古市コータロー(THE COLLECTORS)
インタビュー
コーチャンこと、ザ・コレクターズのスーパー・ギタリスト、古市コータロー氏は、僕にとってはかけがいのない飲み(笑)友達の一人でもある。飲みに行った時は、もちろんバカ話や他愛のない話題が中心で盛り上がるのだが、必ずしもそればかりというわけでなく、真摯な音楽談義に花を咲かすこともある。 今回は、コーチャンの許可を得たうえで、この非公式インタビューをお届けしよう。場所は東京、池袋、某居酒屋、およびロック・バー2軒をハシゴした際の会話の中から、音楽に関するものを抜き出してみた。 楽しんでください。

(○=小松崎、●=古市)
〜“キャロルはオレの音楽体験の中で、洋楽と同時進行で聞いていた、つまりアザー・サイドなものなんだよね”〜

○それじゃぁ、今回はこの会話もホームページに収められるってことで、まずコーチャンの自己紹介がてら、音楽体験の始まりみたいなところからスタートしてみようよ。実際のところ一番の衝撃はなんだったの?
●やっぱとうぜんビートルズでしょ。ステレオのプレイヤーを最初に買ってもらったのは小学校5年の時。で、最初に買うレコードを何にしようか悩んじゃってさぁ。たまたま行った高田馬場の中古盤屋さんで『ステレオ!!これがビートルズ』のVol.2があったんだ。内容的には『ウィズ・ザ・ビートルズ』と同じやつ。で、やっぱ洋楽だったらビートルズじゃないと気が済まないように感じて、それ買ったんだよ。「オール・マイ・ラヴィング」にはシビれたな〜。

○それでビートルズ狂としての黄金時代が始まるわけだ。
●そう。ビートルズに関しては、すべて中1までに聞き終えたね。「ラヴ・ミー・ドゥ」から「レット・イット・ビー」まで。

○僕たちの中1の頃だと、ちょうど1977年、ロンドン・パンクの年なんだよね。
●そうなんだよね、中学入るとパンク・ロックの洗礼受けるわけ。小5でビートルズに目覚めて、中1でパンク。美しいよね〜(笑)。

キャロルとか、いわゆる日本のグループはどうだった?ほらあの頃って「銀座NOW!」とか、その前だと「リヴ・ヤング」とかあって、結構、キャロルとか、その後だとデビルレモン・パイリンドンなんてバンドがよく出演してたじゃない?
●いたね〜、レモンパイ。まあ、オレの場合、「銀座NOW!」っていったら、やっぱヴァン・ヘイレン、あれをナマで見たのが衝撃だったな。で、キャロルだけどさぁ、キャロルとか日本のアーティストってのは、音楽よりもむしろもっと別のところにいたんだよね。もっと芸能だったり風俗だったり、だからキャロルも永チャンもさぁ、特に音楽そのもので聞いてたってわけじゃないんだ。もちろん大好きだったし聴いていたけど、ビートルズやパンクを聴くのとは別の、いわゆるアザー・サイド、アナザー・サイドみたいな感じ。洋楽を聴くのとは別の、ほらオレらの世代だと、少年ジャンプ買ったりスペース・インベーダーやったりって感覚に近くて、それを自分のライフスタイルの一部に取り入れていったんだよね。で話は戻るけど、ビートルズをルーツに持ちながら中学にあがるとパンクに突入したんだ。

ベイシティー・ローラーズとかキッスクイーンは?
●もちろん、パンク聴きつつ、ヒットチャートも当然押さえてましたよ(笑)。

○パンクとの出逢い、そのキッカケを教えてくれる?
●中1の時、もうその頃になるとギターとかに興味持つようになってさぁ、放課後は毎日のように池袋の楽器屋、もうないんだけど、そこに顔出してたんだよね。その楽器屋にはステージもあって、毎日アマチュア・バンドが演奏してて、でステージが終わると、そこのスクリーンで当時のビデオ・クリップとか流すの。ある日、そこにピストルズが流れたんだよ。もう「何じゃ、こりゃ〜!!」って。ステージを終えたハード・ロックのおにいちゃんたちも皆が皆「何じゃぁ、こりゃ〜」って(笑)。そんくらいあの映像はショッキングだったんだよね。だってさぁ、その前まで日本に入ってきてたバンドって、もうみんな長髪だったじゃない?それが髪が短くて、ピンピンに立っててさ。衝撃を受けたオレは、さっそく翌日レコード屋に走っていったの。で買ったのが「ホリデイズ・イン・ザ・サン(さらばベルリンの陽)。レコード屋のお兄ちゃんとも当時、すでに仲良くなっててさ、「コータロー、こんなの聴くんだ。じゃぁポスターもやるから持ってきな」(笑)って、もちろん部屋に貼ってたよ。

○ピストルズにやられたってわけね。
●当然『勝手にしやがれ』のアルバムも買って、もう、やられたよ。当然当然。ピストルズの次は、友達にパンク博士(笑)がいたんで、そいつに何でもいいからパンクのテープ作ってくれ、って頼んだらテープもらって。そこからはどっぷり。クラッシュはダメじゃなかったけど、当時は硬派でピンとこなかったね。硬派なピストルズよりも、ピストルズみたいな、ちょっと軟派でPOPな路線のパンク・バンドの方に、当時としては心惹かれたんだよ。ピストルズってビートルズに近いよね。ザ・フー「サブスティチュ−ト(恋のピンチヒッター)」やってたりさ、何だかんだ言っても、ピストルズはスモール・フェイセスになりたかったんだろうね。だから、そういうPOPなパンク、例えばリッチ・キッズとかバズコックスとかが大好きだった。

○リッチ・キッズは、もろスモール・フェイセスだよね。メンバーも参加してるし。僕もバズコックスは良く聴いたなぁ。ところで、パティ・スミステレヴィジョンラモーンズっていった、ニューヨーク・パンクは聴かなかったの?
●そのへんは、もっと後になってからだね。

ザ・ジャムは?
●ジャムにダムドストラングラーズも、もちろん聴いたよ。ただしジャムは、当時は実際のところ、あまりピンと来なかったんだよね。何かこう、メロディーだけだとPOPさを感じなかった。ジャムは、もっと後になってからだね、その凄さに気づくのは。ほらパンクが一段落してPIL『メタル・ボックス』出して、それまではポリスまでがパンク、ニューウェーヴで紹介されてたんだから(笑)、それで自分の中でパンクというものが一段落して、ヤードバーズクリームトラフィックを聴いて60年代を掘り下げていって、なおかつアメリカのAOR(通ってたサ店でかかりまくってたんだよね〜)なんかも聴きまくるようになって、自分の中で様々な要素がミクスチュアされた頃に、何かのきっかけでジャムのベスト『スナップ』を聴いてさ。そうしたら違って聞えたんだよね、ジャムが、リアルタイムで聴いてた頃と。60年代を深く掘り下げていってたことも影響してたかもしれないね。で、それからは来る日も来る日もジャム。

○ザ・フーに狂うようになったってのも、やっぱジャムの影響だったの?
●オレらの世代だと絶対そうだよね、ジャムの影響だよ。だってさぁ、それまではフーっていったら「サマー・タイム・ブルース」のイメージが強かったから。ちょっと敬遠してたんだよ、MODSだなんて思いもしなかったよね。それがジャムを仲立ちに、フー、アクション、スモール・フェイセスって、すべてMODのキーワードで結んでいくようになった。ポール・ウェラーは、その頃は、もうスタイル・カウンシル始めたばかりだったな。ミュージック・ライフに載ってたスタカンのリハーサル風景の写真は、今でも良く憶えてるよ、ウェラーとタルボットが、こういてさ。まだ『カフェ・ブリュ』の出る前、シングルの「スピーク・ライク・ア・チャイルド」が出た直後だったな。だから83年くらいからは、現在進行形であるスタカンと並行して、60年代のオリジナルMODSそのものも聴くって感じ、オレってホラ凝り性だからさぁ(笑)。お互い、時代は違ってもメチャクチャ、こうリンクする部分があったよ。中でもヤードバーズが一番好きだったな。

〜“オレのDNAの中には、クリーム好きになる以前に、もうすでに67,8年頃のクリーム的な世界があったんだよね”〜

○ヤードバーズは、もちろんエリック・クラプトンジェフ・ベックジミー・ペイジの3大ギタリストを輩出したことで知られるバンドだけど、コーチャンは特にクラプトン・フリークとしても有名じゃない。ヤードバーズにのめり込む前から、クラプトンは知ってたの?
●もちろん、もちろん。もう77年頃、すでにオレら若いロック世代の間でも、ギタリストといえばエリック、みたいな空気があったじゃない?それで、もうインプットされてたんだよ、ずっと。

○あの頃はCharさんとかも和製エリック・クラプトンみたいな紹介のされ方だったもんね。Charさんがクリーム時代のクラプトンで、柳ジョージさんがレイド・バックしてた頃のクラプトンみたいな役割分担(笑)もあったし、ね。
●そうそうそうそう(笑)。まぁ、オレにとってのクラプトンはクリームに尽きるね。高1の頃、もうパンクがダメになっちゃったなって頃、『フレッシュ・クリーム』を聴き狂ってさ。何といってもあの頃のクリームってムードがいいんだよね、古臭いっていうかさぁ。俺が幼稚園の頃、感じてたようなムードが、クリームにはあったんだ。今の子がクリーム聴いても、生まれる前じゃない。でも、なにかこうぼんやりとだけど、俺が67年、68年頃、感じていたようなムード、時代の雰囲気があったんだよ。良く分からないけど、オレのDNAの中に、クリーム的な世界があったんだろうね。

○ずばりクリームって言ったら、どの曲。
●オレにとってのクリームは、ずばり「N.S.U」のイントロ、これだね。

○ソロになってからのレイド・バックしたクラプトンはどう?
●ソロは結構、いい年になってから、85年くらいから溯って聴くようになってたかな。もちろんリアルタイムで聴いてたわけじゃないけど、物心ついた頃には「アイ・ショット・ザ・シェリフ」がヒットしてたし、「これの入った『461オーシャン・ブールバード』は聴きたくないな〜」って思ったりもしたよ(笑)、当時は、だよ。でもラジオから流れた「レット・イット・レイン」はカッコよかったなぁ。今は、すべてを受け入れてるけどね。ただパンク聴きまくってた頃には、やっぱ、シンドイじゃない?そうそう「レット・イット・レイン」はもう大好きな一曲だね。この間、これの入ったクラプトンのファースト・ソロがアナログで再発されてて、思わず買いそうになったもん。

ブラインド・フェイスデレク&ドミノスとかは?
●ブラインド・フェイスは、親戚のオバさんがその頃青春時代を送っていた人でね〜、その頃のレコードをまとめてくれたの、それに入ってた。ツェッペリンのファーストもその中にあったなぁ。あと、デラニー&ボニーと一緒にやった『オン・トゥアー』も最高。あそこまでクラプトンを南部に駆り立てたのは、やっぱザ・バンドの存在がでかかったんじゃないの?凄いもん、ザ・バンド。デレク&ドミノスは、オレの中ではパンクと同じ存在。オレの音楽の趣味って変わってる、変わってるってよく人から言われるけど(笑)、デレク&ドミノスの『いとしのレイラ』のアルバムと、ピストルズの『勝手にしやがれ』は同格、同じ位付き合いの長いアルバムだね。レコード・コレクターズ増刊の「無人島レコード」での取材でも、どちらかから選ぼうと思って、ただ『レイラ』は2枚組だしさ、ピストルズも違うかな、と思って結局ジャムにしたんだけど。

○僕もコーチャンと同じで、ビートルズから始まってグチャグチャな聴き方してきたわけけど、結構あの頃は楽しかったよね。
●まったく同感。ビートルズ、パンク、ヤードバーズ、クリーム、AORそのすべてを、一緒くたにあの頃聴けたってのは、今じゃ考えられないし、むしろ拒否しちゃうかもしれないし、イイ体験したなって感じ。ピストルズとか、あの中学の若い時分だったから良かったのかもしれない。25とかで聴いてたらちょっと違ってたろうね。今とかも『勝手にしやがれ』たまに聴くと、クリス・トーマス(プロデューサー)ちょっとまとめ過ぎなんじゃないのー、って冷静に思っちゃったりするしね。まあ、あんだけまとめ過ぎてPOPになったからこそ良かったんだろうね、当時のオレらの耳的にはそうだったし、あそこまでまとめなかったら、あれほどまでにピストルズ売れなかったろうし。ライヴとかリハとか聴くと特にそう思うよ。こないだ久々に『グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル』聴いたけど、ポール・クックが歌う「シリー・シング」やっぱイイよね、大好き。そのあと、バナナラマとかプロデュースするんだけど。

〜「ジェフ・ベックには、最高のロック魂を感じるんだ」〜


ヤードバーズの話をしようか。クラプトン以外にベックとペイジも含めて3人はコーチャンの中では、どういう位置付けされてるの?
●今思うのは、まぁあくまでも今の視点で言うとだよ、クラプトンはもうブルース野郎だね、保守的なところもあると思う、ヤードバーズ時代は「フォー・ユア・ラヴ」演るのゴネまくってたわけだしさ。ペイジはコンポーザー、プロデューサーとしての側面が大きいギタリスト。ベックは、誤解を招くかもしれないけど、新しモノ好きの試したがり屋。ただロック・スピリットはすごくある。ヤードバーズ中期以降を作ったのは彼だしさ。

○ベックってロックな男なんだよね、ホントに。そういえば、ヤードバーズのバイオ・ビデオの中で、ベックは「どうしてこんなにヤードバーズは今でも評価されてるのでしょう?」ってインタビュアーに「俺たちは汗とガッツでやってきたからね」って答えててさぁ、感動した覚えがあるよ。
●ベックは去年の来日公演のビデオ見たけど、ベテランにありがちな安定感ってのがなくってさぁ、今でも暴れてるって感じだよね、他の2人に比べると。そういうプログレッシヴ、アグレッシヴって点ではベックが一番かな。ただ「ハートせつなく」「シェイプス・オブ・シングス」に関しては、ペイジ時代のプレイの方が好きだね。まあ3人とも凄すぎて、優劣つけたりするのは不可能だね。それぞれにそれぞれの特徴があるしさ。

○ペイジの、レッド・ツェッペリンはどうやって聴くようになった?
●ほらオレらだとさぁ、あの当時、ロック聴くならこれを聴けっていってツェッペリンの『4』を渡されて「天国への階段」聴くみたいな風潮あったじゃない(笑)?ただ当時のオレは、もうパンクにどっぷりだったから、ちょっとかったるかったってのはあったね、ほら多感な頃でしたから(笑)。

○パンクたるものツェッペリンを一度は否定するところから、スタートするわけだしね(笑)。
●だから真剣にツェッペリンを聴くようになったのは、実はちょっと後なんだよ。一番好きなアルバムは『フィジカル・グラフィティ』かな。いや違う違う、やっぱファーストだね。でもペイジのプレイとしては、オレの中ではヤードバーズ時代にやったライヴ盤『LIVE YARDBIRDS Featuring JIMMY PAGE』だね。「ハートせつなく」のプレイ最高。ペイジがすぐ回収しちゃったんだけどね。このアルバムの復刻が86年頃かなぁ、池袋のオン・ステージ・ヤマノで売られててさぁ、加藤(ひさし)クンに連絡して、2人で買いに行った時のことは今でもよく憶えてるね。それからは2人でず〜っと聴きまくってたよ。いつかCDで聴いてみたい1枚だね。CD化なんないかなぁ。

...というわけで、この後も延々と続くのだが、今日はココまで。皆さん、楽しんでいただけましたでしょうか?なおこの流れで、7月26日にビクターから発売となるヤードバーズのアルバム『ハヴィング・ア・レイヴ・アップ+16』には、古市コータロー氏に推薦コメント文(1200字程度)を寄せていただきました。コーチャン・ファンの皆さん、是非こちらも宜しく。

(INTERVIEW&TEXT BY KOMATSUZAKI)