Midnight Sapporo メゾン北物語 36 TOP HOME
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… 2003年1月16日 … ピンキャバのジュンちゃん

 これも10月のある日の記録である。その日も僕はススキノのテレクラに行ったが、成果はなかった。最初のコールは、札幌駅の公衆電話から掛けているという若い声の子だった。「会いませんか?」と誘うと、「いいですよ」と言う。そこで、ススキノのロビンソンの入り口で待ち合わせることにした。名前を聞くと、「名前を言わなければダメですか?」と言う。「仮の名前でいいですよ。では、あなたは山田さん、僕は佐藤ということにしましょう」と僕。

 彼女の服装を確かめると、膝下までのブーツ、茶のロングコート、セミロングの髪、身長は165cmと言う。「午後6時でいいですか?」と聞くので、僕はうなずいた。何だかハイティーンの子のような感じであった。

 その後、20分ほどして2本目のコール。ガラガラした声で、会社から掛けていると言う。この女にも「会いませんか?」と誘いをかけたところ、「いいです」と言う。「夕食に付き合ってくれる男の人を捜していたの」と言うので、「付き合うのは夕食だけですか?」と聞いた。すると、「それは会ってから決めたい」と言う。彼女は都心の北1条で働いているとのことで、5時に仕事が終わるので、狸小路の千秋庵(菓子屋)の2階の喫茶店で待ち合わせたいと言う。5時20分に行くので、待っていてくれと言う。

 彼女の格好を聞くと、眼鏡を掛けていて、身長160cm、下はジーパン、上は赤のトレーナーの上に茶のダウンジャケット、靴は赤茶のスニーカー、髪は肩まで、と言う。声から推測すると、年齢は40代かも知れないが、この女の方が会えそうな気がしたので、僕は千秋庵に行った。しかし、女は5時30分を過ぎても現れなかった。

 テレクラがサクラを使っているという根強い疑いを客の男たちは持っている。僕は、確信は持てないが、あり得るとは思う。サクラを見分けるのは難しい。ただのいたずらだったかも知れないと思った。

 僕は喫茶店を出て、ロビンソンに向かった。しかし、1番目のコールの女も現れない。それに、ブーツに茶のロングコートという格好の女はざらであり、本人かどうかは分からない。

 諦めた僕は、ピンサロのAに入った。今はピンキャバというのか、よく分からないが。前に紹介したことのある店だと思う。4,000円を入口で払い、暗い店内に入った。カーテンで仕切られたボックスが10ほどある。

 ほどなくホステスが来た。なかなかボリュームのある女である。名前はジュンちゃん。年齢は20代のようだが、不明。彼女は早速僕に抱きつき、ため息を漏らしながら僕の耳を舐めた。僕も彼女のふくよかな体を抱き、長い髪から漂うシャンプーのかすかな匂いをかいだ。当たり前の話だが、ネットで収集するヌード画像と比べるとやはり生身の女はいい。

 ジュンちゃんは水割りを口に含み、僕に口移しで飲ませてくれた。これは新手のサービスのようだ。僕は彼女に促されて、薄いドレスの背中のファスナーを下ろした。彼女はドレスを肩から脱ぎ、上半身裸になり、僕の膝の上にまたがってきた。僕は、彼女のややたれ気味の大きな乳房に口を付けた。バストのサイズは85くらいかなと思ったが、82しかないという。触ると柔らかく、気持ちが良い。僕は彼女の尻の方に手を延ばし、パンティの下に手をくぐらせ、アヌスに触れた。こじんまりとした感じのアヌスだった。
 
 パンティの上には何もはいていないので、太股をじっくり触らせてもらった。ボリュームのある太股である。

 「頑張ってみる?」とジュンちゃんが促すので、僕は頑張り料3,000円を払った。ジュンちゃんはおしぼりを持ってきて、僕のペニスを拭いた。彼女もパンティを脱いだので、僕は彼女の陰部に触れた。そこがぬめっていたのは、何か塗っていたのかも知れない。

 ジュンちゃんは、僕の膝の上にかがみ込み、尺八を始めた。僕が我慢して快感に耐えていると、彼女は僕にソファーの上に仰向けに横たわるように言った。そして、彼女は僕の上になった。僕の目の前に彼女の陰部とアヌスが見えた。僕は陰部に口を付けた。彼女は激しく僕のペニスを吹き始めた。これは過激なサービスで、ヘルス並みだ。彼女のおしゃぶりは、上手とは言えなかったが、僕はたまらず放出した。
 
 制限時間を聞くと「40分」だと言う。時計を見ると、とうに制限時間は過ぎている。しかし、終わってからもジュンちゃんは僕に帰れとは言わない。僕に寄り添い、じっと僕の顔を見つめているのだ。ちょっと変だなと思い、僕は「まだ時間はいいのかい?」と聞いた。すると彼女は、「もう帰りたいの?」と言う。帰りたくはないが、しっかり放出したし、これ以上延長料金を払うのは馬鹿らしい。「今度、指名するよ」と言うと、彼女は自分の名刺をくれた。この店に働き初めて4ヵ月だとのこと。

 僕は駐車場から車を出し、やや放心のていで家に帰った。


… 2003年1月16日 … 熱い身体の加代子

 昨年の10月の土曜の午後からテレクラに入った。相変わらず客は少なく、1人か2人のようであった。そのせいか、個室に入って5分後にはコールがあった。20代後半の女で、街に出てきて電話しているという。割り切った付き合いを求めているので、すぐにOKした。ジャスマックプラザの前にいるというので、車で迎えに行った。僕の車に近づいてくる女は、背が高く,顔が地味で、20代後半どころか30代後半ぐらいに見えた。しかし、テレクラでの出合いでは、この程度の女なら歓迎である。一見学校の先生かキャリアウーマンという感じで、とてもテレクラに電話を掛ける女には見えない。全体の雰囲気が大人の女である。

 すぐに近くのラブホテルに入った。昼間のススキノのラブホテルはかなり混んでいる。駐車場はほとんど満杯であった。和風の部屋に入り、風呂に湯を入れている間、彼女と話をした。加代子と名乗るその女は、バツイチで、一人暮らしだそうだ。売店でバイトをしているが、給料が月9万円で、月賦の支払いが3万円あり、生活は苦しいという。それで食事は夜一回するだけで我慢しているとのこと。

 テレクラに電話を掛けてくる女の特徴は「3B」であるとよく言われる。「ブス、貧乏、馬鹿」である。加代子は、話をしていると、馬鹿ではなかった。彼女は名古屋出身で、大阪にもいたことがあるという。札幌には10年前に引っ越して来たそうだ。彼女は大変な暑がりで、本州の夏は耐え難いので、北海道に来たとのこと。中卒なので、OLにはなれず、若い頃はスナックやパチンコ屋で働いていたという。結婚相手は勤めていたスナックの客で、結婚生活期間は1年。別れたのは、彼女が夫に誘われて行ったパチンコにはまり、サラ金に手を出したためだという。亭主は許してくれたが、自分が許せなく、別れたという。以来、バイトをして食いつないでいるそうだ。

 北海道弁についての話題になったとき、加代子は「投げて」というのも北海道弁だと言った。仕事の同僚に「あれを投げて」と言われた彼女は、本当にそれを放り投げるのだと思ったそうだ。本州では、「捨てて」と言い、「投げて」とは言わないそうである。30分以上も話をしてから、一緒に風呂に入った。裸になると、身長165cmの彼女の体は、なかなかのプロポーションで、肌も若いし、さすがに本人のいうとおり20代後半かもしれないという感じがする。胸も形が良く、いくらか垂れ気味ではあるが、ちょうど手で包める大きさで、可憐である。脚も長く、髪がおかっぱなので、後ろから見ると、女子高生のよ
うですらある。中学3年で165cmに達したそうだ。スタイルはよいが、かなり毛深く、腕の毛は僕よりも濃い。脚は最近臑毛を剃ったそうで、剃り跡がざらざらしていた。

 風呂から上がって、またしばらく話をした。母親は、彼女が小学1年生の時に病気で亡くなったそうで、そのためほとんど記憶がないという。母親の写真を持っていて、見せてくれた。亡き母の写真を肌身離さず持ち歩いているのが、なにやら哀れであった。

 ベッドに移り、加代子の体を抱き締めると、かなり体温が高いことに気づいた。平熱が高いので、夏の暑さが苦手だとうのも頷ける。横たわると、見事な肢体である。外見では想像もつかない体だ。僕は,加代子の体を徹底的に舐めまくった。足の指も1本ずつ丁寧に舐めた。加代子の声は低く、少しかすれているのだが、泣き声は高く、エロティックですこぶる聴き応えがあった。女のよがり泣きは実にいいものである。

 体をまんべんなく舐めてから、ようやく陰部に移った。その頃には、加代子は、どこを舐めても「あはん、ああん」と高いよがり声を出していた。僕は、じらし戦法をとり、すぐには陰部を攻撃せず、股の付け根をじっくり舐めた。それからようやくクリトリスと陰唇を舐め始めた。加代子のよがり方は一層激しくなり、体をねじるようにして悶えた。

 陰部はすでにグッショリ濡れており、指を入れると、難なくすっぽり入った。膣の壁はザラザラしている。そこを指でこすると、加代子の嬌声はひときわ甲高くなり、腰も動かすようになった。問題は、どこにGスポットがあるか、である。素人の僕には、Gスポットの位置の見当がつかない。それで指であちこち膣の中をこすり、加代子が呻き声を上げたところを集中的に攻めた。

 しばらくすると、加代子は腰の辺りを痙攣させ始めた。イク前兆である。さらに指でこすると、かなり声が高くなり、胸や脚、腕までもが痙攣し、ひときわ大きな声を上げてイッた。僕にとっても、感動的な一瞬であった。僕の指で、女がイッたのである。

 ひと休みしてから、今度は加代子をうつ伏せにし、尻たぼを開いて、アヌス舐めを開始した。加代子のアヌスは、縁にいくらか毛が生えているものの、比較的綺麗な形をしていた。そのアヌスをじっくり10分ほど舌で愛撫した。加代子は声を押し殺し、快感に耐えているようであった。

 またひと休みし、加代子に添い寝していると、だんだん彼女が可愛くなってきた。顔は可愛くないのだが、よがっている時の加代子は別人のように艶かしい顔つきになる。厚い唇や鼻孔が官能的である。

 寒かったので、部屋の暖房の温度を上げてから、再び加代子の陰部を攻撃した。今度も加代子は僕の指でイッた。本当に女は一晩に幾度でもイクことができるものらしい。僕の指は、彼女の夥しい愛液でヌルヌルになった。

 たっぷり濡れている加代子の膣にペニスを挿入した。ペニスは造作もなく奥まで入った。加代子はかなりの下つきであった。それで加代子の両脚を持ち上げ、のしかかるようにして腰を使った。あまり締め付けられる感じはしなかったが、適度に圧迫感があり、気持ちが良い。激しく腰を使うと、「ウッ」と呻いて、また気をやった。10分ほど腰を動かしていると、さらに気をやった。挿入していると膣の中が暖かく、気持ちが良い。

 風呂に一緒に入った。加代子は暑がりなので、あまり長く熱い湯に浸かるのは苦手だという。風呂から出て、また話をした。彼女の父は昔、木こりをやっていたが、大木の下敷きになり、大怪我をしたという。以来、木こりの仕事はできず、パチンコ屋に一家で住み込み、働いたが,月給が安く、母も病気で、生活できず、母親の死後、小学2年生の時、彼女は幼い弟と共に親戚の家に預けられたが、そこも大家族で、まともに食えず、児童福祉施設で中学2年まで過ごしたという。

 今時珍しい超貧乏な家庭に生まれたのは、加代子の不運であった。家庭がまともであれば、もっとましな人生が送れたと思う。中学3年の時、弟と共に父とまた暮らすようになったが、中学卒業と共に働き始め、そして、間もなく家出したそうだ。「父親をすさまじく憎んだ」と言うのだが、あるいは父親に犯されたのかも知れない。不幸の星を背負って生まれた女だ。

 ホテルから出た後、僕は加代子に寿司をおごり、家まで送ると言ったが、加代子は「人と待ち合わせしてる」と言い、地下鉄で帰ったので、僕も家路についた。

 ホテルにはおよそ4時間いたことになる。加代子の身体に未練があったので再会を求めたが、「電話もないし、連絡できない」と加代子が言うので、諦めた。


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