星の海に降る雪
「大丈夫か?」
「……ん」
リョウの声に、シレーネは顔を上げた。知らない間に、ディスプレイにうつぶせになって眠ってしまっていたらしい。オートパイロット・システムだから、ブリッジで何をするというわけでもなく、異常がないか人の目で見張っているだけ。実際は、異常があれば各種モニターセンサーによりメイン・コンピューターが自動で知らせてくれるから、本当のことを言うと、古き良き時代の習慣としか思えないのだけども。
お陰で、ブリッジ当番は、酷く退屈。
だからといって、寝てしまうのはちょっと頂けないわね。
バツの悪い思いをしながら、リョウをぼんやり眺める。まだ交代の時間じゃない。どうしたのだろうと、リョウの顔を見つめる。
「はは、まだ寝たりないって顔してる。例の労働が響いてんだろ?」
リョウの“労働”という言葉に、一気に眠気が去り、ここ数日のことが蘇る。
「……一体、誰のせいなのよ、誰の?」
寝起きの低い声で言ってやると、リョウの目が宙をさまよった。
言い訳に聞こえるかもしれないが、例の“労働”は本当にきつくて、今も体の芯が疲労を訴えている。普通でさえ寄港地でやる仕事は多くて、それだけでも疲れるというのに、数日前、丸一日かけて、食堂兼会議室──兼物置き場を、大騒動の末、ようやく片付けたのだ。物が沢山ありすぎて、テーブルの上に物を置くスペースどころか、物の上にさらに物が積みあがり、物を食べるどころの騒ぎでもなく、会議する様でもない。シレーネが乗船して以来、初めてのことだ。シレーネがいれば、このような危機的状態を招く前に、文句を言いつつも細々と片付けてしまう。いくら、家事能力が大きく欠けており、さらに散らかし能力は大きく発達している二人、リョウとコウが居たとしても。
今回は、偶々シレーネが2日間不在だったのだ。
たった2日間。
それだけの短期間で、三人の
宇宙船
(
ふね
)
の中は、シレーネが初めて乗船する際に見た惨状と全く見事に──思わず感心するほど──同じく再現されていた。
片付ける人間1+散らかす人間2=散らかり度1
ときどき、とてつもなくむなしくなるわ。
シレーネは心の中でため息をついた。
シレーネが2日間、宇宙船を留守にしていたのには理由がある。丁度、シレーネの故郷・エトゥナで仲良かった同級生が引越ししていった星が、シェルディア・テ・フィン号──シレーネたちの宇宙船の名前である──の寄港地になっていた。
物は試しとばかり、彼女に連絡を取ってみたら、家に泊まってゆっくりしていけばどうだろう?との申し出をもらった。しかし寄港地でやることは、沢山ある。シェルディア・テ・フィン号の乗組員は、たった3人。それぞれが忙しく働かないと仕事は終わらない。シレーネの担当は、主に食料品・日用品の購入である。それを置いて、のんびりするのは無理だと思い、断ろうとしたら、コウが「ゆっくりしたらいいのに」と言った。
「だって、次の寄港地まで、かなりあるでしょう?食料品も日用品も備蓄がなくなってきてるもの。それを全部購入するには、いつもより時間が掛かりそうよ」
シレーネがそう反論すると、コウは大丈夫という風に小さくうなづいた。
「今回の滞在は1週間取ってあるから。ほら、この前話していた故障部分。それを直すのに必要な部品がまだここに届いてないんだ。部品注文は、一週間前にやっておいたんだけど、どうもそれが来るのが遅れてて、時間が掛かりそうなんだ。部品が届き次第、修理作業に取り掛かるから、その間はどうせ僕たちも暇だし。その間、全員バケーションを取るというのも良いかもしれないね」
コウはにっこり笑って、テーブルで雑誌を読んでいたリョウに話題を振る。
「リョウ、どう思う?」
「ん、いいんじゃないの。俺も丁度少しゆっくりしたかったし。久しぶりに街でぶらぶらしたい」
「僕も、久しぶりにジャンクヤードをゆっくり見て回りたかったんだ」
「じゃ、決まり。シレーネも、ゆっくりしておいで。ずっと会ってなかった友達だろう?こんな機会でもないと、会えないからね。僕たちのような人間は」
そう、ずっと船で宇宙を旅しているあたしたちは、星で暮らす人達と会える機会はとても少ない。
「そう、そうね。それだったら、いいかも」
シレーネもほっとして、同意を返した。
かくして、シェルディア・テ・フィン号の乗組員たちは、急遽つかの間の休暇を楽しむことになったのだ。
「シレーネ?シレーネなのね!いらっしゃい!」
「え?マリー?マリーなの?!」
家の扉を開いて出迎えてくれた、マリーは、びっくりするほど大人になっていた。シレーネを見た瞬間、ぱっと喜びの色を見せた鳶色の瞳が昔のままで、ようやく「あのマリー」だと認識できたぐらいだ。自分よりも少し低かった背も、今ではシレーネをずいぶん追い抜いている。それはマリーの顔を見ようとすると、視線が自然と上に向かうことからも判る。
「いらっしゃい、シレーネちゃん。まぁ、綺麗になっちゃって」
マリーのお母さんも、戸口まで出てきてシレーネを歓迎してくれた。その後ろには、小さな男の子が2人隠れるようにして、こちらを見ていた。
「弟さん?」
シレーネがたずねると、マリーが嬉しそうに笑った。
「そう。年の離れた弟。それも双子なのよ。もう毎日が大変。わーわー、騒がしいし、泣くし」
口では文句を言いつつも、実に楽しそうだ。
「さぁ、入って!ちょうど、今日が感謝祭の日だから、料理を作っているの。オーブンが調子悪くて、もう大変!」
マリーがシレーネの背を押しながら、家の中に案内してくれた。
「エトゥナの感謝祭、懐かしいな」
こんがり焼けたターキー、クリーミーなマッシュポテト、インゲンに、濃厚なグレービー・ソース、さわやかなクランベリー・ペースト。それから、シナモンが効いたアップルサイダー。シレーネの祖母が心を込めて、作ってくれた料理の数々が思い浮かび、シレーネは微笑んだ。
「うちは、エトゥナ風なの。今だに、クランベリー・ペースト!」
マリーがおかしいでしょ?と言わんばかりに、笑った。
「ああ、そうか。クランベリーは、エトゥナ名産だったものね。他の星では食べないんだっけ?」
「そう、あんなすっぱい果物のペーストをターキーにかけるなんて、信じられないって言われるのよ!」
「よく煮込むと酸味は抜けて、丁度良くなるのにね。ターキーのグレイビー・ソースとよく合うのに」
「でしょう?今度、友達を招待して、クランベリー・ペーストの偉大さをわからせてやるわ!」
「あは、マリーらしい!あ、手伝わせて。料理は、祖母にイヤと言うほど仕込まれたんだから」
「助かる。母さんは、双子の世話で張り付いていないといけないから、料理は私担当なの」
「えらいわね」
「そっちこそ、凄いじゃない。宇宙を船で飛び回っているんでしょう?私には想像もつかないわ」
マリーは本当に目を丸くして、シレーネを見た。
「うん。ブリッジから見る星の海は、本当に素敵よ」
真っ暗な闇に浮かび上がる星々。それが脳裏に蘇り、シレーネはうなづいた。
「羨ましいわ。ここじゃ、双子の遊び相手にくたくたになって、三度の食事を作って、お買い物に行って、お店の手伝いをして、一日が終わり。自分の時間なんて、取れやしない」
マリーはため息をつきながら、オーブンの様子を見る。
「あ、もう少しかな?このポンコツはずっと見張ってないと、すぐこげちゃうの。あれ、お父さんが帰って来たみたいね」
戸口の方で、双子があげた歓声が聞こえた。どうやら感謝祭の日なので、早めに帰って来たようだ。シレーネの故郷・エトゥナでもそうだった。いつも夜遅くまでやっている店の主人も、感謝祭の日は店を早く閉めて、家族の元へ急ぐ。感謝祭の晩餐は、年に1度の大事な家族の時間だから。
「おお、シレーネちゃんかい?大きくなったもんだ。あの頃は、まだこーんなに小さかったもんだがなぁ」
ひょいと台所に顔を出したマリーの父は、赤ら顔でシレーネに笑顔を送ってくれた。
「もう!お父さんったら、もうお酒飲んできちゃったの?」
マリーが呆れ顔で、父親をにらむ。
「いやぁ、お得意さんが一杯ワインをやっていけ、っていうもんだから、ついね」
頭をかいて、笑っている父親の足に、双子の2人が走ってきて抱きついた。
「おとーさん、高い高い」「おとーさん、飛行機―!」
「よしよし」と赤ら顔をさらに笑顔でいっぱいにして、二人を両手に抱き上げ、マリーの父は台所から出て行った。それと入れ替わりにマリーの母が台所に姿を現す。
「やっと開放されたわ。もう、毎日が戦争。ごめんなさいね、シレーネちゃん。ホント、騒がしくて落ち着かないでしょう?」
マリーの母が、台所に立つシレーネを見て、あわてた。
「マリー!お客様を働かせて、この子ったら。本当に」
「いえ、いいんです。働いている方が、落ち着きますし」
シレーネは止めようとするマリーの母に向かって、笑った。
そう、こういうときは、手を動かす方が楽。
何も考えずに、楽しもう。
──リョウやコウは、今頃何をしているのかな?
シレーネは、窓の外に広がる夕闇にふと思いをはせた。
「ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと、これ何なのよ……」
2日間のバケーションを終え、船に戻ったシレーネは、呆然と食堂兼会議室の前で立ち尽くした。テーブルには、チップ、ディスク、携帯食料品の殻、コップ、電子製品のくず、ケーブル、基板の欠片。ありとあらゆるものが散乱していた。床には、部品を仕入れてきたときに使ったのだろう、壊れかけた箱。その中にも、ゴミが溢れている。いや、収まりきっていないものが、床にも溢れている。
「コウが、ついさっきまで電子工作やってたからさ……」とリョウ。
「リョウが調べ物をするって、ディスクとチップを散らかしっぱなしだった」とコウ。 二人とも非常に気まずそうに、シレーネを見ている。
「シレーネが帰るまで、片付けるつもりだったんだ」
「本当にごめん。自分たちでやるから、シレーネは休んでて」
リョウとコウが交互に言い、静かに物を片付け始めた。
それを無言でしばらく見ていた、シレーネだが、突如二人を押しのけて、部屋に入ってきた。
「あーーーっもうっ、見ててイライラする!違うの、そんなちまちましたところから片付けても駄目でしょ!名残惜しそうに見ないのっ!まず、そこの箱、全部通路に出して。コウ、ゴミ袋持ってきて。リョウはそこで要るものと要らないものを確認してて!」
延々、シレーネの指示が飛び、それにリョウとコウの二人がうろうろと続き、丸々1日を掛けて、部屋はようやく元通り──本来の食堂兼会議室の姿に戻った。
そして、その後3日間に3人は船と街を飛び回り、必要なものを買い揃え、船を整備し、ようやくシェルディア・テ・フィン号は予定通り出航できた。
漆黒の闇に浮かぶ、星の海へと。
「反省してるって。シレーネがいないと、だらけてしまうもんだなー」
リョウは照れくさそうに笑って、シレーネに紅茶のカップを差し出してくれた。なるほど、差し入れだったのか。リョウの淹れてくれた紅茶は優しい香りがする。湯気がゆっくり闇に漂う。
紅茶を受け取り、一口飲んだシレーネは無言で、ブリッジの窓に映し出される闇に光る星を見つめた。
「……リョウは、家に帰りたいと思ったりしないの?」
ぽつんとつぶやいたシレーネに、リョウは首を振った。
「別に。シレーネは帰りたい?」
「ううん、そうじゃない。そうじゃないけど、少しだけ……ああいう生活もあったんだなぁって思ったの。もしも、両親が生きていて、祖母も長生きしてれば、もしかしたらあたしはここに居なかったかもしれないって」
今頃、エトゥナで感謝祭のターキーを家族で囲んで、笑っていたのかもしれない。
真っ暗な闇の中、船のブリッジに座って、一人星を見つめているあたしは、いなかったのかもしれないわ。
リョウは無言で、隣で紅茶を飲んでいる。バケーションの間、リョウは街に出て、真っ先に紅茶の葉を探しに行ったに違いない。新鮮な紅茶の葉がないと、リョウは紅茶を淹れない。大の紅茶党のリョウは決して紅茶にインスタント製品を使わない。長い航海の間、紅茶の葉はすぐに切れて、3人ともフリーズドライのコーヒーばかりを飲んでいるから、これは寄港地に寄った後の、少しばかりの贅沢。
「素敵、この紅茶」
「だろう?街中、歩き回ったぜ。今回のは、俺の自慢の一品」
得意げに胸を張るリョウに、シレーネはくすりと笑った。
「うん。いつもよりも、美味しい気がする。凄くいい香り」
そのとき、視界の隅にふわりと白いものが映った。
「……あれ?」
シレーネが声を上げて、目を凝らす。間違いない、何か白いものが降ってる。
ふわり、ふわりと白いものが降りてくる。
闇の星の海に、降る白いもの。
「……雪?まさか」
宇宙空間に雪は降ったりしない。シレーネは掌を伸ばして、白いものを受け止めようとした。それは簡単に掌を通り抜けて、下に落ちていく。ちらり、ちらりと降る雪は、星の光とともにブリッジ一杯に広がっていた。
「うわぁ……」
思わず席から立って、天井を眺めた。
星の海から降り注ぐ、白い雪。
漆黒の闇に浮かび上がる、淡い星の色と雪の白。
「凄い……宇宙に浮かぶ雪なんて、初めて」
それが本物ではなくても、地上に降る雪よりも幻想的で、はかない。
シレーネは、雪を受け止めるように手を伸ばした。自然と笑みが浮かぶ。
なんて、綺麗。
あたしがエトゥナに居たら、こんな光景、一生見られなかったわ。
あたしは、こっちの方が好き。断然、好き。
「コウ?大成功だぜ」
リョウがニヤニヤしながら、ブリッジの外に手招きを送る。
「コウ?コウが雪を降らせているの?」
シレーネは興奮気味にリョウに聞く。まだ目は、宙を舞う白い雪に釘付けられたまま。
「正確に言うと、僕じゃない。ちょっとプロジェクターをいじってみたんだ。巧く動くか、テストする暇がなかったから心配してたけど」
コウがブリッジに入ってきて、シレーネと同じく雪を受け止めようとするしぐさをした。
「へぇ、綺麗だ。雪って、こんな風に降るんだね」
「俺も初めて見た」
コウとリョウが、二人で不思議な感想を言い合う。
「え?二人とも雪を見たことがないの?」
「僕たちの街では、雪は降らなかったから。エトゥナでは、感謝祭の頃、雪が降るんだってね。リョウが、調べてくれたんだよ。エトゥナでの雪の映像」
「で、コウがジャンクヤードで安く売ってた、オンボロ3Dプロジェクターをいじって、映像を再現したってわけ」
そうだったんだ。
だから、食堂兼会議室があんな有様になったんだわ。
コウは電子工作を始めると終わるまで、動かない。きっと街のジャンクヤードで、3Dプロジェクターを見つけて以来、あの部屋から出てこなかったに違いない。リョウはそれに付き合って、雪の映像を手に入れるために、延々とディスクとチップを検索してたんでしょ。2人とも、食事も忘れて打ち込んでいる様がシレーネには、その場にあたかも自分が居るかのように想像できた。
「エトゥナの雪には劣るかもしれないけど、これが僕たちの感謝祭」
コウが笑った。
「そう、いつもお世話になっているシレーネさんに送る俺達の感謝祭」
リョウが気取ってお辞儀をした。
「ま、最後の片付けは、ちょっと計算外だったな」
「うん。ちょっと時間がなさ過ぎたね」
「ま、俺達だし?」
「はは、僕たちらしいよね」
だから、ありがとう。これからもよろしく。
二人の笑い声に、シレーネも笑った。
「ありがとう。こちらこそ、よろしく」
シレーネははっと気づいて、付け足す。
「でも、もう、あんな惨状は見たくないけどねっ」
三人の笑い声が重なる。
あたしたちの、感謝祭。
星の海に降る雪に、二人の素敵な友達。
これはどんなものにだって、かえられやしない。
そうよ、そんなこと、もうとっくの昔に知ってたわ。
だから、あたしは星の海に飛び出したの。
宇宙
(
そら
)
を駆け回る二人の友達と一緒に旅するために。
ありがとう。そして、よろしく。
あたしたち3人は、お互いに勇気を貰って、こうしてまた星の海を進んでいくの。
完
桂月 椋@
ICE MOON -si ta-
さまより頂きました。ありがとうございます。
桂月さまのあとがきは次のページで♪
携帯待ち受け