1.はじめに
2.事件の背景 Kさん裁判について
3.事件のあらまし Kさん裁判法廷の配置図
4.何が起きたのか?
5.「連帯保証人」「抵当権」とは何だろう?
6.銀行側の責任
7.わからないけれど、わからないと言えない
8.親・兄弟・親戚と大事な話し合いをするときに手話通訳を頼んでいますか?
9.手話通訳者に「わからない」と言えますか?
10.ろうあ運動やろう教育の課題
このページは、2つの銀行から裁判を起こされている聾唖者のKさんの裁判を傍聴し、支援している一人として、あくまでも個人的に書くものです。私は法律の専門家ではありません。裁判の経過や細かい事実経過についても正確なところはわかりません。また、Kさんの「弁護団」や「Kさん裁判を支援する会」の公式見解でもありません。
このページにおいては、タイトルにあるように、Kさんの裁判を考えるものではなく、Kさんの裁判から、私たちろう者の直面している問題を考えていきたいと思います。
ここに書いたKさんの事件についての事実経過は、私が学習会なり法廷のやりとり等で見知った範囲であり、かつ、あくまでも私の理解した内容ですから、真実がこのとおりなのかはわかりません。ただ、このページの目的は事件の真実を解明することではなく、あくまでもみなさんと一緒に考えていくことです。そのための材料としてここに記載する事実経過をとらえてください。
繰り返しますが、ここに書かれている情報は鵜呑みにせず「もしかしたら間違いがあるかもしれない」という批判的な目で読んでください。また、明らかな事実誤認や法律的な間違いに気づいた方はご指摘いただければ幸いです。
「そんなあやふやなことなら、書かなければいいじゃないか」と言われるかもしれません。
けれども、この事件には、一般のろう者、ろう協会の役員、ろう教育に携わっている方、手話通訳者、その他一般の方々に知ってもらってみんなと一緒に考えるべき問題がたくさん現れています。
間違いを恐れて何もできないより、まずは飛び立ってみることが大事と考え、我が身の非才を省みず、思い切って本ページを開設することにしました。
2.事件の背景
Kさんは大正生まれで、生まれつき耳が聞こえません。11歳になってはじめて聾学校に入学しました。口話教育で有名な学校です。授業ではもちろん教師は手話など使ってはくれませんでした。
聾学校を卒業された皆さんはもうおわかりと思いますが、口だけパクパクして教えてもらっても、聾の生徒たちにはほとんど理解できません。わからないから教科への興味も持てません。
それに加えて、Kさんの聾学校時代は太平洋戦争と重なっています。そのため、学校ごと生徒たちは疎開をし、疎開先では学科よりも、畑仕事をしていることの方が多かった・・そんな時代をKさんは過ごしたのです。
学校の職業訓練で縫製技術を身につけたKさんは、その技術を生かした仕事をしてきました。縫製の仕事は主にKさんの実妹からもらっていました。自営というよりも縫製の下請け仕事を個人的にやっていたというような形です。ですから、商取引の実際については全く知識がありません。
Kさんは親から相続した土地と家に、同じろう学校の同窓生の妻と暮らしています。子供はいません。現在75歳になります。Kさんはここで生まれ、ここで育ちました。生まれた当時の家は取り壊されていますが、木造平屋建の現在の家には50年以上住んでいます。家の周りにはたくさんの花を夫婦で丹精込めて育てています。ろう学校時代に先生から園芸の仕方を教わったそうです。
Kさんの家の敷地の隣には実妹夫婦が住んでいました。実妹は手話ができてKさんとはまあまあコミュニケーションができました。ところが、その実妹は亡くなり、その夫(Kさんの義弟ということになります)がそこで工場を経営していました。この義弟をYさんと呼びます。
3.事件のあらまし
ある朝、Yさんが背広を着た男の人を連れて現れました。玄関からではなく、開いている縁側のところに来たのです。
そして、縁側のところで二人は立ったまま、Kさんに何やら紙を示します。背広を着た人はKさんにXX銀行の名刺を渡しました。そして、背広を着た人が紙に「よろしくお願いします」と書きました。
Yさんは何か口をパクパクして手振りをしながら、紙を示します。紙には何か細かい字で書かれてありましたが、Kさんは何が書かれてあるのか読めませんでした。
ただ、「氏名」「住所」という文字くらいはKさんにもわかります。Yさんはそこを指で指しています。Kさんは、Yさんは名前を書いて欲しいと言っている、と思いました。そこで、Yさんは自分の名前と住所を書きました。
Yさんはさらに、親指と人差し指で丸を作って「はんこ」と口を大きくあけて言いました。その数日前、YさんはKさんを市役所に連れて行き、「はんこ」を使って何かKさんにはよく判らない手続きをしていました。Yさんは役所の人と全部一人で話して、Kさんは名前と住所だけ書きました。だから、Kさんは、すぐあの「はんこ」のことだと思って、別の部屋へ行き、しまってある「はんこ」を持ってきました。「はんこ」を持っていくと、背広を着た人が「はんこ」をくださいという身振りをするので渡しました。その人はさっきKさんが名前と住所を書いた紙の上にその「はんこ」をいくつか押していました。
また、それとは別の日に、Yさんから何か紙を示され、やはり名前と住所を書きました。何のための紙なのかKさんにはわかりませんでした。
これと同じことが、他にも何度かありました。
それからずっとしばらくしてから、Yさんは隣の家からいなくなってしまいました。引っ越しをするとは聞いていなかったし、どこへ行ったのかも未だにわかりません。
そして、ある日、Kさんのところに書類が郵送されてきました。Kさん夫婦にはそこに何が書かれているのかわかりません。そこで、手話サークルで知り合った聞こえる人や親戚の人にその紙を見せると「大変なことになる。家をとられてしまいますよ!」と言われたのです。いったい何が起きたのでしょうか?
Kさんが名前と住所を書いた紙は、KさんがYさんの銀行からの借金の「連帯保証人」になるというものだったのです。
Yさんは工場を経営しており、その資金繰りのために、銀行からたくさん借金をしていました。自分の家、工場、土地を担保に借金をしていましたが、まだ不足していたようです。かなり経営状態が苦しかったはずです。けれども、Kさん夫婦にはそんな情報も入ってはきません。聞こえないのですから、そんなYさんのうわさ話さえ入ってきません。
Yさんは、隣に住んでいるKさんが土地と家を持っていることに目をつけたようです。そして、あらかじめKさんと一緒に役所へ行って、Kさんの実印の印鑑登録証明書をとっておきました。
そして、銀行員にはYさんは「耳がきこえないが、しっかりした人だから大丈夫だ」と言っておいたといいます。銀行員は、Kさんの家を訪ねたときに、Yさんが大きな声で身振りや手話のようなものを使って話をしていたと言います。銀行員は、自分は手話は知らないが、手話ではないかと思ったと言っています。銀行員も大きな声で「よろしくお願いします」と言って、紙にも「よろしく」と書き、連帯保証契約書、根抵当権設定契約書を示したと言います。そして、「Kさんはその間一言も質問を発しなかったから、判っているのだと思った。Yさんが「はんこ」と言ったときも、Kさんはすぐ了解して、自らしまってある「はんこ」を持ち出してきた」と証言しています。
5.「連帯保証人」「抵当権」とは何だろう?
銀行はお金を貸して、貸した人からそのお金を返済をしてもらうときには貸したお金の額だけではなく、それに加えて利息をとることによって儲けています。だから、銀行はお金を貸したいわけです。
けれども、返済をするのが無理そうな人にはお金を貸してくれません。銀行がお金を貸してくれるのは、家や土地を持っている人や、家や土地を持っている人を「連帯保証人(れんたいほしょうにん)」に立てることができる人に対してだけです。銀行はその家や土地を「担保(たんぽ)」にしてお金を貸すのです。
家や土地を担保にしてお金を借りるということは、「もし、お金が返せなくなったときには、家や土地を売ってお金に換えて必ず返します」という約束をするということです。
銀行はその約束の証拠として、その人の家や土地の登記簿(とうきぼ)にそのことを書き込みます。これを「抵当権(ていとうけん)」の設定といいます。これはその人がお金を返せなくなったときに、銀行がその土地や家を競売(けいばい又はきょうばい)にかけて売って現金を作り、そこから返してもらうという約束をしたというしるしなのです。全部お金を返すと銀行は登記簿の「抵当権」を消してくれます。
Yさんは自分の家と土地については、すべて抵当権をつけて、土地の価格いっぱいにお金を借りていたようです。Yさんはそれでもお金が足りなくなって、もっと借金をしたかったのです。
こういう場合でも、借金をすることができます。「連帯保証人」をつければいいのです。
「連帯保証人」とはどういう意味でしょうか?
「保証人」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。ある人が借金をするときに、その人の「保証人」になってあげるということは、「もし、その人がお金を返せなくなった場合には、その人に代わって私がお金を返します」という約束をするということです。
「連帯保証人」も「保証人」の一種ですが、何が違うのでしょうか?
普通の「保証人」の場合には、お金を貸した人が「保証人」にお金を返せと言ってきたときに、「お金を借りた人はちゃんと財産をもっているはずですよ。きちんと調べて、そちらにまず催促して返してもらってください」と言うことができます。
けれども「連帯保証人」になっていると、お金を貸した人は、借りた本人に返せと催促しないで、「連帯保証人」に先にお金を返せと催促してよいことになっています(民法という法律に書いてあるのです。民法454条)。
つまり、連帯保証人になるということは、借りた本人とまったく同じ立場に立つということです。これは大変なことです。いくら仲のよい友達でも、何千万、何億という借金を、本人と一緒に、それこそ一蓮托生、運命共同体になって、その人のために自分の持っている家や土地を売ってでも借金を返してあげます、と覚悟して約束できる人は少ないはずです。
それから、連帯保証契約というのは、借りた人と契約するのではなく、連帯保証人になってもよいと承諾した人と、お金を貸す銀行との間での契約になります。借りる人から「あなたには絶対に迷惑をかけないから」と言われて連帯保証人になったとしても、契約は銀行との間で結ばれますから、銀行からは「そんな約束は知りません」と言われてしまい、連帯保証人は借金を代わりに返さざるを得なくなってしまいます。
Kさんは「連帯保証人」のことなどまったく知りませんでした。
Yさんは、耳が聞こえなくて、難しいことはよく判らないKさんに目を付け、Kさんを「連帯保証人」に仕立て上げ、Kさんの土地に根抵当権(ねていとうけん)を設定して、銀行からお金を借りたのです。
抵当権は借りたお金を返したら消してくれますが、根抵当権は、決められた額の限度まで、何度も繰り返しお金を借りられるという設定です。一度根抵当権を設定されてしまったら、なかなか消すことができません。自分の商売のために自分の土地に根抵当権をつけるということは当然かもしれませんが、他人のために自分の土地に根抵当権を設定させるのは、とても大変なことなのです。
Yさんが銀行から借りたお金がどうなったかはわかりません。Yさんは行方不明になっています。たぶんYさんは借りたお金をもって逃げてしまったのでしょう。
もし、聞こえる人だったら、Yさんの会社の資金繰りが苦しいということはうわさで聞いて知っていたかもしれません。Yさんの会社があぶないということを知っていたら、Yさんのために抵当権を設定させてあげないでしょう。Yさんがお金を返せなかったら、自分の家や土地を持っていかれてしまうわけですからね。Yさんは、そのことを十分承知の上で、何も判らない聾唖者のKさんを選んだのかもしれません。
Kさんが意味もわからず名前を書いた紙は「連帯保証契約書」であり「根抵当権設定契約書」でありました。後日名前を書いた紙は、根抵当権設定登記をするための「委任状」でした。
銀行がKさんと「連帯保証」契約を結ぶ際に、きちんと説明義務を尽くしていないことが一番の問題です。
銀行員はYさんの話を鵜呑みにして、連帯保証人になるKさんに対して自らきちんと説明をしていません。Kさんが耳が聞こえないということを、銀行員はYさんから聞いて知っていました。
それなのに、Kさんが本当に連帯保証人になることの意味を知っているのか、連帯保証をする意思があるのかを直接確認することを怠っています。耳の聞こえないKさんに対して行ったことは、大きな声で「よろしくお願いします」と言って、紙に「よろしくお願いします」と書き、また契約書を指で示しただけです。
大きな声でしゃべってもKさんにはまったく聞こえません。
Kさんは契約書を読んで理解することはまったく困難です。このことについては鑑定も出ています。
Yさんは身振り手振りを使いましたが、それは手話ではありません。Yさんは手話がまったくできませんでした。身振り手振りで契約書の内容を説明することは不可能です。
そして、銀行員とYさん、Kさんがこれらの契約書のやりとりをした時間は、縁側で立ち話で済む程度の短い時間でした。10分〜15分ぐらいだということです。
銀行側の弁護士は、「連帯保証契約をするときはいつもこの程度だ」と言って居直っています。日頃からきちんと説明義務を果たしていないということを自ら認めているようなものです。
しかし、これらの問題をどのように攻めていくのかについては弁護団に任せましょう。
自分の家や土地をとられてしまうかもしれない大事な契約書に意味も判らないままKさんが署名をして実印を押してしまったこと、その心理と行動の中に、私たちの「ろう運動」や「ろう教育」の課題があると思うのです。この点をみんなで考えてみたいのです。
銀行員は、「Kさんに契約書を書いてもらったときに、Kさんは何もいわずに黙っていたから、判ったのだと思った」と証言しています。
銀行員は何も言葉を発しないKさんを見て、通常なら不審に思うはずです。けれども、何としてもお金を貸して儲けたいと考えていた銀行員としては、そんなことに気をとめるよりも、「おとなしく連帯保証人になってくれたらいいな」と思っていたから、あえて何も気づかない振りをしたのかもしれません。そのあたりは想像でしかないのですが・・・
でも、「本当はわからないのに、わかったふりをする」というのは、私たちろう者の中ではごくありふれた現象ですから、これは大きな問題です。
あなたは、聞こえる人があなたに話しかけてきたときに、わからないけれども、わかった振りをしたことはありませんか? そんなこと絶対したことがないというろう者はほとんどいないのではないでしょうか? 私にももちろんあります。
ひとつには聾学校時代の教育にその根があると思います。最近ではあまりないとは思いますが、昔は、聾学校の教師が口で説明して、聾の生徒に「わかったか?」とたずね、「わからない」と答えると殴られたりしました。そのため、本当はわからなくても「わかりました」と答えるようになってしまったり、「わかりましたか?」という口の動きだけが判ったので「わかりました」と答えたりということがよくありました。
今でも、「わかりましたか?」とたずねられて、「わからない」と答えると、相手に嫌な顔をされたり、落胆されたりするので、わからなくても一応「わかった」と言っておくということもあるのではないでしょうか。
あるいは、「わからない」といってバカにされたくないと思って、わかった振りをするとか・・・ あるいは、はじめからもう全然判らないとあきらめていて、聞こえる人が何か言っても、とにかく「うん、うん」とうなずいて、その場を切り抜けるとか・・・
8.親・兄弟・親戚と大事な話し合いをするときに手話通訳を頼んでいますか?
あなただったら、このKさんのような場面に遭遇したときに、「ちょっと、待って。あなたの話はわからないから、手話通訳者を通してきちんと説明を聞きたい。また別の日に手話通訳者を同行して来てください」あるいは「手話通訳者を連れてくるので別の日に来てください」と言うことができますか?
この事件においては、銀行員がKさんと契約するにあたって、手話通訳者を介することもなく行ったという点についても弁護団は攻撃しています。
ところで、あなたは聞こえる親戚や家族と大事な話し合いをするときに手話通訳者を頼んでいますか? 普段から手話通訳者を利用することに慣れている人でも、親戚や家族と話をするときには手話通訳を頼んでいない人がほとんどではないでしょうか・・・
ろう者にとって、家族や親戚は自分を外の世界から守ってくれる存在であるとして、全面的に信頼しがちではありませんか?
あるいは、通訳を頼みたいと言うと、家族や親戚が「家の恥を外にさらす気か」と反対されたりしませんでしたか?
でも、この事件でわかるように、親、兄弟、親戚であっても、財産の処分や借金の保証人になるというような大事な場面では、きちんと手話通訳を頼むことが必要です。
Kさんの場合には、自分がそのような大事な場面にいるのだという認識自体がなかったのですが・・・
このケースで、もし、銀行員が、銀行員の中で少し手話ができる人(手話講習会の中級を卒業した程度)を同行してきたら・・・
そして、その人は一応「こんにちは」とか「XX銀行の者です」とか自己紹介はしたけれども、肝心なことになると、手は動いているのだが、さっぱり何を言っているのかわからなかったとします。そのとき、あなたはどうしますか?
1.一所懸命通訳をしてくれているし、わからないと言っては申し訳ないから、
一応わかったふりをして、うん、うん、うなずく。
2.わからないけど、わかったふりをして「手話、上手」とお愛想を言う。
3.わからないけど、「手話をやっているのに、ろう者のくせに、わからないのか」とバカにされたくないから、
わかったふりをして、うん、うん、うなずく。
4.「申し訳ないが、あなたの手話ではわからない。きちんと通訳ができる人に頼みたい」と言って、
その場は断る。
4ができる人は少ないのではないでしょうか? 現状では、だいたい1〜3ではないですか?
ろう者と話すときには手話通訳をつけるということはだいぶ認知されてきています。
しかし、手話のわからない人には、その手話ができると称する人の技術程度を評価することはできません。本当は手話で挨拶程度しかできないのに「私は手話通訳ができます」とその人が言っていたら、手話がわからない人としては、それを信じるしかないでしょう。自分で確かめることができないのだから、仕方ないですね。
そうだとすると、ろう者は自分で自分の身を守るために、手話通訳者の言っていることがもしわからなければ、適当にうなずいたりせずに、「わからない」と自分ではっきり言わなければならないのです。
それと手話ができる人がいると、自分を助けてくれる存在だと思って頼ってしまうところがないですか? 手話ができる聞こえる人がいたとしても、必ずしもあなたを助けてくれるとは限りません。その銀行員がたまたま手話通訳ができて、銀行の取引のために手話を使う場合、それは通訳というよりも、営業であって、銀行の儲けになることを言うわけです。あなたにとって不利になることまできちんと教えてくれるかどうかはわかりません。
今後、聞こえない人と大事なやりとりをする場合には、手話通訳者をつけないと後々問題になるのだということが世間に広がってくると、アリバイ的にろくに手話通訳もできないような人を連れてきて、「ちゃんと手話通訳を同行して通訳したから問題ないはずだ」というような事件も起きてくるでしょう。
だから、手話通訳ができる人だからといって全面的に頼って助けてもらうというのではなく、自分が手話通訳者を使って、自分自身で自らの権利や財産を守っていくという姿勢が必要なのだと思います。
昭和54年に、民法11条が改正されて、聾唖を理由として「準禁治産者」とする規定がなくなりました。(昨年民法が改正され、禁治産・準禁治産者制度に代わって、「後見」「保佐」「補助」という成年後見制度が今年4月から施行されました。)
聾唖ということを理由として家族の申し立てによって「準禁治産者」の宣告を受け、そのために資格が制限され、財産をみずから管理し、処分する自由が奪われてしまうのは不当なことです。
しかし、準禁治産者の制度は、準禁治産者の宣告を受けた人が、家や土地などの高価なものを買ったり、借金をしたり、誰かの保証人になったりする場合に、「保佐人」の同意が必要だというものです。もし「保佐人」の同意なくして、準禁治産者が誰かの連帯保証人になってしまった場合には、それを「取り消す」ことができるのです。すなわち、この制度の本来の趣旨は、弱肉強食の資本主義の世の中で、高額の取引や財産処分をするための判断力が不十分な人の財産を守るための制度なのです。
私たちのろうあ運動によって民法11条は改正されました。しかし、私たちの運動は、そこからさらにもっと重要な問題に向かってスタートせねばならなかったのだと思います。
すなわち、自分の権利や自分の財産をどうやって自分の手で守っていくのか、そのために、なぜ手話通訳が必要なのかということを認識し、手話通訳者をろう者が主体的に使っていくためにろう者自身が訓練を積んでいかねばならないのだと思います。無防備のままでいてはならないのです。
これまでの聾学校の教育はどうやって聞こえる人と口で話ができるようにさせるかという点ばかりを重視していました。しかし、社会に出て生きていくには、自分自身の権利を主張し、自分を守ってていくために、手話通訳制度どのように利用したらよいのかという基本的なところをきちんと教えていくべきです。手話通訳を使ったことのない聞こえる先生がわからないならば、私たちがろう教育の現場に出向いて、手話通訳制度をろう者自身のために利用する方法を教えなければなりません。
それから、何かを判断するにあたって、すべてのあらゆる知識を持つことは不可能ですから、その時々で、適切な専門家に相談するという方法があるということを知ってもらいたいと思います。契約書を示されて、手話通訳者もきちんと通訳してくれたけれども、やっぱり内容自体がよくわからない、というようなときには、そこで「ちょっと待って。弁護士に、税理士に、消費者センターに相談してみる」と言えることが大事ではないでしょうか。
友人達の根拠のないうわさ話や正確さを欠く話を鵜呑みにしないことも大事なことです。
その分野の専門家の力を借りて、一緒に問題を解決していけるということ、それが自立ということだと思います。