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![]() 斎藤緑雨『わたし舟』 ( 20030413 ) (作品集『みだれ箱』明治三十六年・博文館より) 黄昏の帰り路を少しも早くと渡し場に到れば、われより先に五十ばかりなる女の、ただひとりつくばいたるが軽く手を縁に置きて、顔馴染みなるべしやおら棹取り上げんとする船頭相手に、何事か一心に語りいたり。 それじゃあ何だな、まだ一件は片付かねぇのだな、ほかでもねぇ親子の中だ、てえげえにして置きなせぇな。そりゃあ船頭さん、お前さんには利ける口だが、わたしには利けない口だよ、このあごが干るか干ないか、早いところが生死の分け目、大概にしたらあすの日が立たない、やっと十六から取り付いて、ことしが二十二、散らしは品に障るというので、この八年に旦那だって四人か五人、掛けた元もろくろく還らず、いざこれからの間際になって、おっかさんおさらばはあんまりじゃないか、姉は姉で、静岡三界を勝手にほっつき歩いて、今じゃ壮士役者のおかみさん気取り、籍は入りませんが体はちゃんと入っています、どうぞねおっかさんとばかりで手も付けられない、せめて妹の奴でもと思えば今度の始末、親の威光もこうなっちゃあお仕舞いさね、ちょうど三月越しを摺った揉んだで、渡し場の御奉公だけでも随分だよ、お前さんの前だが米は安くなれ鼻は高くなれ、よかれよかれであいつを今日まで育て上げた苦労と言ったら、ほんとに一通りじゃなかった、一旦は稽古所へもやって見たが、姉ほど喉が面白くないので、シャにはできない、モノにしたらと急に手筈をかえて、うぶで御座います、世間見ずで御座いますと、今もってそれが通るから可笑しいね。シャだのモノだのって、おらが方じゃ聞かねぇ符牒だ、何の事だな。船頭さんでもない、シャと言やあ芸者、モノと言やあ囲いもの、字で行くか仮名で行くか、女のちかみちはこの二つさ。それじゃあ売られるに極まっているのだ、売りたいばかりに育てたようなものだ。当たり前だろうじゃないか、この節女を売らないでどうするものかね、渋皮の剥けたとか剥けぬとかは昔の論だよ、オヤあれがと言うようなのさえずんずん捌けるのだもの、産声からが違っていらあね。そう出られちゃあ仕方がねぇ、商売なら商売で煩いのあるものだ、今度の事はいい加減に諦めなせぇ。御他人様の身に取っちゃあ、煩いとも祟りともおっしゃれだが、わたしには行く先の杖柱というよりか、今が今三度のおまんま、色の白いほどどちらも値がいいという訳さ、何がお前さん恥かしいものか、親子二人がかつかつの手内職、お粥はお薩を入れましたのが一等おいしゅう御座いますとでもいう事なら、なるほど大声では言いにくかろうが、憚りさま、売れるものを売るのに理屈はあるまい、旦那取りにだって相応に駈け引きの要るもので、親の目にさえいけ好かない位のでなけりゃあ、たんまりした事には有り付けない、厭と思ったら絞れるが、そこにちょいとわだかまりが出来て見ると、流石は人情と言いたいような事もあって、妾に人情は出しッ放しの盥より邪魔なものさ、全体今度のの触れ込みが仲買の番頭というので、こいつ浮き沈みがあるとは最初から知っていたが、ままよ沈んだらそれまで、浮いている中と思ったのがこっちの不覚、親馬鹿とは穿ったものだね、いつの間にか娘のほうから逆上せ込んで、指環も時計も貰った物は逆戻し、揚句の果てが連れ出されるまで気が付かずにいた、段々探って見ると女泣かせとか博士とか言って、ちょろッかな野郎とは野郎が違うそうだ、活き物の事だから娘だけ返してくれたら、跡は災難とでも何とでも諦めるが、生憎とあいつがおんのろで、野郎の傍を離れないと来ている、憎いたってあんなのはありゃあしない。だがそう一概に言ったものでもねぇ、末々もある事だ、娘をせり市に出すような事ばかり考えていちゃあ、冥利が恐ろしいや。冥利が尽きたって金さえ尽きなきゃあ、何一つ恐ろしい事があるものかね、世の中は御方便なもので、行儀行儀で固めていた表の先生とかは、喰うに喰われず首を釣って死んだそうだが、妾のあがりが路端にのたっていたというのは、この年になってまだ聞いたことがない、惚れたけりゃ遠慮なく金に惚れろ、男に惚れるなとくれぐれも言い聞かして置いたのに、とうとうこんな事になって仕舞った、戻すか戻さぬか今晩が手詰めというのだが、囲い者が旦那に惚れちゃあ芝居にもならない、もうもう男に惚れる女は、親ながらこりごりだ、揃いも揃ってわたしのとこの奴等は、どうしてあんなに不孝なのだろう。 望める岸に船の着くとひとしく、女は小走りに走り抜けて、そのなる小路を左に折れしが、遠からぬ橋間に早灯影の見えそめて、薄明く薄暗きおぼろが中を、水は猶ゆるく流れぬ。仰げば星出でたり。 (明治三十二年十二月) 無断転載禁止
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