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■ 機能空間の演出 ■

プレストレス・プレキャスト・コンクリート造の建築


  

1966年

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自邸+事務所(1966)

 1964年、増沢洵(39才)の構想である。プレファブの平家のアトリエと住居部分を一体的に作ることを目的としていた。設計を1965年に行い、1966年3月に竣工している。
 設計主旨としては、「街路の延長が庭となり、庭の延長が建物となって、事務所と住居の機能を満たし、これらが一体となる環境を求めた。PC組立工法でラーメン構造を選んだ理由は、1.現場作業の軽減と工期短縮 2.大スパンによるフレキシブルな空間 3.工場生産部材のもつ精度と緊張感のある材質感」が掲げられた。4本のPC柱、42本のPC梁が3フロアー(15.930@×9.900@)を支え、サッシュ芯を900@内側に納めた建築である。1階がピロティ、2階がセンターコアシステムの住居、3階がワンルームのアトリエ、独立性重視でPC構造の外部階段でつながっていた。PC 構造の骨格を現し、エアータイトのアルミサッシュ、必要最小限の間仕切り壁、設備コア部分のみに天井が張られていた。平面モジュールが900@、垂直モジュールは90@で組まれていた。階段は蹴上げが178@、踏面が250@、2R+T=606@の昇り降りしやすい階段割であった。
 設計期間が7ヶ月、工事期間が5ヶ月の計1年間で、私が高校1年生の3月に竣工、2階の子供室に住むことになる。以後36年の間にこの建築も様々な変容を辿る。
 1975年に1階にアルミパネルで住居部分を増築、1981年に耐震補強、1990年には3階増改築が行われている。最初は2階が住居で3階がアトリエだったのが、次に2、3階がアトリエとなり1階に住居を作る、数年して耐震補強工事と1、2階を二世帯住居として使い、また数年して1、2階の住居部分の交替、そして最後に3階の増改築を行った。
 構造とビルディングエレメントが明解に分離していて、これらの変化に対応できる力を持っていた建築で、PC構造の移築(再利用)構想も浮上していたが、諸事情で断念しなければならなかった。


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