|TOP|All About Prashanth|

遅れて来た貴公子の巻

prashanth日本でも2000年1月に劇場公開されたインド・アメリカ合作映画『ジーンズ  世界は二人のために』。 この映画の現地インドでのリリースは1998年4月。ミス・ワールドのアイシュワリア・ライの主演映画ということで、ここ日本でもごく局地的にではあるが話題を呼び、その画像がVCDやビデオで流布されたのがその年の秋ごろ…。そんな折りにふと目にした、この映画のなかでも最も華やかな音楽シーン「踊りまくって世界一周」(POOVUKKUL)。人形さながらに愛らしいアイシュワリアはともかくとして、私の目を釘付けにしたのは、彼女の隣で控えめに踊る一人の青年 .....その人こそが南インドの貴公子Prashanth(プラシャント)なのだった。

貴公子への長い道のり

jeans南インドで ' Kathal Ilavarasan' ( the prince of love = 愛の王子) という可憐なニックネームを持つプラシャントは、タミル映画界で現在人気急上昇中の若手俳優。主演映画が主にラブロマンスものが多いのでこの名前がついた。

1973年4月6日、タミル映画の俳優・監督・プロデューサーであるティアガラージャンの息子として生まれる。デヴューは1990年の「Vaigasi Poranthachu」で、これは25週のロングランを記録する大ヒットとなり、その年の新人賞を数多く受賞する。Selvamani監督の「チャンバルティ」に続き、Balu Mahendra監督の「ヴァンナ・ヴァンナ・ポーカル」で1991年のナショナル・アワードを受賞。

...と、ここまでは順調な滑り出しだったわけだが、この後泣かず飛ばずの不運な時代が続く。当時タミル映画界では若い男優が不足していたこともあり、デビュー作のヒットで彼には数多くの映画出演依頼が殺到した。
「Enga Thambi」「Unkahhe Piranthen」「Raasa Maghan」「Senthamizh Selvan」「Kanmani」 といった作品に出演するも、これらの作品はどれも彼のキャリアを飾るものではありえなかった。出演映画の選択を誤ったことで、一時はもう俳優として終わりとさえ言われた。1996年公開のマニ・ラトナム監督作品「スィルダ、スィルダ (泥棒!泥棒!)」への出演は、彼にとって起死回生となるはずと期待されたが、撮影に1年以上もかかったことに加え、この作品自体もヒットしなかったので、残念ながら彼のキャリアアップとはならなかった。

プラシャントはまた、タミル語以外の言語圏の作品にも出ている。マラヤーラム映画の「Perunthachan」は、ケララ州のベストフィルムに選ばれた。テルグ映画では、「Tholi Muddu」「Prema Vijayam」「Prema Sikaram」「Premapattam」「Allariprema」などの出演作があり、「I Love You」「Anto Kapremyuth」というヒンディー語映画もある。

なかなか芽が出なかった彼だが、そんな不遇時代にもついに終わりがやって来た。
シャンカル監督の「ジーンズ」のオファーが舞い込んできたのだった。この映画出演を決心したことは、彼にとって大きな賭けであったに違いない。なにしろ、この映画のために3年間他に何も仕事ができなかったし、周囲もこの映画ひとつに賭けるのは賢い選択ではないと感じていた。

しかしその努力は無駄にはならなかった。この大予算映画「ジーンズ」は見事成功!シンガポールやマレーシアでは100日のロングランを記録し、チェンナイの10の劇場でSilver Jubilee(25週間のロングラン)のヒットとなった。プラシャントは再びトップの座に返り咲いた。今や彼は、ラジヴ・メノン監督やマニラトナム監督からのオファーであっても、そのストーリーが気に入らなければ引き受けない。「ジーンズ」以降 - それは、遅れてやってきた貴公子プラシャントの新しい歴史の始まり...

箱入り王子の私生活


prashanth現在南インドのチェンナイ(マドラス)在住。なんでも、家族に厳重に保護された生活を送っており、街を一人で歩くことさえほとんどないそう。彼の映画界での仕事は、自らも俳優であり、またプロデューサー・監督でもある父親のティアガラージャンのマネージメントによるところが大きい。このステージ・パパについては、なんと息子のライヴコンサートで司会までやってしまうという過保護ぶり。ちなみにこの親子、全然似てません。

先輩俳優でもある父親の指導により、プラシャントはデヴュー前からいろんな格闘技や空手などの練習を積んだ。空手は黒帯の実力。他にもローラー・スケート、乗馬、水泳、ヨット等あらゆるスポーツに通じ、また古典舞踏のバラタナティアムもこなす。音楽に関しては、ロンドンのTrinity College of Musicで学んでいる。
映画界にデヴューして、あとは幸運の女神が微笑むのを待つばかり。そして、本当に女神は彼に微笑んだのだった!     

現在まだ独身だが、1973年生まれの貴公子もそろそろお年頃。結婚のウワサなんかもあったりするのか気になるところですが、そこらへんはゴシップ記事でお楽しみください。「親の決めた相手と結婚します」なんて殊勝な返事をしてたりしますが…。 またファンを大切にするプラシャントは、ファンレターのほとんどに自ら返事を書くそうです。ファンレターの宛先は

   No.40, North Usman Road, Thiagaraja Nagar, Chennai - 600 034  (Tel 91-44-8241995)


●好きな男優 / Sivaji Ganesan
●好きな女優 / シュリ・デヴィ
●お気に入りの服 / Dhothi Shirt
●好きな色 / 明るい色、特に白。
●得意なスポーツ / クリケット


よもやま話


爽やかすぎる貴公子最初にプラシャントを見たとき、この人の横顔はギリシャ彫刻みたいだと思った。それも、古典期の冷厳な美しさではなく、ヘレニズム期の柔らかい優美さ、あのデルフォイの美術館に佇むアンティノウスのような。
しかし、友人に写真を見せたところ、
寺泉憲に似てると言う。西洋的な端正さに、アジア的柔和さがブレンドされた顔立ちと言っていいだろう。
しかし正統的美男のプラシャントも、「ジーンズ」ヒット以前は垢抜けない髪型に口髭付の平凡な容姿だった。南インド的にはOKだったのかもしれないが、あのままでは世界標準には程遠いと思われた。「ジーンズ」の撮影にそなえ、髭を剃り落し、髪型をさっぱりし、またボディ・シェイプにも励んだ結果、今日タミル地方の婦女子のみならず、世界の女性の心をわしづかみにする貴公子が誕生したのだった。また彼のエレガントな外観は、プレイバックシンガーの甘いテノールの歌声にぴったりでミュージカルシーンも大変優雅。胸毛はない。