| ■ 「IT」いん石、社会を直撃…ソニー社長 出井 伸之氏 |
| 2000/4/24 朝日新聞朝刊 |
いでい のぶゆき。モノ作りの企業をネットワーク企業へと変身させる経営者。62歳。 ――コンピューターと通信が融合した情報技術(IT)革命は、社会にどんな衝撃を与えるでしょうか。 「6500万年前、ユカタン半島(メキシコ)に落ちた巨大いん石が、地球上の恐竜を絶滅させた、といわれます。気象など環境の激変に適応できず、哺乳類(ほにゅうるい)の時代へと移った。インターネットは現代の産業社会に落ちたいん石です」 「数年のうちに、ブロードバンドと呼ばれる通信インフラの大容量時代が訪れる。これが2発目のいん石になる。インターネット以前に存在していた社会の仕組みはことごとく生存の危機に立たされる。企業だけでなく国家や個人も、新たな生存環境へ適応することを迫られる」 ――環境がどう変わるのですか。 「企業と個人の情報格差はほとんどなくなる。どこにいても同じ情報を大量に手に入れることが可能になり、人々を遮断していた時間距離や組織の壁などが壊れていく。オーケストラをインターネットで聞いたり、世界に発信する個人放送局や双方向テレビなど、新たな情報手段が、ビジネスや生活の場を変える」 「自動車や家電などのモノ作り産業は、ピラミッド型の大組織で発展してきた。巨大な資本が必要で、参入障壁は高く、集団的な規律で仕事をする。インターネット社会は、参入障壁が低い。創意工夫さえあればだれでも事業を起こせる。ネット上で商売するサイバー企業がどんどん現れ、伝統的な大組織のリアル企業が築いた常識を次々に覆しています。米国ではサイバー企業の代表であるAOL(アメリカ・オンライン)が、リアル企業の代表格ともいえるタイム・ワーナーを合併する。サイバーとリアルの融合が始まった」 「意思決定のスピードと、身軽な組織によるコストカットが勝負を分ける。何段階もの決裁が必要な重層的な組織では間に合わない。ずうたいの大きい恐竜組織は壊れていく」 ――国家や政府、個人も例外ではないのですか。 「ピラミッド型の中央集権から分散型の都市国家へ移っていく。優れた通信インフラを備え、制度的にも開かれた都市が発展する。都市のコンテンツ、つまりどんな人が集まっているかが重要になる」 「よいことばかりではない。デジタル・デバイドと呼ばれる情報を使いこなす能力の差が、人々の間に深刻な格差を生む。どう克服するか、人類の知恵が問われている」 ――デジタル革命はどのように進展していくのでしょうか。 「IT技術はドッグイヤー(犬の年齢)といって、1年が7年分のスピードで進んでいる、と言われる。10年経ったら70年の進歩、私の生まれる前の時代から今が想像できなかったような変化がやって来る。マサチューセッツ工科大学の研究では、コンピューターのCPU(中央演算処理装置)が簡単に作れて、空気のように、どこにでもある状況が想定されている。大容量通信が重なると、どんな世界になるやら、だれもわからない。文字と音と映像が瞬時に送れるぐらいはわかるけど、それで社会や教育や政府がどうなっていくのか。想像さえつかない。著作権、プライバシー、情報公開など、制度が技術の進歩に追いつけないで、米国でも困っている。まして日本は、政府や自治体が、取り残される心配がある」 ――都市国家になっていくと言われましたが。 「都市間の競争が起こるだろう。情報を発信できる都市、となると言論や政治的自由は大切な要素でしょう。その上で、どのような人が住み、いかなる機能を備えているかが大事になる。ニューヨークと競うには、東京がなにを売り物にするか、石原都知事にもその辺をしっかり考えてもらいたい」 「東京にあってニューヨークにないものは、モノ作りに必死で取り組む人たち。過去50年、日本がモノ作りへかけた執念や研究体制は、インフラとして整っている。ただ、一人ひとりの研究レベルは高いが、企業として生かし切れているかは疑問です」 ――なぜですか。 「マネジメントが古いから。過去の成功体験が邪魔したりする。日本では大企業に入ってしまうと10年たっても課長にもなれない。年功序列の賃金で3番、4番バッターに働きに見合ったカネを払わず、コーチに高い給料を出しているのが実情だ。ネット社会にふさわしい鋭敏な能力を持っているのは20代かも知れない。しかし、ソニーでも制度をすぐに変えることは難しい」 ――ソニーの強みは何ですか。 「ブランド価値でしょう。ブランドを残しながら、中身を変えていく。体の細胞が日々生まれ変わるように、生存環境にあわせて、自己否定を続けなければ時代に追いつけない。疲れる仕事です」 ――ソニーはモノ作りの恐竜型企業でした。ネット企業にどう変身するのですか。 「50年の歴史で、ソニーは前半の25年は、トランジスターなど基礎的技術の仕込み期間だった。次の25年が発展期で、テレビやビデオが、ワッと開花した。日本全体が爆発期で、松下も東芝も富士通もみんな発展した。この時期は、コンピューター技術の助走期間だった。CPUや半導体、OS(基本ソフト)などが開発され、そこにインターネット技術が重なった」 「5年前、社長になった時、大変な時代が始まる、と思った。ネットワーク革命が爆発的に起きることを予感し、伝統的なオーディオ・ビジュアル(AV)の事業と、これからの通信技術(IT)を結合させる企業への変身を唱えたのです」 ――大組織のカジの切り替えは簡単ではないですね。 「テレビやビデオなど組み立て加工型のビジネスは、規模が限度を超えると効率が落ちる収穫逓減の法則が当てはまる。半導体やゲーム機は設備投資や開発費にカネがかかり、量が増えるほど利益が膨らむ収穫逓増のビジネスだ。ネットワークを使ったサイバービジネスは利用者が増えると、2乗、3乗で価値が増殖する収穫爆発の法則だ。携帯電話をただ同然で配ったり、端末を与えてネット証券がお客を引き込むのはそのためです」 「わたしは、ビジネスを支配する法則に従って事業をグループ化した。分社化して権限も委譲した。意思決定が速く、機動的な組織でないと、創造性に富む仕事はできません」 ――銀行も始めますね。 「企業はすでに銀行的な機能を持っている。トヨタ自動車も銀行からカネを借りないで、資金は市場から集めています。モノを売っておカネが入れば運用する。ローンで売れば融資と同じだ。モノと情報とカネは一体で運用した方が、効率的だ。ソニーはテレビを年間1200万台売り、プレステは約2000万台。お客様や株主など取引に実績がある個人に融資することは自然の成り行きだ。皆が端末を持てば、ネットで銀行ができる」 ――どんな銀行になりますか。 「普通の銀行ですが、支店は持ちません。ソニービルに窓口ぐらいはできるかもしれない。ソニーはブランドで信用をカバーし、ネットが支店に代わるから重い組織はいらない。既存の銀行が悩んでいるのは、ネットで業務ができる分野に、店や従業員を抱えてしまったことでしょう」 ――ネット社会は業界の垣根を崩します。 「電気とか自動車とか生産されるハードウエアで企業を分類するのはもうばかばかしい。米国の自動車メーカー・GMの取締役会に出ていますが、話し合われているのはIT革命にどう取り組むかなどソニーと同じような課題です。電子技術者の数だってソニーより多いかも知れない。トヨタも金融や通信に関心を寄せている。私はテレビの作り方を知らないし、トヨタのトップもたぶん自動車を作れないだろう。社長が入れ替わったっておかしくないぐらい、同じようなことを考えているはずだ」 ――人々の暮らしや働き方は変わるのですか。 「テレビはなくならないと思う。送られてくる画像を、ぼーっと見ている、そうした受動的な面が人間にはある。能動的に生きるのは疲れますからね。でも、結論的に言えば、個性的にならざるを得ない。企業が、あなたはどういうことができますか、と問うようになる。自分がやりたいことを実現するには、どう生きるか、何ができるかはっきりさせたほうがいい。同期がいっしょに昇格したり、ひとつの会社に一生、ということもなくなるでしょう」 ――それにしてもコンピューターと付き合うのは疲れますね。 「まだ機械に能力が足りないからです。無理に機械に追いつこうとせず、自分の好きなこと、例えば俳句や絵や音楽などやっていたほうがいい。そのうち機械の方が追いつきます」 ――ネット社会は失業を増やすと心配されています。 「雇用の形態やカネの流れがドラスティック変わるだろうが、新たなビジネスが起こり、そこに人が吸収されていく。2年前接続サービス会社として始めたソネットの社員は20人が150人に、また、ソニー・コンピューター・エンタテインメントは5年で1000人ぐらいになった」 (聞き手 編集委員・山田厚史) 「メディアに出て話をするのは社内へのメッセージ」と言う。企業改革は社員をその気にさせることだが、頂点から説教を垂れても、管理職の伝言ゲームで情報は劣化する。「英語でタンカの切れる日本人」の求人を見て1960年、早稲田大学政経学部から入社。3年目に私費でジュネーブに留学、9年間を欧州で過ごす。95年、14人抜きで社長に。分社化、執行役員制を推進した。 |