特集上映「ロメールの道徳的コントなど」 B
長いこと見たくてたまらなかった『O公爵夫人』 Die Marquise von O... (1975年/107分/主演:エーディト・クレヴァー、ブルーノ・ガンツ)。原作はドイツのハインリッヒ・フォン・クライスト。よってセリフはドイツ語なのだが、ロメールの手にかかるとドイツ語でさえ洗練された優雅な響きを持つ。まずこれは原作自身が素晴らしく面白く、加えてそれにロメール的表現がさらに面白さを倍増し、全くもってたぐいまれな逸品である。夫に先立たれ、寡婦となって娘とともに実家に身を寄せるO公爵夫人。そのイタリアの邸宅にロシア軍が押し寄せた。逃げ惑う夫人は、暴漢に襲われそうになるのだが、危機一髪若きロシア軍中佐に助けられる。難を逃れた夫人はその夜、睡眠薬をのんで深い眠りに落ちた...。 一同は中佐に深く感謝し、彼は去っていった。平和が訪れて数ヶ月後、夫人は自らの体の変調に驚く。全く身に覚えがないまま妊娠していたのだった。マリアじゃあるまいし、まさか処女懐妊?両親は激怒し、ふしだらな娘を別荘に監禁。夫人は自らの身の潔白を主張して、新聞に「身に覚えのない子供を身ごもったので、子供の父親になる人を求める」広告を出す。そして、その時、現われたのは。 特集上映「ロメールの道徳的コントなど」 A
幸運の星のもとに生まれたはずなのに、無一文で真夏の人気のないパリを歩き回るはめになるピエール。パリの街が、いつのまにか悪夢の舞台に変る『獅子座』(1959年)は、明るい楽天性に満ちた後期のロメール映画とは一味違う。強い日差しの、乾いた真夏の風景が、じりじりと焦燥感を増して息苦しささえ漂わせる。1962年の『モンソーのパン屋の女の子』は、街ですれちがった女性と知り合い、デートをして、最後には結婚するまでを描いた短編。お目当ての女性を待ち伏せするうちに、路地裏でパン屋を見つけ、そこで毎日サブレーを買う大学生の主人公。しかし、今度はそのパン屋の娘にも気をひかれてしまい、ややこしい関係に。ヒロインの女優は、恐らくロメール映画の中でも最高の美人ではないか。
ユーロスぺースでのロメール特集。『クレールの膝』(1970年)こそは、‘夏の避暑地でのアバンチュール’シリーズの始まりで、夏、青い空、湖、避暑、水着、恋・・ すべてが揃っている。結婚を控えた外交官のジェロームは、避暑地で昔の女友達に偶然会う。再会を喜びあうが、彼女にはローラとクレールという二人の若い娘がいる。初夏の湖のほとりで、ジェロームは若い娘たちとの恋愛遊戯を始めようとするのだったが、とりわけ美しいクレールが気になって仕方がない・・ 18世紀的愉悦
たった一ヶ月で公開が打ち切られてしまった、ロメールの最新作『グレースと公爵』は、実に新鮮で刺激的な体験を堪能できる作品だった。 あの「O公爵夫人」を思えば、ロメールの歴史劇が魅力的でなかろうはずがない。とりわけ、ルイ16世処刑の様子を、グレースが遠く彼方の丘の上から眺めるシーンはあまりに生々しい「映画的現実」で、何か見てはならないものを見ているような不思議が感覚にとらわれた。ロメールは俳優を選ぶときに、セリフまわしや声の質を重視するらしいが、ここではオルレアン公が印象的である。いかにも演劇的で、くぐもった低いバリトンの響きは、物語の快い通奏低音を奏でる。また、グレースは英国人であり、彼女のしゃべる「外国人の」フランス語もまた微妙な差違を感じさせ、味わい深い。 飛行士は誰
『飛行士の妻』 なんてとても奇妙なタイトルだと思う。1980年、エリック・ロメール作品。別に宇宙飛行士が出てくるわけではなく、ヒロインのマリー・リヴィエールの恋人で、妻子持ちのパイロットのこと。不倫なんて結局ロクなことがない。いくらその瞬間幸せでも、いつかは破局がやってくる。マリーは半分やけになって、ちょっとダサい大学生と遊び半分で付き合っているのだが、一途な彼はマリーの愛人を街角で見かけて、こっそりとその後をつけはじめた…。そうやって、ロメール映画の基本にのっとり、「獅子座」よろしく、登場人物たちはパリの街の中をあちこち歩き回る事になる。 家族の風景
『グッバイ・ジョー』 Joe the king (1999年アメリカ)は、ある白人少年の物語。少年の家庭は完璧なまでに崩壊している。仕事を失いアル中の父親、両親は喧嘩ばかり、家は極貧で食事にさえ事欠く。そんな微かな希望さえ持てない環境で、14歳の少年はいったい何を夢見て生きてゆけばいいのだろう。学校に通いながら、夜は薄汚れたレストランの厨房で夜遅くまでアルバイトをし、そのレストランからくすねた残飯が夜の食事だ。自分が通う学校の清掃の仕事をしている兄がつぶやく、「この地球上からいなくなってしまいたい。」 少年はごく自然に万引きを重ねるようになり、最後にはレストランのお金を盗んで少年鑑別所送りとなってしまう。 最後まで一度も笑うことがなかったジョー。居場所がないのだ。どこにも。家庭崩壊というシーンは世界中どこにでもあるだろう。でもアメリカのそれは、なにか救いようがない程に悲惨である。どんな希望さえも打ち砕いてしまいそうな、うすら寒さ。少年がそれでも失わなかった優しい心も、行き場を失いさ迷うばかり。 タッジオ再び
金曜日の夜から咳き込みはじめて本格的風邪に突入。3連休を家にこもって過ごすはめになり、毛布にくるまってシネフィルイマジカで流れる映画を片っ端から見る。メグ・ライアン主演の『フレンチ・キス』。婚約者をフランス人女性に取られたアメリカ娘が、パリに乗り込みフィアンセを取り返そうとするが、途中で泥棒稼業の男がからんできて、最後にはその男と結ばれる。いかにも底の浅いハリウッド映画なんだが、メグ・ライアンのキュートさに驚く。プラチナブロンドのショートヘアがいかにも愛らしく、途中のセリフにも出てくるが、天使みたい。さすがに人気女優だけのことはあると感心。続いてヴィスコンティ特集で『ベニスに死す』と『夏の嵐』。「ベニスに死す」のヴョルン・アンドレセン演じるタッジオの非現実的美貌は、今改めて見ても壮絶なものがある。ただこの映画、アッシェンバッハの故郷での描写が妙に俗っぽく、トーマス・マンの原作の高貴さを損ねている。その点だけがずっと残念だった。「夏の嵐」はヴェニスの伯爵夫人が敵のオーストリア将校と道ならぬ関係になり、自分を見失って最後には破滅する物語。いかにも女たらし風の青年将校に、恋を経験したことのない純情な伯爵夫人が簡単に騙されてゆくという、女の弱さが痛々しく描かれ悲しい。 幸せの意味
NHKでアジア人間街道という番組を時々やっているが、今日たまたま見ていたらバングラデッシュが舞台だった。一家は昔漁師だったが、一帯が港湾になったために仕事場を失い、家族の唯一の働き手である息子は危険なヤードで働いている。それでも最低の生活しか送れない。父親は給料が下がっても安全な職場で働いて欲しいと願い、息子は村のジュート工場へ職を探しにいくが、空きが無いと断られる。他の仕事が見つかるまでは港湾ヤードで船の溶接等の危険な仕事につくしかない。青年は暗い顔で「僕がもっと働いてお金を稼ぎ、家族を少しでも楽にしてやりたい」と言う。最後に、あなたは幸せですかと質問されると、青年はしばらく口ごもって、「幸せがどうかなんて...。そんなこと僕にはわからないよ。」とぽつりと言った。その時のなんとも言えない悲しい目が、たまらなかった。幸せという言葉の意味さえ知らない人々が、この世界にはいっぱいいる。 ロメールのいたずら
田園で高鳴るのは誰の心?
このサイトも去年の11月でまる3年、今年は4年目に突入。その割にはあまり進歩も進捗もなくて、マンネリ気味なのだ。いろんな所が気に入らなくて、思い切って作り変えてしまおうかとも思ったりするんだけど、まだそこまでの余裕がない。このままインド映画のサイトとして続けるべきかどうか悩むところ。とりあえずは、個人的雑記をちまちま書き連ねるくらいなのかな、できるのは。それ以前にこの崩壊寸前のパソコンをどうにかする方が先のような気もするが。 |