スーパーロボット大戦

Generation α

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コーディネイターだからといって、最初から全てが万能というわけではない。

相沢祐一の高い身体能力は、日々の鍛錬の賜物だった。

 名雪を起こす前に毎朝、予定が合えば川澄舞と。

稀に昔からの知人(母親の友人)――舞の師匠も加わり、濃厚な鍛錬を行なっている。

 有事の際だからといって、なるべくなら欠かすわけにはいかない。

 それにブラフとはいえPTパイロットを名乗っているわけで、ただでさえ最低限の基礎体力は必要不可欠なのだ。

 地上でのそれとは比べるべくも無いとはいえしないよりはマシ、そんなわけで祐一はパイロット仲間のキラを伴い、艦内トレーニングを敢行していた。

 祐一同様、高い順応能力を持つキラだったが、どうやら全てにおいて万能というわけではなかったようで、体力は普通の学生と変わらなかった。

 ムウに教えられたトレーニング推奨コース(人工重力発生エリア)でアークエンジェルを数十周後、訓練室で休憩を兼ねてのストレッチを行ないながらのコミュニケーション。

 雑談でゆったりと気持ちを落ち着け、トレーニングで疲れた体を解す。

 最初は戦闘での堅い話。

もっとも、そんなものは初めだけでティーンズの少年達の話題が他愛もないものへと変化していくのは、当たり前の事かもしれない。

祐一は普段通りの調子だったが、キラはここ数日の戦闘行動で年上の自称テストパイロットに仲間意識が芽生えたのか、当初よりもかなり砕けた雰囲気になっていた。

鍛錬の極意。

ヘリオポリスでのキャンパス生活。

それぞれの友人関係。

どんどう会話は弾み、祐一が同居人の名雪を話題にしたところでキラがこんな事を言い出したのはある意味、当然だったのだが――。 

 

 

 

 

「――ユウさんて、名雪さんと付き合っているんですよね?」

 

「は?」

 

 キラの唐突な質問に、祐一は一瞬固まった。 

 少しばかり想定外、思わずマジマジと純粋な瞳を向けてくるコーディネイターの少年を見つめる。

 まったくもって意味不明である。

 何処をどう見ればそうなるのか謎だった。

 話の流れから何の脈絡も無かったかといえば、そんなことはないのだがさて。

 

「なるほど、それは鋭い質問だな。が、同時に非常に答えにくい質問でもある。付き合っているといえば付き合っているし、付き合っていないといえば付き合っていないぞ」

 

「……あの、意味がよくわからないんですけど」

 

「おれもだ」

 

「……」

 

 少年の答えというよりも、言い回しに戸惑うキラ。

 それに対して祐一はしたり顔である。

 

「名雪とは親戚付き合いがずいぶん長い。それこそ生まれてからの付き合いだぞ。去年から家族付き合いもしているしな。……まあ、青少年が期待するような甘い関係は無いから、そういう意味では付き合っていないともいえるわけさ」

 

「付き合ってないんだ……って、付き合ってないなら、そうと初めから言って下さいよ。びっくりしたじゃないですかっ」

 

 何故か安心したようにほっとするキラに、追い討ちを掛けてみる。

 

「なんだ? お前、名雪のこと好きなのか?」

 

「ええっ!? なんでそうなるんですか!」

 

「違うのか?」

 

「違いますよっ! 名雪さんとぼくじゃぜんぜん釣り合わないし! ……それに、ぼくには他に好きな人が――!?」

 

 途中まで言いかけてハッと我に返ったキラの目には、ニヤニヤと邪な笑みを浮かべた祐一の顔が映っていた。

 祐一としては、自爆美少年に遠慮するのは格好のネタを提供してくれた本人に対して失礼に当るので、追撃の手は緩めない。

 かなり性質が悪かった。

 

「ほうほう、なるほど。好きな人〜いいね、青春! で『僕には好きな人が――』? 気にせず続けていいぞ。安心しろ、聞いているのはおれだけだ」

 

「安心しませんし気にしますよっ! ……ユウさんの性格、何となくわかってきました」

 

「会ってからまだ数日のおれを把握するとは、流石はキラ、なかなかの優等生ぶりだな。で、続きは?」

 

「い、言いません! 片想いだし…………第一、今は全然関係無いでしょうっ!」

 

(おお、バッチリ情報提供してくれるな。それ以前に、そこまでは聞いてないんだが……)

 

 勝手に自爆しまくるキラの姿は値が真面目なだけに滑稽ではあったが、実に可愛そうすぎだった。

 せっかくだからと、無駄に回転の速い頭で情報整理開始。

 

(片想いってことは告白していないか、もしくはフラれたけど諦め切れてないってところだよな)

 

 付き合いはまだ数日と短いが、キラの人当たりの良さは折りつきだ。

 周りの女性からはほぼ間違いなく“良い人”以上のランクに位置付けられているだろう。

 更にまだ幼さを残すものの、美形と称される甘いマスクは同性からも羨まれるほどである。

 これだけデキた男なのだから、仲間意識の贔屓目になるが玉砕する可能性は低いはず。

 フラれてはいない、そうなると告白していないという事になるのだが――。

 

「なるほど。告白していない、もしくはできない状況ってことか」

 

「っ!?」

 

「その理由は……例えば意中の娘にもう恋人がいる、とか」

 

「なっ!?」

 

「で、意中の娘の相手が自分の親友、なんてベタだよな〜」

 

「どっ、どうしてわかるんですかっ!?」

 

「秘密だ」

 

 自爆美少年、完全燃焼完了。

 最後まで勝手に自爆、実に哀れだった。

 同時に情報収集もおおよそ完了、自己完結だが祐一の中で全ての符号が揃う。

 

(なるほど、キラの意中の相手は――ハウか)

 

 祐一の頭に真っ先に思い浮かんだのは、ヘリオポリス組の中で人目をはばからずアツアツカップルぶりを見せ付けてくれる、ミリアリアとトールだ。

 ミリアリアは容姿もまあまあ良し、気立て良しで万人に好かれそうな性格、そして彼女の恋人に納まっているのは、キラとは特に仲の良いトール。

 キラの性格では、友人に遠慮して告白できないというところだろう。

 なるほど、わかる話である。

 十分に納得できた。

 だから、本来ならそこで話は終わりのはずだった。

 

『ま、それじゃ仕方ないよな』

 

 などと笑って言ってやれば良かったのだが。

 

「――それで、お前はいいわけだ」

 

「……え?」

 

「何もしなければ波風立たないし、確かにこれまで通り良い関係でいられるよな。それも悪くない選択だろう。けど、おれなら間違いなく動くな」

 

 どうしても自分に当てはめてしまう。

 人によってものの価値観が違うのは当然のことだ。

 キラと祐一とでは、当たり前ながら違いすぎる。

 同じに見る事自体がおかしい。

 だから、これはただの独り言だ。

 

「動くって……?」

 

「もしも本気で惚れた娘なら、相手に彼氏がいようがいまいが関係無い。自分と好きな相手。それ以外の第三者なんか知ったことか。おれなら、個人ができるどんな手を使ってでも好きな娘を自分に振り向かせる。……まあ、既存の人間関係は壊れるだろうからそれなりの覚悟は必要だけどな」

 

 一般的な良識というものは、おそらく違う。

 今のキラのように、退くのがほとんどだろう。

 だが他人がどうであれ、祐一は自分の想いに背を向けたりはしない。

 当たり前だと思っていた平穏な日常も、現実には突如崩壊するものだ。

 

 “例えば自分の意志とはまったく関係のないところで”

 

 変わらないものなどありはしないのだとしたら、自分から都合の良いように変えていくしかないではないか。

 

「想うだけで相手に好意が伝わるなんて幻想だぞ。想いは、言葉や行動に表さなければ何も伝わらない。友達に遠慮して好きって感情を秘める? 冗談、些細なことでも相手に脈があると感じたら、それに付け込むのは男として当然だろ」

 

「……」

 

「あー、何もしないで後悔するよりも、全てを出し切ってそれでダメなら諦めがつくってものさ。単純だけどな。……っと、悪い。少しヒートアップしすぎた。今のはあくまでおれの場合であって、キラはキラのやり方で納得すればいいんだからな?」

 

 やたらと突っ走った後、押し黙ったキラに慌てて補足を入れる祐一。

 つい今までと百八十度異なる取ってつけたような物言いは、不甲斐ない限りだ。

 

「まあ一般論的には無理に波風立てる必要も無いだろ。やっぱ人類皆兄弟、ラブアンドピースでGOだよな〜」

 

「――ユウさん」

 

「ん?」

 

「アドバイス……ありがとうございます。ユウさんの言いたいこと、何となくわかった気がします」

 

 考え込むように俯いた後、顔を上げた少年の顔は、どういうわけか何か掴んだように晴れ晴れとしていた。

 

「あ、ああそりゃよかったな。適当に頑張れよ」

 

「はいっ!」

 

 祐一とキラ、コーディネイター二人の雑談はそこまでだった。

 雑談が、訳のわからない方向へ無事?に収束したのも束の間、新たなる乱入者がトレーニングルームの扉を開いた。

 

「あの二機のパイロットとは、お前達の事だな?」

 

 二人に向けてそんな声を放ったのは、見覚えの無い紅い服に身を包んだ少女だった。

 亜麻色の髪を後頭部で団子状に上手くまとめているが、全部解くと髪の長さは腰近くに達するに違いない。

 左右に一房ずつの長い髪は、おそらくまとめきれなかったのだろう。

 

(引っ張りたくなるな、あの横の髪)

 

 年の頃は祐一や名雪と同じぐらいだろうか。

 それにしては表情は年甲斐以上に鋭く凛としていて、整った容姿は可愛いというよりも綺麗という形容が合う。

 背は名雪よりも若干高いか。

 

「……キラ、知り合いか?」

 

「いえ、知らない人ですけど……ユウさんの知っている人じゃないんですか?」

 

「いや。この艦の身内は名雪しかいないぞ」

 

 紅い服――おそらく軍服であろうそれも相乗しつつ、少女の存在感は圧倒的と言っても良いものだ。

 一度目にしたら忘れるはずがない。

 二人の会話が耳に入ったのか、少女は祐一の前で歩みを止め様子を伺うように視線を向けた。

 

「そこのお前がヒュッケバインのパイロットか。私はEFA戦術の鍵マーメイド隊所属、名を折原ミサオという。所属、官名及び階級を述べろ」

 

「……は? お前、何言ってるんだ?」

 

 一瞬、何を言われたのかわからず間の抜けた声を上げる。

 完全に祐一は失念していた。

 ここが数日前までの日常とは、かけ離れた空間なのだということを。

 今は非日常、平和時の常識など場合によっては通用しない。

 突然だった。

 言葉に詰まった祐一の頬を、予想だにしない強烈な衝撃が突き抜けた――。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第九話「邂逅」

An encounter with the scarlet.―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧日本の国柄を今なお色濃く持つ東方統合国には『厄年』なるものがある。

 古くは平安時代からの風習でありこの近代社会の中に迷信だと言う者もいるが、地方では今なお信じられている土着の信仰。

前厄、本厄、後厄など人は一定の年齢でこの厄が訪れるわけだが、祐一は神道へ信心深いわけでもないし、どちらかといえば迷信だと思っているクチだった。

しかし、ここ数日の非常識かつあんまりな出来事から厄年なるものを信じてもいいかもしれない、などと馬鹿な事を考えていたりする。

かく言う昨年は昨年で、少年の今までの人生における最大級の出来事が起こったばかりであり、そんなことも祐一が厄のせいにしたくなる原因の一つだったと言えるだろう。

実に馬鹿馬鹿しい。

本来、男性の早厄年は満二十三〜二十五才時であり十七才の少年にとっては、まったくもって関係のない風習なのだ。

兎も角。

 母親の教育の賜か、相沢祐一はネガティブな思考を極力持たない性質である。

それでも、自分の境遇を厄なるもののせいにもしたくなるのは、それ相応の理由というものがあるわけで。

 

 

 唐突だが、相沢祐一の身体は派手に宙を舞っていた。

 勢いよく飛んだのは、祐一がわざと飛んだからだ。

 折原ミサオと名乗った少女が何の前触れも無く、いきなり顔面に拳を繰り出したとわかった時は、既に避けるタイミングを逸していた。

 咄嗟に首を捻るだけでは、勢いを殺せない程の一撃。

 殺す気か、というほど本気も本気だった。

 無防備だったとはいえ、頭一つ分低い少女が並の鍛え方をしていない祐一の体を、十分倒す事のできる衝撃を生み出した事は驚嘆に値する事である。

 少なくとも、祐一の周りの女子でこれだけの威力を持つ一発を打てるのは舞ぐらいだろう。

佐祐理は言わずともかな、秋子に鍛えられている(はずの)名雪も、祐一を一撃でグラつかせる事はできないのだ。

それ以前に、名雪相手では掠らせもしないのだが。

 

(何でおれがこんな目に――てかこいつ、ただ者じゃないぞ……!)

 

 認識を改める。

 見た目で騙される事なかれ、このミサオとかいう女は只者ではない。

 

「ほう、今のを流したか? とりあえず一般人ではないようだな」

 

「……いきなり、随分な挨拶だな」

 

「口の利き方に気を付けてもらおう。直属ではないとはいえ、私は貴様の上官だぞ」

 

 綺麗に着地し睨み付ける祐一を不敵に笑うミサオ。

 今の一撃はすぐに答えを返さなかった事に対する修正でもあったが、同時に何かの確認の意味もあったらしい。 

 

「ユウさん!? ちょっ、いきなり何をするんですかっ!? あなたはっ!!」

 

「我が軍の内部事情に口出しするな、民間人。いや、今はキラ・ヤマト暫定野戦少尉か?」

 

 一連の流れにようやく追いついたキラがミサオに食って掛かったが、逆に聞き覚えのない情報を提示され、その勢いを無くす。

 

「野戦、少尉? 暫定……?」

 

「MSは軍事情報の塊だ。ましてや、ガンダムタイプは機密に属する類の兵器。結果がどうであれ、民間人がおいそれと扱えるものではない。故に有事の際は名目上、協力対象者を特例で軍属に引き上げるのだ。どのタイミングかは知らんが一時的にな。……理解したなら黙っていろ。EFAの問題に部外者が口を挟むな」

 

「……」

 

 押し黙るキラを尻目に、少女は祐一に向き直った。

 完全にロックオンされている。

 逃げ場はない。

 

「さて、貴様――」

 

「まてまて、先に一つ言わせてもらうぞ。お袋にも打たれたことなかったのにっ!」

 

「……」

 

 その物言いに、紅服の少女は閉口した。

 先程の祐一同様、何を言われたのかわからなかったようだ。

 昔の実話を元にしたというSFで似たようなフレーズがあったので咄嗟に言ってみたのだが、とりあえずはペースを乱せたらしい。

 

「いや、冗談だ。お袋には散々殴られたし、女に殴られたのはお前で五人目だぞ。なかなかやるな。しかし、初対面の相手をいきなり殴るか? 普通」

 

 祐一が殴られたことがある女性は、母親と秋子を筆頭に合計で四人だった。

 ちなみに、男に殴られたのは舞の師たった一人だけだったりする。

 男女比率的には、なかなか罪作りといえるかもしれない。

 

「貴様、私をなめているのか?」

 

「そんなつもりはまったく無いんだけどな。ま、ちょっとした時間潰しさ。士官を相手に話すならもう一人を交えながらの方が良いと思っただけだ」

 

「もう一人だと?」

 

 訝しげな少女を前に、祐一は間を計る。

 相手はどうやら本物の士官、ペースを握られればボロが出る可能性が高い。

 迂闊なことを言って、後々面倒になるのはなるべくなら御免被りたかった。

 好き好んで綱渡りをするつもりはない。

 祐一は一人だけではなく、幸いこの艦には心強い味方がいるのだ。

 

「祐一、探したよ〜」

 

 張り詰めていた空気などまったく気にする風もなく、室内にのんびりとした声が響いた。

 格納庫での作業を終えイトコの少年を捜していた名雪が、ようやく目標地に到着したのである。

 おおよそ、予定通りだ。

 祐一の小馬鹿にするような言動は、名雪を待つための時間稼ぎ。

 ただの騙りである祐一とは違い名雪はKURATA研への所属経験があり、母の秋子の計らいから実務員としての登録は未だ抹消されていないらしい。

 軍関係のヤバい相手には名雪を矢面に立たせる。

 任せるのは正直心配だったが、祐一が成り行き任せに突き進むよりは遥かにマシだろう。

 突然の闖入者に訝しんだミサオの余裕めいた表情が、この三つ編みの少女を目にした途端、脆くも崩れ去った。

 

「なっ……お前は、水瀬秋子!?」 

 

「え、違うよ。わたしは水瀬名雪…………です、特佐殿」

 

 秋子と間違われる事など珍しくもないと、名雪は途中まで素のまま喋り出したものの、見慣れない紅少女の肩口に光る階級章に気づき言葉を改める。

 

(わ、わ、わ。祐一、この娘EFAの特佐だよ〜! わたしと同じくらいなのにすごいよ〜)

 

 意識はミサオに向けつつ、名雪は器用にイトコの少年に向かってアイコンタクトを始めた。

 家族ならではの意思疎通は、毎日同じ家で寝起きを共にする日常生活の賜だ。

 他人にやりとりを悟らせないのは、ある意味普通ではないのだが……。

 

(特佐?)

 

(特務佐官。作戦実務レベルだと大佐よりも偉いんだよ。とりあえず、わたしが上手くやるから祐一も合わせてよ)

 

(おう、期待しているぞ)

 

 二人のやりとりに気づく様子もなく、すぐに落ち着きを取り戻すミサオ。 

 

「私は折原ミサオだ。……ふん、よく見れば違うか。あの女ほど不貞不貞しくは無いようだ。しかし水瀬、名雪だと? 何者だ?」

 

 雰囲気はそれっぽいが、見た目の歳は祐一達とほとんど変わらない。

 特佐などと言われてもピンとこない祐一とは違い、名雪はガルシアとやり合った時同様、人が変わったような真面目モードで対応する。

 

「地球連合軍EFA・KURATA研AM専属調律師。階級は准尉です、特佐」 

 

 もはや慣れたもので、スラスラと言ってのけるイトコは普段のボケボケなど微塵も感じさせない。

 三つ編みの髪型も手伝って、母親の秋子とまさに瓜二つだ(実際見比べてみるとやはり名雪の方が若々しいが)。

 事実、秋子を意識して真似ているのだろう。

 名雪にとって母である秋子は理想とする存在でもあるのだから。

 態度に関しては、ほとんど隙など無い。

 それは近しい祐一もお墨付きをくれたい程だった。

 だが、肝心のミサオがどういうわけか表情が優れない。

 

「む……」

 

 小さな唇をへの字に歪める様は、明らかにおかしい様子だ。

 横で見ている祐一にはそれがよくわかった。

 名雪はわかっているのかいないのか、秋子スタイルでそのまま続けていく。

 

「中将の水瀬秋子は私の母にあたります。ふふっ、似ているとよく言われるんですよね」

 

 とどめとばかりに頬に手を当てて微笑む様は、まったくもってよく似ている。

 しかし、どうやら当事者はそれがお気に召さなかったらしい。

 これ以上喋らせるかとでも言わんばかりに、いきなり爆発した。

 

「ええい、その顔と髪型でその口調はやめろっ! そんなものはあの女だけで十分だ!」

 

「え?」

 

「特別に素で話して良いと言っている! くっ、まさか親子揃って付きまとわれるとは……調子が狂う」

 

 意味も判らず面食らう名雪を前に自己完結、ナタルのような規律厳格型かと思われた少女はこんな事を言い出した。

 

(なんだ? こいつ、秋子さんと何かあったのか?)

 

 名雪もホワホワしている性格だが、秋子は秋子で人当たりは抜群に良いはずである。

 もっとも、叔母の厳しい一面を知っているのでそういう点ではミサオが秋子を苦手とするのもわからなくはない。

 降って湧いた隙に、戸惑いつつも特攻する名雪。

 

「えっと、じゃあ……はいこれ」

 

 おずおずと用意していたレポートの束を少女に手渡す。

 

「わたし達二人と一機の経緯をまとめた報告書だよ。EFAの偉い人に会ったら渡そうって作っておいたんだよ」

 

「へぇ、えらく準備がいいな」

 

 結構な量の書類だ。

 空き時間を利用して書いたのだろうが、こういうソツの無いところは流石といえる。

 適材適所という都合の良い言葉もあるので、報告書の作成に祐一は一切タッチしていない。

 

「もう、祐一がやらないからだよ……」

 

 しかたないなぁ、とでもいうようなイトコの視線を祐一は惚けてやり過ごした。 

 全て上手くいったと安心する二人。

 ……が、世の中そうそう甘いものではない。

 

「――気に入らないな」

 

 受け取った書類を一瞥した後、そんな二人のやりとりを傍観していたミサオがポツリと呟くように言った。

 

「?」

 

「水瀬名雪、お前の事はいい。そっちの貴様、女に喋らせておいて結局名乗る事もできないのか?」

 

 言われてみて、祐一は自分がまだ名乗っていないことに初めて気づいた。 

 完全に失策だ。

 普段ならこんなことはまず有り得ない。

 ただ、余りにも態度がデカい相手だったので久々にかなりムカついていたようだ。

 “人に名を尋ねる前に、まず自分から名乗ったらどうだ”などというよくある台詞も、まあマナー上はわかる話。

 渋る理由も無く、これ以上付け入る隙を与えても意味もないので、簡単に名乗りだけ済ませようと切り出した。 

 

「相沢祐一だ。階級は少尉。KURATA研AM専属でテストパイロットをやっている」

 

「貴様、本当に軍人か? 先程も言ったが直属ではないとはいえ、私は上官だぞ。貴様にまで素で喋るのを許可した覚えは無いが」

 

(貴様、貴様っていちいち五月蝿いぞ……この女)

 

 やけに絡んでくる。

 名雪とは最低限の打ち合わせをしているので、騙りとはいえ祐一の喋り方に不自然さはなかった。

 一体、何が気に入らないのか――受け止め方から推測するに、おそらく全てが気に入らないのだろうが。

 

「か、環境の問題だよ。祐一は誰相手でもほとんど言葉使いこうだし、問題行動で上官泣かせのパイロットだから多めにみて欲しいよ」

 

「お前には聞いていない、水瀬名雪」

 

「う〜……」

 

 苦しげなフォローで何とか乗り切ろうと名雪が出した助け船は、見事に撃沈されトレーニングルームの藻屑と消える。

 端から聞いていても、フォローどころか駄目押しに聞こえなくもない。 

 

「部下の行動を律するのも上官の責務だ。誰かは知らんが、直属の上司がよほど無能だとみえる」

 

 言いたい放題のミサオに、祐一のボルテージが否応なしに上昇していく。

 女相手に何をムキにとも思うが、流石にこれ以上好き勝手に言われるのも癪である。

 少女の言葉に取っ掛かりも見つけたところで、祐一は即座に反撃に移る事にした。

 

「――秋子さんが無能か。なかなか言ってくれるよな」

 

「何……?」

 

「おれの直属の上官は水瀬秋子中将だ。おれと名雪はあの人の専属なんだよ」

 

 当然、中身はまったくのデタラメだが、名雪との打ち合わせでは祐一達二人は秋子からの特務を受けて試験機のテストを行なっていたことになっている。

 所持品の中に証拠は無いが、水瀬中将ならば二人の身の証を立てることができる――軍事技術を身内に身に付けさせた叔母のことだ。

祐一達の状況を加味すれば、報告を受けた秋子が機転を利かせてくれる可能性は非常に高い。

 秋子がただ優しいだけの女性ではなく、同時に恐ろしくキレる面をもっている事を祐一は身を持って知っているのだ。

 攻めの口実に秋子を使う理由はそれだけではない。 

 

「あの女の直属だと? 聞いていないぞ!」

 

「ああ、聞かれなかったからな」

 

「っ!」

 

 これまでの会話から、この折原ミサオという少女は秋子の事を酷く嫌っているようだった。

 少なくとも苦手意識を持っているのは間違いないだろう。

 ひょっとしたら、直接面識があるのかもしれない。

 いずれにしろ特佐といっても、更に上の階級にいる秋子には頭が上がらないはず。

 ましてや、秋子は戦術の鍵の司令長官という立場にある。

 実に使えるネタだった。

 ここから先は成り行き任せ。

ナタル相手の時には出来なかった不毛な焦土作戦を展開し、憂さ晴らしをしつつ活路を開く策に出る。

 

「そっちも中将相手に“あの女”呼ばわりとは随分な言い草じゃないか? 他人を諭すなら、まず自分から改めろ」

 

「論点をすり替えるな! 上に対する謙譲を知らんのか、貴様!」

 

「は? 誰が上だ。そもそも、おれ達と大して歳が変わらないぐらいの奴が特佐だなんて、信じられるか。そんなあやふやな事でいちいち謙れ無いぞ。アホらしい」

 

「まったく話にならんな。私は、真紅(スカーレット・ワン)だ。こう言えば理解できるか?」

 

「ええっ!? 真紅って女の人だったの? 知らなかったよ〜」

 

 真紅という名称に覚えがあったのか名雪が素直に驚きの声を上げたが、その意味すら知らない祐一は「だからなんだ」としか反応できない。

 もっとも知る、知らないなど問題ではなかった。

 相手が喜ぶような反応をする気など無いのだから。

 

「真紅でも何でもいいけどな、そんなものおれは知らない」

 

「なっ……!? いい加減にしろ貴様! ならば、貴様はただの“民間人”だ。私を上官と認めないなら、私も貴様を軍人とは認めん!」

 

「ははっ、面白い。上等だよ、お前」

 

 本人は気づいていなかったが、祐一の口元には最近では滅多に見せなくなった笑みが自然と浮かんでいた。

 非常に頭にきたものの、面白い展開だった。

 楽しめる。

 この少女は祐一の周りにいるどの娘よりも態度が大きく高飛車だ。

 第一印象は多分、両者共に最悪といってもいいだろう。

 互いに一歩も譲らない。

 ミサオはミサオで隙あらば再び修正する気でいたが、祐一がまったく隙を見せないため結局睨み合うだけに終わる。

 異常な空気だ。

 まるで、前世にて殺し合いをした宿敵同士だとでもいうかのように、険悪極まりなかった。 

 

「……ね、ね、祐一。ちょっと相手が悪いよ。真紅って言ってるんだよ? ここは穏便に、わたしに任せて――」

 

「「五月蠅い、引っ込んでいろっ!!」」

 

「ひ、酷いよ〜! 二人とも極悪人だよ……」

 

 燃えさかる炎を消そうと二人のフォローにまわろうとした名雪が、両者同時に睨み怒鳴り散らされ一発で萎む。

 さすがの天然少女もこれには少し涙目だ。

 

「う〜…………ヤマト君、何とかしてくれないかな?」 

 

「ぼくは部外者って言われちゃったし……名雪さんが駄目だと、ここは様子見るしかないんじゃ」

 

 仕方なくすがるものでもあるかな〜と名雪は室内を見回し、部屋の端で一部始終を見守っていたキラに期待の眼差しを向けるも、村八分にされた平和主義者な少年は力無く首を横に振った。

 

 

 

 名雪とキラの心配を余所に、まったく引こうともしない二人の話し合いは平行線を辿り、結局は一刻の後、物別れに終わった。

 当初、カノンと祐一達二人の身柄を自分の艦で預かる予定でいたミサオの思惑は、祐一による強硬なアークエンジェルへの残留希望によって打ち砕かれたが、マリューらアークエンジェル側が要請した“地球軌道への随伴”はこの宙域が完全なザフトの勢力圏内ということもあり、友軍として確約するに至る。

 メビウス・ゼロを欠き、ストライクガンダムしかまともな機動戦力を持たないアークエンジェルにとって、マーメイドへ移ると思いこんでいた祐一達・ヒュッケバインカノンの残留はまたとない朗報ではあったが、もう一つの懸念材料、ヘリオポリス避難民と数回の遭遇戦によって消耗した物資の補給は、度重なる戦闘での消耗を理由にマーメイド側が拒否。

 ムウの提案によって、先に横たわるデブリ帯で補給活動を行なうことになった。

 

 デブリ帯とは宇宙開発の結果、不要になった衛星や燃料タンク、宇宙収縮の際に崩壊したコロニー、宇宙戦闘での機動兵器や戦艦の残骸等が地球軌道を取り巻き覆っている宙域である。

 それは土星の輪さながらの規模だが、不安定な引力のためか完全に連続しているものではない。

 数多のスペースデブリが集うこの宙域は、まさにデブリの墓場といえるかもしれない。

 この膨大なデブリの中から使えるものを探し出し、補給物資を得る。

 一見、無謀とも思える提案ではあったが、かといってこのままの状態で更に一週間以上の航海を続けるのは危険すぎる。

 

 マーメイドの救いの手も物資までは届かない以上、こればかりは自分達で調達するしかない。

 デブリ帯の先を合流ポイントに定めたアークエンジェルは一旦マーメイドと別れ、浮遊するスペースデブリの海へと足を踏み入れることになった。

 アークエンジェル・クールの思惑は様々だ。

 

 マーメイドとの交渉がスムーズに進み、安堵する者。

 デブリ帯での補給の可能性に、期待を膨らませる者。

 友人達と共に束の間の平穏を謳歌する者。

 機体の整備をする者。

イトコの少年のために戦闘データの洗い出しを行なう者。

 

 そんな面々の中には漂う宇宙塵の群を前に、普段とは異なるいつになく険しい貌をした祐一の姿があった。

 

 数々の想いを乗せたまま、宇宙の墓場へと踏み入る大天使。

その先に待つものとは……。

 

 時に、C.E.71年2月3日の出来事であった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラグランジュ5。

宇宙に浮かぶ銀の砂時計は、天秤棒(ヨーク)型と呼ばれるC.E.のプラント型コロニーである。

 対となる双子円錐と太陽光を受けエネルギーを作り出す三枚のミラーから構成され、回転で人工重力を作り出す円錐の底部に居住区画がある。外壁は自己修復ガラスで埋められ、外側から見るとそれが反射して銀色の鈍い輝きを放っている。

旧時代のシリンダー型スペースコロニーに対し、コーディネイター達の間ではヨーク型コロニーを“スペースコロニー”と呼ばず、名新世代の施設として捉え、自国の名“プラント”で敬称する者が多い。

重力安定宙域に百基余りもの巨大な建造物が並ぶ、プラント同盟の本国。

 その中の一つ“アプリリウス・ワン”にプラント最高評議会の首座が置かれていた。

 プラントは全部で十二の市により構成されている。

 農業、軍事産業等それぞれの市は各自特化された研究分野を持ち、一つの市につき一名の議員(運営委員)を選出し、全十二人が最高評議会としてコーディネイター全体、つまりプラントの意志決定を行なっているのである。 

 

 

 アスランはラウと共に、厳粛な会議の場へと足を踏み入れていた。

 クルーゼ隊でプラントへ戻ってきたのはヴェサリウスに乗艦していたアスランとラウだけで、イザーク、ディアッカ、ニコルの三人はローラシア級MS搭載艦ガモフに残り、引き続き足付き追撃の任務についている。

 巨大な円卓を十二の席が囲む会議の場は、紛れもないプラント全体の最高意志決定機関。

 議長を務めるのはシーゲル・クライン。

 プラント国家元首であり、アスランの婚約者“ラクス・クライン”の父親でもある人物だ。 

 その隣にはザフトのトップを務めるアスランの父、パトリック・ザラの姿があった。

 パトリックとアスランら二人は会議に先立ち、今回の報告の打ち合わせを済ませてある。

 会談の内容は、中立コロニーの崩壊に端を発した一連の出来事とその詳細。

 EFAがNジャマー影響下において旧時代MSの実働を既に可能とし、急先鋒としてマーメイド隊を送り込んできているという事実やアルテミス陥落も報告に含まれるが、会議でおそらく中心に据えられるのはクルーゼ隊が中立国オーブへの敵対行動と容易に受け取れる明らかな戦闘行為を行なった事だろう。

 これはオーブとザフト間で結ばれている戦時協定を根底から揺るがす事件であり、ザフトとしてはヘリオポリス崩壊に関わったクルーゼ隊の戦闘行動に十分な正当性を持たせなければならない。

 アスランとラウを控えの場に同席させたまま、議会は厳かに進んでいく。

 プラントの食糧問題から医療問題、コーディネイターを対象とするテロと議題の内容は様々だ。

 最近起こったテロ事件・沈黙の爆弾魔(サイレント・ボマー)の事項のように、議題によっては議論が白熱し、停滞をみせることもあった。

 サイレント・ボマーとは、ここ十余年間に起こった数々のテロ事件の首謀者と目される人物である。

 手口は巧妙かつ大胆、個人を狙うこともあれば無差別にテロを起こすこともあるが、標的には必ずコーディネイターが含まれ、各界の著名人達の犠牲者は既に百を数えている。

 行動範囲は全世界に渡り、背後にはブルーコスモスの影が見え隠れてしていると噂されていたが、その実体はプラント諜報部を持ってしても未だ掴めないのが現状だった。

 休憩を挟む事無く会議は進められる。

 そして、軍事関連の議題の最後でラウが発言席に立ち、クルーゼ隊の一連の行動によってもたらされた結果と経過、情報を報告した。

 ラウは実力のある部隊長として委員に対し報告の機会を持ったことがあり、議会の場に立つ事も初めてではない。 

 

「……以上の経緯からご理解頂けると存じますが、我々の行動は決してヘリオポリス自体を攻撃したものではなく、あの崩壊の最大原因はむしろ地球連合軍にあったものとご報告します」

 

 中立国オーブのコロニー・ヘリオポリスにおいて地球軍が新型MSの開発を行なっていた事実に、議員達は大きく揺さぶられた。

 新兵器開発という行動の制約を伴う行為を、オーブが把握していなかったはずがない。

 中立を謳っていたところでその実、一部にしろ裏では軍事行動への協力を行なっていたということになる。 

 

「やはりオーブは地球軍に与していたのだ! 条約を無視したのはあちらの方ですぞっ!」

 

「しかしアスハ代表は……」

 

「地球に住む者の言葉など、当てになるものかっ!」

 

 憤る議場の空気を制するように、パトリックが口を開いた。

 

「――しかし、クルーゼ隊長。その地球軍のMS、果たしてそこまでの犠牲を払ってでも、手に入れる価値のあるものなのかね?」

 

「その驚異的な性能については実際にその一機に乗り、また取り逃がした最後の機体と交戦経験のあるアスラン・ザラよりご報告させたいと思いますが」

 

 予め予定されていた質問に対する、決められた答え。

 ラウに促され、入れ替わるようにアスランは発言席に立った。

 それに合わせて、円卓裏のモニターに奪取したGタイプの情報が映し出される。

 

「はっ、まずイージスという呼称のついたこの機体ですが――」

 

 イージス、デュエル、バスター、ブリッツ……そしてキラの乗るストライク。

 ストライクにコーディネイターの少年が乗っていた等、ザフトにとって都合の悪い部分を切り捨てたものだが、新型MSの高い性能とその脅威性を説く上で十分すぎるものだ。

 事実に即してはいたが、議会全体の不安を煽る内容はパトリックを筆頭とする戦争強行派にとって都合の良い台本だといえるだろう。

 

「――以上、データが示す通り、ハードウェアとしての性能は、我らザフトの次期主力として現在配備が進んでいるシグーを上回るものと言えましょう。クルーゼ隊長のご判断は正しかったものと、私は信じます」

 

 全ての報告を終え一息つき、アスランは控え席へ下がった。

 報告の効果は覿面に表れた。

 強行派、穏健派を問わず委員達は危機感を覚えみな重苦しい表情になる。

 

「こんなものを創り上げるとは……」

 

「ナチュラル共め!」

 

「でも、まだ試作機の段階でしょう。たった五機のMSなど……」

 

「だが、ここまで来れば量産化は目前だ! その時になって慌てればいいとおっしゃるかっ!? EFAだけでも頭が痛いというのに、大西洋連邦までとは」

 

「これは、はっきりとしたナチュラル共の意思の表れですよ! 奴らはまだまだ戦火を拡大するつもりなんです!」

 

「だからといって、戦い続けてどうなるというのです? 長期戦になれば我らの方が――」

 

「今はそんなことを言っている場合では……」

 

 彼らの貌に顕れているのは恐怖だ。

 能力的に劣るナチュラルが手に持つ道具によって、その優劣の壁を打ち破る事に対しての。

 小悪魔の囁き、Nジャマー、新世紀MS、そしてコーディネイターの能力によって保たれていた優位性を揺るがす事件を前に、優れた種であるはずの彼らが醜く論拠皆無の感情論を振りかざしている。

 火付け役はラウとパトリック。

 アスランも二人の筋書きに乗り、結果この状態を作り出すのに一役買ったのだ。

 

「静粛にっ! 委員方、静粛に!!」

 

 乱れた議場に静寂をもたらしたのは、その火付け役筆頭であるパトリックの声だった。

 水を打ったように静まり返った場を、ザフト軍部トップの重い声が響き渡る。

 

「――戦いたがる者などおらぬ。平和に、穏やかに……幸せに暮らしたい。我らの願いはそれだけでした。だが、その願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です!? 自分達の都合と欲望のためだけに、我らコーディネイターを縛り、利用し続けてきたのは!?」

 

 静かに、だが徐々に熱くなる論調に全員がパトリックを見仰いだ。

 

「我らは忘れない……あの血のバレンタイン――ユニウス・セブンの悲劇を!」

 

 C.E.70年2月14日、農業系コロニー、ユニウス・セブンを襲った惨劇は、二十四万三千七百二十一名の犠牲者を出した。 

 パトリックの妻でありアスランの母レノアも事件当日、行事でユニウス・セブンに滞在していたため犠牲になり、アスランがザフトに志願入隊したのもこの出来事が契機だった。

 パトリックの急進的な性向も、根底にはレノアの死がある。

 当事者であるないに関わらず、プラントのコーディネイターでこの事件を前に何らかの感情を動かさない者など、いはしない。

 

「出る杭は打たなければならない。力がそれを凌駕する力にしかねじ伏せる事ができぬのならば――」

 

 何者にも反論を許さない、そんな雰囲気を作り出しパトリックは言い放った。

 

「今こそ()()の力を借りるしかないのではないのでしょうか!?」

 

()()?)

 

 切り出した父の言葉は、肝心の主語が抜けており何を差すのか曖昧だった――少なくとも、アスランはその言葉の真意を計りかねた。

 だが、委員達は“()()”の意味を理解していたらしく、発言を聞いた途端、はっとしたように互いの顔を見やり、口々に声を上げ始める。 

 

「ナチュラル共の新時代MS。その驚異的性能と、忌むべき人魚の艦。早急に対処せねば!」

 

「ナチュラルのMSなど敵ではない! 差し当たっての問題は元αナンバーズ、地球連合に降った裏切り者のコーディネイターに、人形使いの黒い翼だ!」

 

「確かに、今の我々には捨て置けぬ相手。我らが手に余るというなら、()()に力を借りるのもやむなし!」

 

「……」

 

 再び議論が熱を帯びる中、議長であるシーゲルだけは口を閉ざしたままだった。

 この議会の流れの筋書きを、ひょっとしたら悟っているのかもしれない。

 流れの間を正確に射抜き、全てを締め括るようにパトリックが声を張り上げた。

 

「全ての手筈は、既に我らの手の内に! …………入りたまえ、ウォン」

 

「はい――」

 

 パトリックの呼びかけに応え、長身の男が扉を開け会議の場に入室した。

 背に長い弁髪を垂らした東洋系の男だ。

特徴のある丸眼鏡を掛けており、笑顔ともとれる下の表情に微妙なアクセントを加えている。

服はアスランと同じレッドだが、胸に備わった自由を示す羽根飾りのバッジから男が議会直属の特務兵“フェイス”であることがわかる。

その顔に覚えは無い。

ウォンと呼ばれた男は一体何者なのか。

 ふと横にいるラウの顔を盗み見ると、仮面で表情の全てを伺い知る事はできないものの、その口元には確かな笑みが浮かんでいた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 議会の最後に登場した男の名は、リチャード・ウォン。

 ネオジオンからのプラント帰参組で、議会(正確に言えばパトリック)の命でネオジオンへ潜入していたラウとは組織幹部だった頃からの同僚である。

 議会の後、ラウは言伝を受けザフトの兵器開発機関MMIのとある工廠プラントでウォンと落ち合っていた。 

 

「お久しぶりですねぇ、クルーゼさん」

 

「久しぶりだな、ウォン。君と直接会うのは、エンデュミオン・クレーターでのあの一戦以来か?」

 

 久々に会う友人よろしく、二人は互いに挨拶を交わした。

 細めた瞳の面差も手伝い、ウォンの貌には余程の事が無い限り終始にこやかな笑みが張り付いて見える。

 もっともラウは、ウォンという男が笑顔の下に隠しているものを長い付き合いから朧気に感じていたので、彼が向ける思惑を額面通りに受け取ってはいない。

 腹の中に一つ二つの秘め事があるのは、何もウォンだけではないのだが。

 工廠内の通路を談笑しながら進む二人に、すれ違うザフト兵が敬礼をする。

 ザフト内に階級が存在しないとはいえ、軍である以上無頼漢集団ではあり得ず緑、赤、白、……明確に分ければ更に黒、紫と服装によって指揮系統の統括を行なっている。

 ラウは白の部隊長格、仮面の指揮官の知名度は高く、ウォンはウォンで赤服を着た特務兵フェイスでもあるので、そんな二人の姿は一般の兵士にとっては明確すぎる畏敬の対象だった。

 兵士と礼を交わしつつ、広い工廠をウォンの案内で迷うこと無く進んでいく。

 

「ええ。ニアミスは結構しているのですが、お互い色々と忙しいですからね。お陰でゆっくりと話す暇もありません。もっとも、貴方の部隊……精鋭クルーゼ隊の活躍は十分聞き及んでいますよ。羨ましい限りです」

 

「私にしてみれば自由に動け回れる分、君が羨ましいよ。彼らとの今の関係は、君の働きのお陰だろう? ザラ閣下を初め、他の委員の方々も皆そう思っている。大した活躍じゃないか」

 

「好き勝手にやらせて頂いているだけなんですがねぇ。それにしても、いつもながら見事でした。今回の結果、クルーゼさんにとってはある意味当然というところですか?」

 

「私は何もしていない。部下が優秀すぎてね、勝手に結果がついて来ているだけさ」

 

「イージスのパイロット、ザラ閣下のご子息のアスラン君と言いましたか。あの少年を筆頭にザフト士官学校の黄金世代……それに貴方の指揮が加われば、確かに不思議は無いかもしれませんが――」

 

 含みのある言い方で苦笑するウォンに、ラウもまた苦笑で返す。

 

「やはり君もそう思うか? 機体に慣れていない今のアスラン達では、人魚の相手は荷が重いと」

 

「戦闘データとガンダム四機のスペックデータは確認しましたよ。いや、戦わせなくて正解でしたねぇ。残念ですが、あの連中相手では例え貴方が直接戦闘を指揮したところで結果は目に見えていました」

 

 オブラートも特に無くストレートに言ってのけるそれには、小気味よさすら感じられる。

 

「ふん、いつもながらはっきり言ってくれるな」

 

 事実だけに、笑うことしかできない。

 戦略的撤退とは実に便利な言葉だが、まさにこういう場合を表すには実に的を射ている。

 手持ちのカードではどうにもならない故、マーメイド隊との戦闘を避けラウは撤退を指示した。

 交戦を続けた部隊は全滅したという結果から、その判断に間違いは無いだろう。

 

「クルーゼさん。昔の機体ならいざ知らず、いくら貴方でも搭乗機がシグーではどうにもなりませんよ。当然、私とてシグーでは無理ですねぇ。ドグマを用いたところでガブスレイではZプラスとMk―Xはともかく、SORAの相手は厳しいでしょう。あくまでもガブスレイなら、ですが」

 

 ラウに同意しつつも、言葉の端に何か含みを持たせるウォン。

 サイコミュ搭載機相手にジンやシグーでは相手にもならない。

 いや、それは強奪したXナンバーをもってしても、アスラン達の練度が習熟していない今の現状では不可能だろう。

 機体練度の問題もあったが、MSの基本スペック自体が余りにもかけ離れているのだ。

 ファンネル等のサイコミュ兵器は一機で多数の敵を相手にするための遠隔兵器であり、パイロットがラウやウォンのようなデュアルなら違ってくるかもしれないが、通常のコーディネイター・パイロットではMSを兵士に見立てた数の戦闘はまったく役にたたない。

 特にSORAは、ベースとなっている旧MSが強力なオリジナル・スペリオルガンダムな上、パイロットがコーディネイター並の操縦技能を持ったニュータイプである。極めつけは故人の怨霊が乗り移ったかのような前人未踏のシステム、MSとしての戦闘能力で比類するものを探すのは難しい。

 デウス・マキナ等の特機タイプでもあれば話は別だが、単純にMS対MSで倒すのは困難を極める。

 少なくとも、ラウの搭乗機シグーでは同じ土俵に上がる事はできまい。 

 

「そうだ。シグーの性能では荷が重い。……その事を絡めて、君は私をここへ連れ込んだのだろう?」

 

 ある種の期待を持ってラウは改めてそう聞いた。

 工廠へ向かう理由は前もって聞いていなかったからだ。

 特務兵と技術者双方の顔を持つウォンが、他人をこの場に案内する理由などそう多くはなく、ラウにとってそれは容易に想像できる事ではあったが。

 

「結論から言えば、そういう事です。シグーよりも幾分、マシだと思いますよ。フフ……丁度、最終調整が完了したようですねぇ」

 

 セキュリティ・チェックを必要とする扉を潜り長い通路を抜けホールを思わせる巨大な格納庫に出たところで、ウォンは何かに視線を向けながら呟くように言った。

 つられるように仰ぐと、その先に幾つものライトに照らされた巨大なMSがラウの目に飛び込んできた。

 

「ほう……? これがMMIの最新鋭機か」

 

 頭部と基本フレームの構成にジン、シグーの正統進化が伺える白の機体。

 右マニピュレーターにビームライフルと思しき携帯兵器を持ち、左マニピュレーターのシールドは通常シールドとは異なるギミックが幾つか内蔵されているようだ。両腰部に見えるのは、ワイヤーアンカーだろうか。

 ウォンがキャットウォークからその機体を見上げ言う。

 

「ZGMF―600、ゲイツ。ネオジオンのドーベンウルフやザクVとまではいきませんが、ビームライフルを標準装備し、兵装バランス及び基本カタログスペックはディープアームズを上回ります。先行試作機なので差し当たっての実戦評価、よろしくお願いしますね」

 

 次世代のザフトMSとされているシグーのそれを凌駕する性能を秘めたMSゲイツ。

 ネオジオンから持ち込まれた技術によって、新時代MSの開発が急速に進んでいるのが伺える。

 マーメイド隊のMSとやり合うにはまだ心許ないが、ビーム兵器を標準携帯できる事は大きいだろう。

 ラウの胸の内をフォローするように、ウォンが付け加える。 

「もっとも、次回は()()がマーメイド隊の相手をしてくれますので、ひょっとするとクルーゼさんや私の出番は無いかもしれません。それなりに因縁のある相手なので、残念でなりませんが――」

 

 言葉を切ったウォンの眼鏡が光の加減で一瞬、鋭い輝きを放つ。

 

 

 ラウの前で刻の支配者はまるで未来を予見する予言者のように口を開き、静かに嗤った。

 

 

「――目障りな人魚にはそろそろご退場願うとしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十話『表と裏』

へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 第九話「邂逅」

終了後のイベント達成及びデータ登録確認

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “キラとトレーニングを行なう”を選択……祐一&キラ 2+1=3:第三フラグ 

 

 “恋愛事に対し穏便に済まさずキラを煽る”を選択……キラ+??? 0+1=1:第一フラグ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Gαスーパーロボット大図鑑に

 

 ゲイツ 

 

 を追加予定。

 

 

 Gα登場人物図鑑に

 

 パトリック・ザラ  シーゲル・クライン  リチャード・ウォン

 

 を追加予定。

 

 

 Gα用語図鑑に

 

 真紅 サイレント・ボマー

 

 を追加予定。