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2000年9月14日

チャオプラヤー川のほとりで

9月14日、木曜日。バンコク滞在二日目。午前中は市内観光に出る。昨夜の到着が深夜だったので、睡眠不足の眠い目をこすりながら外へ出ると、いきなり焼きつけるような強烈な日差し。とてつもなく暑い。街の喧騒がさらに気温を上昇させている。王宮の裏手をぬけ、干した魚のにおいや、山と積まれた青いマンゴー、焼いたバナナを売る屋台などの雑然とした市場の先に、船着き場がある。ここで、水量の多い土色をしたチャオプラヤー川(メナム川)の流れを見たときに、初めてタイにいる実感がわいてきた。流れは早く、水際はすぐ目の先まで迫っている。川の向こう岸に、白く輝く暁の寺ワットアルンが見える。ゆらゆら揺れる渡し舟にのって眺めるこの寺は、小さな山のようでもあり、あるいはロケット台のようでもあり、実に不思議な形をしていた。ヒンドゥー教の聖地である山をかたどったと言われるこの寺の造形は、ユニークで未来的だ。近づくと、キラキラ輝いていたのは寺の壁一面に埋め込まれた美しい色彩の陶器の破片。「暁の寺」といえば三島由紀夫の小説で有名だが、当然読んでいるはずなのに、どんな内容だったか定かには思い出せない。帰国したらもう一度読み返してみよう。

再びチャオプラヤー川を渡り、王宮に戻る。エメラルド寺院ワット・プラケオや寝釈迦像のワット・ポーなどの寺院が賑々しく建ち並ぶ敷地内は、観光客でごった返していた。中国人が目立つ。どうやら大陸から来た人たちのようだ。聞くと、観光客は中国系が一番多いらしい。ただでさえ暑いのに、金色の寺院を見ると余計に暑く感じる。お堂の中にはいると、床はひんやりと冷たい大理石で、さすがに涼しい。よく見ると祭壇の前に古ぼけた扇風機が沢山並んでいた。寺の中では、線香がもうもうと焚かれ人々が熱心に祈っている。同じ仏教とは言え、日本のそれとは随分雰囲気が違う。香港や台湾でも、人々が実に熱心に祈っている様子を見て驚いたが、ここでも宗教はごく日常の光景なのだった。

お昼は、街の中心サヤーム・スクエアにあるサヤーム・インターコンチネンタルでランチバイキング。外の暑熱とは隔離された別世界でタイ料理に舌鼓。午後は少し買い物をした後、2年前にバンコク支店に転勤したかつての上司を訪ねる。オフィスはルンピニー公園の目の前にあり、市内の眺望が素晴らしかった。夜、現地スタッフも交え総勢12名で近くのタイ料理レストランへ。タイの人たちは皆親切で優しく、だからアジア人って大好き。かなり疲れていたが食事の後にホリディ・インの中にあるタイ語・日本語カラオケへ行く。日本にいても、最近はめったにカラオケに行くことも無いのだが。タイのポップスはなかなかオシャレで、ダンスミュージックぽい曲が流行ってる模様。





2000年9月15日


アユタヤ残照

滞在三日目。朝寝坊してしまい、ホテルの朝食はすでに終わっていた。ラウンジに行くと、ボーイがコーヒーとパンを持って来てくれた。今日は午後からアユタヤ遺跡へ行く予定なので、バスが出発する1時までにはホテルの戻ってなくてはならない。ガイドブックを見ると、「ジムトンプソンの家」がすぐ近くにあるので、スカイトレインに乗って目的地へ。このスカイトレインは一回30バーツ(=¥90)。これはタイの物価からすれば非常に高価で、乗っているのは観光客ばかり。市民の足はもっぱらバスで、こちらの方は運賃がたったの3バーツ。タクシーもかなりの距離乗っても200-300円程度だから安いもの。ただし、メーター以上の金額を渡したら、小銭が無いからと言って決してお釣を渡そうとしなかった。
タイ・シルクで有名なジムトンプソンの家は、深い木々に囲まれた閑静な住居で、このアメリカ人が収集した絵画や彫刻、陶磁器などが所狭しと並べられている。庭の鮮やかな緑が美しい。雑多な収集物よりも、それぞれの部屋のインテリアが興味深かった。西洋風なつくりの部屋にアジアの古美術品が品良くあしらわれている。とりわけ、広い窓の前にどっしりとした書き物机をしつらえた書斎は、書棚に飾られた仏像といい、深緑色の長椅子といい、実に気持ち良く過せそうな部屋だった。窓の外は、まるで額に嵌められた絵画のように緑滴る庭園の風景。ジムトンプソンの店にある、素敵な柄のクッションや、きれいな色のシルクの部屋着など、家で快適にくつろぐために相応しい品々は、かつてここでデザインされたのかもしれない。

ホテルを1時過ぎに出て、一路アユタヤに向かう。ここは遺跡が夜間ライトアップされていて、それを見るためにわざわざ時間を遅くして出発した。バンコク市内から北へ80キロ。バスでも約1時間半かかる。埃っぽい道をバスはすごいスピードでとばしてゆく。14世紀から18世紀にわたって繁栄したアユタヤ王国の遺跡は、きれいに整備された緑の庭園のなかに点在していた。いかにもタイらしいのだが、寝転んだ仏像は黄色い布をまとっている。驚くのは、巨大な仏塔までもが、エプロンのような黄色い布でその丸い屋根をつつんでいること。あんなものを取り付けるのは、さぞかし大変だろうと思うのだが、背後に回ってみるとその屋根のところに華奢な梯子が取り付けてあった。あれをよじ登ってゆくと思うだけで、心臓の鼓動が高まる。黄色はこの国の仏教徒たちにとって神聖な色なんだろう。

廃虚はどれもレンガ作りで、古い塔はかなり崩れかけている。緑滴る広い平原のなかに、崩れかけた遺跡がひっそりとたたずんでいる光景は、それだけで美しかった。途中で細かい雨が降り出し、そのせいで少し涼しくなった。緑の色がさらに濃くなり、人影も無く静まり返った廃虚のなかを歩くのは最高の気分。鳥の声だけが森にこだまする。このまま、ずっとここに座っていたいような思いにとらわれていた...。
15世紀に建てられた白いセイロン様式の仏塔が3つ並んで立っているのは、王室の守護寺院であるワット・プラ・シー・サンペット。この釣り鐘形の3つの仏塔が並んでいるさまは、近くからみても遠くから見ても堂々としている。屋根の上の渦巻き型尖塔のギサギサが、夕暮れの空にくっきりと浮かび上がっていた。夕食をすませ、すっかり暗くなった遺跡に戻ってみると、いくつかの建物がライトアップされて幻想的な姿を見せていた。この時間に来てよかった。歴史の遠いささやきが聞こえてくるようなこの夜は、忘れがたいものとなった。




2000年9月16日


スコータイへの道
thai
6時にホテルを出発しバンコク空港へ向かう。スコータイ王朝の遺跡は、バンコクから北上すること360キロの地点にある。空港のあるピサヌロークまで約30分のフライト。小さなセスナ機だったらどうしようと不安を抱えていたが、タイ国際航空のごく普通の飛行機でほっとする。ピサヌロークの空港はバスターミナルのようで、飛行機を降りるとすぐ目の前に小さな建物があって、そこが出入り口。空港にはチェンマイから来た日本語の堪能な現地ガイドが待っていた。この町からスコータイの遺跡までさらに70キロ程あり車で1時間強の行程だ。スコータイへ出発する前にピサヌロークの町の中心にある、「タイで最も美しい」といわれる仏像を安置した寺院ワット・ヤイを見学する。寺への参道には縁日の屋台が並び、食べ物やら衣料やら何でも売っている。確かに寺のなかの巨大な仏像は柔和な顔立ちで気品があった。ここでも人々が熱心に祈っていた。境内をぬけると、目の前にはかなり幅の広い川が流れていて、何やら河岸に人々が集まって歓声をあげている。行ってみると、カヌーを長くしたような船のレースが行われていた。こぎ手は20人くらいだろうか、これがミズスマシのように、ものすごいスピードで川を渡って行く。河岸にも橋の上にも観客がいっぱいで、町をあげての競技会のようだった。

thai9時前に町を出発し、一路スコータイへ向かう。タイも北部のこのあたりまで来ると、周囲の風景もずいぶん違ってくる。まず目につくのがどこまでも続く稲作地帯。だが日本の水田とは違い野生的な雰囲気のある稲田だ。田の畦に椰子の木が生えていたりするのが、東南アジアらしい。道路を走るのは乗用車ばかりではなく、トラックを改造した乗合バス、牛車、荷台に人をいっぱい乗せた小型トラックなど、さまざまなものが走っている。それらの光景をずっと見ていると、なぜかデジャヴに似たような不思議な感覚が襲ってきた。埃っぽい道、椰子の葉。いつかどこかで見た光景。なつかしい風景....

朝が早かったので車の中でウトウトしていると、いつのまにか周囲が田園風景から市街に変っていた。スコータイの町に到着したようだ。遺跡のある地点はここからさらに西へ15分ほど行ったところ。城壁に囲まれた遺跡の中心部に入る前に、入り口にあるラームカムヘン国立博物館を見学する。ここには周囲の遺跡で発掘された美術品や、遺跡が発掘された様子や発掘前の状態の写真など、貴重な資料が集められていた。ジャングル中に朽ちかけた建造物がひっそりとたたずんでいる様子は、修復される前の遺跡の姿だ。仏教やヒンズー教のものが交じり合った美術品の棚に、ヒンズー教の魔除けのような仮面が並べてあり、その中に興味深いものを発見した。怪物らしくギョロリとした目や誇張された鼻や口を持つその面をよく見てみると、その目玉がかなり飛び出していた。

thai以前中国四川省の三省堆で発見されたあの目玉の飛び出した奇怪な仮面たち。私達の想像や感性を超えたその異形の造形に心底驚いて以来、古い仮面の目の表現に注意しているが、目を強調するために、その目玉を飛び出させたものは少なからずあるようだ。もしろん三省堆の造形ほどの特異性を持ったものには、お目にかかったことはないが。帰りにこの博物館のカタログを求めたが、タイ語のものしか置いてなかった。それでも買っておけば良かったと後で少し後悔する。

遺跡の中へ入り、まず巨大な座仏像を中にもつワット・シー・チュムへ。この仏像は厚さ3メートルの天井のない壁に囲まれ、その細く縦長に開いた入り口から像の姿が垣間見えるという、不思議な作りになっている。神聖な雰囲気が漂う。日差しが強く、太陽の光が痛いくらいだ。本来は雨季の季節なのだが、すこぶる天気がいい。さらにワット・フラ・バーイ・ルアンという古いクメール式の高い塔の残る遺跡や、水の上に浮かぶワット・サー・シー寺院などを見て回る。赤レンガで作られた寺院跡は比較的よく保存され、13-4世紀のものにしてはそれ程古い感じはしない。建造物の基本的な形は、スリランカ式の釣り鐘型と、巨大なアスパラガスの頭のようなクメール式。このクメール式の仏塔は、印象的な形をしている。その造形はジャングルの樹木の形を彷彿とさせ、この地域に生まれた様式としてしっくりと自然の中に溶け込んでいる。本家のアンコールワットの建造物もさぞや美しいに違いない。

thai遺跡の周囲は目に染みるほどの緑で、このあたりは遺跡公園として実に美しく整備されている。かなり広い敷地全体に、青々とした緑の芝生が敷き詰められいるのだ。あまりにそれがきれいに整備されすぎていて、「密林の中の壊れかけた遺跡」を期待していた私には少し意外な感じだった。こんなに美しく公園として整備する必要があるのだろうか。遺跡を保存するのは大切だが、やはりそれらは相応しい自然の風景のなかにあって欲しい。遺跡のまわりにきれいにしつらえらた花壇などを見るにつけ、それはとても余計なものに感じられた。ここでは、風化した時の流れを感じるには、かなりの想像力が必要だった。スコータイは世界遺産になっていて、ジャングルの中に数百年放置されていたものをユネスコの協力で発掘修復したと聞く。それにしても、「整備されすぎた」公園は、遺跡本来の魅力を損ねているような気がしてならなかった。

お昼はスコータイ市内に戻り、Pailyn Hotelで昼食。現在の天皇・皇后がこの地を訪れた際にここで昼食をとられたとかで、玄関にその時の大きな写真が飾ってあった。昼食はタイ料理。あっさりしたタイそばが美味しい。食事をしていると、一角でピアノの生演奏がはじまり、弾き語りでマイウェイとかラヴミーテンダーとかムード歌謡を歌っている。ニヤニヤして見てたら、サービスのつもりか、次の曲は流暢な日本語での「北国の春」。このくそ暑いスコータイで「北国の春」を聞くとは。周囲は私達以外はフランス人観光客の一団。タイにはフランス人観光客が結構多い。古いものが好きなんだろう。

thai帰りの飛行機までまだ時間があったので、スコータイからさらに50キロ北へ行ったところにある、シー・サチャナーライ遺跡まで足を伸ばす。こちらもスコータイと同様な遺跡だが、こちらの方まで訪れる人もあまりいないのか、人影の少ない遺跡公園内をゆっくりと散策する。赤レンガで造られた古い仏塔の周りで、はしゃいだ声がした。どうやらチェンマイから遠足に来た高校生の一団だったようだ。遺跡見学はそっちのけで、塔によじ登って写真をとりあったり、強い日差しの中を平気で歩き回っている。町の周りにはヨム川という、土色をした水量の多い川が流れていて、そこにいかにも危険そうな吊り橋がかかっていた。ひやひやしながらそこに乗って写真を撮っていたら、現地の住民は平気でその細いぐらぐらした橋を自転車やバイクで通って行くのだった。

起点のピサヌロークまでかなりの距離になったので、帰りは車で2時間以上かかった。タイの埃っぽい道をガイドの車は120キロくらいのスピードで飛ばす、飛ばす。途中、大雨で川が氾濫したのか、道路が一部浸水していたり、家屋が水浸しになっているところもあったが、何とか無事に空港まで辿り着く。またタイ国際航空にのり、バンコク市内にもどって遅い夕食。



2000年9月17日


海辺の風に吹かれながら
thai
タイ滞在最後の日。午前中は、タイ式マッサージに行くという連れと別れて、チャオプラヤー川にほど近い中国人街へ向かう。ここにはインド人街があると本にある。タイの街ではさすがに、インド人はあまり見掛けなかったのだが。まだ朝の10時だというのに猛烈な暑さで、いきなり歩き回るのが嫌になる。しかも、目的のインド人街があるらしい通りは、なかなか見つからなかった。それは、チャクラヘット通りに面したパフラート市場の近辺のはずなのだが、中国人の店が続くばかりでそれらしき一帯は見当たらない。確かにインド系の人たちが少なからず歩いているので、このあたりに間違いはなさそうだが。同行したタイ人でさえその場所を見つけられなくて、汗だくになる。結局それは市場の裏にある、細い路地裏にあった。路地裏の壁に破れかけたヒンディー映画のポスターが貼られてあったので気がついたのだった。そこはインド人街という程の大袈裟なものではなく、その細い通りにインド人の店が並んでいるという程度だった。通りに入ってすぐに、SUNNYというCD屋があった。CD以外にカセットやビデオテープが置いてある。ビデオレンタルもしているようだった。タイトルはヒンディー映画のもののみで、CDはどう見ても全て海賊版。路地には、ヒンズー教の神様の絵を売る店とかカセット屋とか雑貨屋などがゴチャゴチャと並んでいる。だがどの店もなんとなくガラの悪い感じ。それは香港のチョンキンマンションにあるインド人の店にちょっと雰囲気が似ていて、あまり長居したくなるような所ではなかった。

thai2時間ほどのマッサージを終えてすっきりした顔でやってきた友人と合流して、スクンビット通りでお茶にする。途中で陶磁器の店や、タイシルクやコットンを扱う店をのぞいて買い物。スクンビット通りには多くのソイ(枝道)が延びていて、その中のソイ10にあるクレープの店へ行く。このあたりは高級住宅街なのか、しゃれた作りのマンションが多い。クレープの店は、お店のインテリアが素敵で緑を沢山配した庭にもオープンテラスがある。タイに来てすっかり気に入ってしまったスイカ・ジュースを注文すると、大振りのグラスに甘くて絞りたての果汁たっぷりのジュースが運ばれてきた。

タイ最後の夜は、市内から車で50分ほどの距離にある海辺のシーフードレストランへと繰り出した。レストランといっても、現地の人しか来ないような海辺の巨大な屋台といったところ。入り口に大きな生け簀があり、いろんな魚がうじゃうじゃ泳いでいる。ここで魚を選んで、好きなように調理してもらうシステムになっている。ただし、英語も日本語も全く通じない。ここに何度か来たことのある人と一緒だったので、料理はおまかせしたのだが、取れたばかりの魚を丸揚げにしたものとか、こぶし大のはまぐりのニンニク焼き、ナンプラーをつけて食べるイセエビ、シャコの香ばしい唐揚げ、どれもが素晴らしく美味しかった。日曜日のせいか、地元の人たちで賑わっている。タイ料理の辛さには閉口するが、今夜の料理はそれほど辛くもなく満足だった。テーブルの横はすぐ海になっているが、真っ暗で何も見えない。潮騒もあたりの喧燥でかき消されてしまった。だが、さすがに夜になって吹く風も心地よく、怠惰な海辺の空気のなかで楽しかった旅行の思い出を反芻していた。