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建築士を取り巻く最近の状況
21世紀、多様化した社会 + I T時代と言われている。一見、便利な世の中、数多くの情報が気楽に手に入る状況なのだが、建築を学ぶ学生や初心者は、意外と基礎的な事を知らないでいる。私の学生時代を振り返ってみると、建築の授業をうけても、美術館や博物館の設計課題をやっても、実際の建築に触れる機会が少なく、現実感が伴わないので、建築の肝心な基礎知識はなにかを発見することは難しかった(今でも教育の変革は、されていない)。卒業して実務に接し始めると、構造体のしくみや現場の事を知らないと通用しないことが解ってくる。(実施設計図が全く描けない状態に陥る。)そして、現場から学ぶ事の大切さを知る。「仮設」や「通り芯」の意味を知る事は、その典型と言っても過言ではないだろう。建築現場をじっくり見ていると、ひとつひとつの物が段階的に組み合わさり、ものが作られていく事が解ってくる。寸法違いが発生すると、その修復はとても大変で、そんな体験から多くの事を吸収していった。しかし今、設計をする建築士の卵たちの中には、現場をじっくり見る、苦労して覚える(汗を流したり冷やかいたり)努力が、極端に少なくなっている現象がある。
もうひとつの現象は、建築の分野に限らず業務の分業化が進み、全体像を知らなくても個人の部分参加で仕事が行えることの弊害である。全体像が掴めない分業化の中に責任感や緊張感は生まれにくい。知らない事を容易に聞ける、いつでも教えてもらえる体制で、責任感や緊張感が少なく、迅速に対応する能力に欠ける仕事師が多くなっている。豊かな時代(随分前からそうだったのだろう)になり、責任の重さを感じ行動する能力に欠けてきている。
苦労を重ねて掴んだものの大きさや責任の重さを知ることが必要である。まさに、建築士の周辺でも同じ現象が現れていて、責任ある仕事を実行できる建築士の育成には、肝心な建築の基礎知識の習得は欠かせない。先輩達が厳しく我々を見てきた眼差し以上の眼差しを、我々が次の世代に向けなければならない。
「職人」について考える
最近、フリーハンドの絵やイメージ図、透視図が描けない建築士が多くなってきている(ゾーニング図も描けない)。CAD(
Computer Aided Design)図面が主流になってきているため、建築を学ぶ初級段階でCADを使い始める。それゆえ、手書きの図面やフリーハンドのスケッチの訓練が圧倒的に減っている。コンピューターが正確な製図をしてくれるCADは、データストックや汎用性に優れた便利な道具だが、CADへの依存度が高くなりすぎている。ひと昔前に設計製図の必需品であったT定規を扱える人も少なくなっている。T定規と筆記用具があれば、どこに行っても製図が出来ると自慢したのは昔話。自慢の包丁1本あれば、立派な料理を作れる板前さんが、一人前の和食の職人と言われるように、昔は、多くの人が職人技を持っていて、その技を活かす場面も多くあったのだろう。
若い建築士は、通称「赤本」を開くことも減っている。法規のダイジェスト本を利用することで、たいがい用が足りてしまうので、法の目的や精神を読まずにうわべだけの理解となっている(底辺の見えない三角形現象)。残念ながら今、CADと法規のダイジェスト本が建築士の2大ツールに昇格した。もっと職人的になるべきではないだろうか。建築の設計者、施工者(工事監督者)たる者は、独自の道具や技を持ち、下請けに負けないくらいの設計職人であり、施工職人であるべきではないだろうか。
TBSラジオ・土曜ワイドラジオTOKYOでお馴染みの放送タレント・永 六輔著「職人」(岩波新書1996年発行)には、伝統工芸を受け継ぐ職人の事が書かれている。本のはじまりに「僕は職人というのは職業じゃなくて、「生き方」だと思っている。」とあり、続いて、職人衆語録と題して、職人の言葉をいくつか引用している(本の中では、番号は付いてない)。
1.「教えるということは教わることです」
2.「私は下手な人には教えません。下手な人に教えると自分まで下手になってしまうものです」
3.「上手は下手の見本なり、下手は上手の見本なり」
上手、下手のやりとりも少なくなってきているが、ものづくりの要点はここにあるのではないだろうか!
上手な「職人」という響きには、熟達した技を持ち、基本となる事や全体像を知り、なお腕を磨き続け、また違うなにかを追い求める姿が写る。
建築士も建築職人たれ、設計のしくみや施工のしくみの全体像を理解し、基礎的な知識を充分に身に付けて、腕を磨く必要がある。
曲尺(矩尺、かねじゃく)とインチの三角スケール
「職人」の本の中に、大工職人が使っていた曲尺(矩尺、かねじゃく、さしがねとも言う)の事や尺貫法復権運動の事が書かれている。曲尺には、西洋文化が日本に入ってくる前(鎌倉時代)から、√2の裏尺が表示されていて(円周率も表示されていたものもある)、大工職人の技を支えてきた知恵の道具であった。曲尺は、尺と寸の寸法で表されている。3尺が909@で、現在も使われている住宅の基本モデュール910@の元であるが、現在の大工さんは曲尺を使うと、表向きには計量法違反になるらしい(実は使っている大工さんも多いし、尺とメートルが共存した曲尺やメジャーもある)。
同じような疑問に最近遭遇した。アメリカのインチの三角スケールが、日本では入手できない。製図用の日本の三角スケールは、1/100、1/200〜1/600の縮尺で、6種類の目盛りがメートル法で作られている。インチの三角スケールは、どんな縮尺表示になっているのかに興味を持ち、アメリカで学んできたスタッフに聞いたら、不思議な三角スケールを見せられた。1/8、1/16、3/32などの表示があり、製図はその目盛りの一つを1フィートに見立てて作図する加算方式だという。「縮尺、何分の一の図」という割り算方式の表示はせずに、「1/8目盛りの1つを1フィート」と表示(1/8″=1′-0″)する。銀座の伊東屋(総合文房具店)の製図用品売り場(8階)で、そのインチの三角スケールを探してみたが、数年前に通産相(現・経済産業省)から「紛らわしい物の販売は禁止」と指導を受けて排除された。日本の文房具店からインチの三角スケールは勿論のこと、インチのメジャーも消滅したらしい。伊東屋もその当時は抗議をした様子だったが、計量法の法律で排除させられたと言う。アメリカの名建築の図面をインチの三角スケールで調べることは不可能。伝統的な曲尺と同様に排除させられていて、道具の使用を制限する権威に苛立ちを感じた。ちなみにインチの三角スケールはトライアングルとアメリカでは呼んでいて、アメリカで買ってお土産に持ち帰るのは良いらしい。
(1尺は303.03@、1フィートは304.8@)(トライアングル:Triangular Scales)
増沢幸尋・M増沢建築設計事務所
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