スーパーロボット大戦

Generation α

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相沢、いきなりでワリい。俺と……付き合ってくれっ!!」

 

「お断りだ」

 

「……」

 

 いきなりな直球に、即答。

 そうくるとは思わなかったのか、意中の相手に世紀の告白?をした少年は豆鉄砲を食らったような顔になったが、そんなことは知ったことではないという風に、相沢祐一は目の前の友人を一瞥した。 

 ハイスクールの生徒にしてはそこそこ鍛えられた体躯。攻撃的な印象を受ける瞳は野性的で、猫科の動物のようだ。

 紅エイジという名のこの少年と祐一はクラスメートの間柄というだけではなく、放課後には共通の友人である北川潤と共に繁華街へ繰り出して青春を謳歌する仲、いわゆる悪友だった。

 だが、心を許した友人だからといって、同性に告白されて頷く奴は絶対少数だろう。

 少なくとも、祐一は心を許しても身体まで許す気にはなれない。

 ……なれるわけがない。

 

(しぐれ)、おまえまさかそっちの気があったのか? だが残念ながらおれはノーマルだ。悪いが、他を当たってくれ……」 

 

「か、勘違いすンなっ!! おれだってノーマルだ!」

 

「なんだ、違うのか。夕暮れの教室、二人っきりで話がしたいと来たから、シチュエーション的にてっきり告白かと思ったんだけどな。……で、ぶっちゃけ本題は?」

 

 ネタとしては在り来たりでつまらなかったが面白くても問題なので、祐一は友人の言葉を待つことにした。

 

「アヤカを、助けたいんだ」

 

「アヤカ? ……ああ、おまえの姉貴だったっけか。確か、美人の」

 

 アヤカと聞いて自分が転校したての頃、一度だけ会ったことのある友人の姉を思い浮かべてみる。

 紅アヤカ……野獣のようなトゲトゲしさを持つエイジとは正反対に、穏やかで美人の女性だ。 

 しかし、助けたいとはどういうことだろうと、祐一は首を捻った。

 

「あいつを探すのを手伝って欲しい。北川の話じゃ、どうも一人だと無理っぽいンだよ。頼む、おまえの力が必要なんだ!」

 

 詳しい話をせず、まず手伝う約束を取り付けようとするエイジ。

 非常にキナ臭い。

 何やら物騒なニオイがするのは、気のせいではないだろう。

 エイジとはよく連んで馬鹿をやる仲だったが、いくら友人の頼みとはいえ、訳も分らない話においそれと乗るほど、祐一は単純ではない。

 

「探すのを手伝えって言ってもな、何処を探す気なんだ? 大体、話が見え無さすぎ――」

 

 渋りながら説明を求めようとした祐一の言葉を遮るように、エイジが真剣な眼差しのまま口を開いた。

 

「ただとは言わねーよ。コーラ1ケースでどうだ!?」

 

 

 ガシッ!

 

 

 ニヤリとしながら友の手をガッチリと握り、契約成立とばかりに握手をする。

 

「水臭いな親友。何でも言ってくれ」

 

 単純ではない、訂正。

 少年「相沢祐一」は、単純かつゲンキンな質だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に面倒なら断る。

けれど、紅の出した話の内容は、おれの好奇心をほんの少しだけ刺激した。

 このおれ、相沢祐一にとってはダチ同士の交流の延長でしかないもの。

 娯楽、喧嘩、恋愛などと同じ、日常の楽しみの一つだ。

 

それがとんでもない事態に発展するなどと、この時点ではおれも、あいつも、名雪も、誰一人として思っていなかったのだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一話「巨神達の棲む城」

The castle in which huge God lives―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パーティ会場となっている城内の大広間は、その場を埋め尽くす人々の活気に満ちていた。 

 完璧な作法で対応する美人、美少女揃いのメイド達によって注がれる飲み物や、取り分けられた料理、演奏を聞きながら、客達は皆談笑し、古城の晩餐を楽しんでいるようだ。

 笑顔を振りまきながら来客質へ接待をするメイド達。彼女らに持てなされるのは、黒い礼服の紳士、軍服に身を包んだ若い将校、会場の華である貴婦人と、男女ともに多種多様である。

 メイドも一流だが、身なりの良さと物腰から、客達もまた一流であることが見て取れた。

 財界の大物達や、各国の首脳達。

 まさに世界のVIPともいうべき者達が、この会場には勢揃いしているのだ。

 大広間の一角。

 その中でありながらも、人目を引くグループがあった。

 黒のタキシードの少年と、これまた同じく黒い礼装の少女、そして肩を露出させ薄翠色のドレスに身を包んだ少女の三人組である。

 会場に子供がいないということはなかったが、十代後半の未成年者は絶対少数であり、ほとんどが大人というこの会場でその存在は非常に目立つものであった。

 だが、だからといって浮いているわけではない。

彼らはこの上流階級の者達に物怖じすることなく、完全にとけ込むように、周りの者達同様パーティを楽しんでいた。

自分達から少し離れたところの、東方統合政府大統領ウィリアム・ウォーレス・フィッツジェラルド氏とその側近達の一団を眺めながら、少年が口を開いた。

 

「まさに上の上、大した顔ぶれだね。地球連合国のみならず中立国の高官までが勢揃いだ。うちの大統領もいるよ」

 

 サラサラな栗色の髪と背後に纏うそこはかとない気品、鋭く大人達を値踏みする双眸は、同年代の少年達とは明らかに異質のものだ。

 少年の名前は、倉田一弥。

 西の覇道と並ぶ地球圏有数の大財閥“KURATA”の血に名を連ねる者であり、財閥代表者の一人として今回のパーティに招かれた、れっきとしたVIPである。 

 

「凄く豪華なパーティ。この城を外から見た時はどうなることかと思ったけど、これなら十分過ぎる」

 

 楽しげな少年の声に、会場内を見回していた黒衣の少女が相づちを打つ。

 成長期の一弥と同じくらいの背丈は、女性としては長身の部類一歩手前というところだろうか。

 ロングヘアを頭の後ろで束ねるリボンは身につけている黒の正装とは対照的に紅色で、彼女の黒髪に映えている。

 黒衣の少女、川澄舞は一弥やその姉とは違い、正式に招かれたVIPというわけではなかったが、腰に帯刀されている西洋剣が物語る通り、倉田姉弟の護衛役として同伴していた(銃器の持ち込みはできなかったが、礼服に準じた装備は持ち込みを許されていた)。

 普段、無表情で冷たく捉えられがちな舞の楽しそうな様子を見て取り、三人の中心人物であるドレスの少女もまた笑顔を浮かべた。 

 

「あはは、去年の覇道での祝賀会を思い出しますね。料理もお飲物も、あの時と同じかそれ以上に上質ですけど♪」

 

 パールホワイトとライトグリーンのドレスは清楚な雰囲気を醸しだしており、彼女のパーソナルリボンであるチェックの入ったグリーンの髪留めと合わせて、少女の魅力を一層際だたせているようだ。

 一弥の姉、倉田佐祐理もまたパーティを楽しむように、先程ジュースが注がれたばかりのグラスを傾けた。

 

「覇道と言えば、覇道お嬢様の姿がみえないけど……来てないのかな?」

 

 招かれているはずの友人の姿が見えないことを気にしていた一弥の声に、佐祐理が答える。

 

「瑠璃さんは欠席すると執事さん(ウィンフィールド)から聞いていますよ。向こうも今が大変な時期みたいですしねー」

 

 C.E.69年12月15日に終結した『橘の乱』。

 スペースノイドとコーディネイターの一部が決起したことにより勃発した大規模な戦いは、地球連合の名の下に新生された特務部隊『αナンバーズ』の活躍によって幕を下ろした。

 その戦いの最中、佐祐理達と友人になった覇道財閥の若き総帥、覇道瑠璃。

 彼女にとっても財閥にとっても、今が大事な時期ということでこのパーティには参加できないと、佐祐理は瑠璃の執事ウィンフィールドから言づてされていたのだ。

 

「そう、残念だね。久しぶりに会いたかったのにな」

 

「……そういえば一弥。祐一は誘わなかったの?」

 

 ふと浮かんだことを口にする舞。

 相沢祐一という少年に対して凄まじいまでの執着を持つ一弥が、このような席に彼を招待していないはずがないと何気に思ったらしい。

 その通り事実、一弥は祐一を兄と呼び慕っており、今回のパーティもかなり強行に誘ったのだが「悪いな、その日は実に重要な先約があるんだ。スリルとコーラは捨てがたいだろ?」などと意味不明なことを宣われ、既に撃沈済であった。

 

「先約があるって断られたよ。……これを機会に、社交界デビューしてほしかったんだけど」 

 

 断られたことを思い起こし苦笑する弟を励ますように、佐祐理が言った。

 

「仕方ないですよ、祐一さんには祐一さんの都合というものがありますから。祐一さんのデビューはまたの機会にとっておいて、今日は私達だけで目一杯楽しみましょう♪ お料理もすごく美味しいですしね〜」

 

「お褒め預かり光栄です。ミス・クラタ」

 

 掛けられた声に佐祐理達が振り向くと、黄金の縁がある黒い仮面で顔を隠した人物が、恭しく頭を垂れた。 

 会場に入る時にレイヴンと名乗った城主代行だ。

 

「別に褒めているつもりはありませんよ、ミスター・レイヴン。最高のおもてなしに、つい本音が出ただけです♪」

 

「世界の指導者である方々にお越し頂くのですから、これぐらいのおもてなしは当然かと。ですが、お楽しみ頂いているなら幸いです」

 

 口元で感情の動きはわかるものの、隠された仮面のせいでわかるのは艶やかな真紅の髪と整った口元だけだ。

 だが、それだけでも彼が並ならぬ美貌の持ち主であることは伺い知ることができた。

 

「ミスター・レイヴン、その仮面は取らないのかい?」

 

「……。素顔が見たい」

 

 興味津々といった風に同じ内容を口にする一弥と舞だったが、目論見は多少異なるものだった。

 舞は、純粋に興味をそそられたからという単純な理由。

 一弥は情報の無い人物に探りを入れるという意味での質問である。

 

「私の主人の言いつけで、これは外せないことになっているのです。失礼は重々承知の上ですが、どうかご容赦下さい」

 

「主人の言いつけ? ふーん、何か特別な訳でもあるのかな?」

 

「いずれ機会があれば、お話しすることもあるかと」

 

 なおも食い下がろうとした一弥と、マジマジとレイヴンを見つめる舞をたしなめるように、佐祐理が口を挟んだ。

 

「二人とも、人にはそれぞれの事情というものもありますから。友人になったばかりで、あまりあれこれ詮索すると失礼ですよー?」 

 

「姉さんがそう言うなら、仕方ないね」

 

 姉の令に、一弥はいともあっさりと引き下がった。

 彼にとって佐祐理の言葉がある意味、絶対であるということもあったが、せっかくの楽しい場を小さな事で盛り下がらせるのもどうかと思ったからだ。 

 盟友の撤退に舞もまた親友の言葉を素直に聞き、引き下がる。

 

「でも残念。とても綺麗な目をしてる……」

 

 晒しているパーツだけをとってみても、レイヴンが美貌の持ち主であることは間違いないのだ。

 名残惜しそうに呟いた舞の台詞は、世辞ではなく本音だろう。 

 

「恐れいります」

 

 レイヴンは客人の言葉をあくまで世辞と受け取り、静かに目を伏せる。 

 

「――ところでご主人のことですけど、これほどの顔ぶれを個人の資格で招待できるなんて、一体どういう方なんですかー? クライン・サンドマンという方は」

 

 一弥から拝借した金の懐中時計を見ていた佐祐理が、頃合いを見計らって仮面の青年に尋ねた。

 パーティ開始からすでに一時間半余りが経過しようとしていたが、自分達を招いた城の主は未だ一度も姿を見せていない。

 こういった場では、招待主が開場の挨拶をすることが定例である。

 仮の挨拶は既にレイヴンが行なっていたが、肝心の城主からの挨拶がまだだというのだから、佐祐理が訝しがるのも当然だった。

 

「申し訳ありませんが、私はそのご質問にお答えする立場に無いのです」 

 

 姉のためならとばかりに、一弥がすかさず援護を行なう。

 

「そんなことないでしょ? 現に貴方は、ミスター・サンドマンの名代として、各国の主賓達をもてなす資格を得ているんだし」

 

 クライン・サンドマン。

 それが今回、世界最高峰のVIP達を招いた城主の名前なのだが、当人の素性は一切が謎に包まれており、明確なプロフィールはKURATAや各国の情報部さえも掴んでいないという曰く付きの人物だった。

 名前はよく上がるが、全ては謎のベールに包まれている……佐祐理達が今回のパーティにKURATAの代表として参加したのは、ただの道楽からではなく、自分達の敵か味方になるかもしれない正体不明の資産家を知る機会になるかもしれなかったからである。

 

「ミスター・サンドマンの噂は以前から聞いています。世界の富の二割以上を支配していると言われる謎の大富豪。農林水産から宇宙開発に至るまで、あらゆる分野に強力なネットワークを張り巡らせながら、決して表に出ない、総資産は我がKURATA以上と言われている、顔のない億万長者。……そんな噂の御仁がこうしてパーティを催すとなれば、どんな理由があるのか、色々と想像が膨らむというものですよー」

 

 

 ガシャンッ!

 

 

 その時、ちょうど話の流れを断ち切るかのように、少し離れた場所でグラスの砕ける音に続いて甲高い声が上がった。

 

「ああぁっ!!?? すっ、すすす、すいません! すいませんっ! 申し訳ございません〜〜っ!!!!」

 

 声の主は、緑がかったショートヘアの可愛らしいメイドだ。

 どうやら転んだ拍子に運んでいたグラスを床へぶちまけたらしく、ペコペコと周囲に詫びを入れながら外れたメガネを掛け直し、アタフタと辺りに散乱したグラスの破片を片づけ始める。

 すると、まるでそれが合図であったかのように、何処からともなくメイド達の群が現われ、メガネのメイドと同じく散らばったグラスの破片の片づけを手伝い始め、たちまちその場を何事もなかった如く、先程までと同様に綺麗に仕上げてしまった。

 その手際の良さから、一弥が思わず感嘆の声を漏らす。

 

「へぇ……一人ベタなのがいるみたいだけど、すごいな。統制がとれている。ウチにも二、三人お持ち帰りしたいものだね」

 

 一見、バラバラに集まったように思えるその動きだが、司令塔と呼べる者が統率して一団としての行動を行なっていたのを彼は見逃さなかった。

 恐るべきチームワークだ。

 姿形はメイド集団以外の何者でもないが、これではまるで“軍隊”ではないか。

 そんな考えが頭を過ぎったが、突拍子もない自分の考えに一弥は苦笑した。

 弟分がそんなことを考えているなどと夢にも思わない舞は、何処かのテーブルから持ってきたのか、牛丼を片手にパクつきながら幸せそうに言った。

 

「さっきのメガネっ娘、ちょっとツボ。可愛い……」

 

 佐祐理達の注意がメイド達の方へ向いた隙に、レイヴンは会場内のまったく別の一角へ目を向ける。 

 中央の騒ぎに隠れてはいたが、そちらでもちょっとした事件が起こっていた。

 レイヴンの視線の先にいたのは、純白のドレスに身を包んだ乙女だった。

 唇に薄く塗られた紅、伏せ目がちなその仕草は、男の根底にある本能を否応なく刺激し、夢想の先にある深窓の令嬢を思わせる。 

 そんな雰囲気を纏う目の覚めるような美少女に“EFA(東方統合政府軍)”の軍服を着た金髪の男が何やら強引に言い寄っていた。 

 

「――おおっ! 自己紹介がまだでしたね! 私はEFAの将校、アレクサンダー・ゴールドスミスと申します。アレックスとお呼びくださいっ! 貴女の瞳は成層圏から見上げた星空の輝きに似ている! 成層圏に上がったことがお有りですか? そこは神秘で荘厳な別世界です。貴女を私の愛機に乗せて、誰もいないあの場所へ連れ去ってしまいたいっ!! さあ、私にお付き合いいただけませんかっ!? ……なんだ?」

 

 強気のナンパ敢行中。

 アレクサンダー・ゴールドスミス……もといアレックスが、トントンと何者かに肩を叩かれたため、水を差されたと不満げに振り向くと、金持ちの道楽息子といういかにもな風体のツンツン頭をした少年が「向こうへ行け」というかのように、親指で後方を差しながら言った。 

 

「おっさん、俺の連れに声掛けンな。怖がってるだろ? コイツは内気でナイーブなんだ」

 

 本当に連れなのか、それとも少女が困っているのを見かねた“エエカッコシイ”なのか。

 ともかく、本当の理由など取るに足らないのだと、青年将校は割り切りることにしたらしい。

 おっさんという言葉に顔を歪めたアレックスだったが、すぐにガキの言葉と忘却し、年長者の貫禄を見せるような余裕の笑みを浮かべながら答える。

 

「フッ、少年。物静かな性格というものも可愛いが、時には罪になるものだよ。さあ、お嬢さんっ!! この運命的出逢いをきっかけに内気改善、組んずほぐれつ――ごはッ!?

 

 ふいにアレックスが奇妙なうめき声を上げた。

 一瞬、背中を浮き上がらせたかと思うと体を二つ折にして、そのまま床に崩れ落ちる。

 周りからは完全に死角だったために、当人を含めてその場の誰もが気づかなかったが、アレックスの一瞬の隙を突いて少女が鳩尾に掌打を叩き込んだのである。 

 近くにいた者達が何事かと、いきなり倒れたアレックスを取り囲む。 

 

「なんだ、酔っぱらったのか?」

 

「きみィ、ご婦人方の前でみっともないぞ」

 

「おや? ……いかん、白目を剥いている!? おい、誰か来てくれっ!!」

 

 お客様に呼ばれてすぐに対処するのが、メイド道というものなのだろうか。

 先程、グラスをばらまいたメガネの美少女メイドが、汚名返上とばかりに床で伸びたアレックス目掛けて突進してきた。

 

「どうなさいました? て、きゃーっ!!!!???」

 

 

 ガシャァァァンッ!!

 

 

 物騒なことだが、一度あることは二度あるらしい。

 メガネっ娘はまたもや足を滑らせ、料理の載ったワゴンを盛大にひっくり返してみせた。

 

「すすすすっ、すいません! すいませんっ!! とんだ粗相を、申し訳ありませぇぇぇんっ!!!!」

 

 周囲に頭を下げながら、必死に後かたづけを始めたメガネ少女と客達を尻目に、少年は少女の手を引き囲みから抜け出していた。

 注目を集めている惨状の中心から逃れるように。

 関わり合いになりたくない……というだけではなく、二人は明確な目的を持って行動に移ったのだ。

 騒ぎの混乱に乗じ、今ならば誰の目にも止まることなく、城内へ出ることができる。

 目指すのは、大広間から城内へ出るための大扉。

 だが、そんな二人の動きを注意深く観察していた者が一人だけ存在した。

 レイヴンである。

 佐祐理達から離れ、彼らにおかわりを振る舞うべくジュースの瓶を用意しながら、自分の指輪に軽く口づけ囁く。

 

「……ターゲットが動き出した。上手くやれ」

 

『了解』

 

 小型通信機にでもなっているのか、指輪と対のイヤリングから聞こえてきた女の声に微笑み、レイヴンは大扉から会場の外へ出ようとしている少年と少女を見送った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城内の廊下を照らすのは燭台の火と、窓から差し込む月明かりのみ。

 そんな薄暗い回廊を、まるで人の目を避けるようにしながら進むのは、先程の美少女だ。

 二手に分かれたのだろうか、会場を抜け出る時に一緒だった少年の姿は無い。

 やがて、少女は廊下の先にあるものを見つけ、その足を止めた。

 城内のオブジェである大きな西洋甲冑。

 注意深く辺りを伺い誰もいないことを確認すると、鎧の影に隠れるようにして、彼女はスカートの内側からザックを取り出し、身につけたドレスを脱ぎ始めた。

 可愛い外見からは想像もできない、恥も外聞も無い大胆さ。

 だが、うら若き乙女のストリップショーが始まるかと、誰かが見ていたとしたら期待したであろう次の瞬間、その期待?はおそらく裏切られる結果に終わった。

 ドレスの下から現われたのは絹のような肌ではなく、黒のボディスーツに包まれた鞣革のように鍛えられた肉体。

 衣装と共に、次々に床へ落される付髪、撫肩にみせるためのパッド、精巧な創りの胸の張り型。

 優しげな貌から一転、クールな雰囲気を醸し出す容貌は、一度笑いに崩れれば人なつっこいものへと変わるだろう。

 ものの一分もしないうちに、美少女は大人びた少年へと変身を遂げていた。

 いや、この場合は少年が変装を解いたというのが正解だろう。

 畳んだドレスやその他の備品を袋へ詰め、ある程度膨らんだザックを肩に掛けると、少年は再び廊下を走り出した。 

 

「ふふーん……あれが紅エイジくん、か」

 

 城内のほぼ全域を見張る中央監視室にて。

ふかふかのソファに腰掛けてペディキュアを塗りながら、城琉菜は少女が少年へと戻る一部始終をモニターしていた。

 ツインテールがチャームポイントの小柄な美少女だ。

その隣では、立花ミヅキが通路を走る少年を値踏みするように睨め付ける。

 

「なかなか可愛い坊やじゃない?」

 

 こちらはモデル顔負けのスタイルをしたブロンドの美女である。

 彼女もまた琉菜と同じように化粧をしており、身繕いをメイド達が手伝っていた。

 

「思ってたのよりカッコイイかな? でも単純そ」

 

 琉菜の少年に対する感想には小悪魔めいた響きが含まれていた。

 紅エイジという少年が今夜、城へ侵入してくること自体は前もって分っていたのだが、エイジ自身の詳しい情報が無かったため、女装をしていた少年の風体に軽い驚きと、興味を覚えていたのだ。

 変装解除の決定的瞬間を見る前であったならば、琉菜達とてさっきまでの美少女とモニターの少年が同一人物などと、信じることができなかったに違いない。

 それほどまでに、少年の女装は完璧だった。

 

「ねえ、テセラ達は彼のお姉さんのこと知ってるんでしょ? あの弟くんに似てた?」

 

 女装した状態の美少女ぶりから、琉菜はエイジの姉を知るメイド達にそう尋ねる。

 だが、普段なら大抵の問いに簡単に答えてくれるはずの彼女達は、何故か無言を返してきた。

 

「? どうしたの?」

 

 仕えるべき者の訝しげな声に、この場のメイド達を取り仕切るテセラが確認のように答えた。

 

「……あの方は、紅エイジさまではありませんっ!!」

 

 まとめ役であるテセラの声を皮切りに、我に返った他のメイド達が端末から情報を引き出し始める。 

 

「じゃあ誰、あの子?」

 

 紅エイジではない。

 では、あの少年は一体、何者なのか……ミヅキが口にするまでもなく、この場の誰もが思う当然の疑問だった。

 そして、早くもその疑問の答えに行き着いたのかメイドの一人、マリニアがモニターに映し出された情報に声を上げた。

 

「確認が取れました! あの方のお名前は『相沢祐一』さま。エイジさまのご学友です!」

 

「はあ? どーしてそんなのがこの城に居るのよっ!?」

  

 琉菜達にとって完全にイレギュラーな展開である。

 ここにいる理由まではわからなかったが、この侵入者はどうやらエイジの関係者らしい。

 とにかく、今確実にわかることは自分達が肝心の目標である「紅エイジ」を見失い、代わりに「相沢祐一」というどうでもいい第三者をモニターしているという事実だけだ。

 そのことで憤慨する琉菜をたしなめるように、ミヅキが笑いながら言った。

 

「琉菜、愚痴ってる時間は無いわよ。早いとこあのユウイチくんを掴まえて本命のエイジくんも探さないと、パーティに乗り込めなくなるわ。みんな、早く済ませましょう! 料理とオトコが待ってるんだから」

 

『かしこまりました、ミヅキさまっ!!!!!』

 

 テセラ、マリニヤ、チェイルの三人のリーダー格を筆頭に、メイド達がそれぞれの端末へ向かう。

 エイジと祐一は、どうやら学友……同じ学校ということだ。

 ということは二人が今回の潜入に際し、何らかの形で密接に関わっているのは間違いないだろう。

 大体にして、相沢祐一という少年が単独で行動しているとは考えにくい。

 祐一を料理してから、メインディッシュのエイジに取りかかる……手順は増えたが、やることはほとんど一緒だった。

 年長者の言葉に琉菜もいくらか冷静になったのか、再び悪戯っぽい微笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、そだね。やることは同じだし、鬼ゴッコの始まりねっ♪」

 

 言いながら琉菜はスラリとした足を伸ばし、その指でデスクの上の制御スイッチを押した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エイジと分かれ、一人廊下を走る祐一。

 疲れはまだ無かったが、その顔には若干の困惑が浮かんでいた。

 

「想像していたのとだいぶ違うぞ。一体、どうなってんだこの城……」

 

 ザフトと地球軍の戦いが始まる前まで、世界の様々な場所を旅したことがあるという友人の北川潤から、テーマパークの偽物ではなく本物の城のウンチクを聞いていた祐一だが、事実は小説よりも奇なり……外観から広い城だとは思っていたが、当初持っていたこの古城に対するイメージは既に崩壊していた。

 とにかく広くてデカい。

 しかも、造は単純ではなく城内はまるで迷路のようだ。

 見取り図でもあれは幾らかマシだっただろうが、生憎と祐一はそのようなものは持ち合わせていない。

 どうして彼がこの城にいるのか、その理由は簡単だ。

 数ヶ月もの間音信不通だった姉から助けを求めるメールを受けたエイジが、姉の仕事先だったこの城へ忍び込むことを計画し、祐一はそれに協力することにしたのである。

 祐一達がサンジェルマン城と呼ばれているこの城へ潜入した目的は「エイジの姉であるアヤカを探し出す」こと。

 しかし、首尾良く忍び込むことはできたものの、居場所のわからないアヤカを探すのは容易ではない。

考えが甘かったと探索を開始してから思ったが、エイジと分かれた今となっては既に後の祭りだった。

 

(ある程度調べたら紅と合流して、さっさとトンズラするのが妥当か。名雪も待ちくたびれているだろうしな)

 

 姉の救出に燃えている友人の熱も、少しすれば冷めるに違いない。

 絶対についていくと言っていた強情な従妹の少女をどうにか説き伏せ、城外に待たせていることもある。

 

 

 

 ビィーッ!! ビィーッ!!

 

 

 

 今後の行動について走りながら考えていたその時、セキュリティアラームの不快な音が、城内の通路に響き渡った。 

 

『中央棟、第八層第七ブロックに侵入者有り! 警備班は直ちに出動せよ!!』

 

 スピーカーから聞こえる声は女性のものだったが、侵入者への警告もあるのだろう、口調は非常に堅く厳しい。

 

(侵入者って、おれのことだよな。……なら、派手に陽動してやるかっ!)

 

 目立たない位置ではあったが、廊下のあちこちに防犯用の監視カメラが設置されていたことには気づいていた。 

 もともと祐一は、警戒するフリをしながらも、実は居場所がバレても構わないような行動をとっていたのである。

 もっとも、バレるのは当然の結果。

アヤカを探すのは当たり前だが、祐一の役割はあくまで監視の目を引きつけるための陽動なのだから。

 本命のエイジに姉探しを専念してもらうには、非常に都合の良い囮というわけだ。

 大体、アヤカが監禁されているとしたら、それは祐一のいる中央部ではなく別のエリアに違いない。

 そういった稚拙な推測を頼りにエイジは今、南の方から廻っているはずだった。

 

「おーーーきゃーーーくーーーさーーーまーーーーーーっ!!!! お待ち下さーーーいっ!」

 

「部外者の方は、この区画にはご遠慮いただくことになっておりますーーーーっ!!!!!」

 

 ドドドという地鳴りにも似た音と一緒に、後方から声が飛んできた。

 警備の者達だろうか。

 だが、待てと言われて待つほど祐一はお人好しではない。

 普通の人間ならば見つかった時点でピンチと思うところだが、彼にはまだゆとりがあった。

 振り切ろうとすれば振り切れるところを、まだ捕まるか捕まらないかの瀬戸際のスリルを味わうために、引きつけてやり過ごす……街の界隈では味わえない感覚。コーラの報酬や友人への心配り等、エイジの誘いに乗った理由は様々だが、退屈な日常ではないこの感覚こそ、祐一が欲しかった一番の報酬だ。

 端からみれば何を呑気なことをと思うことだろうが、祐一にはこの状況下にあっても余裕をかませるだけの能力があった。

 事実、余裕だったのだ。

 ――背後からその声が掛かるまでは。

 

「あと三秒以内に足をお止めいただけなければ、攻撃いたしますよーーーっ!!!!!」

 

「へ? 攻撃って――」

 

 思わず振り向きギョッとする。

祐一の目に飛び込んできたのは、大挙して突き進んでくるメイドの群と、その手に掻き抱かれた重火器のようなものだった。

 

「ワン! ツー! スリー! ってーーーっ!!」

 

 凄まじい破裂音と同時に、すぐ側を爆発の衝撃と熱風が吹き抜ける。

 信じられないことに、メイド達は何の躊躇いもなく手にした火器を発砲してきたのである。 

 

「ぐあっ……マジかよ!? 冗談きつすぎるぞっ!!」

 

 爆圧に押されるようにして跳躍し、距離を稼ぐ祐一の頬に、タラリと冷たい汗が流れた。

 チラリと再び後ろを見る。

 爆発は派手だが、火薬の量は抑えられているらしく、炸裂の跡は少しの焦げ目しか無い。

直撃しても死にはしないだろうと着弾点の損害から推測しながらも、祐一はここで初めて危機感を覚えた。

 いくら死なないといっても、狙われる者にとっての恐怖感は鎮圧用ゴムスタン弾の比ではない。

 堪らず、更に走る速度を上げる。

 

「お待ちくださぁーーーーーーいっ!! お待ち下さらないと、撃ちますよーーーっ!!!」

 

「もう撃ってるだろうがっ!!」

 

 叫びながら、祐一は自分が追われる者だということを改めて自覚した。

 進む度に、二方向への枝分かれがある度に、武装メイドが次々と合流してくる。

 進むべき通路を塞がれては、限定されたもう一方へ進む以外に無い。

 相手は本気だ。

 本気で自分を捕らえに掛かっている……相応の行動をしなければ、捕まるのは時間の問題だろう。

 祐一がそう悩み始めた時、通路の左に大きめの扉があるのが見えた。

 

「部屋? しめたっ!」

 

 

 バンッ!

 

 

 部屋に入れ、さすれば道は開かれるであろう……などという自分の勘を頼りに、部屋へと飛び込んだ祐一はその場で硬直した。

 部屋が密室なのは別に構わない。

 だが、そこはある種の桃色空間だった。

 メイド。

 またもやメイドだ。

 右も左もメイド、メイド……全てが極めつけの美女、美少女ばかり何十人と。

 しかも、そのほとんどが服を脱ぎかけの半裸で、下着姿のアラレもない恰好を惜しげもなく祐一の前に晒している。

 半裸どころか、全裸に近い者までいた。

 その道のフェチな奴でなくとも、男に生まれたならば萌えること請け合いだ。

 ……状況が許せばの話だったが。

 分析するまでもなく、ここはメイド達の更衣室。

 そして、祐一は誰が言うまでもなく、招かれざる客だった。

 時間にすれば数秒に満たない間、沈黙が祐一と更衣室内のメイド達の間に横たわる。

 視線が自分に集中していることはわかったが、祐一は冷静に視界の全てを脳裏に焼き付けるよう凝視しながら、潔く自ら引き金を引くことにした。

 

「えーと……全員、スタイルいんだな?」

 

「キャアァァァァァーーーーーーーーーーーっ!!?? イヤァァァァ!!!! チカーーーンっ!!」

 

「変態っ!!! 覗き魔っ!!! 強姦魔っ!!! 女の敵ぃぃぃっ!!!!」

 

「オトコっ!! オトコよぉっ!!! 犯されるぅぅぅっ!!!!!! 」

 

 侵入者のフォロー?を発端に悲鳴と怒号と衣類とが飛び交い、更衣室はたちまち蜂巣を突いたような騒ぎに見舞われた。

 そんな中、祐一は自分の脱出経路となるべき道に目をやる。

 

(あれはシューターか? ……いけるっ!)

 

 黄色い声?を上げるメイド達の中を駆け抜け、壁にある大きめの穴に向かって突進する。

 背後から武装したメイドの群が迫っている。

 悩んでいる時間は無い。

 

「うおおぉぁっ!!! 南無三っ!!!!」

 

 覚悟もなにもない、ただ直感のみで祐一は暗い穴の中へとダイブした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ターゲット、ロスト!」 

 

「ええっ!?」

 

 テセラの声に、ゆったりとソファに座っていた琉菜が思わず姿勢を崩す。

 更衣室内の監視カメラの映像を最後に、祐一の姿はシューター内へ消えた。

 逃げ道を限定し、最終的に袋小路へ追いつめる計画だったのだが、思いがけないターゲットの行動によって計画は一時中断となった。

 マリニアが計器類を操作しながら報告する。

 

「更衣室内の洗濯物用シューターから逃走しました。シューター内には監視カメラがありません」

 

「っ! ……素人がやるわね。警備班に追跡させて」

 

 冷静に指示を出すミヅキだが、たかが少年一人に出し抜かれたことで面白くなかったのか、少し口元が歪んでいた。

 

「何人かがターゲットを追ってシューター内に入ったようですが、シューター内は洗濯物の分別用に枝分かれしているため、ターゲットがどの枝に入ったか判り辛く、追跡は難しそうですよ?」

 

 チェイルの報告を補足するように、テセラがコンソールから情報を引き出し、モニターに城の透視図面を呼び出しながら言った。

 

「ターゲットが逃げ込んだシューターは、洗濯物を一括して管理するクリーニングチェンバーに続いています。これは城内の洗濯物が集まる場所なので、ここに繋がっているシューターは無数に存在し、脱出口も数限りなくあります。更に、シューターはところどころで通気孔や廃棄された水路等ともクロスしています。中にはあまりにも古いためにセントラルコンピューターのマップにも載っていないルートもあり、ターゲットの進路を予測するのは、非常に困難です……」

 

「つまり、完全に見失っちゃったワケか……」

 

 結論をわかりやすくそう締め括った琉菜は、予想外の出来事に眉を潜めた。

 サンジェルマン城の城内面積は、直径数キロにも及ぶほど広大で、内部は何層にもわたり入り組んだ造りになっている。

 城で生活するメイド達でさえ、担当ブロックを離れれば迷子になることもあるのだ。

 監視システムといえでも、その全てを網羅しているわけではない。

 いや、この場合はしきれていないという方が正しいだろう。

 

「この城の構造を隅々まで把握しているのはサンドマンだけだものね。いいえ、ひょっとしたらサンドマンだって全ては分っていないかもしれない……」

 

 ミヅキの言葉は、城の事情を物語るものだ。

 城主であるクライン・サンドマン以外、メイド達を統括しているレイヴンでさえ、城の全貌はおそらく知らないに違いない。

 いきなり行き詰まったユウイチ+エイジ捕獲作戦に、チェイルが不安そうに主人達を振り仰ぐ。

 

「エイジさまも見つかりませんし……どうしましょう、サンドマンさまにおこられちゃいますよ……」

 

 

 ドンッ!

 

 

 怒りのためではなく自分を戒めるつもりで、ミヅキはテーブルを勢い良く叩いた。

 

「アイザワ・ユウイチくん、か。世話を焼かせてくれちゃってもう……!!」

 

 監視カメラから焼き回した祐一の静止画像を睨み付けながらも、まるで仇敵を愛でるように口元に微笑を浮かべる。

 だが、この小生意気な少年をどうやって探しだし料理しようか……ミヅキ達が捕獲方法の再検討を始めようとした、まさにその瞬間。

 

 

 

 ヴィーッ!!! ヴィーッ!!! ヴィーッ!!!

 

 

 

 城内の一部に掛かっている警報よりも、更に耳障りなアラームが監視室に鳴り響いた。

 警報はその音によって優先レベルが違い、この音は最優先レベルのものだとこの場の誰もが知っていた。

 

「地球連合の火星資源採掘基地より緊急連絡! 潜入中のエージェントからですっ!」

 

 警報の内容を確認するべく、受信コードを読んでいたテセラが緊迫した声を上げる。

 その意味をすぐに理解することができず、ミヅキはメインモニターに表示された警報内容を辿っていく。

 

「アグレッションコード707、レベルD発動中……!?」

 

 まるで自分の呟きが信じられないように、呆然とするミヅキ。

 琉菜もまた、そのコードの意味を咄嗟に理解することができなかったが、震える手のひらを奮い立たせるようにぎゅっと握りしめて、確認するようにそれを口にした。

 

「レベル、D? ……ゼラバイアっ!!

 

 彼女らは、地球圏に招かれざる来訪者が到達したことを知る地球上で最初の人間となるのと同時に、未知なる敵との戦いがすぐそこまで来ているのだということを世界で最も早く悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 祐一が武装メイド達に追われシューターに飛び込んだ頃。

 エイジは自分の勘を頼りに、城の南側付近を探索していた。

 今の恰好は祐一と同じく隠密行動用に用意したボディスーツで、金持ちのボンボンに扮していた時の服装ではない。

 警備の目がほとんど囮役の友人に向いていたことが幸いし、彼は奇跡的に警戒網に掛かることなく、侵入者としてこれ以上無い形で城内をうろつくことができた。

 テレビで見たことのあるようなVIP達がパーティに招かれていたことから、城の警備が厳重であることは間違いない。

 それにも関わらず、追手の気配がまるで無いのは、エイジが細心の注意を払って行動しているからというだけではないだろう。

 

(相沢の奴、上手くやってくれてるみてーだな)

 

 エイジが祐一に助力を求めたのは、ただ友人だからというわけではない。

 こういった特異な状況下において、非常に頼りになるからである。

 街のチンピラと渡り合った時、自分の後ろを任せて安心できる存在とでもいおうか。

 普段は完全に猫を被っているが、昨年から今までの付き合いの中で、その実力が少なくとも自分より上であることをエイジは知っていた。

 

(……んあ?)

 

 祐一の力の秘密を知った時のことを思い起こそうとしたエイジの目の前を、白い何かが横切った。

 ネズミにしては胴体が長い、まるでヌイグルミのような生き物だ。

 

「こんなところに、フェレット?」

 

 フェレット。

 この場にそぐわない白い愛玩動物が、ちょうどT字路に差し掛かったところの、曲がり角の左奥へと走っていく。

 その奥は等身大の大きな鏡が壁のように立ち塞がり、完全に行き止まりとなっていた。

 それでも、フェレットは構わず鏡へ向かって進んでいき――。

 

「!?」

 

 エイジの目の前で、そのまま鏡の前で消え失せたのである。

 半信半疑のまま、鏡に歩み寄り間近で凝視してみるが、見た目は自分の姿が映っているだけのいたって普通の鏡だった。

 だが、エイジが鏡に触れた時、表面がまるで水面に広がる波紋のように波立ち、突き出した腕が鏡の中へと消える。

 

「な、なんだこりゃ?」

 

 仕組みはわからないが、どうやら向こう側へ抜けられるようだ。

 恐る恐る腕を突き出したり、引っ込めたりしていたエイジだったが、意を決して鏡の中へ飛び込む。

 鏡の奥は、さっきまで居た城の通路と同じだった。

 鏡を抜けたところで毛繕いをしていたフェレットが、いきなり現われたエイジに驚いたのか、奥へ向かって走り出した。

 

「鏡で隠すようなものでもあるってのか? !!……まさかアヤカ!?」

 

 探している姉がいるかどうかはわからなかったが、この先が怪しいことは確かだ。

 フェレットの後を追うように、エイジもまた先へと進み始める。

 しばらく進むと、螺旋状の上り階段にぶち当たった。

 ひょこひょこと小さな体を動かして階段を上っていくフェレットに負けじと、階段をどんどん登っていく

 鏡を抜けてから今まで、通路は一方通行。

 しかも、階段の構造からそこは塔のような形状をしていそうだ。

 怪しさここに極まりである。

 恐ろしく長い階段を登り切ったところで一息つきながら、エイジはそこがやはり特別な場所なのだと直感した。

 大体、塔の最上階に囚人が幽閉されていることなど、よくある話だ(エイジ的主観)。

 この時、城中央の外観が一望できるほど高い位置にあるその窓の外に彼が目を向けていたならば、おそらく城中央部の警備班の行動による喧騒を見ることができただろうが、幸か不幸か、エイジには目と鼻の先にあるいかにもな部屋の扉以外、眼中に無かった。

 

(アヤカっ!)

 

 シスコン丸出しな逸る気持ちを抑えながら、ドアをゆっくりと開く。

 フェレットが開いた扉の隙間から部屋の中へ入ったことに合わせて、エイジは部屋の中へ滑り込んだ。

 しかし、彼の期待とは裏腹に、部屋の中の住人はアヤカではなかった。 

 

(誰、だ?)

 

 その部屋にいたのは、一人の女の子だった。

 まだ十代前半だろう。

 透き通るような真っ白い肌に溶ける白いドレス。背中まで流れる髪が窓から差す月明かりに輝いている。

ベッドに座り、物思いに耽る少女のあどけない横顔は儚げで、それが彼女の美しさをより一層際だたせていた。

 少女の深い瞳に眠る蒼珠を見た時、エイジは心臓を鷲掴みにされたような衝撃を覚えた。

 世間一般で美少女と呼ばれる類の人間は、祐一の同居人である“水瀬名雪”を筆頭に何人か知己としているので、ただ可愛いというだけで女に当てられることなどあり得ないはずだった。

 ましてや、今は大義こそあるものの、犯罪行為のようなことに手を染めている最中である。

 ゴクリ唾を飲み込む。  

 こんなこと、ありえない……そう括ろうとするエイジの思考を裏切るような勢いで心臓は早鐘を打ち続ける。

 しかし。

 とりあえずだが、エイジはすぐ現実に直面することになった。

 

「ロロット? ……――っ!?」

 

 自分に近寄るフェレットに気づいた少女の嬉しそうな顔が、エイジと目が合った瞬間、驚愕へ取って代わった。 

 

(ち、ちょっと待てぇっ!!)

 

 女の子は外見通りの可愛らしい声だった……ということは、この際どうでもいい。

 彼女を目にした時の高揚感は一瞬で吹き飛び、頭が潜入者としてのそれへと切り替わる。

 息をのんだ少女が二回瞬きもしない間に叫ぶ、そう思ったのと同時に体が勝手に動いた。

 

 “悲鳴を上げさせるわけにはいかない”

 

 部屋の入り口付近からベッドまでの5,6メートルを一度の震脚でタメを作り、一気に跳躍。

エイジは少女に飛び掛かった。 

 

「んむぅ!?」

 

 右手で少女の口元を覆い、腰に手を回して身体を固定、そのままベッドへ押し倒す。

 

「騒ぐな!!」

 

 身を捩らせて手から逃れようとする少女を、至近距離から睨み付けて一喝。

 

 

 ……コクッ

 

 

 たっぷり十秒ほどして、頷いた少女の身体から力が抜ける。

 まだ油断はできない。

 口を塞いでいた右手をゆっくりと解いて少女の身体に置き、エイジは拘束の手を緩めずに質問することにした。

 

「おまえ、名前は?」

 

「……」

 

 少女は怯えきっているようだった。

 だが、エイジにはそんな彼女に気を配る余裕など無い。

 問いに答えず無言のまま、ただ泣きそうな顔で身体を震わせるだけの少女に、苛立ちが募る。

 

「おい、喋れンだろ!? ちゃんと答えろよっ!」

 

「ひっ……!?」

 

 エイジの剣幕に少女は身を竦ませる。 

 ハッと我に返り、エイジは慌てて謝った。

 

「わ、わりい。別に、怒った訳じゃねーんだよ」

 

 相手は見るからにか弱い女の子なのだ。

 冷静に対応しないと、聞けるものも聞けはしない。

 自分か『部屋に忍び込み、部屋の主人の女の子にいきなり飛び掛かった、ボディスーツを着込んだ見るからに怪しげな男』だということを棚に上げつつ、エイジは必死に尋ねた。

 

「俺はエイジ。コーラに誓って怪しい者じゃない。……名前、教えてくれ。別に、何もしねーから」

 

 それでも少女は答えない。

 コーラに誓われたところで説得力に結びつかないことに気づかないまま、とりあえず様子をみることにするエイジ。

 すると、少女に変化があらわれ始めた。

 

「ぁ……」

 

「?」

 

 どういうわけか、顔を上気させて苦しそうな感じだ。

 それほど身体に負担は掛からないような抑え方をしているはずだと思いながら、改めて自分達の体勢を顧みるエイジ。

 少女が暴れられないよう抑え付けている右手の場所は、悲鳴を上げようとした瞬間に対応できる、絶妙な位置。

 だが、その位置は拘束対象にとっては微妙な位置だった。

 エイジにしてみれば、気にしてみて初めて気づいたことだったが、添えられた掌には小ぶりながらも立派に自己主張している丸みを帯びた柔らかい物体がしっかりと収まっていたのである。

 おまけに、抑え付けるために時折力が掛かったり掛からなかったりと十分な刺激が直に伝わっているのだから、その微妙な感覚に少女が悩まされるのは、ある意味当然の結果なのだ。

 

「ぁぅっ!」

 

 少女の悩ましげな声と、フニフニというおそろしく柔らかい未知の感触、その正体にようやく行き当たったエイジは、凄まじい勢いで少女の上から飛び退く。

 

「どわ!? わ、わわわわっ……わりいっ! わざとじゃねーぞっ!?」

 

 少女はひょこっと身体をベッドから起こし、慌てふためくエイジを無言で見つめる。

 すっかり取り乱しさっきとは違う意味で必死になって謝る少年の姿に、悪意は無いと感じたのか、さっきまでの様子が嘘のように表情が和んでいた。

 

「(クスッ)わたし…………リィル」

 

「え? あ……名前、リィルっていうのか?」 

 

 

 コクッ

 

 

 リィルと名乗った少女は微笑みながら、エイジの確認に頷いた。

 さっきから調子が狂いっぱなしだ。

 一息つき、エイジは高ぶりそうになる気持ちを落ち着けてから、本題に移ることにした。

 色々と聞いてみたいことはあったが、最優先事項は一つ……姉のことだけだ。 

 

「……なあ、リィル。アヤカって女のこと知らねーか?」

 

 エイジとリィル。

 この出会いが互いの運命を大きく変えていくことを、二人は知る由もない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び込んだ井戸の底はパラダイスだった。

 フリル付のゴージャスなショーツから始まり、レッグソックス、キャミソール、ブラ……ありとあらゆる女性の下着の山。

 それら全てが使用済みで、その手のマニアならヨダレモノかもしれない。

 尋常ではない量の青少年には優しくない十五禁お宝を前にした祐一だったが、同居人の名雪は様々な下着を数多く所有しており、彼はそれらに接する機会が多かったため、それほど心を乱されるようなことはなかった(祐一の名誉のため補足するが、接する機会というのは洗濯関連であると明記する)。

 むしろ祐一にとっては、そこから先の行程が問題だった。

下着の迷路となったその場から抜け出すことにゲンナリとし、シューター内の分岐点を縦横無尽に駆け回り、地下通路やハシゴを行き来して、常人よりは体力があるつもりでいたものの、疲れが見え始めていた。

 

(エライ目にあった……というか、ここは何処だ?)

 

 行き着いた先は大きなホールだった。

 ホールといっても、パーティが行なわれていた中央部の大広間など比べモノにならない。

 奥行きが優に数百メートルはある、巨大なドーム状のスペースだ。

 何処をどう通ったのか、まるで覚えていなかった。

 人の通らないような場所も通ったことから、正規のルートからは侵入できないような場所なのかもしれない。

 成り行きに任せてどんどん奥まで進んだものの、これでは戻れるかどうかが問題と言えるだろう。

友人価格の特別サービスでは割に合わない。

ホール中央に伸びる狭い通路を歩きながら、戻ったらもう1ケース追加してやるか……などと祐一が報酬の追加を思い立ったその時、簡易照明のみの薄暗さに慣れた視界に、それが飛び込んできた。

 

「!?」

 

 あまりの光景に目を見張り、言葉を失う。

 通路とホールの印象から、初めは大型の機械か何かが置いてあるように思っていたため、近づくまでソレが……いや、ソレらが何であるのか、祐一は気づかなかった。

 うっすらと淡い光の中から現われたのは、巨大な三体の人型だった。 

 “橘の反乱”を契機に、前世紀において戦いの担手となっていた二足歩行人型兵器の開発技術が再び脚光を浴び、世界各国に新兵器開発の風潮が生まれた。

そして地球連合軍と敵対関係にあるザフトの主力兵器もまたMSであることから、二足歩行兵器はもはや世間一般に知識として浸透している。

 ある事実により、現在は“プラント”を除く国での二足歩行兵器生産が停滞してしまっているものの、一時はメディアで散々情報公開がなされていたので、MSやPTは決して珍しいものではない。

 更に、叔母の秋子が軍の支給品として、一般テストと称し自宅に持ち込んだMSやPTの操作訓練用シミュレーターを、名雪と共に普段から散々やりこんでいるため、リアルなシミュレーター経験から実機への耐性は十分にできているはずだった。

 それにも関わらず、祐一は目の前の三機に量産機には無い何かを感じていた。

 

「すげえ……何だよ、これ?」

 

 向かって右正面にあるのは、羽のような一対のスラスターを背に生やした、どことなく中性的なシルエットの機体だ。

 MSというよりもPTに近いだろうか。

 機体表面を覆う紫の装甲と各所で突き出たセンサーのようなブレードは、そのフォルムには些か不釣り合いのように思えた。

 

「……」

 

 次に、一番奥にある蒼い機体へと目を向けた。

 関節部位を含めた機体全体を可能な限り重装甲で覆い隠している反面、胸部リアクターと思しき場所を剥き出しにしているのが特徴的だ。

 他の二機よりも二回りほど巨大なソレに祐一は畏怖を覚え、その中に強大な力の内包を感じずにはいられなかった。

 動力が入っているわけではない。

 ただ、それが佇んでいるというだけで、強烈な圧迫感を覚えるのである。

 味方にとっての神か、敵にとっての悪魔か……いずれにしろ、普通の機体ではないのは確かだった。

 大体にして、何故このようなものが古城の地下に存在するのか?

 その辺りからしてまったくの謎だ。

 

「ん?」

 

 最後の一機に目を留めた時、祐一は頭に引っかかるものを感じた。

 どの機体も、EFAが正式採用していた量産機とはまるで違う。

 ただ、それ一機を除いては。

 二機に挟まれるようにして場の中央に存在する純白の機体。

受ける印象こそまるで違うものの、かなり前に見たEFAの兵士募集ポスターに載っていた指揮官用PTの形状に、何となく似ている。

 

「これは……ひょっとして、ヒュッケバインてやつか?」

 

 

 

 C.E.71年1月下旬某日夜。

 相沢祐一と白きPTを廻る戦いの物語が今、静かに幕を明けようとしていた。

 

 当事者の誰もが、その事実に気づかぬまま――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 第一話「巨神達の棲む城」

終了後のイベント達成及びデータ登録確認

 

 

 

 

 

 

 

 <インターミッション開始>

 

エイジ×リィル ○ − − − − :第一フラグ成立

 

 サンドマン参戦 ○ − − −   :第一フラグ成立

 

 <インターミッション終了>

 

 

 

 

 登場人物図鑑に

 

 相沢祐一 紅エイジ 倉田佐祐理 倉田一弥 川澄舞 レイヴン ウィリアム・ウォーレス・フィッツジェラルド

アレクサンダー・ゴールドスミス 城琉菜 立花ミズキ テセラ マリニア チェイル リィル 

 

 を追加予定。

 

 

 

 

 Gα用語図鑑に

 

 地球連合軍 EFA ザフト プラント 橘の反乱 KURATA財閥 覇道財閥 MS MA PT サンジェルマン城

 ヒュッケバイン

 

 を追加予定。