「純白の残像」

作者 北斗 衛

序章
 人は二十年、三十年前の記憶をどれほど抱き続けているものなのだろう。遥かな時の流れを経てなお、僕には忘れることのできない記憶がある。あたかも陽の光のもとで焼きついた鮮烈な残像のように。僕はその残像を、その当時に感じた心を、記憶にある限り何一つ隠したり偽ることなく書き留めておこうと思う。
 僕は当初この追想を、芥川龍之介の『大導寺信輔の半生』のような、あるいはまた『或阿呆の一生』のような作品にしてみたいとも夢想した。しかしそうしなかったのは、僕に芥川ほどの文才がないということだけが理由ではない。それではこの追想が、いかにも虚構のそれのように読まれることになりはすまいかという虞れが僕にはある。だからあくまでも真実を書き残したい僕は、不必要なポーズを全て取り払って、今僕の心に映っている光景そのままをここに語ることにしたい。この文章に読者があるならば、そのつもりで読んで頂ければありがたい。ちなみに話の中心は僕の小学校高学年から中学時代である。今から語る話の時代背景がほぼ一九七〇年代であることを認識しておいて頂けると内容が理解し易いかと思われるので付け加えておく。

第一章
 僕が性欲というものを、勿論その言葉は知る訳もないが、自らの中に意識したのはいつだったろうか。保育園の頃、同い年の従姉妹の北斗啓子が庭を裸で歩いているのを見て、同年代の女の子の陰部を初めて見て、何か不思議なものを見たような感覚を抱いたのを記憶している。
 小学二年の時には、同じクラスの羽鳥淳子と西郷洋子の仲が悪いと聞いて、家に帰ってからしばしば、その二人がはさみを持ってお互いの服を切り合い、裸にし合う場面を妄想し、いつの間にやら自己流の自慰行為を覚えてしまっていた。
 小学四年が終わりになろうとする春休み、僕の従姉妹の北斗直子が祖母の家に遊びに来ていた。まだその頃は近くの川で魚やザリガニが採れたから、一緒に川へ行ってそうしたものを採りに行った。その時の直子は、紺色の地に白い細かな水玉模様の超ミニ(今や、この言葉は死語かもしれない。なにしろ当世では単に「ミニスカ」と言ったところが、女子高生などはほどんど下着が見えてしまいそうなくらいに短いスカートを穿いている。しかし、この時代の女の子のスカートを表現する言葉としては、この単語が最もしっくりくるので、この手記では敢えて使わせてもらうことにする)のワンピースを着ていた。だから、直子が魚など探して屈むと、自然とそのワンピースの裾から純白のズロース(女の子の腹一帯を覆う下着である)が見えた。この時が、僕が女の子のパンツを見てはっきりと興奮を覚えた最初だったかもしれない。

 僕等の通学班とすぐ隣の区域のそれとが合併したのは僕が五年生になった時だったろうか。その合併した方の班に、名前は知らないが一年上級の女の子がいて、その子はいつも黒い皮のような厚地の上着にピンクの超ミニのプリーツスカートを穿いていた。そしてこの子が歩を進める度に、そのスカートが風を孕んで厚地の上着の裾のところに引っ掛かって上へめくれ上がり、その下から純白のズロースが見えた。それを見るのが当時の僕の土曜日の一斉下校時の何よりの楽しみだった。そしてこの子は時々自分の手提げ鞄をお尻の後ろにあてがって歩く癖があった。そんな時は僕はその癖を、そしてその鞄の存在を何より憎んだ。そしてまたその鞄がどかされると、僕は再び彼女の見せてくれる純白に見とれるのである。
 上級生といえば、一年上級の女の子達は、掃除の時など僕等の学年の女の子達よりも結構無防備に、前屈みになったりしゃがんだりして、そのズロースを見る機会を与えてくれた。今にして思うと滑稽だが、そんなことで僕は一級上の学年を羨んだりしたものだった。その癖、その先輩の学年に何か僕等のそれとは違うような、近付き難い一種の恐怖に似た感情を持っていたことも否定できない。

第二章
 鴨田康子(かもだ・やすこ)──僕が自分の性欲の記憶を辿る時、この名前を外すことはできない。この名前は今でも僕の性欲を充分に刺激する。多感な小学校高学年の時期に、その鴨田康子が、僕に性欲を鮮やかに植え付けた二つの事件が起こった。無論、当の康子にしてみれば、何でもない出来事だったに違いあるまい。しかし、僕にとってはまさしく「事件」以外の何物でもなかった。

 小学五年の新学期・四月、僕等のT市立I小学校五年ろ組のクラスに一人の女の子が隣町と言って良いだろう、M小学校から転校して来た。その女の子こそ鴨田康子だった。白い超ミニのワンピースを着て、当時流行りというよりは女の子の間では半ば常識だった白いハイソックスの上の太腿がかなり肉感的だった。ニコニコとよく笑う女の子で、笑顔が印象的だった。転入の挨拶で、彼女が何と言ったかなど、さすがに記憶にはないが、後の流れから推察すると、私の持ってるもので珍しいものがあったら何でも見せてあげます、みたいなことを言ったのではないかと思う。
 その日の昼休み、クラスのガキ大将格だった加藤順久(かとう・よしひさ)が、教室に残っていた男子全員に号令した。
「今日転校して来たあの鴨田という女をここへ連れて来い」
 僕はその時、同級の嶋田尚己(しまだ・ひさみ)と教室の中で喋っていたので、やはり僕等も順久に命令を受けて、仕方なく教室を出た。しかし、そんな用件は、どの途たくさんいる順久の子分格が足すだろうと踏んで、最初から嶋田も僕も康子を探す気はなかった。適当に時間を潰すと、嶋田と一緒に教室に戻った。
 すると、僕等が教室に戻って少しして、案の定、順久の子分格の榎島正昭が康子を連れて来た。井上ひろみと運動場で遊んでいたらしい。井上は小学二年の時にやはり他校から転校して来たので、転校生の孤独が分かったのだろう。
 康子は教室の後ろの入口から入って来て、教室の後ろの方で立って待っていた順久のもとへ歩いて行った。すると順久は、
「何でも見せてくれるんだよな」というような意味のことを言い、康子のミニのワンピースの裾に盛んに眼を遣りながらニヤニヤした。
 それを見て順久の意図を察した康子は、すぐさま教室から走って出ようとした。するとすかさず順久の号令が榎島に飛んだ。
「エノキー、閉めろ!」
 榎島の閉めた戸に走り寄り、康子はそれを開けようとする。そこへ順久が追い付き、康子が振り向いた所を正面からその白いワンピースの裾に手を伸ばす。しかし康子もた易くめくられはしない。必死に抵抗し、順久の両手を押さえる。
「譲二!」
 またも順久の声が飛んだ。ここで呼ばれたのは、渡部譲二(わたべ・じょうじ)という、やはり順久の子分格の男である。
 譲二はすぐに順久の声に従い動いたが、この時譲二がしたのが、横手から康子のワンピースをめくるという行為だったか、それとも順久の手を押さえている康子の手を押さえるという行為だったか、今となってははっきり思い出せない。しかし、どちらかというとお調子者だった譲二の性格からすると、前者であったように思う。
 いずれにせよ、二人の男に襲われてはさすがに康子も抵抗する術がない。思いきりめくり上げられたワンピースの裾から、ミルクのような純白のズロースが露わになった。康子も上からワンピースを押さえているが、その力は何とも心ばかりのものだ。そして康子は何とも「嬉しそうに」満面の笑みを浮かべている。
 今僕は、スカートをめくられる康子の表情を「嬉しそうに」と書いた。これは女の子がスカートめくりの時に見せるある特有の表情を形容したものである。本当はもっとそれを表現するのに適切な言葉があるような気がして仕方がないのだが、生憎と僕にはその言葉が浮かんでこない。だからこの先「嬉しそうに」とか「愉快そうに」といった言葉がこの回想に頻繁に登場するが、その表現はあくまでもそうした特殊なニュアンスであることを踏まえて読んで頂きたいのである。
 さて、彼等はそのままの状態で何分くらいいたのだろう、僕には相当に長い時間に感じられた。
 暫くして順久達が康子のスカートから手を離すと、井上ひろみが康子の側へ歩み寄り、
「先生に言いなよ」と忠告した。譲二は一人で「見ィちゃった、見ィちゃった」と節を付けて大声で囃していた。
 康子とひろみが順久に背を向けて教室の前の方に行こうとした時、またも順久は康子のもとに走り寄り、康子のワンピースの裾に手を伸ばした。譲二も参戦する。不意を襲われた康子はその場へしゃがみこんでしまった。力なく押さえただけのワンピースの下から見えたズロースは、そのゴムの部分やその上の腹までもが見えた。
 当時はまだ今のように女の子の下着姿をチラシに掲載することが社会問題になっていなかったので、その頃某大手スーパーのチラシに、「女児カットズロース 63円」という広告があって、小学校高学年くらいの女の子がパンツを穿いた姿の写真付きで掲載されていた。僕はその時の康子のズロースを見て、これがあのカットズロースなんだろうか、などと考えていた。
 しかし、最後まで康子が満面の笑みを浮かべていたのが印象的だった。
 その日の帰りの短活で、順久は担任の宮川和三教諭からこの件で一応、叱られたが、その時、宮川教諭が康子に
「M小学校にもこんな悪い子、いたか」と聞いた時、やはり康子は笑ってうなずき、重ねて教諭が
「もっとひどいことする子がいたのか」と尋ねると、康子は更に満面の笑みでうなずいた。
 その時僕は、これはきっとこの学校に気を遣っているんだろうと勝手に推測したのだが、しかし、もし彼女の言うことが本当だとしたら、一体どんなことをされたのだろうと想像を巡らせたりもした。
 その翌日も、僕は順久が康子のスカートをめくることを大いに期待していた。翌日も康子は同じ服装で登校して来たから。しかし、実際にそれをやったのかどうかは判然としないが、少なくとも僕はその場面を目撃することはなかった。そしてまた、この日から僕は毎日、
(一度でいい、鴨田のスカートをめくってみたい!)
と強く心に願うようになった。が、思ってみたところで勿論、当時の気弱な僕にそんなことが実現できようはずはなかったのだが。
 三日目から、康子は服装を変え、鮮やかな朱色のブレザーに抹茶色、と当時僕は思っていたのだが、モスグリーンの超ミニのプリーツスカートを穿いて来るようになった。この翌年、康子のこの服装で、僕にとって最も忘れがたい「事件」が起こった。

 小学六年の春のある晴れた日のニ時限目の休み時間のことである。当時僕等の学校ではニ時限目の休み時間は他の休み時間の倍、ニ十分あった。だから、晴れた日には大抵みんな運動場へ出て遊んでいた。この日教室に残っていたのは女の子が八人と僕、そして僕の友達で動脈瘤があって体が弱い(当時、本人は心臓が悪いと母親から聞かされていたのだったが)伊藤正道だけだった。
 女の子八人は教室の前の方、教卓の周りでお喋りをしていた。僕と正道は教室の後ろの方で、何をするでもなく二人で喋っていた。
 その時僕は、その八人の中に鈴木理予(すずき・まさよ)がいるのを見つけた。理予は僕の方から見ると教卓の右手、つまり廊下にお尻を向けて立っていた。それに気付いた僕は、ゆっくりと教室から廊下に出て、教室の前側の戸口から教卓の方を、というより理予をじっと見た。というのも、理予にはある癖があったからだ。彼女は自分の穿いているズロースがいつもピッチリと引き上げられていないと気になる性質らしく、事ある毎に紺色の超ミニのプリーツスカートの上から両手でズロースを引き上げていた。五年生で僕は理予と同じクラスになったのだが、その頃など、理予はいちいち自分のスカートをめくり上げてはズロースを引き上げていて、その度に丸見えになるズロースを見て僕はドギマギしたものだが、さすがに六年生ともなるとそれは本人も抵抗があるらしく、スカートの上から引き上げるようになった。しかし、当時の超ミニのスカートのこと、そんな真似をすれば当然の如くその下のズロースが顔を覗かせるのだ。だからこの日も、僕はその理予のズロースを見ようと、彼女の後ろに陣取った。案の定、理予はやはりいつもの癖を頻繁に出し、その度にスカートの裾から純白のズロースが顔を覗かせていた。
 するとその時、理予の左隣に立っていた鴨田康子が、理予のスカートに右手を伸ばし、めくり上げた。いかにも犯人は自分ではないと思わせようと、理予の体の右手まで腕を伸ばして。
「イヤだあ!」
 理予は真剣に嫌がって怒った。まだ誰が犯人だか判っていない様子である。
 これで終わってしまっては康子としては面白くなかったのだろう、なおも繰り返して同じように右手から理予のスカートをめくりにかかった。またも顔を覗かせる純白のズロース。すると今度は理予も犯人を察知して、自分のスカートの後ろを押さえながら康子を睨んで、また、
「イヤだあ!」
 と叫びながら、素早くその姿勢のまま半回転した。
 するとすかさず康子は理予の右手に飛び移り、今度は正面から理予の紺色の超ミニのスカートを右手で高々とめくり上げた。いや、その時康子は僕の顔を見て理予のスカートをめくり上げた。そう、彼女は明らかに僕等に理予のスカートの中身を見せてくれていたのだ。あなたの見たいものを見せてあげる、と言わんばかりに。康子の思惑どおり、理予の純白のズロースが丸見えになった。そして数秒後、スカートと一緒にめくれ上がっていたピンクのハートの模様の入った白いシュミーズもパラリと降りてきた。
 勿論理予も当然僕等の視線を認識した。なお一層怒った彼女は
「イヤだあ、カモー!」
と叫びながら康子のスカートに手を伸ばした。
 と、愚かなことに僕はこの場面がここから先どうなったのかを知らない。そのまま見ていれば康子のズロースが見えたかもしれないものを、元来お調子者の僕はその場面から眼を外すと、隣に立っていた伊藤正道に
「鴨田が鈴木理予のスカートをめくったぞ!」と言ったのだ。すると正道は
「女子スカートめくり発狂事件!」と応えた。実はこの頃放映されていた特撮ものの『人造人間キカイダー』のある回で『時計発狂事件』というのがあり、それになぞらえたのだ。
 そんな今から思うと馬鹿のようなやりとりをして先刻(さっき)の教卓の方を再び見ると女の子達八人が、仲間を二つのグループに分ける「ウラオモテ」と呼ばれるジャンケンをしていた。
「ウーラーオーモーテ、おーこりなーし、ジャンケンセッ!」
 でき上がったグループを見ると、鴨田康子(朱色のブレザーに白のブラウス、モスグリーンのプリーツの超ミニスカート)、鈴木理予(白のブラウスに紺のプリーツの超ミニ吊りスカート)、鈴木洋子(すずき・ひろこ)(白のブラウスに深い赤のプリーツの超ミニ吊りスカート)、折戸貴子(おりど・たかこ)(白のブラウスに虹のような色取りのベスト、紺の超ミニのキュロットスカート)のグループと、金井章江(かない・ふみえ)(紺のブレザーにグレーのウエストゴムのズボン)、児玉真知子(水色の毛糸のカーディガンに白のブラウス、白の細かい花柄の模様のある紺の、当時の小学生としては珍しい膝下まである襞のない薄地のスカート)、山本かおり(白のカーディガンに白のブラウス、白地に黒い細い線の入った襞のない超ミニスカート)、片岡直美(この子については服装の色その他の記憶が全くない。余程興味がなかったとみえる。ただ、ズボンを穿いていたことだけが記憶にある)のグループに分かれていた。
 その「ゲーム」が始まると、まず章江が理予を南側の黒板脇の窓際に追い詰めた。先刻まであれほど嫌がっていた理予だが、「ゲーム」となれば話は違うらしい。満面に笑みを湛えて章江を待ち受けた。この時、理予が章江の方に向かって両手を出して、その両手を押さえようとするような恰好をしていたのは憶えているが、果たして章江が理予のスカートをそのままめくったかどうかは残念ながら分からない。めくらずにそのまま違う標的に向かったような気もするが、その状況であの章江がめくらずに終わらせるだろうかという気もするから、ただ単に章江の体の陰で理予のスカートをめくったのが見えなかっただけかもしれない。
 その後の「ゲーム」の進行の詳細な順番はさすがに記憶にない。だが、その中でどんな場面があったのかは充分に記憶にある。
 章江は走って「敵」を追い掛けながら、何度か洋子のスカートをめくり上げた。一度は他の誰かを追い掛けながらそのついでに後ろから、洋子がボーッと立っているところをめくり、二回目は洋子が「敵」から走って逃げて来て、ちょうど教室の中央あたりで理予と真中の机の列を挟んで向かい合い、互いに「味方」同士だったことを確認して笑い合っているところへ襲い掛かり、その真っ赤なスカートを両側から高々とめくり上げた。しかしここで残念だったのは、この時、洋子の穿いていたのは毛糸の、ブルマというんだろうか、薄いピンクの、縁に白いラインの入った所謂「毛糸のパンツ」だったことだ。
 かおりは教室の前方の給食配膳台の前に立っているところを康子に襲われた。後ろからめくられたかおりのスカートの下からは、ズロースの上のゴムが弛んだ所為だろう、尻の下の部分が弛んだ、汚らしい感じのズロースが現れた。こちらは確かに白のズロースには違いなかったが、かおりが異常に毛深い女だったこともあって、興奮する光景では到底なかった。その時、康子もその下着を見て失笑していたように感じたが、これは僕の思い込みだったかもしれない。
 貴子は教室の中央あたりで「敵」の誰かと向かい合い、立っているところを章江に襲われた。その時貴子が向かい合っていたのが誰だったのか、誰かのスカートをめくろうとしていたのか、またはめくりかけていたのか、もうその辺は記憶にない。しかし、その時の場面ははっきり思い出せる。章江に後ろから紺のキュロットスカートの左右両方の裾をめくり上げられ、「キャッ!」と何とも可愛らしい悲鳴を挙げたのだった。さすがにキュロットだから丸見えにはならなかったが、縁にフリルのついた純白のズロースが顔を覗かせた。
 ところで、この「ゲーム」の中で「あったような気がする」場面が僕の中に一つある。康子が真知子のスカートをめくり、真知子のスカートは長かったから、真知子が思わずしゃがみ込んだところを、康子が横からめくったような気がするのである。しかし、何しろ子供の記憶ではあるし、どうも真実だったかどうかハッキリしない。後述する真知子と章江の「事件」と混同しているような気もする。
 こうして思い出してみると、実際に彼女達がスカートをめくっていた時間はかなり短いということが分かる。ほとんどの時間はキャーキャーと騒いで走り回っていたということだろう。しかし、この「ゲーム」の終わりを飾るに相応しい「大事件」がこの後に待っていた。
 休み時間ももう残り五分くらいで終わるという頃になって、章江が「味方」の三人を教室の後ろの方の窓際へ呼び集め、しゃがみながら小声で言った。
「カモやろ、カモ!」
 それまでも章江の中にはきっと康子を襲いたい気持ちがあっただろう。しかし、康子は女子の学級委員で成績も良い方だし、あまり勉強の得意でない章江からすると、一人で襲うにはチョット引け目があったのかもしれない。当然これは今現在の推測なのだが。
 いずれにせよ、章江が号令すると、その「味方」三人は一斉に給食配膳台の前に立っている康子めがけて走り出した。章江もその後を一瞬追いかけたが、ふと思いついて後ろの戸から走って出ることにした。その時僕が章江の進路を塞ぐ形になってしまったので、章江は僕を押しのけるようにしながら「どけ!」と言って出て行った。
 さて、廊下に走り出た康子は結局前と後ろから挟み撃ちにされる恰好になった。多分これは形だけのことで、実際は自分から廊下の外側の壁に背を付けて、「敵」四人を迎えたんじゃないかと思う。ここで「思う」という表現を使うのは、残念ながら僕はその瞬間を目撃していないのだ。教室からメインの場面が廊下に移動したのだから、僕としては当然すぐにでも廊下に彼女達を追いかけて出て、その様子を逐一目撃したかったのだが、当時の僕は今以上に臆病だったから、そんなことをすれば女の子達に怒られると思ってしまったのだ。されど誘惑には打ち克ちがたし。恐る恐るながら僕は廊下を覗いてみた。
 するとそこには、廊下の外側の壁に背を付けてしゃがみこんだ康子が、「敵」の四人から一斉にそのモスグリーンの超ミニスカートを思いっ切りめくり上げられている姿があった。康子から向かって左から、直美、真知子、かおり、章江で、康子の「味方」三人は教室の前の戸からこの様子を覗いている。僕は正道と一緒に後ろの戸から覗いた。すると、僕等の視線に気付いた章江が、康子のスカートを掴んだまま、横へ飛びのいて、一層高々とスカートをめくり上げ、こちらを見た。この「事件」の始まりに康子が理予のスカートでしてくれたことと同じだ。章江は僕等に康子のスカートの中身を見せてくれているのだ。当然、その中身は丸見えだった。
 何といっても子供の記憶であるから、すこし誇張があるかもしれない。しかし、僕はこの時の康子のズロースの美しさを忘れることはできない。その時の康子のズロースは、半透明とでも言いたくなるような、チョット透けるような感じの純白のズロースだった。そして、縁のゴムの所は白が濃かった。本気ではあるまいが、康子が前に立っているスカート姿の二人、真知子とかおりのスカートをめくり返そうとして、時々自分のスカートを押さえている手を離すものだから、その度にスカートが波打っているように見えた。当然、真知子とかおりは軽く跳び退って、めくられはしなかったが。女の子達全員、終始「嬉しそうに」笑っている。中でも康子の満面の笑みが印象的だった。そのまま、彼女達は休み時間の終了のチャイムが鳴るまで、そうしていた。
 この「事件」の次の、三時限目の休み時間、僕は章江が兵東京子に
「いいじゃん、やろうよ!」
と言い寄っているのを目撃した。その時僕は、その二人の様子から、女の子同士のスカートめくりに誘っているのだと直感した。先刻の興奮から冷め遣らない彼女達は、この休み時間は教室に男子もたくさん残ってしまっていることだし、何処かに場所を移して「ゲーム」を楽しむのだと。
 無口でシャイな京子は自分の紺地に細かい白い水玉模様の入った超ミニスカートをめくられるのをためらったのだろう、モジモジして返事をしなかった。章江がじれて、
「やらん?」
と聞くと、こっくりと頷いて席に座った。
 章江は教室の後ろの戸から出て、廊下を走って東側のトイレの方に行った。そのまま僕も走って尾いて行きたい衝動に駆られたが、先刻も言ったとおり、当時の僕はなにしろ臆病で、そんなことをして女の子達に怒られるのが怖かった。しかし、どうしても見たかった。
 僕は数分その場に立ったまま時間をやり過ごしてから、章江が走り去った方向へ走って行った。しかし、廊下にはいない。階段を降り、運動場に出てみたが、やはりいない。中庭にも、講堂にも、当時はまだ残っていた裏山にもその姿はなかった。僕は休み時間中掛けて探し回ったが、とうとう発見することはできなかった。
 休み時間が終わると、教室に山本ふみこと中井佐好子(なかい・さよこ)が戻って来て、顔を見合わせて笑い合っている。女の子がスカートめくりをしている時にする、特有の笑い方だ。僕はこれを見て、この二人は何処かで確実にスカートめくりをして来たと悟った。しかし、何処で?
 その時、僕は閃いた。僕があれだけ探し回ったのにも拘らず盲点になっていた場所が一箇所あった。
 (屋上!)
 屋上は校則で生徒は上がってはいけないことになっていた。しかし、だからこそ、誰もその「ゲーム」の間見に来ない、恰好の場所と言えるのではないか。ぼくはその日以来、またその場面がきっと目撃できることだけを信じて、度々屋上へ上がるようになった。仕舞いには調子に乗り過ぎて、ある時平松という怖い顔の教諭に叱られることとなったが。
 しかし、それから三十年近く経った今でも、その三時限目のスカートめくりを目撃できなかったことが、心底残念でならない。大袈裟でも何でもなく、僕の人生の中で最大の後悔はこのことだと断言できる。
 その後、この「事件」が呼び水となったように、あちらこちらで僕はスカートめくりの場面を目撃することになった。女の子同士のものもあるし、男子が女の子のをめくるのもあったが、その全てを記憶にある限り、一つ一つ詳細に語ってみたいと思う。勿論、それが何月の出来事だったかなどまで憶えている訳はないが、できる限りその目撃の時期に即して語っていきたいと思う。

第三章
 季節は初夏ぐらいだったと思う。僕が六時限目の必修クラブの時間に一階の三年生のクラスで「写真クラブ」の授業を受けていると、教室のすぐ前の中庭のジャングルジムの周りで女の子達三人が走り回っているのが目に入った。よく見るとそれは、僕と同じ通学団の三年生、花井裕子だった。
 裕子はとてもおとなしい、というより全く無口な女の子で、当時五年生だったその姉ともども、僕は遂に小学校卒業までその声を聞くことはなかった。その裕子が友達と走り回っているというだけでも僕には驚きだったのだが、暫く観察していた僕は更に驚かされた。裕子とその友達の一人は、ジャングルジムのちょうど向こう側で鉢合わせになって向き合い、暫く互いに「嬉しそうに」笑い合い、どちらからともなく相手の方へとにじり寄って行った。それも、裕子は焦げ茶色の超ミニのワンピース(というのが現在の僕の記憶だが、これは後述する堀志津代の記憶と混同してしまっているかもしれない。この時の裕子のワンピースの色は、あるいはグレー地に黒のストライプの入ったものだったかもしれない)、相手の友達は紺色のやはり超ミニのプリーツスカートのそれぞれ裾の前の部分を左手でしっかりと押さえて、右手を相手のスカートに向けて差し伸べているのだ。これはどう見てもスカートめくりではないか。
 あの無口な裕子が友達とスカートめくり!
 僕は暫く自分のその結論が自分で信じられなかった。しかも彼女達はその恰好のまま数分間固まってしまっていて、結局相手のスカートをめくりはしなかった、…と思うのだが、この結論も今思い返すと聊か怪しい。その時僕は前述したように必修クラブの写真クラブの授業を受けながらこの「事件」を目撃したのだ。必修クラブは四年生からだから、三年生の裕子が遊んでいるのが偶々見えたのだが、何といっても教諭の視線を気にしながら見ていたのだから、一部始終を見られた訳ではないのだ。だから、僕が視線を外した時に、実は相手のスカートをめくっていた可能性がないとも言い切れない。
 しかし、その段階では少なくとも僕は彼女達が相手のスカートをめくる場面は見られなかったので、あるいは彼女達はおとなしいから、その恰好だけして楽しんでいるだけなのか、などと想像したりしていた。
 しかし、暫くしてからまた中庭に視線を戻した僕は更に驚くべき場面を目撃した。ジャングルジムの傍らに生えている大きな桜の樹の下にコンクリートのブロックがあったのだが、そのブロックに、先刻走り回っていたのとはまた別の女の子が座っていたのだが、その子も裕子の友達らしく、裕子が左手で自分のワンピースの裾を押さえながら、その座っている女の子の深い赤色の超ミニのプリーツスカートを、その子の左手から高々とめくり上げ、その様子をジャングルジムの近くに立って見ている先刻一緒に走り回っていた友達二人に見せているのだ。みんな「嬉しそうに」笑っている。中でも一番「嬉しそうに」笑っていたのは、スカートをめくられ、純白のズロースを丸出しにされているその女の子だった。
 必修クラブが終わった後、僕は帰り道で偶然その四人組が帰宅するのと一緒になった。当然僕は先刻の場面の再現を願ったが、彼女達は何もなかったかのように普通にお喋りをして歩いていた。しかしこの日から後、僕は裕子を「スカートめくりの好きな女の子」という目でしか見られなくなっていた。

 花井裕子の「事件」の暫く後だったと記憶しているので、多分これも初夏だったのではないかと思うが確信はない。
 ある日僕が掃除当番を終えて自分の教室へ戻って来ると、隣の四年い組の教室が何やら騒がしい。その時ふと覗いた瞬間にそういう光景が直接見えたのか、あるいは何か直感でそう思ったのかは今では思い出せない(僕はどういう訳か幸せなことに、スカートめくりをしているというのを直感で知ることに関しては、何故だかカンが良かった)が、その教室の中で一人の女の子が、同じクラスの女の子のスカートを、誰彼構わずにめくっているらしかった。僕は当然その場から離れられなくなって、自分の教室と四年い組の教室の間にある柱に背を付けて、その様子を凝視した。
 僕がその現場を見始めてから初めて犠牲になったのは、「ゴリラ」と僕が渾名を付けた女の子だった。「ゴリラ」は、当時僕が親しかった同級生の嶋田尚己にいつも何かと絡んで悪態を吐いていた女の子で、どういう訳だか、親戚でも近所でもない嶋田にいつも絡んでくるのだった。殊更醜い訳では決してないが、何処となくゴツい面構えだったので、僕が何気なく「ゴリラ」と名付けてしまったのだった。実の名前は今以て知らない。
 その時「ゴリラ」は、教室の前の入り口の敷居の上に立って、ぼんやりと廊下の方を、というより廊下の窓から見える景色を見ていた。「ゴリラ」はいつもほどんどズボン姿だったのだが、この日は珍しく、赤や紫や緑の蛍光色の、えらく派手な超ミニのワンピースを着ていた。そこへ後ろから先刻の女の子が襲いかかり、「ゴリラ」のその派手なワンピースは思いきりめくり上げられた。純白のズロースが丸見えになった。その女の子と「ゴリラ」はそれほど親しくないのか、「ゴリラ」は迷惑そうに、
「イヤだあ!」
と、以前の鈴木理予と同じ調子で怒った。それでもめくった方の女の子は笑っていた。「ゴリラ」はそれに懲りたのか、廊下に出て教室の方を見るようにして立った。
 二人目の犠牲者は「ゴリラ」の友達らしかった。髪をお下げ髪にした、黒色の地に細かい白の水玉柄の超ミニのプリーツスカートを穿いたその女の子は、今まで「ゴリラ」が立っていた、教室の前の戸口の敷居の上に立つと、「ゴリラ」に向かって話し掛けた。するとそこへまた先刻の女の子が襲いかかり、その「ゴリラ」の友達のスカートも思いっ切りめくり上げた。彼女もまた純白のズロースを丸出しにされた。そして「ゴリラ」同様、
「イヤだあ!」と叫んで怒った。しかしやはり先刻の女の子は笑っている。
 やがてその女の子はある一人の別の女の子と追いかけっこを始めた。前の戸口から走って出て、後ろの戸口に入り、ぐるぐる走り回り、はたまた途中で逆に回リ出したり、何とも「嬉しそう」である。最初に「事件」のきっかけを作った女の子は、紺の超ミニのプリーツスカートに白のブラウス姿、他方、追いかけられている女の子も、やはり紺のプリーツスカートに白のブラウスという、全く同じ恰好だった。違っている所を強いていえば、髪型だろうか。最初の子は髪を頭の天辺で一つに束ねているのに対し、追いかけられている方の子は左右に髪を垂らしてお下げ髪にしていることくらいだ。僕は当然、彼女達の名前も何も全く知らないので、この記憶を語るのに便宜上、最初の子を「束ね髪」、追いかけられている子を「お下げ髪」と呼ぶことにする。
 二人は暫くそうして教室の前と後ろの戸口を出たり入ったりして追いかけっこをしていたが、「束ね髪」が前の戸口から廊下へ出て、追いかけられている「お下げ髪」のいる後ろの戸口へ向かおうとした時、当の「お下げ髪」は走るのをやめて身体を廊下の方へ前屈みにした状態でこちらの「束ね髪」の方を見て笑っている。するとそれを見た「束ね髪」も、同じように前の戸口で足を止め、やはりこちらも前の戸口の柱に身体を預けて「お下げ髪」の方を見て、二人とも「愉快そうに」笑った。
 やがて二人はどちらからともなく、互いの方へと向かって歩き出した。というより、にじり寄って行った、と言う方が適切かもしれない。何しろその時の二人の様子といえば、互いにお尻を廊下の壁に付け、自分のスカートを自分の腰に巻き付けてお尻の後ろに挟みこみ、そしてその恰好のまま互いの方へと近付いて行った。
 満面の笑みを浮かべる二人は、廊下の、教室の中央の位置辺りで相手に行き着いた。二人は更に一層「愉快そうに」笑いながら見つめ合った。そしてどちらからともなく「束ね髪」は右手を、「お下げ髪」は左手を、それぞれ相手のスカートの裾へとおずおずと伸ばしていった。二人とももう片方の手は自分のスカートを押さえながら。多分二人とも、スカートは後ろからめくるものという認識があるのだろう。
 僕はこの時花井裕子の「事件」を思い出し、この子達もきっとスカートめくりの真似をするだけで、多分相手のスカートは実際にはめくらないだろう、と何となく思った。しかし、そうではなかった。
 二人の内では幾分「束ね髪」の方が積極的なのだろうか、やがて「束ね髪」が「お下げ髪」のスカートの、横手のお尻に近い方から右手をかけると、やや遅れて「お下げ髪」も「束ね髪」のスカートの同じくらいの位置に左手をかけた。そして「嬉しそうに」笑い合って見つめあったかと思うと、先に「束ね髪」が、そしてやや遅れて「お下げ髪」が、それぞれその相手のスカートを掴んだ手を高々と頭上に掲げるようにした。
 その恰好は、ちょうど線対称の図形を見るようだった。白いブラウス、紺の超ミニのプリーツスカート、相手に向かって伸ばされた手、そして今や剥き出しになった純白のズロース。違っているのは、二人の髪型と、そのズロースが、「束ね髪」のは当時の女の子の定番らしくスカートの下一面を覆っていたが、「お下げ髪」のは、スカートの下でその長さが途切れて、ズロースのゴムと、彼女の腹が少し見えていたくらいだった。
 二人はその恰好でいかにも「愉快そうに」笑い合ったままかなりの長い時間そうしていた。廊下の反対側からは、先刻「束ね髪」にスカートをめくられて怒った「ゴリラ」とその友達が、半ば呆れたような視線を二人に注いでいた。
 しかしその美しい塑像も、その隣のクラス・四年ろ組の担任の、「エレキ婆あ」と渾名された岡田教諭が半ば怒ったように
「そんなことをやっとっちゃいかん!」
というようなことを言ってその前を通って行くと、それをきっかけにして残念ながらその展覧が終幕してしまった。
 この後、「束ね髪」は夏にスケスケの薄いピンクのワンピースを着て、そのズロースを丸見えにさせているのを見たし、またこの二人の友達らしい背の高い女の子と三人で戯れていて、もう少しでスカートめくりに発展しそうな場面も見たことがあったが、具体的なスカートめくりを彼女達に見たのは残念ながらこの時一回きりだった。

 同じ年の盛夏のことだったと思う。先に話した北斗直子のズロースを目撃したY川のN橋は、木の橋を鉄筋コンクリートの橋に懸けかえる工事をしていた。だからこの夏は、このN橋には大きく太い剥き出しの鉄筋が掛かって、その下は、かくれんぼでもするには恰好の隠れ場所のようになっていた。前もってこの状況を把握しておいて頂くと今回の「事件」は理解し易いだろう。
 当時、僕は毎日のようにそのY川の近くで遊んでいた。この場所が僕の家の近所だということに加えて、その近くに僕の両親の働く工場があり、夕方になるとやはりその工場の裏手に住んでいた祖母の家で夕飯の馳走になるのが毎日の習慣だったからに他ならない。その近所には僕の従弟の北斗和豊や渡辺美紀・美晴姉妹、三石悦代、武田洋子、堀志津代(ほり・しずよ)といった子達がいてよく遊んだ。
 和豊の姉の啓子も低学年の頃は時々遊んだが、この頃はほとんど遊ぶことはなかった。その所為か僕は啓子のズロースをほとんど見る機会がなかった。だがそれだけに見た時の記憶は鮮烈に残っている。一度は、その鉄筋コンクリートのN橋が完成してから、啓子がその橋の欄干に跨って渡辺美紀と喋っている時、お喋りに夢中になったか、目の前にいる僕の視線も気に留めずに大股を開いていたので、白い超ミニのワンピースの裾から、純白のズロースが見えていた。あと一度は、小学六年の終わりの春休みに僕ある親戚の法要があった折、僕がその会場になっていた啓子の家に訪ねて行くと、ちょうど家の窓が開いていて、その奥で啓子が和豊と喋りながら座っていて、この時も股を開いていた。啓子は僕の視線を感じて慌てて股を閉じたが時既に遅し。僕はそのオレンジ色の超ミニスカートの奥に輝く純白のズロースをしっかりと目にしたのだった。
 さて本題に戻ろう。その夏のある日のことだ。
 その日も僕達はY川の近くに集まって遊んでいた。そこにいたのは僕と従弟の和豊、渡辺姉妹、三石悦代、武田洋子、堀志津代だった。一つ前もって言っておくと、この日和豊が少しあるいは興奮したかも知れない「出来事」があった。というのは、そのメンバーが集まった時、悦代がスカートを穿かずに、下半身に所謂「毛糸のパンツ」を穿いただけの恰好で出て来て、僕に
「あれってパンツじゃないの?」
と含み笑いをしながら尋ねてきたのだ。僕は「毛糸のパンツ」が好きではないから、彼ほどは興奮もせずに、
「そうだね」
とか何とか冷淡に応えた気がするが、彼は何らかの刺激を受けたのかもしれない。
 やがて和豊の提案でかくれんぼをしようという話になった。この時和豊は、例のN橋の下に隠れられると鬼になった時に探しにくいからというので、みんなに向かって
「橋の下に行っちゃいかんよ!」と叫んだ。
 しかし始めてみると、堀志津代がその橋の下に行こうともうしゃがんで、橋の脇の土手になった所を飛び降りようとしている。僕はそれを見ると、別に何の気なしに和豊を突っついて、
「あれ、良いの?」と言った。
 するとそれに初めて気付いた気の強い和豊は志津代の方へ歩み寄り、
「そっち行っちゃいかん!」と叫んだ。
 しかし志津代は聞こえないのか、どんどん橋の下へ降りようとしている。そこで和豊は更に大きな声で
「志津代ちゃん、そっち行っちゃいかんッ!」
と叫んで志津代を引き戻そうとその服を掴んで引っ張った。するとそのすぐ後に、和豊の顔からは変に厭らしい笑いが漏れた。というのも、この時志津代が着ていたのは白の半袖のブラウスに焦げ茶色の超ミニのワンピースだった。だから、和豊にその裾の方を掴まれたそのワンピースの下からは、純白のズロースが覗いていたのだ。和豊はそれを見ると一気にその自分の掴んでいるワンピースを高々と頭上に掲げて声高に叫んだ。
「シミーズ、パンツ、まる、見え!」
 めくり上げられた志津代のワンピースの下からは白いシュミーズと、お尻から胸の上辺りまでのおびただしく広い面積を覆う純白のズロースが丸出しになっている。僕はそれを見て、女の子のパンツは何故こんなに大きくて長いんだろう、などと考えたりしていた。
 その和豊の声を聞くと、その場に集まって来ていたみんなから笑いが漏れた。中でもスカートをめくられた当の志津代の「嬉しそうな」笑い声は一層けたたましかった。が、一人僕だけはその光景を真剣に興奮して見ていたから、笑わなかった。それだけではない、その時志津代の左手に立っていた僕は、何とかもっと志津代のズロースがよりよく見える場所がないかとあちこち探し回ってみたりしていた。しかしやはり最初の場所が一番よく見えたから、また先刻の場所に戻って来た。
 何分くらいそうしていたのだろう、やがて和豊が志津代に
「早く上がっておいでよ」
と声をかけると、志津代も頷いて上がって来て、その場面は幕を閉じた。
 それから後、僕は和豊達と遊ぶ時、またそうした場面が見られることを念じたが、そのチャンスは訪れてはくれなかった。

 この年、僕の目を楽しませてくれた存在として、金井章江の悪戯も漏らす訳にはいかないだろう。
 まず、夏のことだった。児玉真知子の髪がまだ長かった頃のことだから、その年工事中だった学校のプールが完成する前の、夏休み前のことだったと思う。
 ある休み時間、僕が自分の教室の前の廊下にぼんやり立っていると、章江と真知子が追いかけっこをしていた。僕等の教室のある三階の廊下の端から端までを二人で走り回っているのだ。その時の二人の表情から僕は瞬時に、スカートのめくりっこをしているのじゃないかと思った。章江は普段はズボン姿だったが、夏の間だけはグリーンと赤のチェックの超ミニのスカートを穿いて来ていたのだ。しかも女の子達の前で殊更に跳び上がって見せたりして、どうも自分のズロースを見せたがっている様子さえ感じられた。
 それを察した僕は、どうしてもその場面が見たくなった。そこで彼女達が走って行ってから、同じように僕もその方へ走って行って彼女達を探すのだが、どうしても見つからない。臆病な僕が後を追うのが殊更遅かったのかもしれないが、もうそこには二人の姿は影も形もなくなっているのだ。僕は狐に抓まれたような気分だった。
 やがて休み時間が終わると二人は教室に入って来た。章江は廊下側の列の一番前の席、真知子は真中の列の真中辺りの席、僕は廊下側の列の、ちょうど真知子の斜め後ろに当たる位置の席だった。
 二人とも一旦自分の席に着いた。だが、章江は今までのゲームの余韻をまだ引きずっているらしく、サッと席を立つと真知子の席まで小走りに寄って来た。真知子は当時には珍しく紺地に白の細かい花柄の、膝下まであるロングスカートを穿いていて、その裾は椅子の左右に垂らしていた。章江はその右側の裾を素早く掴むと、一気にめくり上げた。中から眩しいくらいに(とその時の僕には思われた)純白のズロースの右半分が丸見えになった。真知子は
「イヤだあ!」
と真剣に怒っていたが、章江はしてやったりと笑っていた。

 この年の初秋のことだったと思う。ある日の昼の休み時間の終わり際、午後の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴ってすぐ、鈴木洋子が教室の前の戸口から駆け込んできた。そして妙にけたたましく笑いながら、
「章江ちゃんが…」と言って、運動場側の一番前の席の鈴木理予の席に両手を着いて上半身を預けるようにし、教卓の方へお尻を突き出すような恰好をした。
 するとやがてやはり前の戸口から、グレーのズボン姿の金井章江が小走りに追いかけて来て、洋子を見つけて、やはりこちらも満面の笑みを浮かべながら、
「待て」と言った。
 洋子にはもとより逃げる気色はない。章江は洋子の立っている所まで来ると、洋子の深い赤の超ミニのプリーツスカートを高々とめくり上げた。中から白いシュミーズと、純白のズロースが堀志津代の「事件」の時と同じように、それこそ乳首の高さくらいまで剥き出しになった。
 もう午後の授業は始まろうとしているのだから、それがほとんどの同級生の目の前だということは知らないはずはなかったと思うが、それを自覚してか否か洋子はなお一層けたたましく「嬉しそうに」笑った。
 いつぞやはこんな場面を見た。原因が何かは全く知らないが、章江と洋子が運動場で喧嘩をしていたことがあった。怒ってソッポを向いた洋子に、章江が弱った顔をしながら、横手からそのスカートをめくりにかかった。一度は
「やめてよ!」
と真剣に怒って拒んだ洋子だったが、二度目にはとうとうけたたましく笑い出した。彼女にとってスカートをめくられることはかなりの歓喜であったようだ。

 この年の夏といえば、花井裕子の時と同じような意味で僕を驚かせた「事件」が、隣の六年い組で起こった。
 その組には横内郁子という女の子がいた。何年生の時に一緒のクラスになったか忘れたが、この郁子という子も花井裕子ほどではないにしろ、大変おとなしい子だった。この年頃の男の餓鬼は、何かというとクラスの女の子の中で「ブス」を決めたがるものだが、郁子はちょうどそれに選ばれていた子だった。特別顔立ちが醜いとは思わないが、かなりの肥満体だったから、その顔からあまり可愛らしさが感じられなかった所為かもしれない。
 ある日僕が廊下に立っていると、六年い組の教室からその郁子が満面に笑みを浮かべて廊下へ飛び出して来て、ちょうど僕の方に正面を向けて立ち止まった。その笑顔にスカートめくりに興ずる女の子特有のものを直感した僕はそちらを注視した。
 するとそのすぐ後から、同じクラスの女の子が二人、郁子を追いかけて出て来た。鈴木鈴子と、もう一人は名前は知らないが、六年生になってから他校から転校して来た女の子(この時からするとずっと後日のことになるが、卒業式の予行演習で演壇の上に登ったこの子がこちらにお尻を向けて頭を下げた時、その超ミニのワンピースから紺の毛糸のブルマのパンツが見えた)だった。二人は郁子の立っている所まで来ると、揃って郁子のグレーの超ミニのワンピースの裾をめくり上げた。中から白いシュミーズと純白のズロースが丸出しになった。郁子も自分のスカートを正面からめくっている二人に応戦しようと、彼女達のスカートに手を伸ばすものの、二人はひらりとその手をかわして後ろに後ずさって郁子の思うとおりにはならなかった。
 先にも言ったが郁子はかなりの肥満体だったからその光景をそれほど美しいとは残念ながら思わなかったが、それでも女の子同士でスカートをめくり合う光景には僕は魅了される。

第四章
 さて、ここで加藤順久のことを今一度書こう。僕の中では、順久は五・六年生の二年間、ずっと毎日のように女の子のスカートめくりをしていたような印象がどうしてもあるが、よくよく思い出してみれば、事実はどうであったにせよ、僕が実際に順久のスカートめくりをする場面に遭遇した回数は驚くほど少ないのだ。
 この年の夏、ある日の掃除の時間のことである。教壇の上に順久を含めた男子数人が立っていて、その傍らに井上ひろみがいた。ひろみはやや肌の浅黒い長身の女の子で、順久よりも少し背が高かった。そのひろみに順久が、黒板の上の額が傾いているから、背伸びをして真っ直ぐになおしてくれと頼んだ。しかし何といっても女の子のスカートめくりで名を馳せている順久のことでもあり(先に語った鴨田康子を順久が襲った「事件」の時、康子の横にずっと付いていたのが彼女なのだ)、その時グレーの超ミニのスカートを穿いていたひろみにしてみれば、薄笑いを浮かべた順久の狙いは火を見るよりも明らかだった。そこで彼女はすかさず、
「イヤだよォ!」と断った。
 それでも順久はそれをやらせようとしつこく食い下がってきたので、ひろみは重ねて断った。
 すると順久は突然怒りだし、
「額が傾いてるのを直してくれって言ってるだけじゃねえか!」
と言いながら、その語気に圧倒されて思わず後ずさりするひろみの、白いブラウスの襟元に結わえられていた蝶結びのリボンを引っ張って解きながら詰め寄って行った。しかしそうしている内に、順久も当初の自分の目論見を思い出したのか、あるいはまた、自分の形勢が今優位なのを実感したためか、次第に嫌らしい含み笑いを浮かべ出した。そしてひろみの顔とスカートの裾とに何度か視線をやったかと見るが早いか、ひろみのスカートを正面からめくりにかかった。しかし、ひろみもこれは充分予想していたから、スカートを押さえて抵抗した。そうと見ると順久はすかさず今度は横手から左手でめくりにかかった。今度はひろみも防ぎきれず、中から純白のズロースが丸見えになった。
 ひろみは怒ってはいたが、順久が怒って向かって来た時の剣幕がもっと怖かった所為か、何処かしらホッとしたような表情を浮かべていた。
 ついでに書いておくと、ひろみはこの年の冬、身体を前屈みにしてトイレ掃除をしている最中に、不意に後ろから順久にピンクの厚地の超ミニスカートをめくられ、純白のズロースとその上から重ね穿きした黄緑色の毛糸のブルマのパンツを剥き出しにされた。
「ふふふ、黄緑…」
 僕の耳にはその時の順久の薄笑いを浮かべた声が今も残っている。

 そのひろみの額の「事件」のほんの数分後のことである。中井佐好子が他のもう一人の女の子(これが誰だったかは全く記憶にない)と二人で、教室に置いてあった大型のゴミ箱を持って焼却炉へ向かおうとして、ちょうど順久達男子数人のいる教壇のすぐ前を通った。佐好子は順久達の方に全く注意を払っていない。順久は素早く佐好子の赤地に紺のチェック柄の厚地の超ミニスカートをめくった。中から見えたのは、ちょうど昔の女子中・高生が体育の授業で穿いていたブルマのような、紺とも紫とも名状しがたいパンツだった。一言付け加えておくと、僕等の小学校の女の子の体操服はブルマではなく白のトレーニングパンツだったから、これはあくまでも下着であって体操服ではないのだ。
「キャッ!」
 佐好子は何とも可愛らしい悲鳴を挙げてその後順久を軽く叩いて、またゴミ箱を持って歩き始めた。そして佐好子が廊下に出て、みんなの視界から消えようとする頃、教壇の上にいた男子数人から、
「紫パンツ、紫パンツ!」
の大合唱が沸き起こった。佐好子は振り返ってその方を見遣りながら、
「嫌らしいね」
と言ったが、その顔は笑っていた。

 それからもう暫く後の日のことだったと思う。
 その時、順久はちょうど僕のすぐ後ろの席に座っていた。この席順になった所為で、僕はテストのある度に成績の悪い順久から、点数の良くもない僕の答案のカンニングを強要されるのでいい加減ウンザリしていた。しかし、それに逆らえば順久は暴力に訴えてきたので、気弱な僕は抵抗する術を知らなかった。
 ある日、その僕の後ろの席の順久が、伸ばすと教師が黒板を指示する棒のようになる、折り畳み式のボールペンを最高に伸ばし、僕の斜め左前に座っている岩崎順子のスカートをめくろうと狙いを付けていた。そのボールペンは先がちょうどキノコの傘のようになっていたので、順子の黄色地に紺のチェック柄の厚地の超ミニスカートはもう少しでめくれそうだった。順子も喜色満面だったが、順久はそれ以上には直接手を下そうとしなかったので、残念ながら順子のズロースを見ることはできなかった。

 その年の秋のことである。
 ある日の給食時間の終わり、担任の宮川教諭が教室の後ろのゴミ箱に、給食に出た食パンの残飯が数枚捨てられているのを発見した。この教諭はいい加減な人間で、滅多なことでは真剣には怒らなかったが、この時はさすがに真剣に怒って、犯人は誰だと執拗にみんなに問い質した。しかし誰一人名乗り出なかったので、かなり立腹していたようだった。
 その日の昼休み後だったか帰りの短活の時間だったか忘れたが、宮川教諭が教卓のところまで順久を呼び寄せ、
「よっちゃん(順久の愛称)、何か悪いことしてないか?」
と問い質した。
 この瞬間、順久は例の食パンを捨てた件の犯人にされていると考えたらしく、
「してない!」
と怒って言い返した。しかし、宮川教諭が重ねて
「ほんとにしてないか?」
と問い質すと、
「あ、した、した!」
と急に笑い出した。続けて教諭は
「女の子のスカートめくりだな」
と言った。
「好きな子ばっかり」
「違うよ」
 二人は暫くそんなやりとりを続けていた。
 順久が席に戻って来ると、教諭は今度は服部美樹に向かって、
「なあ美樹ちゃん、スカートをめくられたら、あんたのパンツも見せてよって言わなきゃいかんな」
などと実にいい加減なことを言っていた。潔癖な美樹は腹を立てていたのだろう、何も応えなかった。そして順久が後ろの席から身を乗り出して笑いながら、
「美樹ちゃん、ごめんよ」
と謝った時も、顔色一つ変えずに俯いていたが、その表情は明らかに怒っていた。
 更にその注意のあった後、下駄箱の所で鈴木理予が鈴木洋子に向かって、スカートの下にトレパンを下に穿いた恰好を見せながら、
「これならめくられてもいい」
と怒りをぶちまけているのを見た。当時はスカートがみんな短かったから、下にトレパンを穿いていれば一目瞭然で、そんな女の子のスカートをめくるものかと思いながら、理予も順久にスカートめくりされたことを知った。
 そしてこの日から後、服部美樹ばかりではなく、折戸貴子も古井靖乃も毎日欠かさずスカートの下にトレパンを穿いて来るようになった。そしてそれを見て僕は悟った。彼女達はみんな順久にあの日、スカートをめくられたのだと。
 それを知った時の僕の残念な気持ちといったらなかった。殊に服部美樹のパンツを一度見てみたいというのは僕の悲願だったから、その悔しさは筆舌に尽くしがたいものがあるのだ。しかもその日の昼休み、僕は殊更何をしていたと言うのでもなかった、ただ中庭の端に立って、伊藤正道と喋っていただけだった。そんなことなら教室に残っていれば良かったと、後でどれほど悔やんだか知れなかった。このこともやはり、それから三十年近く経った今でも悔やまれてならない出来事である。

 加藤順久のことを喋ったついでに、木下育男のことも話しておこう。育男もクラスの悪餓鬼の一人である。
 ある夏の日、育男が隣の席の山本かおりのスカートをめくろうとしていた。かおりは笑いながらも育男の手を押さえて、まくらせまいとしていた。そしてやがて
「見せてあげる、見せてあげる」
と言って育男の攻撃を休ませ、自分の白い細かい水玉柄の茶色の超ミニスカートをゆっくりとめくり上げ始めた。
 すると中から、表地に縫い合わされてない鈍く光る裏地が現れた。
「何だ、これ?」
 育男が尋ねると、かおりは、
「裏地」
「ウダジ?」
「う・ら・じ」
「ウラジ?」
 頷くかおりに育男は、
「じゃあ、この下は?」
と、その裏地をめくろうとした。しかしかおりがしぶとく防戦したので、遂にかおりのズロースを見ることはできなかった。

 悪餓鬼といえば、同じクラスに若山義博というのがいた。この男は順久達よりは気も腕力も劣っているので、彼等の前では乱暴はしないが、僕のように、明らかに自分より気も腕力も劣っていると思う相手には好き勝手に振舞うという、実に姑息な男だった。この男がある時、自分の席のすぐ横に向坂豊子(こうざか・とよこ)が立っているのを見付けた。
 この豊子という子はとてもおとなしい女の子で、先に述べた横内郁子同様、さして醜い訳でもないのにクラスの男子から「ブス」と呼ばれている女の子だった。
 義博はこの時も、おとなしくて「ブス」な豊子ならば自分が何をしても大丈夫だろうと踏んだに違いない。素早く豊子のピンクのプリーツのロングスカートの裾を掴むと、思いっ切りめくり上げた。中から純白のズロースが丸見えになった。
 めくった後、義博は僕に向かって笑いかけてきた。その時僕が彼に笑い返したかどうか記憶がないが、豊子は義博を叩いた。義博は自分が見下した相手に叩かれたのが気に入らなかったのだろう、豊子に蹴りを加えていた。

 この他、この六年ろ組のクラスの中で見たズロースの記憶を列記してみると…。
 トイレの掃除の時しゃがみ込んでいた山本ふみこのピンクの厚地の超ミニスカートから零れていたブルーとピンクのお菓子の柄の入った純白のズロース。宮川教諭に書類を渡そうと背伸びをした時にチラッと零れた兵東京子の純白の薄地のズロース。そのワンピースが余りに短かった所為で授業で挙手をする度に純白のズロースが見えていた岩本典子。床に落ちた物を拾おうとして前屈みになった時、そしてトレパンを穿かない水色の超ミニのプリーツスカートで他の女の子達と縄跳びをしている時、チラチラと純白のシュミーズとズロースを見せてくれた福井美香。そんな女の子達の場面にも僕は勿論興奮した。だからこそ、今もなおこうして記憶に留めているのだ。

 同級生の妹という存在が僕を興奮させてくれることもあった。
 この年の夏だったと思う。何の練習だったか、あるいは打ち合わせだったか全く記憶がないが、授業が終わってから、近所の篠原弘光の家に同じクラスの数人で集まったことがあった。その集まりの終わり際、当時四年生だった篠原の妹が、部屋の隅に積み重ねてあった蒲団の上に飛び乗って、そのまま蒲団の崩れるに任せてちょうど滑り台を滑るようにお尻から滑り降りた。その時その妹はピンクのプリーツの超ミニスカートを穿いていたので、そのスカートが蒲団に引っ掛かって、床の畳にお尻を付いた時には純白のズロースが丸見えだった。しかし、当の本人はそんなことになっていようとは全く思いも懸けないらしく、僕の視線を感じると、訝しそうにこちらを見ていた。

 最近ではどうなのか残念ながら知らないが、僕が小学生だったこの当時は、冬になると女の子は防寒用に、正確にはブルマというのだろうか、所謂「毛糸のパンツ」を大抵みんなスカートの下に穿いていた。さて、それを踏まえてもらってこの年の冬の話である。
 ある土曜日の一斉下校でちょうどT市立T中学校の前辺りまで来た時である。僕の歩いて行く前に、隣の通学班の女の子達が歩いているが見えた。それが僕の目を惹いたのは、その中の一人、僕の同級生だった山口智久(やまぐち・としひさ)の四年生の妹が、自分の焦げ茶色の超ミニスカートをお尻にキュッと巻き付けて歩いてたからだ。これは女の子が女の子同士のスカートめくりの時に見せる独特のポーズである。それに気付くと僕は歩を緩めて、ゆっくりと彼女達の後ろを尾いて行った。一斉下校といっても、僕はこの当時、学校の門を出るとすぐに自分で勝手に歩き出し、同じ班の花井姉妹とはバラバラになって帰っていたから、僕が遅く歩こうが速く歩こうが他の人間には全く関係ないのだ。
 さてその様子を見ると、山口の妹がその班の先頭を歩いていて、そのすぐ後ろ左手にやはり彼女と同じように、くすんだ黄色地に深いグリーンの太いチェック柄の超ミニスカートを穿いた女の子(名は知らないが、この子も四年生のようだった。ここでは便宜上「四年生」と呼ばせてもらう)が、自分のスカートをお尻に巻き付けて歩いている。そして山口の妹のすぐ後ろ右手には、三年生くらいの、白と黒のストライプ柄のワンピースを着た女の子(こちらを「三年生」と呼ぶことにしよう)が歩いている。
 やがて「四年生」が、いかにも「三年生」がやったと思わせようと、「三年生」のすぐ手前まで右手を伸ばして山口の妹のスカートをめくった。中からグレーの毛糸のパンツが見えた。妹はけたたましく「嬉しそうに」笑った。すると今度は妹が振り向いて「四年生」のスカートを、左手を伸ばしてめくった。中からくすんだ黄色の毛糸のパンツが現れた。「四年生」は
「私じゃないよ!」
と怒りながら、「三年生」に
「やりな!」
と盛んにけしかけていたが、「三年生」は一向に妹のスカートをめくろうとはしない。そこで「四年生」がまたしても「三年生」のすぐ側まで手を伸ばして山口の妹のスカートをめくった。すると今度は妹が、多分犯人は「四年生」と知ってはいるのだろうが、「三年生」のワンピースを右手を伸ばしてめくった。この時の「三年生」の毛糸のパンツが濃いピンクだったか、あるいは赤だったかが、今の僕には思い出せない。しかしいずれにせよ、「三年生」は「嬉しそうに」笑った。そんな応酬を何度か繰り返している内に、何処か別の通学班に行っていた六年生の兵藤真知子が戻って来た。そして下級生の彼女達のしていることを見ると、
「あんた達、何やってんの、やめな!」
と上級生らしく制した。その言葉を機にこの「ゲーム」は終わりになってしまったが、真知子はその時グリーンの地に太い紫のストライプ柄の超ミニスカートを穿いていたので、誰かがそのスカートをめくらないかと期待したが、残念ながらそれは実現されなかった。
 しかし、そのすぐ後、例の「四年生」が自分の妹(二年生くらいに見えた)がその「ゲーム」に一度も加わってないことに気付き、
「あんた、一度もやってないね」
と言いながら、そのスカートをめくった。すると真っ赤な毛糸のパンツを丸出しにされたその妹は
「イヤだあ!」
と怒って姉を睨み返した。
 この時僕はこの妹と兵藤真知子はこうしたことに潔癖なのかと思ったのだが、決してそうではないことが後日判明した。

 小学校の卒業も間近に迫ったある日のことである。
 僕等の小学校では定期的に通学団会議といって、各通学団の問題を話し合う会議の場が設けられていた。問題といったところが、何処其処の班は人数が多いから分割するとか、また逆に少ないから合併するとかそんな程度の問題なのだが、その内容はここではどうでも良い。
 さてその僕にとって最後の通学団会議が始まろうとする直前、その教室でけたたましく笑っている女の子がいた。例の「四年生」の妹だった。何をしているかと見れば、この子がどうも何か兵藤真知子の秘密を握ったらしく、盛んに真知子から
「言わん?」
と問いかけられているのだが、その度に
「言う!」
と応えるものだから、真知子がそのお仕置きとばかり、彼女の紺色の超ミニのプリーツスカートを両手で思いっ切りめくり上げているのだ。勿論、そのピンクの毛糸のパンツは丸見えだ。その時、一緒の班の山口の妹は笑っていたが、「四年生」は自分の妹がそんな風にされているのが面白くないのか、半ば憮然としたような、呆れたような顔をしていたのが面白かった。

 通学路で見たといえば、その年の秋か冬かは忘れたが、学校の帰りに先刻のT中学の前まで来た時、中学の北東端にある、給食室(とは中学入学後に知ったことだが)と鉄筋校舎を結ぶ渡り廊下で、三人の女子中学生が代わる代わるに跳び上がって、その渡り廊下の屋根の梁へ右手を付ける遊びをしていた。しかしそれが、梁に手を付くことそれ自体を目的としたものでないことは、僕にも見てすぐに分かった。梁まで跳び上がって降りて来ると、自分達のセーラー服の薄地のスカートがめくれ上がる、それを面白がっているのだ。
 しかし、穿いているのはみな同じスカートのはずなのにも拘らず、めくれ方が違うのだ。一人はモロにめくれ上がって純白のズロースが丸見え、一人はスカートだけめくれてもシュミーズ(スリップか?)はめくれず、更に一人は全くめくれないのだった。
 彼女達はしかし、そのスカートのめくれない一人に特に不満を見せる様子もなく、他の二人が飛び降りて来て下着が見えると
「見えちゃった」
と言いながらまた跳び上がって遊んでいるのだった。
 僕はその遊びをずっと見ていたかったのだが、何しろ気弱な僕は、彼女達のジャンプが二巡したところで後ろから他の小学生の帰りの集団が近づいて来ているのが分かると、たっぷり未練を残しながら、その場を去るしかなかった。
 しかしその時僕はそれを見て、中学生のセーラー服のスカートは長さは長いが生地が薄くてめくれ易いと初めて知って、早く中学生になりたい、などと思わず憧れた。それ以外の部分では、中学に入るということに底知れない怖れを感じていたにも拘らず…。
 それではその「憧れ」の中学での記憶を語ることにしよう。

第五章
 中学校へ入る前に、僕が密かに悲願としていた「鴨田康子と同じクラスに」という願いは残念ながら叶えられなかった。しかし、入学式の日に早くもその生地の薄いセーラーのスカートは、僕に二人もの純白のズロースを見せてくれ、僕の中学生活は薔薇色になりそうだと勝手に思っていた。
 しかし実際問題として、セーラーのスカートは何といっても、当節とは違って長い。小学校時代の超ミニスカートとは訳が違うから、そう簡単にその中身を見せてはくれない。中学に入っても、女の子達はよく女の子同士でスカートめくりをしていた。しかし、スカートが長いから、当人同士ではどうか知らないが、こちらまでそのズロースが見られるケースはやはり稀になってしまった。一度などは、谷口香織が中島つぐみのスカートを戯れにめくっていたにも拘らず、何故だか目を逸らしてしまったことさえある。恐らくは当時の小心な僕の感情を推察するに、それを見続けることで、何か叱責を受けるというような、何ら根拠のない怯えに襲われたのに相違ない。この頃の僕にはそういうことが度々あった。
 この年、僕が学校内で見た女の子同士のスカートめくりでそのズロースまで見えたのは、僕の記憶にある限りでは一件だけだ。
 畠山(下の名は忘れた)が外から教室へ帰って来て、自分の席へ戻ろうと何気なく歩いていた時、偶々教卓の前に立っていた中島つぐみに高々と思いっ切りスカートをめくられた。その時ちょうど畠山の真後ろに運良く立っていた僕には、畠山の純白のズロースが丸見えだったが、何分畠山は相当に肥満体だったので、余り後に尾を引くほどには興奮しなかった。しかもこの時タチの悪いことに、つぐみはそのスカートめくりの犯人を僕に仕立て上げようとしていたのだ。畠山はそれを信じたのか、つぐみにそれを告げられると、固まった顔で僕を訝しげに見ていた。
 この年、それ以外で同級生の女の子の純白のズロースを見たというと、理科の授業の時、理科室のキューブ型の椅子を両脚で挟んで遊んでいた時にその股の間から覗いた河辺純子のそれと、給食の後片付けをする時に、僕の前を歩いていた谷口香織のスカートが強風で思いっ切りめくれ上がってモロに見えたそれ、あと、当時からあまり好きではなかったのにどういう訳か友達付き合いをしていた岩瀬友宣(いわせ・とものぶ)と一緒に下校しようと自転車置き場の裏まで歩いて来たその瞬間に突風が吹いて、その中に立っていた三年生の女生徒のセーラーのスカートが思いっ切りめくれ上がり、細かい朱色の花柄の純白のズロースが全開になったのだが、その生徒は非常に肥満していたので、僕はあまり興奮を感じなかった。全部並べてみてもこれくらいしか思い当たらないのである。しかし、学校の外で思わぬ「幸運」に巡り会うこともある。

 この年の夏、ある日の下校途中のことである。
 僕の家の近所の、小学六年の時一度だけ嶋田尚己と駄菓子を買いに入ったことのある八百屋の角を曲がった時、一人の女の子がブロック塀の上に立っている姿が目に飛び込んできた。その家だったかあるいはその左隣のだったか今では判然としないが、そこは小学四年まで同じクラスだった別本優子(べつもと・ゆうこ)の家だった。彼女は小学五年になる前に何処かへ転校して行ってしまったから、この時は無論彼女の家ではなかったが、小学二年までは彼女とは仲良くしていて(しかし別段恋愛感情のような特別な感情は一切なかった、と全くの蛇足ながら注記しておく)、彼女の家まで一緒に帰って来たことも数度あったから記憶していた。
 塀の上の少女は小学二年くらいに見えた。白のブラウスを着て、グレーのプリーツの超ミニスカートを穿いていた。塀の脇に斜めに渡された電柱に左手を預けながら、こちらにお尻を向けて、その下にある庭の方に目を遣っていた。
 僕にはこの刹那、例の直感で「スカートめくり」を予感した。もしその時の僕に幾分でも加藤順久のような、あるいはまた従弟の和豊のような強心臓があれば、その時僕は何の躊躇もなくその家の門の前に立ち、その中の庭を覗きこんだであろう。しかし当時の僕は芥川龍之介の『芋粥』の「赤鼻の五位」の如く、あまりにも小心で意気地がなかった。そこで僕はその門にたっぷりと未練を残しながらそこを通り過ぎておいて、そしてそこから五、六歩ほど先へ行った電機メーカーの小さな作業場のシャッターの前で改めてその塀を振り返った。振り返った時にはもう先刻の少女の姿はなかった。僕は門まで惹き返してその中を覗こうか覗くまいか逡巡した。
 その直後、その門の中から先刻塀の上に立っていたグレーのプリーツの超ミニスカートを穿いた少女が走り出して来て、庭の方を向いて立ち止まった。そしてその顔はいかにも「嬉しそうな」笑みで満たされている。この時その少女が左手で自分のスカートの裾をお尻に巻き付けるようにしていたような気もするが、この辺は判然としない。あるいは先に語った四年い組の「事件」と混同しているかもしれない。更にそのまたすぐ後から、彼女の妹らしい、幼稚園の年長児くらいの女の子が後を追って走り出て来た。こちらは水色の地に鮮やかなピンクの花柄のあるショートパンツを穿いていた。この妹もまた「嬉しそうな」笑みを満面に湛えている。そして姉の方も、妹が出て来るとなお一層「嬉しそうに」笑った。
 妹は姉に追い付くと、ぴったりと寄り添って左手を姉のお尻に回し、姉の右の腋の下辺りに頬を付けて縋り付くようにした。姉もこれに応えるように、妹の右肩を右手で抱きかかえるようにした。ちょうど二人ともこちらに正面を向けていて、その視線は僕のそれと合っていた。それと認識してか否か、二人は一層けたたましく笑った、その瞬間である。
 妹が姉のスカートの裾を空いている右手で正面から鷲掴みにし、自分の頭の遥か上まで思いっ切り高々とめくり上げた。その中から純白のズロースが丸出しになると、妹は姉のそのスカートの下へ顔を埋めて潜り込むような恰好になった。そのスカートの位置は姉の胸のすぐ下辺りから始まっていたので、そのズロースの純白は、彼女の胸の辺りからのその一面を覆っていた。僕は堀志津代の「事件」の時と同様、女の子のパンツはなんて大きいんだろう、と思いながら素直に感動を覚えた。
 姉のズロースが丸出しになると、妹はすかさず「嬉しくて」たまらないといった口調で、笑いながら
「パンツゥ!」と叫ぶように言った。
 姉はそれに応えるように、
「イヤあ…」
と力なく呟くように笑いながら自分のスカートを上から左手で押さえて押し下げる真似をしたが、それが本気ではないことは言うまでもない。二人はその恰好のまま、ちょうど四年い組の「事件」の当事者二人と同様に、塑像のようにずっとそうしていた。ずっと、といっても実際は僕が見ていたのはそんなに長い時間ではなかったのかもしれない。しかし僕にはとても永い時間であるように感じられた。
 だから僕としたら、幸い向こうも僕の存在を気にしていないのだし、そのままその場所でその光景を見続ければよさそうなものである。にも拘らず、当時の僕は常に何かを、何とは言いようのない何かを懼れていた。この時は、滅多に開くことのない、その電機メーカーの作業場のシャッターが開いて、自分がその光景を見ていることを咎められるのではないかというほとんど根拠のない不安に襲われた。それで僕は愚かにもこの特等席を離れて、そこから道一本隔たった向こうの電柱の後ろから(といったところが、それは一向に「陰から」などと言えるほど僕を隠してくれていた訳では全然なかった)続けてこの光景を見続けることにした。
 すると、多分当事者の二人もきっと自分たちに動きがないのが退屈だったのだろう、僕の動きに反応するように妹が
「あの子、見とるゥ!」
と笑いながら言い、それを合図にその恰好のまま二人は門の中へゆっくりと歩いて入ってしまったので、その姉妹の「蜜戯」はそれきり見えなくなった。当然この時僕には二人を追いかけて門の中を覗いて見たい強い衝動があった。しかし、なんとも臆病だった僕は、後ろ髪を引かれながらもその場を立ち去って家路に就いたのだった。今にして思えばまさに愚の骨頂としか言えぬ始末である。
 翌日からもその家の前を通ると、よくこの姉妹を見かけた。他の友達と一緒の時もあり、姉妹だけの時もあったが、あれきり「事件」は残念ながら起こらなかった。ただ、何回か見る内、この姉妹が例のブロック塀の家の子ではなく、左隣の家の子であること、そしてその家の表札から、宮嶋という姓であることが分かった。そしてこの姉妹には、僕は後日その愚の上塗りをする羽目に陥るのだ。
 同じ年の冬、僕がその宮嶋姉妹の家の前を通りかかると、姉妹が他の友達数人と一緒に門の前の道路で馬跳びをしていた。姉は例の日と同じグレーのプリーツの超ミニスカートを穿いていたから、馬になってお尻を上げると、赤い「毛糸のパンツ」が見えるのだ。妹はそれを面白がって例の如く、
「パンツゥ!」と叫ぶように言った。
 しかし姉は、この時は友達の前であったためか、その妹の声には一向興じず真剣に怒って、
「怒るよ!」
と妹を睨みつけた。他の友達が姉を宥めたので姉はまた馬になったが、妹はずっと笑っていた。
 この様子を見た僕は、この日までこの姉妹の下着を見る機会がなかった所為か、俄然もっとずっとそれからの様子を見ていたい衝動に駆られた。今考えればなんとも馬鹿な話なのである。そもそも僕は「毛糸のパンツ」は嫌いなのだし、この姉妹はそこでスカートめくりをしていた訳でもないのだ。それ以上僕の期待する方向へ発展するかどうかも分からない状況なのだから。しかしきっとこの時の僕を動かしたのは、その時の姉妹の様子というよりは、例の夏の日の、「門の中を再び覗きに行かなかった自分」がずっと抱いていた未練だったに相違ない。
 僕は走って家に帰ると、鞄を置いてすぐに自転車に乗って家を出て宮嶋家へと向かったのだ。そしてその道路や空き地で遊んでいる(言うまでもなくスカートめくりは一切していない)をずっと眺めていた。
 暫くして姉の友達が僕のずっといるのに気付いて、
「あの子、何でずっといるの?」と言った。
すると姉が僕を睨むようにして、
「痴漢だ!」と言った。
 痴漢にされては堪らないとばかりに退却したが、それ以来僕はその家の前を通る度、宮嶋の姉が周りの友達に
「あの子、痴漢だよ!」
と言っている声を聞かなければならなくなった。

 二年生になると、僕は親友だった(と僕は勝手に思っているが、向こうはどうだか知れない)野田正洋(のだ・まさひろ)に、この年に別の中学から転校して来た星元英美(ほしもと・えみ)のスカートをめくらせるなどという「事件」を起こした。しかしその首謀者の癖にちょうど正洋の真後ろに立っていたばっかりに、英美のズロースを見損なうとは何ともお粗末な話だ。しかもこのお粗末には更に呆れた顛末があって、一緒に首謀して正洋を焚きつけた山口智久(やまぐち・としひさ)はしっかりと英美のズロースを目撃した上に叱られることもなく、その肝心なものを見ていない僕は担任教師の小林茂男に正洋と同格に叱責されたのだ。
 しかし実はこの英美という女もかなりの「好き者」で、後日音楽の授業の始まる前に音楽室で西村真澄のスカートを後ろから不意打ちにめくって、真澄を怒らせたなどという「事件」を起こした。この時も僕は何とも運悪く真澄の真正面に立っていたので、ズロースを見ることはできなかった。また、クラスの中でも細井、小松、高柳(皆、下の名前は忘れてしまった)という仲良しトリオが女の子同士のスカートめくりに熱中していた時期があって、一度などは細井が小松のスカートを思いっ切り高々とめくり上げたのにも拘らず、その時も立っている位置が悪く、小松のズロースを拝むことはできなかった。
 そうかと思うと、こんな嬉しいハプニングもあった。切っ掛けが何だったのかは知らないが、僕と同じ班だった羽鳥淳子と大竹(この子の名も忘れてしまった)がかなり激しい喧嘩をしていたことがあった。取っ組み合いではないが、互いに手を出して殴り掛からんばかりの剣幕だった。その最中に、大竹のセーラー服のスカートのホックが外れたらしく、その外れた隙間から彼女のズロースが約五センチ四方見えていた。最初大竹自身は勿論、淳子もそれに気付いてなかったが、やがて淳子が僕の視線に気付いて、そこを指差して哄笑したものだから、大竹の怒りに拍車を掛けてしまった。しかしその後の喧嘩の顛末はどうなったのか知らないし、大竹がホックを嵌めてしまった後のことなど僕には興味はない。
 この年といえば、同じクラスの大橋真弓の胸が、夏休み前にはほどんど真っ平らだったのに、夏休みが明けたら驚くほどの巨乳になっていて非常に興奮したりもしたが、学校で見たもので一番嬉しかったものといえば、一年上級の三年生の、高校入試の合格発表日の珍事というより「幸運」である。
 公立の志望高校に合格すると、その生徒は出身中学へその合格通知書という書類を受け取りに来る。それはちょうどその日だった。その日、校舎の入り口の戸がしまっていたのか何なのか理由は知らないが、その通知書を受け取りに来た三年生の、しかもどういう訳か女の子ばかりが、北側校舎の入り口の前に多数集まって立っていた。そしてその時僕ら二年三組の男子は偶々技術・家庭科の授業で、万力に鉄の棒を挟んで削る実習をしていて、ちょうどその女の子達が正面に見える位置に立っていた。その日は突風が吹き荒れていた。しかも校舎と校舎の狭間である。彼女達のセーラーの薄地のスカートは幾度となく高々とめくれ上がった。合格通知書を受け取りに来るだけの日に、スカートの下に体育用のブルマを穿いている子はさすがにいない。だから風の吹く度に彼女達の純白のズロースが丸出しになった。僕らは自然の芻でその度に笑った。
 そしてこの年も、学校の外に「幸運」が待っていた。
 一学期終わりの三者面談の帰り、中学から真っ直ぐ西へ十分ほど歩いた所の、その通学路から一本道の奥で、女の子が二人で走り回っているのが見えた。そこはその近所の小学生が通う、I珠算塾の前庭だった。小学校の四年生くらいだろうか。二人とも「嬉しそうに」笑っているから何かと見れば、少し大柄なベージュ色のミニのワンピースを着た女の子が、もう一人のやや小柄な紫色の、やはりミニのワンピースを着た女の子のスカートを思いっ切りめくっているのだ、何度も何度も。その度に「紫色」のスカートからは純白のズロースが丸出しになり、彼女はけたたましく「嬉しそうに」笑った。するとやがて今度は今までめくる役だった「ベージュ色」が走って逃げ出し、前庭の手前にある藪の中へしゃがみ込んだ。「ベージュ色」は暫く蹲ったまま隠れていたが、「紫色」がなかなか自分を発見してくれないのに焦れて、「紫色」が自分の隠れている所へ近付いて来た時にわざわざ自分から立ち上がった。そして二人で顔を見合わせて「嬉しそうに」笑ったかと思うと、「紫色」が「ベージュ色」のワンピースを思いっ切り高々とめくり上げた。中からやはり純白のズロースが丸出しになった。二人ともスカートは後ろからめくるものという認識があるらしく、めくるのはいつも後ろからである。そのお蔭で僕はこの時「ベージュ色」のズロースを丸ごと拝むことができたのだが。
 それから先はまた元の通り、「ベージュ色」が「紫色」のスカートをめくるという役回りに戻った。そして暫くすると、また別のグレー地に大きな赤い花柄のミニのワンピースを着た女の子が塾の中から出て来た。この子を見つけると「紫色」は「嬉しそうに」笑いながら近付いて行った。「グレー」が何事かと怪訝そうにしているところを、「紫色」がやはり後ろからそのスカートを高々とめくり上げた。「グレー」が「嬉しそうに」笑ったのは見えたが、「グレー」は僕のほうに正面を向けていたので、そのズロースは残念ながら見えなかった。「グレー」は笑いながらその場にしゃがみ込んだ。
 やがて、三人は帰宅する話をしたらしく、はっきりそうとは聞こえなかったが、もうやめよう、といったような話をした様子で、指切りをした。しかしその直後に「ベージュ色」はまた「紫色」のスカートをめくり、「紫色」はまたけたたましく笑った。
 その後ややあって、他の二人とは帰る方角が違うのだろう、「紫色」が一人自転車に乗ってこちらへ出て来た。僕はいつか知らず後を尾けていた。小学四年の小柄な女の子がゆっくり自転車を漕いで行くのを尾けて行くのは造作もない。やがて彼女が辿り着いた家を見れば、なんとそれはあの、その妹の純白のズロースをかつて見たことのある篠原弘光の家のすぐ隣の長屋の一軒だった。
 またこんな「幸運」もあった。
 一年生の時に同じクラスになった朝倉保雄と、初秋のその日偶々帰りに一緒になった僕は、彼の通学路を辿って家路に就いた。そしてI町のN公園のすぐ近くの端まで来た時、僕は何故だか知らないが、そのN公園に僕の性欲を刺激するものの気配を感じたのだ。これは今でも全く不思議としか言いようがないが、何を見た訳でもないのに、本当にそれを感じたのである。僕は保雄にそこでいきなり別れを告げると、足早にその公園へと近付いて行った。
 公園に着いてみると、女の子が四人、ブランコを漕いでいる。小学四年生くらいの子が三人、あとグリーンの薄地のセーターに、細かい花柄のある深緑色の超ミニスカートを穿いている子が年かさらしく、小学六年くらいに見えた。その年かさの六年生が、全身で力を込めて思いっ切りブランコを座って漕いでいるものだから、ブランコが下に降りてくる度にそのスカートがものの見事にめくれ上がって、純白のズロースが丸見えだ。年下の三人はその度に「嬉しそうに」笑う。六年生も笑っているが、その笑い方は他の子達のような無邪気なものではない。年下の子達に見せたがっている、と僕は感じた。
 そのままずっと見ていたかったが、六年生が僕のほうをチラチラ見るのが気になったのと、学校の制服を着て帰宅もしないままでいつ終わるとも知れない彼女達の戯れを見ていることに後ろめたい気分になって、僕はひとまず自宅まで全力で走って帰った。そして家にいた母に
「自転車に乗ってくる」
と告げて鞄を置くのももどかしく、すぐに家を飛び出した。勿論行く先はN公園である。
 公園に戻るとまだ先刻の四人はいた。今度は芝生の植えてある広場でドッジボールを投げて遊んでいる。そうかと思うと突然各自逆立ちを始めたりする。しかしそれも例の六年生が、他の三人に自分の純白のズロースを見せたいがためであることは容易に見て取れた。
 更に次には鉄棒を始めた。最初は普通にクルクルと回っていたが、やがて六年生が、鉄棒に両膝を掛けてちょうど蝙蝠が眠る時のように逆さにぶら下がった。当然純白のズロースがその全貌を露わにした。他の三人は六年生の顔を見つめてなんとも「嬉しそうに」笑っている。ただ、その時僕は六年生のお尻側にいたので、六年生がどんな表情をしているかは分からなかった。
 翌日、僕が学校から一人で帰って来る途中で、この四人が二台の自転車に二人ずつ二人乗りして走って行くのを見掛けた。例の六年生が、こいつ昨日のヤツだとばかりに僕のほうをまじまじと見て行った。そして彼女達の向かった先を見ればI珠算塾ではないか。僕は何か不思議な因縁を感ぜずにはいられなかった。
 その数日後、僕は中学の運動場脇の流し場を通りかかった時、思わず目を疑った。そこにその六年生の女の子がいると思ったからである。確かによく似ていた。しかし、あの公園にいた子がまさか中学生には見えなかったから、多分他人の空似だろうとは思いはしたのだが。
 この流し場にいたのは大和田弘美で、この翌年、僕に忘れられない記憶を残してくれることになろうとは、この時は無論知らぬことである。

 三年生になっても、やはりスカートをめくり合う女の子達はいた。いやどちらかというと、この年の三年五組のクラスは、今までの一、ニ年のクラスよりもそういう戯れをする女の子が多いクラスだったように思う。しかし何度も言うようにセーラー服のスカートの長さは如何ともし難く、なかなかその中身を見る好機には恵まれなかった。
 しかしここに救世主が登場する。井村公一という年齢の割にやや幼稚なその男は、他の男子が願望していてもできないことを、小学生の悪餓鬼の如く易々とやり遂げてしまう男だった。だからこの男の学校生活にスカートめくりは日常茶飯であった。
 公一が最もよく狙ったのは桐部照代(きりべ・てるよ)である。二人とも不良仲間だから良い組み合わせだが、一度公一が教室の隅に照代を追い詰めて、壁に背中を付けた照代のスカートを思いっ切りめくり上げた時、照代のズロースがその投げ出した脚の開いた股の間から見えたのだが、それはベージュのようなくすんだ色で、純白ではなかった。
 そして公一が僕に鮮烈な記憶を残したのは、ある冬の日である。
 その頃僕は公一と同じ班で、掃除は校長室の割り当てになっていた。その日、校長室のソファの前に折戸貴子(例の六年ろ組の「事件」にも参加していた彼女である)がぼんやり立っていた。そこへ公一が不意を突いて後ろからそのスカートをめくった。しかし貴子は巧みに公一の攻撃をかわして下着を見せなかった。公一はスカートめくりの一本槍では埒が開かぬとばかり、隙を突いて貴子の乳房を揉みにかかり、貴子の手がそれを押さえようと動いた所を狙ったが、それでも貴子は最後まで公一に思い通りにはさせなかった。
「残念だぜ!」
と公一は言い、とりあえずは引き下がった。
 その同じ日である。その日は大掃除で校長室のソファを廊下に出していた。その廊下に出したソファの向かって左端に例の公一が、
「あ〜あ、かったるいなあ!」
と身体を放り出した。するとそのすぐ後からその同じソファの右端に大和田弘美が他の女の子達とオシャベリしながら何気なく腰を降ろした。視線はその話し相手の女の子の方へ行っている。先刻の欲求不満の残っている公一はこの隙を逃さなかった。素早く弘美のスカートへと手を伸ばすと、一気に力任せにめくり上げた。一緒に喋っていた友達が一応
「危ない」
と弘美に声は掛けたが、これはあくまでも義理で、その声にはある種の残酷な悦びが秘められている。
 弘美のスカートを掴んだ公一は、その力を緩めることなく執拗にめくり続けて、長いスカートを腰に巻き付け、その股の上辺りに両手をあてがいながら、ソファを膝から降りてその攻撃から逃げようとする弘美に一刻も容赦しなかった。しかしそれだけでは埒が開かないと思った公一はやはり先刻の貴子の時と同じように、弘美の乳房を揉みにかかった。弘美はクラスでも一、ニを争う巨乳である。それをモロに掴んだ公一は思わず
「メチャクチャでっけえ!」と叫んだ。
 公一のその胸への攻撃を抑えようとして、弘美の両手が一瞬スカートを離れた。公一は
「今だぜ!」
と叫ぶが早いか、弘美のスカートを再び思いっ切りめくり上げた。弘美がスカートを押さえる暇もなくその中から肌色のストッキング越しの純白のズロースが丸出しになった。うっすらと褐色を帯びた弘美の肌に映えて、その純白が眩しかった。弘美は周りでこの光景をみている僕ら数人の視線を気にしながら、羞恥に満ちた笑いを浮かべていた。
 しかしこの時の興奮が冷め遣らなかったらしく、弘美は掃除が終わって教室へ戻ると、先刻オシャベリをしていて自分のズロースを見た菅沼典子、山口真由美とスカートのめくり合いをしていた。そしてこの時公一が典子のスカートをめくりかかる場面もあったが、どちらも残念ながらズロースを見るには至らなかった。

 中学を卒業すると、さすがにスカートめくりの場面を目撃するチャンスなどはおよそなくなった。高校三年の四月、生物の授業に出るために生物教室へ移動の最中の廊下で、入学したばかりでまだ中学生気分の抜けない新入生の女の子が、前を歩く女の子のスカートを思いきりめくり上げたのを見、そしてめくられた女の子の
「イヤだあ!」
と怒る声を聞いた。しかし僕はその子のちょうど真正面にいたので、またこの時も下着を見ることはできなかった。

 それから暫く当然の如くスカートめくりなどというものを見なかったが、ニ十八歳の頃だったろうか、昼休みに自転車で偶々勤め先の会社の近くの中学校の側を通ると、上の方から女の子の叫び声がする。何かと思って見上げると、その中学の屋上に女子中学生が四人いて、その中の一人が前を歩く子のスカートをめくって、めくられた子が怒って(とは言いつつも笑いながら)めくり返そうとするところを、めくった子がその場にしゃがみ込んでそれをさせまいとしている光景が目に入った。
 その時僕は下着の類こそ見えなかったが、そのはしゃぎぶりに非常に興奮し、すぐさま近くの公園のトイレに掛け込んで我慢できずに自慰をした。それ以来暫く、僕はその中学のすぐ前の公園のベンチにいつも座り込んで時を過ごすようになった。その後もその中学の女の子達がスカートをめくり合う光景を幾度か目撃した。しかしその場所で下着を見たのは、その屋上に立っている女の子のスカートが風でめくれ上がった時にその純白のズロースが一瞬見えた時、一回きりだった。

 それ以来、僕はスカートめくりのあの眩しいような場面を見ていない。しかしこれまでに見てきたその残像は、ことに純白の残像は、今も僕の脳裏に焼き付いて、僕を刺激し続けている…。

《完》

注記:ここに記された内容は全て実際にあった出来事を忠実に再現したものですが、作品中に登場する人物名、地名などの固有名詞は全て架空のものです。
   万一、実在の人物名、地名と符合することがあったとしても、それはあくまでも偶然の一致であるので申し添えます。