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Why Rahul Khanna likes working with Deepa Mehta

rahul

カナダのトロント映画祭で『ボリウッド・ハリウッド』が上映される

ディーパ・メータ監督の新作が9月の第一週にプレミア上映される。これがトロント国際映画祭におけるPerspective Canada特集の最初に上映される映画であることを報告してくれたのは、主演男優のラフール・カンナ。ラフールはこれで『1947 Earth』に続いて2本目のメータ作品になる。(未完のままお蔵入りした「Water」にも出演予定だった。)

「ディーパ・メータに最初に会ったのはボンベイだった。その頃僕はシンガポールにいてMTVの仕事をしていたんだけど、彼女は僕をテレビで見たらしい。それで電話がかかってきたんだ、ボンベイに会いに来てくれないかとね。
監督に会って30分もしないうちに言われた−‘おめでとう。あなたに役をお願いするわ。’と。興奮したね。脚本を読んで本当にそれが気に入ったし、仕事をすることが楽しみでならなかった。実を言うと映画の仕事をすることに用心していて、それは僕の道じゃない気がしていた。でもディーパ・メータ監督の『Fire』を見てすっかりあの映画に魅了されて以来、この監督と仕事をしたいとずっと思っていたんだ。」

「『1947 Earth』は僕の最初の映画で、撮影はすべてデリーで行われた。ディーパはそれぞれの役者と数日間にわたってリハーサルを行った。場所は監督の家で季節は冬だった。ものすごく寒くて、ヒーターや湯たんぼが用意された。
僕は目を見張ったね、皆がとてもりっぱに見えた−プロダクション・デザイナーや役者や撮影スタッフたち。彼らは沢山の経験をつんだプロフェッショナルで、その中で僕だけが典型的な「興奮した」新人だったし、全てが本当にエキサイティングだった。
でもそれが楽しかったかと聞かれれば、必ずしもそうは言えない、というのもデリーでの撮影はすごく大変だったから。殆どは深夜の野外撮影で、肺炎か凍傷になるんじゃないかと何度も思ったよ。皮肉なことに、映画の季節は夏だったから、衣服を着込むわけにもいかない。しかも汗をかいているように見せかける水のスプレーまで拭きつけられていたから、一層寒さは増した。
大勢の人々が集まり、そこで反乱がおきるシーンの撮影が夜中の3時に行われたわけだから、見物人もたくさん集まって来て、あたりはまるで分離独立の事件の最中の様相だった。すごい体験だったね。」

「とても早い時機から、ディーパ・メータは僕に『Water』の話をもってきたのだけど、この映画は完成することはなかった。そして突然『Bollywood/Hollywood』の話が来た。そのころ僕は『The Emperor's Club』という映画に出るためにニューヨークにいたんだが、ディーパから新しい映画に出るように依頼されたわけさ。すぐに脚本が送られてきたが、それは予想もしないものだった。衝撃的だったと言ってもいい、なぜならそれは僕が軽薄なロマンテック・コメディと呼ぶような類のものだったから。つまり音楽も入ったミュージカルさ。これが『Fire』『Earth』『Water』を作った人の作品だとは本当に信じられなかった。でも、これはいわゆる娯楽プロジェクトのようだったから、出演をオーケーしたんだ。またディーパ・メータと一緒に仕事をできるので楽しみだったよ。」

「『Bollywood/Hollywood』は本当に楽しい映画だ。軽妙な主題に、練り上げられた脚本。演じててもずっと笑い転げてた。他の出演者は Lisa Ray, Moushumi Chatterji, Kulbhushan Kharbanda, Ranjit Choudhryや Dina Pathakなんかだ。 ここ何年か、ディーパと一緒に仕事をして彼女のことを良く知ってるので言えるんだけど、ディーパはスタッフを巧くまとめあげる。それも、それぞれの分野でもっとも優秀な人々を集めてきてね。
俳優に関して言えば、素晴らしい環境だと言える、だって俳優として色々大変な目にあうこともあるけど、ディーパと一緒に仕事をすることは、彼女の安全な手の内にいるわけだからね。ディーパと働く人は誰でもそのベストを尽くそうという気になる。それだけの品質をもった映画を作ってるから。映画の質について僕はまだ何か言うなんてことはできない。ディーパはその作品に対してものすごい情熱を持っているし、高い目標もある、しかも他人の仕事に対する尊敬の気持ちも忘れない。だから、みんな彼女に協力したくなるんだろうね。美的センスも素晴らしいんだ。それに、いろんな意見に対して実に率直だ、どんな意見も無視したりせずに真剣に受け止める−驚くべきことだよ、普通は、自分のやってることが常に一番正しいと思ってる監督がほとんどだから。」

「『Bollywood/Hollywood』のワールドプレミアに参加するよ。僕はトロントでの『Earth』のプレミアにも行った。トロント国際映画祭はとても大きな映画祭で、世界中から映画・製作者・俳優たち・監督・配給会社が集まってくるんだ。沢山の人たち。そしてそこで食べ、眠り、呼吸する、映画そのものを!素晴らしい映画を発見し、そしてこれまで会ったこともないような人々に会える。ああ、楽しみだなあ。今年はThe Perspective Canadaというすごい部門での参加だ。この部門はカナダの監督たちによる作品によって構成されるんだけど、その部門でのオープニング作品なんだ。Deepaは大喜びだった。Halifax映画祭(カナダ)に行った後、モロッコのマラケシュ映画祭にも招待された。Halifaxに重なってしまうのでそちらには参加できないのは残念だけど。
ここインドで、僕は今いろんな脚本を読んでいるところだ。それは主流の娯楽映画だったり、あるいは主流からちょっと外れた映画だったり、いろいろだけどね。人々もいろんな種類の映画を求めているから、変化が必要だと思う。僕自身もとても楽しみだ。」

* 俳優から政治家になったヴィノード・カンナの息子であるラフール・カンナはボンベイのBombay International School, St Xavier's Collegeを卒業したあと、ニューヨークのLee Strasburg Theater Instituteで演技の勉強をした。

(Rediff.com/ Aug 2002)

Deepa returns to her first love

バラナシでの猛烈な反対運動がディーパ・メータの意欲をくじいてしまったのではないかとあなたが思っているとすれば、それは間違いである。彼女は再び自分の一番大好きな仕事に戻った、すなわち監督業に。今度はメータの居住地であるトロントで撮影が行われている。そこで現在、ラフール・カンナ(「1947 Earth」)と、モデル出身のLisa Rayが外国に住むインド人(NRI)の悲喜劇を扱った物語の撮影に入っている。

「映画のタイトルは『Bollywood Hollywood』というのよ」とメータはトロントからの国際電話で答えてくれた。「この物語を2ヶ月で書き上げたの。私は何かとても面白いものを、書いてそれを映画にしたかったの。これは今の私に必要な薬みたいなものよ。」
この著名な監督は、去年、彼女の三部作の最後の一つである「Water」を断念せざるをえなかった。ヴァラナシとUttar Pradeshでの撮影では、急進的ヒンドゥー教徒が激しい抗議をつづけ、彼らはこの映画がインドの女性を貶めるものだと非難した。
メータの三部作の一本目は『Fire』で、これはヒンドゥー教のナショナリスト達と騒動を巻き起こし、上映館は破壊された。伝統的な家族の内部でのレズビアンの描写は、侮辱的であると抗議されたのだった。二本目の『1947 Earth』は大きな事件もなく、無事に上映された。

しかし未完成のままの三作目の「Water」の企画は、ディーパの長年の夢であり、彼女はそれを完成させる堅い決意をもっている。「この映画はオリジナルのキャストで撮影されなきゃならないわ。シャバナ・アズミとナンディタ・ダス。そしてアクシャイ・クマール。でもこれをバラナシ以外で撮るなんてことは絶対に不可能。この撮影に反対した人たちに、私が政治的な犠牲者だということを解って欲しい。」

『Bollywood Hollywood』については「ラフールとリザはNRIの役を演ずるのに本当にぴったりだわ。」と語る。その他のキャストについては、「Water」で重要な役を演じるMoushumi Chatterjeeがラフールの母親であり、「Fire」「1947 Earth」にも出演したディーパのお気に入りのKulbhushan Kharbandaはリザの父親。
「この映画は、私達がよく知ってるNRIの生き方やルールについての皮肉なの。」ディーパは撮影でくたくたに疲れた後であるにもかかわらず、この映画いついて明かしてくれた。「外国に住んでるインド人はね、物理的には祖国から遠く離れているにも関わらず、感情的には母国に密着したままなの。だから、タイトルはボリウッド・ハリウッドっていうのよ。でも本当は、インド映画がますますその中味も見かけも西洋化してることに対して、一番皮肉っているんだけどね。」 でもこれはショービジネスの世界についての物語ではない。「これはごく普通のNRIの夢や思いを描いたものなの。Sandeep Chowtaが沢山の美しい音楽を書いてくれた。」興味深いことに、この映画はボリウッドスタイルで音楽シーンを含むが、それはハリウッドのプロフェッショナルによって振り付けされた。

英語で撮影される『Bollywood Hollywood』は先週クランクインした。恐らく11月中旬には撮影が終了するであろう。ディーパは作品を2002年の3月までにはプロデューサーに手渡したいと思っている。映画の世界的公開は2002年夏になる予定。ディーパ・メータの次の企画は、「カラー・パープル」で有名なアリス・ウォーカーの小説の映画化になる模様。

(Rediff.com/ Oct 12 2001)

MONSOON WEDDING by Mira Nair

「うそみたい!」とミラ・ナイールは叫んだ。
「信じられないわ」−それが『モンスーン・ウエディング』でこの土曜日にヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞後のミラの感想だった。
「すぐにピンとこないかもしれないけど、これはインドにとっても光栄なこと。そして私とこの映画の製作にかかわったすべての人たちにとって。」待望の栄誉を手にしたインドで初の女性監督は語る。「サラーム・ボンベイ」や「カーマスートラ」の監督であるミラ曰く、この「モンスーン・ウエディング」のアイディアはいろんなヒンディー映画に出てくるパンジャーブの結婚式から来たという。監督自身はこの映画が大きな賞を受賞するなどとは全く予想していなかったそうだ。「この映画には何も期待してなかったの。ちょっとした小さな映画を作りたいと思っただけ。それがこんなに大きな結果をもたらして、本当に嬉しいわ。」ミラ・ナイールは、インド映画に良い映画がなくなったとは思っていない。「ただ残念なのは、それらがインド以外の国で注目されることがないことなの。」

(rediff.com/Sep 2001)

Mira Nair won the Golden Lion

「サラーム・ボンベイ」「ミシシッピ・マサラ」「カーマスートラ」の監督ミラ・ナイールの最新作『モンスーン・ウエディング』がヴェネチア映画祭で最高の栄誉である金獅子賞を獲得した。

『モンスーン・ウエディング』はニュー・デリーで30日強で撮影された低予算映画で、映画に登場するのは、「ドットコム・カルチャー」に属するパンジャーブ人家族。つまり「コンピューターとインターネットとセックスと物質主義が全ての現代的インド人」だ。受賞したナイールはプレス会見で答えた。「基本にもどること、低予算で映画を作ること、そして私が知ってるインドについて何か言うこと、それがこの映画のアイディアだった。そしてそれがうまく行ったのね。」
物語では、ある結婚式が行われる。それは北インドの裕福で現代的な家族での結婚式で宴は5日間続く。結婚するのはその一家の娘で、インドや海外から親戚一同が式に参加するために集まっていた。全ては素晴らしく幸せに包まれているように思われた、一人の親戚が家族の隠された秘密を暴くまでは。一家の家長は幼児虐待をしていたのだった。

非常に「リアルな」物語(脚本はナイールのアシスタントで学生でもあるSabrina Dhawanが書いた)とは別に、この映画のキャストは達者な役者達で成り立っている。役者たちは Naseeruddin Shah, Kulbhushan Kharbhanda, Lillette Dubey, Rajat Kapoor, Shefali Shettyそして ヴァスンドラ・ダスである。ナスルディン・シャーはピーター・ブルックのハムレットのツアーのため現在ロンドンで、その後でトロント国際映画祭へと向かう。Lillette Dubey, Rajat Kapoorそして Shefali Shettyはミラの受賞にお祝いの言葉を述べた。

Lillette Dubey「ヴェネチアではきっと20分はスタンディング・オベイションが続いたことでしょうね。嬉しいわ。ああ、その場にいたなら、なんて素敵だったことでしょう。私が演じたのは Pimmi Auntyという女性でNaseerの妻。 そしてヴァスンドラ・ダスが演じた結婚する娘の母親なの。Shefaliは私の姪で、あと私自身の本当の娘ネハも姪の一人を演じるのよ。ドラマチックで強く激しいこれまでの私の役柄とは違って、今回の役柄はユーモアのある役柄。ミラと私は二人のデリー時代を思いおこしたの。私達はそこの出身で、同じ劇場で育った。演じることに本当に情熱を燃やしている人々に囲まれて、とても刺激的だった。
『モンスーン・ウエディング』は「サラーム・ボンベイ」の以後のミラの心境にとても近い映画だと思うの。どうしてかって、これは彼女がとてもハッキリと映像化できた映画なの、彼女が映画の中で描いた人々、家族−みんな本当の彼女の周囲の人たちよ。映画の中のデリーの雰囲気は、ミラ自身のデリーなの。彼女はあの街の文化をよく知っているから。ミラは私がPimmi Auntyを演じるように強く望んだけど、その反面ちょっと不安な面もあったみたい。その役を演じるには、私は痩せすぎているし、セクシーすぎるって思ったそうよ。彼女が思い描いたPimmi Auntyはでっぷりと太った豪華な女性で、結婚式のためにすべてを捧げているような女性だったの。ミラに詰め物を使わせてと言ったんだけど、でも最終的に、女優であることは役のために自分の体を変える事だってわかった。映画を作ることは、多くの要因の結婚みたいなものね。
そんな感じだったけど、監督は明確なヴィジョンを持ってなくちゃならない。ミラはそれを持っていた。彼女の情熱と確信は、一緒に仕事をする人々に伝わっていった。この映画がヒットするかどうか、賞を取るかどうかなんて二の次。一番重要なのは、小さな仕事の積み重ねでできたこの映画がちゃんと出来上がるかどうか。そしてそれは成功した。脚本は本当に素晴らしいわね。人々の真実に迫っているし独創的だと思う。それぞれのキャラクターが本物なんだもの。彼らは多元的に描かれている。それはこの映画のとても美しい点だと思う。」

Rajat Kapoor 「私が演じたのは一族の家長です。結婚式のために家族をつれてアメリカからやって来る。彼には暗い過去があり、現在もまだそれを引きずっている。この男は全く好きになれないね。恐ろしいよ。ミラは私にその役を演じるように希望した。そして私はそれを受け入れた。というわけさ。
それ以外にも、俳優たちの共演は素晴らしかったね。ミラは才能のある俳優達をこの映画に集めてきた。彼らのような素晴らしい俳優たちと共演できるチャンスを逃したくなかったね、絶対に。ミラはすごい監督であると同時に、暖かい人がらでもある。この映画は彼女自身の背景でもあり彼女の心境にとても近い映画だと思う。映画の雰囲気も彼女には馴染み深いものだったろうしね。ミラはものすごく働いた。そして今その結果が出たんだ。」

Shefali Shetty「この映画が受賞するなんて夢みたい。なんて素晴らしいこと!私は27歳の女性リアを演じました。彼女は独身で家族の悩みの種なの。典型的はパンジャーブの娘ね。彼女も「ドット・コム」カルチャーの中にいる。そして不良でパーティ好き。リアは作家になりたいと思ってる。そして、彼女が家族の中で親しいのは叔父さん(ナスルディン・シャー)だけ。家族の秘密を暴くのはこのリアよ。彼女を支持するか、それとも何事もなかったかのように結婚式に参加するか、それを決めるのは家族のメンバーひとりひとりなの。撮影は本当に楽しかった。ナスルディンは演技のワークショップを開催して、私達はリハーサルしたり、即興で演技したりしたわね。すばらしい仕事だった。すべては計画通りうまく行った。脚本はそこにあるし、どのシーンを演じるかとか撮影スケジュールだってあらかじめちゃんと連絡されてたしね。でも、監督のミラにとっては大変な撮影だったでしょうね。全部で登場人物は65人もいるのよ。そして常に25−30人の人を一緒に撮影するんだから。
私が彼女を好きな点は、彼女はいつも撮影の真ん中にいて、それどれの人々にちょっとづつ時間をさいてくれるの。そうすることによって、私達みんなに自分は特別だって感じさせるのよ。この映画の美しい点は、これがまるでホームビデオみたいにリアルだってこと。私達の感情は複雑なものだけど、誰もが一度は感じたことがあるもの、あるいか他の人も感じるであろうことがここで描かれてる。誰の身におこっても不思議じゃないことばかりだわ。」

(rediff.com/Sep 2001)

LAGAAN at Toronto film festival


彼女は映画祭のボランティアか、あるいは映画会社のスタッフだと間違われていたに違いない。しかし、彼女Reena Datta Khanはそんなことは気に留めなかった。監督のAshutosh Gowarikerの手助けを借りながら、『Lagaan』の製作資料やプレスキットをトロントVarsity劇場の外で手際良く準備していた。そして、劇場の中では映画『Lagaan』のプレス試写がまさに始まったところであった。そこへ一人のジャーナリストが近寄ってきて、この映画のプロデューサーを探していると言う。傍にいた監督のGowarikerはそれを見て言った。「君が今尋ねている女性がまさにそうだよ。」

「すべてまったく初めての事ばかりなの。『Lagaan』を映画祭に出品して、この映画に人々の興味を引こうとしているところなのよ。でも、少しずつ勉強してゆくわ。次回にはきっともっと容易にいくでしょう。」
その日一日のうちに、他にあと29本もの映画がプレスや関係者向けに上映される。マチネ(8時45分から)は話題を呼んだ映画「Prozac Nation」で会場は満席で150人以上の人々がつめかけた。10時から上映された『Lagaan』には50人程度の人が集まった(会場の座席は約100席)。しかし上映が他のハリウッド映画と競合していることを考えると、そう悪い成績ではない。Reenaは、映画がこの映画祭の劇場で上映される一回目を鑑賞した。夫のアーミル・カーンはアメリカでのライブ・ステージショーの仕事でその場にはいなかったが、2回目の上映には必ず駆けつけると約束していた。

「私はこの映画を、インドの観客と一緒に見ました。そして次ぎはイギリス、そしてアメリカで。本当にびっくりしたわ、だってインド人以外の観客も、インド人と全く同じ個所で同じような反応をするのだもの。」
トロントでReenaは、観客がMitwaの曲のところで胸をつまらせている様子を見た。また「英国チームをやっつけろ」とスクリーンの登場人物になりきっている人々もいた。『Lagaan』はすでに英国と北米で2百万ドルの総収益をあげているが、Reenaは、きっとアメリカがカナダの配給会社がこの映画を大々的に劇場で公開して、映画にさらなる長い命を与えてくれるであろうことを確信している。
「ロンドンで上映した時のイギリス人の評論家達の反応を見て、この映画はクロスオーバーな映画であることを確信したの。この映画の世界デビューがまさに今始ったと思うわ。」イギリスではTime Outのような雑誌が良い評価を寄せてくれたが、まだ今のところ大陸のどちら側でも、大手の配給会社はついていない。アメリカでは、Varietyという週刊誌が映画を賞賛するレビューを載せたが、そのレヴューが掲載されたのは上映がすでに第四週目に入ってからであり、映画の上映はそのあとすぐに終わってしまった。

トロント国際映画祭では、まだどの主流紙や雑誌もこの映画を取り上げていない。だが、その中のいくつかの雑誌はDigvijay Singhの「Maya」やベニスで大賞を獲得したミラ・ナイールの「モンスーン・ウェディング」について長い記事を載せている。一人のジャーナリストがReenaにお祝いの言葉を述べた。「あなたのこの映画に対する功績は、監督や主演のアーミル・カーンとまったく同じ程度です。」と。そして彼はReenaに、アーミル・カーンと結婚してどのくらいになるのか尋ねた。
「15年になります。」彼女は晴れやかに笑いながら答えた。
「で、お子さんは何人いらっしゃるんですか?」
「2人です。」
「本当に?」彼は微笑みながら言った。「この『Lagaan』を入れれば、3人の子供になりますね。」
「映画を気に入ってくれてありがとう。」

(rediff.com/Sep 2001)

LAGAAN at Locarno film festival

lagaan
アーミル・カーン主演の『Lagaan』が、2001年8月12日、スイスのロカルノ映画祭で'Prix Du Public'を受賞した。「この映画がPrix Du Public賞を得たのは本当に嬉しいね。これは人気投票で選ばれたってことだから。」とアーミル・カーンは述べた。
「Lagaanはイギリス人観客だけじゃなくて、クリケットを知らない国の人たちにも受け入れられたんだ。」と監督のAshutosh Gowarikerは語る。「凄いことだよ。ドイツ人やフランス人はクリケットなんて全く知らないんだよ。でも彼らは映画のなかでこのゲームと楽しんでくれたんだ。みんな、クリケットマッチで植民地チームと対戦してるような気分で、農村チームを応援していたよ。」
当初、この映画はロカルノで一度だけ上映される予定であったが、観客の要望で結局4回上映されることになった。『Lagaan』がロカルノで上映されるようになった立役者はヒンディー映画のプロデューサーであるSunil Doshi氏である。
「映画はものすごく好評だった。すごい反響だよ。映画祭当局は8月8日の上映に集まってきた8000人の観客に、上映前にクリケットのルールを書いたちらしを配ったくらいだ。この映画が、映画祭で最高の映画のひとつだったってことは、誰しも認めるに違いないね。スイス中の新聞が、それを‘物凄い出来事’と書き立てたんだ。」とDoshi氏。

その結果、多くの国際バイヤーが、映画の版権を求めて列をなした。「バイヤーはスイス、イタリア、フランス、オランダ、北アフリカ、フィンランド、ドイツの人たち。でも私の映画の配給者に対する指示は、この映画のひとつの映像シーンも、ひとつの音楽部分も決してカットしないこと。海外のバイヤーは、この3時間42分の長さの映画を買うか、あるいは最初から買わないか、のどちらかってことだ。彼らは最初迷っていたみたいだ、でも最後には映画を無傷のままで上映することに同意してくれた。」と監督のGowarikerは語る。まずイタリアで吹き替え版が近くリリースされる予定。フランスとドイツではヒンディー語のセリフに、フランス語、ドイツ語の字幕がつけられて上映される。
『Lagaan』の次の舞台は9月の第一週に開催されるトロント国際映画祭での上映だ。

(rediff.com/Aug 2001)

ASOKA music release

その少年は、小さい頃学校の先生が上演してくれた、ひとりの大王をめぐるインドの歴史の中でも最も熾烈な戦いの物語りを目を輝かせて聞いていた。彼は、その王様がどうして後に戦いを止めてしまったのかが不思議だった。その後少年の興味は、成長するにつれ他のことに移っていったが、ただその大王の物語は彼の心に残っていた。
その少年こそが、「テロリスト」で有名な監督サントーシュ・シヴァンである。そして、彼を感動させた王様とは、インドの偉大な王の一人アショカ大王で、血なまぐさいKalingaの戦いのあと、暴力を放棄して仏教に帰依したことで有名である。
「何がこの王を突き動かしたのか、どうして最後にはそのような選択をしたのか、僕には長い間疑問でした。」10月26日に予定されている映画リリースに先駆けて、ニューヨーク、マンハッタンのソニービルで行われた音楽リリースでの会見で、監督はそのように話した。「長いことそれを研究して、僕はこの王について映画を作ろうと決心しました。私達が王について知っているのは戦いを放棄した後のことで、戦争前の歴史については誰も語ってこなかったのです。」

この会見にはシャー・ルク・カーンその人も参加した。彼は長髪で体中毛むくじゃらの王とは遠くかけ離れた姿で、茶色のレザージャケットを着て髪型もオシャレだ。
「監督が最初にこの映画の事を話してくれたのは汽車の屋根の上での事だったんだよ。つまり僕たちがディル・セのチャイヤ・チャイヤを撮影してた時だったんだ。」とシャー・ルクは笑った。「彼はマラヤーラム語で話すし、僕はヒンディー語さ。だから僕は彼が何を言ってるのかさっぱりわからなかった。でも僕はイエスと答えたんだ!」
「後になって、ジュヒー(彼女はシャー・ルクと一緒にドリームズ・アンリミテッドというプロダクション会社をもっている)が彼が何を言っているかを理解して僕に教えてくれたのさ。彼がアショカ大王をモデルにした映画を作ろうとしていることをね。」
他のヒンディー映画と同様に、この映画も恋愛をひとつの軸にしている、それはKalinga (現在のオリッサ)の漁師のコミュニティ出身の女性Kaurwakiをめぐる物語で、その女性には多くの伝説がある。しかし、まずはこの映画の歴史的正確さについて見てみよう。「私はこの映画をただの伝記映画にするつもりもなかったし、まだドキュメンタリータッチにするつもりも全くなかった。」とサントーシュ監督は事務的に答えた。「物語はオリッサとBiharにおける3世紀の王アショカの伝説と神話に基づく。そして、オリッサでの仏教徒としてのアショカの伝説だ。事実、1915年になるまで、我々は王の名前さえ知らなかったのだ。文献が解読されたのはそれ以降の話だからね。」

撮影はほとんど屋外ロケが敢行され、それはスクリーンの上での一大スペクタクルを約束するだろう。事実、雨から霧になったり、といった天候の変化さえ自然のままなのだ。歴史劇ゆえに、「アショカ」には多くの制約があった。だが「僕たちはこの映画を若い人たちにも楽しんでもらえるような映画にしたいんだ。この映画のスタイルがとても現代風なのは、そういう理由だよ。」とシャー・ルクは言う。監督はつけ加えた。「今のところ、私達はセットでの撮影に多くを頼っている。現在の私達の時代と対比させながらね。」

アヌ・マリクの音楽は素朴かつ土着的な雰囲気で、マウルヤ朝の時代を思い起こさせる。監督は、この音楽は欧米の観客にも受け入れられると考えている。「音楽ダンスシーンは、現代の観客には違和感があるだろうけど、でもそれが歴史的時代の物語であれば受け入れやすいと思う。なんと言っても、音楽と歌は常に私達の大切な財産なんだからね。」

(rediff.com/Sep 2001)

ASOKA on the set

カリーナ・カプールは今晩中に出発しなくてはならなかった。
陽はすでに沈み始めている。撮影ユニットは騒然としていた。夕暮れの黄金色の光を使って最高のショットを撮ろうとやきもきしているのは、監督のサントーシュ・シヴァン。
シャー・ルク・カーンはひっきりなしに煙草をふかしながら、監督を落ち着かせようとしていた。どうみても、この中で一番落ち着いているのはシャー・ルクのようである。セットは決して豪華なものではないが、それでもカメラを通してみると十分に魅力的に見える。金切り声や叫び声、そして騒然とした雰囲気に包まれている。それは、その日の撮影の中での最後のショットで、恋人同士であるシャー・ルクとカリーナの二人のシーンである。背景は完璧だった。黄昏時の空は赤く燃え上がり、その中にいく筋ものオレンジ色が混ざり合っていた。

『アショカ』大王はシャー・ルクにとってもカリーナにとっても最大の大作であり、恐らく二人の演技力の最高の舞台のひとつになるであろう。本作は、シャー・ルク、ジュヒー及びアジズ・ミルザの会社「ドリームス・アンリミテッド」のプロデュース作品で、前回の「Phir Bhi Dil Hai Hindustani」に続く第二作目だ。この歴史巨編の指揮を執るのは「テロリスト」で多くの賞賛を得たサントーシュ・シヴァン監督。
カリーナは監督に撮影に戻るように呼ばれる以外は、ずっと携帯電話で話している。そこに、セカンドヒロインで新人のHrishitaaが、シャールクやカリーナや監督に別れの挨拶にやってきた。「サントーシュ・シヴァン監督の撮影はとっても早いわ。とりわけ、照明に関する技はすごいものだと思う。自分のシーンを後でモニターで見たとき、私は彼の仕事ぶりがどんなに素晴らしいものなのか気付いたの。仕事中は全く混乱もなく、撮影はスムーズに進んだ。まるでちょっと手の込んだコマーシャルフィルムの撮影みたいだったわね。私が演じたのは仏教徒の女の子なの。」その時、シャー・ルクとカリーナに話を聞くことはできなかった、なぜなら監督がその日のうちにできる限り撮影しておこうと決心したからだった。

噂ではこの映画は英語字幕が付いて海外でも上映されるらしい。製作者達はこの映画が高い品質をもった映画であることを売り込んで行くために、全力を尽くすだろう。またこれはまだ正式には発表されてはいないが、BBCがこの映画の海外版権を買うという話もあるらしい。

Hrishitaaは続けた。「シャー・ルクは本当にとっても素晴らしい人だった。彼の一緒に仕事をすることは、すごく快適なことだったわ。演技についても多くのことを教えてくれた。彼は大スターだっていう態度が全くない人なの。」ちょうどその時、太陽が地平線に沈み夕闇が徐々に街をつつみ始めた。

(rediff.com/July 2001)

Nandita teams up with Mani

ナンディタ・ダスはJagmohan Mundhraの「Bhawandar」で、その素晴らしい演技に対し3つの国際的な賞を受賞した。そして今新作映画「Aks」の宣伝で人々の注目を浴びている。ここでは、髭をはやしたアミターブは、この渦巻くふさふさした髪をもち、魅惑的に笑いかける褐色の肌の美女にまったくぞっこんで、彼女はアミターブを優雅に翻弄する…。今日、ナンディタはひっぱりだこの人気女優だ。ボンベイのあらゆるプロデューサーや監督たちが彼女を追い掛け回しているのだが、その彼女が唯一契約を結んだのは、マニ・ラトナム監督。映画のタイトルはまだ決定していないが、マニラトナムが決定権を握っている。ナンディタ自身もこの企画に大変期待しているようだ。

(SCREEN/JUN 8 2001)

Farhan Akhtar's promising film promises much

Farhan Akhtarの「DIL CHAHTA HAI」がその斬新な広告で話題を呼んでいる。主演はアーミル・カーン、サイフ・アリ・カーン、アクシャイ・カンナ。最初の予告編はアミターブの「Ek Rishta」の時に流され、次ぎはアーミルの「Lagaan」の時に上映される。普通プロデューサーは映画の広告をまず最初衛星放送で3日間放映し、それから劇場で予告編を上映するが、今回はその逆でこれが成功を収めた。

(SCREEN/JUN 8 2001)

Mother 2001

あるカメラマンがTips'の新作映画の様子を撮影に行った時の話。彼はレーカを撮影しようとして驚いた。彼女はカメラマンに一瞥を与えると、そのきわめて独特なハスキーヴォイスでこう答えたのだった、「じゃあ、まず私の娘達に会ってちょうだい。」彼は驚いた..レーカにいつ娘ができたんだっけ?それも二人も?...
「それは私が映画に契約のサインをした時よ。」とレーカは笑いながら言った。彼女はこの映画でマヒマとプリティの母親役を演じる。
(SCREEN/MAY 25 2001)

Abhay is complete

kamalカマル・ハッサンの201本目の主演作「Abhay」が完成した。現在チェンナイ及びボンベイにおいてポストプロダクションが大急ぎで行われており、7月にインド全土で公開予定。主演はカマル・ハッサンとラヴィーナ・タンドン。Milind Gunaji, Kitu Gidwani他。特別出演はマニーシャ・コイララ。この映画はヒンディー語版とタミル語版(「Aalavandaan」)が同時に作られ、配給はV.Creations.監督はタミル映画、マラヤーラム映画で数々のスーパーヒットをとばしているスレーシュ・クリシュナ、プロデュースは「Kandukondaen Kandukondaen」で有名なKalaippuli S Thanu.

(SCREEN/MAY 25 2001)

Shankar to start Robot with Kmal Hassan

Media Dreamsプロデュース、シャンカル監督による「Robot」の製作が開始される。これはカマル・ハッサンが「Abhay」のポストプロダクションを終え、一方シャンカル監督の方も「Nayak」の準備が済み次第、着手される予定。またMedia Dreamsのヒンディー映画第一作目である「Little John」は6月に公開される。これはSF映画でヒロインはプリティ・ズィンタ。
(SCREEN/MAY 25 2001)

KKHHの次は?

Kuch Kuch Hota Haiで驚異的なヒットを放ったKaran Joharが次に放つのは、マルチスター映画。20年振りに共演するAmitabh BachchanとJaya Bachchan主演の映画の撮影が近く始まる。シャー・ルク・カーン、カージョル、リテック・ローシャン、カリーナ・カプールも重要な役を演じる。その他の詳細はカランの父親でプロデューサーのYash Joharとも打ち合わせを行った末、決定される模様。
(SCREEN/JULY 21 2000)

ボリウッド、ロンドンへ!

2000年6月24日 ロンドン、グリニッチ・ミレニアム・ドームにて

2週間ほど前、ロンドン在住のボリウッド・ファンたち3000人近くが、International Indian film Awardsに出席するため到着したインドのスターたちに熱狂した。これはインド版オスカーだ。この手の大規模なイベントインド国内以外で開催されるのは、もちろん初めてのことだ。この様子は122カ国に生中継され、1,000万人以上の人々がこれを見た。しかし、一体どうして、ロンドンで?

「ヒンディー映画は今やもうインドだけのものではない。そのターゲットは世界だ。このようなショーをロンドンで行うことは、ヒンディー映画をインドから世界へと広げる絶好のチャンスなのさ。」と語るのはインドの有名な映画評論家Subhash Jhaである。
ボンベイの映画界もこのことをよく知っている。このアワードには、200人近くの映画スターや映画関係者が参加した。ロンドンは今はヒンディー映画の第二の故郷だ。去年ヒンディー映画は7,800万ドル近く海外で稼いだ。今回、ロンドンでこの式典がおこなわれたもうひとつの理由は、これによってさらなる商売を目論むプロモーターが存在することだ。

受賞したスターたちは、それで賞金を得たわけではないが、有名スターは参加することで報酬をもらったらしい。 East-meets-Westの外観を与えるため、協会はオスカー女優のAngelina Jolieや、またジャッキー・チェンなどを招待した。このアクション・ヒーローは、功労賞を与えられ、「僕はアクションとコメディをやってるだけじゃないよ。僕はいい歌手でもあるし、またギャラは決して高くない。」と語った。
いくつかのインド紙は、彼のこの言葉を、ジャッキーがヒンディー映画に出たがっているという風に解釈して報道した。

このロンドンのイベントは、ヨーロッパ在住のインド人ビジネス・グループと、ボンベイのwebsite Wizcraftインターナショナルによる企画だ。今回のショーが成功したことにより、この手の企画がまた行われるのは確実だろう。インド映画は、常に海外マーケットを持っていたが、それは主に海外に住むインド系の人々向けだった。しかし今や、インド映画を見ているのは、インド人だけではない。
エジプトではアミタブ・バッチャンの映画は劇場を満員にする。中東でも、人々はヒンディー映画を見るためにテレビに釘づけになる。ルーマニアのジプシーはインドのサンTVでヒンディー映画を見る。そしてまた、少数ながらアメリカ人やイギリス人も映画館で見かけることがある。

インド映画が海外で成功した理由のひとつは、映画そのものにある。北インドのパトナ在住のJha曰く「映画の舞台はもはや、インドの農村や田舎ではない。それは都会を舞台とし、恋愛模様はMTV風であり、若い観客を意識している。」
映画作りの資金も海外から入ってくるし、また映画の海外での興行収入は税制面での優遇がある。

……ところで、今回のショーの受賞者は一体誰だったのだろう?

ショーのアナウンスがベスト・アクトレスを呼び上げた時、会場からは割れるようは拍手が起こったが、当の受賞者は舞台に現われなかった。受賞者のアイシュワリア・ライは撮影のためにアメリカにいたのだった。映画界に入って22ヶ月過ぎたアイシュワイアは、ついにトップの座に就いた。そして彼女は、一作ごとにますます演技を磨いている。
(SINGAI IANIYAM/JULY 2 2000)

シャールクはまだ燃えている

リテック・マニアの急増にもかかわらず、シャー・ルクはまだ観客を熱狂させている。これは、Mansoor Khanの「Josh」の華々しいオープニングで証明された。業界の中でも、シャールク・カーンをこき下ろしていた連中ももういちど再評価をはじめ、「Josh」の第二週目の館客動員状況をチェックしている。
少なくともこれは確かだ。シャールクは再起不能ではない。アイシュワリアが彼の妹役で登場していることも、追い風になるはずだ。つまり、これからますます激しい競争が巻き起こるであろうことは確かだ。
(REDIFF ON THE NET/JUN 15 2000)

Dreamz Unlimited次の企画は?

Dreamz Unlimitedの次の企画を心配そうな面持ちで待ちわびている方々、もうそんなに長くは待たせません。そう、シャー・ルクとジュヒー・チャウラー、アジズ・ミルザの3人で立ちあげたこの会社の次の企画のキャストが決まった模様だ。
そのキャストは、シャー・ルク、アルヴィンド・スワミーそしてカリーナ・カプール(カリシュマ・カプールの妹)。タイトルは「Ashoka」で、監督には撮影から監督に転身したサントーシュ・シヴァンが予定されている。サントーシュ・シヴァンは、あの感動的な物語「テロリスト」の監督であり、また現在上映中の映画「Halo」も、評判は上々だ。
ジュヒーはキャストには上がっていない!が、もしかしたらカメオ出演くらいはあるかもしれない。何と言ってもこの会社は彼女の会社なんだから。
今度の企画は、彼らの第一作「Phir Bhi Dil Hai Hindustani」のような酷評を受けることがないように祈ろう。シャー・ルクとサントーシュ・シヴァンだから、我々を落胆させることはないとは思うが。
(FILMFARE ONLINE/MAY 28 2000)

Deepa Mehta 「1947 Earth」

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2年半ほど前ディーパ・メータはシアトルの本屋で「Cracking India」という本を見つけた。これはパキスタン人のBapsi Sidhwaの小説で、著者自身がパルシー教徒で、物語の舞台は分離独立の頃のラホール(この小説はインドでは「Ice Candy Man」というタイトルで出版された)。この小説は、ムスリム、ヒンドゥー、そしてシク教徒の生ざまが8歳のパルシー教徒の少女の目を通して描かれている。「この本を見つけたのは全くの偶然だった」と、メータ自身はニューヨークでのインタヴューで答えている。この小説の映画化が、メータの‘三部作’の第二作目「Earth」(インドでのタイトルは「1947」)。(三部作の第一作目は「Fire」。三番目にあたる「Water」は現在制作中)
主演は、アーミル・カーン、ナンディタ・ダス(「Fire」でも主演)そして、最近オフ・ブロードウェイのヒット作「East is East」で主役を演じたところのラフール・カンナ。この映画のワールド・プレミアは、1998年9月のトロント国際映画祭。それから一年後、米国とインドで公開された。

分離独立のテーマは、メータにとって非常に身近なことであった。メータの父親一家は独立の直前に、財産と映画館を残してラホールからアムリスターに移住した。彼女の父親はラホールで映画配給・上映の仕事をしており、それはアムリスターに移ってからも続けられた。子供時代から、メータは分離独立の時の惨劇を聞いて育った。

「分離独立の話をすることは、パンジャーブの家族にとって日常のこと。誰かに会うと、誰か別の家族の話をする、そしてそれは二度と同じ話ではありえないの。運命はまるでドラマのように激変して人々は多くのものを失った。」と彼女は語る。
「パンジャーブでは、もしあなたが人々に1947年が何を意味するか尋ねたら、彼らは決してそれが‘インドの独立’だとは言わない。それは彼らにとって‘インドの分断’なのだから。」

以前、南アジアジャーナリスト協会の提供でパネルディスカッションがニューヨークで開催されたが、その席でメータは、「今回のSidhwaとの共同作業は、もし二人とも西側に移住していたのでなければ決して実現しなかっただろう」と言っている。「Bapsi Sidhwaはパキスタン出身で今はアメリカの市民権をもっている。一方、私の方はインド出身で今はカナダに住んでいる。もし私達それぞれが祖国を離れていなければ、この映画は存在しなかった。」

Earthは小説の舞台はラホールになっているが、映画は1998年の始めにオールド・デリーで撮影された。1997年、メータと彼女のプロデューサーであるDavid Hamilton氏はパキスタンサイドに当地での撮影許可を申し入れたが「私がインド人であるという理由で、撮影の許可がおりなかったわけではないのだが、なぜか書類が行方不明になってしまうのだった。」

この小説はパキスタンでは非常によく知られており、Sidhwaは賞も受賞している。撮影許可を求めて数ヶ月待ってはみたもののついに許可はおりず、二人はパキスタンでの撮影を諦めてオールド・デリーで撮影することを決心した。「現在のデリーの街で、当時の雰囲気を出すことは、それは骨の折れる仕事だった。テレビアンテナを隠すのだけでも大変な作業だったし、ましてや数百の屋根の上に貯水タンクをとりつけるなど途方もなかった。」

この映画はいくつかのシーンが屋根の上で撮影されている。ラフマーンの曲とJaved Akhtarの詩による「Rut Aa Gayee Re」の美しい凧上げのシーン(歌うのは、チャイヤ・チャイヤを歌ったSukhwinder Singh)。そして、もう一つの重要な場面、3人の主人公たちが、街路で繰り広げられる反乱の様子をDil Navaz(アーミル・カーン)の家の屋根から眺める夜のシーン。

それぞれの役を演じた役者の選択についてメータは答える。「私は本能的に役者を選ぶの。ある俳優を見て、その人が私の書いたキャラクターに適した俳優であるかどうかを判断するのは、私にとって簡単なこと。」ラフール・カンナは、彼の演ずるHasanに必要な「美しさ、強さ、そして気品を持っている」。

またメータは、Shanta (ayah)の役を書いている時に、ほとんどそれがナンディタ・ダスそのものであるように感じたと言う。「ナンディタは私の親友です。でもそれで彼女をキャスティングしたわけではない。彼女はこの役にまさにピッタリだった。」ナンディタがEarthの中で演じた人物は非常に難しい役柄だった。彼女は官能と無垢の間のきわめて微妙な境界線上にいる人物。「ナンディタの演技は、まさにそれにふさわしいものだった。」

アーミル・カーンに関しては、「とても考え深い、非常に知識豊富な若手俳優」だと監督は評する。彼はボリウッドのうわべの虚飾を一切持ち込まなかった。「最初、撮影スタッフは少なからず神経質になっていた。ボリウッドの大スターがやって来る。でも僕らのやり方はボリウッドとは大違いなのに。」という風に。しかし同時にカーンの方も、今回の映画はアメリカのインディペンデント映画のように作られること、つまりセリフもあとから吹き込むのではなく同録であることを、あらかじめ認識していた。

ボリウッドでは、各ショット毎にメーキャップ担当が鏡を俳優の所に持ってくるが、アーミルも撮影の初日にそうやっていた。「私達はどう対応していいのか解らなかった。アーミルは各ショットごとにアーミル・カーン本人に戻ってしまって、そのキャラクターを演ずるのを辞めてしまうわけだから。カメラマンも仰天してたわね。」ある夜、メータとアーミル・カーンは4時間以上も、二つの全く違う映画作りの方法について話し合った。
「その日から、すべてはうまくいったわ。」「私の方は、自分がどう撮影をやっていくのかを彼に話しておけばよかったのだし、彼の方は仕事のやり方に慣れないと言えば良かっただけなの。それからは順調に仕事は進んだ。以来、皆はアーミルととても仲良くなった。」

現在メータは次回作の「Water」の制作準備にかかっており、その映画の主演女優として、マニーシャ・コイララとタブーの名前が挙がっている。それに続いて、2000年4月にハリウッドで映画製作に入る。タイトルは「A Girl in the Paperbag」で、主演はナスターシャ・キンスキー、エリック・シュトルツ。
「私はハリウッドのルールをよく知っている。たとえ、今まで自分が撮ってきた映画がインディペンデントであったとしてもね。私はスピルバーグやジョージ・ルーカスじゃない。だから、私がハリウッドで映画を完成させることのできるチャンスは、きわめてあやふやなもの。それが現実よ。」

彼女は、自分の仕事の成果で、自分がこれまでのように自由に、米国とインドの間を行き来できることを願っている。この46歳のカナダ・インド人である監督は、後に結婚することになるカナダのテレビ局勤務の男性と知り合ってたことで、カナダに移住した。「私は愛の為に移住したの。」しかしその結婚も数年前に破局している。

メータは自身をカナダ・ベースの監督だとは考えていない。「むしろ、私の根拠地は飛行機の上だわね。」「私は自身がインド人であることを強く意識しています。カナダ人だと思ったことはありません。カナダは大好き。移住した先としてのカナダは私にとっても親切だった。でも、インドを舞台とした映画を作ることは、私にとってとても快適なこと。なぜなら、インドは私が生まれ育った地だから。」
(REDIFF ON THE NET/SEP 1999)