チーちゃんが帰ってこない。
いったい何処に行ってしまったのか・・・。

我が家の裏にある作業小屋には、野良猫が住み着いている。
それがいつの頃からか、正確には定かではないが、家と作業小屋を建ててから13年になるから、それくらいの年月だろう。
あっ、違う!!もっと前からだ。
今こうして書き出して思い出したが、家を新築する前に、何処かの野良猫が、私の洋服ダンスの中に生んだ仔猫を連れて来て育てていた事があった!
寝室とタンス置き場を別にしていたために、毎晩、家の何所かで鳴き声がしても、外からだと思って気付かなかったのだ。
ある日、タンスを開け、かかっている洋服の間から奥に手を伸ばした時、仔猫が手に触れ、毎晩の鳴き声の原因が判明した時の驚きといったら、それはもう、表現のしようがないくらいだった。

あれから長い年月をかけて、いつしか我が家の回りには、野良猫が住み着くようになった。
しかし、自然に野良猫が住み着いた訳でもないような気がする。
原因は何かあったはずだ・・・。
それは我家だけではなく、斜め向かいにある鈑金工場でも、同じような事が起こっていた気がする。
鈑金工場の奥さんが、野良猫を可愛がって育て始めていたのを覚えている。
どちらかといえば、鈑金工場の方で育てていた猫たちが、家に遊びに来るといった感じだったのではないだろうか。
しかし、体を壊した奥さんが会社には出てこなくなり、育てる人がいなくなった為か、猫たちは家に移動し始めたのかもしれない。

最初の頃は、野良猫が出産にやって来ては、時期が来ると親子共々姿が見えなくなるの繰り返しだった。
私は仕事を持っているために、そんな猫たちの行動を然程気に止めてはいなかったし、世話をしているおばあちゃんも(義母)も、残りご飯を食べさせてあげる程度の関わりだったと思う。
野良猫は、あくまでも野良猫、という気持ちで・・・。
子供たちが幼い頃は、生まれた仔猫を見たがって大変だった。
おばあちゃんが言うには、自然に仔猫達が出て来るまで覗いてはいけないらしい。
そうでないと、親猫が子育てを放棄してしまうとか。
それが本当かどうかは分からないが、悪いと言われる事はしない方が良いと解釈して子供たちに伝えたものだ。

ある時から、同じ猫が出産の度にやって来るようになった。
その頃からだろうか、おばあちゃんが猫たちの様子を、逐一食卓で私に報告するようになったのは。
私も家の周りでじゃれ合ってる猫の親子を見ては、声をかける様になって行った。
同じ猫が何度出産にやって来たかは覚えていないが、その猫が最後に生んが仔猫が、その後の私たちと猫たちとの関わりを変えて行き、単なる野良猫ではなく、我が家の猫として外で暮らしているという感じになっていった。

生まれた仔猫は、白黒はっきり分かれた雄と、どこかシャムが混じっているようなブールーアイで白系の雌の2匹だった。
いつもなら出産後の親子は一緒に姿が見えなくなるのだが、2匹の仔猫は親の姿が見えなくなっても留まっていた。
猫でも顔の良し悪しはあると思うが、2匹は共に美形であった。
それが、普通の野良より可愛がる動機の1つになったかもしれない。
最初はまったく懐かない2匹だった。
おあちゃん曰く「野良は生まれながらに親から独りで生きてゆくために教えられている」と。
しかし、親と共に姿を消さず我が家に留まった2匹は、野良の生活を捨てたのか、いつしか毎日世話をするおばあちゃんに徐々に懐き初めていった。

おばあちゃんは二匹に名前をつけた。
それが何故かどちらも「チーちゃん」だった。
どちらにも「チーちゃん」と呼ぶ真意は理解できないが、白と黒のチーちゃんという事で、我が家でも定着しつつあった。
それでも猫の話をするのに聞き分けが難しく、いつの間にかメスのチーちゃんは、そのまま「チーちゃん」と呼ばれ、雄の黒は「チコ」と呼ぶようになっていた。
あくまでもおばあちゃんの気分次第なのだ。

二匹は夏に生まれた。
夏猫は弱いと言われているらしく、おばあちゃんは食欲がないチーちゃんをかなり気を使って、ミルクや食事ををあげているようだった。
最初は残りご飯に味噌汁といった、昔ながらの定番の猫の食事を与えていたが、いつしかそれがキャットフードに変わり、時には缶詰まであげるようになった頃には、冷蔵庫の中の食材も、時折チーちゃんたちの為のものが見えるようになり、なかなか贅沢な野良猫達と思ったものだ。

チーちゃん達にも恋の季節がやって来た。
見る見るうちにチーちゃんのお腹が大きくなった時はビックリしたが、どんな仔猫が生まれるのか、誰が父親なのかと楽しさ半分、又猫が増える心配半分の複雑な気持ちで、チーちゃんの出産を待ちわびた。
出産はチーちゃんのご解任に気付くのが遅すぎたのか、私達が待ちわびてから1ヶ月もしないうちだった。
生まれた子を見てビックリ!
兄弟であるはずのチコそっくりな仔猫を見た瞬間、2匹は兄弟から夫婦に変わったのだと理解した。
そんな事があるものなのだ・・・と、何故か感心してしまったりもした。

チーちゃんが仔猫達におっぱいをあげてる姿は、正しく母の姿だと思ったが、仔猫達が育ち、一緒にキャットフードを食べるようになった頃は、仔猫を押しのけ、威嚇して独り占めでもしてるかのような行動をとるようにもなっていた。
それが野良として生きる為の子育てなのかと思った。
それでも普段は一緒の容器でご飯を食べ合い、その姿は微笑ましく、親子の絆を感じるのだった。

チーちゃん一家はいつも一緒だった。
しっかり者のチーちゃんに、甘えん坊のチコとやんちゃな子供たちといった風に見えた。
人慣れはチコの方が最初で、なかなか抱かれないチーちゃんに比べて、チコはあっという間に我が家の誰にでも抱かれていた。
しかし、野良も人の心情を感じるのか、甘える態度は見せないチーちゃんも、我が家の家族には逃げる事はしなくなった。
抱かれるのは、おばあちゃん一人だったが・・・。

チコとチーちゃんはいつも勝手口の前で、私たちを待っていた。
勝手口を開けると、2匹並んでいる姿が可愛くて、何かをあげずにはいられないなかった。
人の後も付いて歩いた。
特におばあちゃんの後はいつも追いかけるので、出かける時は車にひかれないか心配して、1度出ては家の敷地に帰してから隙を見て出かける姿が可笑しかった。

そんな人懐こさが災いした事があった。
私が車で出かけ、家の直ぐ側の丁字路を曲がった瞬間、ゴツンと凄い音がした。
咄嗟にルームミラーで後ろを見た時にうつったものは、物凄い勢いで走り回るチコの姿だった。
驚いた私は急いで引き返して、チコを探したが何処にも見あたらなかった。
それから3日程チコは帰って来なく、きっともう命はないのだと諦め、後味の悪い思いで暮らしていた。
しかし、事故から4日目の朝、チコはよたよたした足取りで帰って来た。
その間、何処で何をしていたのか想像するよしもないが、ただ生きて帰って来てくれた事が嬉しかった。
しかし、事故のショックからか、それとも記憶がなくなったのか、チコは野良本来の姿に戻り、私たちを警戒するようになった。
あれから1年以上になるが、多少懐いたものの、前のように人懐こいチコではない。

チーちゃんはチコの子を4回出産した。
それはいつも夏の出産だった。
3回目までに生まれて来た子達は、親の美形を受け継ぐ子は少なかったが、目だけはどの子も愛らしく、毎日接していると、可愛さは募って来るものだった。
しかし、どうした訳か3回目までの仔猫達は、1年もしないうちに、事故にあったり、育ちきれなかったりで今はこの世にいない。

2004年夏、チーちゃんは4度目の出産をした。
生まれたのは、チコそっくりな子とトラの2匹だった。
2匹は親の良い所を取ったみたいで、どちらも美形で、とても可愛いかった。
チコそっこりな子は、生まれながらに人懐こく、誰にでも抱かれる子だった。
しかし体がトラより小さく、トラは上手にチーちゃんのおっぱいを飲んでも、タイミング悪いのか、それとも間が悪いのか、飲み逃す事が多かった。
トラは最初から警戒心の強い猫で、野良そのものだと感じた。

チコそっくりな子は、薔薇関係で知り合い、公私共にお世話になっている方に貰っていただいた。
それは生まれる前からの約束だった。
今までの出産で、仔猫が生延びた試しもなく、全面的に面倒を見ているおばあちゃんも喜んでいたのに
いざ仔猫を引き渡す時のおばあちゃんは、まるで我子を里子にでも出す様な気持ちになったのか、涙を流した。
せっかく引き取りに来て頂いたのに、食べさせていた缶詰を渡して、最後まで見送る事もしなかった。
その時の事は、私も貰っていただいた方も、かなり印象深く心に残ってしまったと思う。
せっかく貰っていただいたのに、嫌な思いをさせてしまって申し訳なかったと思っている。
しかし、その後のチコそっくりな仔猫の幸せな姿をネットで見て、今ではおばあちゃんも心から喜んでいる。
家にいたら命はなかったかもしれない。
トラとは違って、そうゆう運命だったのだと言って。
心優しいご家族の中で、あの子は幸せに暮しているだろう。
おばあちゃんの心は穏やかになっていた。

我が家はチーちゃんとチコとトラの家族の他に、時々遊びに来る猫は除いて、1年ほど前から洋種が混じっている白と見事に真っ黒の2匹が増えていた。
どこからいつ来たのかは定かではないが、毎日チーちゃんたちとご飯を食べるようになっていた。
そのうち、黒は裏のお宅の半野良になり、若奥様に大そう可愛がられている。
時折我が家に通って来ていて、白と黒はいつしか夫婦になった。
そして、チーちゃんが出産して間もなく白は4匹の仔猫を生んだ。
生まれて来た子は真っ白と思っていたら薄いグレー2匹と、真っ黒2匹の計4匹だった。
チーちゃんの子達の目は愛らしかったが、白の子達の目は鋭く、猫の顔に性格が出るのか・・・と思ったりもした。

黒と白が来た頃から、何処からともなく体の大きなボス猫もやって来て、雄のチコをいじめる姿を目にするようになった。
何故かボスの標的はチコで、ボス猫が来るとチコは逃げまくった。
弱い虫なチコが、まともに戦っても勝てる相手ではないのだ。
つまかまると、体中を負傷して、とても見てはいられない程だった。
時折、チコの物凄い悲鳴と、逃げ惑う様子が家の中にいても感じられる日が多くなった。
そのせいもあって、ボス猫を見ると、家族は皆追いかけてでも追い払ったものだが、それくらいで観念するボス猫ではなかった。
メスには手は出さないボス猫が、1度だけチーちゃんを羽交い絞めにしている姿を見つけた。
その時、チーちゃんの周りには、チコも白も黒もいた。
皆見ても手出しできなかったのだ。
今にして思うと、その時チーちゃんのお腹にはトラ達が入っていた。
それを必死で守ろうとしてるかのような姿だった。
私は咄嗟に悲鳴をあげて、ボス猫を追いかけた。
子供みたいに石を投げつけて・・・。
どんなに追い払っても、ボス猫は必ずやって来た。

あまりに可哀想で、おばあちゃんにチコ一家を家に入れようと提案しても、それだけは承知しなかった。
家の中には、ラブラドールのカールがいる。
カールは猫達と仲良くしようとしない。
姿が見えると吠えまくり、側に来ようでもしたなら、捕まえてしまいそうな勢いだ。
それゆへ、カールが散歩に出る時は1度外に出て、チーちゃんたちに「カールが来るから逃げなさい」と言って追い払う私たちだった。
一緒にいれば、いつかは仲良くなるかもしれないと思い、何度もおばあちゃんにお願いするのだが、首を立てに振る事はなかった。

チーちゃん一家はそれでも、我が家を離れる事無く、白達一家と共存していた。
それなりのテレトリーはあるみたいで、チーちゃんが一番偉い場所に君臨していたと思う。

8月のある日、突然チーちゃんの姿が消えた!!

チーちゃんは、生まれてから帰らない事は殆どなかった。
チコはフラフラとして、2.3日に帰らない事はたまにあったが。。。
最初は直ぐ帰って来るだろうと、あまり心配もしなかった。
しかし、2日しても、1週間しても、2週間してもチーちゃんは帰って来なかった。
おばあちゃんは心配のあまり、夜も外でチーちゃんを待っていた。
ボス猫からチコを守るために、夜は皆を作業小屋の中に入れてシャッターを閉めるのだが、チーちゃんがいつ帰って来るか分からないから、それも出来ないでいた。
しかし、どんなに待ってもチーちゃんは帰って来なかった。

どうして帰って来ないのか、まだ幼いトラがいるというのに・・・。
臆病者のチコは、しっかりしているチーちゃんがいないとダメなのに・・・。
もうこの世には居ないのか・・・。
どんなに詮索しても真相は判明する事はなかった。

後になって分かった事だが、我が家の野良の中では、チーちゃんが一番上の地位にいると思っていたが、そうでもなかったらしい。
毎日やって来るボスに打ちの目されているチコのせいかどうかは定かでないが、白が幅を利かせて来た事は確かだったとか。
だから、チーちゃんがいなくなった途端に、今までチーちゃんがいた場所に白が座っているのを見た時は悲しくて仕方がなかった。
白の子は4匹もいて、トラは独りで白の子達の中には入れないでいた。
ご飯を食べる時も、白はトラに威嚇したりもするのだ。

ある時、トラの姿が見えなかった。
私とおばあちゃんはトラを探して歩いた。
その日は雨が降っていたが、トラは作業小屋にも入れず、雨の当たらない庭の片隅で縮こまっていた。
その姿が哀れで、チーちゃんはどうしてこの子を置いて行ったのかと思わずにはいられなかった。
トラとチコを家に入れようと、又もやおばあちゃんにお願いしても、それだけはどうしてもそれは許してくれなかった。
その時から、私はトラを注意して見るようになった。
父親であるチコと一緒にいる姿を見てはホッとし、分かるはずもないないのに、チコに「トト(私はトラをそう呼んでいる)の面倒をみるのよ」と声をかけたりもしている。
チコと一緒にいると安心している私も、トラがチコのお尻のニオイを嗅いだのを見た時は、もしかして親子も夫婦になる?との疑問が頭を過ぎった。
その事をおばあちゃんに話すと、トラもメスだと伝えられ絶句した。
その直後、トラは大人になる前に、早めに避妊手術をしようと決めた。

人に懐かないトラだったが、毎日声をかけ、ご飯はおばあちゃんがあげるので、私はチクワやハムを持って食べさせた。
最初は警戒して近寄りもしなかったが、努力の甲斐あって、今ではトラの方から「にゃー」と鳴いて近寄ってくるようになった。
その臭いを嗅ぎつけて、白が必ず側にやって来る。
私は必ず最初にトラにチクワをあげてから、白にも「おまえはトラのお陰で貰えるんだよ、トラをいじめちゃだめだよ」と言ってあげるのだ。
白を見ると「お前はチーちゃんがいたから、ここで暮らせるんだよ。チーちゃんの子を蔑ろにしてはいけないよ。」等と、意識付けもしている。
人間の言葉が猫に通じるとは思わないが、トラを思うとそう言わずにはいられない私なのだ。

チーちゃんは、今までどんな雄猫が来ても、チコ以外の雄猫とは夫婦にはならなかった。
それが証拠に、生まれて来た子の1匹は、必ずチコと同じ模様の子がいた。
生涯、チコ一人を愛していたのだと信じている。

チーちゃんがいなくなって3週間くらいして、その頃にはもうチーちゃんの生存は望めないと諦めていた。
そんな時、突然おばあちゃんが言った。
「この頃、ボス来ないね。」と・・・。
その言葉を聞いて、私は背筋が寒くなった。
もしかして、チーちゃんは自分からボス猫の所に行ったのかもしれないと思ったからだ。
毎日来ては愛するチコをイジメ、その姿を見ていられなくなったのではと・・・。
おばあちゃんも私も多くを語らなかった。
事の真相は分かるはずもない。
増して、猫の世界でそんな感情があるとも思えない。
それでもチーちゃんが居なくなった途端に、ボス猫の姿も見えなくなった。

チーちゃんの失踪は謎のままだ。。。
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