溶融坩堝(ようゆうるつぼ)

坩堝(るつぼ)とは、ガラスを溶かす為に用いる、陶器または磁器製の容器で、珪砂等のガラス原料を中に入れ溶融しガラスを作り出す
加熱しても大丈夫な土や石で作られる事が多い。

ガラスの製造方法には色々は方法があり、
ガラスが日本に伝わって生産されていくまでには、幾つかの工程を経てきたと考えられる。
  1. ガラス製品の輸入(加工はせず)
  2. ガラス製品としてではなく、二次的加工を目的としたガラス素地の輸入
  3. ガラスを独自に作り出す為の原料の調達
  4. ガラス生産
(1)の場合加工する設備は必要無く大陸の影響をそのまま受け継ぐかたちとなる。
その後(1)の影響を大きく受けながら、独自の文化との複合を目指し素材としての(2)が行われる。
(2)は弥生時代中期にはすでに行われており、(1)と(2)の時間経過のを考えても短時間で二次的加工を取る体制がとられていることは、大陸との交易が始まった初期の段階で、すでにガラス加工技術を持った人達が渡来してきていたのは間違いが無いであろう。

(2)と(3)の大きな違いは二次的加工を行うか?ガラスその物を生産するか?であるがその違いを証明するにあたり坩堝の存在が重要になってくる。

二次的加工にも坩堝が使用されたのでは?と思われがちだが、貴重品であるガラス素地を無駄に使用するだけであまり効率が良いとは言えない。
大きなものを作ろうと考えているならば話は別だが、小さなものを作るために大変な工程を増やすだろうか?

いくら高温で融解しているガラスでも、空気と触れ合う部分は急冷され、固まり始めてしまうので窯から取り出したら素早い作業が要求される、それでもガラスは水のように容器を一瞬の内に空にすることはできない、水飴や蜂蜜よりも粘性は高く、全てをかき出す事はまず難しい、ガラスの入った坩堝の内側には流れ落ちないガラスが1mmほど残ってしまい。容量500ccの坩堝であれば20%のロスを考慮しながらガラス素地を作っていかなければならない。

鉛を多く含むガラスの二次加工であれば800℃ほどの焔で十分であるので、土器程度のものでも十分可能であろうが、ガラス素地からの精製となると、たとえ湯呑ほどの坩堝であっても、炉内の温度が1100℃を超える状況を最低2時間は必要とする施設であったり、鉛の重さや侵食性に耐えうる坩堝素材が必要となってくる。

(3)と(4)は同時並行していた可能性もある。

現在の所、弥生時代に坩堝が存在していたかは定かではないので、ガラスを独自で作り出す技術があったとは考えにくい。
完全な坩堝は飛鳥時代の遺跡(奈良県高市郡明日香村飛鳥の飛鳥池遺跡(7世紀末〜8世紀初))より出土している。
奈良県国立文化財研究所発表の「飛鳥・藤原宮発掘調査概報」1992年5月による坩堝寸法は下記に示す通りである。

飛鳥池遺跡(7世紀末〜8世紀初)出土坩堝
大型坩堝 中型坩堝 小型坩堝
口径 10.0cm 8.5cm 6.5cm
内径 8.5cm 6.5cm 5.5cm
高さ 16.0〜11.5cm 10.7〜10.1cm 10.4cm
深さ 13.0〜8.4cm 9.2〜6.4cm 7.8cm
容量 330〜480cc 160〜250cc 120cc
使用容量 270.0〜380cc 80.0〜180cc 90cc
奈良県国立文化財研究所発表の「飛鳥・藤原宮発掘調査概報」1992年5月
藤田等著『弥生時代ガラスの研究』1994年(発行年) 株式会社名著出版」

実物はこんな感じでした。粘土製坩堝 蜻蛉玉 久雄作成
形状的には大砲の弾のような砲弾型をしており、底がとがっていて立たない湯呑だと思っていただければ間違いが無い。
湯呑〜こりゃほっとけませんな〜てことで、今回も湯呑を・・・と考えましたが、せっかく寸法が出ているので、荒土粘土で作ってみました。
当然、湯呑も使用しますよ。

磁器製坩堝 これは売ってます。
加熱時から常温に冷める段階で、坩堝とガラスでは収縮する割合が違うので炉から出すと割れてしまう事が多いので、いろんな土で複数の坩堝を作ってみました。

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