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脆弱な世界

NHKスペシャルの「世紀を越えて」という番組でハッカーによってデータを盗まれたアメリカ空軍の話をしていた。犯人はイギリスに住む16歳の少年で、自分の腕試しにやった事だった。
凄腕ハッカーによると、軍事機密にアクセスすることも、都市の主要なコンピューターに入り込むことも容易だという。アメリカでは敵国がこうしたハッカーを雇ってサイバー攻撃を仕掛けてくることを想定して、2004年を舞台にすでにシュミレーションを行っている。また、そういった事態に対処するために、国防総省はすでに敵国へのサイバー・アタックを軍事戦略のひとつとして計画しているらしい。「これは、ミサイルや爆弾を使うより、はるかに優雅で経済的な攻撃方法」と説明がなされていたが、すべてを支配するのは経済法則であるなら、爆弾やミサイルなどはいつしか時代後れの産物になる日も近いのかもしれない。目に見えない攻撃。見えない戦争。そこにあるのは、爆弾による瞬時の死ではなく、社会の崩壊による緩慢な死。
コンピューター社会は一見緻密でうまい具合に働いているように見えるが、実際は非常に脆弱な社会でもあるのだ。現代社会のヴァルネラビリティ(脆弱性)は、見えない不安となってひたひたと押し寄せる。起こるかもしれない事態。実感のない崩壊。
コンピューター・ネットワークは私達の獲得した新しい次元であることは間違いなく、世界の地平を飛躍的に広げた。が、それは電源を切ってしまえば消えてしまうガラスの城でもあるのだ。

(FEB 1 2000)



『哀戀花火』

時間つぶしに、渋谷のシネマライズで『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』を見る。
平日の昼間だというのに、映画館は結構混んでいた。どうやら話題の映画らしい。先週ここで、「ポーラX」を見た時に予告編が流れていたので、だいたいどんな映画かは想像がついていたが、こんなに人気があるとは知らなかった。時間帯のせいか年配の客が多い。キューバ音楽。もしこの手の音楽が好きな人が見れば素晴らしい映画なのかもしれないが、そうでない人間にとっては退屈な映画だった。この種の音楽は、どうも職人芸的な気がして好きになれない。もちろん好みの問題もあるだろうけど。芸術はすべてメチエを前提とするが、決してそれが目的ではない。監督はヴィム・ヴェンダース。
感傷的な映画をつくる人。それよりも予告編の「ヴァージン・スイサイド」という映画の中で流れていた、トット・ラングレンの「ハロー・イッツ・ミー」が懐かしくて涙。帰り際にシネマ・ライズの地下に寄って、「ポーラX」の原作本であるメルヴィルの『ピエール』(国書刊行会\2,800)を購入。

その足で千石の三百人劇場へ移動。山の手線の開け放った窓から流れてくる風はさわやかで、小春日和の温かさを含んでいた。次の季節を予感させる、澄んだ青い空。昼間に街を歩くと、いろんな発見がある。今日の目的はニン・チン(寧静)。中国語圏で今一番好きな女優。映画のタイトルは『哀戀花火』1993年/中国・香港/117分/主演:寧静、巫剛(ウー・カン)
「太陽の少年」が1994年だからその一年前の作品になる。当時まだ21歳。みずみずしさが滴るようだ。彼女はポスト「コン・リー」らしいが、コン・リーより遥かに可憐だし演技も繊細。
舞台は清朝末期の中国西北部、黄河のほとりの爆竹の産地として有名な街。彼女は、その爆竹や花火をつくる老舗でその地の有力者である「蔡家」の一人娘。男の跡継ぎがなかった為に彼女は蔡家の経営と財を若くしてすべて受け継ぎ、「大旦那」として生きる定めを負う。そんなある日、ひとりの風来坊の絵師がこの街を訪れる…・。
いかにも大陸の映画らしい大河ドラマだ。しかし、古い旧家である「蔡家」の家屋の美しさや、怒涛のように激しく流れる茶色い黄河の流れ、雰囲気が実に美的な味わいがある。が、やはり、何と言っても素晴らしいのが、ニン・チンの凛々しい美しさ。大旦那としての男装のストイックな容貌から、思いがけず恋を知り、苦悩して、ひとりの匂いたつ女性に変貌してゆく。時に残酷で、時に無邪気なニン・チンの媚びない美貌。意志と知性を感じさせる女性。

(FEB 7 2000)


Gentle breeze, but the spring is still early.

先週の春を予感させる陽気はすっかり影をひそめ、また冬に逆戻りしたような気温が続いている。そろそろコートを脱ぎたくなる季節だが、それでも夜になると随分冷え込み、加えて今年は花粉症が再発。不思議なことに、外にいる時よりも室内にいる方が、くしゃみが出たり目が猛烈に痒かったりする。先月から仕事がやけに忙しくて、帰宅が夜11時過ぎという毎日。今日は本当に久しぶりにまだ明るいうちに会社を出る。街は夕暮れの匂いがした。

どんなに日常が不毛でも、春の一陣の風や陽光の輝きだけで全てが帳消しになった時だってあったのだ。あれはきっと、まだまだ「世界」が私にとって新鮮で、その世界を感動と驚きをもって迎えることができたからだったんだろう。大人になるとは、そういう感覚を失ってゆくこと。経験の積み重ねは、今まで見えなかったものを見せてくれる時もあるけど、かつて見えてたものを隠してしまうことだってある。

暗い気分になった時は音楽しかない。
「悪魔的demonischなものである音楽。それはまったく生まれつきの内的なもので、外部からの養分も人生経験も必要としない。demonischなものに対して決然と対抗しつづけなくてはいけない。」(エッカーマン「ゲーテとの対話」)
視覚の人であったゲーテらしい言葉だけど、一旦音楽に取りつかれた人間がその魔力から逃れることは殆ど不可能に等しい。たぶん音楽、それだけが全て。
音楽の中でもとりわけ、人の声の美しさに私が気付いたのはずいぶん後になってからだった。どんな楽器よりも繊細で感動的で一番私達の魂に近い響きを持つもの。そしてそれを本当に味わうことができるのは、生で聞く以外にない。生めれて初めて聞いたオペラ、あれは冬の日のベルリン・オペラハウスだった。大層な舞台で、演目は確かヴェルディの「オテロ」だったと思う。が、その時の馥郁たる豊穣な人の声の響きに私は殆ど茫然自失だった。以来人の声の美しさにずっと惹かれつづけている。

今手元にあるのはLe Temps des CastratsというEMIから発売されたCD(*)。
17/18世紀のイタリア・オペラの主流であったカストラート歌手の為に作られた曲の数々を、現代のカウンター・テナーの歌手たちが歌ったもの。ヘンデルの有名な「オンブラ・マイ・フ」やグルックの「オルフェオとエウリディーチェ」など多くの名曲が収録されているが、その中でもとりわけ素晴らしいのが、ニコラ・ポルポラによる「ファリネッリのためのソルフェージ」。歌はギリシャ出身のカウンター・テナー、アリス・クリストフェリス。その不可思議で妙なる声に私はほとんど息を呑んだ。男でも女でも大人でも子供でもない声、天使の声であると称せられたカストラートたちの失われた歌声もさもありなんと思わせる、どこまでも純粋で透明な響き。聞いてはならないものを聞いてしまったような、そんな戦慄を感じるような歌声。
....かつて、かの地では、美声を得るためだけに自らの体を改造することさえ厭わなかった時代が存在した。悲惨や残酷と隣り合わせの究極の美。美の製造装置としてのバロック。人々はそこにひとつの完璧な「イデー」を見出したに違いない。なんと魅惑的な時代。
Che faro senza Euridice?
Dove andro senza il mio ben?

(*)「カストラートの時代(カウンター・テナーとカストラートで辿るその世界)」
  東芝EMI (1995)

(MAR 10 2001)




The age of Aquarius

NASAの惑星探査船によると、火星にかつて水があった跡のような地形が発見されたらしい。だが、たとえ仮に水が存在したとしても、複雑極まりない奇蹟のような偶然が重なってこの地球上に生まれた生命が、そう簡単に火星にも存在したとは考えにくい。そんなに簡単に生命が誕生するのであれば、この宇宙は生命で満ち溢れているはずだから。でも、いつの日か、宇宙のどこかで別の生命に出会えるようなことがあれば、それはもう人類の歴史が始まって以来の最大の事件だ。その時には、私達の世界観もすべて全く変ってしまうだろうし、まさに「地球幼年期の終わり」だ。そんな事件が、私が生きているうちに起こるといいな。

(MAR 11 2000)


La nuit Americaine

トリュフォーの「アメリカの夜」を見る。伊・仏合作1973年作品。映画撮影にまつわる物語、その光景は実に素朴で牧歌的なのだが、それでいてよく計算された巧い映画。本当は非常に手が込んでいるくせに、その技巧を感じさせないさりげなさ。フランス映画のそんなところが大好きだ。カメラマンが乗るクレーン車の色まで計算された繊細な色彩感覚や、登場人物たちの何気ないおしゃべり、小さな出来事が連鎖してゆく日常生活の洒脱な描写。フランス人は人生を楽しむ術を心得ている。トリュフォーの映画が全部好きなわけではないけど、この映画はいい。主演のジャクリーン・ビゼットが美しい。

それにしてもフランス語の響きは詩的である。あの言葉をしゃべるだけで、美的快感を感じそう。登場人物がフランス語を話すというだけで、フランス映画はもう半分は勝利したようなもんだ。そういえば、あのアラン・レネの「去年マリエンバードで」も、その流れるようなフランス語の詩的な響きだけが、まるで耳鳴りのように記憶に残る。そして私の最愛の映画監督エリック・ロメールの映画も、溢れんばかりのおしゃべりで埋め尽くされていた。このフランス語に対抗できるのは、同じく非常に華麗な響きを持つ北京語ぐらいしかないんじゃないだろうか。いずれの言葉も、私は全くの門外漢なのだが。

(MAR 14 2001)



そして物語りは続く。

金曜日。会社帰りに新宿武蔵野館へ『追憶の上海(紅色恋人)』を見に行く。
1998年/中国/97分/監督:イエ・イン/主演:レスリー・チャン、メイ・ティン、トッド・バブコック
このイエ・インという人は前作「レッドチェリー」で有名な中国の監督だが、私はこの「紅色恋人」が始めて。中国ではある程度話題になったものの、香港では全くヒットしなかったという、あまり前評判のよくなかったこの映画、私は結構好きだ。
革命の闘士であるジン(レスリー)とチウチウ(メイ・ティン)の壮絶とも言える愛の物語を、2人の間に登場する第三の人物アメリカ人医師のペイン(トッド・バブコック)の視点でたどってゆく。
舞台は1930年代の上海。ジンは革命で深い傷を負っている。チウチウはジンの思想に強くひかれ彼と行動を共にする。アメリカ人のペインは、チウチウを深く愛しながらも、彼女の愛するジンの医者という役割しか与えられず、永遠に傍観者のままに留まる。彼がわずかにその愛を成就できたのは、革命のドラマが終わり、すでに亡き2人の間に残された一人娘のパールを引き取って育てることだけだった。
この映画は、このアメリカ人医師のペインを主人公にして見ると、実に切ない物語だ。歴史の主役にも、愛の物語の主役にもなれなかった人物。一番印象的だったのはラストシーン。ペインが娘のパールをつれ、2人上海の街を歩いてゆくのだが、急にカメラの位置が高くなりそのままずっと引かれて、周囲にいる撮影している人々や撮影のクレーン車の影や見物人たちが画面に入り、そして最後に現代の上海の街へとカメラが移って、そこで映画は終わる。一見物語りの余韻を壊してしまいそうな演出だが、これが反対に、「夢はここでおしまい。」という物語のドラマ性をかえって盛り上げる効果があって、私はたいそう気に入った。この映画の主役はやはりアメリカ人医師ペインであろうし、またそれを演じた俳優もなかなかよかったと思う。ただ、チウチウ役にはもっと華のある女優を配すべき。

(MAR 18 2001)



旅へのいざない

NHKで「よみがえるノルマンディーの礼拝堂、田窪恭治の10年」という番組をやっていた。ノルマンディー。重く垂れ込めた灰色の空がどこまでも続く。その下にひっそりとたたずむ小さな村に、古く朽ち果てた礼拝堂があった。1987年にこの礼拝堂と出会った日本の現代美術家の田窪恭治は、この礼拝堂に自分の生涯をかけた作品を描こうと決意し、2年後の1989年に、このサン・マルタン・ド・ミュー村に移り住む。村人との根気の要る交渉の末、田窪はこのさびれた礼拝堂の修復を任される。費用は自分で負担することと、修復後の礼拝堂は再び村の所有となることが条件だった。

りんごの花咲くノルマンディーの5月。その白く可憐なつぼみ。それに続く北国の短い夏、7月は収穫の時だ。村人たちは、その収穫で甘酸っぱいりんご酒をつくる。
田窪はこのノルマンディーの風景をいろどるりんごの樹を、彼の壁画のモティーフに選んだ。破れた屋根を修復し、新しく風見鶏をとりつける。壁画は、壁に何層もの色を塗り、それを削り取ってゆくことでいろんな色を露出させ、図柄を浮かび上がらせてゆくという凝ったものだった。そしてこの礼拝堂が完成したのが、1999年10月。10年後に実った礼拝堂の壁のりんごの実。それは実に味わい深い色合いをしていた。
彼がたどった10年間の間に、村人たちとの関わりやノルマンディーの美しい自然のなかで得たものは実に大きかったに違いない。最初は遠路の客人である田窪に対し警戒していた村人たちも、しだいに彼の人柄やその芸術に心引かれてゆき、礼拝堂修復を手伝うことで暖かい交流が生まれる。

10年前40歳の時、彼はすでに世界的に認められた芸術家であったのだが、「このまま日本にいたら、自分がただの絵描きになってしまう。そんなのだけは絶対に嫌だ。」と、ほとんどせっぱつまった気持ちで、言葉もわからない全く未知の世界であるフランスの片田舎に移り住んだ。
「人は新鮮な感覚を保つためには、見知らぬ土地へ旅立ってそこで生活する必要がある。新しい風景、新しい人との出会い。そこで自分は再び、素直に風景を見る喜び、美を作る喜びに出会えた。」という番組最後のインタビューの言葉は心に響く。それはまるで旅への、そして再生へのいざない。

(MAR 20 2000)