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とうとう2000年ですな、みなさんお正月は飲んだくれてたかい?僕の場合、正月大好き人間なもんで、もうこの3日間は至福の時を満喫してたって按配さ。おせちは美味だし、ポン酒も最高、ほんでもってついつい炬燵でテレビ東京の12時間時代劇なんか見ちゃってさ。ああ、毎日がお正月だったらイイのに。
お正月といえば飾り物にも力を入れなくちゃぁね。ダルマさんに犬のお張り子さん、福助さんに獅子舞に、って具合で、ここ時期には日本全国から集めましたる縁起ものグッズの数々が我が家の玄関にズラリ勢揃いするのだ。まあ、こういった縁起ものグッズの中でも、ダルマさんと並んで最もポピュラーなものといったら、やっぱ招き猫さんではなかろうか。
僕の家にある招き猫は全部で3匹。ところが、この招き猫、実際にはその土地土地でかなり顔つきが違ってくるんだよね。最も一般的なのは愛知県の常滑産の招き猫。これはお店にいくとよく飾られてるタイプのもので、その愛らしい表情から女学生にも人気があるよね。他にも愛知県の瀬戸産のものとか、石川県の九谷焼の招き猫とか東京の浅草の今戸焼のとかが有名。それぞれに、そのお国柄みたいなものを反映していて興味深いんだな、これが。
さて、この招き猫の起源、諸説あるけども今回は東京の世田谷、豪徳寺に伝わるものをご紹介しよう。
”昔々、世田谷に豪徳寺という貧乏で荒れ放題のお寺がありました。ある日のこと、和尚さんがタメ息まじりに飼い猫に向かって、「なあお前さん、飼ってもらってる恩を感じてるんだったら、何とかこのボロ寺に福を招いてくれよ」と呟いたのです。するとある日のこと、その日は豪雨でしたが、その猫が身なりの立派なお侍衆を引き連れて、和尚の前に現れたのです。驚いた和尚がそのお侍衆に尋ねると、中からお殿様が進み出ていわく「余は彦根藩主、井伊直孝なるぞ。我等がこの近くで鷹狩やってたら、この猫がやってきて手招きしたのだ。後をついてこの寺の境内に入ってみると、その直後に大雨が振り出して危ういところを救われた次第。これも何かの縁。以後、この寺を井伊家の菩提寺としよう。ついでに所領も寄進しよう」。かくして、お寺は栄え、その後、和尚さんもこの猫の恩に報いるべく、その死後はお墓を建てるにとどまらず、その冥福を祈りこの猫の姿形を作り招福猫児(まねぎねこ)として崇めるようになりました。でもってこの話は民間に伝わり、豪徳寺は「猫寺」と呼ばれ、民衆の間でも招福猫児信仰が盛んになっていったというわけです、メデタシメデタシ。”。
まあ、ざっとこんなお話です。現在でもこの豪徳寺境内には招福観音があるし、お参りすると「招福猫児」が授与(小さいのは1000円から)される。願い事を書いた紙を中に入れて部屋に飾り、「満願成就」したあかつきには、招福観音の一角にある「猫塚」(写真)に奉納すれば良い。
今回、正月休みを利用して僕もお参りさせていただきましたよ、豪徳寺さんに。まあ、今年はささやかなお願い事だけどいくつかあるんで、もちろん、帰る時には招福猫児も小脇に抱えてたってワケだ。小田急線の豪徳寺駅から徒歩で10分。みなさんにも是非行っていただきたいお寺さんです。金運にも友人運にも物足りなさを感じるアナタ、ここはひとつ、御犬様ならぬ、にゃお〜ん様のお力に頼ってみては如何かな。というワケでコラム第1弾は豪徳寺は招福観音様からの実況中継でした。
来月は、まさにロックンロールバーバー、お好みのミュージシャンのヘアスタイルならココでバッチリ、僕の行き付けの床屋さんをご紹介しよう。ではまた、バイ。
(2000.1.5 記)
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