私の住む町”鶴岡”をちょっと紹介

 私が住む山形県鶴岡市は東北地方の日本海側にあります。日本の食料供給基地なんて呼ばれてた庄内平野の南にあります。ちょうど山形県の目玉の辺かな?余談ですが山形県てどこにあるか知ってます?大阪に行った時入ったお店の人に「東北六県言える」って聞いたら山形だけ答えてもらえませんでした。かなりショック!もっと山形のこと全国の人に知ってもらいたいです。鶴岡は江戸時代に徳川家の譜代大名酒井家によって庄内藩として約250年間統治され城下町として発展していった町です。江戸時代の前はいろいろな人に統治されていましたが徳川四天王の酒井忠次公が来てからは平和そのものだったらしいです。鶴岡は全国で100番目に市になったところで現在は人口約10万人の都市です。江戸時代からの城下町としての流れが強いためどちらかというとのゆっくり構える人が多いです。まあよいことではないですが鶴岡時間(庄内時間)なんて呼ばれる時間にゆっくりした考えを持っています。そのせいか気性は穏やかでのんびりしていて人情に厚い人が多いですね。歴史と文化にあふれた人情の町です。平成17年10月1日には市町村合併により近隣の羽黒町、櫛引町、藤島町、温海町、朝日村と合併しました。
 
歴史:「鶴岡」は平安時代頃からは「大宝寺」と呼ばれていました。平安時代には大泉荘(荘園)の中心となっていました。その後鎌倉時代以降武藤氏による統治、その後戦乱期越後上杉氏の統治、関ヶ原の合戦後山形城主最上義光の統治を経て徳川家譜代大名酒井忠勝が庄内13万8000石の領主として統治し現代にいたります。「鶴岡」という名は最上義光の時代に大宝寺城を整備し隠居城とし名前を鶴ヶ岡城としたところからできました。徳川の世では250年間庄内の中心地・城下町として発展していきました。明治維新を迎え庄内藩は徳川の軍として奥羽連合として会津藩などとともに新政府軍と戦いました。かなり強かったらしく連戦連勝だったそうで戊辰戦争後は庄内藩を縮小させる動きが出たそうです。その後酒井氏により藩籍を奉還し大泉藩と改称されました。その後廃藩置県で大泉県となりその後も酒田県、鶴岡県を経て山形県、置賜県と合併し山形県に属しました。鶴岡市はと言うと町村法の施行で「鶴岡町」として発足しその後、稲生村、大宝寺村を合併し大正13年に日本で100番目の市として誕生しました。その後も昭和30年台の町村合併で近隣町村と合併しました。さらに平成の大合併でさらに近隣町村と合併し現在にいたります。

鶴岡を一言で表すと:「沈潜の風(ちんせんのふう)」だそうです。その意味は「目立たぬよう深く沈み隠れるおくゆかしさを美徳とし、常には地道に力を養い、いざというときにそれを大いに発揮する堅実さ」であるそうです。これは明治の政治家・漢学者の副島種臣が庄内人を評した言葉で鶴岡の人々が古くから引き継いでいる気風だそうです。昔の人には誰にでもあったような感じかなとも思いますが奥ゆかしさや謙虚さなどがそれなのかと。たそがれ清兵衛(山田洋二の映画)をみるとまさにといった感じです。反面、人を乗り越えて何としても上に行こうととする気持ちがなかったり、保守的な考えが多かったりもします。庄内人(鶴岡人)としては沈潜の風は守っていきたいですね。

有名な人:競争を好まないせいか文学人と呼ばれる人が多く藤沢周平、丸谷才一、佐藤賢一という人たちが生まれました。

美味しい食べ物:当然だだちゃ豆、お米お酒(昔は天領だったくらい有名)、民田茄子(漬物がGOOD)、寒ダラ汁(冬季限定)、口細カレイ岩ガキ(夏に食べれます)などなど

名所:致道館(藩校)、致道博物館、湯の浜温泉、湯田川温泉、などなど。近年は藤沢周平ブームで市街地をたくさんの方が観光しています。数年後には藤沢周平記念館なるものも建ちますよ。

イベント:天神祭り、犬祭り、庄内百万石祭り、鶴岡冬祭り、山王祭(有名ではないですが私も裃を着て参加してます)など

名産品:釣竿(磯釣り用の竹竿。江戸時代は殿様が釣りを進めていたらしいです。釣り馬鹿日誌の映画にも出たんですよ。) 御殿まり(人形)、絵ろうそく、などなど

書ききれないこともまだまだたくさんありますし魅力たっぷりの町だと思います。詳しいことを知りたい方は下のリンクから鶴岡の更なる魅力を見つけてください。私が知る中では一番情報豊富でよいサイトだと思います。

 鶴岡の観光はこのサイトを見ればまる分かりです。
 鶴岡だけでなく庄内一円の情報が盛りたくさんです。