JZX90 クレスタ TOURER−V

   18インチを履いてた頃。YZ1コーナーにて。

    

    

   鈴鹿のS字。ロールがでかい。

    

 

   1999年10月 モーターランド鈴鹿にて。

   

  

   1994年 3月   それまで乗ってたGX81(家族に譲った)とAW11(下取りに出した)を手放して購入。

               さすが280馬力。しばらくはアクセルを半分も踏めなかった。

   1994年 5月   フォグのバルブをPIAAイオンクリスタルに。フォグはやっぱ黄色くないと。

   1994年 7月   17インチホイル装着。スクロッサ7J−17オフ42、8J−17オフ46、BSGグリ215/50、235/45。

   1995年 1月   タナベスーパーHサス、KYBニューSRスペシャル装着。このショックは大失敗。も〜大ショック(さぶ〜)。

               純正よりも減衰力低かった。

   1995年 2月   RECARO SP−G 装着。フルバケながら純正シートよりも疲れない。サイドステー加工でスーパーローポジション。

   1995年 5月   ブリッツエアクリーナ(純正交換タイプ)装着。エアクリーナの塗布オイルがエアクリーナケースの下に溜まってベトベトに。

   1995年 7月   カロのオーディオ購入。リヤドアスピーカは頼りないのでリヤトレイにもスピーカ追加して6スピーカに。

   1996年 5月   サーキット用に、AVS VS−6 7J−16オフ50、8J−16オフ50、DLW1R205/55、225/50購入。

               まだまだ17インチタイヤは高価で、もったいなくてサーキットなんか走れなかったから。

   1996年 6月   M’sエアクリーナ装着。なかなかいい音(バックタービン音?)がするように。

   1996年 9月   柿本HYPER2装着。車検対応だけあって音は静か。

   1997年 3月   TEIN HR装着。調子こいて1番下まで下げてたらフロントフェンダーの塗装が割れた。

   1997年 4月   18インチホイル装着。スナイパー8J−18オフ45、9J−18オフ45、YHM7R225/40−18、255/35−18。

   1997年 9月   パッドをフロントのみウェッズREVSPECに交換。純正よりは多少効きがいいかなって感じ。

   1998年 9月   初の鍛造ホイル装着。RAYS TE37 7.5J−17オフ40、8.5J−17オフ40、YHネオバ225/45、245/40。

               手で持った感じ、純正16インチと同じくらいの重さ。

   1998年10月   パッドをフロント、リヤともエンドレスNA−Sに交換。200キロオーバーからでも安心してブレーキングできる。

   1999年 6月   フロントパイプを柿本に、プラグをHKSのイリジウムに交換。

   1999年 8月   80スープラ純正インタークーラー装着。ついでにリヤワイパー用ウォッシャーを加工してICスプレーに。

   1999年10月   またまたパッドをフロント、リヤともエンドレスNA−Sに交換。

   1999年11月   タイヤをDLRSV98spec.225/45、255/40に交換。街乗りは純正アルミ+スタッドレスに。

   1999年12月   何故かKENWOODのDVDナビを衝動買い。自宅の住所を番地まで入力すると検索できた。驚き。

   1999年12月   フロントバンパーの右ウインカーを外してインタークーラーが少しでも冷えるようにした。代わりにコーナリングランプを

               オレンジバルブに交換してウインカーに。クリアランスランプもオレンジになっちゃった。

   2000年 2月   エスティマ倶楽部のSHINさんから、JZA70純正アルミをいただいた。これで年中スタッドレスから脱却。

   2000年 3月   JZA70アルミにDLFM901 225/50−16装着。なかなかよい感じ〜。

               と思っていたら、これが結構フロントがフェンダーと当たる。特にナビシートに人を乗せた時は当たりまくり。(爆)

               TE37にRSVの方が外に出てるんだけど。タイヤ外径がちょっとデカかったかな。でも純正と同じなんだけど。

   2000年 5月   エスティマ倶楽部のたかさんからいただいたTRDのハイプレッシャーラジエターキャップを付けてみた。

               注意書きに古い車には付けるなって書いてあったけど大丈夫かな。

   2000年 7月   ついにお別れする時が来ました。6年4ヶ月ホントにありがとう。

 

 

 

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