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海辺にて

鯨の到来。静岡県の海岸に突如巨大なマッコウクジラが打ち上げられて座礁した。浅瀬に乗り上げ身動きがとれなくなっており、人々がクレーン車などを使いなんとか海へ帰そうとしたのだがうまくいかず、結局翌日になっても沖へもどることのできなかったこの巨大な海の生物は静かに息を引き取った。
その様子をテレビで見ていて、私は突然リュック・ベッソンの「グラン・ブルー」のことを思い出し、ぼんやりと物思いにふけっていた。紺碧の輝きに満ちたギリシャの海。嵐の夜に、取りつかれたように深い海の底へと潜っていった恋人。女はそれを止めることはできないことを本能的に悟り、死へと向かう男に「行きなさい、行って真実をみつけてきて」とかいうセリフをはく。この素晴らしい物語のなかでも白眉のシーンだ。究極の深みへと降りていった男をイルカたちが待っていた....

「グラン・ブルー」を思う時、私のなかではそれが即座にエリック・ロメールの「緑の光線」と三島由紀夫の「美しい星」と結びつく。表面的には何の繋がりもないこの三つの物語。
これらに共通するもの、それは信念とか確信とかいったものの本質だ。深い海の底に自らの求めるものを見た青年はどこまでも深く潜ってゆき、最後にはその真実に出会う。彼はそこで必ずや神に出会ったはずだ。
ヴァカンスの旅先で、ふとしたきっかけで知った「緑の光線」の話。夏、太陽が海に沈む瞬間、希なことではあるが、太陽がその最後の光を緑色に輝かせることがある。これは大変不思議な光で、これを見たものには恩寵が訪れるという。主人公の若い女性は、これをひたすら信じて遠く水平線の先を眺めていた。それはほんの一瞬のことであったが、最後に彼女の信念は奇蹟のように実現する。
そして、三島由紀夫の奇怪なSF小説「美しい星」。一見奇妙なこの物語は、「美的現実が実在しないのならば、それを呼び寄せて実在させる必要がある」と考えていた三島らしい作品で、わたしはこの物語に彼の信念を見る思いがする。存在しないものは、存在させるべきであるという確信犯的小説。真実はいつも、確信の強さのその先にあるはず。

出かけるついでに、少し遠回りして神田川沿いの桜並木を歩く。例年より少し遅れて桜が満開になっていた。一斉に咲いた川べりの桜並木は、無数の白い花びらを川面にうかべている。すでに傾きかけた陽の光のなかを、水がきらめきながら流れていた。その輝きはどこか遠い処へと続いているようで、いつまでも見飽きなかった。

(APR 8 2000)




不可能な愛


友達に誘われて『シュリ』2回目。
結末を知った上でのこの映画は、さらに泣かせる。なんといっても北朝鮮の女性秘密工作部員を演ずるキム・ユンジンの演技が切ない。私にとってこの映画の主役はキム・ユンジンにつきる。プロフィールによると、彼女はボストン大学で演劇を学んだ後、イギリスに渡りオックスフォード大学と英国ドラマアカデミーでシェイクスピアを研究したという経歴をもつとある。どうりで彼女の演技にも、その美貌にも、知性に裏打ちされた確かさを感じる。
「ニキータ」を連想させる、華奢な体でマシンガンを構える冷徹さ、感情を押し殺しながらもにじみ出る切ない胸のうち、とりわけラストで死を迎える彼女の表情は、ほとんど壮絶な悲しみをたたえている。追いつめられ、しかも最愛の人に銃を向けられる彼女は、絶望的なまでに哀れで、救いようがない。かたや、この世で一番愛する人が、自分が長年追い続けていた標的であったことを知ったハン・ソッキュの身を切るような苦悩の姿。最後に彼は、最愛の女に銃を向け、引き金をひくのだった。

彼の愛した者は一体誰だったのだろう。それはもう思い出の中で生きているのみだ。あれは幻だったのか、輝く夕暮れの海原を見ながら、彼はじっと考えていた。

(APR 14 2000)



Tiziano - National Gallery 9.00pm


ロンドンは実に10数年ぶりなのだが、街はあまり変っていない気がした。ロンドン塔もタワーブリッジもピカデリーも昔のままだ。ヨーロッパの街は、ほとんど変化しない。そこに伝統が生まれ、時間により文化が薫製されてゆく。相変わらず観光客が実に多い。ヨーロッパ中の人々−ドイツ語やフランス語、イタリア語を至るところで耳にする。そして次に多いのがアメリカ人。市内を歩いている半分が観光客なんじゃないかと思うくらい、ガイドブックやカメラをかかえた人々がうろうろしている。
時は4月―春はまだ浅いけれど、芽を吹き始めた公園の木々は、若葉のやわらかい緑に輝き、テムズ川を渡る風は陽光の暖かさを運んできた。一日おきに交互にやってくる冷たい雨と春の陽気が、少しずつ緑を鮮やかにしてゆく。イースターのこの時期は、人々の心に春の到来の喜びを運んでくる季節でもあるのだ。

ロンドンで一番最初に訪れたいところ。荷物を解いて、まず足を運ぶべきところ。それはナショナル・ギャラリーだ。しかも私の目的はただ一つ−ティツィアーノとの再会。
後期ルネサンス・イタリア絵画の巨匠ティツィアーノ(1506-1576)。ミュンヘンでキリスト磔刑図に出会って以来、この画家は私の心の中の最も大切なものの中の一つになった。中でも一番素晴らしいものは、パリのルーブルにある「キリストの埋葬」。悲劇的な構図、ドラマテックな人間の動き、輝くような色彩....どれをとっても息を呑むような出来栄えだ。彼の絵からは、真摯さや奥深い深淵が迫って来て、私を立ちすくませてしまう。人間の表情が実に天使的/天上的で、彼こそはギリシア古典古代の真の継承者であると思わせるものがある。ティツィアーノはまた多くの肖像画を残しており、それらは、ほとんどその絵が生きているとしか思えないほど真実に迫っている。とりわけ素晴らしいのが「手の描写」。彼は手でその人物を表現する。饒舌なティツィアーノの手。

ヨーロッパ各地に散らばるティツィアーノ絵画のうち、ここロンドンにあるのは、ひときわ牧歌的で青みの強い明るい色彩で有名な「バッカスとアリアドネ」。このギリシャ神話を題材にした絵画は陽気で躍動感に満ちている。



タンバリンや鐘を打ち鳴らしながら陽気な楽隊がやってくる。ほろ酔い加減の半神半獣のパーンたち、タンバリンを振りかざす乙女、足元には牛の頭までころがっている。その楽隊の先頭に立つ二輪車に乗った若きバッカスが、体にまとった赤い布を風になびかせながら、今まさにアリアドネに飛びかからんとする瞬間。バッカスはアリアドネを妻にし、彼女が星座となる天空を結婚の贈り物とする、そのシーンが描かれている。贈り物である「空」は、甘美なまでに真っ青で、それはアリアドネが羽織る青いローヴと呼応しあう。風に舞うバッカスと、それに対して身構えるアリアドネ、その2人の構図が実に劇的で、ドラマの始まりを予感させる。バッカスは柔和な顔をした若い青年で長い金髪をもち、優美な姿態で赤い布で体を隠す様子は、まるで少女のようだ。遠いパーンの笛の音、アルガディアの光景が今にも甦ってきそうなこの絵画の前にたたずむと、おとぎ話世界が始まってゆく。

ほぼ同時代だが、バロックの先駈けとなるマニエリズムを代表する画家ブロンツィーノ(1503-1572)の「An allegory with Vinus and Cupid」もまたこの美術館の至宝のひとつ。
奇妙に長い歪んだ肢体をもつ人物や、不思議なキャラクターが登場するこの絵画は、実にさまざまなアレゴリーに満ちており、その謎解きをするだけでも見飽きない。何度見ても不思議な魅力に満ちている。

その他にもデューラーの肖像画や、クロード・ロランの風景画、ロイスダールの神秘的な森、レンブラントの自画像、近代のものでは何と言ってもスーラ、etc.etc. 時間の経つのを忘れてしまう。気がついたら閉館の9時近くになっていた。心地よい満足感にひたりつつ、板張りの床をぎしぎし踏みしめながら美術館を後にした。

(APR 19 2000)




1947 Earth』


運命的な出会いと言ったら大袈裟だろうか。でも人生はそんな嬉しい偶然に満ちている気がする。ロンドンで再びこの映画を見ることができるなんて想像もしなかった。去年シンガポールでこの映画を見れたのも偶然だったし、つくづく縁があると思う。これは私が今まで見たインド映画の中でも、文句無しに最高の映画だ。監督のディーパ・メータはカナダ在住の女性監督。日本でも公開された前作の「Fire」が話題になったが、映画の完成度から言うと比べ物にならない。飛躍的に進歩している。

1947年、ラホール。かつてその地では闘いがあった。ひとりの女を常軌を逸するほどに愛した男がいた。そして、それを目撃していた少女がいた。運命は複雑に絡み合い、人々の心のなかの憎しみはその出口を求めて荒れ狂う。愛さえもが憎悪に変り、すべてはとり返しのつかない歴史の中へと消えていった。

女性監督らしく恋愛部分の描写が繊細を極める。一人の美しいヒンドゥー教徒の娘シャンタをめぐる二人のイスラムの男、ハサンと「アイスキャンディマン」ディル。シャンタは心優しいハサンを選び、ふたりは密かに愛を育んでいた。街はヒンドゥー教徒とイスラム教徒、そしてシク教徒が敵対し一触即発の状態。その中でディルはヒンドゥー教徒に家族を惨殺されてしまう。街は騒然とし、ある夜、シャンタ、ハサン、ディルの3人は屋上から火の手の上がった街の様子をみていた。その時ディルは、「争っているのはイスラム教でもヒンドゥー教でもない。我々の心の中にある野獣が暴れまわっているのだ。争いは我々の心の中にある。」とつぶやく。自らの心にある獣を静めることができるのは君だけだ、とシャンタに愛を告白するディル。しかしシャンタは首を振るばかりだった。争いはいよいよ緊迫の度を増し、ヒンドゥー教徒であるシャンタの身にも危険がせまる。そんな不安な夜に、シャンタとハサンは結ばれ、二人は結婚を決意。ハサンは自らヒンディー教に改宗してシャンタと共にアムリスターに逃げることを約束する。その二人の様子を見てしまったディルは、失意と嫉妬で、驚くべき行動に出たのだった...

この映画は男のジェラシーの物語だと思う。愛するものを破壊してしまう程の強烈なジェラシー。アイスキャンディマンが自らつぶやいたように、獣は己の内にあるのだ。それが、いつも檻を破って出てくるきっかけを探している。ちょうど、シャンタが乳母としてつかえるパルシー教徒の娘、8歳のレニー・ベィビーが、ライオンが檻をやぶって出てくるのをいつも恐れていたように。映像の美しさ、テーマの深さ、物語の悲劇性、魅力的な俳優達、どれをとっても申し分のない映画だ。そして、ラフマーンによる音楽がこの映画に寄与するものは計り知れない。

今回ロンドンでこの映画を見て、自分が去年シンガポールで見たversionは、ある重要な個所がカットされていたことを発見した。それはイスラム教徒であるハサンがヒンドゥー教に改宗してシャンタと結婚すると告げるシーンだった。その後のシーンでも「改宗する」というセリフが字幕に訳出されていなかったように思う。これは、その後の物語の展開上、必要不可欠な部分で、今回完全版を見ることができたのは本当に幸運だった。

(APR 21 2000)




Ars longa, vita brevis 芸術は長く人生は短い


大学のコミュニティカレッジでインド関係の講座を受ける。
教師はタミル出身のF.B先生。広範な知識を駆使したその話が大変面白くて今回で2回目の受講。タミルの方なので、インドの話でもおのずと大きく南にバイアスかかかっていて、興味深いことこの上ない。今期のテーマは「インドの多様性」。先週の「宗教」に引き続き、今日のお題目は「言語」。

インドの言語は「ドラヴィダ系」と「アーリア系」の二つに大別されるが、この「ドラヴィダ」という言葉、もともとはTamilという言葉を外国人が誤って発音したところから来たらしい。外国人はTamilと発音できずに、→ tabil → tabid → dabida → dravidaと変化した。
このドラヴィダ系の中で、文字をもつ言語は、タミル語、テルグ語、カンナダ語、マラヤーラム語の4つ。一番古い言語はもちろんタミル語で、最も新しいのは14世紀頃に成立したマラヤーラム語。タミル語は世界的に見ても非常に古い歴史を持つ言語で、epic(叙事詩)を持つ。そういうこともあってか、タミル人というのは言葉に大層こだわりを持っているそうだ。
一方「アーリア系」の人々がインドへ来たのは紀元前1500年ごろ。「アーリア」というのはIrelandやIranという言葉と関係がある。少なくとも言語的には同じ人種らしい。ケルト人は最も古いアーリア人のひとつである。恐らくはバルチック海周辺にいた民族が紀元前2000年頃何らかの理由で故郷を離れ周囲に離散したのではないか。そしてその一部の人々がインドへも入ってきた。それがインドのアーリア人の源だ。そのアーリア人の代表的な言葉がサンスクリット語。これはタミル語などのドラヴィダ系言語とは全く関係がない。ドラヴィダ系の人々はインダス文明の担い手であったのではないかと考えられているが、彼らはこのアーリア人の侵入により南へ追いやられてしまう。ちなみに、ドラヴィダ系の4つの言語の中でもタミル語以外のテルグ、カンナダ、マラヤーラムの言葉はサンスクリット語の影響を少なからず受けており、発音にその違いがあるそうだ。

先生によると、タミル語と日本語はやはりその構造が似ているらしい。タミル語と日本語の間に関係があるとする大野晋先生の説は説得力があるそうで、タミル語学者の間でも、それを断定するのはまだ時期尚早であるにしろ、今のところその理論に大きな齟齬は無いそうだ。これからの研究が待たれるところ。

tamil

(MAY 8 2000)


千載一遇


たとえば映画にしても、本当に素晴らしい一本に出会うために99本の駄作を見る必要がある。映画の前評判などあてにならない。恐らく映画というジャンルが多くの解釈や感じ方を許容するものだからだろう。だから、その一本に出会えるためには、やはり99本の徒労が必要なのだ。最高級の感動を得ようと思えば、当然それなりに多くの代償が必要となるが、安易に得られるものはそれだけの価値しかない。しかし、徒労の末に得られる一粒の感動は、生きて行くことの無意味さから唯一我々を救う瞬間のはず。
「Dil Se .. 心から」 ネタバレありにつき注意

(MAY 20 2000)




the song remains the same?


見なきゃいいものを70年代ロックオンパレードの言葉にだまされ、日比谷シャンテにて、
『スティル・クレージー』
1998年/イギリス映画/1時間35分
監督:Brian Gibson / キャスト:スティーブン・レイ、ビリー・コノリー、ビル・ナイ他

1977年に解散した人気ロックバンド、ストレンジ・フルーツ。今はオヤジとなってしまったそのバンドの連中が、20年たった今、もう一度バンド再結成をむくろむ話。俳優もストーリーも悪くないんだけど、違うんだなあ。ロックがナツメロになったら最後だ。現実に70年代の有名バンドが再結成されたりアルバムを出したりするのが流行りみたいだけど、はっきりいって悪趣味。かつて、70年代に輝いていたものを、そのまま復刻しても、時代もその輝きも決して甦らない。今の時代にフィットするものとして新しく甦るならまだしも、昔のものを懐古趣味的にそのままひきずってるなんて惨めな感じさえする。この映画なんかは、その「惨めさ」を逆手にとってる感じで、途中から完全に白けてしまった。たぶん、作ってる側も70年代音楽にたいして思い入れのない人なんだろう。劇中のストレンジ・フルーツなるバンドの演奏する音楽も70年代ブリテッシュロックとはとても言い難い。この映画をみてつくづく思ったのは、ロックはやっぱり若者にしか似合わないってこと。もちろん、若者はいつかは年を取って30代、40代になってゆく。でもその時にいつまでも20代の頃と同じ格好をしていたら、ちっともカッコよくないし不似合いであるのと同様に、音楽も常に「今の」自分にふさわしいスタイルを持つべきなんだ。生き残るべきは、スタイルなんかじゃなくて、ロックの持つsprit。そして70年代のもっていたエネルギー。それさえ失わなければ、ロックはいつまでも生き続ける。

(MAY 24 2000)