高度経済成長期に建設された大型構造物が,近い将来その設計寿命を迎えようとしているが,それらに適切な保守・補修・交換等の措置を施すことにより,十分な安全性を確保しつつ寿命延伸を図ろうとする気運が高まっている.こうした大型構造物の構造健全性保証に際しては,機器溶接部の残留応力評価が重要となる.特に,稼動中の経年溶接配管の応力腐食割れや腐食疲労などに対する余寿命評価の際には,損傷の起点となりやすい配管内表面の残留応力を非破壊的に評価する必要がある.従来手法として,X線や超音波を利用した非破壊応力測定法が挙げられるが,X線法では部材表面,超音波法では板厚方向平均の残留応力しか測定できないという制限がある.すなわち,配管外表面から残留応力を測定する従来手法では,配管内表面の残留応力を正確に評価できない可能性が高く,構造物の健全性を十分に保証できるとは言えないため,新しい残留応力非破壊評価手法の確立が望まれている.
著者らはこれまでに,解析援用型の残留応力非破壊評価手法として,部材の任意の位置における残留応力を評価できるビードフラッシュ法(Bead Flush Method)を提案し,突合せ溶接平板を対象としてその有効性を実証してきた.ビードフラッシュ法は,溶接部の余盛りを除去する際の弾性ひずみの変化から,逆問題解析により部材内部の固有ひずみ分布を推定し,それを基に順問題解析を行うことにより,残留応力分布を評価する手法であり,非破壊性と実証性を兼ね備えた手法である.本研究では,ビードフラッシュ法を新たに溶接配管に適用するための基礎的な定式化を行い,その有効性について解析的検討を行う.
溶接残留応力は,溶接時の不均一な固有ひずみに対して,部材が力学的平衡状態となるよう弾性変形するために生じる.したがって,残留応力の「原因」である固有ひずみの分布が既知であれば,その「結果」として生じる残留応力は,有限要素法(FEM)などの順問題解析により容易に求められる.
提案手法ではまず,溶接部近傍の部材表面にひずみゲージを貼付して,余盛り除去に伴う部材表面の弾性ひずみ変化を測定する.次に,測定した弾性ひずみ変化を入力情報として逆問題解析を行い,部材の固有ひずみ分布を推定する.最後に,得られた推定固有ひひずみ分布を力学的境界条件として負荷する弾性解析を行い,残留応力分布を評価する.
X線や超音波を利用した従来手法では,結果としての残留応力を直接測定しているため,測定点以外の場所の応力を評価することが困難であったが,提案手法では,残留応力の評価問題を固有ひずみ分布を推定する負荷逆問題に帰着させているため,部材の全領域での残留応力評価が可能である.
部材の有限要素モデルがq個の要素から成るとする.部材に存在する固有ひずみの3次元分布をε*とし,この固有ひずみにより部材に生じる弾性ひずみの3次元分布をeεとすると,両者の間には次式のような弾性応答関係式が成り立つ.
・・・(1)
ここで,弾性応答マトリクスRの第j列は,固有ひずみの3次元分布のj番目の成分のみが1で他がすべて0の単位ベクトルである単位固有ひずみ
・・・(2)
を負荷したとき部材に生じる弾性ひずみに等しい.したがってRは,単位固有ひずみを負荷する3q回の弾性有限要素解析により求められる.
余盛り除去前を添字b,除去後を添字aで表すと,式(1)より次式が成り立つ.
・・・(3)
・・・(4)
新たな塑性変形を与えない限り,余盛り除去の前後で固有ひずみ分布は不変であるため,余盛り除去に伴う弾性ひずみ変化Δεは次式で与えられる.
・・・(5)
弾性ひずみ変化を配管外表面のn個の点で測定したとき,その測定値をmΔεとすると,実測値には一般に誤差Δεerrが含まれるため,次式が成り立つ.
・・・(6)
このとき,固有ひずみ分布の解の推定値ε^* は次式で与えられる.
・・・(7)
ここで,Rm+は弾性応答マトリクスRmのMoore-Penrose一般逆行列である.
最後に,この推定固有ひずみ分布ε^*を力学的境界条件として負荷する弾性解析を行い,3次元残留応力分布を算出する.
固有ひずみ分布を推定する際,有限要素モデルの各要素の値を未知推定量とすると,未知推定量の数が膨大になり,適切な解が得られない.本手法では非破壊という条件を満足するため,部材の表面でしか弾性ひずみ変化の測定を行うことができず,固有ひずみ分布の推定は不適切性の強い逆問題となる.したがって実用上十分な推定精度を得るためには,先験情報を用いて未知推定量の数を削減し,解空間の大幅な限定を行う必要がある.
そこで本手法では,溶接固有ひずみの分布特性から,式(8)のようなロジスティック関数の線形結合を用いて固有ひずみ分布をモデル化し,各項の係数asiを未知推定量とした.定数は式(9)に示すものを用いた.
・・・(8)
{ k, p, q1, q2, q3, q4 } = { 4, -5.0, 0.6, 0.4, 0.3, 0.25 } ・・・(9)
なお,本研究では簡単のため,薄肉配管を想定し,固有ひずみ分布は板厚方向に一様であると仮定している.
解析対象は,Fig.1に示すような内径200mm,肉厚10mm,余盛り厚さ2mmの全周突合せ溶接配管とする.全周突合せ溶接配管における固有ひずみ分布は,溶接の始端・終端部近傍を除き,周方向に一様とみなすことができるため,本研究では以下のような仮定に基づき,2次元軸対称モデルを用いて解析を行った.
(1) 配管は余盛り部分を除いて完全な円筒形である.
(2) 母材と溶接部の弾性係数は同一で,部材全体にわたって一様である.
(3) 溶接始端から終端までの3次元固有ひずみ分布は軸対称性を有する.
材料定数は,ステンレス鋼を想定し,ヤング率E=2.0E+5 MPa,ポアソン比ν=0.3とした.正解の固有ひずみ分布は,溶接過程の熱弾塑性解析シミュレーションの結果などを参考にし,Fig.2のように定めた.また,簡単のため薄肉配管を想定し,板厚方向の固有ひずみ分布は一様であると仮定した.
余盛り除去に伴う弾性ひずみ変化は,以下のように算出した.まず,余盛り除去前および除去後の有限要素モデルを作成し,両方のモデルに正解の固有ひずみ分布を負荷して弾性解析を行い,各要素の弾性ひずみを算出する.次に,配管外表面の16節点において,除去後の弾性ひずみの値から除去前の値を引き算し,真の弾性ひずみ変化を算出する.この真の弾性ひずみ変化に,測定誤差を模擬した平均0,標準偏差10mの正規分布に従う乱数を加え,弾性ひずみ変化の測定値とする.部材表面における弾性ひずみ変化の測定値の一例をFig.3に示す.
弾性ひずみ変化の測定誤差の標準偏差は,固有ひずみ分布の推定精度に大きな影響を及ぼす.著者らの3次元平板を対象としたこれまでの研究では,20μ程度の標準偏差が妥当であるとしている.本研究では,配管の周方向に並ぶ点が,2次元軸対称モデル上で同一の点となることを利用し,それらの点で測定された弾性ひずみ変化の平均値を用いることにより,測定誤差の標準偏差を小さくすることができるため,標準偏差を10μとした.

本手法では,非破壊という条件を満足するため,配管外表面でしか弾性ひずみ分布を測定できない.そのため,固有ひずみ分布を推定する過程は不適切性の強い逆問題となる.したがって解析を行う際には,固有ひずみに関する先験情報を適切に活用することが重要となる.
そこで,固有ひずみの3方向の成分が,残留応力生成および弾性ひずみ変化にそれぞれどの程度寄与しているかを分析した.重ね合わせの原理により,次式のように,実際の残留応力・弾性ひずみ変化は,各固有ひずみ成分が生成する残留応力・弾性ひずみ変化の総和と考えることができる.
・・・(10)
・・・(11)

この式(10)(11)の右辺の各項を,左辺と比較することにより,各固有ひずみ成分の寄与を調べた.
正解の固有ひずみ分布を,成分毎にモデルに負荷して弾性解析を行い,残留応力を計算した.各固有ひずみ成分が単独で生成する残留応力とその総和をFig.4に,弾性ひずみ変化とその総和をFig.5に示す.残留応力・弾性ひずみ変化の両方において,固有ひずみの周方向成分εθ*が最も支配的である.次いで,板厚方向成分εr*の寄与が大きく,軸方向成分εz*はほとんど寄与していない.このことから,固有ひずみ分布の軸方向成分εz*の推定精度は低くてもそれほど問題ないが,周方向成分εθ*には高い推定精度が必要であり,板厚方向成分εr*にもある程度の推定精度が必要であると言える.また,固有ひずみの周方向成分εθ*は,弾性ひずみ変化の測定値にその情報が比較的多く含まれているため,3成分の中では最も推定しやすいことが明らかとなった.
固有ひずみの周方向成分εθ*の推定結果をFig.6に示す.図中の太線が正解の分布であり,その他の細線は,弾性ひずみ変化の測定誤差として付加した乱数のシードを変化させて15回の解析を行った場合の推定結果である.図のように,測定誤差の介在によって,推定値は正解値のオーダーをはるかに超えて変動している(3次元平板の場合にはこのような変動は見られない).このことから,2次元軸対称配管における固有ひずみ分布推定の逆問題は,解の不安定性を伴う不適切性の強い悪問題であることが分かる.
そこで,特異値分解を用いた階数低下法を導入し,逆問題の適切化を行った.適切化パラメータである弾性応答マトリクスRの有効階数は,Rの主成分の累積寄与率を参考に,rank=2を最適値とした.
適切化を施した場合の固有ひずみの板厚方向成分εr*および周方向成分εθ*の推定結果をFig.7に示す.適切化を施す前と比較して,推定精度が大幅に向上しており,適切化手法導入の有効性が示された.特に,残留応力生成に対する寄与が最も大きい固有ひずみの周方向成分εθ*が精度良く推定できている.しかし,板厚方向成分εr*については,さらなる改善の必要がある.
さらに,これらの推定固有ひずみ分布を基に残留応力分布を求めた.配管内表面における残留応力分布の推定結果をFig.8に示す.図より,残留応力分布の概形は推定できていることが分かる.しかし,溶接部近傍の引張部とその外側の圧縮部の両方で,残留応力が数十MPa程度過小に推定されている.また,引張部では特に分布形状の推定誤差が大きい.これらの推定誤差は,固有ひずみの板厚方向成分εr*の推定精度が低いことに起因していると考えられる.
以上より,改善の余地はあるものの,従来は非破壊測定が困難であるとされてきた配管溶接部の残留応力分布を,ビードフラッシュ法により評価できる可能性があると結論付けられる.

一般に,溶接経年配管の余寿命評価の際には,配管内表面の残留応力評価が重要である.しかし,現在最も一般的に用いられているのは,配管外表面の測定点における残留応力しか評価できないX線回折法などの非破壊評価手法である.ビードフラッシュ法は本来,こうした課題を解決するために提案された手法であるが,たとえば,X線回折法による残留応力測定データが既に手元にある場合には,それらを併せて活用することで,既存の情報を無駄にせず,より高精度な推定残留応力分布を得ることができると考えられる.
そこで,従来のビードフラッシュ法を拡張し,X線回折法などによる残留応力測定値を,弾性ひずみ変化の測定値と同じような表面情報の一つとして,固有ひずみ分布推定の逆問題解析に利用することにより,ビードフラッシュ法の残留応力分布の推定精度を向上させることを考える.
固有ひずみ分布ε*により部材に生じる弾性ひずみをeε,残留応力をσとすると,弾性ひずみ分布eεと残留応力分布σの間には次式が成り立つ.
・・・(12)
ここで,eDは縦弾性係数とポアソン比に依存するマトリクスである.したがって,余盛り除去前の残留応力分布σbと固有ひずみ分布ε*の間には次式が成り立つ.
・・・(13)
ここで,R'bは応力の弾性応答マトリクスである.余盛り除去前の残留応力の部材表面のn'個の点における測定値をmσbとすると,次式が成り立つ.
・・・(14)
したがって,式(13)(14)より次式が成り立つ.
・・・(15)
ここでβ1, β2は重みを表す係数である.式(15)より,固有ひずみ分布の推定値ε^*は,次式で与えられる.
・・・(16)
解析対象は3.1節で述べたものと同様である.残留応力の測定値については,余盛り除去前の有限要素モデルに正解の固有ひずみ分布を負荷して弾性解析を行い,配管外表面の4節点において算出した残留応力に,測定誤差を模擬した平均0,標準偏差50MPaの正規分布に従う乱数を加えたものを,残留応力の測定値とする.
残留応力の測定値を併用した場合の固有ひずみ分布の推定結果をFig.9に示す.図中の太い実線が正解の分布を示しており,太い波線は残留応力の測定値を併用しない場合の固有ひずみ分布の推定結果,その他の細線は残留応力の測定誤差として付加した乱数のシードを変化させて10回の解析を行った場合の推定結果である.
固有ひずみの板厚方向成分εr*が正しく圧縮ひずみとして評価されている.また周方向成分εθ*に関しても若干の精度改善が見られる.弾性ひずみ変化と異なり,残留応力は余盛り上でも測定可能であるため,精度改善が可能となったと考えられる.今後,弾性ひずみ変化および残留応力の測定位置の最適化を行うことにより,残留応力の測定値をより効果的に利用することができ,さらなる精度改善が期待できる.
さらに,これらの推定固有ひずみ分布を基に残留応力分布を求めた.配管内表面における残留応力分布の推定結果をFig.10に示す.図より,残留応力の測定値を併用しない場合と比較して,推定精度が改善されていることが分かる.これは,主として固有ひずみの板厚方向成分 の推定精度が改善されたことに依ると考えられる.以上の結果より,残留応力の測定値を併用することにより,残留応力の推定精度をさらに向上させることが可能であると言える.
(1) これまで適用が溶接平板に限定されていたビードフラッシュ法を拡張し,溶接配管に適用するための基礎的な定式化を行った.その際,固有ひずみに関する先験情報を利用し,固有ひずみを関数表示することにより,解の存在空間の限定と未知推定量の削減を実現した.
(2) ビードフラッシュ法を溶接配管に適用し,周囲に拘束のない全集突合せ溶接配管を対象とした数値シミュレーションにより,溶接配管(2次元)の逆問題が溶接平板(3次元)の場合よりも悪問題であることを示し,その原因と克服すべき課題を明らかにした.
(3) 上記の課題を解決する方法を提案し,数値シミュレーションにより,溶接配管の残留応力がビードフラッシュ法を用いて推定できる可能性があることを示した.
(1) 熊谷・中村・小林,機論(A),65-629 (1999),133-140
(2) 熊谷・中村・小林,機論(A),65-634 (1999),1397-1404
(3) 中村・他,日本機械学会年次大会講演論文集,vol.1(2001), 403-404
(4) 柳井・竹内,射影行列・一般逆行列・特異値分解,1983,東京大学出版会
(5) H.Murakawa・Y.Luo・Y.Ueda,Mathematical Modelling of Weld Phenomena 4,1998,pp597-619,IOM
Authors have proposed a new nondestructive method of evaluating welding residual stresses, the Bead Flush Method, and confirmed its validity for simple butt-welded plates. In this method, eigen-strain distributions are estimated from strain changes due to removal of reinforcement of the weld using the inverse analysis. Then, residual stresses are estimated by the elastic FEM (Finite Element Method) analysis using estimated eigen-strain distributions as initial strains.
In this study, further development of this method was attempted for application to welded pipes. Eigen-strain distributions in welded pipes are more complicated than those of welded plates from a viewpoint of residual stress estimation. Based on a previous research, a further formulization was attempted to overcome this difficulty and problems to be solved were made clear.