スーパーロボット大戦

Generation α

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンダムを拾った。

 すると、大きなフネがやってきて救助してくれた。

 

 めでたし、めでたし――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――なんて事を一瞬でも考えたおれは、大馬鹿ヤロウだ)

 

 などと、心の中でぼやく祐一。

 カノンとガンダムは、確かに接近してきた戦艦に回収された。

 その際のやりとりでは、どうやら大西洋連邦所属のアークエンジェルという戦艦らしい。

 満足なやりとりも無いまま、祐一達は拾ったガンダム――ストライクと共に収容されたのだが、コクピットからデッキ内へ降りた祐一を待っていたのは、はたして物々しい出立の兵士達だった。 

 彼らの服装からみると、大西洋連邦軍かユーラシア連邦軍……地球連合初期参入国正規兵のものであることから、地球軍なのは間違いないだろう。

 階級章を付けた者は士官も含めて数名だが、作業員などを入れると二十人近い。

 問題なのは中の数人が持っている銃だ。

 本物であろうそれが、油断無く祐一の方へと向けられている。

 うっかり発砲でもされたら、痛いでは済まない……というか当たり所が悪ければ死ぬ。

 コクピットから降り立つなり目に入ったそれに祐一は、正直「またか」という心境だったが、一度相手の懐まで飛び込んでしまったのだから状況を受け入れるしかない。

 まずしなければならないのは、状況把握。

 とりあえず、この場を乗り切るために何が一番ベターなのかを計算するため、言うに及ばず観察に専念する。

 しかし、それは祐一の周りの者達にとっても同じだった。

 先程、白いPTから少年が姿を見せた時から、クルー達の間のざわめきが止まない。

 

「おいおい、なんだってんだ? まだ子供じゃねぇか。あの坊主がアレに乗ってたってえのか?」

 

 兵士の中に混じていた無精髭の整備士があから様な物言いをするも、大部分の者達が同様の考えをしているのは、その表情から明白だ。

 クルーゼ隊のMS四機を退けた謎のPT。

 そのパイロットが“EFAの名だたる兵士”だという先入観を持つのは無理もないことだが、実際にPTを操っていたのはノーマルスーツを身に着けてもいない、どう見ても二十歳にも満たない少年なのだから、彼らがそのギャップに唖然とするのは当然といえるだろう。

 だが、それはまだ序の口だった。

そんな彼らのざわめきは数秒程度の空白の後、騒然としたものへと転じることになった。

 

「祐一、上見たら怒るよ」

 

「ん?」

 

 少女の声に祐一は思わず一瞬だけ見上げるも、自分上に差した影に気づきすぐに前へ向き直ると、そうするのが当然とでもいうように右手を上へ差し伸べた。

 スカートを片手で抑えながらおかしな恰好でゆらゆら降りてきた名雪が、掲げられた手に掴まってフワリとデッキに降り立つ。

 

「ありがと。無重力って慣れていないから助かったよ〜」

 

 普通に着地するだけなら簡単だが、名雪がメイド服のスカートが捲れるのを手で抑えて降りたため、祐一はサービス精神を発揮して補助しそれに応えたのだ。

 手で押さえられなければ、名雪のスカートは落下傘のように広がり、実に嬉しい事になったかもしれない。

 ちょっとだけ残念な祐一だった。

 

「大衆の前でおまえが無様に転ぶのを見るのも楽しいけど、まあイトコとして恥ずかしいからな。家族だけの特別サービスだ」

 

「それって、人として当たり前……」

 

 更に何か言いたそうな名雪は置いておき、祐一は再び周りへと目を向けた。

 

「な、なあどうなってんだ? 今度は女の子だぞ。それになんだ、あの恰好は? あれがEFAの軍服なのか……?」

 

 そんなわけがない。

 メイド服が軍服の軍隊があったとしたら、ある意味そこで終わっている。

 

「馬鹿、知らないのか? あれはメイドだよ、メ・イ・ド!! すげえ……俺、本物って初めて見たよ! それも、ネコミミ……ゴクッ

 

 本物でもない。

 思いっきり、完全にただのコスプレ……のはず。

 

「……これは一体何の冗談だ? 簡潔に説明しろ、伍長!!」

 

「しょ、少尉……あれは、自分にも判りかねます。判りかねますが、とりあえず愛らしいのでは――と」

 

「そんなことを聞いているのではない!!」

 

 まったくもってその通り、説明を求めたいのは誰も同じ。

さすがは軍艦、良識人もいるようだ。

 しかし、実に騒がしい。

ざわめきがどよめきに変化したことに、頭を抱えたくなる。

 戦闘兵器から現れ出た謎のネコミミメイド少女“水瀬名雪”。

 ネコミミメイドの存在自体にツッコミどころ満載と思うのは、祐一だけではなく万国共通だったようで、そのインパクトはどうやら彼の比ではなかったらしい。 

 ある意味、行動を起こすならばこの混乱に乗らない手はないのだが、まだ決定打にかける気がする。

 そんな時だった。

 どうしようかと、ふとガンダムの方に視線を移した祐一の視界に、それが飛び込んできたのは。

その事がきっかけとなり、祐一は即座に覚悟を決め、この場を打開するための行動へ移ることにした。

 視線を戻し、さり気なく周りを見回し始める。

 

「ここにいる士官はキツメの女が一人、けっこう美人だけど堅物そうだ……うわっ? 睨まれたぞ。紅なら『グッとクるものがあるよな』とか言うんだろうが、おれは御免だな。くわばら、くわばら。ちなみに思ったままの本当のことだぞ。ま、軍人なんてそんなもんか。しかし、若い奴が結構いるな。あいつなんて、おれより年下なんじゃないか?」

 

「?」

 

 名雪が訝し気に見つめてきたが敢えて黙殺し、観察を続ける祐一。

 

「さっき拾ったガンダムに……あっちにあるボロボロのヤツはメビウス、か? 外から見たときは凄そうな艦だと思ったけど、意外に機動兵器は少ないみたいだな。そのわりにデッキは広いし工員の数が随分と多いぞ。うーん、どういうわけだ?」

 

 さも不思議そうな顔で首を捻るイトコに?マークを浮かべながら、名雪がおずおずと尋ねた。

 

「……ね、祐一」

 

「ん、何だ?」

 

「さっきから、独り言……」

 

 まるで思ったことをそのまま口に出しているような、奇妙な言動を続けていた祐一に入ったツッコミは、当然のもの。

 

「……ひょっとして、口に出してたか?」

 

「うん、すごく変だよ?」

 

 “変なのはおまえの恰好だ”と言いたいところを抑えつつ、心配そうな名雪の顔を見、ようやくその事に気づいたという調子を祐一は崩さない。

 当たり前だ。

 崩す必要など無いのだから。

 祐一の目線の先……ガンダムのコクピットで、ようやく動きがあったことを確認し内心、ほくそ笑む。

 

「ま、心配するなって。これは――ワザとなんだからな

 

 

 タンッ!

 

 

 いきなり。

 床を蹴り、祐一は“対象”へ向かって跳躍した。

 跳躍という表現は正確ではなく、実際には前傾姿勢の疾走だ。

 その先には、今まさにガンダムのコクピットから降りてきたばかりのパイロットの姿がある。

 ちょうどヘルメットを外し、その下から現れたのはまだあどけなさが残るものの、美少年と呼ぶに相応しい整った容貌……自分よりもおそらく年下だと思われるその姿に僅かながらの驚きを感じつつも、祐一は現状を好転させる策の成功率が上がったことを確信していた。

 彼の思いついた秘策とは単純な話、人質を取ることである。

 デッキ内を観察した結果、まず気になったのが機動兵器の数が少ないことだった。

 ザフトと戦闘状態にある宇宙空間において、ガンダムがあるといってもそれがたった一機では正直心許ない。

ボロボロのメビウスは論外。

 MSやPTを動かすことのできるパイロットは、祐一のような希有な例を除き、軍において特別な訓練を受けている者でなければまず勤まらない。

 更に現在ではIMPCに替わる新OSの事もあり、ナチュラルであればそのハードルは尚更高くなるのだ(実際、Rのような非公式な例は除き公式においてナチュラル用OSの完成は未だ為されていない)。

 この場だけでの判断だが、“艦でただ一機のMSを動かせるパイロット”の存在は士官クラスの艦橋要員より貴重なはずだ。

 その貴重なパイロットを人質にして、この場を乗り切る……それが祐一のとった大胆な策だった。

 当然ながら、名雪とは何の相談もしていない。

 普段からポワポワしたいとこの少女に、この場を乗り切るといったような機転など期待する方が難しいと判断した結果なのだが、そんな彼女の判断に苦しむネコミミメイド姿はクルーの目を釘付けにしてくれた。

 加えて、祐一が作戦前のアクセントに意表を突く“独り言”で馬鹿を装い、本来の目的から注意を逸らすことによって、二人は艦のクルーに“意味不明の奇天烈コンビ”と認知されたはず。

 それによってクルーの“気を許すことができない対象への注意”は散漫になり、彼は万を期して作戦を敢行したのだ。

 誰一人として、その動きに反応できた者はいなかった。

 ガンダムの足元までの約二十メートルを、瞬き二回ほどの間で一気に詰める。

 

「キラっ!!?」

 

 慌てたような誰かの声が背後から聞こえてきたが、もう遅い。

声に構うことなく、祐一は無防備な少年を取り押さえるために飛び掛かり――。

 

 

 ガッ……!!

 

 

「!」

 

「っ……!?」

 

 キラと呼ばれた少年の手から浮き零れたヘルメットが、背後でストライクの脚部に当たって跳ね返る。

 着地の瞬間……それも両腕が塞がっていた少年に、拘束しようと伸ばした手を受け止められたのだ。

 今日は予想外の出来事がオンパレードな日和なので、祐一はもう驚かなかった。

 意外ではあったが。

 

「なんだ? おまえもか(・・・・・)

 

 軍人でもなかなか反応することができないタイミングにも関わらず攻撃を止めたことから、明らかに見た目通りの少年では無かった。

 EFAならばともかく、それ以外の地球軍に兵士として組み込まれているとは考えていなかったが、少年はどうやらコーディネイターらしい。

 それならば、突然の攻撃に反応できたのも頷ける。

 

「いきなり、何をするんですかっ!?」

 

「なにっ……て、そうだな」

 

 少年の顔に浮かぶのは、4の困惑と6の怒りだ。

 無理もない。

いきなり襲い掛かられれば、誰でも同じような反応をするだろう。

 少し思案した後、怒れる少年に向かって祐一は笑いながら声を潜めて囁く。

 

「おれ達は初対面だろ?」

 

「……?」

 

「お互い、なにも知らない。つまり分かり合う必要があると思うわけだ」

 

「な、なにをっ?!」 

 

 ギリギリと、不自然に圧迫する力が強まっていくことに、キラは呻きながらも張り合うように腕を押し返そうとする。

 二人の様子は端から見ると押し相撲だ。

 じゃれ合っているようにしか見えない。

 

「要するにこれは、初対面の見知らぬ他人同士が打ち解けるのに必要な、友好的コミュニケーションてヤツさっ!

 

「うわっ!?」

 

 押してダメなら引いてみな。

 いきなり押すのをやめて、体を半歩分後退させる祐一。

 突如、相手から力を抜かれたため不安定になった少年の重心を、軽く足を払い宙へ押し出すことで完全に無防備な状態へと落とし込む。

 いかに反射神経が高かろうと宙に浮いた状態の上、ノーマルスーツを身に付けていては細かい相手の行動に対応するのは難しい。

 

「仲良くしような!」

 

 この状態ならば、瞬きの間に相手を拘束できだろう。

 祐一は人質大作戦?の最後の段階へ移るため、宙へ浮かせた少年を拘束するべく、再び床を蹴った。

 

 ――が。

 

 

 ぐわん

 

 

 その瞬間。

視界が。

縦に。

下方向に、回転した。

 必然的に目線の先にはデッキの堅い金属床が映る。

それがだんだんと……いや、急速に迫っていき――。

 

「……ぐあ」

 

 次の瞬間には、カエルの潰れたような声に合わせて床と顔面がランデブーしていた。

 少年と仲良くなるどころか、床と仲良くなった祐一。

 無様に床へ転がるイトコを見下ろし、持っていた彼の軸足をポイッと放すのは、一人のネコミミメイド少女だ。

 

「言ってることとやってることが全然違うよ。仲良くしたいなら、いきなり掴みかかるなんてダメ。ラブ&ピースだよ、祐一」

 

 どうやら、祐一の暴挙を止めるために彼の足を掴んだらしい。

 普段の天然さが嘘のような反応だ。 

 急に引っ張られたせいで、祐一は受け身を取れなかった。

 無重力なのがせめてもの救いだったが、かなり痛い。

 

「えーと、いきなりゴメンね?」

 

「え……は、はい?」

 

 パイロットの少年に向かって、祐一の代わりに謝る名雪。

 ソツが無いのは、さすがにメイドの恰好といったところか。

 対するキラ少年は事態に取り残されて反応に困っているようだ。

 

「これから困るのはおれ達なんだけどな……いったいどーするんだ、これから」

 

 床につんのめったまま、祐一はイトコの少女にとりあえず聞いた。

 ガンダムのパイロットを取り押さえて人質にするという作戦は、他ならなぬ名雪によって阻止されてしまった。

 我に返った複数の兵士がバラバラと二人の周りを取り囲み、思い出したように銃を突きつけてくる。

 次の作戦を考えるにも、この状況ではもう無理。

 善意の上だったのだろうが、名雪のとった行動は完全に裏目だ。

 後のことは何も考えてないだろう……答えはあまり期待しなかった祐一だったが、両手を挙げて反抗の無い意思を示すと共に、名雪は自信たっぷりに答える。

 

「祐一、一つ大事なこと忘れてるよ。わたしのおかあさん、地球軍のえらい人」

 

 それは完全に失念していた、親の七光りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六話「大天使」

The ARCH ANGEL.―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 危険物を所持していないかどうか入念なボディチェックの後、祐一と名雪はアークエンジェルの取調室へ通されることとなった。

 後で判ったことだが、この時点でカノンのコクピットから二人の身分証が取り出され、一通りの照会は済んでいたらしい。

 二人の尋問を担当したのは男が一人に女が二人、階級章からいずれも士官クラスだということがわかる。

 テーブルを挟んで祐一達の向かいに二人の女性士官が座り、その後ろに右腕を包帯で吊った男性士官が控えるといった感じだ。

 

「――つまり、あなた達は実験機の起動テスト中、事故に遭い、その後戦闘に巻き込まれた……と。ここまではいいわね?」

 

 名雪達の説明を確認するように、妙齢の美女が頷いた。 

 尋問の初めにマリュー・ラミアスと名乗った彼女は、この艦の艦長だという。

 白い士官服に隠されたボディラインは、男の視線を惹き付けてやまないほど立派である。 

 

「はい。先程もお伝えしました通り、テスト内容は機密事項に触れるのでお話しできませんが、不慮の事故で遭難しかけていた矢先に、友軍らしき機体が戦闘を行なっていたので、接触を試みようとしたところ――」

 

「攻撃を受けたってわけか。そりゃあ、君たちも災難だったなー」

 

 尋問開始から妙にハキハキと普段とは別人のような受け答えを続ける名雪に笑いかけるのは、ムウ・ラ・フラガという名前の青年士官だ。

 怪我をしているのか、右腕を肩口から吊った包帯が痛々しい。

 他の二人に比べて初っ端から祐一達に好意的だったのは、特に演技ではなく地なのだろう。

しかし、士官の一人が好意的だからいって状況が良いかというと、そうでもなかったりする。

尋問が始まってから既に数時間が経過していたが、話は既に堂々巡りの兆しを見せ始めていた。

同じようなことを何回話したことか。

質問の連続は、矛盾を探すための常套手段。

相方の名雪は言葉を選んで受け答えを根気よく続けているが、このままではいつ話が終わるかわからない。

業を煮やした祐一は、現状に見切りをつけて動くことにした。

 

「……あんたの言う通りだ。まあ、災難だったさ。ほんと苦労した」

 

 今まで積極的に口を出してこなかった少年が唐突に喋り出したことに、士官達の視線が集中する。

 

「祐一……」

 

 名雪が視線で“わたしに任せておいてよ”と訴えかけてきたが、こういったことに慣れていない祐一には、もはや我慢の限界だった。

 

「おまえもよく我慢できるな。……あんたら、さっきから似たようなことばかり聞いていると思うんだが、おれの勘違いか? おれ達の事情は名雪が言ったことで全てだ。これ以上は何も出てこないぞ」

 

 実際、祐一達が語ったことのほとんどが虚実である。 

今回は無難に“自分達はEFAのテストパイロットとシステムアドバイザー”であり、“新型機のテスト中、事故に遭い漂流していたところを戦闘に巻き込まれた”と説明していた。

本当のことなどそのまま伝えたら、話は更にややっこしくなるだけだ。

祐一達自身、自分達に起きた事象を正確に把握できていないのだから、信用される、されない以前の問題だろう。

 建前など二の次。

本音をぶちまけて反応を探るという思惑もあった祐一の態度に、三人のうちの残り一人が反応した。

 

「出てこないかどうか、判断するのはこちらだ。君ではない」

 

 ナタル・バジルールというその女性士官が、祐一の発言を軽く一蹴する。

 尋問開始からこれまで、彼女から出るのはまさに軍人といった規律極まるキツ目の言動ばかりだ。

 思えば、デッキでもシャキッとしない部下を咎めていたような気がした。

 軍人だから当然だと言えばそれまでだが、引き下がるわけにもいかない。

 

「ずいぶんと理不尽なんだな。これ以上はお互い時間の無駄だ。どうせならはっきり言ってくれ」 

 

「ふっ、いいだろう。何か勘違いしているようだが先に言っておく。我々は君達を信用していない」

 

 本音で話そうという祐一の誘い水に、ナタルが乗ってきた。

 どうやら、同じ問答を耐えかねていたのは祐一だけではなかったらしい。

 

「おいおい……それ言ったら終わりだろ」

 

 呆れたようなムウの言葉など気にせず、ナタルが厳しい視線を祐一へ向けたまま続ける。

 

「PTのコクピットから出てきたのは数日分の衣類他、財布を含む日常用具、それにサバイバルナイフが一本。身分証も東方国民を示すのみで、わかったのは一般人が二人いるということぐらいだ。実験機のパイロットにアドバイザー兼チューナーと君達は言うがその実、所持品からはEFA関係者と判断できる品は何一つ無い」

 

 これまでに判明している物的事実というものを提示する彼女の発言内容からは、確かに祐一達がEFA所属という事実はまったく示されていない。

 もっとも、そんなことは当たり前だ。

 これは祐一達が貼った盛大なブラフなのだから。

 今祐一にできることは、このハッタリを背景にした居直り。

 突き進む以外に道はない。

 

「ま、確かにそうだ。おれ達の言い分を示すものなんて無い。だが、信じてもらわないと困るな。何も間違ったことは言ってないんだ」

 

「信じる材料がないのに信用しろ、か? ずいぶん虫の良い話だな」

 

 言われるまでもなく虫の良い話である。

 祐一がナタルの立場であっても、簡単に信じられる話ではなかった。

 初対面の知らない人間、しかも胡散臭く素性も怪しい人間をいきなり信じられるお人好しなど、そうそういるはずもない。

 だが、それはこのアークエンジェルにも言えること。

 彼らもまた、地球軍の識別信号すら持たない機体と戦艦を運用しているのだ。

 

「お互い様だと思うけどな。艦籍登録も無い未確認艦にMS……普通なら、そっちこそ信じられないんじゃないか?」

 

「なんだと……!?」

 

「バジルール少尉、そこまでにして」

 

 自分達のことを棚上げして煽る祐一の言動に激昂しかけた副官へ、マリューが「待った」をかけた。 

 

「ごめんなさい、こちらも大人げなかったわ。あなた達を疑いたくはないのだけれど、今日は色々な事が一度にありすぎてみんな気が立っているの。どうか許してほしい」

 

 それは、尋問が始まってから初めての艦長自らの歩み寄りだった。

 不毛な焦土作戦を展開しようとしていた祐一にとっては肩透かしを食らった恰好になったが、場が荒れずに済んだことにホッと胸を撫で下ろした名雪が、すかさず次の段階へと事を進める。

 

「……では、今度はこちらから質問させて下さい。ラミアス大尉?」

 

「私の答えられる範囲で良ければ、答えましょう」

 

 質問される側から、する側へ。

 艦長の許可が出た以上、口うるさいナタルもそうそう口を挟むわけにもいかない。

 何か言いたげに自分を睨むナタルを一瞥し、祐一は口を開いた。 

 

「“おれ達を襲った”――いや、この際“あんた達を襲っていた”って言った方がいいな。あのガンダム部隊、あれは一体何だ?」 

 

「……」

 

 質問の内容は、自分達が交戦した四機のガンダムについてだ。

 状況からすでに祐一と名雪はこの事に対し、ある程度の推測をたてていたが、それはそれである。

 士官達が沈黙したままだったので、祐一は更に自分達の掴んでいる事実と推測を付け足す。

 

「連中の撤退方向から、ローラシア級とナスカ級の反応が出た。運用していたのはザフトだろ? 地球軍のMSをザフトが使っている理由がどっちなのか知りたい」

 

「どっち、とはどういう意味かしら?」

 

 マリューが質問を挟んだ。

 その事に、自分達の推測に真実が含まれていると確信を深める。

 質問に対して、戦闘終了の際に分析を行なった名雪が、祐一と交代して発言し、

 

「あのガンダムの本来の持ち主がどちらなのか、という意味です。何機か似通ったフレームのものがあったことから、この艦にあるガンダムも含めて五機乃至それ以上、異なるコンセプトのMSが試作されたのだと推測してみました。あなた方が一機奪ったのか、敵に四機奪われたのか……敵対する理由で一番妥当なのはこの辺でしょうから」

 

 違っていたらすいません、と最後に付け加えた。

 

「ちなみに、おれは後者だと思っていたりするんだけどな」

 

「そう思う根拠は?」

 

 意図的に相手の興味を惹く言動を行なった祐一は、相手の食いつきが良い事に内心ほくそ笑みながら、思案顔で用意しておいた内容を口にする。

 

「うーん、色々とあるな。例えばこのアークエンジェル。艦の認識コードが無いことから、発行が間に合わないような突発的な何かがあった……とか。それにMSとMA一機ずつだと不相応な不自然な広さのデッキ、ほんとは複数の新型MS運用を目的とされている……とか。ガンダムタイプに専用の運用艦てのは旧時代からあったらしいからな」

 

 それが事実かどうかは、また別の問題。

 状況から読みとった推察もまた、相手の興味を惹き付けるための材料にすぎない。

 とりあえず自分達に対して興味を持ってもらい、ある程度行動できる中で彼らと同行することが二人の狙いだった。

 二人だけではどうにもならない状況に放り出された以上、頼れるのはこのアークエンジェルのみなのだ。

 祐一達がEFAの関係者である証拠は確かに何一つ存在しないが、逆に二人がEFA関係者ではないという証拠も無いのだから、ブラフなどブラフで十分。

 むしろ、祐一の操縦技術と名雪の工学技術は“一般人”より、“EFAの関係者”に合致するのである。

EFA中将の秋子に直接連絡をつけることができれば、おそらくなんとかなるはず。

その考えが限りなく甘いのは祐一もわかっていたが、今はそれに縋るしかない。

後は、興味を惹く内容で絡めていき、強引に自分達を必要とさせるだけ――だが、そんな祐一達の目論見はムウの次の言葉によって一気に達成へと向かうこととなった。

 

「へーえ、君鋭いね。身内の錆だから言いにくいんだけどさ……察しの通り、俺達はザフトの部隊に開発施設まで乗り込まれて新型のG四機奪われちまったんだよな」 

 

「なっ!? フラガ大尉っ!?」

 

 突きつけられた内容をいきなり肯定し出した上官に驚きの声を上げたナタルを、ムウは軽く笑い諭す。

 

「隠す必要なんてないだろう? 言えることは全部話して、彼らにも協力してもらった方がいい。最初からそういう手筈だったんだしさ」

 

「……」 

 

 相手がいきなり態度を軟化させたことに祐一は面食ったものの、ナタルの態度は演技とは思えない。

 ムウの言葉は、おそらく事実なのだろう。

 

「もう同じ質問はしないから安心してくれよ。最後に一つ聞くけど、君達コーディネイターだろ?」

 

「照れるな」

 

「祐一、意味不明だよ……はい、わたし達はコーディネイターですが、それが何か?」

 

 照れる程のことでもないが、とりあえず意味もなく照れる祐一を横目に名雪が頷いた。

 コーディネイターかと問われたところで、特に否定する理由もない。

 

「やはり……!!」 

 

「落ち着いて。そう驚くことではないでしょう。東方統合国はナチュラルとコーディネイターが平等に、対等に生活している……軍にコーディネイターがいても不思議じゃない」

 

 コーディネイターと聞き穏やかではいられないナタルを、再度マリューが制した。

 彼らにとっても、それは確認にすぎなかったらしい。

 ムウが笑いながら緊張感の無い調子で言う。

 

「いや、質問に深い意味は無いんだ。ただ、あのストライクってガンダムのパイロットやってくれたヤツもコーディネイターだからさ、仲良くなってくれるかと思ってな。君、あいつと仲良くなりたいんだよな?」

 

「ぐあっ……」

 

 思わず呻いてしまう。

 どうやらムウは、祐一とあの少年キラの完全建前なやりとりを聞いていたようだ。

 

「単刀直入に言います。私達に、あなた達の――あのPTの力を貸して欲しいのよ」

 

 マリューが口にした、アークエンジェル側の本音。

 予想よりも早く、何よりも軍人である彼らが開いた道によって、祐一達二人の視界は開けそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祐一と名雪の尋問が終わり、二人が退室した後。

室内に残った三人の間には一仕事終えたような大きな安堵と、僅かな剣呑な空気が漂っていた。

 安堵しているのはマリューとムウの二人の大尉。

 一方、未だピリピリと緊張を振りまくのはナタルである。

 

「一体、どういうおつもりですか!? どこの馬の骨ともわからない人間の要求を、ああも簡単に聞き入れるなどっ!」

 

 上官を前に、己の嫌悪感を隠そうともしていない。

 彼女はマリューが二人のコーディネイターにとった対応に、強い不満があるようだ。

 マリューの心境を代弁するかのように、ムウが軽い態度で答えた。

 

「馬の骨は酷いなあ。EFAのテストパイロットと、そのアドバイザーだろ? 機体だって有名なヒュッケバインタイプ、それに名雪ちゃんはあの水瀬中将の娘さんらしいし、身元ならはっきりしているじゃないか。水瀬中将っていったら、旧αナンバーズトップにしてEFA戦術の鍵の現司令官……地球軍でも超大物だしな」 

 

「全てが状況証拠の上の憶測にすぎません! 水瀬中将の娘という話も、彼らが言っているだけ! ただの自称ですっ! しかもその水瀬中将本人にしか彼らの確認ができないなどと、不自然なことこの上ない! おまけにあの服装に加え持ち物の着替えの数々、冗談にもほどがあるっ!!」

 

「水瀬中将云々はともかく。黒のボディスーツは“動きやすいから”、メイドの衣装は“アドバイザーとしてのイマジネーションを高めるため”と、彼らは言っていただろ。個人の主観なんて人それぞれだ。EFA実験部隊の一つがそういう気風ってだけさ」

 

「仮にも軍隊ですよ!? そのような気風など聞いたこともありません! スパイの可能性も否定できない……千歩譲って彼らの言うことが本当だったとしても、あのような恰好は我が軍の規律と相反します!! 特にあの……め、め、めい」

 

「ネコミミメイド。俺はかなり可愛かったと思うんけどな〜。デッキでのウケ、良かったんだぜ?」 

 

「聞いたような声が混じっていると思っていたら、メカニックと一緒に騒いでいたのは貴方ですかっ!!? 失礼ながら言わせていただきますが、大尉は少し軽薄が過ぎますっ!! もっとご自分の立場というものをお考え下さいっ!」

 

 あくまで軽すぎるムウに、食ってかかるナタル。

 ムウの軽い対応もどうかと思うが、ナタルの言うことももっともである。

 矛先がムウ自身に向きかけたところで、マリューは言葉を選びながら言った。 

 

「……まあ、あなたの言いたいことはもっともだけれど、今は要らないことで余計な時間をとられたくないの。多少のリスクに目を瞑るのは仕方のないことだわ。水瀬さんには“メイド服じゃない普通の恰好で過ごしてもらうこと”を同行の条件に入れて伝えたから、規律については安心してもいいんじゃないかしら?」

 

 名雪のあの奇天烈な恰好がいたく気に入らなかったという以前に、規律が服を着て歩いているといっても過言ではないナタルにとっては、彼女の存在自体が容認できないのかもしれない。

 だが、水瀬名雪が本当にあの“水瀬中将”の娘だとしたら、その扱いにはある程度、考慮しなければならないのだ。

 EFA精鋭『戦術の鍵』司令官にして、旧αナンバーズ・トップ。

 当初、キワモノ揃いの寄せ集め部隊に過ぎなかった隊を精鋭に昇華させ、新生αナンバーズを率いて『橘の反乱』終結に大きく貢献した、地球軍……いや、ザフトも例外ではなく軍に所属する者ならば知らない者はいない人物、それが水瀬中将である。

 当の名雪が同行条件へ『メイド服禁止』を盛り込んだ事に、それほど大きな不満はみせなかったのは幸いだろう。

 そんなマリューの気苦労など意に返すことなくナタルは、更に正論めいた無理難題を続ける。

 

「そういう問題ではありませんっ! 恰好だけではない、彼ら自体が問題なのです!! 素性の知れない彼らのPTを自由にさせれば、その銃口がいつこちらに向けられるかわかったものではない! ……ならばいっそのこと、戦時徴発としてあのヒュッケバインを我々が運用すれば――」

 

「おいおい無茶言うなよ! さっきの戦闘見てただろ? あんな動きを再現できるOSなんて、並のナチュラルに扱えるわけないって。俺達が運用するにしても、いきなり実戦で使えるかよ。それに、一体誰が動かすんだ? 悪いけど、俺はこんなだぜ?」

 

 さすがに白いヒュッケバイン・カノンを徴発することに対しては、実際に戦場で戦ったムウが本気で異を唱える。

 唯一のパイロット士官であるムウは、クルーゼ隊との交戦時に利き腕を折る大怪我を負ってしまっていた。

 彼の搭乗機メビウス・ゼロもまた中破し、艦の設備では十分な修復もままならない状況で使用できなかったが、それ以前にムウ自身が戦えない体ではどうしようもない。

 更に、あの四機のGの猛攻をはね除けた性能は、ただのナチュラルにいきなり本番で引き出せるものとは到底思えなかった。

 

「それは……あの少年、キラ・ヤマトにやってもらうとか」

 

「善意で乗ってくれたストライクにもまだ慣れてないのに、今度は違う機体に乗れって言うのか? 大体、あのヒュッケバインが凄そうだからって、ストライクを遊ばせる余裕は無いだろ」

 

 苦し紛れのナタルの言葉を、ムウが一笑に伏した。

 マリューらが祐一達を引き入れた一番の理由は、メビウス・ゼロの穴埋めとなる戦力の調達だ。

 故に、ヒュッケバインが使えたからといって、ストライクが使えなくなったのでは本末転倒である。

 

「あの襲撃からこれまで、キラ君にはずいぶんと無理をしてもらっているわ。相沢君にはヒュッケバインのパイロットとして戦ってもらう。あと水瀬さんは整備資格を持つ“調律師”ということだから、ストライクの調整もキラ君だけじゃなく彼女に手伝ってもらいましょう。もちろん、作業中はメカニック達に見張ってもらうことを条件にね。そうすれば、キラ君の負担もだいぶ減らせると思うし」

 

 キラには、クルーゼ隊のヘリオポリス襲撃時からこれまでかなり無理をしてもらっている。

 軍人ではなく、民間人の少年キラ・ヤマトに既にストライクを弄らせているのだ。

 毒を食らわば皿まで……名雪がシステム技術のエキスパートである調律師ならば、あの少年の負担も大きく減らすことができるはずだった。

 

「Gは我が軍の最重要機密ですっ! 得体の知れないコーディネイターに触らせるなど……いや、本当に友軍の士官だったとしても、他国の人間に機体をいじらせるなど賛成しかねます!!」

 

「他国の民間人にもう触らせているだろ。それにその最重要機密も、五機中四機はザフトに奪われてるんだ。いきなり投入してきたところをみると、データの吸い出しはもう終わってるんだろうし、今更機密も無いと思うんだけどな」

 

 軍人としてそこまで投げやりな対応はするべきではないが、即席艦長のマリューはムウの言葉に少し救われた気分になった。

 もはや機密がどうのなどと言っている段階ではない。

 今は残ったストライクとアークエンジェルを本部へと無事に持ち帰ることが、無二の最優先事項である。

 ザフトの好きにさせるわけにはいかない。

 生き残るためなら、体裁など気にせず利用できるものは利用するべきなのだ。

 

「――とにかく、彼らには“水瀬中将と連絡がつくところ”へ送り届けるまで、私達の指揮下に入ってもらうわ。何かあった場合の責任は、私が取ります」

 

「…………わかりました。ですが、このことは本部への報告書に書かせて頂きますので」

 

 艦長権限によってナタルは納得できないながらも引き下がってくれたが、そのかわり報告書には厳しい内容が書かれることだろう。

 しかし、それもまた艦長としての義務、甘んじて受け入れるしかない。

 マリューは苦笑し、規律の塊である副官に頷いた。

 

「ええ、わかっているわ」 

 

「あの二人についてはそれぐらいでいいだろ。問題なのはこれからのことだ。……どうする? あの部隊もとりあえず退いてくれたし、ここは月に向かうか?」

 

 話が一段落ついたところで、ムウが今後についての話題を口にする。 

 

「先程の戦闘での消費もあります。私は、この機に乗じ“アルテミス”へ寄港するべきかと」

 

 補給の目的で選択したアルテミスへの航路が読まれ、クルーゼ隊の襲撃を受けたのが先刻の話。

 月基地へと航路の変更を行なうという手も残っているが、元々物資の不足を考慮して選んだルートである。

 ナタルの意見は至極当然のこと。

 考えるまでもない、クルーゼ隊が退いている今がチャンスなのだ。

 そうかといって素直に入港したのでは要塞から出る時、待ち伏せに遭うかもしれない。

 多少の小細工は必要だろう。

 

「これからの道中何があるかわからない以上、補給は必要不可欠。そうね……艦内チェックが終わり次第、予定通りアルテミスへ向かいましょう。ただし、航路は月進路から回り込むようにね。時間は掛かるけど、多少の目眩ましにはなるわ」

 

 士官三者の会談は、艦長のその発言でようやく終わりを告げる。

 

 未だ先の見えない旅路。

 この時、三人は夢にも思わなかった。

 始まったばかりのこの旅が、彼らの想定以上に苦難かつ長いものになる事を――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間、動物、機械。

この世に存在する行動物は例外を除き、その行動の前に先立つものを必要とする。

機械類で言うところの燃料、生物で言うところの食料だ。

植物や一部の動物の中には、動力源となるものを“食べる”以外の方法で摂取するものも存在するが、人間に限定するならばほとんどの場合、食べることで栄養を得なければ生きる事ができない。

三大欲にも数えられる“食欲”を無視することは、よほどの聖人君主でもなければ難しいだろう。

 

『腹が減っては戦はできぬ』

 

 大昔の格言にもあるが、戦いという闘争本能のぶつかり合いは極度にエネルギーを消費する行動である。

 アークエンジェル内食堂。

クルーゼ隊との戦いを乗り切ったキラも、この例に漏れず空腹を満たすため、彼の帰りを待ちわびていたへリオポリスの仲間達と共に、遅い夕食をとっていた。

 

「――でもよかった、キラが無事で。心配したんだから」 

 

 笑顔でキラを労うのは彼らのゼミ・グループの紅一点、ミリアリア・ハウ。

 明るく気さくな少女は、言葉通り心底キラを心配していたらしく、その顔には安堵の色が浮かんでいる。

 先刻の戦闘でストライクを艦橋からオペレートしてくれたのが彼女だった。

 本職のオペレーターとは比べるまでもないが、前半ほとんど一人で戦っていたキラは彼女の声で随分と励まされたものだ。

 

「フェイズシフト、だっけ? あれが切れてストライクがイージスに捕まった時は、マジ青くなったよなぁ」

 

 親友のトール・ケーニヒが「本当に参った」というような調子で、ストライクがピンチになった時の事を思い起こす。

 開けっぴろげで裏表がほとんど無く、逆を返せばお調子者すぎる彼も、親友キラのピンチはかなり堪えたようだ。

 

「ほんと、トールなんて『キラぁっ!!』って叫んでたもんね」

 

「ミリィ……そういうお前だって『キラ、キラぁっ! 応答してえっ!!』とか言ってたじゃん」

 

「ま、まーね」

 

 互いの本音をバラしバラされる二人は恋人同士、息もピッタリだ。

 しっかり者で通っているミリアリアに陽気でお調子者のトールは、実に似合いのカップルぶりを見せつけてくれた。

 その事が羨ましくもあり、微笑ましくもある。

 ミリアリアはストレートに、トールはいつものように明るく振る舞いながら、キラの無事を喜んでくれている。

 自分を心配してくれていた仲間に、キラは胸の内が少し熱くなった。

 

「うん……ぼくも、もう駄目かと思った。でも、あのPTがかわりに戦って助けてくれたから」

 

 照れ隠しに四機のガンダムを撤退させ、自分を助けてくれた白いPTの話題を振る。 

 

「あの白い機動兵器が来てくれなかったら、キラは今頃ザフトに捕まってただろうし、俺達は多分生きていないんだろうな……」

 

 紙一重隔てた先にあった容易に想像できる未来を語るのは、カズイ・バスカーク。

 陽気すぎるトールとは対照的に、彼は内気で繊細な面を持ち合わせているのだが、そのことが行きすぎてネガティブな思考に陥る事もあるのが玉に傷だった。

 

「カズイの言う通りさ。白いヒュッケバイン様々だよ」

 

 サイ・アーガイルが色の入った眼鏡を掛け直しながら言った。

 喜怒哀楽の激しい友人達を気遣う優しさを持つ彼は、ゼミの仲間達のまとめ役だ。

 

「ヒュッケバイン?」

 

 友人の口から出たのは何処かで聞いたことがある言葉だったが、あまり馴染みのないせいか、キラにはその意味がわからない。

 咄嗟に出た質問めいた単語に、サイはヒュッケバインについて簡単に説明した。

 

「ああ、ヒュッケバインてのはPTのタイプ名。艦長達が言ってたの聞いたんだけど、EFAの高性能PTなんだってさ。聞いた話だとあのαナンバーズにもヒュッケバインタイプが一機参加してたらしい」 

 

「EFAって地球軍だろ? でもあのPTの中にいた二人、コーディネイターらしいってみんな言ってるよな。矛盾してないか?」  

 

「オーブと同じで、東方統合国はナチュラルもコーディネイターも一緒に生活してるって話よ。だから軍にもいるんじゃないかしら」

 

 トールの疑問に相方のミリアリアが答える。

 地球軍が敵対しているザフト軍は、宇宙に住むコーディネイターの本拠地“プラント”の軍隊であることから、他国の情勢や世界事情を詳しく知らない人間には『コーディネイターは地球軍の敵』だと思いこんでいる者も少なくない。

 ナチュラルとコーディネイターが平等の権利を持って生活している東方統合国が、地球連合軍の主要国に数えられている事に、疑問を投げかける者すらいる始末である。

 メディアや教育の問題といえばそれまでだが。

 

「お国事情でコーディネイターでもザフトと戦うのか……けど、そんなので信用できるのかな。同じコーディネイターだぜ? あ、もちろんキラは別な」

 

 地球の和を乱す敵を討つという共通の目的を見出し、ザフトを地球の敵国と判断して世界に協賛した東方統合政府側の事情など建前、他国から見れば、それは連合常任国の権利を持って世界リーダーの椅子を狙う利己的な俗国としか見えないのだ。

 中立国オーブに住む者達でさえ、コーディネイターに対する潜在的な偏見の根は深い。

 キラのように普段から見知っている友人ならともかく、それ以外のコーディネイターにカズイがこんな考えを抱くのも無理は無かった。

 

「そういう言い方、失礼だと思うっ! あの人達、現に私達を助けてくれたじゃない!」

 

 あんまりな友人の物言いにムッとしたミリアリアが、憤りをみせる。

 自分達の窮地を救ってくれたPTのパイロット達への言葉にしては酷いと、本気で怒っているのだ。

 

「そうだけどさ……」 

 

「しっかし、インパクトある人達だったよな。あのメイドの娘なんて、無茶苦茶可愛かったし……うへへ」 

 

「ト〜ルっ!!」

 

 今度は八方美人的な発言をする恋人に睨みを利かせるミリアリア。

 そんな二人のやりとりを微笑ましく見守っていたキラに、サイが何気なく言った。

 

「そうは言っても、全然面識無いからどうって言うの難しいしな……キラは、あの黒い服の人と話してたよな。どんな事話したんだ?」

 

「え?」

 

 それは唐突な質問だった。

 どんな話、などという大層な内容などまったく無いので答えに詰まる。

 周りからすれば、PTの少年と話した人間は自分だけなのだから、その意図は理解できた。

 しかも、端から見れば密着して何やら囁き合っていたようにとれなくもない。

 だからといって、内容が出てくるわけではない。

 

「あ、俺それけっこう気になってたんだよなっ! 教えろよ〜!」

 

 面白そうな話題だとさっそくトールが便乗してくる。

何の面白味も無いことだが、脚色するつもりは元々無いので、キラは苦笑しつつも質問に答えようとした。

 

「それは――」

 

「友好的コミュニケーション、だよな?」

 

「っ!?」

 

 だがその瞬間、何処か軽い調子の声が、割り込むようにキラの言葉を遮った。

 いつの間に現れたのか。

食堂の入口に立っていた声の主は、話題の人物である黒いボディスーツを着た少年だった。

美形というよりもハンサム系の整った容貌だが真面目なイメージは無く、口元に浮かんでいる不敵極まりない笑みからすると、かなり軽そうだ。

 そして、その隣にはトールが言っていたメイド娘が寄り添っていた。

邂逅時と同じ服装の少年と異なり、こちらは私服に着替えたのだろうか、焦茶色に白花柄の入ったハイネックシャツの上に毛織りのアウターを羽織り、膝下程度の長さのスカートは淡いピンクで大人しい感じだ。

ナチュラルなストレートロングの髪に、薄翠色の双眸。

 綺麗と可愛い、表現から言えばどちらか迷うような美少女で、少年とは対照的に落ち着いた印象を受ける。

 服装のギャップこそあったものの、並んでいて遜色のない、実に絵になる二人だった。 

 

「え……あなた達は!」

 

「なんで……!?」

 

 二人の存在に気づき、驚いたサイ達が椅子から腰を浮かせる。 

 

「祐一、いきなり話しかけたらみんなびっくりすると思うよ」

 

「そうか?」

 

 自分達のせいで場が緊張していることなど気にするふうでもなく、二人はマイペースに話を進める。

 何か言いたそうな少年の代わりに、少女が微笑みを浮かべながらゆっくりとした調子で言った。

 

「えっとね……わたし達ごはん食べに来たんだけど、一緒に座ってもいいかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂内の奇妙な盛り上がり。

 初対面の二人……水瀬名雪という少女もだが、むしろその中心は相沢祐一と名乗った少年だと言ってもいいだろう。

 どうしてこんな展開になったのかは、油断無く二人を観察していたキラにもよくわからなかった。

 

「なるほど、みんな同じゼミのメンバーってわけか。しかも工業カレッジ? というと……大学生!? お、おれ達より学歴上だぞ。どうする、名雪っ!?」

 

「どうもしないけど」

 

「あ? 普通は驚くだろ。みんな年下なのに、おれ達よりも学歴上なんだぞ?」

 

「祐一はね。わたしは軍事工学科の博士号持ってるから、院修了程度の学歴だよ」

 

「甘いな。おまえが博士号なら、おれは小型艦艇免許で対抗だ。どうだ、参ったか」

 

 対象の物差しがイマイチよくわからなかったが、イトコの少女に対して大人げない張り合いをみせる祐一。

 彼らがカレッジの面子の輪に入ってから一時間余りが経つ。

 その間のやりとりで祐一は、高いテンションと時折見せる負けず嫌いな性質を、また祐一への的確なツッコミをしたかと思えばツッコミ返されアタフタしている名雪は、近づきがたい雰囲気などまるでない天然な様をキラ達に露呈した。

 最初は演技かと思い警戒していた仲間達も、互いの自己紹介が終わり会話が弾む過程でだいぶ打ち解けているようだった。

 

「単に国の教育課程が違うだけのような気がするなぁ。カレッジっていっても全然、凄くなんてないですよ。俺、単位もギリギリとってるだけだし」

 

「オーブは国民の自主性に任せる面が強いから、学びたい道を選ぶ地点が他の国より早いんです。カレッジに入るだけなら、ある程度の歳になれば誰でもできることですから。……私達みたいに」 

 

 トールもミリアリアも、学習能力的には並だ(会話通りトールは単位を必要以上には取得しようとしていない)。

 サイが頷いて二人の話に便乗する。

 

「出るのが大変なんだよな。技術が身に付かなければいつまで経っても修了できないし、逆に技術さえ身に付けてしまえば飛び級で修了できるんです」

 

 年長者の彼もまた、二人に対する警戒心がほとんど無い。

 祐一達は自分達の境遇をEFAの軍人して伝えていたので、目上の人間ということもあり、礼節を弁え皆が自然と敬語で話していた。

 だが、話が賑やかだったのはそこまであった。 

 

「もっとも、ヘリオポリスが滅茶苦茶になっちゃって、俺達これからどうなるのかわかりませんけどね……はは」

 

 話の流れからすれば不自然ではなかったが、カズイのその発言は忘れていた現実へ皆を引き戻させるのに十分なもの。

 この艦は友軍の要塞へ入港予定ということだが、その周りはザフトの勢力圏内……アークエンジェルが存在するのは危険宙域以外のなにものでもないのだ。

 

「……カズイ、そこで盛り下げるなよ。せっかくみんな忘れてたんだからさ」

 

「だってほんとのことだろ? ザフトだって諦めたわけじゃない。……今までは何とかなったけど、これからもそうだとは限らないじゃないか」

 

「……」

 

「……」

 

 トールが苦虫を噛み潰したような顔で不満を口にしたが、力無い声が場の雰囲気を戻すことは無くカズイの正論の前に消え、残ったのは重苦しい沈黙――しかし、そう感じたのも束の間、沈黙は呆気なく破られることとなった。 

 

「ずいぶんと深刻そうだな。まあ、命が掛かってるわけだから先行きに不安を感じるのもわかるか。けど、少しは希望を持ってもいいと思うぞ」

 

「?」

 

 これっぽっちも深刻そうではない声の主は祐一だ。

 どういう意味かとキラ達の視線が彼に集中する。

 ふっと意味深な笑みを口元に浮かべ、 

 

「今後しばらくはおれ達も同行することになるからな。この艦が沈まないように、せいぜい頑張らせてもらう」

 

 少し芝居がかっていたが、祐一は場の雰囲気を払拭する爆弾を投下した。 

 

「え? じゃ、じゃあ相沢さん達、あのPTで戦ってくれるんですか!?」

 

 上ずった声でカズイが聞き返す。

 EFAの軍人という話だったが、会話が始まってから今まで、二人はこれからどうするのか一切口にしていない。

 切羽詰まったアークエンジェルにおいて、普通なら先に聞かせて欲しい重要な事項である。

 人見知りというわけでもなかったが、キラ達は初対面の二人が目上で軍人ということもあり、遠慮して聞かなかった……いや、本当は期待しておいて裏切られるのが怖くて聞けなかったのだ。 

 

「そうなるな。……というか、あの巨乳艦長が出した同行条件が戦うことだから、否応無しなんだが」

 

「わたしは主に整備だけどね」

 

 だが、彼らはアークエンジェルで戦ってくれるという。

 EFAのPTパイロットが、あの白いヒュッケバインで。 

 

「本当ですかっ!? すっげーっ!!」 

 

「EFAのPTパイロットが戦ってくれるなら心強いよな! フラガ大尉がやられた時は凹んだけど、MAの代わりにPTなら十分すぎる!」

 

 さっきまでの暗い雰囲気など何処吹く風か、興奮し否応なしに盛り上がるトールとカズイ。 

 

「あ、パイロットっていってもおれはテストパイロットだぞ。しかも親戚のコネでなったようなヘタレだ。実戦経験もほとんど無い。過剰な期待はするなよ」

 

 過剰な反応に祐一が慌てて補足事項を加えたが、そんなことなど誰もまともに受け取ろうとしない。

 白いヒュッケバインがイージスからストライクを助け出し、四機のGを相手に一歩も退かずそれどころか退けて見せた戦闘の一部始終を、この場の誰もがアークエンジェルの艦橋から目撃していた。

 本人の持論がどうであれ、祐一とカノンが戦闘において頼りになるのは間違いないだろう。

 

「よかったな、これでお前の負担も減るぞ!」

 

「うん、そうだね」

 

 サイの気遣いにキラは頷く。

 わけもわからないまま戦場へと放り出され、頼みの綱のムウも先程の戦闘で怪我を負い戦えるかどうかわからない状態という中、この助っ人は正直心強かった。

 張っていた気が抜け、自然と顔が綻ぶ。

 

「……」

 

 そんなキラを、じっと値踏みするような目で見つめる祐一。 

 

「なんですか?」

 

 自分へと向けられる視線に気づき、訝しむ。

 一体、何なのだと戸惑うキラに祐一は軽い調子でサラリと言った。

 

「いや、大したことじゃない。ちょっとした疑問なんだが、おまえコーディネイターだよな?」

 

 その言葉に、食堂の雰囲気が再び変化をみせる。

 考えもしなかった、いきなりの直球だ。

 しかもそれは、キラ達が放りたかった弾でもある。

 話の流れから上らず、二人に聞けなかった内容もまたコーディネイターに関することなのだから。

 しかしながら、意表を突くのが上手い。 

 

「……不躾ですね。そういうあなた達はどうなんですか?」 

 

「質問に質問で返すなよ。調子狂うぞ」

 

 凛として平静を装い直球を投げ返すキラに、祐一は苦笑した。

 あくまで軽めだったが、狙ってやっているのならやはり油断ならない。 

 

「ぼくは、コーディネイターですよ。あなた達もそうなんでしょう? 艦の人たちみんな、そう噂していますし……あのPTの動きが普通のナチュラルの人にできるとは思えない」

 

 ほぼ間違いない、それは確認だ。

 マリュー達同様、キラもまた艦内の噂のみではなく祐一達のナチュラルとは違うと思われる身体能力から、彼らをコーディネイターであると確信している。

 しかし、指摘を受け考え込む様子を見せる祐一が返した答えは予想とは違うものだった。 

 

「そう思うのは当然だな。だがヤマト、おれはともかくこの名雪までコーディネイターだって言い張るつもりか?」

 

「……は?」

 

 考えとは逆の回答、というより質問めいた物言いにキラは間の抜けた声を上げる。

 そしてそれは、他の者にも意外だったらしくミリアリアが祐一に聞き返した。

 

「え、違うんですか?」

 

「こんなボケボケ・ポヤポヤのコスプレ天然女がコーディネイター? あのな、そりゃ全世界のコーディネイターに失礼だろ」

 

 なるほど、コーディネイターといえば何処か隙のないイメージがあるのは確かである。

 軍人のコーディネイターがこれほど隙だらけ……もとい、フレンドリーすぎるのも大きなギャップだ。

 もっとも、それはどちらかといえば名雪より祐一に言えることだと思うのはキラだけではないだろう。

 

「わたし、祐一の方が失礼だと思う……」

 

 名雪のツッコミを黙殺しつつ、祐一はキラに聞いた。

 

「だいたい、こいつがコーディネイターだって根拠は何だ?」

 

 その質問にキラは、身体能力を上げようとしたものの、よくよく考えてみると二人はEFAの軍人ということなのだから、あれぐらいの動きは訓練次第でどうにでもなるかもしれない。

 そうなると、コーディネイターとしての根拠は無いのか?

 前に座る名雪を眺めながら、恐る恐るキラが口にしたのはそのずば抜けた容姿についてだった。

 

「え……っと、その……綺麗な人だし」

 

 キラ自身がそうであるようにほとんどの場合、コーディネイターは容姿も常人より優れている。

名雪のことをコーディネイターの範疇に入るような美少女だと思っていたのはキラだけではないようで、トールとミリアリアのカップル組が友人の発言に続いた。

 

「あのネコミミメイドの服着た姿も。メチャ可愛かったですっ!」

 

「トールのばか、後で酷いんだから……でも、嘘は言ってないよね。女の私から見てもそう思いますよ」

 

 贔屓目無しの初対面のヘリオポリスメンバーがそう感じるのだから間違いない。

 天然少女でも乙女は乙女、容姿を褒められれば嬉しいもの、素直に受け取り少しだけ顔を赤らめて照れる名雪。

 

「わ、ありがとう。すごく嬉しいよ〜」

 

「見た目に騙されるな。その予想はハズレだ。名雪は完全に母親似、遺伝子弄った結果がこうなったわけじゃない。秋子さんもコーディネイターじゃないしな。こいつがコーディネイトされているのはどう考えても他のところだ」

 

 相方を貶しているのか、それとも単に事実として言っているのかどうか不明だが、祐一の発言に名雪は気分を害されたようで少しだけむっとして隣人にジト目を向ける。

 二人のやりとりは今までで何度も行なわれたじゃれ合いに過ぎなかったが、彼の言葉で全ては片づけられた。

 

「結局、コーディネイターなんじゃないですかっ!」

 

「ぐは、ばれたか」

 

 キラのツッコミに悪びれた様子もなく祐一は笑った。

 結論から言うと名雪と祐一の二人はコーディネイター、ようは全部単なる言葉遊びだったというわけだ。

 

(ほんと、変わった人だな)

 

 正直、疲れるところもあったが、ひょっとしたら祐一の言動全てが自分達と早く馴染むためのプロセスなのかもしれない。

 そう考えると最初に彼が言った友好的コミュニケーションとやらも、キラにはあながち出任せではないように思えた。

 そんな時。

 

「サイ!」

 

 食堂の入口から発せられた声に振り返ると、一人の少女が所在なさげに立っているのが見えた。

 燃えるような赤みがかった長い髪と、気の強そうな、何処か高貴な雰囲気を醸し出す整った顔立ちは華やかで、美人と言って良い。

 少女の名はフレイ・アルスター。

カレッジの少女達の中でも、特に人目を惹く存在だ。

服装はキラ達同じゼミの面子とは違い私服で、軍服ではない。

 その理由は、アークエンジェルに乗ることになった経緯の違いである。

 Gの戦闘に巻き込まれ最初からアークエンジェルへと乗ったキラ達と異なり、フレイは彼女が乗った脱出カプセルが推進装置の故障で漂流していたところを、キラの操るストライクによって救助された。

 面識もない避難民達と一緒にいることに苦痛を感じ、どうやらカレッジの友人達を頼ってきたようだった。 

 

「フレイ、どうした?」

 

 サイが招くと、フレイはほっとした顔で食堂へと足を踏み入れる。

 安心しきった彼女の様子は、まるで飼い主を見つけた子犬のようだ。

 この事件があるまで皆知らなかったことだが、サイとフレイは親同士の決めた婚約者同士ということらしい。 

 

「何で呼んでくれなかったの? もう、みんなでご飯食べるのなら、私も誘ってよ!」  

 

 何処か甘えるような声でサイと話すフレイ。

 カレッジのアイドル的存在であるフレイに対し、以前から淡い恋心を抱いていたキラは、二人の仲睦まじい様子に少し顔を曇らせた。

 

「友だちか?」 

 

「はい、彼女はフレイ・アルスター。カレッジの仲間です」

 

 祐一の質問にサイが答える。

 知らない人間が仲間達といることが気になったのはフレイも同じで、恐る恐る婚約者に尋ねた。

 

「……この人達は?」

 

「おれは相沢祐一。これからよろしくな」

 

 サイが口を開く前に、祐一が名乗りを上げると名雪もまたイトコに続く。

 

「えっと、水瀬名雪だよ。よろしくね、アルスターさん」 

 

 満面の笑顔でにこやかに笑いかけるコーディネイターの少女。

 二人のそれは打算も何もない、ただ初対面の相手に対する友好的な振る舞いだった。

 だが、フレイは二人があのPTに乗っていた者達だと思い当たると、ゆっくりと後ずさる。

 

「えぇ? ひょっとして、噂の……!? 嘘、やだっ!! なんでザフトの人がみんなといるのっ!?」

 

 その顔には、明らかな嫌悪の色が浮かんでいた。

 

「フレイ……!?」

 

 少女の突然の言動に、サイは唖然として名を呼んだが当人は呼ばれたことに反応しない。 

 

「わたし達、ザフトじゃないよ? EFAのスタッフだから――」

 

 どこからザフトという言葉が出てきたのか理解不能な名雪は、戸惑いながらも今まで皆に聞かせた内容を遅れてきた少女に繰り返して聞かせようとしたが、その行為は本人から拒絶するように遮られる。

 

「な、なんだって一緒よっ!! コーディネイターなんでしょうっ!?」

 

「一緒じゃないよ。確かにわたし達はコーディネイターだけど……それにわたしのおかあさん、地球軍のえらい人だよ」

 

 それでもめげずに地球軍という名称を使って、フレイを安心させようとする名雪。

 “コーディネイター=地球の敵”という図式は、軍に関わるブルーコスモス……反コーディネイターを信条とした一部の狂信者達によるプロパガンダの悪しき極論でしかない。

 コーディネイターでも全部が敵というわけじゃない、自分達はみんなと同じなんだよと。

 名雪は笑顔を崩さずに立ったままのフレイに席を譲るため、座席を一つ分横にずれて言った。

 

「ごはん食べに来たんだよね? わたし一個ずれるから、ここ座っていいよ。仲良くしようよ」

 

 それでも。

 そんな名雪に気味の悪いものでも見るような目を向け、彼女は悲鳴のような声を上げた。

 

「ちょっと、やだっ!! ……やめてよ!! なんで私がアンタなんかと仲良くしなきゃなんないのっ!?」

 

「フレイっ!」

 

 あまりの出来事に固まっていたヘリオポリスの仲間達も、ようやく事の異常さに気づいた。

 しかし、サイの咎めの声はフレイには届かなかった。

 

「コーディネイターのくせに、馴れ馴れしくしないでっ!!!」

 

(……)

 

 コーディネイターに対する決定的な負の感情。

 まるで、フレイの言葉全てが自分に対しても向けられているように感じられ、キラは無意識のうちに息を呑んでいた。

 誰が見ても無害な、優しげな女の子に対しても、コーディネイターというだけで酷い言葉をぶつけるのか。 

 歩み寄りも何も、ナチュラルとコーディネイターという間の壁の前には無力だ。

 フレイがナチュラルであり、キラを含め名雪と祐一がコーディネイターであるのは事実なのだから。

 握りしめた拳の震えが止まらない。

 好意を持っている相手の口からそれが出ているという事が一番堪えた。

 やるせなさと、例えようのない焦燥感。

 胸の痛みに耐えるように、唇をキュッと固く結ぶ。

 祐一達と話し出してから今までで最悪の雰囲気が、場を支配し始める。

 沈黙だけが横たわっていた。

 誰もが重い、沈痛な表情を浮かべている。

 そんな時、その声が上がった。

 

「……おまえ、初対面なのにずいぶんな言いぐさだな?」

 

 永遠に続くのではないかと思わせる負のムードを破ったのは、またもや祐一だった。

 名雪も含めた皆が暗い顔をしている中、彼唯一人が変わらず己のポーズを崩していない。

 語調は彼特有の何処か冗談のような感じでありながら、祐一の言葉には不思議な迫力があった。 

 

「な、何よ! 文句あるっていうの!?」

 

 それを感じたのか、フレイが怯みながらも気丈に答える。

 一人っ子の彼女は、地球連合軍の事務次官をしている父親に幼い頃から甘やかせて育てらていたため、優雅で天真爛漫な反面、我が侭で向こう見ずな面がある。

 祐一は自分を睨む少女を一瞥し、スッと目を細めた。

 

「文句というか、とりあえず謝っとけ」

 

「なっ!?」

 

「謝れよ。名雪と、ヤマトにな」

 

「……えっ?」

 

 相方の名雪が酷く詰られた事に祐一が謝罪を求めたのかと思っていたキラは、彼が自分の名も口にした時、思わず声を上げた。

 その声はフレイと祐一の間にある空気に緩衝できるほど大きなものではなかったため、反応してキラに目を向けるものは誰も無く、皆の視線は変わらず二人へと向けられている。

 暗く重い気持ちにとらわれていながらも、キラもまた仲間達と同じようにやりとりに耳を傾ける。

 

「おれは何とも思っていないから別にいいけどな。今の言い方、普通のヤツなら傷つくぞ? 特にこいつは箱入りだから余計だ」

 

「祐一……わたしも、気にしてないから」

 

「おまえが良くてもヤマトはどうだ? 今のアルスターの台詞、カレッジの仲間から出る言葉じゃないよな?」

 

 祐一の当たり前すぎる指摘に、仲間がはっと息を漏らした。

 コーディネイターなのは、何も祐一達だけではない。

 キラもまたコーディネイターであり、フレイの言葉は二人のみならず友人の胸まで抉っていたのだと、彼らもまた気づいたのだ。

 ザフトの追撃を振り切るため、キラはコーディネイターであることを武器にストライクへ乗り、戦った。

 大切な仲間達を守るために。

 その事は、ヘリオポリス崩壊後に救助されたフレイも含めて、カレッジの仲間全員が知っている。

 それなのに……よりにもよって想い人からあんな事を言われれば、傷つかないはずがないのだ。

 親友がフレイに対し特別な感情を抱いている事を知っているトールがキラに気遣わしげな目を向けたが、キラは黙って首を横に振り平気だと示した。

 変わらず嫌な沈黙に包まれる中、重かった胸が少しだけ軽くなったような気がしたから。

 

「……悪い、白けさせた。雰囲気を悪くさせた邪魔者は消える事にするか。ひとまず、これからよろしくな」

 

 言い返せず黙ったままのフレイに目もくれず席から立ち上がると、祐一は皆に軽く手を振り、食堂の入口へゆっくりと向かいだした。

 

「みんな、ごめんね」

 

 祐一と自分、二人分の食器を片づけた後、名雪もまたイトコの少年を追って食堂を退出していく。

 残されたヘリオポリスの面子は、そんな二人を黙って見送った後、緊張した雰囲気から解放されたようにため息をついた。

 そして、不満顔なままのフレイが口を開くよりも先に、トールが彼女を睨みながら言った。

 

「お前、なに馬鹿なこと言ってるんだよ! 相沢さん達、かなり気分悪くしてたぞ!?」

 

「フレイ、あれ言い過ぎっ! 相沢さん、怒ってたし……謝ってきた方がいと思う」 

 

 恋人同様、祐一達に好感を抱いていたミリアリアもトールに続く。

 客観的に見てフレイが悪いと、サイもまた年下の婚約者に謝罪を勧めた。 

 

「白けさせたのはどっちかというとフレイだよな。謝ってこよう、俺も付いていくから」

 

「サイまで!? そんなこと嫌よっ! なんで私が!!」

 

「……ぼく、謝ってくるよ」

 

 仲間達に詰め寄られ逆に意固地になる少女の代わりに謝ろう、そう思い立ったキラは席を立ち、祐一達を追って食堂を出た。

 元々、気が強いところもあるのだから少しは反発もしてしまうだろうし、カレッジでもお姫様のような立ち振る舞いをしていた彼女は、人に頭を下げる事を嫌う節があるように思えたからだ

 それに、同じコーディネイターだったら、ナチュラルが謝るよりも当たりが小さいかも知れない。

 

 

 

 

 

「どうして私が、コーディネイターなんかにあそこまで言われなきゃならないのよ!?」

 

 祐一達が去り、コーディネイターのキラもいなくなったことで、フレイに火がついたらしい。

 その様子には悪びれた様子はまったく無い。

 食堂に残された面々は、未だに自分の非を認めようとしない少女に閉口していた。

 悪い、悪くない以前に彼女は自分がどうして祐一を怒らせたのか、よくわかっていないようだった。

 

「……フレイってさ、ブルーコスモス?」

 

 呟くようにカズイが口にしたのは、自然主義を掲げる反コーディネイター団体の名称だった。

 彼がここの団体を挙げたのは、ブルーコスモスのメンバーなら、あそこまでコーディネイターを悪く言うのも頷けるからだ。

 だが、フレイは声を荒げて違うと答えた。

 

「違うわよ! ……でも、あの人達が言ってることって間違ってないじゃない。遺伝子を操作した人間なんて、やっぱり自然の摂理に逆らった間違った存在よ。本当はみんなだってそう思ってるんでしょ!?」

 

 引っかかる部分があったのか、トールを含めた全員がフレイから目を逸らした。

 彼らは近くでコーディネイターのキラを見てきた。

 穏和で優しい性格の少年が、実はカレッジでもトップレベルの成績であるのは、仲間達の間では周知のことである。

 幅広い知識、咄嗟の機転、高い身体能力、そしてゼミのカトウ教授から専門プログラム構築の手伝いを求められるほどの情報処理能力……ここまでくると、素直にただ凄いというだけではくくれない何かが孕んでくる。

 そんなキラの事を一度として妬ましく思ったことがなかったか。 、

 

「なんかつい……忘れちゃうけどさ、キラもコーディネイターなんだよな。あんなMS、平気で乗れて戦えちゃうんだもんな……」

 

 カズイの独り言のような呟きは、自問していた仲間達の耳に大きく響いた――。

 

 

 

 

 

 仲間達がそんなやりとりをしていた頃、キラは居住エリアへと向かっていた二人に追いついていた。

 

「本当に、すいませんでした!」

 

 追いついてから、これでもかというほど頭を下げる。

 二人は自分よりも年上なのだから、これくらいは当たり前だと思うところもあった。

 

「ヤマト君……顔、あげよ?」

 

「はい……」

 

 顔を上げたキラは、改めて名雪の事を“優しい人だよな”と思った。

 フレイに責められていた時も彼女は、酷いことを言う相手を気づかってくれた。

 結局、そのフレイとは仲良くなれなかったが、その事で名雪が良い人なのだということは十分過ぎるほどわかった。

 対する祐一は、言っていることが冗談ばかりに聞こえるが、筋は通す一本気な人なのかもと先程の出来事から推測できる。

 気になる二人の関係はチームメイトということだが、色恋沙汰に疎いキラにも二人の間に流れる空気が普通のそれとは違う事が、何となく感じ取れた。

 祐一は名雪をイトコだと紹介したが、ひょっとしたら恋人なのかもしれない。

 

「何で謝るんだ? おまえも被害者だろ」

 

 実に豊かな想像は、その祐一の不思議そうな声によって一時中断となった。

 瞬時に頭を整理し、キラはフレイの弁護を始めた。

 

「相沢さん達に、フレイのこと誤解して欲しくなくて……彼女は、同じカレッジの仲間ですし。フレイも悪い娘じゃないんです。ただ、コーディネイターにちょっとだけ良くない印象を持っているだけで、悪気はなかったと思います」

 

 いきなりコーディネイターだと聞いてびっくりしただけなのだと、自分自身に言い聞かせながら話すキラに、祐一は苦笑しながら言う。

 

「おまえが気にしていないなら、別に構わないって。それに、謝るならおれの方さ。せっかく気分良く話してたところに水を差しちまったからな。友好的コミュニケーション、完全に失敗だ」

 

 友好的コミュニケーション。

 ストライクから降りてきたキラは、そんな事を口にする正体不明の少年に掴みかかられ、そう時間を置かずにその言葉を、食堂で同じ少年の口から聞くことになった。

 相沢祐一、この奇妙なコーディネイターとキラ。 

 友好的かどうかはわからなかったが、コミュニケーションは十分にとれていたのではないだろうか。

 

「……そうでもありませんよ」

 

「?」

 

「相沢さんにああ言ってもらえて、本当は嬉しかったんです。……仲間の中でも、コーディネイターはぼくだけですから」

 

 そして、これから艦を守ために共に戦っていくことになるコーディネイター。

 アークエンジェルの行く末に不安がないはずがない。

 だが、キラの中にあった自分が“艦にたった一人のコーディネイター”なのだという暗い気持ちと疎外感に伴う不安は、祐一と名雪の登場によって大きく軽減されたといってもよかった。

 

「おれの横槍も、そう無駄じゃなかったってことか」

 

 ふふんと不敵に笑う祐一の表情が、より柔和な何処か見る者を惹き付けるようなものへと変わった。

 しばらく後に、キラは知ることになる。

 それは、祐一がエイジや潤といった悪友達に見せる、彼本来の日常の顔なのだということを。

 

「戦いなんか無いのが一番なんだが、今のご時世こればかりはわからない。何かあったらおれもカノンで戦闘に出るし、機体の調整も一人で抱え込まないで、名雪に振ってくれていい。戦えないフラガのおっさんの代わりに、お互い頑張ろうな!」

 

 祐一が手を差し伸べると、キラもまたその手を取り、ガッチリと握った。

 

「はいっ!」

 

 微笑ましそうに見守る名雪の前で、親交を深める二人の少年。

 相沢祐一とキラ・ヤマト。 

数奇な運命によってもたらされたこの出逢いが、それぞれに何をもたらすのか、二人はまだ知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリューが祐一達にあてがったのは、複数部屋ある戦闘士官用個室の一つだった。

 その並びには、戦闘士官であるムウや成り行きからストライクのパイロットをやることになったキラの一人部屋がある。

 新造戦艦というのは名ばかりではなく、士官室の数は二人部屋と一人部屋合わせて十を超えるのだが、肝心の搭乗士官の数が少ないこともあり、ほとんどが空室のままの状態だ。 

 空き部屋が多いことや二人が便宜上EFAの士官を名乗っていること、そして何よりもコーディネイターという存在の特異性から、通常部屋を外されたのだろうが、色々と秘密を共有する関係にある名雪と二人だけの部屋というのは、今までのことを整理する上で正直助かるものだ。

 士官室には専用のシャワー室がついていたので、部屋に入るなり名雪は「覗いたらダメだよ」と少年に念押ししてシャワー室へ飛び込んだ。

 当然、男ならば覗くぞ……というところだが、そんなことはせず、祐一はイトコの少女がシャワーを浴びている十五分間、室内が盗聴されてないかを調べて怪しげな装置が無いことを確認し、パジャマに着替えて出てきた名雪と入れ替わるように、シャワーを五分浴びた。

 五分だけなのは、マリューからの注意事項で“シャワーの使用は二人合わせて二十分間以内に留めて欲しい”と言われたからだ。

 シャワー室から上がり、名雪の用意してくれたカエルプリントの白いTシャツと下着の上から灰色ジャージのズボンを身に付ける。

 既に部屋の明かりがおちていたところを見ると、名雪はもう寝たのだろう。

 薄暗い室内を横切って二段ベッドの下段へと器用にダイブ、そこでようやく一息をついた。

 

(今日はエラい一日だった……)

 

 思い起こすと、本当に大変な一日だった。

 浮かぶのは戦闘、戦闘ばかり。

心休まる暇などカケラも無かった。

 祐一独りだったなら、絶対に途中で心が折れていたに違いない。

 二段目の底天井を見上げて、その上に眠る住人のことを考える。

 祐一もそうだが今日一日、名雪もかなり無理をしていた。

 普段から眠りの早い彼女のことだ、かなり疲れているだろうからもう寝たのだろう……そう思っていた時、上から声が降ってきた。

 

「…………ゆういち、寝ちゃった?」

 

「おう、寝てるぞ。ぐぅ、ぐぅ……安眠安眠」

 

「もう、嘘つき」

 

 いつもの、二人の掛け合い。

 少しだけ拗ねる少女の苦笑している顔が、自然と目に浮かぶようだ。

 何故、寝ていないのかと訝しい気持ちもあったが、名雪が話したがっているような気がしたので、祐一はそれとなく言葉を紡ぐ。

 

「……おれ達、とんでもないことになっちまったな」

 

「うん……」

 

「おれも勢いで色々言った気がするけどさ。おまえが艦長達やあいつらに言ったこと、何処まで本当なんだ?」

 

「七割ぐらい、かな。わたしが整備士資格を持ってる調律師なのも、院修了程度の資格があるのも本当。ほんの少しの間だけだけど、KURATA研のスタッフやってたことあるし。研修生だったんだけどね」

 

「なるほどな……」

 

 知られざる事実だった。

 九ヶ月余りを一つ屋根の下で過ごしていたが、イトコについては未だ知らない事が多そうだ。

 ――もっとも、それは祐一も同じだったが。

 会わなかった七年の間に積もったものが、それだけ多いということだろう。 

 

「……しかし、まだ寝てなかったのか。おまえにしては珍しいな」

 

「……」

 

「まさか怖くて眠れないとか――って、そんなデリケートなわけないよなー、はは」

 

適当に口にした事に名雪は少しの間の後、答えた。

 

「うん……怖いよ」

 

(図星か……)

 

「紅君のお姉さん探しをしてて……気が付いたらわたし達、いつの間にかこんなことになっちゃって……急に怖くなったの」

 

「……」

 

 穏やかな調子だった名雪の声。

淡々と、だが彼女のその声は震えていた。

 

「こんな知らないところに来ちゃって、これからどうなるんだろう、どうなるんだろうって……さっきからずっとそんなことばかり考えてる。怖くてたまらないよ……祐一、平気なの? わたし、ダメだよ」

 

「……」

 

「ねえ、ゆういち本当にそこにいるの? 黙ってないで、喋ってよ……」

 

 言いたいことを全部言わせよう、そう思い祐一は口を挟まなかった。

 だが、それが名雪に余計な不安を与えたらしい。

 

(おれも、まだまだだな……)

 

 明るく、少し天然入っているところもあるが、人前で名雪が自分の弱いところを見せることはほとんどない。

 そんな彼女が弱音を言っていること自体、かなり参っているという証拠だ。

 反省しそんなことなどないと、名雪の不安を払拭するように声を張り上げる。

 

「安心しろ、おれはここにいるぞ。……というか、おまえは生粋の淋しがり屋だからな。独りにしておけるかよ」

 

 照れ隠しの入ったその言葉に、名雪は思案に暮れながら何かを呟いた。

 

「…………そうだね。祐一は、そうだったよね」

 

「……?」

 

 主語と述語だけ、肝心の中身の伴わない独り言だったため、少女が何を思っていたのかは祐一にはわからない。

 わからなかったが、その台詞を最後に名雪の声から震えが消えていた。

 そして。

 

「ね、祐一……一つだけ、お願いしてもいいかな?」

 

「お願いにもよるかな。とりあえず、言ってみろ」

 

 大きな間の後、名雪はか細い声で言った。

 

「………………そっちに、行ってもいい?」

 

 小さな声に、僅かに混じっているのは恥じらいだろうか。

 普段は冗談ぽく誤魔化すことが多いだけで、人の感情に鈍感というわけではない。

名雪のその言葉が一体どんな意味なのか、わからない祐一ではなかった。

 少女は祐一と“一緒に寝たい”と言っているのだ。

 

「……はぁ、ほんとうに淋しがり屋だな、おまえは」

 

「……」

 

「今晩だけだぞ」

 

「……うんっ!」

 

 今までの淡々とした語調とはうって変わっての、普段通りの名雪を思わせる返しに、祐一は少女の不安をとりあえず拭い去ることができてよかったと思ったが、問題なのはこの後だった。

 受け答えの後、祐一の寝る下段の布団に、誰かが潜り込んできた。

 当たり前だが、名雪だ。

 名雪以外の何者でもあるわけがない。

 長い彼女の髪が頬に掛かって少しくすぐったかった。

更に、名雪の女性特有の香りと、ピンクのパジャマの下に隠された身体の柔らかさは、二人が完全に密着状態となった今、否応無しに祐一の男心を刺激してくる。

 

「あったかい……」 

 

「おれはちょっと暑い。あんまりひっつくな」

 

「うん……」

 

 安心しきった名雪の声を裏切るわけにはいかないと、表面上は平静を装う祐一。

 だがそれは、ともすれば一気に砕け散るガラスの牙城だ。

 家族だ、なんだと理由を付けたからといって男の本能から解放されるわけがない。

 名雪は、可愛らしい魅力的な女の子なのだから。

 

「まだ、怖いか?」

 

「ううん、もう平気……無理言って、ゴメンね」

 

「……」

 

「祐一と一緒に寝るなんて、久しぶり……」

 

「……」 

 

「二度とこんなことなんて無いって……思ってたから」

 

「……っ!?」

 

 耐えるため無言に徹する祐一は、その名雪の言葉にハッと我に返った。

 こうして名雪と一緒に寝るのは確かに初めてではない。

 遠い昔……七年前よりも以前の話だが、二人は同じ布団で寝たりもしていたのだ。

 

「独りにしないでね? おねがい……もう、置いていかないで」

 

 聞き間違えようもない。

 祐一は瞬時に理解した。

 譫言のようなそれは七年前、最後に名雪と別れたあの時の出来事を言っているのだと。

 七年前の冬、名雪は雪で作ったウサギを祐一にプレゼントしようとした。

 一生懸命作った自分の気持ちだから、と。

 だが、そんな少女の想いは無惨にも打ち砕かれる事となった。

 他ならない、祐一の手で。

 泣きそうになりながらも懸命に笑おうとする名雪の顔は、今でも鮮明に思い出すことができる。

 何故、あんな事をしてしまったのか。

 出来事の前後の記憶が完全に抜け落ちているため、どうして名雪にあんな仕打ちをしてしまったのかはわからない。

 わからないが、祐一が名雪の想いを理不尽に踏みにじったのだけは事実。

 あれだけのことをしたのだ。

 きっと、自分の事を恨んでいるにちがいない、そう思いこんでいたため昨年の春に再会した時は、申し訳ない気持ちを覆い隠しながらの顔合わせとなったものだ。

 しかし、少女はこれまで祐一に七年前の出来事を問いつめるような真似は一度たりともなかった。

再会の時、待ち合わせに四時間近くも遅れてきたのは単に陸上部の活動のせいだったのだという裏もとってある。

家族として、名雪は笑って祐一を迎えてくれた。

名雪の思惑は九ヶ月共に寝起きしてきた今もわからない。

家を空けがちな叔母の秋子の代わりかと思ったこともあったが、敢えて祐一は名雪が言わないのなら、自分からも言わない事にした。

 そんな名雪だから、もしあの出来事のことでどんなことを言ってきても甘んじて受け入れ、謝ろうと……心に誓っていたのだ。

 

「名雪、おれは――」

 

 いよいよ、そのツケを払う時が来たのかと身構える。

 が、それ以上、件に関してのことは名雪の口から出ることは無く、代わりに聞こえてきたのはまったく別のものだった。

 

「……すぅ」

 

「?」

 

「すぅ……すぅ……ゆういち……」

 

「――ておい! 寝るの早すぎだぞ……ったく」

 

 寝息を発てて、眠り姫は既に夢の中へ入ったようだ。

 思い切り肩透かしとなった恰好だが、祐一はほっと胸を撫で下ろした。

 お気に入りのカエル人形『けろぴー』と間違えているのだろうか、自分に抱き付くようにして眠る少女に対して、さっきまであれほど猛っていた男の高ぶりは無かった。 

 

(家族だから、名雪はおれに笑顔を向けてくれるんだ。そこをはき違えるなよ、相沢祐一。もう、こいつを裏切るな……)

 

 男の布団に潜り込むなど、年頃の娘のすることではない。 

 名雪の行為は男を慕うのとはまったく違う、父親や兄に甘えるようなものなのだと……そう己に言い聞かせながら、祐一は瞼が重くなるのを感じた。

 この理不尽な状況の下で“絶対に名雪を守る”という誓いを新たにしながら。

 大天使の胸に抱かれた二人のコーディネイターは、戦いの疲れを癒す微睡みへと落ちていった。

 

 

 

 

 そして。

 C.E.71年1月28日。

 

 それぞれの思惑を乗せたまま、アークエンジェルはユーラシア連邦軍事要塞“アルテミス”へと入港した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 第六話「大天使」

終了後のイベント達成及びデータ登録確認

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祐一キラ  +1=1:第一フラグ成立 

 

 祐一×名雪 1+1=2:第二フラグ成立 

 

 

 

 

 

 

 Gα用語図鑑に

 

 アルテミス  調律師(チューナー)

 

 を追加予定。