「正直に、とことん向き合ってみよう、この自分と」静寂の中に潜む溢れんばかりの期待。興奮。
そしてやはり否めない不安。
そんなものを胸の中に包み込みながら少しばかり早く着きすぎた成田空港でひとり私は、確実には
じまろうとしている新しい旅を感じていた。アイスカフェオレを飲みながらただただ時がくるのを
待った。
終わりなく続くんじゃないかといいかげん心配になってきたころ、飛行機の窓の外に広がっていた
流氷や雪山たちは徐々に姿を消し始めた。そしてそして、それはついに私の足裏に触れた。
ヨーロッパ大陸だっ!
うまれて初めてのヨーロッパ大陸。高校時代世界史の授業の度にその大地の姿を想像し、ときに
その偉大なる歴史展開を恨めしくも思ったあのヨーロッパ大陸を今、私は自らの足の下に感じて
いるのだ。
周りのやたら体のでかい人々の群れに圧倒されながらも無事、かねてからの友人Minと再会を
はたし、私のヨーロッパでの日々は始まった。
Austria …
そこはただもう美しい国だった。桃源郷のごとく広がる山々や湖もさることながら、特に印象的な
のは「人工的な」美しさであった。
ウィーン、ザルツブルグ、グラツなどの大きな町はもちろん、私が大半をすごしていた小さな
田舎町でも、すべてが独特の美意識で満たされていた。ちょっとしたビルディングに見られる装飾の
数々、何気なく道端を彩る鮮やかな看板たち、面白い形に刈り込まれた木々、冬だというのに家々の
窓からは必ずといっていいほど美しい鉢植えの花々が顔を覗かせていた。すべては人の手によって
あるべき場所に美しく配置され、とても整然とした印象を受けた。
そう、ここはヨーロッパなのだ。自然というものをそのまま自らの中に組み込もうとする日本文化
に対し、ここではそれは人間に対する存在と捉えられきた。自然とはあくまで自らの美意識に
したがって「加工」し、「利用」する、という文化圏に私はいるのだ。ここで環境問題にまで話を
及ばせるつもりはないけれど、私は明らかに日本文化とは違った「美しさ」というものに心を揺さ
ぶられていた。
私は2週間近く、ドイツ・スイスとの国境付近に位置する田舎町の友人の家にお邪魔した。とても
陽気で親切な家族で、いろんな場所へも連れて行ってくれた。
しかし残念なことに、家の外に出れば完全に歓迎されたというわけではなかった。とても小さな
社会であるその町において私は明らかに「異邦人」なのであり、ときに本当に冷たい目で見られる
こともあった。「なぜ黄色い人間がこんなところにいるの?」といわんばかりに。
「よっし、私が日本人のイメージアップ作戦をしてやろう!」と開き直ってみたけれど、やはり
何度も落ち込んだ。春を迎えるためのカーニバルの日なんて、楽しくてようやくなじみ始めた友達と
一緒にちょっとはしゃいでいたら、「日本人の女の子も踊ることができるのねぇ」と本当に驚いた顔
でまじまじと言ってくるのだ。
はぁ・・・
「世界はひとつ」と言えるようになる日はまだまだ遠そうである(*0*)
to be continued...