弥生時代のガラス

1989年に佐賀県神崎郡で環濠集落が発見され、2000基ほどの甕棺が出土、人骨と共に管玉が出土した・・・・
これは、国の重要文化財にもなっている吉野ヶ里遺跡(弥生時代中期中頃)である。
弥生時代には多くの遺跡よりガラス製品が出土しています。
勾玉(まがたま)、管玉(くだたま)、棗玉(なつめだま)、丸玉(まるたま)、粟玉(あわたま)、連玉(れんだま)、蜻蛉玉(とんぼだま)切子玉(きりこだま)、少し大きな製品になりますと、釧(くしろ)と呼ばれる腕輪等、が発掘されています。
その功績に伴い、その製法も明らかになりつつあります。
その製品を見ると、現在の製作方法とは違った製造方法で作られていたのではないか?
という疑問を感じさせる製品も幾つか出土しております。
現代では加工機材の発達により多くのガラスが毎日生産されていますが、
日本で初めて加工されたガラスはどのようなもので、どのように加工されていたのかを
蜻蛉玉久雄では当時のガラス製造方法を再現しながら、
日本が育み育てた日本のガラスを作ってみようと思います。

ガラス原料はガラス組成分に基づき調合される
吉野ヶ里遺跡(弥生時代中期中頃)SJ1002
管玉分析比較表
EPMA分析 化学分析 蜻蛉玉久雄
調合 内訳
珪素 40.3 41.20 42.0 珪砂
硼素 2.5 1.47 1.5 ホウ酸
アルミニウム 0.3 0.46
0.06
35.0 35.72 35.0 鉛丹
バリウム 11.6 11.43 11.0 バリウム
ストロンチウム 0.10
カルシウム 1.0 0.42
マグネシウム 0.27
ナトリウム 6.3 6.82 7.0 重曹
カリウム 0.25
0.5 0.48 0.5 酸化銅
0.0005
クロム 0.000
塩素 2.1 1.46/-0.33
合計 99.6 99.81 97.0
「吉野ヶ里遺跡ガラスの分析は次の文献による。
藤田等著『弥生時代ガラスの研究』1994年(発行年) 株式会社名著出版」

原料をよく混合する事は溶融を助ける。
上記のデータから〜わかる事。
*綺麗な青色のガラスであるがこれは酸化銅による発色である。
 0.5%の添加は色の傾きを左右するには十分なw/%である。

*現代のガラス比べ鉛の割合が多く高濃度の鉛ガラスである。
 耐水性を増す役割をしている

*光学ガラス等に使用されているバリウムの割合が非常に高く
 融剤(軟化点を下げる)としての役割をしており、
 低温でもガラスが出来あがり、泡切れもかなり良いはず・・・

*硼素の添加により、熱膨張変化を極力抑えようとする試みが見られる。

*珪素、鉛、バリウム、硼素の結びつきを強くする為のナトリウム。

*ガラスの主成分として珪素の割合は問題無いとしても、鉄分が0.06%
 に抑えられているのは、十分な精製が行われていた事がわかる。

ガラス調合 完了
吉野ヶ里遺跡より出土のガラス管玉はその組成分より
大陸よりの舶載品と考えられ、当時の工人が目指したガラスであり
今回は、この管玉に使用されているガラス組成を基に
復元を試みてみます。
残り3%は藁灰及び、融剤等を添加し補うこととする。
微量の未混入成分に関しては藁灰及び珪砂にて含まれる
不純物やカルシウム、カリウムで代用し特に組成分に基づく添加はしない。

[TOP ページ][ガラスの研究] [ガラスの化学] [ガラス実験室][ガラスの復元] [溶融窯]
[とんぼ玉] [みしま風鈴] [サーレル美術館] [日光陶器店] [術と科学]


Copyright(C)2002 by hisao.sekine All Rights Reserved