(066)惑星マルデク

 はるか太古にマルデクという名の惑星(ギリシア人の言う惑星パエトン)が、火星と木星の間にその軌道を持っていたと言われている。各惑星の太陽に対する相対質量と距離を定義するティティウス・ボーデの法則()というものがあるが、これによれば火星と木星の間にもう1個の惑星が存在しなくてはいけないことになる。その質量は地球の90倍であり、太陽からの距離は2.8天文単位である。

 1801年、イタリアの天文学者ジョゼッペ・ピアッツィがちょうどそのあたりに小惑星ケレスを発見した。しかし質量があまりにも小さすぎるので、天文学者たちは元々の質量がアステロイドベルトにある小惑星群や太陽系を駆け巡る多数の彗星群の質量へと分散してしまったものと考えた。

 1980年代にアメリカの天文学者トム・ヴァン・フランダーンは良く知られている60個の彗星の軌道データをコンピュータに入力して、過去の同じ時刻に宇宙の同じ1点に結集するまで時間を逆戻りさせてみた。そこが元々は1つの惑星があった時間と空間にほぼ等しいと考えたのである。その結果、1000万年前に太陽から2.8天文単位の点で、かに座の中心アセルス星の方向、
黄道上で黄緯0度、黄経280度の1点から始まったことを発見したのである。

 さらに−1054万3371年にはこのアセルスの方向に太陽系の全惑星が並んでいたという天文学的なデータを得ることができた。マルデクの壊滅が、この非常に珍しい諸惑星の直列が原因でとなって引き起こされたという可能性も否定できないだろう。

 またこの惑星マルデクの公転周期は3600年であると言われているが、この3600という数はシュメールの60進法での一桁上(60×60=3600)であると同時に、マヤの20進法の一桁上の400キンの9倍(20×20×9=3600)でもある。そしてシュメールではこの3600年を1サルという単位で用いていたが、マヤでの3600年は1トゥン360日での3600トゥン=1296000キンは9バクトゥン(
144000×)である。

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)ティティウス=ボーデの法則⇒ティティウスが発見したものを18世紀中葉から19世紀の4半世紀まで生きたボーデが紹介した法則である。これは<0.4+0.3x2>という簡単な数式に、地球を1とした惑星対応の整数をnに代入するだけで現在の観測値の近似値が出てくるというものだ。(SEE⇒#318)。

 
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