたままの少年だったのでね……変に飾らないところ、気に入りましたよ」

 

 憮然とした大志に誤りながら、秋子は簡単にこう口にした。

 

「了承」

 

  あっけなく、大志の要求を受け入れた秋子。

 

「いいでしょう。後ろ盾として貴方の背に立つことを約束しますよ」

 

「その含みある言い方、解せん。……我輩のことは全て調査済というわけか?」

 

 大志としては、一度の会談で話が決まるとは思ってもいなかった。相手が自分の野望達成に必要な人間だと確信した時は、幾度か足を運ぶことも辞さないとまで思っていたのである。

 初対面の人間をそうそう信用する者などいない。

 自分のことを事前に調べていたのだと彼が邪推するのは無理も無かった。

 

「別に調査はしていませんよ。する必要がありませんでしたからね」

 

「どういう意味だ?」

 

 詰め寄る大志の耳に、意外な答えが飛び込んできた。

 

「国崎裏葉――貴方の先生は私の古い友人なんですよ。大志君のことは、前々から聞かされていたのでね。貴方が私にコンタクトをとるずっと以前から」

 

「なっ!?」

 

 予想外の展開に絶句する大志に、秋子が即座にフォローを入れる。

 

「でも、勘違いしないで。私が貴方の後ろ盾を引き受けるのは、貴方が本当に気に入ったからです。いくら友人の生徒とはいえ、そういったことを簡単に引き受けられるほど、今の私には余裕がありませんから」

 

「むぅ……」

 

「納得いきませんか?」

 

「いや、失敬。別に気を悪くしたわけではない。ただ、意外なところで師匠の名が出たのでな……こういった廻り合わせもあるとは、いや興味深いと思ってだな」

 

 また師に助けられることになった。

 昔の大志ならばつまらないプライドに振り回され、気分を害したかもしれなかったが、今は違う。

 師に対し盲信ではない、確固とした信仰を持つ彼は裏葉の存在の大きさを改めて再認識した。

 

「ふふ、全ては歴史の必然でございますよ〜……と、裏葉さんなら言うかもしれませんね?」

 

「! その透りだ。移ろい往く歴史の中で偶然は有り得ん。あるのは確かな必然のみっ!」

 

「それでは、そろそろ食事にしましょうか。せっかくの料理が冷めてしまいますからね」

 

「うむ、同感だな」

 

 その提案に大志は頷いた。

 暖かかったスープも冷めかかっている。

 だが、大志がスプーンに手を伸ばした時だった。 

 部屋の外が、にわかに騒がしくなったのは。

 

「なんだ?」  

 

「外が騒がしいですね……何か、あったのかしら?」

 

 秋子もまた、その騒ぎに眉を潜める。

 そして。

 

 

 バタン!

 

 

 二人の視線が向けられる中、部屋の扉が乱暴に開け放たれ、数人の男達が室内に乱入してきた。男達はそれぞれが黒服に身を固めており、どこをどう見てもホテルのボーイという風体ではない。

 

「……一体、何事ですか?」

 

 特に取り乱す様子もなく、秋子は感情の起伏を感じさせない口調で先頭の男に聞いた。

 

「ミセス水瀬。貴女が同席であることは重々承知、ですが今は緊急を要しますので我々の失礼をお許しいただきたい。……研究生・九品仏大志、大人しく我々に同行してもらおうか」

 

 名指しされた大志だが、まったくみに覚えがない。

 

(アナハイムのSP……一体、何なのだ?)

 

 緊迫した空気。

 和みかけた部屋の雰囲気が、黒服達の登場によって台無しにされたことに対してむっとしたものの、それ以上の感情は湧いてこない。

 

「せっかくの会食の席に、何と無粋な輩だ。誰と勘違いしているのかは知らんが、我輩がお前達に着いて行く理由などあるまい。お引取り願おう」

 

 アナハイムの黒服など見慣れているので大方、自分と誰かを間違えているのだろうと大志は高をくくっていた。

 しかし、その考えは次の瞬間、凍りつくこととなる。

 

「もう一度言う。九品仏大志、おとなしく我々に同行してもらおう。お前にはDr.裏葉殺害の嫌疑がかけられている」

 

 一瞬、いや数秒の間。

 目の前の男が言った台詞の意味が、大志の思考回路に伝わるまでの、彼にとっては恐ろしく長い時間だった。 

 

「――なん、だと?」

 

 搾り出した声が、自分の声だと思えなかった。

 自分の声は、もっと自信に満ち溢れたものではなかったか?

 

「裏葉さんが、殺害!? どういうことです、裏葉さんに何かあったのですか!」

 

 秋子の顔からも、微笑みが消えた。

 だが、この時の大志に彼女の変化を感じ取る余裕はなかった。

 

「先程、研究棟Dr.裏葉のラボにて原因不明の爆発が起きました。死傷者は一名、国崎裏葉博士――」

 

「っ!」

 

 

 がたっ!

 

 

  椅子が音を立てて倒れた。

  男が喋り終わる前に大志が突然立ち上がり、男達を掻き分けるようにして部屋を飛び出していく。

 SPを問い詰めることすらもどかしい。

 自分の目で確かめるまでは何者も信用できない。

 不意を突かれ、力で押し切られたSP達が、部屋を去った大志の後を即座に追跡していく。

 

「そいつを逃がすな! ……ミセス?」

 

 出遅れた数人の前に進み出た秋子がSP達を遮りながら口を開いた。

 

「……彼ではありません」

 

「しかし、最後に国崎博士と会ったのはあの少年です。仮に彼がやっていないとしても、重要参考人であることは疑いようが……」

 

「絶対に、彼ではありませんよ」

 

 納得のいかない顔で自分を見るSPから視線を外し、秋子は開け放たれたままの扉を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(馬鹿な……何かの間違いだ。マイマスターに限って、そんなことがあるわけが無い!)

 

  突き動かされるかのようにアナハイム研究棟へ戻った大志は、脇目もふらずラボを目指した。

 参考人程度の扱いだからなのか、それともまだ処理が追いついていないのか。

 自分のIDカードを使用することができたので、特に何の障害も無く、彼はラボにたどり着くことができた。

 そんな大志の目に、信じられない光景が飛び込んできた。

 

「なっ……!?」

 

  鼻を突く硝煙のにおい、純白の壁面は無残にも焼け爛れ、見る影も無い。

 最新機器が所狭しと並んでいた場所には、原形をとどめていない煤けたスクラップが山のようになっている。

 目を覆いたくなるような、ラボの惨状だった。

  手が振るえていることに気付かないまま、大志はラボに足を踏み入れた。いつもの論理的な思考はなりを潜め、まるで何かに取り付かれたような緩慢な動きで、裏葉の姿を探す。

 これから本格的な検証が行なわれるのだろう。

 数人のスタッフが広いラボの各所で何らかの調査を行なっていた。

 

「おい、オマエは――」

 

 大志の存在に気付いた者が何事か喋っていたが、言葉が耳に届くことは無かった。

 そして、大志はラボの一角に数人のスタッフが固まっている場所を見つける。

 様変わりしているものの、その場所には裏葉のデスクがあるはずだった。 

 

「どけっ! ……マイマスターっ!」

 

 スタッフを押し退け、前に進み出る大志。

 そこで彼は焼けたデスクに突っ伏す人型を見つけた。

 

「師匠……?」

 

 そう呟き、自分の言葉の滑稽さに気付く。

 

「くっ……くくっ」

 

 勘違いしていた自分自身が、可笑しかった。

 それは、本当に良くできた人形だと思った。

 人を燃やしたとしたら、皮がずる剥けてただれた赤肉が飛び出る……想像しただけでもおぞましいそれが、目の前に何故か存在している。

 彼は、そう思い込もうとした。

 感覚が麻痺し、正常な判断がでていなかったのかもしれない。

 これが、初めて大志が退いた瞬間だった。一時だが、彼は現実から目を背けたのである。

 だが、それは本当に一時の間だけ、大志が現実を突きつけられたのは、その直後のことであった。

 

「! これは……」

 

 大志の目に鈍い小さな輝きが映った。 

 それは以前、裏葉との勝負に負けた時、彼自身が師に贈ったリングだった。

 弟子との勝ち負けではしゃぐ彼女を、単純なところもある女だなと陰で笑いながらも、その横顔に惹かれずにはいられなかった。

 自分の贈ったはずの飾り気の無いシンプルな指輪が、人型の指にはまっていた。

 見舞え違えるはずがない。

 見間違いならばどんなによかったことか。

 恐る恐る手を伸ばし、それをゆっくりと抜き取る。

 手のひらに乗せられたのリングの冷たい感触から、持ち主のぬくもりを感じることはない。

 

「せん、師匠……なぜ…何故だ……?」

 

 裏葉の死が自失に陥りつつあった大志の上に重く圧し掛かる。

 指輪を握り締める大志の腕に手錠がされ彼が拘束されたのは、まもなくのことだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 UC0085年11月1日地球標準時18:00

 アナハイム・ビルの敷地内にある某研究棟の一室で突如、原因不明の爆発事故が起こった。

 現場は密室状態にあり、研究室の中心付近で起こった爆発の被害は凄まじく、室内に存在していた高価な機材及び貴重な研究データにかなりの損害があったらしいが、アナハイム側が発表を控えたためにその詳しい詳細は明らかになっていない。

 死傷者、一名。

 遺体の損壊が著しいために、死因の特定は正確ではないが、爆風の衝撃によるものと推察されている。

 DNAの鑑定結果から、遺体はその部屋の主、国崎裏葉博士のものと判明するも、爆発の原因については様々な憶測をよんだが、調査の結果、状況証拠から直接の原因は、国崎博士本人が研究のために持ち込んでいた爆発物の取り扱い方法を誤ったためであると結論付けられた。

 だが皮肉なことに計画の要であるAIRシステムは、彼女自身の手によって完成された状態にあり、一時的に国崎博士の手を離れ今回の難を逃れたことから、S.O.R.A.プロジェクトは発案者を欠いた状態のまま、次の段階へと進められることとなった。

 AIRに込められた裏葉の想いが、プロジェクトに参加する何者にも理解されることのないまま――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

EPISODE FINAL T

 

それは支配者』

A ruler−

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在

 UC0094年 日本 夏

 

 

 常緑の季節ともいうべき季節の到来に、全ての生き物達が活気づく、初夏の頃。

 古き良き時代を思わせる風光明媚な片田舎のこの地に、一人の青年が降り立った。

 草いきれがむっと立ちこめる田舎道。

 道の端々でセミが鳴いている。

 振り仰ぐと青空。  

  夏のジリジリと照らす日差しが眩しい。

 青年がこの町を訪れるのは初めてのこと。

 故に、まず彼が最初に行なったのは目的地の場所を知る事。

  青年の親友の故郷であるこの土地には、その親友の実家があった。

 年通し家を空ける家族に代わり、生家を守っていたのは青年にとっての知己、懐かしい顔だった。

 彼女は知人でもある青年の訪問を喜び、快く彼に目的の場所を教えた。

 そして、青年はそこへと歩を進める。

 山と海とに挟まれたこの町の外れ。

 そこに、青年が目的とする場所はあった。

 

 国崎家

 

 墓石にそう書かれた石が静かな佇まいで、青年を出迎えた。

 ここは、死者が眠る場所。

 土地柄なのか、この町では遺骨をこの墓の下に入れるらしい。

 遺体が残って亡くなれば、いずれ彼の親友もここへと入ることになるのだろうか。

 自発的に老後、埋葬方法の指示書を書く親友の姿は滑稽だ。

 そんなことを思いつつも、すぐあり得ないなと青年は首を振った。

 親友に宗教的習慣は備わっていないし、これからも備わることは皆無だ。

 もしも仮に入るとしたら、親友自身の指示によるものではなく、親友がいずれ縁を結ぶであろうその縁者が行なうことだろう。

 思わず、先程自分を見送ってくれた女性の姿を想像してしまう。

 UC0089年1月のムーア宙域戦を最後に別れてからしばらく彼女の姿を目にしていなかったが、彼女はこの五年間で見違えんばかりの女性的魅力溢れる成長を遂げていた。

 気だても良くあれだけの美人ならば、よほどの朴念仁でもなければ放っておかないだろうが、彼女には当分結婚の意志は無いらしいことから、ひょっとすると未だに親友に操を立てている可能性もある。

 

(戻ったらあヤツに久々の帰郷を勧めるのも悪くない、か。ククッ)

 

 親友は結構な朴念仁男だが、一度こうだと決めたらトコトン突き通す頑固なところも多々あるので、今の彼女を見れば一気にそっち系統の話が進むかもしれない。

 勝手な想像を一通り終えると青年は土着の風習に従い、用意しておいた線香と色とりどりの花を墓に供え、改めて墓標に向かった。

 生家を守る女性によって手入れの行き届いた墓に、静かに手を合わせて瞑目する。

 

「……」

 

 口から言葉は漏れないが、青年にはそこに眠る自分の恩師への報告がたくさんあった。

 それでこそ、山ほど。

 これまでに青年がここへ訪れたことはない。

 なかなかその機会が取れなかったからということもあったが、青年の中で何か踏ん切りがつかなかったのだ。

 青年が師と仰いだ者は、今も昔も親友の母以外においていない。

 技術者としての高みへとひた走る彼だが、未だに師の存在を超えたと実感できていなかった。 

超えるための努力、手間暇を惜しんだことはない。

 しかし、死という現実によって二人が分かたれた以上、もう師を超えることなどできないのだと――青年は心の何処かで諦めてもいたのである。

 美化、昇華などという言葉で括ることすら烏滸がましいことだが、死によって完結した者を超えることなどできはしないのだから。

 

 AIR

 

 空の蒼を示す名で括られた至高のシステム。

 師から彼に手渡されたバトンは、最強のMSの中枢を担うシステムとして完成を果たした。

 真実が愛するべき匠の死によって失われたため、託されたシステムに秘められた意味は、今なお青年にはわからない。

 結果として、AIRが搭載されたMSは十分な戦果を地球連邦にもたらし、AIRに封印されていた翼の少女は理解者を得、覚醒を果たしたが、師が求めた答えに自分が行き着けたのかどうか、彼にはわからなかった。

 この訪問は、一つのケジメ。

 青年が、これまでの自分が行なったことを報告するための……そして、青年が野望の未来へと進むその一歩を報告するためのものだ。

 永い黙祷を終え、青年は顔を上げた。

 

「今日はこれで帰らせてもらうが師匠、いずれ……また次の機会を楽しみにしている」

 

 最後にそう言い残して踵を返す青年、九品仏大志。

 

 夏の強い日差しを受け、彼のその胸ではチェーンに掛けられた、煤けた小さなリングが鈍い輝きを放っていた――。  

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 UC0094年7月21日

 フォン・ブラウン市宇宙港 軍用ドック 某クラップ級MSデッキ

 

 

 叛乱分子の鎮圧を目的に活動していた一隻のクラップ級が、月面都市フォン・ブラウン市軍港に着港していた。

 MS戦を想定していた今回の任務も、MS隊の活躍によって滞りなくこなすことができたのだが、ここのところの任務は予定などあって無いようなものであったので、この戦果は僥倖と言えるものだ。

 クラップ級艦内の一角。

 

「今回の任務、予想よりずいぶん早く済んだよな」

 

 MSデッキにて、アドバイザーとしてSORAの最終整備を手伝っていた往人が何気なく漏らした一言に、聖がリニアシート下に潜り込み配線を弄りながら答えた。

 

「良いことじゃないか。君らが上手く立ち回ってくれたお陰だ。機体の損壊もほとんど無かったし、こちらも楽でいい」

 

「そ、そうか。ならいいんだけどな……」

 

 答えながらも何故か、言葉に勢いを無くす往人。

 少々、挙動不審である。

 が、それにはちゃんとした理由があった。

 往人が座っているSORAの複座前シートからは、通常のインジェクションポッド方式のものよりも一回りほど広いコクピット内を一望することができる(一望するほど広いわけではないのだが)。

 他のコクピット同様、全天周スクリーンを採用しているので死角はほとんど無く、厳密に言えばシートの真下がそれにあたるのだが、今まさに聖が潜り込んでいる場所は、その死角だった。

 

(……)

 

 実に中途半端な死角だ。

 上半身はシートの下に隠れているのだから、まだよしとしておける。

 問題なのはその下だった。

  本格的な宇宙空間ならば、長めのスカートやズボンを身に着けていることが多い聖だが、作業をするすぐ直前までもう一つの職務たる船医業務を片づけていたらしく、今は短めのスカートを履いており、そのスリットが際どく半ば捲れ上がっていたのである。

 更に付け加えると、往人の一から斜め45°下を覗き込むと聖の白いうなじから美麗な胸の谷間までを見事なまでに一望できた。

 普段は隙がない聖だが、こういう作業中などは集中して周りが見えなくなるらしい。

 はっきり言って非常に目の毒だ。

 それ以前に正常な成人男子である往人の下半身も、そろそろ危険だったりする。

 

(言ってやるべきか、いや――)

 

 人間として今のあられもない姿を指摘してやるべきなのだろうが、とりあえず思いとどまる。

 はたして、このまま指摘してやったとして一体この後、どのような状況に陥るのか?

 

 

 

 シミュレート開始

 

往人「聖、美味そうな生足が丸見えだぞ。あとそのけしからん胸の谷間、どうにかしろ。まったく、恥じらいのないヤツだ。はっ、それじゃ嫁の貰い手もないな」

 

聖 「……貴様。言うに事欠いてそれか。余計なお世話だっ! このムッツリ変態ラブラブキラー!!」

 

 シャキーン!(一本)

 

往人「ぎゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!???」

  

 シミュレート終了

 

 

 

 嫌すぎる。

 

(しかし、こういうやつを想定するといつも後手なんだよな……)

 

 とにかく、往人はただ現状を維持するしかないらしい。

 そうなると、必然的に悩ましいソレを見続ける結果になる。

 本来なら見なければいいわけなのだが、往人とて健全な大人の男。

 朴念仁なところもあるが、人並みにそっち方面の興味も当然ながらあるのだ。

 しかし、これは現状こそ半パラダイスだが、黙っていてバレたら即地獄の二律背反。

 往人にとってはかなり難しい状況だった。

 

 生か死か。

 

 整備中のコクピットは、極局地的に戦場さながらの雰囲気に包まれる。

 現在、コクピットのシステムはおちているが、もしAIRが立ち上がっていたら神奈は何と言っただろう……想像するのも馬鹿らしいのだが。 

だが、そんな馬鹿らしい葛藤は、良いのか悪いのかわからないタイミングで終わることとなった。

 

「往人く〜〜〜んっ! おねえちゃ〜〜〜んっ!」  

 

 コクピットの外から掛けられた元気の良い声。

 佳乃だ。

 

「そろそろお昼だよぉ〜っ! 美凪ちゃんと二人でサンドイッチ用意したんだけどっ!」

 

『ぴこ、ぴこ』

 

「頑張っちゃいました。……えっへん」

 

 ポテトと美凪も一緒だった。

 往人にとって繰り返すまでもないことだが、霧島佳乃も遠野美凪もメイガス、マーメイド時代から同じ部隊で過ごしてきた仲間である。

 

「ん、もうそんな時間か。……往人、何固まっているんだ?」

 

「いや、別に」

 

 作業を中断し、固まっている往人に気づいて首を捻る聖。

 どうにか、ジロジロ見ていたことはバレなかったようだ。

 往人は平静を装いつつ、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 ちなみに、往人の作業がかなり前に終わっていたというのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

  往人を筆頭に、聖、佳乃、美凪と元マーメイド隊の面々がぞろぞろと連れ添って食堂へと向かう様子は、端から見ると実に華やかだった。

 マーメイド時代からすでに数年が経過し、更に女としての魅力を増した彼女達という花を両手どころか、両手に収まりきらない状態で持ち歩く往人は、周りからすれば羨ましさ、やっかみ爆発である。

 かく言う作業員達の話題も、この面子のことで盛り上がりを見せていた。

 

「なあ、あの面子いつもスゲエ仲良いんだけどさ、ぶっちゃけ国崎中尉って誰が本命なわけ?」

 

  既に話も佳境だ。

 

「あの人ってけっこー鈍そうだし、そんなの考えてないんじゃないか?」

 

「ありえねーって! 全員、あれだけ好き好きオーラ出してるんだぜ!? 気づかなかったら男としてアホ、終わってるだろ」

 

「俺は断然、遠野中尉だね。この艦で一番の美人だし、なによりあのプロポーションを最終兵器として持ち込まれた日ににゃ、どんな男もアレがテントどころかチョモランマだぜ? 何気に積極的だしな」

 

「馬鹿、霧島少尉だって負けてないぞ。スキンシップにかけたら右に出るもの無しだ。つーか、俺も抱き付かれてぇよ!」

 

「いやいや、チーフだって捨てがたいだろ! あの中尉に対する気配り具合、普通じゃないって。それに美味そうなカラダ(言ったら危険)だしな。そろそろ三十路(核爆危険)みたいだから、結婚だって考えてるんじゃないか?」

 

「お前、それ言ったら全員結婚適齢期だって。……ま、選ぶのは国崎中尉だけどさ。よりどりみどりでホント羨ましいよなー」

 

 好き勝手にぶちまけるスタッフ達だが、往人には故郷にて更なる選択肢があると知ったら、もはや彼らが暴徒と化すのを何者も止めることはできないだろう。

 

「あれっ? おい、あれって――」

 

 その時、デッキを横切る形で往人達の消えた方向へと足を進める男が、スタッフ足りの目に止まった。

 

「あの人、確かKURATA研マスターチーフの大志さんだよな。何の用だろ?」

 

「SORAの受領手続きに来たんじゃないか? 今回、本格メンテとAIRのデータ取り関連でSORAを一旦KURATAに戻すって話だからな」 

 

「じゃあ、これからはしばらくジェガンばっか弄ることになるわけか。今まで触ってたガンダムタイプを弄れなくなるってのも寂しいねぇ」

 

「ていうか、受領手続きにしちゃあ来るの早くねーか?」

 

「……今、ふと思ったんだけどさ。大志さんと国崎中尉って……仲いいよな」

 

 ボソリと意味深なことを宣う仲間に、スタッフ達が目を丸くする。

 

「ど、どういう意味だよ?」

 

「いや、国崎中尉があんな綺麗所達に何年も囲まれて手ぇ出さないのって……大志さんがいるから、とかそういう意味なのかなーって思ってさ」

 

「ハハ……まさか」

 

「ハ……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 明るい雰囲気から一転、真逆な空気が立ちこめ始めた。

 国崎往人に九品仏大志。

 確かに、あの二人は仲が良かったが、そっちの気があるのかというと微妙だ。

 もっとも、往人も大志も喋らなければ美形で通る容姿をしている。

 違う意味で絵になる二人ではあった。

 

「……仕事、するか」

 

「ああ……」

 

「賛成。とっとと終わらせて俺らも飯にしようぜ……」

 

 とってつけたように会話を切り上げ、メカニック一同はそれぞれの持ち場へと戻っていった。

 モヤモヤとしたものを胸に溜め込んだまま――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日

 フォン・ブラウン市宇宙港 軍用ドック 某クラップ級食堂

 

  

「単刀直入に言おう。お前が、欲しいっ!」

 

 

 どーん!

 

 

 食堂に揃った元マーメイド隊の一同へ再会の挨拶を簡単に行なった後、大志は往人を指さして意味不明な発言を行なった。

 同時に起こる爆発音。

 何処で鳴っているのかは、まったくの謎だ。

 

「ばっ……!?」

 

「えぇっ!?」

 

「……えっと?」

 

『ぴこ〜っ!?』 

 

 美凪と佳乃お手製のサンドイッチを頬ばっていた面々は、突如乱入した大志の発言に言葉を詰まらせた(喉を詰まらせた者もいた)。

 

「……」

 

 当事者の往人は、この昔からの友人が破天荒なのは十二分に既知だったので、とりあえず一呼吸置いてから、

 

「お断りだ」

 

 返事をした。

 即答しない分、幾らか落ち着いていたとも言える。

 

「ふふっ、そう答えを急ぐな。マイ同士、落ち着いて話そうではないか」

 

「ああ、とりあえずはお前がな」

 

 ふむ、と大志はカラーグラスを弄りながら往人の正面の席に着くと、いつも以上に真面目な顔で口を開いた。

 

「本来なら人払いをして話したいところなのだが……幸い、この場にいる者は全員が知己。差し支えはなかろう。……いや、選択次第ではむしろ聞いていてもらいたいぐらいだからな」

 

 微妙な言い回しなのは相変わらずだが、真意がわからず首を傾げる美凪。

 他の者も概ね同様だったが、彼女らが喋る前に大志は釘を刺した。

 

「……が、我輩がヤツに言いたいことを伝え終えるまでは、誰も口を挟んでくれるなよ」

 

「……」

 

 無言を肯定と取り、大志が話を進める。

 

「言い方が簡潔すぎたな。端折らずに話すことにしようか。マイブラザー往人、おまえを我輩の元に引き抜きたいのだが……どうだ?」

 

  先程のような曖昧なものではない、明確な答えを求める問いかけだった。

 その内容に、何人かが息を飲む。

 

「……どうだって言われてもな。引き抜きの理由は?」

 

 理由聞かなければ、その判断もできない。

 yes、no共に決断したわけではないが、条件次第ではどちらにも転ぶ可能性があるということを示唆した往人のその答えに頷く大志。

 

「順を追って説明しようか。昨年の話になるが、連邦の諮問機関だった戦略戦術研究所が海軍戦略研究所として再編された件を知っているか?」

 

「ああ、確かワーカーとか業務用機動兵器の設計をしている部署だよな。再編云々はよくは知らないが……」

 

 海軍戦略研究所とは、主にコロニー公社の依頼で業務用の機動兵器を開発している地球連邦軍直属の研究所の事である。

 その前身は宇宙開発時期に、サイド1を手掛けた宇宙島建設企業連合体まで遡ることができるが、連邦軍に買収されてからは、戦略兵器の研究所としても飛躍的な発展を見せていた。

 

「けど、あそこはMSの開発なんてやってないはずだろ? テストパイロットなんか不要なんじゃないか」

 

 地球連邦の機関ではあったが、コロニー公社との関係が深いこともあり、海軍戦略研究所はあくまで中立の体制を貫いてMSやMAの開発には着手していないはずだった。

 大志は引き抜きと言うが、往人ができることと言えばMSを普通の者よりも少し上手く動かせることぐらいである。

 やれることはテストパイロットしかない、しかし大志の言う研究所ではMSの開発は行なわれていない……往人には、自分が必要だとは思えない。

 

「ふっ、確かにMSの開発は行なわれていない。……今はまだ、な」

 

「……どういう意味だ?」

 

 往人のその問いに即答せず、言葉を置く大志。

 その表情には、いつもの自信たっぷりな笑みが浮かんでいる。

 

「昨年、その再編の応援要員としてKURATA研からも選抜メンバーが出向した。我輩もその一人だった」

 

「!?」

 

「そこで色々とわかったことだが、あそこは機動兵器その他の技術において未だ発展途上。だがしかし、下地は十分過ぎるほど整っている。風潮こそ無いが、それが生まれれば爆発的に成長するのは間違いないだろう……そう、我輩は確信した!」

 

 

 キュピーン!

 

 

 大志の瞳がカラーグラスの奥で怪しく光る。

 

「今はつまらぬ物しか作っていない部署だが、人型機動兵器技術のスピンオフはかなりのものだ。いつまでもこれを無視できるはずもあるまい……神風は近い将来、必ず吹く。その時こそ、我輩達の出番というわけだ」

 

 語られるのは、支配者の持つ明確な目的……いや、野望。

 大志の言うとおりならば、必要技能を持つ技術者は波に乗り好き放題研究を行なうことができる。

 大義名分を掲げての行動が可能となるのだ。

 

「お前達のようなパイロット達は知らぬかもしれんが、ある種の技術停滞は確実に起こり始めている。……がっ! それを払拭できる新技術さえ構築できれば、海戦研が現市場を支配している単一企業のMS技術独占を打ち破ることも、夢ではないっ!」

 

 

 ドーーーンッ!!!

 

 

 ビシッと眼前に指が突きつけられると共に、先程よりもさらに激しい爆発音が響いたが、大志の話に引き込まれていたため、往人は特に気にしなかった。

 

「なるほどな、そういう訳か。……細かいことはともかく、とりあえず納得した」

 

 市場を独占している単一企業とは、言わずと知れたアナハイム・エレクトロニクスだ。

 それを破るというのは、まあ大志の自信からくる妄想としても、興味をそそられる内容だった。

 今はまだ必要とされていないが、いずれ必要になる人材の確保。

 普通の者からすれば、卓上の空論、空想科学小説の類だと失笑を誘うものだとしても。

 往人は友人の言葉を、受け取った。

 

「我輩の野望にはマイブラザー、お前の協力が必要不可欠だ。……付き合ってくれるか?」

 

「改めて言われると照れるな――是非もない。その話、乗った」

 

 

 がしっ!

 

 

 ガッチリと握手する大志と往人。

 それは、二人が変わらぬ友情を改めて確かめ合った瞬間でもあった。

 だが、完全に二人の世界へと突入したのも束の間、会話終了と判断したのか、周りが一斉に声を張り上げた。

 

「ちょっ……ちょっとまてっ! 九品仏貴様、何のつもりだっ!? 幾らなんでも話が大きすぎるぞ! 往人も、こういうことは即答せずに持ち帰って十分検討してだな――」

 

 自分の事ではないのに、いきなり親身になって慌てまくる聖。

 その理由はまったくの謎だ。

 

「往人くん、やめちゃうって……この後の長期オフ、一緒に過ごそうって思ってたのに」

 

『ぴこ〜』

 

 佳乃は突然、降って湧いた往人の引き抜き話に、明後日からのオフの事を絡めて混乱しているようだった(ポテトは不明)。

 

「……国崎さん。もう、会えなくなってしまうんでしょうか?」

 

 心底哀しそうな美凪は、目に涙すら溜めている。

 彼女に至っては、現時点において軍に所属している理由の大半が往人の存在にあるらしく、この問題は切実だった。

 

「あのな――」

 

 美談は美談として終わらない。

 どう納得させようか、言葉を選んでいた往人の台詞を遮るように、大志が一声を上げた。

 

「ふっ、人気者だな。さすがは我輩が見込んだ男だ。……さて、マイシスターにマイシスター妹、そして遠野美凪っ! 安心するがいいっ! 我輩に任せろ、任せろ、任せろっ!」

 

 言いつつ、彼女らに差し出されたのは人数分の詳細な契約書。

 

「お前達がマイブラザー同様に我輩の野望の糧となることを望むならば、我輩がこの後の事も全部面倒みるとしよう。ちなみに、上層部にも研究所にも全て根回し済みだっ! 抜かりなど無いっ!」

 

 

 ドーーーーーンっ!!!!!

 

 

 もはやお馴染みの大音響。

 つまり、大志は往人を含めてこの面子全員を引き抜くといっているのだ。

 上層部への働きかけは、水瀬中将を通してでも行なったのだろう。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

『ぴこ』   

 

 この突然の連続に、誰一人として咄嗟の対応ができずフリーズする女性達(ポテトは相変わらず普通)。

 これについていけたのは、どうやら往人だけのようだった。

 

「相変わらず、やることに隙のないヤツだな」

 

 苦笑しそう漏らした往人に、大志はカラーグラスを右手で弄りながら、不敵に答えた。

 

「フッ……支配者として当然だ。立ち止まるな、マイ同士っ! 未来世界が我らの支配を待ち望んでいるぞっ!」

 

 自信たっぷりなその宣言を聞きながら、往人は亡き母から受け継いだものを生かし己の覇気へと変えた友人と共に進む事に、久しく忘れていた何かを思い起こしていた。

 

 忘れていた、だが彼らにとってとても大事な何かを――。 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海軍戦略研究所(Strategic Naval Research Institute 以後、頭文字を取ってSNRI…サナリィと呼称)は、宇宙における関係勢力(コロニー公社等)を重んじ、これまでの戦時下においてはあくまで中立を貫き、MS等軍事機動兵器の開発は行なっていなかった。

 しかし、UC0093年の第三次ネオジオン抗争以後、平和な時代が続いたこともあり、直接的な戦闘に巻き込まれる可能性が低いと判断され、MSの周辺技術とそのスピンオフを期待し、独自に入手したMS関連技術を試験する良い機会と考えられた上で、地球連邦軍のMS開発に参加することを決めたのである。

 UC0102年、サナリィは地球連邦政府に対しMSの小型化を提案した。これには、高騰を続けるMSの開発費や軍用費を抑え、コロニー再建に軍事予算を回すことが目的だったのだが、この提案はMS開発最大手アナハイムの利権に絡み、また反地球連邦運動の沈静化も手伝って、新型MSの開発は遅れていった(これにより、地球連邦がアナハイムに発注した小型MSの開発は、着手から管制まで実に五年の歳月を費やす事となった)。

 こうして完成したアナハイムの小型MSに不満を持ったサナリィは、地球連邦政府の承認を得た後、独自にMS開発の道を歩み始める。

 サナリィのMS開発には、サナリィ幹部ジョブ・ジョンが次期主力MS開発担当を務め、開発チームの人選を行なった。結成されたチームは、MSの原点に戻るという思想の元、次期主力MSの設計を開始、小型かつ高性能なMSの開発を「F計画」と称した。新基軸の技術の導入、ムーバブルフレームや装甲材の見直し、その他サナリィに結集された全ての技術力によってF計画は完成を果たす。

 F(フォーミュラ)という呼称は地球連邦軍内部による開発コードであり、アナハイムへの牽制の意味で卓上の計画のみとされていたが、機密保持のずさんさから情報がアナハイムに漏洩し、急遽、競合という形で、次期主力MSの選抜は行なわれた。

 そして、UC0111年10月。

 F計画の実機F90は選抜トライアル模擬戦において、アナハイムのMSA―120を圧倒し、ついに次世代MSの正式採用機となったのである(この歴史的快挙によって、アナハイム対サナリィのMS開発競争は激化の一途を辿っていくのだが、ここでは割愛させていただく)。 F計画についての逸話は色々とある。

 多目的機能性を持つF90の運用には、大処理能力コンピュータが必要となり、そこでホロキューブ処理系コンピュータと戦闘プログラムに疑似人格を持たせる新しいシステムを導入することで問題の解決が為されたのだが、その基本システムの開発提供を行なったのは、F計画に当初から参加していた支配者の異名を持つ一人の技術者だったと言われている。

 また、次世代MSのトライアル模擬戦においてF90を手足のように使い、MSA―120を徹底的に翻弄してみせたテストパイロットは、その技術者の昔からの連れ合いだったらしい。

 当時、副次的情報戦が多分に行なわれていたこともあり、この情報の信憑性は定かではない。

 

 全ては、歴史の当事者のみが知る出来事である――。

 

 

 

 

 

 

 

EPISODE FINAL T 『それは支配者』 FIN

 

 

 

 

 

 

 

 

 


後書き

 三剣です。

 お待たせしたか、既に忘却かは人それぞれになりますが、おそらく後者かと思いつつもSORAのエピソードF大志編をお届けします。

 この話は同人文庫小説版SORAアフター2の大志編に文庫2巻で補完されていた裏葉の話を加えたものです。

 美凪編公開の後も幾つか希望があったので、肝心の文庫版がちょっとだけあるけどもうイベント出店とか無茶できる状態じゃないし、HPもこのままだと埋もれる(既に埋もれているともいう)ので公開しました。

SORAなど既に忘却の彼方という方が大半を占めているか、読まれること無く終わる可能性も否定できませんが、待っていた方などいましたら楽しんで下されば幸いです。

なお、次の公開は希望があればまたということで(意味不明)

 

 

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