Requiescat in Pace
   〜まごころ典礼会館より心をこめて〜

 僕のバイト先は「まごころ典礼会館」という。
 つまり葬儀場のホールだ。
 僕がバイトを始めたのは、アパートから大学へ向かう途中にあったという理由からだが、そこでバイトしているというと、大学の友人は決まってこう言った。
「いいなぁー、あそこ、女子高生が多いだろ」
 仕事内容は、通夜や葬儀の会場設営、訪れる会葬者の案内、通夜ぶるまいの手伝いなどが主で、当然ご遺体と過ごす時間が多くなる。まさか女子高生が多いなどと思ってもいなかった。普通の女の子はそんな職場は嫌がるだろうと思っていたのだ。
 何回かシフトに入り、当の女の子たちと話すうちに事情はわかった。このバイトは親からの許可を得やすいらしいのだ。
 僕も初日にみっちりたたきこまれたが、とにかく礼儀にはうるさい。
 とかく儀礼的な冠婚葬祭の、軽々しく扱えない『葬』を扱う場所だけに、礼儀作法、立ち居振る舞い、言葉遣い、どれも蔑ろにできるわけがなく、つまりは行儀見習いに行かせるような心つもりで、許可を出すというよりは『バイトしたいならまごころで』と率先して送り込んでいるらしい。
 彼女達の不満は『茶髪・金髪・ピアス・マニキュア禁止、ネイルアートなどもってのほか』という規則の方で、街中のファストフード店やファミレスよりも時給の相場が高いということもあり、それ以外は、葬儀場というあまり気持ちのいいとはいえないバイト先であっても、問題なく受け入れているようだった。
 たまに、霊感があるという子が、棺に取りすがってなく遺族に寄り添う故人を見たと主張して騒ぎになったりすることもあるが、総じて彼女達はバイトはバイトとしてわりきっているように見える。
 通夜ぶるまいの片づけを終えて、お疲れさまでしたー、と元気良く帰っていく彼女達は仲の良い数人で連れ立って、学校から帰るときもこんな感じだろうな、という調子で屈託がない。
 更衣室からバカ笑いが聞こえてきて、遺族の控え室まで聞こえるんじゃないかと、ひやひやしたことも何度かある。
 僕は無宗教だし霊感があるわけでもないし、死後の世界とか幽霊とか信じているわけではないけれど、人生の最後の儀式はやはり荘厳であるべきだと思う。
 まちがっても、女子高生バイトの爆笑で送られるものではないだろう。
 彼女達は、たいてい友人たち数人でバイトに応募し、また辞めるときも一緒に辞めて行く。葬儀場なんて単身でバイトに行く気にならないのは良くわかる。
 なので、一人で入ってきた彼女の存在は最初からちょっと目をひいていた。


 すでに僕は三年以上ここでバイトしており、僕がシフトに入っているときに新人が入ればその指導をまかされていた。
「今日からこちらでお世話になります、香坂郁美です。よろしくお願いします」
 バランスは悪くないが目が細く化粧っ気のないこともあわせて地味な印象の顔は十人並み。
 深々と下げた黒い頭はきっちり45度。
 親から礼儀見習いのバイトに送り込まれるようなタイプではない。
 思ったとおり香坂さんはすぐに仕事を覚え、特に手を焼かされることもなかった。
 言葉遣いや態度は付け焼刃でどうにかなるわけではないから、入ってニ三ヶ月の新人を事務所や控え室に呼んで注意することは良くあるが、そういう部分では香坂さんはまったく手がかからなかったのだが。


 それは彼女が入ってきてひと月も経ってない頃、通夜の片付けをしていた僕は彼女がホールで何かを拾い、それを制服のポケットにしまうところを目撃した。その時はゴミでも拾ったのだろうと深く考えることはなかった。
 しかし、その後もちょくちょく彼女が何かを拾うところを僕は見かけ、しかもそのあとゴミを捨てているところを見たことはなかった。
 実際、彼女が何を拾っているのかはわからなかったが、僕の立場としては彼女を呼んで注意を与えるしかなかった。
 僕がバイトを初めて間もないころ、ブラックパールのピアスを落として猫ババされた、とすごい剣幕で乗り込んできたオバサンがいたのだ。応対したマネージャーは「そのような落し物はありません」と繰り返すしかなかったけれど、ニ時間余りも罵り続けたオバサンが帰ったあと、事務所の救急箱から胃薬を取り出していたことを僕は知っている。
 本当のところ、オバサンがどこでピアスをなくしたのか、ホールで落としたとしても、誰かスタッフが拾ったのか、客が拾ったのか、それともデカい業務用掃除機で吸い込んだのか判らないけれど、疑われるような行動は慎むこと、という張り紙が次の月の標語(?)として事務所に掲げられた。
 僕の経験談を交えた話を細い目を大きく見開いて聞いていた彼女は「とんでもない人もいるんですね」と呟いた後「以後気をつけます」と頭を下げた。


 ところが、彼女はやはり何かをちょくちょく拾いあげているのだ。
 注意する前と変わったのは、スタッフだけの時間であっても拾う前に周りを見回すことだが、それはかえって誤解を招く行動だと思う。
 もう一度注意すべきか、とも思ったが一度は注意したのだからと僕は見て見ぬフリをすることに決めた。ちょうど卒論の準備でバイトのシフトを減らしている時期でもあったから。




 街中でバイトの女の子たちに会ったり見かけたりすることは良くある。
 ちゃっかりした子のグループと駅前なんかで会ったりすれば、スタバに連行されてコーヒーを奢らされたりするから、見かけるとこっちが見つからないうちに進路を変えたり、そこらの店に入ったりするようにしている。
 けれど、その日見かけたのは例の香坂さんで、彼女はたかったりするようなタイプじゃないから逃げも隠れもしないことにした。
 友達らしい女の子と一緒に歩く香坂さんの後をついて歩くような形になったが、それはたまたま向かっていた方向が一緒だっただけだ。
 後ろから見ていると、友達と笑いながら話す香坂さんはごくごく普通の女の子に見える。いや、別にバイト中の彼女が普通の子じゃないというわけでもない。
 ただ、なんとなく他の高校生バイトの女の子たちとは、ちょっと違うような、勝手にそんな風に思っていたらしい。
 と。
 彼女が電信柱の横でふいに屈んだ。
 スニーカーの紐を直すフリで何かを拾う。
 それはバイト中に何度も見た仕草だった。


 久しぶりにバイトのシフトを入れたのは、香坂さんがいったい何を拾っているのかを知りたかったからだ。
 その日は告別式がニ件と通夜が一件。
 時間差の出棺を見送って片づけをしている中、密かに僕が予想していたとおり、香坂さんはホールの隅で何かを拾っていた。
「さっき何を拾ってたの?」
 通夜用の会葬者芳名カードの準備をしている彼女の脇に寄り、単刀直入に切り出した。
 香坂さんは困惑した顔で僕を見上げ、それから微妙に目を逸らした。
「落としもの……です」
「会葬者や遺族の落し物ならちゃんと事務所に届けないと。前に指導したこと、あったよね」
「はい……」
「ほんとは何を拾ってたの? ただの落し物じゃないんじゃない?」
 彼女は視線を手元に落とした。
「別に責めてるわけじゃないんだ。単なる僕の好奇心で聞いてるだけで」
 弁解のように慌ててつけたした台詞に彼女はもう一度僕を見上げた。
「あの、霊とかって信じますか?」
「は?」

 彼女は行き場のない『霊』を拾っているのだと言う。
 いわゆる地縛霊と言われるようなガンコなものは無理だが、浮遊霊なら簡単に捕まえられるのだそうだ。
 そして、街中に落ちている霊は通夜や葬式に向かう人にくっついてこのホールに集まってくるらしい。喪服とか数珠とか、そういうアイテムが霊を呼ぶのかもしれない。理由はわからないけれど、会葬者は知らないうちに霊をくっつけてやってくる。それらの霊は、お経や成仏を願う親族の思いに自分も浄化をされたいと、憑いてた人から離れて落ちるのでそれを拾いあげている、と言うのだ。
「本当はみんな成仏したいんです。ほんのちょっと気がかりなことが多かったり未練が強かったり…自分のために祈ってくれる人がいなかったりで、昇りそびれちゃって。だから、出棺の前にお花と一緒に入れてるんです」
 それは故人のためのお経だったり、祈りだったりで、落ちていた霊のためのものではないが、便乗でもいいから一緒に連れて行ってもらえれば、と思うのだと。
 今日は告別式が二件もあって、人目が多くて拾いれそびれた霊があったそうだ。
 さっき僕が目撃したのはそれを拾ったところだという。
「あとで、お通夜の方の棺に入れさせてもらいます」


 僕は霊感があるわけでもないし、幽霊とか見たこともない。だから彼女の言い分を頭から信じたわけではない。
 無宗教だし信仰心なんてカケラももってないが、どうせその場にいなければならないのだし、どうでもいいことを考えているくらいなら見も知らない迷子の霊の成仏を願った方がいいと思った。
 そして、それ以来、僕は心からこの言葉を言うようにしている。


「心よりご冥福をお祈りします」




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