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TRILOGY

急に思い立ってタワーレコードで昔のCDを大量購入。ELPは全部欲しいところだけど、とりあえず一番好きな「TRILOGY」にする。この中でもとりわけ思い入れの深いのは、タイトルソングのTrilogyだ。今でもこれを聞くと何か世界が一変してしまいそうな予感で一杯になる。もちろん実際のところ、世界はちっとも変りはしなかったけれども。
(DEC 1 2000)


『美術館の隣の動物園』


1998年/韓国/1時間48分/監督:イ・ジョンヒャン/キャスト:シム・ウナ、イ・ソンジェ、アン・ソンギ、ソン・ソンミ他

素敵!素敵!これまでは清楚で物静かな美少女というイメージのあったシム・ウナが、とびきりお茶目でキュートでボーイッシュな女の子を、生き生きと演じている。彼女自身も、本当はこんなお茶目な女の子じゃないのかな。映画自体も、ヒョンなことから出会った男女が、知らず知らずのうちに、だんだんお互いを意識し始め恋が始まってゆくプロセスが、胸がキュンとなってしまうくらいに、切なく甘酸っぱく描かれている。私はこんな映画が大好き。さりげない日常なのにオシャレなシーンが満載で、まるでフランス映画を見てるよう。美術館と動物園が隣り合わせになった分かれ道や、シム・ウナが傘をさしていつも歩いている坂道、夕陽の見えるマンションの赤い窓...小粋な舞台装置。そして二人の恋をシュミレーションするかのような、シム・ウナが書き溜めているドラマの脚本…ロマンテックな劇中劇。音楽の使い方も実にうまい。そして、「吠える犬は噛まない」以来俄然注目している、男優のイ・ソンジェ。この人はいい。韓国の男優の中で一番好きかも。一見横柄なようなんだけど、実は心優しい男。虚勢を張るものの、いつの間にか食事を作ったり、彼女の代わりにパソコンのキーボードを叩いていたりするのだ、彼は。そして、一番最後のシーン!あの今にも笑い出しそうな、くすぐったそうなシム・ウナの表情。これを見るためだけでも、この映画を見る価値は十二分にある。帰りにパンフレットを買って初めて知ったのだか、驚いたことに女性監督だった!大いに納得。自分の気持ちにピッタリくる映画だなあ・・と思うと、それはたいてい女性監督の映画なのだった。(DEC 10 2000)



『ふたりの人魚』(蘇州河)


TOKYO FILMeXで『ふたりの人魚』(蘇州河)(2000年/83分/中国)。
監督:ロウ・イエ キャスト:ジュウ・ユアン、ジィア・ホンシュン
蘇州河流れる上海を舞台に、ミステリアスでおとぎ話めいたラヴストーリー。最後までその姿を見せることのない一人称のカメラマンが語りだす。どんよりと淀んだ河の流れのように、上海の街は陰鬱な表情を見せ、幼すぎる少女はそこで一人の男に恋をする。
ストーリーは面白いが、なんとなく「新しさ」を狙っているような作りの映像がいまひとつ。
(DEC 18 2000)


『ただいま』(過年回家/Seventeen Years)


TOKYO FILMeXで『ただいま』(過年回家/Seventeen Years)(2000年/89分/中国・イタリア)
監督:張元(チャン・ユァン)キャスト:リウ・リン、リー・ピンピン、リー・イェッピン、リー・ジュアン

泣いた。胸に迫る作品。
タウ・ランの母親は子連れで、同じく子連れの父親と再婚した。タウ・ランは、父親の連れ子である少女と姉妹になる。成績が良く優等生の姉に比べ、わんぱくで乱暴な女の子であるタウ・ランはいつも母親に厳しく叱られることが多かった。両親の夫婦仲は悪く、いつも喧嘩が絶えない。ある日父親の小銭を盗んだ盗まないの諍いで、タウ・ランは自分に罪をきせようとした義理の姉を棒で殴って死なせてしまう。タウ・ランは殺人罪で起訴され刑務所に入れられる。そして17年が経った。
模範的な服役因として刑に服したタウ・ランの出所は翌年に迫っていた。その前年の旧正月、模範因が数日間だけ実家に戻れる特例が決まったのだが、タウ・ランもその特例のひとりとして選ばれる。喜びに沸く選ばれた服役因に混じり、タウ・ランの表情は暗いままだった。
家族はどうなっているのか。果たして両親は彼女を受け入れてくれるのだろうか。案の定、駅には誰もタル・ランを出迎える者はいなかった。途方にくれる彼女を見つけたのが、おなじく旧正月で実家に帰る途中の、刑務所の女性主任(リー・ピンピン)。家に帰ることを躊躇するタウ・ランを励まし、彼女を家まで送っていこうとする。そこで二人を待っていたものは…

監督の張元の前作は『クレイジー・イングリッシュ』。この映画は見ていないが、聞き覚えのある名前だと思っていたら、何とこれは『東宮西宮』の監督ではないか!この映画を作った人なら面白くないはずがない。なにせ、この『東宮西宮』というのは、フランス古典劇を思わせるストイックで精緻な心理ドラマで、北京の深夜の公園を舞台に、ここを発展場としてたむろするゲイ達を描いた、息詰まるような映像世界。研ぎ澄まされた美的センスの素晴らしさに舌を巻いた映画だった。それにしても毎回全く違う作風の映画を作る人なんだろうか。あの映画と、「クレージー・イングリッシュ」というのは(見てないけど)、随分違う様な気がする。そしてこの『ただいま』。

地味な映画ではあるが、設定なんかの巧さはただ者じゃない。刑務所の風景。それは壁ひとつを隔てて街の日常と隣り合わせだったりする。主人公のタウ・ランが17年間刑に服していたことにより、いきなり17年の時間がタイムスリップする、その面白さ。北京の街も、そして彼女をとりまく環境や人々の心もすっかり変っている。戸惑う主人公。そして、家族を殺してしまった彼女を両親が本当に許してくれるのか、それを一番よく知っているのはタウ・ラン自身だった。決して自分の帰りが待ち望まれているわけではないことが、彼女には痛いくらいに解る。その恐怖は彼女を立ち竦ませる。その彼女を最初は事務的に家に送り届けようとする女性刑務官。彼女自身も早く両親の待つ家に帰りたいが、タウ・ランの様子が心配で、彼女をなんとかして家へ連れて行こうとする。二人が訪ねたタウ・ランの実家付近はすでに建物が取り壊され、時間が過ぎ去ったことを語っていた。その寂寞とした人気の無い風景は、タウ・ランの心象風景そのものだったのかもしれない。最後にタウ・ランの両親の居場所をつきとめ、その家を訪ねる二人。すでに夜もとっぷり更けている。娘を見た両親には戸惑いの表情が浮かんだ。
「ただいま」というのはいいタイトルだと思う。これもまた放蕩息子の帰還。長い年月を経て、帰ってきた娘。タウ・ランが親に迎え入れられる心温まる瞬間。その時彼女は、心から「ただいま」とつぶやいた違いない。必見。 (DEC 20 2000)


『渇き』


赤坂でグル・ダット。彼の代表作とも言える『渇き』を見る。
グル・ダットの、まるで幼子のような無防備な繊細さに言葉を失う。この人は、現実には生きられなかった人だ。彼のヒリヒリするようなナィーヴさが、社会や現実の無神経に耐えられるはずがない。彼をとりまく社会はどこまでも不可解で、謎に満ち、彼はだたオロオロするばかり。途方に暮れた視線の先にあるのは、彼だけの純粋な美の世界であるに違いない。
そして彼は、二度と戻ってこなかった...
(DEC 24 2000)


Waves』(ALAYPAYUTHEY)


TOKYO FILMeXで『Waves』(ALAYPAYUTHEY)。マニラトナムの最新作。国際版ということで、幾分短く編集し直されてあったが、今回字幕付きで改めてみると、小品ながらマニラトナムらしい輝きをもった映画。音楽シーンと物語りの部分の繋がりが絶妙で、いつもながら感心する。わけても素晴らしいのがラフマーンによる音楽で、切なく甘美なメロディーが二人の恋人達の物語を彩る。見終わった後に幸せな気分になる映画であることは間違いない。
こんな作品こそ一般に劇場公開して、インド映画ファンの裾野を広げて欲しいんだけど。本来はゲストでマニラトナム監督自身が来日する予定だったらしいが、結局はキャンセル。でもキャンセルで良かったと思う。何せ劇場は薄ら寒い位にガラガラだったんだし、これでは監督に失礼。 (DEC 24 2000)



高山旅行

Dec.30,2000 Saturday
雪の中で年越ししようと友人と計画して、飛騨高山行きのバスに乗る。朝8時。
昼すぎには高山に到着。雪はまだ降り出してはいないが、とにかく身を切るように寒く、気温は氷点下だろう。震えながら街中を歩きまわる。夕方、高山から電車に乗って、さらに45分ほど進軍。目的地は下呂温泉。高台にある、会社の会員制ホテルに泊まる。建物もまだ新しく、広い温泉と露天風呂が売り物らしい。ゆったりと露天風呂のお湯につかりながら、遠い街の灯かりを眺めつつ冷え切った体を温める。極楽、極楽。



Dec.31,2000 Sunday
ゆっくり朝寝坊して、和食の朝食をいただく。そのあと、また温泉へ。一年の垢を落とさないとね。昼過ぎの電車に乗って、再び高山に戻る。今晩は、飛騨の里にも近い合掌作りの古い旅館だ。早く到着したので、部屋はまだ十分に暖まっておらず、しばらくブルブル震えたままお茶をすする。一日経った高山は、一層強い寒気団につつまれた様で、あたりは一面雪景色に変っていた。今年初めて見る雪。半分凍りかかった道は、ツルツルと滑りやすく、その上革靴なんか履いて来てしまったので足元がおぼつかない。周辺を歩きまわれば見るべきものは沢山ありそうだったが、なにせ寒いし、足元が心配だし、とても出歩く気になれない。が旅館の人に聞くと、付近に、近頃できた工芸品の飛騨高山美術館があるというので、歩いて出かけてみることにする。すると本当にすぐ近くに、まるで場違いなくらいりっぱな建物の美術館があった。現代的なシンプルなつくりで、いい感じだ。収蔵されているのは、主にガラスや陶器の工芸品だが、アールヌーヴォーの瀟洒なデザインのランプや、パリのシャンゼリゼにあった噴水の模型、現代のガラス細工など、どれも目を楽しませてくれた。併設されているカフェが、バウハウス風のしゃれたデザインで居心地がいい。ここで美味しいコーヒーを飲みながら、冬枯れた寂しい外の風景を眺めてつつ、ぼんやり時をすごす。

夕食の後、温泉に入り、テレビを見ながら、この20世紀から21世紀への変わり目をどうしようか、あれこれ相談する。近くで除夜を鐘をつくか、街に出てカウントダウンをしながら花火を見るか .... ふと外を見ると、しんしんと雪が降っている。幻想的だけど、ものすごく寒そうだ。その時、遠くから微かにゴーンという鐘の音が聞こえてきた。そうだ、やっぱり、除夜の鐘だ!とばかりに、セーターにコートを厳重に着込んで、外に出る。すぐ近くに寺があるようで、鐘の音はそこから聞こえてきた。雪道をポツポツ歩きながら、音の方へ向かっていくと、突然花火が立て続けに上がりあたりが明るくなった。ちょうどその時、時計は12時をすぎて新年になったのだった。寺の鐘は、坂を登ったところにあった。除夜の鐘をつこうと、人々が集まっている。順番に列にならび無事に鐘に辿り着く。ボーーンというびっくりすほど大きな音を出して鐘が鳴った。鐘をつき終わり、お寺の人が配ってくれた甘酒を飲みながら、何がしかの新しい気分で21世紀を迎えた。

January 1,2001
窓の外は、一面の雪景色だった。昨夜のうちにさらに雪が降り続いたのだろう。すらりと伸びた古い杉の大木にも、合掌作りの藁葺きの屋根の上にもこんもりと新雪が積もって朝の光にきらきらと輝いている。庭の雪景色が見える広間で、いろりを囲んでの朝食。おせち料理でお正月気分を味わう。雪の中にすべての雑音が吸い込まれてしまうのか、あたりはシンとして、時折薪のパチパチとはぜる音だけが聞こえてくる。

今日も地面がカチカチの凍っていて、足元がおぼつかない。周囲の散策をあきらめ、街中へ戻ることにする。駅前に行くバス停に向かう途中に、私も友人もすでに一回ずつ尻餅をついていた。高山の街には友人の実家があり、お正月休みで帰省している友人を訪ねる。お正月そうそう家に上がり込んでおせち料理までご馳走になり、申し訳ない限り。飛騨高山の街の昔話を聞いたり、趣味で水彩画を描かれているお父さんの絵を見せていただいたりと、あっという間に時間は過ぎていった。帰る前に、近くの神社に初詣に行こうということになり、車に乗って出かける。

古い神社は、巨大な杉木立に囲まれおごそかな雰囲気に包まれていた。空気はピンと張り詰めたように冷たい。長い階段を上り参道を進んで行くと、境内の入り口に大きなたき火が焚かれ、皆それぞれにその火で暖を取っている。いかにも寒い地方らしい光景だ。私は昔から神社が好きで、木々に囲まれてほの暗く、人気のない静けさに包まれた雰囲気に、「聖域」という言葉をいつも感じていた。あの鳥居のかたち、装飾性をおさえた自然の一部としての建造物、神社全体を支配する静謐。子供のころ、一体なかにどんな神様がいるのか、いろんな神社に行くたびに拝殿の中を一生懸命覗き込んでいた事を思い出す。しかし、そこはいつもカラッポで、鏡だけが飾ってあったり、いかにも不可思議な空間だった。そこには生気がまったく感じられず、異世界である、という漠然とした思いだけが残った。

ゲニウス・ロキ。地の霊。神秘な空間は、長く続く階段を上りつめたところにあり、その参道によって日常界と明確に分け隔てられている。お寺や教会にはあまり「陰」を感じないが、神社には確かに何か原始的な精霊が宿っている。かつてギリシャの古代神殿を訪れた時に、この聖なる感じを再び味わった。この古代神殿も、神社と同様に、非常に注意深く「場所」が選択されているように思った。高台、海が見える場所、背後に山 ....精霊が宿る場所を選んでそこに神殿を建てたのだ。海辺の高台に立つ神殿は、明らかに地中海へ乗り出した船乗りの目印のためでもあった。そして、日本の神社の配置もまた、沖へ漁に出た船乗りが陸の目印とするためでもあり、また鳥居は、方向を確かめるために船にのせた鳥が戻って行く場所としての止まり木であったという説もある。去年九州の吉野ヶ里遺跡を訪れた時のこと。遺跡公園には当時の家や建造物が再現されていたのだが、その集落の入り口には、鳥居の形をした門が立っていた。それは、木製の鳥が何羽も突き刺された異様な形をしていた。鳥居とはその字のごとく、鳥の止まり木だったのだ。大昔、鳥は天と地をつなぐものと信じられていて、当然聖なる生き物であったに違いない。
賽銭をほうり投げてお参りをした後、みんなでおみくじを引く。小吉。なんだ、つまらない。今年もパッとしないのかなあ。