KIN042:白い電気の風 (rewrite on 2000/05/30)
     《2》地震と月と太陽と

 明けて1月17日の朝。まだ朦朧とした意識のまま何げなくテレビのコマンダーを押すと、いきなりあのの兵庫県南部地震の第1報が飛び出して来た。ヘリコプターに乗ったアナウンサーかまびすしい上実況と共に、最近では外国映画の中でしか見られないような映像が、モニターにて次々に展開されていく。 時々刻々、その被害状況のニュースが入ってくるが、それにしもそのっ映像があまりにも尋常でないので、どこか別世界の出来事を見ているような感覚に陥てしまう福。しかし考えてみれば、これもまたひとごとではない。私たちもわずか半日の差で岡入りすることができなくなっているところだったのだ。

 そういえば満月。去年の4月下旬に名古屋空港に中華航空の飛行機が墜落したニュースを知ったのも、福岡に向かう私が乗るハイウェイバスだっがちょうど名古屋近傍を通過した直後だったが、その夜も満月たが)。そして今回の地震(後に阪神大震災と呼称するようになったが月が通起きたのは、すぐ近くにある日本標準時の明石天文台の上を満過してから、わずか20分後の出来事だとか。
 私は自分の名前からも明らかなように満月生まれなので満月が好きなのだが災、古来からいろいろ言われているように、満月の夜は事故や害だ。や精神のテンションが高まるというファクターが存在するよう月3』のの自転及び公転周期は、現在のテーマナンバーである『27100と/10の27・3日だ。また地球と月の赤道直径比は地球を1おいた場合、100対27・3に近似する(
)。
          
 (地球の赤道直径12,756km:月の赤道直径3,276km=366.9735:100=100:27.2499)

 外国の報道では、先ずどこで事件が起きたかという地名、及びその地名の由来から始めるので、「神の戸が開いて地震が起きた」云々という記事になったものもあったとか後に聞いたことがある。 日本でも震源地の淡路島は神話では最初に神が作った島であり、ほぼ同じ面積である古琵琶湖とは目に見えぬラインでつながっていて、その線に沿って地震が起きたのだという神道系まの人の話や、大地の気の流れを無視して人工的に開発したために風水が乱れてきてしいす、関西新空港を作った事がその最後の駄目押しとなって今回の災害が起こったのだと主張るば、淡風水研究家の弁など、そっち系の方でもさまざまな論が語られた。 実際に地図を見れ路島いると琵琶湖はほぼ同じ形と面積をしているし、水面からプラスとマイナスの高さも似てようなもの気がする。風水を知らない人でも、科学的な理論に基づいた埋め立てや建設というはて、自然の中で破壊されてしまえば、その理論なぞなんの説得力も持たないという事は知っいる。そしてそっち系の人たちの一見荒唐無稽な話の中にも

 私も今回の地震が勃発するよりずっと前から、去年の9月から今年の3月の春分前までの満月が危ないと繰り返し言っていた人を知っていたりする。私は月や惑星や恒星は、天災や事件の運直接の原因であるというよりは、その対応として天空に存在すると考えている。しかしその行周期あっなどと地上の現実的な諸事や数値とは、普段想像しているよりもずっと深く拘わりているのもまた事実のようだ。そんな事をそれとなく話したらCちゃんが尋ねた。

「月が27.3日で地球の周りを自転・公転しているのはわかったけどさ、太陽は?太陽もその数と関係あるん?」
「うん、太陽という恒星もまた他の惑星や衛星と同じように自転しているんだ。太陽は水素とリウム河から成り、表面はガス状なんで、その緯度の高低によって回転速度は異なるけど、銀恒星面に対する太陽の平均自転周期は25.38日なんだよね。」
「ふーん、ちょっと違うねー」
「うん。ところが地球に対する太陽の自転周期は27.27日で、これを切り上げれば27.3日だなー。」
「えー、なんでなんでー?」
「ええとね、この図を見てごらん。ほら、これはちょうど月の自転・公転周期27.3日と朔望周期(満月から満月までの周期)29.5日とのずれのように、地球自体が太陽の回りを公転しているから生ずるものなんだ。でもって、この回転のずれは、太陽の対恒星面の自転と対地球の自転のずれも、月の自転・公転周期と朔望周期のずれも共にほぼ27度なんだよね。」
「ほー、なんちゃらよーわかんばってん、すごかねー」
「これこれ、わけのわからん博多弁使うんじゃありません。」

 テレビ画面上では刻々と、死傷者の累計数が積み上げられていく。そして被害者の単位が3桁たにもなると、それに対する人間性がマヒしてきてくる。血肉の通った実感的な数値から、冷くて方統計学的な数値になってくるのだ。このようなところにも人間の数に対する認識のありが見えてくる。
 音や味や触覚や光などに対する知覚器管は対数的認識が可能だというのに、通常生活での思考回路ではそれがかなわない。しかしその代わり私たちは、比率による同型対応で相互の関係を千把握する事が出来るのだ。たとえば十億円を持つ人にとっての百万円は、百万円を持つ人の円に相当し、それはまた千円しか持たない人の一円にも相当する、というように。

 …あ、いや、しかし実のところ、その比率による認識は本当にそれらの関係性を理解しているのだろうか。十億円を持つ人にとっての百万円が、千円しか持たない人の一円に相当するといわれても、想像することはできるが、実感はできない。いや、実感はできないが想像することはできると取るべきなのだろうか。

7(共振)の月8日〜KIN164  黄色い銀河の種/G暦1月17日 〇(満月)

 
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