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![]() sTILE ( 19971111 ) 鈴木光司氏絶賛という帯や「純文学なのにホラー」というコピーを見て芥川賞受賞早々エンターテインメント作家に転身かと動揺を隠せないままこの新作を手にとり、読み終えた瞬間にもとまどいを払拭できなかったのは、文学ジャンルを意識した一般読者向けの帯があまりに親切すぎたためだと気づいてほっとするだろう。 柳美里の新作『タイル』が描いているのは「日常にひそむ恐怖」でもなんでもない。ましてやエンターテインメントに回収されるようなホラーでもない。そこには「書く」という営為に賭けられた彼女自身の存在と同時に、家族をテーマにした一連の作品と変わらぬ解体と構築の往還がある。僕を一瞬とまどわせたものはタイルに塗りこめられた恐怖ではなくスタイルの変貌であった。 離婚してひとり暮らしを始めた男が自分の部屋の床・壁・天井までをタイルで埋め尽くそうと作業を始める。細かなタイルの断片を敷きつめていく作業が「人生」のメタファーであり、それが完成したとき、絶望の淵に沈み狂気に陥っていた男に救いの手がさしのべられる。誰もが期待する純文学的な展開をこの作品は実際の破壊的な結末だけでなく、文字どおりいたるところにタイルのようにはめこまれた解体のメタファーによって否定している。 冒頭で男が大量に買いあさるコンビニの生活用品や食料は新しい生活を築き上げる前ぶれであるかのように見えるが、男はそれらの買い物をまき散らしながらマンションに帰り着く。別の登場人物である通俗小説を書く女流作家は編集部とのやり取りで反故になったFAX用紙の原稿をシュレッダーにかけ、原稿は幅数ミリの細い断片に裁断される。 それらの営みは壊れたものをもとどおりに貼りあわせることで過去の失われたものを取り戻そうとしているのではなく、あらかじめ描かれたプランにむかって現在の断片を構成しようとしているのでもない(あらかじめ描かれたプランは未来のものではなくすでに過去のものであるが)。タイルを使ってモザイクを作るにはまずタイルを砕かなければならないように、一見、構築や建設に見える行為も一義的には破壊や解体なのである。 この作品で柳美里はこれまでとは異なり複数の登場人物の視点から語るスタイルをとっている。一人の人物から家族や恋愛の解体を語るというスタイルがいやおうなしにひきずってしまう物語としての統一性を意図的に捨てることで、彼女は解体という主題を描くためのうってつけのスタイルを手にいれたと言えるのかもしれない。つまりここにあるのは複数の人間たちが織りなすドラマではなくて、一個の主体と思われた存在の分裂と相互作用である。このスタイルは、登場人物の一人である女流作家の作品を引用することで、話者に関してだけでなく、小説の構造そのものにまで徹底されている。 テーマの水準で家族や恋愛の崩壊など、解体にまつわる現代的な主題を描き続け、自伝的小説「水辺のゆりかご」で自らの半生を語って話者を作者自身から分裂させるにおよんで、この最新作のスタイルはあらわれるべくしてあらわれた、という彼女のスタイルに関する物語を編むこともできるだろう。 しかしもう一歩ふみこんで、解体と構築の往還を成立させているものに目をこらす必要がある。解体された主体の断片どうしが決して融合することのない差異そのもの、隣り合うタイルを貼り合わせると同時に分け隔てている目地のことである。 『タイル』の主要な物語(ところでどちらが主要な物語なのだろうか)どうしを貼り合わせている通俗小説の引用、あるいはその行間は、主人公と女流作家が永遠に和解できない溝に隔てられていることを示しているが、その二つの物語は男が他者を拒絶する砦であるタイル張りの部屋において出会い、男は自らが女流作家の物語の登場人物であり、女流作家はその場で自らの物語を完成させるように迫られる。 すべてのタイルが貼り合わされたとき異質な二つの物語が出会うが、そのとき不能である男が精液の代償として流すのが血である。男は自分自身の指を切断するが、指の切断という身体の一部分の解体は血によって媒介されている。血は生命の全体性を示すものであるが、その全体性は血を流すことによって、つまり解体によって初めて確認される。 そして女流作家も大量の血を流すことになる。流血は男と女流作家の二つの物語の決裂であると同時に出会いでもある。おびただしい量の血液は男が貼り合わせたタイルの上にも流れ出す。 「血が染みて赤くなった目地だけはいくらこすっても落ちなかった」 解体と構築の往還は彼女の作品にしばしば登場し、この作品にも彩子という姿で具象化されている「永遠の少女性」に美しい閉じた円環を描くというのだろうか。男の脳裏に最後に描かれた彩子のイメージが彼女の次の作品『ゴールド・ラッシュ』にどう表象されるのか。神戸の小学生連続殺人事件に対する彼女の一つ目の「答え」になる次回作が待ち望まれる。 無断転載禁止
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