| PRASHANTH COMES OF AGE
●あなたは『Thamizh』がこれ程人々に受け入れられると思っていましたか?
思っていたよ。最初ストーリーを聞いた時からそれは感じていた。誰もの興味をひくような物語だったから。映画を見ているとき、それが映画だってことを忘れてしまうことってない?この『Thamizh』はまさにそんな作品なんだ。これがヒットするってことは予想できたことだった。しかも、僕たちは台本作りに1年以上も費やした。この映画ができるまでには、本当に多くの労力がかけられたんだ。最終的な台本ができたのは撮影の直前だった、こんなことはインド映画の世界ではめったにないことだからね。Hariは新人監督なので、僕らは彼と台本についてや映画について多くを話し合った。
●自分の仕事が人々に認められるのはいい気分でしょうね。この役柄をつくるために、どんな準備をしましたか。
僕は自分が自然な演技をする役者だって思いたい。状況を見極め、自分をその立場において役柄になりきる。あまり準備をしすぎると自然な演技が損なわれる危険がある。『Thamizh』においてば、僕は2つの全く違った性格を演じる必要があった。とてもエネルギッシュで、無垢な青年。そして彼は予想もしなかった悲劇的状況に直面することになる。この変化をよく見て欲しい。もちろん役作りのために、いくらかの準備はしたよ。それは確かに役立った。そして今人々は言うんだ、「いい演技だった、彼にこんな演技ができるなんて、まったく予想しなかったよ。」とね。
●あなたはこの世界で10年以上働いています。観客や周囲の反応に驚いたりすることはありましたか?
僕の最初の映画が公開されたとき、みんな同じことを言った。そして僕が「Kalloori Vasal」をやった時もね。これは僕のいい映画に対して、いつも言われてきたことなんだ(笑) 最近の4年間くらいにやってきた映画は、強い情熱や感情に欠けていたようなものが多かった。僕は人々にもっと僕の映画に関わって欲しかったんだ。結局、映画を見るためにお金を浪費させたことになったかもしれない。でも、今回はこの『Thamizh』だよ。
●『Thamizh』の脚本に、あなたも監督も一年以上も費やしたわけですね。この映画がヒットしたのは、企画が良かったからでしょうか。
わからないな。僕は『Majnu』の撮影中に大怪我をした。にもかかわらず撮影スケジュールはこなしたが、映画自体はヒットしなかった。その後、もう一度大手術を行ったんだけど、退院してからすぐに今度は『Thamizh』のアクションシーンをやらなくちゃならなかった。そのときは傷もまだ治ってない状態さ。痛みを堪えきれない日が続いたけど、僕は仕事を続けた。
●そのかいはありましたね。
今の自分にできることは全てやる、一生涯ね。本当は僕は医者になりたくて、医大の入学試験の結果を待ってたんだ。その時、映画の出演依頼が25本も舞い込んできた。僕はそのうちの一つを引き受けた。それが始まり。そうして今では、役者だけ僕の仕事だ。
●人々はプラシャントは『Thamizh』で生まれ変わったと言ってますよ。
●『Thamizh』は、モーハンラール主演のマラヤーラム映画『Kireedam』を連想させますね。
そうです、『Thamiz』は『Kireedam』からヒントを得た映画です。
●モーハンラールはあの映画で、最初のナショナル・アワードを受賞しました。
へえ、知らなかった。でもそれはいいニュースだね。僕も欲しいよ(笑)。
●『Thamizh』は十分な宣伝が行われませんでしたが、効果的な宣伝は映画のヒットに欠かせないと思いませんか。
宣伝が十分だったとは思わない。それは不運なことだった。でも今はそれも逆にいい結果を生んでいる。映画が誇大広告されなければ、人々はそんなに期待はしないよね、で今は映画の評判が口コミで広まってるから、みんな映画館に足を運んでいるんだよ。
●このタミル新年に二つの似たような名前の映画が二つ公開されました。あなたの『Thamizh』と、ヴィジャイの『Thamizhan』です。観客は混乱しなかったでしょうか。
確かに僕もそう感じたよ。だからヴィジャイと話した。双方に影響があることだから。でもヴィジャイの方も公開日程を変えることはできなかった。結果は神のみぞ知る、という気分だった。
●ライバルの俳優同士が同時に親友であることは可能?
仕事の上でいい関係を結ぶことはできる。でも、それが本当の友情であるとは言えないかもしれないね。でも、自分と同世代の俳優やライバルが友人でもあることに、僕は疑いをもってはいないよ。理由は、僕は仕事に対して、とてもリラックスして臨んでいるからね。 (from Rediff / May,2002) |