猫だんご

〜灰原哀の場合〜

 

 

 

 

 

 

 今日は朝からずっと雨だった。

 雨が降ると、廊下の隅っことか窓際とかが湿っぽくなるので、新一は雨の日が嫌いである。

 これはコナンも同じようで、ふたりともずっとリビングのソファに寝そべっていた。

 

 雨の日は、外の景色も面白くないからだ。

 そんなつまらないことだらけで、夜が更けて行く。

 

 外が暗くなるのも早いので、新一もコナンも余計に雨の日が嫌いだった。

 

 しかし、そんな湿っぽい静寂も、突然壊された。

 

『有希子君! おるかね!?』

 

 隣家の阿笠博士が、とつぜんドアチャイムも鳴らさずに飛び込んできたのだ。

 あまりの慌ただしさに、有希子はリビングから顔を出す。

 新一もコナンも、ソファから飛び降りて廊下の様子を伺った。

 

 玄関には、びしょ濡れの阿笠がいた。

 

『博士、どうしたの?』

 

 阿笠のいで立ちに、有希子は素っ頓狂な声をあげる。

 阿笠は、びしょ濡れであるだけでなく、トレードマークの白衣を着ていなかった。

 が、どうやら白衣らし布の塊を両手に抱えている。

 

『ちょっと、見てくれんかね?』

 

 阿笠は真剣な顔で、両手の布の塊を有希子へと差し出した。

 

『え?』

 

 有希子は一瞬目を丸くしたが、阿笠に言われるまま布の塊へと視線を落とす。

 と、瞬時にその表情が曇った。

 

『博士…この仔、どうしたの?』

『この先の公園で見つけたんじゃ』

 

 布の中にいたのは仔猫だった。

 雨に濡れたせいか、がたがたと震えている。

 阿笠は心配そうに仔猫を見下ろした。

 

『……見つけたものの、どうしたらいいのか解らなくてのお……ここなら、新一やコナンがいるから、対処の仕方も解ると思ったんじゃ』

『ええ、確かにうちには、新ちゃんやコナンちゃんがいるけれど………』

 

 会話の中に自分たちの名前が出て来たので、新一とコナンはリビングから出て、廊下にまでやってきた。

 しかし、二人とも、近寄るふたりには見向きもしなかった。

 真剣な顔をしているのに、新一も声を出して割り込むような真似はしなかった。

 コナンも多少は何かしら感じたらしく、新一の隣に神妙な面持ちで座っている。

 

「ねえ、新一……何の話かな…?」

「なんだろ……博士が何か持って来たみたいだぜ?」

 

 そっとコナンが聞いてくるのに、新一はそれだけ言って、阿笠の手の中の布の塊をじっと見上げた。

 

『ともかく、今日は掛かり付けのお医者様はもうお休みだから、明日、朝一番で行きましょう。それまでこの仔、預かってもいい?』

『ああ、ぜひ頼むよ。明日は儂も行くから、何時に来ればいいかのお?』

『診察は十時からだけど、先生は九時からいらっしゃるわ。八時にはここを出ましょう』

『解った。八時に来るよ。それまで頼んだぞ』

『ええ』

 

 有希子がしっかりと頷くのに安心してか、阿笠は工藤邸を後にした。

 

 阿笠が帰ってすぐに、有希子はリビングを振り返る。

 

『優作! 使い捨てカイロ出して……あとタオルと毛布と……』

『どうしたんだ、有希子?』

 

 大声をあげる有希子に優作が不思議そうに書斎から顔を出す。

 そうして、有希子が大切そうに抱えるものが何であるか解ると、直ぐさまカイロを取りに物置へと向かった。

 

 その間にも、有希子は毛布を引っ張り出し、柔らかなタオルで仔猫を拭いやる。

 水気をぬぐい取ってやるころ、優作がカイロと大きな籠を抱えて戻ってきた。

 

 有希子は籠を受け取ると、中に毛布とカイロを詰め込んで、そこでようやく仔猫をそっと寝かせる。

 仔猫は鳴くこともできないほど、弱っていた。

 ただ、震えるばかりだ。

 

 新一は二人の傍らでずっと様子を見ていたが、仔猫が籠に入れられたのを見て、ようやく籠に歩み寄った。

 

「母さん」

『どうしたの、新ちゃん?』

 

 新一が側にいるのに初めて気づいたらしい有希子が、少しだけ驚いた声をあげる。

 新一はそんな有希子と優作の間を擦り抜け、籠によじ登ると震える仔猫の傍らに寄り添うように寝そべった。

 

『新ちゃん、看ていてくれるの?』

「俺が、朝までついていてやるよ」

『ありがとう、新一』

 

 優作に頭を撫でられて、新一は小さく喉を鳴らした。

 

 と、今度はコナンが籠に駆け寄る。

 

「新一、僕もっ!」

 

 がしっと前足を籠にかけるコナンに、新一は一言返す。

 

「お前は、ダメ」

「えー、なんでっ!」

 

 いきなりダメと言われたコナンは、不満大爆発の声をあげる。

 しかし、新一は平然と言葉を続けた。

 

「だってお前、寝相悪ぃじゃん。今日はやめとけ、な?」

「う〜〜〜」

 

 言葉をは唸り声をあけだ。

 新一の言う通り、コナンははっきり言って寝相が悪かった。

 夜眠りについたクッションのはるか遠くで目を覚ましたことも一度や二度じゃない。

 側で眠る新一が、パンチとか蹴りとの被害にあったのも、当然一度や二度ではない。

 

 そうなると、こんな狭い籠の中では、到底コナンが収まる訳がないのである。

 

「コナン」

「………解ったよ」

 

 不満たらたらであったけれど、コナンは仕方なく引き下がった。

 今は我がままを言っても許される時ではないことが解っていたから。

 

 コナンは仕方なしに、籠から離れた。

 

『コナンちゃんは、こっちね』

 

 有希子がコナンを抱き上げ、いつも眠るクッションへと連れて行く。

 コナンは籠の方が気になって仕方なかったけれど、渋々クッションの上で丸くなった。

 

 そして、新一は震えて眠り続ける仔猫の側にずっといてやるのだった。

 

「しっかりしろよ」

 

 そっと声をかけて、冷たい体を嘗めてやる。

 

「……お…姉…ちゃん………」

 

 仔猫は今にも消え入りそうな声をあげて、傍らの新一に擦り寄った。

 

 

◎◎◎

 

 

 翌朝、一番に阿笠がやって来て、有希子と仔猫はすぐさま病院へと連れて行かれた。

 二人と一匹が工藤邸に戻って来たのは、昼を過ぎたころである。

 

 仔猫は入院しなくてもよいようだった。

 多分、カイロや新一が側にいたおかげで、体温が下がらずに済んだのが良かったのだろう。

 

「母さん、お帰り」

『ただいま、新ちゃん』

 

 新一が足元に駆け寄ると、 有希子は新一の頭を撫でてやったる

 

『じゃあ、博士。しばらくこの仔はうちで預かるわね』

『おお、よろしく頼むよ。その間に、必要なものは揃えておくから』

 

 有希子の言葉に大きく頷いて、阿笠は機嫌よく帰って行った。

 

『さて』

 

 玄関のドアが閉じると、有希子がくるりと踵を返してリビングへと向かう。

 その後を、新一とコナンがついてくる。

 

 果たして、有希子は仔猫を昨日の籠の中へと戻した。

 新一は当然のように籠の中へと入り込む。

 コナンは・・・昨日、新一に駄目だと言われたのでつまらさなそうに、籠の外から中を伺うことしかできない。

 

『新ちゃん、今日も面倒見てくれるの? ありがと』

『新一は面倒見が良いね……ところでこの仔は………』

『先生の話だと、ソマリじゃないかって…アビシニアンの長毛種よ…とっても美人さん』

 

 有希子と優作は、籠の中の仔猫を覗き込みながら、楽しげに話している。

 峠を越えたので、心配も格段に減ったのだ。

 と、なると、工藤邸の来訪者について、いろいろ考える余裕もできてきたのだろう。

 

 頭の上の方で交わされる会話を聞くともなしに聞きながら、毛布の中に包まれた仔猫を、新一は覗き込んだ。

 途端、仔猫の体がびくりと竦む。

 

「だれっ」

「俺? 俺は工藤新一」

 

 神経質な声で問われて、新一はあっさりと名乗る。

 

「お前は?」

 

 逆に聞き返されて、仔猫は恐る恐る新一を見た。

 

 きれいな毛並みのロシアンブルーが、自分を見下ろしている。

 青い瞳が柔らかく綻んでいた。

 ふと、張り詰めた気配が緩む。

 

「わたしは………灰原…哀…よ………」

 

 しばらく思案した後、仔猫−哀は小さな声でそれだけを言った。

 

「そ、か…よろしくな、灰原」

 

 にこやかにそう返した後、新一は哀の傍らに蹲る。

 

「あの……?」

 

 哀が不審そうに新一を見ると、新一は小さく首を傾げて見せた。

 

「ん? また寒くなったらまずいだろ?」

「え……もしかして、夜…一緒にいてくれたの……あなた?」

「まあね」

「……………ありがとう」

 

 礼の言葉は、名乗ったとき以上に小さなものだった。

 けれど、新一は特に気にもしていないうようだった。

 

「早く良くなるといいな」

 

 そう言って、新一は柔らかく笑った。

 と、籠の外から声がした。

 

「新一っ、僕もっ」

 

 我慢できなくなったのか、コナンが籠によじ登って来た。

 新一も今度は制止しなかった。

 哀の容体が、昨夜より良かったからだ。

 

「僕、江戸川コナン」

 

 新一と良く似た外見と口調でそういうコナンは、くるくるとよく表情の変わる目をしていた。

 

「よろしくな、灰原」

「ええ」

 

 嬉しそうに名乗るコナンに小さく頷いて、哀は目を閉じた。

 見慣れない猫が二匹も側にいるというのに、不安はほとんど感じなかった。

 

 

◎◎◎

 

 

 それから、すっかり良くなった哀は、当初の予定通り、阿笠に引き取られた。

 阿笠と来たら、初めて猫を飼うのに大変張り切っているらしい。

 有希子のアドバイスを受けて、必要最低限を越える猫用生活用品を思いっきり揃えたとか。

 哀も、阿笠に助けられたと解っているらしく、今一つ可愛げに欠けるが、何とかうまくやっているらしい。

 

 そうして、阿笠邸に引き取られて初めて、哀が天気の良い日に工藤邸を訪れた。

 

「よお」

「こんにちは」

 

 ひょっこり現れた哀を、新一は笑顔で迎える。

 

「もう、いいのか?」

「ええ、お陰さまで」

 

 仔猫とは思えないえらく落ち着いた所作と言葉遣いである。

 歳はコナンとそう変わらないと思うのだが・・・

 

「灰原っ」

 

 と、コナンが嬉しそうに駆けてきた。

 自分と同じくらいの仔猫の存在が嬉しいのだ。

 

「家の中探検しないか?」

「…………遠慮しておくわ」

 

 哀は素っ気なく、コナンの申し出を断った。

 コナンは途端にがっかりしてしまう。耳がぺたりと伏せていた。

 

「つっまんねえ……」

 

 ふくれるコナンを新一がたしなめる。

 

「そう言うな。灰原は探検に興味がないんだろ………こっち来いよ」

「?」

 

 笑いながら歩きだす新一の後を、哀は首を傾げながら続いた。

 思わせ振りな言い方だったので、コナンを相手にするようには断ることができなかったのだ。

 

 そうして、リビングを通り抜け、窓際へ到達すると、新一はソファを経由して出窓に移った。

 哀もコナンもその後に続いてソファをよじ登る。

 

「ここは?」

 

 到着したのは、別になんてことない出窓の上だった。

 怪訝そうな顔をする哀に新一は笑いながら言った。

 

「ここ、このうちで一番昼寝するのにちょうどいい場所」

 

 言って、新一が寝そべる。

 確かに、出窓には日の光が差し込んでぽかぽかと暖かい。

 

「確かにそうみたいね」

 

 小さく頷いて、哀もまたぺたりと体を伏せた。

 暖められた板が気持ち良かった。

 

「ちえっ」

 

 コナンは大変不満そうだが、仕方なしに新一に近づくと体を丸くした。

 

「いつでも昼寝しに来てもいいぞ」

 

 うとうとしながら哀は、新一の言葉に頷いた。

 

 

 その日から、出窓に度々隣家の猫が昼寝している光景が見られるようになったのは、言うまでもない。

 

 

FIN

 

2002.04.18

 

◎◎◎

 

猫だんご〜灰原哀の場合〜でーす☆

まず最初に、まりあごめん。オッドアイの設定、ちと入れられなかったなり〜。

そいでもって、はるhalさんスペサル・サンクス☆☆

はるhalさんの猫な灰原イラスト見たら、一気に進んだよーーー!

どうも、このお話、灰原は新一に一目ぼれのようです。

キッド、最大ライバル登場かっ!?

さて、どーなるんでしょーねー☆☆☆