「楽園」
このことばをつくったのが誰かはわからないけれど、私は思う。おそらく彼または彼女は、この
島々を表す術が欲しくって、このことばをつくったんだろうな、と。
フィジー。そこにはすべてが詰まっていた。
フィジーは南太平洋に浮かぶ300以上もの島々で、正式名称を「フィジー諸島共和国」という。
かつての英領時代、英国はサトウキビの輸出を軌道に乗せようとしたのだが、あまりに働かない
フィジアンたちに困り果て、同じく英領であったインドから「インド人送り込み作戦」を強行した。
しかしこの上なくのんきなフィジアンたちは笑顔で彼らインド人を受け入れてしまい、現在は
フィジー系フィジー人51%、インド系フィジー人43%という、単純ないわゆる南国という雰囲気
に加えてちょっと不思議な、エキゾチックな空気も漂う国である。
日本を離れて約15時間後、私は見たことのない世界を目にすることとなった。それはホントウニ
見たことのない世界だった。どこまでも透明な海、白い白い砂浜、心地よい風、大きな空に君臨する
見事な太陽、きらきらと光るやわらかい緑たち、咲き乱れる色とりどりの花々・・・。 しかし
それらに加えてなによりも美しいのは、そこに暮らす人々であった。
「し〜っ。Fumiが寝てるんだからそっとね!」
普段なら地震があっても起きない私だが、旅先ということもあり、ふとそんな声で目が覚めた。
薄目をあけてチラッと時計に目をやると5時を少しばかり過ぎたところだ。コケコッコ−。外で
タイムリーに鶏の声。隣ではチョコレートのような肌の小さな女の子がすやすや眠っている。
そして枕もとの方で3つの影が動く。
あれ?・・・あぁ、そうか、と自分の置かれた状況を思い出す。私は昨日、バスで偶然隣り合わせ
た陽気なおばさんのお誘いで、このうちにステイさせてもらってたんだったな。そして後ろに座って
いたおじさんも「いやいや!うちに来なさい」と言い出し、平和なひと騒動が繰り広げられたっ
けな。
そんな昨日の光景を思い出した私は思わずぷっと吹き出してしまった。 「あっ。ほらあんたのせいで起こしちゃったじゃない、ライサ!ごめんねFumi。まだ寝てていいからね」 そう行って3つの影たちはいそいそと出て行った。
ん?と 思って枕もとのほうを見ると、ペンキもはげて、4本の足の長さも違う小さなそのテーブル
の上に、こぼれ落ちんばかりのとれたてのフルーツがのっていた。バナナ、マンゴー、パパイヤ、
ココナッツ。 ん??? ・・・まだボーっとしている頭を起こして外に出てみると、子供たちが
もう元気に掃除、洗濯、朝食の準備を始めている。そして私の顔を見るとジョアナ、ライサ、エレー
の三人がニコニコしながら駆け寄ってきた。「Yadra(おはよう)Fumi! 枕もとの
フルーツ見てくれた?今庭で一番おいしそうなのをとってきたの。目を覚ましてすぐにおいしい
フルーツが待っててくれるというのは、人生の大きな楽しみのひとつだもんね!」そう言いながら
その辺のハイビスカスの真っ赤な花を、耳の上にさしてくれた。するとすかさず隣のうち
(といってもはっきりとした境界線はないのだが)からおじいさんが、「Yadra Fumi!
うーん よく似合うよ!わしがもう少し若ければ結婚を申し込むところじゃ」と声をかけてくれる。
フィジーの朝はいつもそんな風に、大きな笑顔とともに始まった。
そこの「生活水準」というやつは、一般的に判断して高いとはいえないと思う。親切にも私を迎え
入れてくれた5つの家庭を含め、概して家々はその辺にあったアルミ板や大きな葉っぱを組み合わせ
てつくったという感じだし、服もあちこち破れている。トイレは庭に掘られたただの深い穴という
イメージのものが多く、シャワーは庭に立てかけられた板の向こうでの水浴びといったほうが的確な
気がする。
しかしながらなんとも素敵なのは、みんな、そんな生活をとてもとても楽しんで受け入れている
のだ。専門家に言わせれば「だから生活向上の見込みがない」ということにもなるのかもしれないが、
でも私は思う。「向上」って何だろう?と。たとえ美しいホットシャワーがなくとも、ボタンひとつ
でごみを吸い取る掃除機がなくとも、地下に張り巡らされた蜘蛛の巣のような地下鉄がなくとも、
人間って、こんなにもいい顔で笑えるのだ。こんなにも人にやさしくなれるのだ。旅行者の私が
初めて魚を獲ったといってその日の午後を、村をあげてのお祭りにしてしまうようなのんきな心の
余裕が、いわゆる先進国と呼ばれる国々に残っているだろうか。確かに、日本に手紙を出そうと
思って郵便局に行くのに片道2時間歩くというのはちょっとうんざりもする。だけどその道中で
「暑いでしょう、ちょっとお茶でも飲んでいきなさい」と声をかけてもらったときの嬉しさや、
牛飼いのお散歩にぶつかり牛の背中に乗せてもらったときのあの気持ちや、鳥の声、花々の香りと
いうものは、エアコンのきいた車ですっと飛ばして行っては決して決して手に入らないものなので
ある。
「便利」というのは、もちろん悪いことではない。しかしその魔法の言葉を過信しすぎるのは
危ないのではないだろうか。魔法にかかると、電気のぴかぴか灯る部屋の中でテレビに映る宇宙の
映像を見るのに真剣で、夜空に広がる美しい星の瞬きに気づかないという悲しい悲しい矛盾が往々
にして起こってしまうのではないだろうか。
なんだか変に難しい書き方をしてしまったが、要するに私は今回の旅で、やっぱり人間という
もの、自然と言うものがもっともっと好きになってしまった。あらためてやはり希望をもった。
うーん・・・、うまくまとめることができないが、楽しい旅だった。
とにかく、本当に楽しい旅だった。
Thanks for reading! the end
(注記 Fumiとは、Professor Kapparの人間界での呼び名です)
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