Midnight Sapporo 南回帰線 15 top HOME
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… 1999年11月24日 …

叶姉妹 新聞に載っている週刊誌の広告に「叶姉妹」という言葉が出ているので、何だろうと思った。僕は週刊誌はあまり読まないし、テレビもほとんど観ない。だから叶姉妹がタレントなのか女優なのか、実業家なのか、さっぱり分からない。
そこでネットで検索してみた。すると「叶姉妹掲示板」というのがあった。すこしロムすると、どうやらこの掲示板は、叶姉妹のファンが語り合う場所のようだった。
大勢の人が叶姉妹を賛美していた。その多くは女性である。

 私が叶さん達の存在を知ったのは、よく利用している書店ででした。「ビューティーブック」の表紙の恭子さんを見たのがはじめてでした。その時の驚きといったら・・・瞬時にして自分を恥じました(笑)というのも、それまでの私は自分の肌・身体に対しては無頓着だったのです。(幸い丈夫な肌質のようで、これといって目立ったトラブルに見回れたことはありませんでした)しかし恭子さんをみて「女性とは本来こうあるべきなのだ」と思い、それからは自分なりに自分を磨いているつもりです。とても叶さん達のようにはなれないとは思いますが、ベストな自分を模索中です。

こういう書き込みがほとんどを占めているのである。ファンの女性たちは美容の本などで叶姉妹の写真を見て、そのあまりの美しさに驚き、崇拝者になるようだ。
僕も書店で女性週刊誌を立ち読みしたが、スタイルがよく、美人であるものの、一目見て惚れ込むというほどでもないような気がした。
叶姉妹の存在に批判的なHPもあった。叶姉妹を扱った週刊誌やテレビのワイドショーの紹介をしつつ、うさんくさい人物であるとくさしていた。ニューハーフだ、レズだ、本当の姉妹ではない、ミスコン受賞は嘘だ、整形している、高級娼婦だ、サイボーグだ、宇宙人だと、実にかまびしい。本来は一般人なのに、アイドルなどより話題を集めている。
崇拝者の女性たちは、叶姉妹の美にかける執念に感動するようだ。それらのカキコを見ていると、女性がいかに美しくなるということに関心を持っているか分かる。恐ろしいほどの関心である。やはり女性は一般的にナルシストなのだろうか。


… 1999年11月17日 …

美人女子大生のページ 「M&M」という女子大生のHPを見つけた。 

http://www.info-ntt.co.jp/cgi-bin/telepocket/link/1015.cgi?id=00000000

大阪と兵庫の県境に住む女子大生・美浦藤子さんが気ままに作ったページとのこと。。プライベートの写真や日記などがメインである。というより、彼女の写真がメインのページだ。自分の写真を沢山載せているだけあって、確かに可愛い女の子という感じである。当然の如くアクセス数も多い。掲示板も彼女のファンを中心にした談話の場となっている。
これを見て、彼女はナルシストだなあと感心した。毎日鏡で自分のきれいな顔や服装に見とれているのではなかろうか? 彼女もネット・アイドルと言えそうだ。


… 1999年8月16日 …

「都市の魔性」シリーズについて かねてから都市の魔性について書いてみたいと考えていた。躊躇していたのは、若干エッチなページになりそうだということである。こrれを読んだ人が僕を変態と思うのではないかと予想すると、腰が引けてしまう。でも、このシリーズは挑戦してみたいものだ。折角HPを作ったのだから、何とか書いてみたい。あまり大っぴらにはできないので、例によって「南回帰線」の別冊ページの体裁をとることにした。


… 1999年8月15日 …

秋田美人はコーカソイド? HP「秋田美人ホームページ」の「北方日本古代文化と秋田美人」のなかで、新野直吉という人がミロのビーナスと秋田美人の相関性について書いている。
秋田美人はコーカソイドなのか?

http://www.media-akita.or.jp/akita-komachi/akita-beauties-study4.html

 しかし私自身が朝日新聞秋田版の『自由人』というコラム欄で「形質人類学的に秋田美人とコーカソイドを結びつけることなど、現段階ではしょせん、誰にもできないであろう。」と述べたのが実情である。それにもかかわらずその後もしばしば話題になるのは,秋田美人の色白さが際立っているからである。秋田の女性の色白なことは広く知られていたが,科学的に立証してその説が有名になったのは,湯沢市の医師杉本元祐博士の研究成果である。博士は数千人に及ぶ女子高校生を詳さに調査した結果,皮膚色調の白色度が,日本人平均22%・西欧白色人種40.5%であるのに対し,秋田県全般29.62%・秋田県県南地方30.5%であって,極めて白く,博士が「個人別に見ると,白人と何等変わりない白い肌の人」と表現する女性が少なくないということになる。

秋田美人はミロのビーナス並み? 同じく「北方日本古代文化と秋田美人」からの引用である。ウーム、秋田美人はミロのビーナスと同様、美の典型なのか!

 野口氏の文章は,杉本博士が湯沢北高校バスケットボール部の生徒7名の測定に基づいて平均値を持つ女生徒として選んだAさんとミロのビーナスを比較して明らかにした,両眼の間隔の広いこと,鼻の高いこと,眼が丸く大きいことなど,美の典型にも劣らないとした報告とほとんど一致している。
更に杉本測定ではAさんのまつげは0.85cmと日本女性として最長であることを明らかにしている。秋田美人の称は一般女性にまで拡大したのである。


… 1999年8月14日 …

HP「浮世絵Garelly」より

http://www.osakanews.com/maido/uki/insai10.html

福田和彦氏が監修しているこのページは、浮世絵のあぶな絵的側面が楽しめるほか、福田和彦の達意の解説がとても参考になります。
以下の文を読んでも、花魁が性の文化の極限を現していることが明らかです。

 花魁と呼ばれる高級遊女ともなれば、一般の婦女子や初見世の安女郎とは違う。値段(花代)も高価だけあって、美貌であったし、豊満な肉体美の持主。そしてなんといっても大切なのは女陰である。
 この香粧術はじつに細かな神経がそそがれていた。恥毛ひとつとってみても、花魁のものは多毛であれば間引き、薄毛にしたし、毛の長さも短くした。
 さらにそれは剛毛であってはならない。柔らかなぶさふさした感じに、手ざわりのよい毛にした。灰汁や酢でよくもみあげて柔らかくした。そして性器の形態も厳しい選択がなされた。上つき、短頭形である。
 たとえ美貌でも、この上開の相を呈していなければ花魁の階級になれない。年齢も二十五か六が上限である。言うなれば商売道具としての上物の女陰の持ち主のみが花魁となった。
 女陰はさまざまであって、男のペニスと同様である→ただの肉の洞穴ではない。磨きぬかれた逸品が花魁である。

続・HP「浮世絵Garelly」より 歌川国芳の絵についての福田和彦の洒脱な解説である。

http://www.osakanews.com/maido/uki/kuni2.html

 たとえ幾百年、時代が移り変わっても、男女の愛欲は不滅である。進化も退化もない不変の人間の営みがある。チンパンジーとヒトを隔て分けるのは、性における快楽と食物の美味礼賛である。
 文明は知育の発展でしかない。ヒトの女性の性器は、霊長類のなかでも異常と思われるほど発達した存在である。この女陰の存在感そのものが、男を狂乱させ、とりこにするのだ。
 この画中の男女、すべての性的羞恥(しゅうち)を焼払っての、遠慮なしの愛欲のぶっつけあいの色模様。
 男「でえぶ出しかけるの。これから本の物を入れて、たんとやらせよう」 女「今夜はまことに、よくって、よくって、アレアレ、オオ、イイワ、イイワ、あれさ、もう弄(いじ)らずとさ、入れてヨ。ウムウム、しっかり抱いて、オオ、イイ、イク、イク、イク」
 女は男が入れかけるや否や、もはや悶絶(もんぜつ)寸前の態(てい)である。かくなれば女はもう歯止めがない。身も世もあらずよがりの嗚咽(おえつ)が、からだじゅうに走る。天にも昇るような浮遊感だ。
 この画図はいかにも国芳らしい江戸っ子の勇(いさみ)の男を描いた。ひげのそりあとも青々とし、役者絵から抜けでてきたような男ぶりである。そして国芳の武者絵を見るような肢体の躍動感がある。
 背景には二つ枕が倒れ、拭(ぬぐ)い紙が散乱し、いかにも大乱れの床の様相を映し出している。春画の楽しさを満喫させてくれる画局であることか。

すすきの祭りの「花魁道中」

http://www.atex.co.jp/namara/namanama/nam7082.html

あるHPに2年前の札幌・すすきのの「すすきの祭り」のもようが記録されていた。花魁道中はなかなかの評判であった。ちなみに花魁の高下駄は、30cmにもなるというのだから、強烈である。花魁のモデルの採用基準は身長160cm以上というのも、頷ける。
やはり、ある程度の身長がないと、花魁の衣装を着ても見栄えがしないのであろう。衣装の重さが30kgというのも驚きだ。30cmの高下駄を履いて、30kgの衣装をまとって歩く姿を創造すると、唖然とする。

今年もやってきました、みんな大好きすすきの祭りです。もちろん場所はススキノで8月7・8・9日に開催されました。
催しは盛りだくさんで、初日の花魁道中に始まり、お囃子、道内地方の太鼓の演奏、御神輿、カラオケ大会、ラーメン・ビール一気大会そして、よさこいソーランなどなど。
祭りの出店は、何んとススキノに出店している飲食店さんが各自行っています。だから屋台の名前が、スナック○○とか、クラブ××とかばっかり。もちろん屋台の女の子は同店のホステスさんだからとってもうれしいです。だって500円の焼き鳥とビールでお話をしてもらえるんだもん。

すすきの祭りの初日の花。花魁道中。メインの花魁はススキノで働く女の子の中から、ファンの投票とすすきの祭り実行委員会の推薦とできまります。採用基準は26歳以下で、身長は160cm以上、もちろん美人であること。花魁に決まった女の子が働いているお店では、そりゃーーもう大変な騒ぎです。
宣伝効果が高そうですよね。
ですから花魁道中が終わってから、花魁は休む間もなく速攻で着替えてお店に戻るそうです。ちなみに衣装は全部で30キロくらいの重さがあり、5丁ほど練歩くのですからきつい仕事です。

「花魁道中」は反対意見に潰された すすきの祭りで人気が高かった「花魁道中」であるが、一部の市民団体から抗議の声が上がり、その後中止になった。
はなはだ残念なことである。
詳細は分からないが、どうやら「花魁は娼婦。昔の娼婦の風俗をデモンストレーションさせるのは、女性差別だ」という抗議の声であったようだ。
まあ、臭い物には蓋式の考えとも受け止められるが、花魁は性の文化の体現でもあったわけで、北の一大歓楽街・ススキノの祭りにはふさわしい出し物であったと思う。
世界の歴史をひもとくと、娼婦が文化の洗練に一役買ったという事実がある。
例えば、W.H.マクニールの『ヴェネツィア』(岩波現代選書 1979年)によると、16世紀のヴェネツィアでは、高級娼婦が著しくファッションを洗練させたと書いてある。このさわりを読むと、まるで花魁文化のことを書いているのかと思うほどの相似性がある。
東方では江戸の花魁、西方ではヴェネツィアの高級娼婦が、性の文化と女性美の文化を洗練させたのである。

コンメディア・デラルテと1年中公衆に開かれている商業演劇の成立に密接に結びついているのは、ヴェネツィアにおけるいちじるしく洗練された娼婦の生活であった。それは、独自の様式と文化を発展させた。機知に富む会話、優雅な衣服、音楽、詩、観劇、ギャンブル、洗練された食事と飲み物などは、上流階級の庇護を受けた売春と密接に結びつくことになった。(p211)

貴族の婦人も娼婦の文化を真似た W.H.マクニールの『ヴェネツィア』によると、当時のヴェネツィアの高級娼婦の文化は、芸術家や貴族の夫人たちにも影響を与えたのみならず、広くヨーロッパの文化に多大の影響を与えたとのことである。

このような生活様式の魅力については、芸術家たちが証言している。ティツィアーノやデューラーを含む多くのものが、ヴェネツィアの娼婦たちの肖像を描き、聖俗双方の絵のモデルとして使った。さらに重大だったのは、ヴェネツィアの貴族の夫人たちが、カーニヴァルのシーズンだけでなく、1年を通じて娼婦の衣服やふるまいを真似しはじめたことである。(p211)

実際、プロテスタント的およびカトリック的形態の厳格主義が拡大し、性その他に対する抑圧がイタリアやヨーロッパ全体に根を張るのに伴って、ヴェネツィアの法と慣習が許容しているはなやかな官能への耽溺は、ヨーロッパの上流階級の想像力をかきたてる特別な力を持つようになったのはありうることである。−それは、反感と陶酔、崇拝と怖れ、愛と嫌悪のまじり合った魅力だった。その結果、17世紀の終りまでに、ヴェネツィア式の放埒な生活が、ラテンおよびゲルマン・ヨーロッパ全体の貴族にとって標準となった。(p211)

避妊というより堕胎と間引き 江戸時代には「間引き」と呼ばれる嬰児殺しが人口抑制の方法として認められていたようだ。
結局、効果的な避妊の方法がなかったので、生まれた子がいらなければ殺すということになったのであろう。

堕胎については、中条帯刀という人が近代外科婦人科の祖で、特に堕胎法は中条流と呼ばれ、江戸時代には大いに栄えたそうだ。(あるHPより)

「中条は月を流して日を送り」という狂歌はあまりにも有名だとか。


… 1999年8月13日 …

小股の切れ上がった女とは? 以前に「南妊娠線」で紹介したのですが、かの殿山泰司は、『日本女地図』という本のなかで、生粋の東京の女は上つきであるとし、よい女を「小股の切れ上がった」と形容することについて考察しています。

さて問題は、重大な特色である上ツキなんですがね。むかしから「色浅黒く、小股の切れ上がった」というのが江戸美人の形容詞だった。粋で小股が切れ上がってなくちゃア、田舎者と笑われたもんだ。この小股の切れ上がったというのこそ、上ツキのことを意味しているのである。これは定説である。問題は、どうやって上ツキかどうかを判定するかである。(p74)

続・小股の切れ上がった女とは? 肉体的特徴よりも、動作や見かけの方を重視した形容ではないだろうか。
「粋」「おきゃん」「あだっぽい」などの感じが渾然とした好ましい女性という感じではないかと思う。気になるのでネットで検索してみようかな。

奥秋義信氏の意見 評論家、元・西日本短期大学教授・奥秋義信氏の解説がHP「そこが知りたい日本語何でも相談」に説明あった。『月刊日本語』からの引用とのこと。

http://www.alc.co.jp/gn/gnsoda11.html

「小」は「股」ではなく「切れ上がった」を修飾する接頭語。これを“体言挟みの係り”などという。

 「小股の切れ上がった女」という語意を、単にきれいな女性、スタイルのよい女性といった程度に解して使っているのではないでしょうか。結論から先に言いますと、「小股の切れ上がった女」というのは、“足の長い女性”“腰の位置が高い女性”という意味なのです。この正しい意味が大多数の人に理解されていません。

 辞書を引いてみましょう。広辞苑には「婦人のすらりとした粋(いき)なからだつきをいう」と出ています。小学館の日本国語大辞典(全10巻)には「女性の、すらりとして粋なさま」「きりりとして小粋な婦人の容姿の形容」としかありません。キーワードともいうべき「足が長い」「腰が高い」のいずれもが説明から欠けているのです。

続・奥秋義信氏の意見 やはり「脚が長くて、腰の位置の高い女性」という意味らしい。
しかし妙だな。江戸時代の女性は背が低く、胴が長く、脚が短かったはずだが。
脚が長くて腰が高いのはむしろ最近の日本女性ではないだろうか。
それとも、江戸時代の男たちも、江角マキ子みたいな背の高い女性に憧れていたのかなあ。結局、納得できない感じである。

 日本国語大辞典には『補注』として、次のように解説されています。「西鶴の『本朝二十不孝』に、背丈の高い形容として『徒俣(すまた)切れあがりて』という表現があり、これとの関連などから、背丈のすらりとしている形容とする説が有力である」。やはり、キーワードとなる語が欠けています。

 民間放送では「小股の切れ上がった女」という言葉のルーツをたずねる1時間番組が放送されました。番組の結論として、「足の親指がちょっと突き出て、それが反り上がっている女性」というところにたどりついたようでした。これは大変に乱暴な誤りです。根拠もいい加減なものと言わざるを得ません。

 「小股の切れ上がった女」の正しい語意は、〈股がちょっと切れ上がった女〉という意味なのです。股がちょっと切れ上がっているから、足が長く、腰が高いと気付いてください。

 ここで使われる「小」は接頭語で、「ちょっとだけ」という意味を添えています。接頭語とは何でしょうか。後続の言葉の語意を変えずに特定の意味を添える語なのです。

 この場合の「小」は“体言挟みの係り”とか“名詞跳びの修飾”とかいい、「股」を跳び越えて「切れ上がった」に係っているのです。つまり「股がちょっと切れ上がった」を表しています。身体の一部を用いた比ゆには、このような体言挟みの修飾をする接頭語が多いのです。上記の例も、同様に解釈することができます。「小耳に挟む」=耳にちょっと挟むで偶然に聞く、「小首をかしげる」=くびをちょっとかしげるで不審がる、「小手をかざす」=手をちょっとかざすで遠方を見るしぐさ、「小鼻をうごめかす」=鼻をちょっとぴくぴくさせるで得意げな顔をする、というような言葉の構造になっているのです。

しつこいようだが「小股」について 浮世絵の美人は、細身である。
顔は瓜実顔で目は細い一重瞼であるところが、いまふうの美人(例えば藤原紀香とか松嶋奈々子とか)とは異なるが、どうも結構、浮世絵美人は背が高いような感じがする。
もしも、背が高い痩せた目の細い女が江戸時代の男たちの理想であったとすると、「小股の切れ上がった女」が腰の高い脚の長い女という意味であると解釈するのは正しいということになる。
いずれにせよ、凡さんが言う「ぽっちゃり型」の女は、必ずしも江戸時代の男たちの好みではなかったようである。
江戸の男の理想は実はスーパーモデルの如き八頭身美人であったというのは、大発見かも知れないなあ。(笑)


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